2016年09月22日

自然なかたちで。

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かわいい。

・介護保険で来ているおじいちゃん
・日中一時支援で来ている障がいのある子ども
・日中一時で来ているけど、スタッフみたいな女性
・託児で来ている赤ちゃん

俺らが、レクなんてやらなくても
勝手に笑顔になれる。



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ギニア出身のスタッフ、
その子ども
介護保険で利用している方
捨てられていた犬



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託児の子
スタッフの兄妹



やっぱり、イイね。
子どもも障がいも、外国の人も。

色々あったけど、改めて。
コツコツ行くよ。


そう。
別々に、縦割りで支援している場合じゃない。
これからは!どっかに書いてあったな。
「わが事、まるごと」って。


お国も、
やっとそんな方向でいくみたいなこと言ってたけど

「過ごす場所を分けなくてはいけない」
とか、訳の分からないこと言ってたり

言葉だけ、
共生共生って言ってもダメだからね。

「強制」になっちゃうよ。
(・・・どう?)


お官僚さま。
富山型デイサービスに一か月泊まり込みして
制度を作ってよ。

そうしないとうまく機能しないよ。


そんな、みんな一緒に居てていい旅行が
もうすぐ!

さあ。
今日も一日、ガンバロー!


ishiisanchi at 07:34コメント(2) この記事をクリップ!

2016年09月20日

Kさんを偲ぶ会。そして振り返り。

Kさんが亡くなってから3か月。

偲ぶ会を開催。
振り返りとも言います。

幸治さんいわく
「忘れるためか、忘れないためか」

家族さんと杯を交わす。

お孫ちゃん3人も来てくれた。
嬉しかった。

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パワーポイントを使って
最期の経過、対応を振り返る。


掘り下げるのは、一歩踏み出しずらいことだけど

お孫ちゃんも、最後の経過をゆっくり知ってほしかったし
「老い」と「死」を一緒に感じてもらいたかった。

他にも、介護職も看護職も
仕事的にも人間的にも成長できる。

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「老い」と「死」から、逃げてはいけない。
誰もが通る道。


前にも書いたね。
病院は、「死」は敗北。
だから、顔に白い布を被せて、裏側から出る。
まるで見ちゃいけないもののように。

だから、子どもたちは
「老い」は自分に訪れないことだと思っているし

「死」は怖いものだと思っている。

そして、
人間は、死んでも生き返るものだと思っている。
TVゲームがそうでしょ。リセットすれば生き返るんだから。


きちんと向き合わないと、変な事件につながる。


きちんと向き合わないと、介護職も次に活かせない。

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一見タブーみたいなことでも
例えば

エロスとか
虐待とか
敬語とか
イライラしたとか

そんなこともみんなしゃべらないと
吐き出す場を作らないと
共有する場所を作らないと

ずーっとずーっと
ぼんやりしたまま過ぎ去っていき、

ある日、その場面に出くわしたら
どう対応していいか分からなくなる。


もしくは
実際思っていることと
やっていることが反対なので

(マンツーのときは、絶対に全て敬語を使っていないと思うんだけど、
部下にはきちんとしなさい!なんて言う上司)

現場と、上司の想いに溝が出来てきて
関係が悪くなって、辞めていったりする。



・・・
少し話題が逸れましたが、

家族との関係を作ることが
介護職の最も大切な仕事のひとつなのかなって、
この偲ぶ会で思いました。

信頼関係を作れれば
同じアクシデントでも、認めていただける。


偲ぶ会もやるかやらないかは
もちろん家族の意向を一番大切にして。

「悲しくなるから・・・」
「思い出しちゃうから・・・」

そんな時はやらない。
当たり前ですもんね。家族ですから。
押しつけはしない。



最後に、家族さんから素敵なサプライズが。

なんと、Tシャツを作ってくれていたんです!
孫ちゃんもデザインを考えてくれて!

その気持ちが嬉しい。

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看取れると、本当に色々な恩返しがある。
プライスレスなのもあるし。

それぞれの想いはそれぞれなので、全部嬉しい。


Kさん、家族さん
本当にありがとうございました。

これからも、ずっとずっとお付き合いしてください。

宜しくお願い致します!




ishiisanchi at 08:40コメント(2) この記事をクリップ!

2016年09月16日

夜勤に思う。

おはようございます。


おばあちゃんのこと。

八千代さん。
便が出る。

人間だから当たり前。


だんだん自分で処理できなくなってくる。
もう100歳。


夜のオムツを交換するのは

最初は、なにか抵抗があったけど

今はもう大丈夫。



でも、でも、
泥状便が陰部の方まで来ちゃってって

ポータブルに座らせて
前の方に入っちゃうから、キレイにしないとと思い、

洗うのだが・・・



陰部の洗浄は、なにか、こう、



情けないというか
やっていいものか
恥じらうとかそんか感情はないんだけど

向こうも嫌なんだろうなだとか

でも、流してあげないと
泥状便が、うまく取れないし
そっちの方がかわいそうって思ったり


今まで元気だったから
おばあちゃんと何度もケンカしたり
こんなことやるとは思っていなかったから、

なんだか、やりきれない気持ちになった。
凹んでしまった。



無言で、シャーと流してあげる。
「ごめん」とだけ言ったか。

お互いに。





家族介護は、こんな感情なのか。

はじめはみんなそうだったろう。

配偶者、親など。

このような気持ちだったのだろう。

祖母でさえ、こんな感情なのに。


排泄は
誰でも、どんなに年老いても、人の手は借りたくない。


いつもこんなことを言う。

「死んじゃいたい」

「なんでそんなこという?」


少しだけ、気持ちが分かった気がした。


いつもなにごとも当事者でないから、
勝手に気持ちを上書きしては、ダメなんだ。


過程や信頼関係のもと、ケンカばかりはイイと思う。

けど、

一つひとつの場面の振り返りも
大切な仕事の一部だと思う。



仕事に慣れちゃ、ダメだ。



慣れてしまったオムツ交換も、
反省しなくてはいけない。


仕事に慣れちゃ、ダメだ。


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ishiisanchi at 05:46コメント(6) この記事をクリップ!
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