イシマッティです。

こんにちは。



イシマッティと呼ばれている者です。


この度は、当ブログにお越し頂きまして誠にありがとうございます。



ここでは、

サッカーファンとして自分が感じた事、

マドリディスタとして自分が感じた事、

あとはたまに、マイケルファンとして自分が感じた事

などを書いていきます。

試合のレビューなども書いていきますが、

私がこのブログを使って皆様に特にお伝えしていきたいのは、



「サッカーファン論」

という私の独自の理論展開です。


サッカーの愛し方は人それぞれ。

どの選手を上手いと思い、最高だと感じるのかも人それぞれ。



そんな当たり前の理屈の中で、
我々サッカーファンが最低限心得ておくべき事。


サッカーは「スポーツ」であり、さらに「チームスポーツ」である。


「スポーツ」とは、対戦する者同士互いに、リスペクトが存在するべきもの。


さらに「チームスポーツ」とは、
個人競技とは違い、一人の出来のみで勝負がつくわけではないものである事。


そして、「プロスポーツ界」は勝負の世界である事。



そのように、サッカーというスポーツの魅力を楽しむ際に最低限心得ておくべき事に特に重点をおいて、

これからの記事、コラムを書いていくつもりです。



日常生活について感じる事については、

Twitterのつぶやきで済ましてますので

ここには書きません。


それではよろしくお願い致します。

いざ歌わん

2018年 5月26日。


全マドリディスタが、緊張し、恐れ。

それでも興奮し、渇望してきた1日がついにやってきた。


17-18シーズン、

UEFA Champions League ファイナル。


この決勝の相手は、フットボールを愛しフットボールに愛された街の、歴史ある特別なクラブ。


リヴァプールFCである。


今シーズンのリヴァプールは、エジプトの名手から英雄へと変貌したモハメド・サラーを筆頭に、

爆発的な攻撃力で各国の名門を圧倒。

11年ぶりに、CL決勝の舞台に戻ってきた。


国内リーグでは、鎬を削る同国のクラブを相手に勝ち点をこぼすこともあったが、

プレーオフ含めてヨーロッパの舞台でここまで14試合で46ゴールを奪って決勝に上り詰めたこの実力は紛れもなく本物である。


そしてそのような強大な力を持った相手に、今宵レアル・マドリーは「挑戦」する。


・・・・


率直に言えば、今季のレアル・マドリーは酷い戦いぶりだった。


ラ・リーガでは序盤から勝点を落とし続け早々にバルセロナの独走を許すと、


国王杯でもレガネスを相手に無様な敗退を喫した。


シーズン前のスーペル・コパでクラシコ2連勝を飾り、昨季の勢いそのままに最高のスタートをきったように見えたが、その面影すら残らないほどの有様だった。



CLでも、ドルトムントが勝ち点を積めなかった影響もありのらりくらりとグループステージを2位突破したが、勝利はアポエルに2回、ドルトムントに1回のみ。



スペイン王者、ヨーロッパ王者の格を誇れるような瞬間は、そう多くはなかったかもしれない。



レアル・マドリーというクラブにおいて、敗退はあってはならない事。


ラ・リーガから早々に脱落し、国王杯で力を出し切れずに敗退した失態は、

CLというタイトル1つで全て拭えるものではないかもしれない。



しかし、各国の名だたる強豪クラブが渇望しているタイトルを争える舞台に3年連続で上り詰めた事もまた事実であり、それだけの理由もあると私は思っている。


昨季前人未踏の連覇を達成したにも関わらず、彼らが見せたCL決勝トーナメントでの戦いぶりは、「挑戦者」そのものだった。


優勝や連覇などを成し遂げれば、メンタル面で多少のスキが生じる事もあるし、周囲の研究に対してそれ以上のアップデートで応じる難しさもまた生まれるものだ。


しかしレアル・マドリーの選手達はCLにおいて、そのような「王者」が持ち得るウィークポイントを非常にうまくカバーし、勝負どころでチャンスをものにしてきた。


だからこその決勝である。



「このCLというタイトル1つで今シーズンの失態は全て拭えない」...


確かにそうかもしれない。


しかし、前人未踏の連覇を達成し、さらに連続優勝記録を更新できるとなれば、それは今シーズンの失態を拭い去る云々よりはるかに大きな意味があると私は思う。


今、3連覇という大偉業を果たす挑戦ができる事を、我々マドリディスタはもっと誇りに思っていい。


マドリーは「挑戦者」の精神を持ち、実力者達と激しく殴り合ってここまでたどり着いた。


レアル・マドリーには、この決勝を戦う資格は十分にある。



相手はリヴァプールFC。強大な相手である。



しかしいざ戦おう、「挑戦者」として。


3連覇という大偉業に向けて、再び、レアル・マドリーの選手が、監督が、ファンが、関わる全ての人々が、一丸となる時がきた。


マドリーを応援する全ての方々、

誇りを持って、一丸となって、いざ叫ぼう、歌おう、

「¡¡Hala Madrid y nada más!!」と!

BEAUTIFUL DREAMER

 

 

 

201514日、スペイン・マドリード。

 

エスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウでは、レアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長が記者会見を開き、緊急で行われた取締役会の結果を伝えた。

  

報告された結論は、ラファエル・ベニテス監督との契約の解消。

 

そして、後任監督としてジネディーヌ・ジダン氏の就任が発表された。

  

今回のこの人事にはマドリディスタの皆様だけでなく、そうではないサッカーファンの皆様も各々感じる事は異なるだろう。

 


「ジダンのキャリアを汚す気か」 


「またカルロ・アンチェロッティやベニテスのように、迎えてはクビ切ってを繰り返すのだろう」

 

 

そのような声も私の耳には届いたし、その声の理由も大いに理解できる。

  

しかし私自身はこの決定の知らせを受けた時、また違う感情を抱いた。

 

ペレス会長がベニテスを解任し、ジダンがこのクラブで指揮を執ると聞いた時、

非常に胸に熱くこみ上げるものがあったのである。


同時に私はこの決定を支持し、ジダン新体制を、情熱をもって応援し見届けようという心持ちにさせられた。

  

なぜかと言えば、この人事はベニテス招聘のケースとは異なり、マドリー否フロレンティーノ・ペレス会長が示してきた姿勢と論理に沿った決定だったからである。

 

 

 

  

フロレンティーノは「ギャラクティコス」で周知の通り、スポーツ的メリットよりクラブの商業的・ブランド的メリットを重視した人事を敢行する会長として知られている。

 

そうした人事は「縁の下の力持ち」を生み、チームが崩壊してしまう大きなデメリットを被る事もあった。

 

過去、第1次政権では世界的な人気を誇るベッカムを補強する裏で、チームの功労者であったクロード・マケレレを放出。

 

2次政権でも、ポピュリズムにのっとった補強の裏で、クラブの悲願ラ・デシマを成し遂げたチームのエンジンであるアンヘル・ディ・マリアの残留に失敗しチームは解体、1415シーズンはメジャータイトル無冠に終わっている。

 

 

 

 

ただ、フロレンティーノの仕事がなければベルナベウに来なかったであろう有力選手も多数いる。

  

彼が連れてきた有力選手たちがクラブに栄光をもたらしてくれたこともまた事実である。

 

彼の政権下での成功と失敗は、同じく彼の実績として評価されなければならない。

  

レアル・マドリーというクラブのブランドイメージに彼が多大なる貢献を果たしてきたのは確かな事実であり、その補強戦略やビジネス戦略には、良くも悪くも「夢」というエネルギーがあった。

 

2次ギャラクティコスがついに実を結び、悲願のラ・デシマ達成という「夢」の実現に歓喜した昨々シーズン。


また、中盤の運動量を失ったにも関わらず「夢の陣容」に固執した結果、無冠に終わった昨シーズンのように、「夢」を追えば歓喜も悲涙もある。

  

しかしそれらは皆、マドリディスモとして掲げられている「ファンを魅了して勝つ」という一貫した目標と徹底した姿勢のもとで努力した結果だったのだ。 

 

 

 

 

そう考えると、過去にリーグ優勝を果たしたファビオ・カペッロを解任したり、タイトルを獲得したチームを解体してしまったことも、論理としては理解できる。

 

人々は、勝利や称賛の味にはいずれ飽きる。

 

新しい人気有力選手が続々と出てくるこの世の中で、勝てるようになったチームに次は彼らを招き、人々を魅了して人気の維持を図ろうとするのは流れとしては自然だと言えるだろう。

 

 

 
 

しかし昨夏、完全に論理破綻した出来事が起きた。

 

それがカルロ解任からベニテス招聘という一連の流れである。

  

守備の崩壊を止められずメジャータイトル無冠に終わってしまった事がカルロ解任に値するというのは、マドリーというクラブの歴史を見てもまだ頷ける。

 

しかし、だ。

 

ファンタジーを求めるマドリーというクラブにおいて、2年で4つのタイトルをもたらし支持も絶大だったカルロの解任を補えるほどの対案と呼ぶには、守備戦術志向であり中途解任歴も目立つベニテスはあまりに実力不足過ぎた。

 

対案の不十分な否定というものは力を持たない。

 

当然ながらこの決定が支持されるはずもなく、ベニテスは当初の予想通りファンとも選手ともいい関係を築くことはできずクラブを追われてしまった。 


フロレンティーノが今まで仕事をする上で示してきた「ファンタジー(ブランド)勝利」という高尚なスローガンを自ら裏切るような、目的に逆行した決定だったと私は考えている。

 

私には、チームをまとめられなかったベニテスへの声と同じくらい、


Pérez Out

 の声がファンから挙げられているように感じられた。

 

 
 

 

だが、今回ベニテスを解任し、ジダンを招聘したこの決定についてはどうだろうか。

  

「この現状を放ってはいけない、動くべき時には動く」というクラブの姿勢と危機感を見る事が出来たし、

 

ジダンが監督に就任するという決定は、ファンであれば否が応でも理想のシナリオを夢見てしまうような魅力的なニュースである。

  

少なくとも今シーズン冷めた眼差しで観戦していたファン達の目を覚まし、好奇心を十分に刺激する程度の事はできたのではないだろうか。

 

たとえ過度な期待を寄せるのは危険だと認識していようとも、誰もが愛したクラブのレジェンドがチームを引き受けると言えば応援しない者はいないだろう。

 

 
 

 

そう、今回の決定は、

  

魅了勝利というマドリディスモにのっとった目的のために、クラブが一貫した姿勢を取り戻してネガティブポイントと向き合い起こしたアクション」なのであり、 

 

たとえ「夢物語」であっても自己批判精神の見えるポジティブなアクションである。

 

そもそも「ファンを魅了勝利する」というマドリディスモの理念そのものが本来夢物語的な難しい目標なわけで、結果がどうあれその目標に真摯に取り組む者には敬意を表すべきだ。

  

悪い現状を放置する事、または明らかに不十分な対案を強引に施行して場を滅茶苦茶にする事はトップとして最悪な事だが、


プラスになり得る対案を行動として起こしていく姿勢は必要である。

 

 
 

  

フロレンティーノは人々のもつ「夢」というエネルギーに賭け、マドリーのブランディングと人事に関わり、良い時代を築きもしたし、失敗もした。

  

商業主義に特化した補強による失敗は、スポーツ面しか見ない我々観客の立場からすれば確かに受け入れがたいため大きくクローズアップされるが、成功が正しく評価されていないとも感じる。

  

ただ今重要な事は、フロレンティーノがマドリディスモにのっとり人々に夢を与えるような決定をした事。そして、ジダンが新しく監督としてやってきたという事だ。

 

今私を含めたマドリディスタが彼らのポジティブな姿勢と試みに対してとるべき態度は、失敗を危惧した批判的な態度ではない。

 

何せ、ジダンはプリメーラの監督として未知数なのだから。


我々が彼の未来に関して言及できる事は何もないし、全てはやってみなければわからない。

 

この夢は挫折するかもしれないが、それは過去の夢ある補強にも言えたことであり、成功をおさめてきた事例もある。

  

はっきりとしたビジョンが行動として示されたという事が何より重要な事なのである。

  

クラブが一貫した目的のもとで前を向こうとしている今、ファンがとるべき姿勢は、(未知数ではあるが)夢と可能性のある選択に刺激を受け、クラブと一身となり新監督・チームの支えとなるムードを作り出すことではないだろうか。

 

“Hala Madrid y Nada Más”

 

この言葉を胸に、

 

私はこの刺激的な決定を支持し、

 

ジダン新監督の、そしてレアル・マドリーのこれからの幸運を心から願っている。

 

 

 

 

  

 

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