ドラクエ10をやっていた頃は、僕も毎日のように冒険者の広場を見て過ごしていました。今思うとみんな「とにかく他人に認めてもらいたい病」なんじゃないのかと思い始めました。ゲーム内で何かをやって、それを日誌に載せる、そして承認されることに快感を覚える。そればかりが重要視され本当にやりたいことか、やらなければならないことなど二の次になっている。そんな風に感じる。
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みんなとシェアする時代

僕がゲームをやっていた頃はよく魔法の迷宮に足を運んでいた。隠し部屋でトルネコやミネアと遭遇すると決まって、ひとタイミング遅れる仲間がいる。おそらく冒険日誌やSNS、ブログなどに投稿する為の写真を撮っているのだろう。発売された当初の頃はそれほど多くはなかったが今では、運営の呼びかけや写真コンテストなどのブームで火がついたのか何でも感でもやたら写真を撮る人が多くなった。僕も付き合わされて写真を撮ったこともあった。

こういうのを見るとシェア教みたいなのが広がっているのではないかと思ってしまう。

なぜみんなシェアしたくなるのかというと、子供が新しいおもちゃや見たことない昆虫などを自慢したがるのと同じ理由なんだろうと思う。人間には承認欲求があるので、他人から褒められたり、羨ましがられると、とても気持ちがいいもんだ。

シェアすることは悪いことではない、しかし今の状況を見ていると本当に自分のやりたいことは二の次で、とにかくいいねを貰う事ことを優先しているようにしか見えないのだ。

本当に自分の時間ですか?

僕はSNSや冒険日誌で「何か自慢できることをしなくてはならない」という空気に押され、本当はやりたくないことに時間やお金を費やすのは自分の時間ではなく他人の時間を生きているのと同じだと思う。

・このアクセは本当に必要か、ただ日誌に載せて自慢したいがために取りにいっているだけでは無いか?
・カジノのダブルアップも、本当はもう降りたいのに勝負した方が日誌に書くことができるとか
・行きたくないイベントだけどいいねが付きそうだから仕方なく参加するとか
・あまり乗る気ではないハウジングにお金をかけるとか
・ドレスアップも高い花を買ってまで色を変える必要があるのかとか

冒険日誌がなくても本当に同じことをするのか、ただ背伸びして、イケてる自分を演出してるだけではないのか、自分に問い正してみて、答えがNOであるなら、冒険日誌の使い方を改めるべきである。

冒険日誌を埋め尽くすフレンドやチームのリア充自慢やゲーム自慢も、みんな案外背伸びしてるだけかもしれない。「幸せいっぱいです」と笑顔の写真も半強制的に参加させられてるだけで嫌々参加してるだけかもしれない。仲良く見える相方も実は破局寸前かもしれない。

いいねなんてどうでもイイネ~

僕もドラクエ全盛期に冒険日誌にハマっていた頃もあった。しかしある日から「なんかバカバカしい」と思い始め、背伸び合戦から一抜けしたのである。本当に大切で掛け替えのないフレンドや相方は冒険日誌なんて書かなくても繋がっていられるし、それに困ることなんてなかった。

依存症からか最初は落ち着かなかったが、常にフレンドの近況を把握しなければならない、自分も何か自慢できることをして認められなければならない、気の利いた書置きメモを残さなければいけないプレッシャーから解放されて気分が楽になった。

こんなことはパーティーを組んだ時に「久しぶりじゃん~、どうしてた?」「そんなことがあったんだ」とかチャットで話せばいいだけ、パーティーに誘うきっかけにもなるし、戦闘中も退屈しないのではないだろうか。

冒険日誌で〇〇が〇〇を倒したとか、ハウジング変えましたとかそんなことどうでもイイネ!

いちいち反応するのはスネ夫に新しいラジコンを自慢されて
興味もないのにドラえもんに泣きつくのびたと一緒じゃないかと思う。

時間は貴重です。自分の時間を生きよう。