野伏翔日記!

劇団夜想会主宰、野伏翔の日々感じた事などをブログにて公開!

鬼退治はこれからだ!

 今「鬼滅の刃」と言うアニメ映画が大ヒットしている。「きめつのやいば」と読む。映画封切り後1か月でその興行収入は233億円に達した。この数字は既に「ハリーポッター」を超え、すぐにもスタジオジブリの大ヒット作「千と千尋の神隠し」や「アバター」の記録を上回ると予想されている。

 私はアニメと言うものにさほど興味のある方ではないが、驚異的なヒット作には何か社会的な理由があると思っているので映画館を覗いてみた。平日昼間の新宿ピカデリーはコロナ規制を取り払い満席であった。映画の出来は、はっきり言って、「まあまあの漫画」と言う印象しかなかった。然し帰りのエスカレータの前後から「また泣いちゃった」「また観にこよう」などと言う女性たちの声が聞こえる。翌日劇団で若いアニメオタクにその話をしたところ「鬼滅の刃は長い連続物で、あの映画を見ただけでは良さが分からないのです」と、ネットフリックスの配信ドラマの1話から3話までを勧められた。

 早速家で観た。大正時代の山里が舞台。夜になると恐ろしい鬼が現れ人間を食べてしまうと言われている山間部に樵の一家が住んでいた。その父親は既に死んでいたのか、長男が母と幼い兄弟姉妹たちを支えて仲良くつつましく暮らしていた。この長男が主人公なのだが、或る日彼が町に刈った芝を売りに行き、帰りが遅くなり一晩家を開けた隙に、重症を負った妹を除く家族全員が鬼に食われてしまっていた。悲しみに暮れ、やがて鬼に復讐を誓う主人公。その彼を励まし厳しく鍛える謎の男たち。そして主人公は肉体と知能の限界を超えるための徹底した訓練を経て、たくましく鬼殺し集団鬼滅隊の戦士として成長していく。鬼滅隊の隊長が叱咤する「泣くな。絶望するな。そんなことは今することじゃない。許せないと言う強く純粋な怒りは、手足を動かすための揺るぎない原動力になる」と。そして「男とは、男らしさとは?男なら・・・・」と、正に令和の現代には禁句のようになっている言葉が小気味よく飛び出してくる。そう言えば映画でも一つだけ心を動かされる場面があった。女性客たちはこれに泣いていたのだ。少年の先輩に当たる鬼滅隊の戦士にその母親が生前語った。「本当に強い男は、命を賭けて弱いものを助けるのです」。その息子は鬼との死闘を制するが自分も致命傷を負う。死にゆく間際に彼は霊界の母と言葉を交わす。「お母さん、僕の生き方はこれで良かったですか?」浮かび上がる美しい母親が優しく微笑んで答える「あなたは、とても立派でした・・・・・・」

 戦後東京裁判史観の強制、日教組や大手メディアの洗脳が功を奏して、日本人からすっかり戦う大義や男らしさと言う概念が失われてしまった感がある。だがそれは表面的な言語空間だけのもので、実は日本人の武士道的美意識と言うものは時代を超え世代を繋ぎ、サイレントマジョリティ―の心の奥底に脈々と流れ続けているのではなかろうか?

 思い出してみれば、私が関わった数少ないアニメ作品にも共通する部分があった。1978年公開の大ヒットアニメ「さらば宇宙戦艦ヤマト」には私も予告編やテレビスポットの制作やパブリシティなどの宣伝部門のスタッフとして参加した。そのラストシーンはずばり、地球を守る宇宙戦艦ヤマトと古代進たち乗組員による「特攻」だった。エンドロールに沢田研二の歌う《ヤマトより愛を込めて》が哀感を込めて流れる「その人の優しさが花に勝るなら〜君も手を広げて守るがいい、体を投げ出す値打ちがある」と。1993年の「ミュージカルセーラームーン」の初演は私が演出と脚本を担当したが、これも実は「特攻」の話であった。愛する地球を守るため悪の帝国ダークキングダムに、銀水晶という核兵器を匂わせる禁断の兵器を持って突撃するセーラー戦士たちに多くのファンが涙した。「女の子は団結よ!セーラーウォー、セーラーウォー!」と小坂明子作曲の歌を歌いながら突撃させた。

 だが今ふと気が付いた。「宇宙戦艦ヤマト」も「セーラームーン」もあくまでも地球を守るために戦ってはいるが、日本を守るとは一言も言っていない。地球を守ることは絶対的な善だが、日本を守ることは悪とまではいわないが、どこかに抵抗がある日本社会に忖度した設定だった。

 だが今回の「鬼滅の刃」は違う。鬼滅隊の戦士が守ろうとしているものは、大正時代の懐かしく美しい日本の風景の中に生活する、愛する家族や身近に生きる素朴な人たち、つまり日本人たちである。そしてその日本人を食べ尽くそうとする邪悪で巨大な鬼の存在とは?現実に日本を侵食している中共勢力と、闇の中で日本人を拉致していったまま帰さない北の独裁国家への、多くの日本人の持つ暗く重たい不安の表象としか思えない。このアニメは韓国や中国でもヒットしているそうだが、面白いのは主人公の少年が付けている両耳の耳飾りを、旭日旗を付けていると言って反発し、訂正を迫る韓国の勢力があると聞く。私には花札にしか見えないが、この際いっそのこと訂正して本物の旭日旗に変えてしまうと良い。

 さて、我らが「めぐみへの誓い」は11月18日現在、東京、名古屋、福岡、神奈川、静岡、沖縄、山口等全国9館での2月ロードショーが決まった。関西地区を始めまだまだこれから増やしていかなければならない。通常このような宣伝費の少ない独立プロ系の映画を劇場にかける場合、公開前に「館保証費」と言って劇場に一週間何百万と言う保証金を払わなければ上映してくれない。ところが今回は全ての映画館主がこの映画を観た上で館保証費無しで上映に踏み切ってくれている。有り難いことだ。

 映画「めぐみへの誓い」は時代の要請に応えられるか?そして拉致被害者奪還への大きなうねりを起こすことができるか?・・・・・・鬼共との勝負は、まだまだこれからである。

横田滋さん逝く

 横田滋さんがお亡くなりになった。私たちが予算は足りないのに何故がむしゃらに映画作りを敢行したか?その理由は、時間が無いからだ。高齢化する拉致被害者家族の命のあるうちに、何としても家族の再会を果たしてもらいたいと願ったからだった。

 有本嘉代子さんに続く横田滋さんの逝去。無念である。私たち拉致被害者救出運動に関わる誰もが、何か大きな刃物で被害者家族との絆を断ち切られていく思いがしている事だろう。
横田滋さんの存在は大きかった。「慈父」と言う形容がこれほど似合う人はいなかった。
10年前演劇「めぐみへの誓い」を初演した時、滋さんは稽古場に来ては皆を励まし、本番には大きな花を抱えて観に来てくれた。一緒に酒を酌み交わし救出運動を熱く語り、時に涙していた。この舞台を映画にする話もその時に出たものだ。

 この映画で滋さんを演じているのは原田大二郎さんだが、この役の最後の出番で、足下がふらつき倒れた原田さんが早紀江さん役を見てニッコリ微笑む。そして「だいじょぶ、まだまだ、、、」と最後の台詞を呟き海岸沿いをゆっくりと立ち去る。、、、、、、返す返すも無念である!

 今はただただ、ご冥福を祈るだけだ。滋さんの無念を晴らす事を改めて心に誓う他は。
 

 写真は5年前の夏、靖国神社で野外劇「俺は君のためにこそ死にに行く」という特攻隊の芝居を演出した際観にいらした横田ご夫妻。

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映画「めぐみへの誓い」クランクアップ!

 三月七日にクランクインした映画「めぐみへの誓い」が同月30日、無事クランクアップした。

 今年の秋田は記録的な雪不足。この春から夏にかけては雪解け水が少なく、農作物に被害が出るのではないかと地元の人が心配していた。とは言え映画の撮影のためには有り難い天候が続いた。南北に縦長な秋田県は日本海からの季節風が強く、一日の内に何度も天気が変わる。まるで山の天気のように晴れたと思ったら曇り、雨が降り、みぞれや雪にもなり、時に春雷にも見舞われた。この映画は横田めぐみさんが北朝鮮に拉致された1970年代から2020年の現在までを描く。この長く果てしなく感じる月日の流れを描くためには、当然春夏秋冬の四季の映像が必要になる。しかし今回はご存じのように支援者のご寄付による低予算映画。撮影期間はたったの三週間と言う条件付きである。でも目まぐるしく変わる秋田の天候は、冬の雪景色も、夏の雷も、秋の夕日をもカメラに収めることができた。その点私たちのロケ隊は非常に天候に恵まれたといえる。その上男鹿半島は北緯38度。北朝鮮の荒涼とした荒地、清津港、強制収容所・・・・・・。と映画美術が少し手を加えるだけで、我々が日常見ることのできない北朝鮮の様々な風景を現出することができた。北朝鮮の風景と美術は言語指導を担当してくれた脱北者のご夫婦のアドバイスを大いに参考にした。特定失踪者問題調査会代表の荒木和博氏に紹介され、朝鮮語の台詞の翻訳と指導を担当してくれたこの人たちは、11年前に脱北し現在は日本国籍を取得している日本人で、私たちの仲間としてこの映画に力を尽くしてくれた。金日成バッジの階級による違いなどの細かい習慣や風習を教えてもらった他、二度目撃、と言うか強制的に見せられた公開処刑の様子なども詳しく話してくれて、大いに参考になった。

 そして三月末、撮影最後の四日間は関東に戻ってスタジオや春の景色の撮影。ちょうど桜が満開。横田めぐみさんが12歳で新潟の中学校に入学した日の記念撮影は桜の木をバックにしたものだった。折からの武漢ウイルス感染予防のための自粛で花見客が少なく、桜の名所に人が殆どいなかったせいで落ち着いた撮影ができた。三月いっぱいでクランクアップできたのも運が良かった。この撮影がもし四月まで続いていたら、特に4月7日の緊急事態宣言の後ではロケに貸してくれる施設もなく、エキストラ出演も断られて映画撮影どころでは無くなっていただろう。

 何かに守られている。私はこの運の良さがそう思えて仕方がない。第一この制作資金を募ったのが去年7月から10月までのクラウドファンディング。支援金額はわずか三か月間で3000万円を超え、製作費4500万円で撮影に入ることができた。このクラウドが今年に入ってから行われていたら、この数字はまず不可能だったであろう。そして現在コロナ禍への自粛のため、映画演劇のほぼ全ての興行が行われていない。これが復活するのはいつか?夏以降には復活と漠然と希望する者は多いがはっきりと分かる者はいない。だがこれも逆に考えれば落ち着いて編集から仕上げ作業ができると言うものである。この映画は拉致被害者奪還に寄与する為に創られている。もし日本の映画興行界がいつまでも復活しないようなら、無観客でも一度上映しその後はネットフリックスその他の手段で世界へ配信すると言う手もある。

 何か目に見えないものの力が働いている。我々は八百万の神に守られているのか?昨年の十月、クラウドファンディング成功の打ち上げを兼ねて、映画実現に向けての結団式を名古屋の熱田神宮で行った。その時神社の上空に白く伸びる見事な雲が現れた。昇竜!丁度即位礼正殿の儀に合わせたように皇居上空にかかった虹を見た後だっただけに、胸を打つ思いでその雲を見上げた。クリスチャンに言わせればそれは聖書にある創造主の力なのだろうか?としたら今が神とサタンの決戦の時なのか?確かに現在世界中が武漢ウイルスに苦しんでいる。「ヨハネの黙示禄」による予言「剣」と「飢え」と「死病」による最終戦争が始まっているのか?この死病との闘いは相手が見えないだけに通常の戦争以上に恐ろしい。核兵器よりはるかに安価で簡単に使える生物兵器は、核兵器に勝るとも劣らぬ悪魔の兵器である。この世界的な危機を乗り越えて、私たちは世界の「邪悪」なる者との闘いに勝利しなければならない。

 今やアメリカとソ連の冷戦に変わって米中の対立が激化している。この対立は今後ヨーロッパを含めて益々過激化するであろう。そしてコロナ騒ぎの収まった後こそ、世界秩序は大きく変わるだろう。私たちは決して選択を間違えてはならない。目先の利益を追うことで悪に加担してはならない。それはウイグルやチベットの虐殺や生態臓器売買に手を貸していることと同じなのだ。邪悪が世にはびこることを許してはならない。そのためには正確で正直な情報の発信が必要である。この映画はその有効な手段である。21世紀の今日に於いて尚、東アジアには中世そのものの独裁国家が実在し人々に塗炭の苦しみを強いている。守るべきものは自由な社会と暖かく楽しい家庭であり、何ものにもかえがたい命の尊厳であることを訴える映画を仕上げるために、今は仕上げに専念する。コロナ騒ぎの後、きっとチャンスは訪れる。アジアの人民が自由を勝ち取る日が。そして最後の拉致被害者奪還のチャンスが。

―映画「めぐみへの誓い」製作日誌―

 去る7月7日七夕の夜から、映画「めぐみへの誓い」クラウドファンディングが始まった。クラウドとは民間の方の寄付による資金調達の方法である。今回レディーフォーと言うクラウド会社に資金管理をお願いしている。この会社は、全行員がブルーリボンバッジを付けて拉致被害者奪還運動に協力したことのある北都銀行の系列である。クラウドファンディングでは、あらかじめ達成目標額と募金期間を設定することになっている。この映画の場合は目標額2000万円。締め切りが10月4日。オールオアナッシング形式と言って、締め切り日までに集まった金額が目標額より一円でも足りなかった場合には企画不成立となり、全出資者に全額返金されるという決まりである。2000万円とは映画の製作費にしてはやけに低い設定と思われるだろうが、まずは手堅いスタートを考えてのことである。この原稿を書いている8月19日現在の支援総額は15,644、000円。目標額の75パーセントまで来ている。ここまで来るのにもこの企画に賛同する文化人たちの発信、ネットテレビやラジオでの拡散と言った、多くの仲間たちの尽力によるところが大きい。読者の皆様にもグーグールなどで「クラウドファンディング映画めぐみへの誓い」を検索した上での協力をお願い申し上げたい。

 このクラウドで2000万円。と言ってもクラウド会社への手数料が引かれるので2300万円は集める必要がある。それ以前から製作委員会に集まっていた支援金が約1000万円。計3000万円で映画を作る。宣伝及び配給の費用は、別途十月以降のクラウドで募集する。
通常の日本映画で低予算映画と言えば1億円と言われている。3000万円と言うのは所謂アート系の映画の金額である。決して贅沢をしているわけではないのだが、やはり映画は金がかかる。だが、この「めぐみへの誓い」は特別である。3000万円で1億のグレードのものを作ろうと思っている。スタッフは全て拉致被害者を助けたいという強い思いを持つ者たちを厳選し予算を抑えている。映画の製作費は大きく分けてスタッフ&機材費、俳優費、ロケ費の三つに分類される。このロケ費の内の宿泊費なども理解者に協力を依頼するつもりだ。俳優費に関しても、金より作品、脚本の内容で仕事を選ぶ俳優に絞って交渉している。

 横田めぐみさんが13歳で拉致されてから42年も経つというのに、拉致問題の映画が日本で作られるのは今回が初めてである。子供向けの短編アニメや外国人が作ったドキュメンタリー映画はあるが、劇場用映画は今回が初めてとなる。2008年、テレビ朝日の「テレビタックル2時間スペシャル」の収録中、ビートたけしが「よし!北朝鮮による日本人拉致の映画を作るぞ。監督はオイラだけでなく、世界の有名監督の共作にして世界に訴える!」と素晴らしいアイデアを出し大いに盛り上がったという。しかしこの部分は見事にカットされオンエアーされなかったのである。このあらましは「週刊文春」2008年7月24日号で報じられた上、同じ収録スタジオにいた共演者の勝谷誠彦さん(故人)がラジオでその時の模様を詳細に語っている。勝谷氏によると、収録が終わって駐車場に向かう途中、局のスタッフと、たけしの事務所の人間が追ってきて「この映画の話はまだ他言しないで下さい」と頼まれたそうだ。その時のテレビ朝日側の動揺ぶりが目に浮かぶ。
 ことほどかようにテレビ局の人たちは在日朝鮮人を恐れ、彼らに関する報道を自主規制する。2002年に金正日が日本人拉致を認めるまでは、テレビでは拉致事件、拉致問題という言葉は使わず、もっぱら「拉致疑惑」と称していた。1988年の予算委員会で当時の国家公安委員長梶山静六による「日本海側のアベック失踪事件は北朝鮮による拉致が十分濃厚である」という答弁があり、大韓航空機爆破犯人金賢姫による「私は北朝鮮で拉致被害者田口八重子さんに日本人化教育を受けた」という証言があったにも拘らずである。それどころか当時のアナウンサーは北朝鮮のことを「北朝鮮」とは呼べず、必ず「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」と言っていた。勿論クレ―ムを恐れてのことだ。朝鮮総連系の抗議、恫喝は担当のディレクターやプロデューサーの個人宅にまで及び、ついには在日の就職枠ができ、現在のテレビ界の偏向報道に至っている。特にTBSでは今や韓国語を理解できなければ出世はできないという社員の証言がある程だ。2015年の「民団新聞」で民団広島支部の魯漢圭は豪語している「裏社会は我々在日韓国人が制圧した」と。長くなるので引用は避けるが、在日の力はパチンコに始まり今や芸能界、マスコミ、教育界、法曹界、経済界、そして勿論政界にまで浸透している。そして今や民団も総連も大差ない、主体(チュチェ)思想を中心に据える同じ反日思想の団体である。

 さてそんな世の中だからこそ、北朝鮮による拉致の残酷さと、拉致被害者たちが監禁されている北朝鮮の実態を描き、同時にいびつな日本社会の裏面を告発するこの映画を作る意義と使命があると思っている。テレビ界は勿論、大手映画会社もこの企画には及び腰になる。在日系の多い芸能プロダクションの多くが出演を拒否する。政府のお金を使うと、現在の「めぐみへの誓いー奪還―」の演劇公演が入場無料であるように、一般映画館での上映はできなくなる・・・・・・。というわけで今のクラウドファンディングによる製作体制で準備を進めているわけである。

 拉致の疑いが濃厚と警察が発表した所謂特定失踪者の数は882名にも上る。拉致被害者奪還を諦めることは即ち、日本を諦めることであると私は思う。そして私たち民間人にできることは署名活動以外無いのかと考えた時、映画を作って内外に訴える手段を選んだ。この映画、最初の上映は国連本部で行いたいと考えている。すでにテキサス親父日本事務局の人たちがシナリオの翻訳に入っている。
 この映画作りは日本を否定し解体しようとする内外の勢力に対する戦いであり、私は何があっても一歩も引かぬ決意である。かといって政治的プロパガンダを表に出しすぎては映画として面白くない。又、演劇と言うものはナマの俳優が直接観客に訴えかける効果もあるが映画はそうもいかない。ましてやテレビの再現ものと同じことをやっても映画にする意味がない。映画は国際言語である。日本や北朝鮮に付いて何一つ知らない外国人が見ても、横田めぐみと言う名前を初めて聞く人が観ても心を動かされる作品にしなくてはならない。映画ならではの「人間の生き抜く力と魂の尊厳」を見せる作品を創りたい。
 2017年、ニューヨークの国連総会でトランプ大統領はスピーチした「我々は知っている。北朝鮮が日本の浜辺から13歳になる可愛い日本人の少女を拉致し、スパイのための語学教師として、奴隷にしたことを・・・・・・」と。
 だがその少女が誰で、一体何があったのか、世界はまだ全く何も知らない。

 映画クラウドファンディングへのご協力を、皆様に重ねてお願い申し上げます。

―我が内なるアメリカー

 6月上旬の一週間東京六本木の俳優座劇場に於いて、拙作演出による演劇「祖国への挽歌」の公演を打った。この作品は実在した日系二世のマフィアのボス、モンタナジョーの生涯をフィクションを交えて創作したものだが、幸いなことに連日満員札止め状態で幕を閉じることができた。大入りの原因には企画の娯楽性や、松村雄基、原田大二郎たち俳優の好演もあるが、それ以上にこの作品の持つテーマである「アメリカと日本人の関係」というものに関心を寄せる観客が多かったせいではないかと思う。

 主人公のジョーは日系移民排斥の最も激しい時代にカリフォルニアで生まれた。16歳の時、宣教師で非暴力主義の父親に反発して家出。ブランケットボーイ時代に博打の腕を上げたが、1941年の日本軍真珠湾攻撃の直後、日系人強制収容所に監禁される。その後日系人のみの軍隊442連隊を志願し、ヨーロッパ戦線を転戦し凱旋する。しかし戦後ますます酷くなった日系人差別に反発し、アメリカ初の日系マフィア組織「モンタナファミリー」をシカゴで結成する。モンタナファミリーは破竹の勢いで勢力を広げ遂にはロスからハワイにまで事業を拡げたが、やがてFBIに目を付けられるようになる。ジョーがFBIに逮捕され組織の秘密をばらされることを案じた、上部団体のニューヨークマフィアのドン、カルロ・ガンビーノの配下に拳銃で後頭部を二発狙撃されるが、正に奇跡的に助かる。だが彼は自分を裏切ったイタリアンマフィアを許すことはできず、FBIの公聴会でマフィア世界の全てをぶちまけた。構成員のフルネームから住所は勿論、組織にまつわる秘密の全てを。・・・・・・その後足を洗ったジョーはFBIの保護下身を隠し、数年前静かにその生涯を閉じた。
 ジョーはアメリカ人に成りきろうとした。マフィアの生き方に徹しようとした。だが出来なかった。マフィアにはオメルタと言うものがある。掟のことだ。マフィアのオメルタで最も大切なものは「ファミリーを裏切らない。ファミリーの秘密をばらさない」と言うことだ。だが彼は自分を殺そうとした白人マフィアたちを許すことができなかったのだ。

 この主人公の人物造形に私は戦前の日本人とアメリカの関係を投影した。アメリカと戦争した日本がアメリカを嫌っていたかと言うと、とんでもない。それどころか戦前の日本人はアメリカが大好きだったのである。ちょうど私の父親とそれより少し上の大正生まれの世代は西部劇を楽しみ、ロバート・レッドフォードやジョン・ウェインの大ファンだった。モボ(モダンボーイ)モガ(モダンガール)のファッションに身を包み、アメリカ映画ではチャップリンの「モダンタイムス」や「街の灯」に酔い、大作「風と共に去りぬ」に喝采を送った。・・・・・・ジャズ、西部劇、自由と民主主義・・・・・・アメリカと戦争をしたいなどという妄想を抱くものは、まずいなかった。だがその片思いはルーズベルトのオレンジ計画により無残に踏みにじられ、真珠湾だまし討ちの汚名を着せられたまま、最後は焼夷弾と原爆で叩きのめされた。

 そして戦後生まれの私たちは更にアメリカを身近に感じて育った。私は昭和27年生まれ。私が小学校3年生の頃から各家庭にテレビが普及した。しかしその当時のテレビドラマはまだ日本製のものは少なく、殆どがアメリカから無償で提供されたものだった。「名犬ラッシー」から始まって「ララミー牧場」「拳銃無宿」「ローハイド」「アニーよ銃を取れ」「怪傑ゾロ」と言った西部劇に毎晩胸を躍らせた。極め付けは力道山のプロレスと隔週で放送される「ディズニーランド」!・・・・・・これではまるでアメリカの子供である。見事に洗脳されるところであったが、一方で未だあの当時には戦前の日本人の心意気を持つ映像作家たちがいて「月光仮面」や「少年ジェット」「少年ケニヤ」「ハリマオ」と言ったテレビドラマを作り初めた。少し遅れたが「笛吹童子」「銭形平次」「水戸黄門」等の時代劇も始まり、ギリギリセーフで、私たち子供はアメリカ人には成りきらなかった。それでも私は「ララミー」と言う行ったこともないアメリカ西部の町の名に、未だに郷愁のようなものを感じてしまうのである。
今月安倍首相がアメリカと対峙するイランを訪問した。その際イランのマスコミから「日本の安倍首相はなぜ自分の国に原爆を落としたアメリカを信じることができるのだ?」と言う疑問の声が出たそうだ。至極当然の疑問である。だが私たち日本人はそれでもアメリカのどこかを信じているのである。アメリカの理想とする「神の下における自由、平等、正義」と言った概念には共感しているのだ。そしてその原因は日本民族が古来より持っている人間観、聖徳太子の十七条憲法の精神にも通底するものがあるからではないかと私は思う。正直言って日本人はイランよりアメリカが好きなのだ。勿論ロシアよりも中国よりも朝鮮よりもアメリカが好きなのだ。だが決してこのまま全ての決定をアメリカに任せておいて良いと言うものではない。アメリカは二重人格国家と言っても良い。世界一善良でお人よしな部分と、世界一無慈悲で残酷な部分が混在している。かの国への単純な期待と依存は、手ひどいしっぺ返しを受ける可能性大なのだ。私たちは先のアメリカとの戦争から、そして芝居の主人公モンタナジョーたち在米日系人たちの歴史からも、アメリカと言う抜き差しならない関係の国民性をもっと知るべきであろう。アメリカは決して独裁国家ではなく選挙で大統領を選ぶ国である。大統領は国民の支持がなければ大きな決定はできない。戦前「戦争はしない」と公約して大統領になったルーズベルトの陰謀に対し、アメリカ世論に、当時の戦争を嫌うアメリカの一般大衆に直接訴える術はなかったのかと悔やまれる。今後我が国がアメリカと共に国際社会で生き抜いてゆこうとするならば、アメリカを深く知ると同時に、日本の良さをアメリカ人にもっと知って貰うことも大切である。かつて黒沢明監督の「七人の侍」はアメリカ人を唸らせた。スピルバーグはじめ多くの名匠に多大な影響を与えた。欧米人の日本のサムライに対する畏敬の念には、こちらが恐縮するほどである。・・・・・・「万引き家族」だけではいけないのだ。


 今月21日から私用でニューヨークに出かける。アメリカ本土には実に26年ぶりの旅となる。前回は妻と一緒に、ロスからアリゾナ、ラスベガスまでがレンタカー。その後は飛行機とバスでニューヨーク、フロリダからアメリカ最南端のキーウエストと強行軍を敢行した。その当時は「ジャパンアズナンバーワン」の時代。日本がアメリカの富の象徴エンパイヤステートビルを買収し、日本企業や日本ヤクザを描いた「ブラックレイン」や「ダイ・ハード」という映画が大ヒットし、バブルの怪物日本にアメリカが脅威を感じていた時代であった。旅行者の私たちにも風当たりが強かった。ラスベガスのショーを見た時は、芸人がトークの中に私たちを揶揄して笑いの種にしていたことがある。キーウエストの海でシュノーケリングを楽しんだ時、わざと船が私を置き去りにしようとしたこともあった。

 その当時と現在は日米の関係も大分違ってきた。今回の旅はニューヨークとボストンと都会ばかりだが、何かを感じることはできる筈。又ご報告したい。

「めぐみへの誓い」を舞台から映画へ!

 去る4月1日、上野公演入り口に於ける、救う会埼玉主催の署名活動をお手伝いしてきた。救う会埼玉の竹本代表とのお付き合いは、私が初めて拉致問題の演劇を書いた2011年以来となる。舞台劇「めぐみへの誓い」は2012年1月東京新宿の紀伊国屋サザンシアターに於いて初演された。横田滋、早紀江夫妻出席の制作発表記者会見の効果もあり、劇団の自主公演にも拘らず2000人を超える観客を動員できた。この時の公演は現在行っている「めぐみへの誓いー奪還―」より尺が長く、街頭での署名活動の場面もあった。そこで普段街宣で使っているポスターや横断幕、幟などのグッズを、救う会埼玉さんからお借りしたことがお付き合いの始まりである。お陰で演劇の公演は内容的にも評価を得、現在は「めぐみへの誓いー奪還―」というタイトルで、政府拉致対策本部主催の啓発演劇として全国を回っている。そしてごくたまにではあるが、浦和駅前や蕨駅前、靖国神社前そしてこの上野公園前での署名活動をお手伝いさせて頂いている。

 今年の4月1日は天候に恵まれ日焼けするほどの陽気だった。我が劇団夜想会からも十数人の劇団員たちがお手伝いに参加した。その中には元NHKのお天気姉さん半井小絵さんもいる。彼女は虎ノ門テレビのキャスターを経て現在多方面で活躍中だが、約三年ほど前から演劇の道を志し、毎週二回欠かさず私のワークショップで演技のレッスンを受けている。昨年小さな公演で初舞台を踏ませ、今は「めぐみへの誓いー奪還」の大役田口八重子さん役を演じることができるようになった。この役は初代が川上麻衣子。最近はジャーナリスト上島嘉朗氏の奥さんである女優の上島尚子さんが演じていたが、彼女のスケジュールの都合で今は半井さんとダブルキャスト体制になっている。半井さんは決して器用な役者ではないが、日本を愛する硬派な女性であり拉致被害者への思いも熱い。資料を読み漁り、特定失踪者問題調査委員会会長の荒木和博氏や、飯塚繁雄拉致被害者家族会会長にお会いし、携帯電話の待ち受けは田口八重子さんの御子息耕一郎さんの赤ちゃんの頃の写真にするという徹底ぶり。田口八重子さんに肉薄する演技は、昨年福井県小浜市の公演をご覧になった、拉致被害者地村保志さんに「驚くほど田口さんに似ている」と言わしめたほどであった。上野での街宣スピーチも彼女の声には足を止める人が多いように見受けられた。大体が女性の柔らかい声の方が反応は良い様だ。特に私のようなオッサンが大声を張り上げるとどうもよろしく無い。冷静に話そうと心掛けてはいるが、ついつい目の前を完全無視して行きすぎる人の波に苛立ち、語気が鋭くなると良くない。かといってコンピューターが喋っているような感情の伝わらない無機質な喋りもつまらないので、これが中々難しい。それでもこの日の上野駅前の活動には劇団員の他、横浜や厚木、東京からも演劇公演やフェースブックで知り合いになった多くの方に応援に来ていただき、力強い署名活動になったのではないかと思う。

 それにしても最近署名活動に参加して感じるのは、街を行き交う人に外国人の数が増えたことである。この点政府の移民政策には大いに疑問があるがそれはさておき、この日はちょうど上野公園の桜が満開の花見日和であったせいもあり、日本の桜を楽しもうとする外国人の数が特に多かった。私が道行く人にチラシ配りをしている時のことである、署名板を首にかけたボランティアの一人の女性が困った様子で「英語分からないんでお願いしまーす」と一人の中年の白人男性を連れてきた。私は実は獨協大学の外国語学部英語学科卒なのだが、学生時代から文学座という劇団で日本語の勉強ばかりやっていた(?)ので英語は苦手である。相手の質問は大体分かったが、まず最初に拉致=アブダクションと言う単語が思い出せない。そこで「キッドナッピング フロム ジャパン トゥ ノースコリア」とか「クライム」「ミゼラブル」「サインプリーズ」などと出てくる単語を並べてみたが、どうも相手は怪訝な顔をし、納得できない様子で英語をまくし立てる。はじめ私の英語が全く通じないのかとショックだったがそうでもないらしく、やがて彼の言っている意味がなんとか理解できた。それは「拉致があったことは分かった。でもどうして政府に対して署名が必要なんだ?」と言う日本社会の本質的欠陥を突いた、至極全うでありながら我々日本人が長い間忘れていた疑問だったのだ。なぜ国民が拉致されたのに国民が政府に対して署名を集めなければならないのだ?本来国民が外国に拉致監禁されたなら、逆に政府が、政治家が国民に向かい「同胞を救うため国民よ立ち上がれ!奮起せよ!いざ奪還!」と訴えるのが普通の筈である!とかのアメリカ人は言っていたようである。・・・私は恥ずかしかった。悔しかった。我が祖国の改革は何としても必要である。


 さて6月12日の米朝首脳会談が終わった。解釈は色々あるが、核も拉致も今すぐ全面解決出来るとは考えられず、今後の交渉という駆け引きの場に持ち越されことは明らかである。「拉致被害者は日本に返すようにチャンと言っといたからね、ここから先はシンゾーに任せた。ついでに核破棄の費用も出してね!」とトランプ大統領は言っているようである。今後安倍首相が話し合いの前提として、万が一にも北に対し融和的な態度に出ることを私は恐れる。既に河野洋平や辻本清美等は盛んにそう主張しているし、殆どの大手マスコミは「平和的解決」としてその意見を支持し、またぞろ安倍批判を展開することだろう。だがアメリカの軍事的圧力こそがこの度金正恩を引っ張り出したことを忘れたら、日朝関係は再びストックホルム合意時の関係に逆戻りすることを、私たち日本人は肝に銘じておかなければならない。

 私の演劇「めぐみへの誓いー奪還―」は単に拉致被害者とそのご家族への同情に終わるものではない。収容所国家北朝鮮の独裁体制を批判し、人権を無視し、人間の尊厳を蹂躙し続けるかの国の体制の中で、恐怖とぎりぎりの背中合わせに生きるしかない日本人拉致被害者たちの現在を描いている。それだけにこの演劇活動をやめさせたいと思う勢力もある。日本が北に対して下手に出るためには、この演劇は邪魔な存在になるからだ。だが、だからこそ私はこの「めぐみへの誓い」を映画化し、より多くの人に拉致の悲惨な現実を分かってもらおうと思っている。特にアウシュビッツの記憶を持つユダヤ人が力を持つアメリカ社会では、現代のアウシュビッツの存在を描いたこの映画は衝撃を与えることになるに違いない。そして核も拉致も、その完全解決のためには、現体制の崩壊と民主化しか道はないことを理解するであろう。

 映画「めぐみへの誓い」は現在制作資金を募集している。もしお近くに企画の意図に賛同してくださる企業や個人がいらっしゃったら是非紹介を賜りたい。連絡は下記まで。

 映画「めぐみへの誓い」製作委員会(夜想会内)
 〒169−0051 東京都新宿区西早稲田1−21−1アス西早稲田ウイング103
 T 03−3208−8051 F 03−6423−0968 製作   石村昌一 
                               監督   野伏翔

―親友より戦友!―

 桜の蕾もほころんで、もうしまっても大丈夫だろうと思いマフラーや手袋毛糸の帽子などを洗濯に出した翌日の3月20日、関東の気温が急に下がり花冷えの東京には雪が降った。東京町田市ではすでに桜が開花しており、雪と桜が同時に舞う「共演」を楽しめたと言う。

 雪と桜が同時に舞うと言えば、劇作家清水邦夫の「タンゴ冬の終わりに」という戯曲のことを思い出す。ストーリーは、全盛を極めていた中年の舞台俳優が、肉体の衰えと台詞の暗記力の低下によりノイローゼ状態に陥り、ある日シェークスピアの「オセロー」の本番の舞台上で突然引退を宣言し、郷里の北陸にある実家、古ぼけた映画館に帰ってしまうところから始まる。彼の妻は夫に正気を取り戻させようと思い、苦肉の策で、彼が書いたと見せかけた偽の手紙を出して元愛人を呼び寄せる。やってきた愛人は、今や他の俳優の主演する「オセロー」のヒロイン「デズネモーナ」を演じるスター女優になっていた。だが男にはその若い愛人が思い出せない。しかしあるきっかけで、彼は今自分がオセローの舞台上の本番の最中にいると錯覚する。同時に今目の前にいる若い女が、舞台上にいるデズネモーナに見えてきた。劇のクライマックスは、嫉妬に狂ったオセローが愛妻デズネモーナの不義を疑い、殺害してしまう場面である。男はその若い愛人の首に両の手を掛ける「見苦しいぞ!動くな、デズネモーナ!」と叫びながら・・・。そしてラストシーン、狂った元俳優は幻のダンサーたちに導かれ、タンゴを踊りながら映画館を出る。外には雪と桜が同時に乱舞していた。

 この芝居は蜷川幸雄演出、平幹二郎主演で上演され、その後イギリスでバネッサ・レッドリーブなどが出演し話題になった。私も「楽屋」「幻に心もそぞろわれら将門」などの演出で清水邦夫さんとはお付き合いがあり、ある日この「タンゴ冬の終わりに」の上演の許可を貰おうとした。だが「この劇の舞台は最初は田舎の分教場の設定で書いたんだが、蜷川君のアイデアで取り壊し寸前の映画館にしたんだよ。だから蜷川君以外の演出家に渡せないんだ」という答えだった。滅びの美学の極致を描くこのドラマに、地方の古びた映画館を舞台設定したとは大正解。さすがは天下の蜷川よ!と納得し、「よく分かりました。それなら、映画ではどうですか?」と申し出たら快諾してくれた。北陸にシナリオハンティングして私の書いた映画用のシナリオにもいろいろ意見を頂いていざ撮影という段になった時、予定していた映画会社、東宝企画が倒産してしまった。東宝創立五十周年企画「奇跡の山」という映画の興行的失敗の責任を取らされてのことと聞いた。映画用シナリオ「タンゴ冬の終わりに」は印刷されたま私の手元にある。余りにも純芸術的な企画なので、ATGの時代ならいざ知らずタイミングが難しいが、いつかチャンスがあれば撮影したいと温めている企画である。


 映画と言えば、今こそ、何としても実現したい映画がある。「めぐみへの誓い」である。横田めぐみさんや田口八重子さんを中心に拉致被害者たちの葛藤、朝鮮民主主義人民共和国と称する信じられぬほど人権を蹂躙している収容所国家の実態、同時に拉致という犯罪を許し隠ぺいしてきた日本国内の闇を暴き、更には引き裂かれても愛し合う親と子の絆の尊さ、人間の尊厳を描く感動作を世界に訴えたい。私がこの題材を舞台劇として書いたのは、2002年小泉訪朝により五人の拉致被害者が帰還したものの、その後政府認定の17名の拉致被害者に限らず、886名と予想される北朝鮮の拉致の疑いの排除できない特定失踪者たちを、ただ一人も取り返すことができない現状に一石を投じたいと思ったからである。紀伊国屋サザンシアター、俳優座劇場と、初めの二公演は自分たちでチケットを売りさばいての自主公演であったが、当時の拉致担当大臣古屋圭司氏の肝いりで、その後三年間は内閣府拉致対策本部の主催公演として全国を回り現在に至っている。お陰さまで劇場で観て頂いた人たちからの反応は良く、常に90パーセント以上の満足度というアンケート結果を頂いている。だが、いかんせん観た人の数が少ない。演劇とは空間の芸術であり、いわゆる「媒体」とは言えない。しかし映画は「媒体」でもあり世界を駆け巡るコミュニュケーションツールとして、武器としての力を持つ。

 かつてソ連はエイゼンシュテインの「戦艦ポチョムキン」などの映画を革命成就のために有効に活用した。現代に於いても米、中、韓、その他各国が映画には力を入れて国際世論に自国の主張、自民族の歴史の正当性を訴えている。昨年韓国全土とアメリカブロードウェーで上映された「軍艦島」は、何と24億円という巨費をかけて作られている。その内容は戦前戦中の昭和二十年代に長崎県端島炭鉱で働く朝鮮人たちが、日本の労務管理者と軍人による不当な差別と強制労働に虐げられたという、事実には全く反する捏造話である。軍艦島に強制連行されてくる船の中で朝鮮人たちは船倉に押し込められ、めちゃくちゃに殴られ水をかけられる。島に着いたら眼鏡も指輪もすべてを没収され、集団生活する家は畳から海水が染み出す。だが史実はこの全く逆で、鄭忠海著「朝鮮人徴用工の手記」によると、月給は百四十円と言う当時としては高給取りで、子供たちを学校に通わせ、夜は酒盛りを開いて広島産の牡蠣やナマコ、ネーブルやミカンなどをよく食べていたという。幸いなことにこの映画出来が良くなく、あっという間に終息してくれたが、影響力のある名作を作られたら、日本にとっては極めて危険な印象操作がなされたに違いない。

 昨今所謂「従軍慰安婦強制連行」「南京虐殺」「徴用工強制労働」と言う明らかに捏造の歴史を世界に吹聴し、日本の歴史を貶め、英霊たちを辱めようとする中韓の活動は激しさを増すばかりである。習近平の権力掌握により益々外に敵を作らなければならない宿命を背負った中共。南北統一により核を持った一大反日国家高麗連邦の誕生も危ぶまれる昨今、日本が道徳的、人道的に許せない国家であるという自国民及び世界各国への印象操作は、彼らの日本国家及び日本民族殲滅の大義となり得る。
全体主義、独裁主義の国に比べ我々自由を尊ぶ民主主義国家では、反対者の意見も聞くため全ての決定が遅いという弱点がある。映画制作でも、敵は国及び国主導の企業グループが制作資金を出す場合が多い。だが例えば日本で国が映画に資金を出したら、それは一般の映画館で入場料を取って上映するわけにはいかないという難しさがある。

 そこでこの度秋田県の「救う会秋田」の人たちが中心となって「映画めぐみへの誓い実現プロジェクト」なるフェイスブックサイトを立ち上げ、運動を開始している。資金集めからロケ協力、宣伝、動員の協力などを真剣に討議してくれている。キャッチフレーズは「僕らはミサイルは打てないが、エンターテイメントを武器にする!」「政府も、マスコミも、映画会社も、誰もやらない。ならば俺たちがやるしかない。義のための映画作り!!」と頼もしい。舞台公演で全国を回り私は各地に素晴らしい知己を得た。地方には拉致という同胞の悲劇を自分の家族の不幸と捉え、愛する日本国の存続と繁栄のために真剣に粘り強く行動している、しかも極めて優秀な人材が数多く存在する。この人たちとスクラムを組んでいく限り、日本がやすやすと中韓の餌食になどなる筈がない!と思える日本人たちである。そして本紙の存在意義も彼らと同じくその点にあると思う。

 男にとって真に必要な友は、親友ではなく、戦友である。

映画「めぐみへの誓い」実現に向けて

この度、映画「めぐみへの誓い」を企画し、シナリオを執筆したところです。

「拉致問題は決して過去の事件では無く、現在進行形の拉致監禁の悲劇である」という視点から、映画では目の前で起こる北朝鮮工作員たちによるリアルな拉致シーンをドキュメンタリータッチで表現します。

人間の尊厳と自由を奪う収容所国家北朝鮮の現状を告発し、それでも生き抜き日本への帰還を切望する、横田めぐみさんたち拉致被害者たちの胸を打つ数々のシーン、そして絆を引き裂かれた家族の尊くも痛切な思いを描きます。

今、朝鮮半島がどう動くか?と世界中が注目しています。米朝接近か?決裂か?高麗連邦成立か?第二次朝鮮戦争勃発か?正直言って誰にも分かりません。

しかし、何としても世界中の人々に理解して欲しい事は、北朝鮮という異様な国家の現実です。北朝鮮とは、あらゆる人々の自由を奪い、公開処刑、強制収容所での奴隷労働を強いるキム家の繁栄だけを守る中世的独裁国家でり、対外的には核ミサイルの脅威だけでは無く、暗殺、テロ、偽札作り、そして拉致を繰り返す犯罪国家であるという事実です。

このような体制を許す事は人類の恥であり。800人以上の同胞を奪われたままのわが日本は、何としても声を大にしてこの不正を世界中に告発し、同胞を救出しなければなりません。

内閣府の調べでは、この演劇での公演は毎回満足度90パーセントを超えるアンケート結果が出ているそうです。もしこの演劇に勝るとも劣らない感動を呼ぶ映画ができ、外国の映画祭に出展すれば、必ず世界中で拉致被害者救出を後押しする声が湧き上がる筈です。そう思いこの映画を企画しました。

然しながら、拉致問題に関わる事を躊躇する企業は多く、俳優の出演交渉なども他作品に比べると困難が予想されます。だからこそ、やらなければならない事と思います。

応援の程よろしくお願い申し上げます。

日本を奪還

 最近は差別的とされトンと聞かなくなった「裏日本」という呼称がある。太平洋側が表で、日本海側を裏というのは確かに失礼な気もするが、今年は日本海側が日本の裏側であることが痛感された年であった。昔から泥棒は表玄関からではなく裏庭からこっそり入ってくる。

 先日福井県小浜市に「めぐみへの誓いー奪還」の公演に行ってきた。東京発の新幹線を米原で北陸本線に乗り換えて敦賀で下車、バスで約一時間走って小浜市のホテルに着いた。ホテルは日本海の海岸に面していて、寄せては返す潮騒の音が窓を閉めても微かに聞こえてくる。すぐ近くに小浜公園という立派な公園がある。春は桜が咲き乱れるという公園の展望台からは若狭湾が一望できる。1978年7月7日、地村さん本人の証言によるとこの小浜公園展望台で、地村保志さんと当時は婚約者であった浜本富貴恵さんが北朝鮮に拉致された。七夕の夜、星を見に来た二人はその一週間前に結納を交わし秋には結婚する予定だった。犯人は四人組だった。展望台の一階ベンチにその四人組はいた。駐車場にある自分の車から煙草を取ってきた地村さんは二階の富貴江さんの元に戻ったが、何となく嫌な予感がしたので帰ろうとして立ち上がった。と、目の前にさっき見た四人組が立っていた。階段を昇ってくる足音は全く聞こえなかったそうである。次の瞬間地村さんと富貴恵さんは倒されうつぶせにされて口には猿ぐつわ、後ろ手に手錠をはめられ、両足も縛られた。顔に袋をかぶせられた。そして男たちの肩に担がれ浜に運ばれた。息が苦しかった。工作員が息ができるようにと、袋の布をナイフで裂いてくれた。その裂け目から見えた風景は、両脇に岩、正面には真っ黒な海、その奥に漁火が光っていたという。
 その地村保志さんがこの度の小浜公演を観に来てくれた。芝居が始まる前の式典で地村さんはご自分の体験を踏まえて拉致被害者の救出を訴えた。私も作品解説のために壇上で話をしたので、ご挨拶する前からお互いがお互いを知っていた。芝居が跳ねて楽屋に飛んできた地村さんは開口一番「あの田口八重子さん、本人そのままですね。いつも明るく張り切っていて、突然泣き出すところが、そっくりです!」と驚いておられた。このシナリオは横田めぐみさんのストーリーを縦軸としながらも田口八重子さんについても金賢姫(キムヒョンヒ)との交流の場面を設定して時間を割いている。田口八重子さんは三歳と一歳の幼子を日本に残したまま北朝鮮に拉致された。23歳の若い母親が拉致されてきた当時は、泣きながら自分で自分の乳を絞っていたという。その田口さんと地村さんご夫婦は一時北朝鮮の招待所で同居していたそうである。であるから地村さんが田口さんの性格をよく知っているのは当然である。そして私の書いて演出している田口八重子像はそのほとんどが金賢姫の証言と著作を信じて作ったものである。つまり金賢姫が拉致被害者田口八重子さんから日本人化教育を受けていたことは間違いなく事実と言うことである。北朝鮮は現在に至るも1981年の「大韓航空機爆破事件」への関与を否定し、金賢姫とは北朝鮮に存在したこともない人物である。金賢姫という女の言っていることはすべて韓国のでっち上げであると主張しているが、このような恥知らずの嘘は、いとも簡単に暴かれるのだ。

 芝居の終わった夜、劇団のスタッフたちと町に食事に出た。小浜駅に向かって十五分ほど歩いたが、見事に人っ子一人いない。小浜市は原発があるせいか町はきれいに整備されている。城下町らしい格子戸のある店が並び、その風景には不似合いな派手なイルミネーションの通りはあるが、とにかくすれ違う人がいない。中心部から少し離れると真っ暗な闇に自分たちの足音しか聞こえず、今にも北朝鮮の工作員に取り囲まれそうな気がする。小浜に限らず秋田でも感じたが、地方の過疎化は深刻である。特に日本海を隔てて朝鮮半島と対峙している裏日本では、今年だけで千を超える漂着船があったという。夜陰に乗じて工作船で日本に侵入することなど、北の工作員たちにとっては昔から朝飯前のことであったのだ。アメリカの二倍以上と言う長い海岸線を持つ我が国への侵入を完全に防ぎきるのは難しい。だからこそ侵入者には厳罰で処さなければならない。今に至るもスパイ防止法さえなく、領海内の漁場を荒らされても警告と放水ぐらいしかできない日本と言う国は、どう見ても国民の命と財産を本気で守ろうとはしていない。
 明治の昔、台湾で琉球の人間が殺害される事件が起きた。その時清国の北京に乗り込んだのは大久保利通全権であった。大久保は清国に謝罪と賠償を要求し、それを拒否した清国政府に対し、それならば清の台湾に対する支配権を認めぬ。と実際に軍事力を持って台湾に報復した。またロシアに対しては、樺太のアイヌ女性強姦事件に際し榎本武揚公使が一歩もひかずに謝罪と賠償と実行犯の引き渡しを要求し、押し通した。当時日本よりはるかに大国であった清とロシアに敢然と立ち向かい、琉球とアイヌという日本の辺境の民に対してさえ分け隔てなく持っていた、当時の日本人の同朋意識に私は感動する。これこそ真の八紘一宇の精神ではないだろうか。「たった一人の同胞の人権を守るためには総力を挙げて立ち向かう」これが文明国としての矜持を持つ近代国家間の国際法である。憲法9条に縛られた現在の日本は国際法にも違反している。

 この原稿を書いている12月19日、これから「めぐみへの誓いー奪還」の公演のため宮城県多賀城市に出かける。つい最近拉致被害者増本るみ子さんの母信子さんと、曽我ひとみさんの夫ジェンキンスさんが亡くなられた。横田めぐみさんの父横田滋さんや田口八重子さんの兄飯塚繁雄さんたちも、ご高齢のため公演に同行してくれることも少なくなった。空しく時だけが過ぎていく。だが拉致の問題は決して時が解決してくれることはない。北朝鮮による拉致の疑いの濃厚な特定失踪者の数は、警察の発表でさえ880数名に上る。このまま拉致された同胞を救い出すことができなければ、我が国は主権の放棄を世界に宣言するに等しい。そのあとに来る事態は、想像もしたくない。

 今年こそは何としても全拉致被害者奪還の年にしたい。そして日本を奪還したい。

花も嵐も踏み越えて

 10月21日土曜日、東京虎ノ門にあるニッショーホールで「正論シネマサロン」が開催された。この映画会は毎年一度産経新聞社が主催しているもので、昨年も日本トルコ共同制作映画「海難1890」と言う社会性の強い映画を上映しているが、今年は拉致被害者横田めぐみさんが13歳の中学生だった時新潟の海岸から北朝鮮に拉致されて丁度40年と言うことで、私の作った「めぐみへの誓い」を上映した。この作品は正確には映画ではなく舞台劇の記録映像である。私は自分の作った舞台劇の記録映像を見ることは先ずない。舞台劇は劇場と言う空間で演者と観客が作り出す濃密な空気を共有する喜びにわざわざ劇場まで足を運ぶ価値があるのであり、記録された映像には舞台照明の微妙な色具合で光と闇の奥に想像するプラスアルファ―の何か、と言うものがなく、映像を見ることによって本来の舞台劇の鮮明な記憶が薄れることを恐れるからである。だから本来映像は映像を目的に創られた「映画」でお観せしたかったが、現時点ではこの舞台映像で我慢して頂くことになった。

 この「めぐみへの誓い」と言う舞台劇は2010年に私の主宰する劇団夜想会の自主公演として上演したものである。その二年後に加筆しタイトルを「めぐみへの誓いー奪還」として再演。その公演を観た当時の拉致問題担当大臣古屋圭司氏の発案で、現在は内閣府拉致対策本部主催の啓発活動としての公演で全国を回っている。
 さて当日は衆議院議員選挙投票日の前日、しかも大型の台風が東京に接近とあって朝から雨風が強く観客の入りが危ぶまれたが、まずまずの人数が入った。上映に先立ち私は短い作品解説をし、その後客席に移りこの映像を鑑賞した。作品は心配していたより丁寧に編集されておりほっとした。内容は横田めぐみさんと田口八重子さんを中心に被害者とその家族の悲劇と救出に向けての戦いを描いたものであるが、外務省の怠慢や心ない政治家の姿、無知で理解のない自称リベラリストの心無い中傷と妨害等、日本国内の敵の姿も遠慮なく暴いたものであり、上演後、壇上で講演された元サンケイ新聞記者の阿部雅美氏も「皆さんこの作品は二回観ましょう。辛くなるので三回は観なくていいから二回観てください」と仰っていた。
 阿部氏は1980年に日本で最初に「拉致問題」の存在を記事にした新聞記者である。その功績は私の芝居でも明らかにしているが、拉致の存在に気づきながらも触らぬ神に祟り無しとばかりに無視し沈黙を続けてきたメディアの中にあって、「アベック三組謎の蒸発」の記事を書いた阿部雅美氏と「これでも白を切るのか北朝鮮」の著者大阪朝日放送の石高健二氏の存在がなかったら、拉致の存在は更に長く闇に葬られたままになっていたかもしれない。
 北朝鮮による日本人拉致は古くは1963年能登半島沖で漁に出たまま拉致された寺越武志さんから始まり、70年代がそのピークであった。現在の警察による「拉致の疑いの排除できない日本人行方不明者」の数は860数名、国連の人権委員会の発表では優に千人を超える拉致被害者のいる可能性があるという。そして1980年には阿部氏が記事を書き、1988年には梶山静六国家公安委員長が国会で拉致の存在を認めているにもかかわらずメディアは拉致の存在を無視し、2002年小泉訪朝時に金正日が拉致の事実を認めるまでは拉致事件をあくまでも「拉致疑惑」と称していた。朝鮮労働党の友党であった社会党や共産党は言うに及ばず、当時の自民党の古狸議員も同罪である。訪朝時に拉致に全く言及しなかった金丸信は勿論、横田早紀江さんたちの必死の懇願を無視して野中広務、河野洋平、加藤紘一と言った議員たちの推進したコメ支援の額は、何と1673億円にも上る。この米が北朝鮮の人民に行き渡るわけはなく転売され、核開発に使われたことに間違いはない。
 拉致問題を探っていくと、戦後日本の醜悪で卑劣な裏面に突き当たる。当時の日本政府はシン・ガンスという、日本人原さんを拉致した大物スパイが韓国で逮捕されてもその罪を追求しようとせず、菅直人に至ってはシンの助命嘆願書にサインまでした。韓国情報部から田口八重子さんの情報を受けているにもかかわらず、北朝鮮の「そんな女はいない」の一言であっさり引き下がる。朝鮮銀行が破綻した時我が国は日本国民の血税を1兆4000億円も注ぎ込んでいる。これは日本人一人当たり1万円を超える額である。どう考えても異常である。様々な利権と、捏造された歴史観に対する間違った贖罪意識が拉致問題をここまで長引かせ、マスコミを牛耳られ、芸能界を食い物にされ、教育を破壊され、政界に進出され、今や法曹界まで支配されつつある。 北朝鮮の核ミサイルによる脅威が表から迫っているが、裏では様々な工作活動が進行し、今や半ば成就していると言っても過言ではない。戦いはとうに始まっているのだ・・・・!


 この「正論シネマサロン」と同時にもう一つの演劇公演があり、実は昨夜が千穐楽だった。「黄昏のメルヘン」と言って戦前から戦中を通しての、ある作家夫婦の愛の葛藤を描いた純文学的な作品であった。特に歴史や政治と関係があるわけではないが、「愛すれば時には身を引くことも愛」という日本的美徳に溢れる芝居だった。劇中古い歌謡曲が数多く流れるが、今もこの歌詞が私の中でリフレインしている。
 「花も嵐も踏み越えて  行くが男の  生きる道  〜」


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