いしいさん家便り

いしいさん家で 日々感じたこと。思ったこと。

Tさん。ありがとうございました。番外編パート2

義母さんからもTさんの告別式に参列し、メールを頂いていました。
以下↓

…………
Tさんとお別れしてきました。
主人との囲碁を通しての関わり、走馬灯のように頭をめぐり捲っていました。

なんと、Tさんの奥さんに
「広島の親戚の者たちが、災害でひどい目にあっていて、ここへ来れないの。代わりにここに座って。Kさん(義母さん)とは、親類も同然だから。」
(Tさんと奥さんは広島県出身)

と言われ、
Tさんの親類としての席に座らせられました。

びっくりです。この歳まで生きてきて初めての体験でした。

心暖まる素敵なお式でした。
とりあえず、ご報告まで。
……………
そのお気持ちが嬉しいです。


いしいさん家も何人かで、お通夜と告別式に参列しました。

お通夜では、喪服も着ないで部活帰りのような短パン&Tシャツの僕たちに
「最後までいしいさん家らしいです」
ありがたいお言葉です。

お焼香をあげ、その後奥さんから、
「こっちにいらっしゃい」と、
たくさんのおもてなしをしていただきました。

あるスタッフは
食べ放題の如く、お寿司を頬張っていました。
それが、Tさんに対する敬意だからいいのかな。
と、勝手に思ってます笑




日中一時支援で来ている女の子は号泣でした。IMG_20180920_073450

車椅子で参列する利用者さんも。
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Tさんは、
ホントに喜んでいると思いました。
Tさんらしい、葬儀だったと思います。

改めて
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
奥さん、息子さん方、本当にお疲れ様でした。

診断されてからあっという間でしたが
泣いて、笑って、怒ってと、
感情表現がとても豊かな方でした。

たくさんぶたれたこと
勉強になりました。
ありがとうございます。

また、お会いしましょう


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Tさん。ありがとうございました。番外編。

Tさんは、大の囲碁好き。
僕の義父さんも、大の囲碁好き。
二人とも、三度の飯より囲碁が大好きです。

義父さんは、義母さんと一緒に
週に一回我孫子から習志野まできてくれて、Tさんと囲碁の対局を何度もしてました。
(我孫子から習志野は、距離にして約36㎞。2回も電車を乗り換えて来てくれてました。)

でも、最近は
Tさんは認知症状が深くなってきて囲碁が打てなくなってきました。

義父さんも、体調を崩しがちで
いしいさん家に来れなくなってきました。

そんな義父さんからTさんへの
追悼文をご紹介します。

………

追悼

竹口さんと最初にお会いしたのは三年前、京成津田沼駅前の喫茶店「かりん」でした。

「宅老所いしいさん家」の大将、石井英寿君から
「今日は かりん で碁をたのしむ人々が集まる日ですから、よかったら来ませんか」
とのお誘いがあり、実現した次第。

その日は奥さんも一緒
(こちらもかみさん同伴)
挨拶もそこそこで数局お相手してもらいました。
勝っても負けてもニコニコ。
会も終わりになるや、突然、美声、詩吟の調べ、それは奥様の桐恵さんでした。
この会の演出も桐恵さんでした。

それから三年、
「みもみのいしいさん家」に週一回、
喫茶店での月一回(金曜日)の碁会と続きました。

「みもみのいしいさん家」は火曜日です。
この日はピアノの日といってピアノ上手な青年が美しい調べを弾いてくれるのです。
ピアノを聞きながらパチパチ、最高の囲碁三昧でした。

この間、若い時のことや、囲碁との出会い等を聞こうと思いながらもついついパチパチのほうに夢中になり、あっという間の三年でした。

囲碁をやっていても、まだ半ぱでもよく投げることがありました。(放棄する)
一見、相手に失礼とも思われる行為ですが、自身に対する嫌悪なのです。

初対面で頂戴したした名刺にはなんと席亭にあらず 席主 とありました。
これは知ったのもこれを知ったのもずうと後でした。ビックリです。

竹口さんは広島の出身です。

オバマアメリカ大統領が来日して、
広島で会った被爆者坪井さんは竹口さんが高校の時の恩師だったそうです。
若い時のこと、囲碁のこと等沢山聞いておけば、と悔やまれます。

ご冥福をお祈り申し上げます。

二〇一八年 九月一日
      

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写真は、本当に久しぶりに囲碁の対局をしたとき。(2017/5/2撮影)
義母さんは、思わず泣いていました。

Tさん。
本当にありがとうございました。

奥さんも
本当にありがとうございました。

Tさん。ありがとうございました③

(Tさん。ありがとうございました①②の続き)


ジムから、Tさんの自宅へ駆け付けた。
往診医も来ていた。
息子さんが涙ぐんでるのが、視界の端っこの方に入る。
 
「ありがとうございました」
Tさんに顔を撫でて、話しかける。
いまにも起きてきそうな感じである。
 
「ビックリでした。最後にトイレに行って、その直後に亡くなるなんて、初めてです」
看護師が言う。
「僕もそんなこと、初めて」
 
・・・。
 
「お風呂に入りましょうか。奥さん、息子さん。最後に洗ってあげてください。」

文字通り、最後のお風呂介助だ。
 
ベッドから車イスで移乗させるとき、
身体がグニャグニャになっているかなと思ったけど、そんなでもなかった。

ズボンを下ろす時も、少し僕の方へ寄りかかっていれば立てた。
 
浴室で横にさせる。

Tさんを僕が支えてあげて
奥さん、息子さんがTさんの頭、
身体を洗ってあげる。

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不謹慎に思うかもしれないが、いつもこの時間は大好きだ。

フーッとフワフワな気持ちになるというか、現実でない感じの時間だ。
 
2人介助で「せーの」で湯船に浸かってもらう。
「きもちいいね。ねー、きもちいいねー。」

たくさん話しかけ、たくさんさすっていた奥さん。息子さん。


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顔が、そして体全体がポーッとピンク色に染まってくる。
 
いつも思うが、
血液が循環していないのに、
なぜ皮膚がピンク色に染まってくるのだろう。
本当に不思議である。
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お風呂から上がって、良く体を拭き
慎重にベッドに臥床させる。
 
「好きな服を着させましょうか」
「Yシャツに、スーツに…帽子かな」
 
かっこいい。
なんだか、本当に起きてくるみたいだ。

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・・・。
 
死にゆく人。
認知症状の深い人は、自分が死に近づいているということが分かっているのだろうか。
 
死に際というか、
あ、これでエネルギーを使ったら死ぬだろうな。
なんて自分で思う人がいるのだろうか。
 
今回のTさんの死は、そんなところを考えさせられた。
 
最後まで、人に迷惑をかけたくない。
それがたとえ長年連れ添った奥さんでも。
そう思っていたのかな。
 
はたまた、
死ぬ間際でも、自分の陰部を他人に見られたくない。
そんな一心で頑張っていたのかもしれない。
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ああ。
想像ではなんでも言える。
 
もしかしたら、本人は死ぬなんて思ってもいないかもしれないし。

「今」を一生懸命に生きていて、たまたまトイレに行きたくて
横になったら、心臓が止まったのかもしれないし。
 
認知症状の深い人は「今」一生懸命に生きている。
僕らも、「今」を一生懸命に生きている。

でも、僕らは近い「過去」も覚えているし、近い「未来」も想像できる。
認知症状の深い人は、それができない。
 
だから、僕らが言っていることは
勝手なことだなあ。と思う。

 
「奥さんに迷惑をかけたくなかったから早めにあっちの世界に行ったのかもね。」

なんて言葉は、
「そう思いたいがためのこっちの勝手な言葉」とも思った。

もちろん、家族との関係が作れていなければ言うはずもないので
それを言うってことは、それだけ関係が作れているという事。

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…でも、でもね。
そう思わないと、やりきれない家族の想いとか
こうすれば良かったのになあ。とかの
後悔の想いをずっと引きずるのならば、
 
真実はそうでなくとも
「そう思っていたんだよね」と
ある意味、自分を自分で納得させるようなことは、看取りのときは必要なんだよね。
 
亡くなっていく人は、最後の最後まで耳は聞こえるっていうからね。

だから、Tさんは
「おいおい、本当は違うんだよー」なんて思っているのかもしれないよね。
 

いつも思う。
僕らが、おじいちゃんやおばあちゃんを支えているように見えるんだけど

実は、それよりも勉強になることが返ってくる「看取り」。
 
僕らは、おじいちゃんやおばあちゃんからもらった命の授業のお土産を

今いる人に生かせていけるんだし、
一番は「支えきった感」や「やりきった感」を感じることができる。
介護職の魅力である。


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少し前に物議を醸した「生産性のない」人。
それはバカヤローのそいつに言わせると、老人も一緒の概念だ。
 
そんな老人に対して、日々何のために仕事をやっているんだろうか。
と思う介護職も多い。

モチベーションをどこに置いて良いのか分からなくなる。
 

その答えは、
看取る日のために、
その日のために、
日々の食事、入浴、排泄の大切さがあるのだ

看取ると、色々なことが返ってきて
周りにいる人たちに、心の生産性を十分に生んであげてるんだよ。
あの議員は、なんにもわかっちゃいない。



看取るときの
死に様は、生き様と言ってもいい。

なぜなら、
死ぬときに、私の人生を見てくれたか?と言ってるようだからだ。

 
だから、
介護職、看護職。OT、PT、ST。
あと医者。
看取りまで、やるべきである。


そんなことを、改めてTさんは教えてくれた。
本当にありがとうございました。

スタッフ一同、ご冥福をお祈り申し上げます。

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