私がBlogを始めてから1年以上が経ち、その時から比べると、Blogと言うものも盛り上がりを見せ、色々な情報が発信されるようになった。その中でもBlogランキングの政治カテゴリーをみると、憂国系Blogが多い事には、同じ日本人として頼もしく思う。そして、それらのBlogが一度は記事にするのが、靖国、皇室関係(皇室典範)の事である。それには理由があるが、一言で言えば、今の日本では良くないと思っているからだと思う。

その中でも靖国関連の記事は多いが、今回は、「なぜ、靖国が大切なのか・・・。」と言う事を表現したい。そして、その大切な理由は、一言では言えないほど奥の深いものがあるが、まず、小泉総理が仰っているように心の問題がある。私は、以前、知り合いに「靖国神社になにがあるの?」と聞かれたことがあるが、そういう人に限って、近代史に興味がなかったり、テレビや報道で流される映像や情報を収集し、認識を深める努力をしないで、他人にばかり聞いている方がいるが、やはり、認識を深めるには自分で学習し心で感じるしかない。

では、靖国になにがあるのか、それは、靖国参拝反対の方でも知っているが、国の為に殉じた方々の御魂である。その中でも、大東亜戦争で戦い、家族、恋人を護ろうとし、国を護ろうとして亡くなられた210万以上の軍人の方々(御魂)が眠っている訳だが、今日の日本国の平和は、その方々の礎に成り立っているとも言える。なぜなら、家族、国を護ろうとして亡くなったからだ。つまり、現在の日本の繁栄は、それら祖先の明日の日本を信じて託して、命がけで戦った思いがあり、その心、精神、魂は、私は、なによりも尊いと思うし素直に感謝ができる。

そして、誰でも自分の祖先のお墓にはお参り行きお祈りをするが、私の感覚では、それに近いものがある。また私は、靖国に行きたくない人を強制してまで参拝して欲しいとも思わない。ただ、食わず嫌いはあると思う。つまり、行ってみないと分からない事もあれば、心で感じ取れない事もあるし、足を運んでみないで、全てを閉ざしてしまうのも、その人の人生にとって勿体無いとも思う。

では、なぜ、御魂が大切なのか、御魂と言っても目に見えるものでなければ手に取る事もできず、測りにかけることもできない。上記で話してきたように、自分の人生経験を踏まえて「心で感じ取るしかない・・」としか言えないが、誰でも辛い悲しい思いや、嬉しい楽しい思いは、自分の心で感じた事はあると思うが、その心があれば感じる事はできる筈である。

そして、靖国には遊就館があり、中には色々な展示物がある。戦闘機だったり、回天だったり、軍艦の模型や、日本が関わってきた戦争なども年代ごとに分かりやすく説明されている。館内は思ったよりも広く映画館もあり、とても数時間では見れない。どれもこれも考え深い展示物ばかりだが、やはり、遺書や亡くなった方々の写真が展示されている所では見入ってしまうし、感情を抑えられない時もある。

私は、靖国に参拝し遊就館を見学して、「今の日本に足りないものはこれだ!」と、強く思った。それは、「命の尊さや、家族を大切にする気持ち、人への心配りや思い遣り、誠実さに精神的なタフさ・・」などである。現代社会は、これらの精神が欠けている人間が多すぎる。最近で言えば、秋田の事件、豪憲(ごうけん)君と自分の子供、彩香ちゃんを殺害した畠山容疑者が、これらの精神が欠落していると言う事になるが、いつも記しているが、当たり前のことを当たり前にできない人間が多く、その精神が様々な問題に繋がっていると言う事だ。

そして、その精神、日本人としての心構えや心を養う事を、改めて教えてくれるのが靖国であり、遊就館であると私は認識しているし感じている。秋田の事件も、警察の初動捜査に問題があるが、地域社会(地域の住民の心)が希薄で事件が起こった側面もあり、橋の欄干で彩香ちゃんと畠山容疑者が二人でいるのを見かけ、後に警察に目撃情報を寄せた女性がいるが、その女性がいうには、その10分後に畠山容疑者から「うちの彩香を見かけなかった?」と電話があったと言っていた。

そして、次の日に彩香ちゃんが遺体で発見される訳だが、私に言わせれば、この状況を変だと思わないのが変だ。私だったら二人でいるのを見かけた情報を、問題が起こった時点で直ぐに警察に知らせるが、この女性は豪憲君が殺された後で警察に知らせている。なんとも勘が悪いと言うか、鈍感というか、お粗末な話しである。つまり、直ぐに知らせれば、豪憲君は殺害されずに済んだと言うことである。最近の世の中、このように鈍感で心が希薄な人間は多い。

それもこれも現代社会が平和ボケにどっぷり浸かり、日本人の心が希薄だからである。さらに言えば、命の尊さを知る機会がなく、自分の欲求や利益のために簡単に人を殺し、その殺害する過程で、被害者がどれほど苦しい思いをするのか想像できず、それらを自分の心で感じる事ができないからだ。母親に橋の欄干から突き落とされ殺された彩香ちゃん、どれだけ悲しく辛かったろうと思うと私の胸も痛むが、最近の世の中、このような事件が頻繁に起こる。

秋田の事件に照らし合わせれば、警察も堕落しているし、地域の住民の心も希薄で情報提供者も鈍感ときている。これでは救いようがないし、救えるものも救えない。全ては、それらの人間の心が希薄と言っても過言ではないし、その根底にあるのが靖国であり、改めて日本人の心や人の道と言うものを教えてくれるのが靖国である。それゆえ、近代史は大切であるし偏ってもいけない。左翼のように偏った認識ではバランス良く心で感じる事はできない。

良い例がテレビタックルに時々出演する田島氏だ。拉致問題のことを「日本が強制連行するからいけない、だから拉致された・・」などと、仕方がないような言い草で騒いでいたのをテレビで見た事があるが、本当に心のバランスが悪いと言うか、横田夫妻や拉致家族関係者が聞いたら悲しむと思うし、励ます事も勇気付ける事も田島氏にはできる筈もない。

拉致問題と言えば、横田夫妻の根気のある活動には頭が下がる。私だったら「同じ事ができるだろうか・・・」と思ってしまうぐらいだが、早紀江さんが次のように言っていたのを何かで見た事がある。それは「無関心との戦い・・・」と言う事だが、この無関心との戦いという言葉は、残念ながら多くの日本人に向けられた言葉でもあると思う。

そして、櫻井女史の「この国を、なぜ、愛せないのか」という著書があるが、これも残念ながら多くの政治家や日本人に向けられた言葉だと思う。なにが言いたいかというと、無気力、無関心、事なかれ主義、人任せ、何でも穏便にでは、様々な問題に繋がっていくし、なにかを解決する原動力にはならないし、他国から自国を護る抑止の原動力にもならない。すなわち、全ては日本人の気構えにあり(意識、心、精神、魂)、それらの支柱になっているのが靖国である。

また、確か昨年の世論調査では、「子供に国を愛する教育をして欲しい」と、多くの親が答えたが、その親でさえも、近代史の認識が浅く、自らが国を愛すると言う事を心で感じ理解しなければ、到底、子供に伝える事も出来ないだろうと思うし、教員に任せているばかりでは埒があかない。

この国を愛する気持ちを改めて教えてくれるのも靖国であり、毅然とした姿勢や態度、本来兼ね備えていた日本人の温かさと言うものを、心から学び取らせてくれるのも靖国だ。つまり、左傾教育(自虐史観)では、その人間の精神は軟弱になるし、国を愛する事も日本人としての自信や誇りを持つ事も到底できないという事である。さらに、それらが蔓延すれば、日本は荒廃するという事にも繋がる。それは、昨今の教育現場の情報を聞いていても良く分かる。

しかしながら、それだけは私は避けたいと思っている。なぜなら、靖国に眠る祖先が自らの命と引き換えに、その当時の日本を含め、結果的に我々子孫を護ろうとしてくれたのは紛れもない事実だからだ。現代人は、そのポイントに感謝できないで、なにに感謝をすると言うのだろうか。さらに言えば、このポイントに感謝できないと言う事は、全てとは言わないが、なにかに感謝するという心も鈍感になり養われないだろう。

なにしろ、人として人間として日本人としての心構えや、人の道と言うものを改めて教えてくれる感じさせてくれるのが靖国だ。そして、このBlogの趣旨でも説明したが、健全な社会の発展には、靖国が大切なのである。この事は、大東亜戦争を美化するものでもなければ、軍国主義を崇拝するものでもない。ただ、日本人が失っている情緒というものを取り戻そうと言っているに過ぎない。

私は、その第一歩として、日本国総理大臣の靖国参拝定着に賛同するし、天皇陛下にも参拝して頂きたい。皇室典範男系継承の存続も賛同するし、全ては、心の支柱、土台と言うものをしっかりと認識し感じ取らなければ、日本国内で起きている色々な事件事故、様々な問題、あらゆる国難には立ち向かえないと言う事だ。それゆえに靖国は大切なのである。

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