グスタフ・マーラー（１８６０−１９１１）の交響曲第１番は、２０歳代の若きマーラーによる最初の交響曲ですが、当時としては革新的な内容も多く、完成度も高くなっていった後の交響曲と比較しても魅力は劣らず、マーラーの交響曲の中でも最も演奏される回数の多い曲となっています。マーラー自身、「１番は非常に理解されにくい曲」（１９０６年）と友人に書くと同時に、「私としては、この初期の交響曲に非常に満足している」（１９０９年）ともブルーノ・ワルターへの手紙で書き、晩年になるまで実際に何度も演奏しました。この曲は何度か修正され現在の形となったため、今回は、作曲の背景と経過について述べたいと思います。


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　マーラーの生涯は、�．船Д海撚瓩瓦靴浸劼匹盪�代、�▲Ε�ーンにおける修業時代、�３特呂硫侶狆譴了愆�者としてキャリアを登りつめた時代、�ぅΕ�ーンの宮廷歌劇場の監督としてオーストリアの音楽界の頂点を極め、アルマとも結婚し２人の子どもに恵まれた時代、�ゥΕ�ーンの宮廷歌劇場をやめて、長女もなくし、１年の多くをニューヨークで指揮者として過ごすようになった晩年に分けられるだろう。マーラーの作品は通常３期に分けられ、交響曲第１番から第４番までの歌曲と関連の深い作品を作曲した時代は上記の��に、交響曲５番から第７番までの器楽だけによる作品群、そしてこれまでの作品の総決算のような規模を誇る交響曲第８番までが�い法△修靴童魘繕福崑臙呂硫痢廚�ら未完成の交響曲第１０番までが�イ乏気預弍�する。�　銑�の時代について以下に記した。
　マーラーはチェコ東部のモラヴィアの田舎町イーグラウで育った。両親ベルンハルトとマリーは、１４人の子ども育てようとしたが、そのうち４人が成長できた以外は、すべて幼少時に亡くなってしまった。特に父ベルンハルトは、上昇志向が強く乱暴なところもあったが、雑貨屋から店を構えて酒造業を営むまでになった。一方、母マリーは、心臓病で足が悪く、控えめで柔和な性格であったという。「両親は、まるで火と水のようにお互いにそりが合わなかった。」とマーラーは述べている。マーラーは実質的に長男（第二子であったが第一子は幼くして死去）として、弟妹たちを世話する役目も幼い時から引き受けていた。特に一つ年下の弟エルンストとは仲が良かったが、マーラーが１４歳の時、エルンストは苦しみながら病死した。このように死と隣り合わせの体験は、後のマーラーの心に深く刻み込まれた。１８７９年にマーラーは友人のシュタイナーに以下のような手紙を書き送っている。
「ぼくの人生の青ざめた姿が、とうの昔に過ぎ去ってしまった幸福の影のようにそばを通り過ぎてゆきます。…そしてそこには手回しオルガン弾きが立ち、やせこけた手で帽子を差し出しています。その調子はずれの音の中からシュヴァーベンのエルンスト公のあいさつの声が聞こえてきます。そしていよいよ姿を現し、こちらに向かって大きく手を差しのべるのです。そこでそちらに目をやると、なんとそれはぼくの哀れな弟なのです…。」
　マーラーは、ほとんどの作品において死の問題について触れているが、その原体験はこのように少年時代までさかのぼることができる。当時、マーラーはウィーン音楽院で作曲家になることを目指していたが、シュタイナーにまた次のような手紙も書いていた。
「喜ばしい生命力の最高度の灼熱と、身も細るほどの死への憧憬。この両方が交互に僕の心を支配している。ひとつだけわかっていることは、こんなふうにこのまま続いていくことはもはやありえないということ。（中略）荒々しく僕は、むかむかする味気のない生活の泥沼に僕をつなぎとめているものを引きちぎる。そしてやけくその力で僕の唯一の慰めである苦悩にしがみつくのだ。すると太陽が僕にほほえみかける。と、どうだろう、心に張りつめた氷が溶け去り、ふたたび青い空と風にそよぐ花々が目に映る。僕の嘲笑はいつの間にか愛の涙の中に溶け去ってしまう。そして僕は世界を愛さずにはいられないのだ。」　このように、死や自然というテーマは、マーラーにとって若い日々から死の直前まで取り組まざるを得ない問題となっていた。１８７５年からマーラーはウィーン音楽院で学んだが、在学中にブルックナーの講義にも出席し、またヴァーグナーの楽劇にもなじんでいった。またマーラーは若い時から、ドストエフスキーの小説をはじめ、様々な文芸に詳しかったが、自分にとって神聖なのは「芸術、愛、宗教」だけだと１８７９年に述べている。
　作曲家としてコンクールに出品したカンタータ「嘆きの歌」が、期待したような評判を得られなかったこともあり、マーラーは１８８１年以来、歌劇場の指揮者として活動を始め、次第に有力な劇場の指揮者としての階段を登っていくことになった。両親と妹のレオポルディーネは１８８９年に病死、弟のオットーは１８９５年に自殺した。このためマーラーには、多くの弟や妹たちの大黒柱となることが要請された。
　指揮者として歌劇場を厳しく指導し、その演奏のレベルの高さは激賞されるものの、劇場のスタッフと衝突することは若い時からしばしばあり、当時の反ユダヤ主義の風潮も加わって、マーラーに誹謗中傷が加えられることがしばしばあった。ユダヤ人としての自己の存在について、マーラーは「私は三重の意味で故郷喪失者だ。オーストリア帝国におけるボヘミア人として、ドイツにおけるオーストリア人として、そして全世界におけるユダヤ人として。」と述べている。


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　交響曲第１番は、マーラーがカッセル（１８８３−１８８５）、プラハ（１８８５−１８８６）、ライプツィヒ（１８８６−１８８８）、ブタペスト（１８８８−１８９１）と各地の歌劇場を楽長や監督などの立場で、渡り歩いていた遍歴時代の作品である。第１番は約４年（１８８４−１８８８）と、交響曲第３番以降と比較すると、完成までに数年間という作曲に例外的に長い期間がかかっており、何度も修正を繰り返して、現在の版となっている。

１．２部５楽章の交響詩から４楽章の交響曲第１番ニ長調へ
　第１番の場合は、少なくとも５回にわたる改訂あるいは形態の変化があった。演奏時に様々な反響や誤解を呼んだこと、マーラー自身の完璧主義と指揮者としての視点からの修正、交響詩から交響曲へというマーラーの作曲に対する考えの変化など、様々な背景が考えられる。
　１８８９年ブタペストにおける初演時は、２部５楽章からなる交響詩であり、１８９３年ハンブルクでは、各楽章に標題を伴った５楽章による「交響曲様式の交響詩」《巨人》としての改訂・再演であった。この標題は、参考になるので、以下に紹介してみる。

《巨人》交響曲様式の音詩
第１部　〈若き日より〉、花、果実、茨の曲
　�機ァ匳奸△修靴峠�わることなく〉序奏は冬の長い眠りからの春の目覚めを描写している。
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第２部〈人間喜劇〉
　�検ァ匣他未靴董�〉（カロ風の葬送行進曲）この楽章の発想のもとになったものの一つは　　明らかに、オーストリアの子どもなら誰でも知っていて、昔の子どもの絵本に載っている「狩人の野辺送り」というパロディーの絵である。森の動物たちが死んだ狩人の棺につきそって墓へと行進していく。（中略）この楽章は全体にわたって、皮肉っぽ　　くユーモラスなものを表現すると同時に、薄気味の悪い陰鬱な雰囲気をもあらわすよ　　う構成されている。それが終わるといきなり、
　�后ァ卉蝋�から〉深く傷ついた心から湧き起こる絶望の突然の爆発。

　《巨人》のタイトルは、ジャン・パウルの小説《巨人》から来ているように言われてきた。実際マーラーは当時ジャン・パウルの小説《巨人》を愛読していたことが知られているが、マーラー自身は第１交響曲とジャン・パウルとの関係については言及していない。マーラーが英雄的な人間の苦悩と運命に対する闘いを描きたかったのであり、マーラー自身の言葉によると、この作品の標題となった《巨人》は、ただ巨人的な主人公をあらわしており、彼は自然の輝かしい申し子として作品の中に登場し、苛酷な運命に苦しめられ、その運命とのおそるべき闘いに耐えねばならず、彼は渾身の力を奮い立たせなければならなかった。
　しかし、《巨人》も含めて以上のような標題について、一部に「支離滅裂で理解できない」などの酷評もあり、１８９６年のベルリンにおける演奏に際してすべて削除し、再びマーラーは載せることはなかった。同時に、１８９６年のベルリン初演における大きな変更点は、これまで第２楽章であった「ブルーミネ（花の章）」を感傷的すぎるという理由から削除したこと、２部からなる交響詩から４楽章からなるニ長調交響曲へ変更したこと、オーケストレーションを３管編成から４管編成にしたことである。１８９９年に楽譜が出版された時に、はじめて現在のような交響曲第１番ニ長調となった。それ以降、《巨人》というタイトルをマーラーは使うことはなかった。
　以上のような成立の事情のため、第２８回定期演奏会のプログラムでは、《巨人》というタイトルは削除したい。

２．「さすらう若人の歌」との関係
　１８８３年マーラーは、カッセルの宮廷歌劇場の第２指揮者となった。この時、劇場の歌手ヨハンナ・リヒターに恋をし、自作の詩による歌曲集「さすらう若人の歌」を、１８８４年頃にピアノ伴奏で作曲した。再三改訂され、１８９１年から１８９３年にかけて、管弦楽伴奏版となった。曲は４曲からなり、第１曲「恋人の婚礼の時」、第２曲「朝の野辺を歩けば」、第３曲「ぼくの胸に灼熱の刃が」、第４曲「恋人の青い瞳」となっている。内容的にもそれぞれ別離の苦悩、束の間の憩い、感情の急転、失恋の浄化と諦念を表現している。この中で自然に束の間の安息を見出す内容の第２曲の主題は、そのまま第１交響曲の第１楽章の第１主題となっており、また第４曲の後半で道端の菩提樹に安息の場を見出すところが、そのまま第３楽章の中間部で使用されている。曲の精神としても、両者に共通する内容となっている。
　マーラーは、交響曲と歌曲を二つの主要な表現ジャンルとして、終生取り組むことになるが、初期の第１番から第４番までの交響曲では両者が密接な関連を有している。交響曲と声楽曲（歌曲）の融合の集大成は、交響曲第８番と交響曲「大地の歌」にみられる。


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　曲の精神としては、交響曲第２番《復活》ともに「死と再生」というテーマが認められる。交響曲第２番において、死と再生が主要テーマなのは明らかであるが、第１番の場合も、１８９６年のバウアー＝レヒナーとの会話の中で、「苦しみからの『解放』ということは、僕の第１交響曲でも失われていない、しかし僕の闘争する巨人、彼は幾度も幾度も生の荒波の上に頭を出すにもかかわらず、その度に運命の鉄拳をくらいまた沈んでいく、その巨人の死ではじめて、勝利を獲得することができるのだ。」と話している。またバウアー＝レヒナーとの１９００年の会話では、以下のように述べている。
「最終楽章は、前の楽章に間髪を入れず、恐ろしい叫びをもって始まる。我々の主人公はすべてのこだわりを捨てて、この世のあらゆる苦しみとの恐ろしい闘いに身をゆだねる。再三にわたり、彼は―勝利のモティーフとともに―運命を超越し、それを掴んだかと思いきや、そのたびに運命の一撃をくらい、死においてはじめて、彼は自分自身に打ち勝ち、勝利を手中に収めることができる。そして、第１楽章の主題とともに、彼のすばらしい青春の面影が今一度高らかに出現するのだ（壮大な勝利のコラール！）。」
　またマルシャルク宛の手紙の中では、第２番第１楽章において、第１番の主人公である英雄をマーラーは墓場に運んでゆくこと、第２交響曲は第１交響曲に直結していることを述べている。このようにマーラーは、いくつかの交響曲にまたがって一つの想念を追究することがあるが、交響曲第１番と第２番では、「死と再生」あるいは「死と復活」がテーマとなっている。
　ただ、マーラーが交響曲第１番について詳しく言及しているのは、１８９０年代以降である。１８８８年から１８９４年にかけて、マーラーは交響曲第２番《復活》の作曲に従事しており、「死からの復活」というテーマがマーラーの心を占めていた。このような想念が、交響曲第１番の改訂や曲についての解説にも影響しているように思われる。交響曲第１番の場合、第１・２楽章の世界と、第３・４楽章の世界には大きな隔たりがある。それは、マーラー自身が１８８８年の曲の完成後に思索していた世界の影響もあるだろう。


おわりに


　マーラーの交響曲第１番は、以上のように交響詩から交響曲と変化し、この第１交響曲を改訂していくなかで、マーラーは交響曲作曲家として自分の作曲家像を確立しました。また第１番の中でも、矛盾をはらんだ全曲に統一感を与えるために様々な試みをしています。次回は、詳しい楽曲の分析をしてみたいと思います。なお参考文献は、次回の指揮者の部屋でまとめてあげます。



伊勢管弦楽団 音楽監督　　　大谷 正人