前回、マーラーの交響曲第1番の成立事情について報告しましたので、今回は曲の分析をしてみたいと思います。

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 前回紹介したように、1893年ハンブルクでは、各楽章に標題を伴った5楽章による「交響曲様式の交響詩」《巨人》として改訂・再演され、以下の標題が記されていた。矢印(→)で示してあるのが、それぞれ現在の楽章に相当する。

《巨人》交響曲様式の音詩
第1部 〈若き日より〉、花、果実、茨の曲
 1.〈春、そして終わることなく〉序奏は冬の長い眠りからの春の目覚めを描写している。→第1楽章
 2.〈ブルーミネ〉→削除
 3.〈帆をいっぱいに張って〉→第2楽章
第2部〈人間喜劇〉
 4.〈座礁して!〉(カロ風の葬送行進曲)→第3楽章
  それが終わるといきなり、
 5.〈地獄から〉深く傷ついた心から湧き起こる絶望の突然の爆発。→第4楽章

 現在でも、この曲を2部から成っているという解釈は重要ではないだろうか。第1部では、「自然への愛」が大きなテーマとなっており、第2部では、前回述べたような「死と再生」が中心的なテーマとなっていると考えられる。


第1楽章


 冒頭の弦楽器のAの音(しかも実音ではなくフラジョレットによる倍音)だけにより曲が開始する。その後しばらくは、木管楽器がAからEに向かう4度の下降音型(全曲を支配することになる)を2分音符でゆったりと吹き、長調か短調か不明瞭としながらも、早朝の霧がかかったような雰囲気を見事に示している(譜例1)。この後、春の目覚めの雰囲気が描写されるが、自然描写ではなく、自然により喚起された心的状態の音による表現と考えられる。「さすらう若人の歌」の第2曲「朝の野べを歩けば」の主題と同じ第1主題(譜例2)がチェロで奏でられる。展開部に入ってから曲は個性的な形で進行する。展開部の前半では、チェロの躊躇するような音型と木管のさえずりが交錯する。その後でホルンのニ長調の主和音による分散和音が印象的に現れて、これが新たな主題のように聞こえてしまう(譜例3)。その後、さらに曲は展開されて、第4楽章でクライマックスに入る前にそのまま再現される音型で華々しい再現部に突入し、そのままあわただしくこの楽章はおわる。この終止の仕方についてマーラーは、次のように語っていた。「この楽章の結末は、聴衆には本当のところ理解できないだろう。もっと効果的な終わり方だって簡単にできたのだろうけれど、この楽章はまったく唐突に終わる。私の主人公は突然わっと笑ったかと思うと、走り去るのだ。」


第2楽章


 この楽章は、基本的にはレントラー(オーストリアや南ドイツにおける3拍子の遅いテンポの民俗舞曲)の様式であるが、中間部のトリオでは、テンポは遅くなるものの、よりデリケートになり優美なワルツ風の雰囲気がただよう。マーラーには珍しいほどの肯定的な雰囲気の楽章であり、中世からあるオスティナート(ある一定の音型を楽曲全体を通じてたえず繰り返す、ここではAA−E−A−A−Eすなわちラーミ・ララミという音型)の様式が目立つ楽章である。


第3楽章


 この楽章も第2楽章と同様に二部形式となっている。主部は、明らかに葬送行進曲風であるが、薄気味悪い葬送の響きだけではなく、感傷、俗っぽい雰囲気、哀愁など様々な感情が入り混じっている(譜例4)。マーラー自身も、「第3楽章は死の行進の不気味な、アイロニカルな、そして陰鬱な重苦しい雰囲気から始まる深く傷ついた心の叫び以外の何ものでもありません。」と書いている。
 中間部では、マーラーは「さすらう若人の歌」の最後の曲「彼女の青い瞳が」の最後の部分を転用した(譜例5)。歌曲では、疲れた旅人が菩提樹の下で見出した安らぎと忘却について語っており、菩提樹の下の休息場所が墓地であることを暗示している。この引用は、内容的にもこの交響曲の意味するところと合致している。


第4楽章


 この楽章は、「地獄から天国へ」とマーラーにより一時標題化されたが、「死と再生」のテーマの根幹となる最も重要な楽章で、演奏時間も最も長い。ソナタ形式によっているが、歌にあふれたゆったりした部分が激情的な部分に挿入されているために、複合三部形式のように急(A)‐緩(B)‐急(C)‐緩(D)‐急(E)の形にもみえる。第3楽章が終わるとすぐに、冒頭のシンバル、ティンパニのつんざくような音と共に、譜例6(これまでの下降ではなく、上昇の4度、正確には2度+3度)のトランペット、トロンボーンのファンファーレで闘いが始まる。譜例6の動機に導かれる形の第1主題(譜例7)が、終楽章の(A)、(C)、(E)の激しい部分では中心に展開・再現される。上記の中の(B)でヴァイオリンやチェロによって歌われる部分(譜例8)は、この交響曲の中で最も美しく最も魅力にあふれている。また、(D)のところでは、第1楽章の冒頭の自然の響きが、青春の切なさと共に回想される。マーラーは常に未来に向かって突き進むタイプの芸術家であったが、曲の中で過去を回想するのが明瞭に確認できるのは、交響曲第1・5・10番くらいだろう。上記の(E)の部分では第1楽章冒頭の主題(譜例1)と同じ音型でできた譜例9による主題がコラールのように響き渡り、曲は華麗に終わる。


供仝魘繕並茖曳屬砲ける音楽表現の特徴


1.多彩な管弦楽法


 マーラーは、オーケストラの効果的・色彩的な使い方が見事な作曲家であるが、交響曲第1番のオーケストレーションの目的と重要な点について、マーラーはバウアー=レヒナーに次のように語った。
「これ(この独特の響き)は楽器の使用法から生じている。第1楽章では、楽器の固有の音色は、光り輝く音の海の背後に姿を消してしまう。ちょうど、光り輝く物体が、そこから発せられる光によって覆い隠されてしまうように。その後、〈行進曲〉(第3楽章のこと)では、諸楽器は偽装を施されたように見える。ここでは音響は、まるで幻影か亡霊が我々の前を通り過ぎるかのように、弱められ、和らげられていなければならない。カノンのそれぞれの入りを明確にし、その音色が人々を驚かせ、注意を惹きつけるようにするために、私は楽器法を非常に苦心した。私は、ついに、君が非常に奇妙で風変わりだと思った効果を得ることに成功した…。柔らかい抑制された音を出したいと思ったとき、私はそれを、その音を簡単に出せる楽器には任せず、努力して、強制されてやっと出せる楽器にゆだねる。その楽器の自然な限界を超えさせてしまうことさえしばしばある。こうして、コントラバスやファゴットは高音に喉をしぼり、フルートは低音で息切れするはめになる、といったことが起こるのだ。」
 このように音色を混ぜ合わせて、新しい独自の透明な音色を作りだしているが、交響曲第1番においては、以下の2カ所は特に独創的である。
_山擇凌Ш姪・遠近法的な扱い
 第1楽章の冒頭については、ブタペストでの初演時は、現在のような形ではなかった。この点について、マーラーは次のようにバウアー=レヒナーに語った。
「ペストであらゆる音域でイ音を聞いたとき、それは僕が考えていた、微光にきらめくような大気をあらわすにはいかにも現実的すぎるように感じた。そこで僕は、すべての弦楽器をフラジョレットで弾かせることを思いついた。そして望んだ効果が得られた、というわけだ。」
 上記のような試みにより、音楽によって、光と影をマーラーは見事に表現している。また第1楽章の序奏部でトランペット(譜例10)が、ステージの裏の非常に遠いところ、次に遠いところと指定されたところで吹くような音楽の遠近法的な扱いが印象的である。この技法は、次の交響曲第2番の第5楽章で、更に徹底して取り上げられることになる。
第3楽章の冒頭のティンパニとコントラバスのソロで象徴されるような、独創的な楽器の使い方(譜例4)。
 先のマーラー自身による説明があるこの部分は、初演当初はチェロ・ソロとコントラバス・ソロで演奏されていた。マーラーの生前の決定稿によると一人のコントラバス奏者によるソロとして、その不気味な響きでもっと親しまれてきた。しかし、1992年の新校訂版では、コントラバス・パートのソロとなっている。今回の演奏では、1992年の版に準拠して演奏する。


2.ポリフォニー的処理(対位法的技法)


 マーラーの作品は晩年になるに従って、複雑にポリフォニックに処理されるようになっていくが、その兆しは交響曲第1番でも数多く、第3楽章の後半部分における譜例11の部分の効果は著しいものがある。ここでは、全く性格の異なる3つのパートが同時に奏でられて、複雑な感情の相を表現している。また第4楽章の再現部(譜例12)も、ポリフォニックに処理されている。


3.全曲、特に第1楽章と第4楽章の関係づけ


 最も重要なのは、4度の下降音型が反復する主題が第1楽章、第4楽章の主要主題で使用されていることである(譜例1,2,9)。この下降の4度音程は、第2、第3楽章でも、主要な動機で頻用されており(譜例4)、上昇の4度は第4楽章で確認できる(譜例6,7、12,14)。この4度の動機の巧みな使用により、マーラーはこの曲のもつドラマを雄弁に表現し、全曲に統一感を与えようとしている。また第1楽章の再現部に入る部分と第4楽章の再現部に入る部分の約50小節は、ほとんど同じ構造となっている。半音階で上昇する動機(譜例13)も、第1,4楽章で共通して使用されている。


4.和声


 マーラーは片足を19世紀、もう一方の片足を20世紀において生きた作曲家である。マーラーの和声は、交響曲第1番では、調性音楽を基本としながら、絶妙な転調が端々にみられる。例えば、第3楽章の後半の譜例11に入る前の部分では、変ホ短調からニ短調に戻る部分では、弦楽器がコル・レーニョの奏法(弓の木の部分で音を出す奏法)などを利用しながら、絶大な効果をあげながら、もとのニ短調に戻っている。
 またマーラー自身が言及している部分としては、第4楽章の練習番号33後の2回目のクライマックスに突入する部分があげられる(譜例14)。
「ここにはとても苦労しました。何度も何度も、曲はひとすじの光明が見えたかと思うと、絶望のどん底へ失墜したあげく、最後に消えることのない勝利の凱歌に達しなければならないところにさしかかっていたのです。考えに考えたあげく、やっとわかったことは、ある調からその全音上の調(ハ長調からこの曲の主調ニ長調)へ転調することだということでした。ところで、その場合、半音を仲介してハ音から嬰ハ音へ上げ、そしてニ音につなげるのが一番スムーズなやり方でしょう。でもそれでは、聴き手には次に来る音程はニ音だとわからせてしまいます。ところがわたしは、あたかも天国から降ってくるような、別世界から漂いくるような響きを、ニ音上の和音に欲したのでした。それでわたしは独自の転調を見つけ出したのです―それはこれまでになく伝統から逸した、大胆な転調で、そのような転調を使うことを長い間躊躇してきたのでしたが、とうとう自分の意思に反してそれに従うことにしたのです。この交響曲全体にどこかすぐれたところがあるとすれば、それはまさにこの部分で、―こう言っても差し支えないと思うのですが―まだそれに匹敵しえる楽想はほかにないのです。」


おわりに


 マーラーの交響曲第1番は、その若さゆえのエネルギーと内容上の矛盾が混在した魅力的な作品です。様式的には、標題音楽と絶対音楽、また器楽と声楽の融合・止揚というマーラーが生涯取り組むことになるテーマが既に明瞭であり、そして内容の上では、自然と「死と再生」というテーマがあります。平成21年5月17日の伊勢管弦楽団の定期演奏会では、このようなマーラーの深い世界に迫りたいと思っています。


参考文献
・バウアー=レヒナー:『グスタフ・マーラーの思い出』(キリアーン編、高野茂訳)音楽之友社、1988
・ブラウコップフ、H. : 『マーラー書簡集』(須永恒雄訳)法政大学出版局、2008
・長木誠司:『グスタフ・マーラー全作品解説事典』立風書房、1994
・フローロス、C. : 『マーラー 交響曲のすべて』(前島良雄・前島真理訳)藤原書店、2005
・金子建志:『こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲』音楽之友社、1994
・ラ・グランジュ、H. L.:『グスタフ・マーラー 失われた無限を求めて』(船山隆・井上さつき訳)草思社、1993
・ミッチェル、D:『マーラー 角笛交響曲の時代』(喜多尾道冬訳)音楽之友社、1991
・シュライバー、M:『〈大作曲家〉マーラー』(岩下眞好訳)音楽之友社、1993


伊勢管弦楽団 音楽監督  大谷 正人