石川数学塾大阪

2015年03月

無意識のうちに繰り返し教えていることがあります。口を衝いて出てきてしまうので、どうしようもありません。


特段マズいことを教えているわけでもないので、口にチャックをするわけでもありません。口唇をして語らしめます。


「正直に勉強しなさい」。


繰り返されるフレーズは、これです。聞き飽きた方もいらっしゃるでしょう。しかし語り尽くされたわけでもありません。


観察してみましょう。正直に勉強する者は、頻繁に質問に来ます。何を聞きに来るのでしょうか?


1.何をどれだけやったらいいかわからないとき。スケジュールノートに予定を書き込めなくて相談に来ます。


2.予定はできたけれど、スムーズに進行しないとき。どう修正すべきか相談に来ます。


3.調子良く解きまくっていたのに、詰まってしまったとき。解決するために聞きに来ます。


4.解け直せないまま、深い謎に沈みそうなとき。これも解決するために聞きに来ます。


5.今日も十分がんばった、そろそろ自宅が恋しくなってきた時。帰っても良いと許可をとるために相談に来ます。


どの一つが不正直でも、学習成果が半減、いや四分の一になることばかりです。


正直者は必ず報われます。今日も正直に頑張ろうではありませんか。



石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

 春の陽気に誘われて、のんびり過ごせる良い季節に
なりました。
桜の花も大阪では5分咲きの様相ですね。

 春休みに入り、4月7日ごろから新学年の
新学期が始まります。
新しいクラスになったり、
新しい学校になったりと
始業式が始まれば、
なかなか落ち着いて勉強のペースが
掴めないまま、中間テストを迎えたりして
あわてて対策講じても思うほど点が取れないと
後悔される生徒さんを数多く見てきました。

 4月から始まる授業に向けて、
少しでも予習できておれば、
落ち着かない新学期でも余裕が生じ、
テスト対策も十分できるますので、
今からでも、
是非、気を抜かず
学校の授業が、進んでない今、
予習、復習されるのをお勧めします。

 
 石川数学塾大阪では、
個別対応で、勉強を進めていけますので、
今からでも、
最寄の各教室にお問い合わせください。

石川数学塾大阪 春期講習案内

明日香村にて、ウォーキングしてきました。ずっと雨降りで、珍しく一人、黙々と歩きましたので、ついつい歩きすぎたかもしれません。


まず朝風峠から稲渕へ。いつ来ても涼しいです。真冬だと寒いです。この季節くらいがちょうどいいですね。


ずっと気になっていたのですが、もうすぐ貝吹山がハッキリ見えてくるあたり、峠から見渡す南面(稲渕の逆方向です)、人工的に削平されたテラスが目立つんですね。棚田だったのかな?程度に思っていましたが、昨日は何ヶ所か降りてみてテラスに立ってみました。グラッといくと転落しますので、用心用心。


瓦の破片が、けっこう散乱しています。立部集落の定林寺跡みたいです。「朝風廃寺跡」と勝手に名づけました。文献に照らして…残念、記憶にないですね。しかし竹野王が稲渕に一字を建立したことも、平城京の長屋王木簡から跡づけられたのですから、まず文献ありき…ではなかろうかとも思います。


石舞台でイベントしてました。…が、雨で振るわず。土曜日は賑わっていたことでしょう。


岡寺参道入り口に抜けまして、cafe「ことだま」さんが移転してきてることに気づきました。二週間前、飛鳥ウォーキングした際、西飛鳥から消えていて驚きましたが、移転してきてもう一度驚きました。仲の良いご夫婦が切り盛りしておられるお店です。


野口駐車場に戻りつつ、旧飛鳥小学校や、甘樫丘など、ひととおり踏破して、久しぶりに畑道から野口王墓へ。天武・持統合葬陵です。


宮内庁の柵まわりをぐるっと一周できます。ちょうど真裏あたり。八角墳の墳丘が、気になって気になってしかたなかったです。


どう見ても墳土が減って、石室石が一つ飛び出してきているように見える部分があります。


このまま側壁石が飛び出したら、玄室に横から入れてしまうよね、忌々しきことだよね、けれど直すにはどうするのかな?もういちど押し込むのかな?組石のバランスが崩れているだろうに、押し込めるのかな?…ぶつぶつと、要らぬ心配をしておりました。


天武・持統陵は、もともと見瀬丸山古墳に治定されていました。鎌倉時代に書かれた盗掘記が見つかって、治定され直したといういきさつがあります。丸山古墳は、はるか明治期、ガーラントのころから開口していましたので、小生雨に歩き疲れて、野口王墓に幻視したのでしょう。


さて、体力もついたことですし、今週も張り切って参りたいと思います。



石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

ふだんは各教室に散って仕事していますが、石川数学塾大阪の先生方は、皆仲良しです。


せっかくの機会ですから、ご紹介いたしましょうか。


まずは学園前教室と同じ奈良県内に、高の原教室があります。教室長・飯尾先生です。


どんな時も冷静に、驕(おご)らず、焦(あせ)らず、昂(たかぶ)らず。立居振る舞いが根っからダンディなナイスミドルです。


中学入試から大学入試まで、オールラウンドにこなされるスーパーマンでもあります。


次に生駒山を越えて、大阪に飛びましょう。上本町教室の中土井先生です。


重戦車の形容が似合う、ヘビー級です。人呼んで「ダンプ・中土井」。


きっと人当たりもゴリゴリかまされそうな…ご心配には及びません。実は他人の気持ちがよくわかる人情家なのです。


繊細(せんさい)にして親身な語りかけには、たいへん定評があります。胸襟(きょうきん)を開いて語り合える方です。


最後に京阪電車に乗って枚方教室へ。教室長・川添先生です。


回転の速い頭脳と、鋭い舌鋒(ぜっぽう)は、天下一品。


機関銃のような口調にも、しっかりとギャグをかませていただき、役に立つわ、楽しいわで、すぐに誰もがファンになってしまいます。


石川数学塾大阪を代表する、我らの偉大なボスでもあります。


さてさて慮(おもんばか)るに、まるで春の野に咲く百花繚乱(ひゃっかりょうらん)。互いに仲良しなだけではありません。相手のエクセレントを認め、尊敬することを厭(いと)いません。


面従腹背(めんじゅうふくはい)、蔑(さげす)みあうことばかりが多いご時世に、小生も末席お加えいただけるなら、誠に稀有(けう)なカルテット。


健全なるライバル意識と、尽きることのない連帯感を胸に、今日も一日がんばります!



石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

一年ぶりに e-mail のフッタを変えました。残念ながら、不評です(笑)。


ほんの少し、言い訳をさせてください。お願いします。


まずは不評なフッタから…。このようなものです。


「御真木入日子はや 御真木入日子はや 己が緒を 盗み殺せむと 後つ戸よ い行き違い 前つ戸よ い行き違い 窺はく 知らにと 御真木入日子はや」。


まず、意味不明と(笑)。こんな意味です。


「ミマキイリビコよ ミマキイリビコよ 暗殺者がお前を狙っている 正面玄関をウロウロ 勝手口をウロウロ 暗殺の機会をうかがっている おまえは気づいていないだろうと ミマキイリビコよ」。


次に、状況設定が不明と(笑)。こんな状況です。


『古事記』に曰く、大王家実質初代・崇神(すじん)大王(=ミマキイリビコ)が、大毘古(オオビコ)に命じて、北伐を開始しました。大毘古は山代(やましろ)国境の幣羅坂(ヘラザカ)にて、山代を統べる建波邇安王(タケハニヤスオウ)が崇神に謀反し、暗殺の機会を狙っているという歌を詠う不思議な少女に出会いました。大毘古は引き返し、崇神に報告ののち、建波邇安王を討滅したのでした。


小生のメールフッタは、少女が詠った歌です。


長すぎる!、メール本文よりも長いときがあるではないかと(笑)。


はい、申し訳ありません。しかしながらずっと、お気に入りの歌をフッタに据えてきましたので、小生のフッタにご立腹の皆様も、出会いがしら事故と思って諦めていただくしかありません。


最後に、まあ許してやろう、それでも何でこの歌が好きなのかと。


タケハニヤスオウは椿井大塚に葬られたといいます。JR奈良線に真っ二つにされている、巨大な前方後円墳です。卑弥呼の鏡といわれた三角縁神獣鏡が、初めて大量出土した古墳です。京都大学の小林行雄先生が、同笵鏡の流通センターと考えられたものでもあります。


おそらく実態以上に(いろいろな意味で)重く注目されてきた椿井大塚と、初期ヤマト王権を敵に回して堂々と渡り合ったであろうタケハニヤスオウ、千両役者のそろい踏みじゃありませんか。雄大なパノラマを感じますよね。

さて結局少女はナニモノだったのでしょうか。タケハニヤスオウの謀略露見が、極めて偶発的だったことを暗示しているのでしょうか。いやいや、そんなに堅苦しく考えなくても、重厚長大なドラマを軽く流すために登場した、ちょっとしたトリックスターだったのかもしれません。


『古事記』のこんな軽いフットワークが、小生大好きなのです。春の霞に思わず詠ってしまいます。「御真木入日子はや 御真木入日子はや…」。



石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

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