目覚めよ!市民!NPO法人一新塾 事務局長日記 

一新塾は新しい国づくり・地域づくりに挑むネクストリーダー養成学校。『政策提言』『社会起業』『市民プロジェクト』で社会変革に挑戦。市民パワーの可能性を事務局長の森嶋伸夫がレポート。

【お知らせ】ブログ引っ越しました。

新しいブログはこちらになります。
http://shiminproject.isshinjuku.info/

■ 『 突然 大企業が倒産する時代 』を生きる知恵

リーマン・ブラザーズの破綻。AIG救済のために米政府が約9兆円の融資
決定とのニュースが世界を駆け巡っている。

 突然の大企業の倒産もいつ起こってもおかしくない時代が到来した。
大きな組織に人生を預けていれば、経済的な安定が約束されていた時代の
終焉でもある。

 企業にとっては生き残りをかけての厳しい試練。
  個人にとっても自律・自立のための厳しい試練。
  時代はそれぞれに変革を迫る。

 しかし個人にとってみれば、別の見方をすれば、
より自由に生きられる時代になったと言えないだろうか。
人が与えてくれた人生を生きることから、自分の望む人生を自己責任で
貫いていくのである。

本当に自分のやりたい生き方に出会うまでは、何度でもチャレンジすればいい。
いま問われるのは「個人」が常に自分を磨き続けているかどうかだ。

 「現実における変化には2つの特徴があります。
  一つは、前回とは決して同じにならないこと。
  もう一つは、机上で考える変化より先に現れることです」
 P・F・ドラッカーの言葉だ。

私たちは、この新しい時代の変化をいち早く察知し、
すぐに行動に移すことが求められている。昔の価値観にこだわって躊躇している
時間の分だけ、世界から取り残されてしまうからだ。

日本の現状を見てみると、
終身雇用制の崩壊により、「企業」は社員に対して経済的な保障を与え続ける
ことができなくなった。
また、借金漬けの「行政」には、高齢化対策も期待できない。こうした状況を
考えると、私たち自身で自らを守る手段を講じなければならなくなる。

そこで重要になるのが、これまで「企業」への忠誠心と引き換えに犠牲に
してきた“家族”や“コミュニティ”の存在である。
安心して潤いのある生活を送るためには、これら“家族”や“コミュニティ”
の復権が欠かせない。

まず“家族”であるが、これは世代を超えてタテにつながる関係である。
これから訪れる高齢化社会の問題、キレる子供に象徴される教育問題。
そして子の代、孫の代への配慮が問われる環境問題。
こうした問題を解決する基盤にあるのが“家族”ではないだろうか。

そして、“コミュニティ”は、ヨコにつながる関係である。
地域の中において、「市民意識」の芽生えにより“家族”では解決できない
問題を“コミュニティ”が引き受ける仕組みをつくることで、より豊かで
安心できる生活環境を創造できる。

また、ネットワーク社会にあっては、共通の価値観に向かって
「空間を超えて結びつく」ことが可能となった。
「個性」は、出会いを求めて世界中を駆け巡り、出会いによって新しい文化が
生まれるのである。

時代の危機感が、“家族”や“コミュニティ”の重要さを改めて目覚めさせ、
そして、これらを再構築していくことが、社会変革へのパワーの源となるのでは
ないだろうか。
「個人」は、自らのライフスタイルの変革だけでなく、同じ社会に生きる人たち
の問題に気付き、共に解決していこうと立ち上がったときに「市民」となる。

ようやく、日本にも「市民意識」の芽生えるチャンスが到来したのだ。

■都市連携は各国政府の政策を変えるか?「平和市長会議」の挑戦

市民の願いを反映する都市連携。
市民の良識は、国家よりも都市からこそ、発せられるものである。

「平和市長会議」を知っていますか?

広島と長崎の被爆体験を世界に広めることを目的として、
広島市と長崎市の提案で1982年に設立された国際的な組織です。
加盟都市はこの5年で4倍以上に増え2008年9月1日時点で、
世界131カ国、2410都市になっています。

そして今年2008年6月、
1139の市長が加盟する全米市長会議が、
「平和市長会議」の掲げる『2020ビジョン(核兵器廃絶のための緊急行動)』
を満場一致で可決しました。

こうした状況を踏まえ、秋葉忠利広島市長は、8月30日の毎日新聞で
こう述べています。


「都市を中心とする市民運動の基盤には、一口で表現すれば、
 戦争や紛争によって苦しみ、
 『こんな思いを二度と繰り返してはならない』と考えている
 世界の多くの市民そして都市の思いがある。核兵器が使用されれば、
 最も被害を受けるのは市民であること、そして、それが人類の滅亡
 につながることも理解されてきている。」


「核兵器廃絶に向けた国家間交渉が行き詰まっている現在、都市は
 最低限の義務として市民の生命・財産を守る努力をしなければならない。
 それを自覚した世界の都市が連帯して取り組むことで、
 核保有国をはじめとする各国政府の政策を変え、世界の方向を変える。
 こうした考え方が世界の都市に浸透している。」


今年4月、「平和市長会議」が、核保有国による核兵器取得・配備の
即時停止や、核兵器禁止条約を15年までに締結することを盛り込んだ
「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を公表しました。

これは、核拡散防止条約(NPT)において、温暖化防止における
「京都議定書」の役割を果たすものです。

「平和市長会議」では、核兵器廃絶を実現するため、2010年の
NPT再検討会議でこの議定書が採択されるよう、賛同署名活動や
各国政府への要請活動を展開しています。
同時に、都市の「平和市長会議」への参加を呼びかけています。

平和へ向けての国際協調の鍵は、都市が握っています。
市民の願いを反映する都市がイニシアチブを発揮して行動したときにこそ、
新しい世界の調和の枠組みが生まれるのではないでしょうか。

■東京で一新塾の講座&説明会開始

9月3日(水)よりNPO法人一新塾の23期に向けての説明会
開始させていただいています。

「市民プロデューサー講座」にお越しくださった方も説明会にご参加
いただきました。ありがとうございます。

今回の講座テーマは23期のテーマにもなりますが

    ”市民性を基軸に据えた新しい国づくり ” です!。


「もっと良い社会を創りたい」
「社会の問題を解決したい」
「社会のテーマと自らのミッションを交じり合わせる生き方をしたい」

そのような気持ちがある方は、是非この講座&説明会にお越し下さい。

一新塾には14年間蓄積した3つの方法論と熱い仲間と学びがあります。

  (社会起業政策提言市民プロジェクト

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第23期 2008年11月9日開講 一新塾 講座&説明会

◆講座テーマ 「市民性を基軸に据えた新しい国づくり 」  

  講師 一新塾代表理事・事務局長 森嶋伸夫


<講座の内容>
 ●「組織のミッション」から「個人のミッション」へ
 ●「自分の人生」と「社会のテーマ」を交じり合わせる現場主義
 ●一新塾流 『タテ軸ヨコ軸リーダーシップ論』
 ●問題解決フレームワーク「6つの箱」の底力!
      〜プレゼンテーション力もファシリテーション力もこれが勝負!
 ●誰もが社会創造に参加できる「志のコミュニティ」とは?
 ●OB/OGとの交流タイム!

 <講師プロフィール  一新塾事務局長・代表理事 森嶋伸夫>
   サラリーマン時代に一新塾3期へ入塾。
   97年に「一新塾」のマネージャーへ転職。
   2003年1月、特定非営利活動法人一新塾へNPO法人化に伴い、
   一新塾代表理事・事務局長となる。
   『主体的市民教育プログラム開発』に力を注ぎ
   毎年25以上の政策提言、社会起業、市民プロジェクトや
   NPO設立のインキュベーションに関わる。
   人生の転機を迎える塾生のメンターでもあり、
   講師・塾生をつなぐコーディネーターでもある 。
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■福田首相、突然の辞任発表

9月1日、突然の福田首相の辞任発表。

記者会見の首相の言葉では、まったく腑に落ちなかった。
恐らくそう感じたのは、私だけではないと思う。

その違和感は、本来、国のトップであれば、自らの志を
貫くために、自らの信条に従って、自らの人生を賭けて、
戦うものだとの期待があったからだ。

しかし、一国のトップが、自らの意思で、自らのイニシアチブで、
決めたようにはどうしても感じられなかった。


自らを“調整型”と語っていた首相の背後では「組織の論理」
という大きな力学が働いていたのではないだろうか。

政府も政党も、行政も、企業も、日本社会は「組織の論理」が
徹底的に貫かれている。それによって一人ひとりの可能性を
押し込めてしまっている。


閉塞した日本社会が現状打破するために、今最も必要なこと。
それは、突き詰めていけば、
一人ひとりの人間が元気を取り戻すことにほかならない。

そのためには、「組織の論理」に押し潰されることなく、自らの志と
信条を貫き、個性を存分に輝かせて行動する人たちが増えることに
つきるのではないだろうか?


一新塾では、そうした人たちのことを『主体的市民』と呼んでいる。
一国のリーダーに、一刻も早く、『主体的市民』が就任する日を切に願う。

■究極のトップセールスマンが岩手の葛巻に!

「究極のトップセールスマン」と私が感じた方、

それは7月に一新塾に講師に来られた葛巻”前”町長の中村哲夫氏です。

“株式会社 岩手県 葛巻町”の本社は「葛巻町役場」。
それを支えるすべて黒字の3つの第三セクター。

「葛巻町畜産開発公社」
「葛巻高原食品加工株式会社」
「株式会社グリーンテージくずまき」

現在の葛巻町のホームページのトップページには
”ミルクとワインとクリーンエネルギーの理想郷”と書かれています。

 ★岩手県葛巻町HP

一新塾の塾生有志で 8月20、21日に岩手県の葛巻町に視察では、
葛巻を愛し、葛巻のことを知り尽くし、葛巻をとことん熱く語り続け
る情熱と溢れんばかりのホスピタリティに圧倒されっぱなしでした。

さらに、中村氏は、
「このチームを見てくれ!葛巻をここまで変えることができたのも
このメンバーがいたからこそ!」
と現在の鈴木町長はじめ、葛巻の屋台骨を支えていらっしゃる錚々たる
メンバーの方々をご紹介いただきました。

そして、一人ひとりが個性的で自由で明るく、溌剌と伸び伸びとまちの
可能性溢れるビジョンを語られたのです。
葛間町は人の個性を寛大に育み、人の可能性を引き出す町であることを
深く実感しました。

「地域を変えるのは、よき同志であり、よきチームだ!」
 あらためて実感しました。

 

「かつては、葛巻に住んでいることを恥ずかしくていえなかった」
とのお言葉には、驚かされました。

21世紀の最大のテーマである「食と環境とエネルギー」を先取りし、
最先端の地域再生のさきがけのモデルとなった現在の葛巻の姿からは
想像もできなかったからです。

まさに地域再生の大きな志を抱いて有志が立ち上がって挑戦されたのだと、
熱いものがこみ上げてきました。



「くずまき町」は「ポスト高齢化社会」を見据えて昭和30年代から
地道なまちづくりを積み重ねてきました。

中村氏は葛巻町の酪農の家に生まれ、東京で獣医の資格をとり、
カナダで働くことを夢をみていたのですが、父親が倒れたため
葛巻町に帰り、役場に就職し、そこでは厳しい鍛錬がありました。


「役場職員の血液をすっかり抜かれて、企業人の血液に入れ替えられた」

役場から「葛巻町畜産開発公社」の出向時代に、ベンチャーマインドを
徹底的にたたきこまれたのです。

当時の成果は10分の1のコストでで2倍の牛が飼える牛舎建設の工夫。
また、草地の改良によって中村氏が事業部長だった昭和60年に
591頭だった乳牛が5年後の平成2年には1208頭へ。
中でも県外からの受諾が311頭から917頭へ。
肉牛もこの間に562頭から1484頭へ増えました。
そして、葛巻の公社で24ヶ月預かった牛が各地の共進会で名誉賞を受賞
したり最高位の農林大臣賞をとったのです。

「全国には酪農はしたいが、土地がないという人がいます。
 それに対してこちらは土地はあるが、資本がなく、牛が少ない。
 そういう両者が結びつきました。
 私たちは子牛をいい環境で育て優秀な牛に育てて親元に帰すわけです。」

「10年先を見据えて自分が未来永劫やるんだという覚悟を決めて、
 当たり前のことを、わかりきったことを、他人よりも一生懸命やること。
 2,3念の腰掛け的な気持ちでいたら、いい土地、いい草は絶対に
 つくることはできないでしょう。」



葛巻では、第三セクターが、ベンチャーマインドを持った人材育成機関
として大きな役割を果たしている、とそう思いました。
 
中村氏は平成11年8月に町長に就任すると
「21世紀の地球規模での課題は食料・環境・エネルギー。
 それに貢献することを通して町を発展させていきたい。」と宣言。

  ”林業、牧場(牛)、ワイン工場、
   クリーンエネルギー(バイオマス、風力発電)
   森と風の学校(小学校の廃校活用)”
 

長い時間をかけて、くずまき町のキーワードはこんなに増えました。
その背景でたくさんの葛巻の方の挑戦があること、是非みなさんも
21世紀の町、葛巻町に行ってみてください。


PS.以下の本、お勧めです!
  『株式会社 岩手県 葛巻町の挑戦』  亀地宏 氏(秀作社出版))
  〜町は企業・サービス業 町民は顧客〜

■大阪・名古屋の「市民プロデューサー講座」8月30・31日

8月24日(日)に大阪・名古屋に先駆けて東京で市民プロデューサー講座を
開催致しました。この講座は私が一新塾で塾生の一人ひとりのミッション探求
のために蓄積した知恵を凝縮した講座です。

今回も色々な職業の方、地域で活動をされている方などが来られて短い時間
の中でお一人おひとりが自らの社会と自分の人生をつなぐテーマで取り組みを
されました。その中でも一番私が感じたのは、「みなさんには志の種がある」
ということです。そしてそこに共通するものが「市民性」だと思うのです。

「市民性」というのは目には見えませんが、私が最も今大切にしたいものです。
問題の解決策は社会起業、NPO、政策提言など色々ありますが、
もともとの社会を変える力の源泉は一人ひとりの「こんな社会にしたい」という
素朴な思いなのです。そして引き出されれば、その宝を持っている人がたくさん
いるということなのです。

もし、今「こんな大阪になったらいいな。」とか「名古屋にはこんな可能性が」
など地域変革、新しい地域の未来に向けて問題解決してゆきたいと考えている方
でしたら、この週末の「市民プロデューサー講座」にお越しください。

私が11年一新塾でいただいた知恵をせいいっぱいお伝えさせていただきます。
大阪・名古屋の方にお会いできるのを楽しみにしています。



  ■■■「社会起業・NPO・政策提言」で地域変革を目指す方のための
  ■□□         
  □■      「市民プロデューサー」入門講座
  ■□  
  □□    講 師 :  森嶋伸夫 (一新塾代表理事・事務局長)
  □    参加費 : 3000円(当日受付にて承ります。)

       【 大阪 】 8月30日(土) 13:30〜18:30(定員20名)
      【名古屋】 8月31日(日) 13:30〜18:30(定員20名)
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
   ≪ 内 容 ≫
   ■社会を変革する新しいリーダーシップとは?
   ■「自分の人生」と「社会のテーマ」を交じり合わせる現場主義
   ■「6つの箱」の問題解決・創造のフレームワーク体験
   ■3つのアプローチを駆使する力
       「社会起業」 「NPO」  「政策」
   ■共感を生み、同志を得るためのプレゼンテーションスキル


講座の参加ご希望の方は、こちらからお申し込みください。

■稲城市〜都心に近い大規模な里山、消滅の危機!

先日、地元の一新塾生の案内で有志8名で
稲城市の宅地造成計画のある南山の里山の視察に行ってきました。

場所は、新宿から京王線でたった30分、「よみうりランド」の隣接地。
東京都心に最も近い大規模な森の里山ですが、現在消滅の危機にあります。
8月2日号の週刊現代の巻頭グラビアにも掲載されています。

リュックをしょってタオルを首に巻いて、この里山に分け入りましたが、
外は30度越える気温ですが、木陰はひんやり風も気持ちがいい。
小鳥のさえずりもとてもさわやかに聞こえてきました。

ここには、オオタカや東京サンショウウオ、タヌキが生息し都心から最も近い
生態系の宝庫です。

87ha(東京ドーム19個分)の里山が大規模開発される計画で、
およそ8万本、東京都の街路樹の1/6相当の樹木が切り倒される
こととなります。

南山開発は、87haの土地を持つ地権者約265名が
「南山東部土地区画整理組合」を作り、住宅地を造成し、
それを民間企業グループが建設・販売する民間事業です。
計画人口7600人、総事業費 400億円。

なお、この事業には市税20億円、都税44億円の補助金の投入
が予定されています。

そして、現在「工事に踏み出す前に、もう一度市民的議論の機会を」
稲城市長へ要望する署名活動が、南山問題市民連絡会によって行われ
ています。

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      南山東部土地区画整理事業に関する要望書

【要望主旨】
『南山東部土地区画整理組合事業について、稲城市は工事着工前に
計画の全貌を市民に明らかにして、市民の意見を聞く機会を設け
全市民的論議を行い、稲城市としての最終的方針を決定することを
求めます』

南山東部土地区画整理組合事業は、稲城市のまちづくりの根幹に
かかわるとともに、市民の税金を多額につぎ込む事業であり、
いま、多くの市民や学識経験者から下記のような不安と疑問の声が
上がっています。

1.稲城市民憲章の掲げている『太陽と緑、土の香りを大切にしたまちづくり』
   に反していないか。
2.多くの市民が望む『緑と自然を生かした稲城らしいまちづくり』に
  反していないか。
3.この地区に生息する絶滅危惧種に指定されている希少生物や多様な
 動植物等の生態系に影響を与え、絶滅に追いやる危険性はないか。
4.地球温暖化の深刻化で、緑や自然の保護が求められている時代の要請に
 反していないか。
5.少子高齢化・人口減少の時代に、必要なまちづくりなのか。
 事業として、採算が合うのか。
6.危険な盛土造成によるまちづくりは、災害の危険性を増幅させるの
 ではないか。
7.現在、地権者のみの負担で緑が担保されている状態を、国や都の制度や
 施策を活用したり、市民参加によって改善すべきではないか。
8.国の指定を受けた深大寺遺跡に対置する南山の歴史的文化遺産としての
  価値を評価し、保存に力を注ぐべきではないか。
9.稲城市に、なぜ膨大な府中市の墓園を造らなくてはならないのか。
10.この事業の進行に伴い、市民の税金はいくら投入されるのか。
市民が望まないまちづくりに、多額の税をつぎ込むことは問題では
ないのか。

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里山を実際に歩いて実感したこと。
それは、溢れる自然の里山は、常に人々の生活とともにあり、
生活が営まれてきた歴史を刻み、先祖の供養がなされ農作物の恵みをもたらし
文化を育くんできたということです。
そして、決してお金では計ることができない価値もあるということです。

こうした稲城市民のアイデンティティを育んできた里山を開発することを、
市民の人たちは、そして、地権者の人たちは本当に望んでいるのでしょうか?
公的な資金が投入される以上、情報公開を徹底した上で、
稲城市の将来を決定する計画に、今こそ市民が参加すべきであると思いました。

※参考:稲城の里山と史蹟を守る会
http://www012.upp.so-net.ne.jp/satoyama/index.html

■大学発のバイオベンチャー「アンジェスMG」社長の山田英さん

一新塾7月23日の講師は、大学発のバイオベンチャーとして
日本で初めて上場した「アンジェスMG」の社長である山田英さん。

「そーせい」や「タカラバイオ」など山田さんが関わった企業は
いずれもマザーズに上場しています。
この日本を代表するベンチャー企業家の山田英さんは一新塾5期生
でもあります。


一新塾の歴史を振り返ってみますと、山田さんの存在は大変大きく、
山田さんがいなければ、毎年勢いある約30の市民プロジェクトが
立ち上がる今の一新塾はないと思います。

1998年、山田さんが中心になって取り組んだ環境ホルモン測定
NPO設立プロジェクト。専門家と市民の協働による市民プロジェクト
です。それまでは政策提言のみだった一新塾チーム活動でしたが、
事業としての市民プロジェクトのモデルを山田さんにいち早く示して
いただきました。

気がつけばモデルを示していただいてちょうど10年が経ちました。
このモデルのおかげで、市民プロジェクトの誕生は続々と誘発される
ことになったのです。


講義では、医学博士で企業に勤める研究者であった山田さんが、
アメリカのジェネティックという業界をリードするバイオベンチャー
と出会い、”国籍の違う異質のチームメンバー同士で切磋琢磨しあい
計り知れない創造性を生み出す風土”に衝撃を受けたことがベンチャー
へ駆り立てた、と語られました。


山田さんが一新塾に入塾されたのは、山田さんがサラリーマンを辞めた後、
ベンチャーへと向かう人生の転換点の時でした。
当時、「社会性ある21世紀型の新しい企業文化の会社創設を目指す」
と語られていたのが大変印象深いです。

現在、社会のニーズをしっかり受け止めながら、遺伝子医療の創薬に
向けてバイオテックの厳しいグローバル競争を戦い続けている山田さんが
一新塾のOBでいらっしゃることを誇りに思います。

■輝く市民の力!市民性の開花こそ時代のキーワード

「本当の市民性はしがらみのない場からしか生まれない」

「生活者の望む社会は、
しがらみのない市民が描くビジョンからしか生まれない」


しがらみを脱出するには、
一市民に戻って、出会い、語り合い、
自由にビジョンを描くことの出来る場所に身を置くこと。

「政治の力」「経済の力」「市民の力」、社会を支える3つの力。

しかし、これまで「市民の力」はいつも蚊帳の外に置かれてきました。

社会の構成は
一人ひとりの生活者である一市民によってなされているのに、です。

市民は、
「力」がないのではなく、
「力」の持ち方を知らなかっただけです。

市民は
大きな潜在力を持ちながら、その発揮の仕方がわからなかった。
道のつけ方がわからなかった。

市民の力を鍛錬し、
社会創造への参加の方法論を学ぶ場所がなかっただけです。

今、組織にいても、立場があっても、一端横に置いて
一市民として自らのミッションに目覚め、
心から願う社会ビジョンを描き、そこに本当の知恵と力をもって切り込む。

理想を理想で終わらせない。

あなたの市民性を開花し、
市民性を輝かせるために、一新塾はすべてを注ぎ込みます。

■道州制 〜富の分配から富の創出へ、その先にあるものとは?

仕事に意義を見出せず、お金儲けだけではモチベーションを持って
打ち込めない日本人。
お金だけでなく社会的意義を見出したいと葛藤し続ける日本人が
増えています。

そして、西欧に追いつけ追い越せの時代を経た日本。
何不自由なくモノが溢れる日本。

物質的豊かさを手に入れた後の次なる国家ビジョンを見出せず
迷走している日本がここにあります。

現在、グローバル経済という資本主義が世界を覆いつくしています。
一部の人々に膨大な富が蓄積される一方、限界を超える貧困で
生活に苦しむ人々。格差はますます拡大の一途をたどっています。


日本はこの問題解決のための世界に貢献できないでしょうか?


日本が得意としてきた「経済力」と「富の分配力」をもって
世界の問題解決に貢献できないものかと思うのです。

高度成長で世界第二位の経済大国に上り詰めた「経済力」。
そして、中央に蓄積された富を全国各地に万遍無く
ゆきわたらせた「富の分配力」。

国内の格差是正に一役買ったこの力を、今度は、グローバルな
格差是正のために使い、世界の調和に貢献することを国家ビジョン
として掲げることはできないでしょうか。


     そのためにも、道州制!


経済繁栄の最適単位である道州制によって、各道州が独立国家
のように独自の工夫で世界から富を呼び込む競争をする。
世界から富を呼び込み、富を創出し、そこで蓄えた富は、
今度はグローバルな格差是正のために富の分配によって貢献する
のです。

世界の共存共栄のために、世界の調和のために、日本が
新しいリーダーシップを世界に示すことができないでしょうか。
日本が生活者大国として生まれ変わるとともに、
世界に生活者大国を増やす連鎖を起こしていくのです。

現在、経済面でもかつての元気のない日本ですが、
自分のためでなく、他に貢献するビジョンを持つことで、
私たちは誇りと元気を取り戻すことができるのではないかと
思うのです。

■市民性が時代の表舞台に!

私が一新塾の仕事に就いて12年目を迎えました。

”縦割り社会を横で串刺す市民パワーこそが社会変革の原動力になる”
と「直感」し飛び込んだ世界ですが、
その「直感」は、毎年、一新塾チーム活動の実績が積みあがるにつれて
今は「確信」に変わっています。

市民による社会創造の実験がいよいよ始まる、という予感があります。

10年前から議員や行政に政策提言してきましたが、
10年前は「素人がこんな政策を作って何になるんだ」
と一蹴されることがよくありました。


ところが、時を経て今は、改革派の自治体の首長や国会議員から
「市民の立場から提言してくれないか?」と声をかけていただく
ことも増えました。
政策面において、政治も積極的に市民の声を吸い上げようとする試みが
増えてきました。

市民の声の存在感が年を重ねるごとに増大してきているのです。

「道州制」についても、
新しい国の統治機構のあり方をどのようにするのか、市民の立場での議論を
10年以上前から続けてきました。
また、とにかく議員に出会うたびに「道州制についてどうお考えですか?」
と問い続けました。

「何をそんな夢みたいなことを」なんて言われ続けました。これが6年前。
その時の段階では誰もリアリティを感じてくれないから、実現可能性のある
道州制時代への橋渡しになるものを作ろう、ということで考えたのが
「ふるさと納税」なんです。

「ふるさと納税」は一新塾の教室で、塾生同士の議論の中で生まれたものです。

中央に集まりすぎているお金を何とかして地方に還元し地域活性化の起爆剤
にならないかと模索する中で発案されたアイデアでした。

東京で活躍して高い収入を得て、高い税金を払っている地方出身者は多い。
しかし、彼らがこうして今あるのも、ふるさとの自然や地域の人たちに
育まれたお陰。だったら、お返ししてもよいのでは? という意味で、
「ふるさと納税」とネーミング。

2002年、塾生同士で手分けして
与野党の特に地方分権に関心の高い47人の議員に提言して回りました。
そして、今、市民発の発想、考え方が2008年5月より実施に至りました。
関わったメンバー一同、驚きを隠せません。


これまで存在した「官主導社会」。
マジョリティである私たちが“国民”として頑張りました。

その後、訪れた「企業主導社会」。
マジョリティである私たちは“企業戦士”として頑張りました。

そして、これから訪れる「市民主導社会」。
マジョリティである私たちが
   “市民”として社会を創造する実験がいよいよ始まるのです。

■サラリーマンだったからこそ今がある!

「人生には何一つ無駄なことはない」

ということを最近とても実感しています。

それは、一新塾の経営と教育の場作りを通じて、私が果たしたいと
思うことを進めるための技術やスキルの多くがサラリーマン時代に
養われていたものがとても多いということに気付いたからです。

例えば、共同住宅の建設現場で遭遇した住民の大反対。
利害が対立し絶対にわかりあえないと思っていたにもかかわらず、
あきらめずに本心を繰り返し語り続けたら、
共通ビジョンを見出すことができたこと。

人間は理屈を超えてわかり合えることができるということ。

ビジョンを率直に語ることでもたらされる計り知れない力。

どんなに小さなモデルでも本物であれば、それが連鎖し
”業界の価値観を一転する力”を持っていること。

限られた制約条件の中で一定の成果を具体的に出すことを求められ、
必死になって現実の要請に応えようとする中で大切なものを学ばせて
いただいていたのです。

そして、今、一新塾の経営や教育の場作りに携わり、
「自分のミッション」を果たすために存分にまい進できる環境に
身を置かせていただく中で、日々試されているのは、志を具現化する
ための技術です。

サラリーマン時代は、「自分のミッション」と「組織のミッション」を
全く重ね合わせることは難しく葛藤の日々は確かにありました。
しかし、このサラリーマン時代に、志を果たすための技術を学ばせて
頂いていたのです。

かつて、
「回り道せず、もっと早くこの世界に飛び込んでいればよかった」
と思ったことがありましたが、今は違います。

かけがえのないサラリーマン時代がなければ今の自分はありません。

■直感から確信へ


私は,都市開発の仕事を通じて、

「誰もが自分の個性を存分に発揮して、地域づくりに全員参加で関われる
 コミュニティをつくりたい」と思っていました。

しかし、会社を通じての仕事を通じて全てを目指すことはできませんでした。
ハードとしての共同住宅をつくってそれを販売して資金を回収し利益を上げる
ことが、何より求められることであり、人とのつながりやコミュニティを作る
時間は仕事以外の時間を費やすしかありませんでした。

私自身も「仕事の合間の限られた時間では、どうせ大したことはできやしない」
と思い込んでいました。

サラリーマン時代の私は
  「自分の人生なんてこんなもの!」「世の中なんてこんなもの!」
そんなつぶやきを繰り返していたように思います。

日本は縦割りが隅々まで浸透していますが、縦割りの中だけにいると、
人間の可能性というものが小さく、世界が小さくなってしまうと思います。

しかし、一新塾は、業界の縦割りを超えて、横でつながる場でした。
自分の業界の常識が、他の業界の大発明といったことが続々と起こる場
だったのです。

私は、仕事の合間の限られた時間でも、多様な価値観の人たちが、
個々の強みを持ち寄りつながることで、計り知れない可能性、新しい創造が
生まれるという直感がしました。


私が会社を辞めて一新塾の仕事に飛び込んだのは、そのときの直感に
後押しされたことも大きな理由の一つでした。
そして、たとえ100に1つの可能性であっても、突き抜けたビジョンで
面白ければ人がワッと集まり、プロジェクト実現の道がつく、ということが
次々に起こるのです。

年を重ねるごとに、塾生プロジェクトが続々と生み出されていくのを見ながら、
当時の直感が、確信へと変わっていきました。

■再会!

一昨日、4年ぶりにKさんと食事をした。
彼は、12年前に議論を尽くし、志をぶつけ合った一新塾3期(1996年)の
同期生である。

Kさんは商社マンで、2004年からグループ会社の社長に抜擢され、
債務超過の会社を3年半で見事に再生させました。

Kさんは言います。
「一新塾と出会っていなかったら今の自分はない。出会ったからこそ、
 社長になる決意をし、その決意がチャンスを呼び込んだ!」

そして、語り合った言葉の一つひとつが、私が、一新塾の経営を担わせていただき
実感してきたことと同じことばかりで驚きました。

 「その道の専門家じゃなかったからこそ、飛び込めた!
  しがらみを気にせず、恐いもの知らずで、言いたいことが言えた!」

 「壁にぶつかり、ギリギリのところに追い込まれたときは、現場の声を
  必死に聞いたらそこに答えがあった」

 「道を見出したときは決まって、問題の根源を、外の条件にせずに、
  自分自身に突きつけたときに見えてきた」

 「仕事に関わる人たちにやる気を出してもらうためには、
  あなたがやりたいこと、あなたが学びたいことは何であるのか、
  聞いて、聞いて、聞いた。」

Kさんも、私も、一新塾との出会いによって、志に火がついた。
そして人生が転換した。

私は、一新塾3期卒塾(1997年)とともに会社を辞め、一新塾の運営の
仕事に飛び込んだ。

それぞれが別の道を歩んで12年。

久しぶりの再会であったが、
同じような葛藤と試行錯誤で道を拓いてきた同志であったことを、深く実感した。

■「組織のミッション」から「個人のミッション」へ

「何のためにこの仕事をしているのか?」
「この仕事で一生終わってしまっていいのだろうか?」
「もしかしたら、他に、もっと自分を発揮できる場があるのではないか?」

よく、こうした葛藤を抱くビジネスマンの方との出会いがありますが、
まさに、12年前までの私もこ同じ葛藤に苦悩していました。

社内の評価を勝ち取るために必死になっている自分。
会社の利益アップ、年収アップ、自分の評判アップ、 社内や業界での
評価に一喜一憂し、いつしか組織の空気を読むことに敏感になり、
志を忘れてしまっている自分がありました。

そんな時に、一新塾との出会いがありました。

一新塾では、「何がしたいの?」と常に問われました。
それに対し私は一所懸命に答えると、
「そうじゃなくて、仕事じゃなくて森嶋さんがしたいことだよ」
との返答に、ハッとさせられました。

仕事の話ばかりで自分を語れなくなっている自分。
「組織のミッション」“のみ”を生きることに必死で、いつしか
「個人のミッション」を忘れてしまった自分に気付いたのです。

その気づきは、胸の奥に眠っていた「社会に貢献できる自分に!」
との思いを蘇らせ、“市民性”の目覚めをもたらしました。

一新塾コミュニティは、「個人のミッション」を取り戻し、
“市民性”を目覚めさせ、それを育むコミュニティだったのです。

■“理想”を取り戻す!

仕事で一旗揚げてやろうという野心に呑まれ、社内の評価に一喜一憂
している時には見えなくなっていた思いが鮮明になってきました。

私が追い求めていた仕事は、一人ひとりの個性が存分に開かれ、
地域の人たちとの交流によって人生を深め、相互に支援しあう
“地域コミュニティ”が生み出されることだった。

ハコモノづくりは、そのための方法だったと気がつきました。

私は一人ひとりの市民性にアクセスして、人のつながりをつくりたかった
のです。

この思いを社内の人たちにぶつけると、「そんなのは理想だよ」
といった言葉が返ってきました。このとき、“理想”という言葉は
“決してかなわない夢”という意味で使われていたと思います。

夢や理想を語ったとき、
    「なに青臭いことを言って!」
    「出来もしないことをいうな!」
    「10年早い!」
と一蹴される。その繰り返しによって、夢や理想はその人にとって、
やがて死語となります。

しかし、一新塾の中ではパラダイムが全く違いました。

一人ひとりが理想とする社会のビジョンと、自らが理想とする生き方を
じっくりと語り、議論しあいます。

たとえそれが100に1つの可能性しかなくても、本気であれば
仲間が一緒になってその実現のための方法を考えてくれ、いざ挑戦する
ときには一緒に戦ってくれます。

針の穴を通すような難しいことでも、突き抜けたビジョンであれば、
「面白い!」と、人がワッと集まり、プロジェクト実現の道がつく
ということが次々に起こるのです。

ここでは、私を含め多くの塾生が心の奥の引き出しにしまっていた理想を
再び取り出すということをしていました。

そして、それを具現化するために、同志と議論し、切磋琢磨する場で
あったのです。

死語となっていた“理想”という言葉がこの場で蘇っていたのです。

■1996年、一新塾との出会い!

また、都内では駅前商店街の再開発プロジェクトにも関わりました。

建築するにあたっては、様々な関係者との調整が必要です。
地権者、近隣住民、商店街、設計事務所、建築会社、役所など、
関われば関わるほど、さまざまな人や組織が関わり、お金を含め、
様々な利害が錯綜している事に気づかされました。

そうすると
「この街にこんなビルを建てて、こんなに素晴らしい街にしよう」

と最初にコンセンサスを得たビジョンでも、単なるお題目となり、
本音はエゴとエゴのぶつかり合いといった場面に遭遇することも
ありました。

そこには、会社の利益を守るため必死になっている自分がいました。
「何故、自分たちの私的な空間や、自分が所有できるものに対しては、
ものすごく思いを注ぐのに、隣の話になるともう見向きもしないのか。
日本では、市民性というものは持ち得ないのか?」
との思いがふと湧き出ることがありました。

そんな頃に、一新塾に出会ったんです。

当時は、都心の再開発プロジェクトの現場と非常に近い場所に
住んでいましたが、そういう生活をしていると、生活の基盤が
全て仕事になってしまうんですね。

そうなると自分の感覚も仕事に関わることにしかアンテナが張らなく
なってしまう。あるとき、仕事と関連あるニュース・記事にしか
興味を示せず、どんな深刻なニュースも感じなくなってしまっている
自分に気づき、それが怖くなりました。

そこで、仕事とは違う世界を見たいと感じていた時、たまたま
新聞で一新塾の存在を知り、「これだ!」と思ったんですね。
「主体的市民」のキーワードが、くすぶっていた私に、一筋の光を
投げかけてくれました。

1996年、私は塾生として一新塾に通い始めました。

一人ひとりの個性が存分に開かれ、地域の人たちとの交流によって
人生を深め、相互に支援し合う社会へのリアリティが自分の中で
大きくなっていきました。

(つづく)

■「地域コミュニティは存在しないのか?」

9年間のサラリーマン時代、時々、葛藤することがありました。

あるとき、携わっていた神奈川県内での大規模共同住宅開発で、
完成後数ヶ月して、そこに移り住んだ住民の方々にインタビュー
する機会がありました。

「挨拶が面倒なので、できるだけ隣人との接点は持ちたくない」

「回覧板をまわすのは面倒なので、インターネットの導入で代替
することはできないか」

といったような回答を多くの方が答えました。

つまり、会社までの通勤距離が何より重要で、生活の基軸が
すべて仕事となっていたんですね。

無限の選択肢の中からこの街のこの住宅地を選んだ住民が、
地域に対しての愛着を持ち、住民同士、同じ地域コミュニティの
一員として、立場を超えて生活者としてつながりあえる。
そんなシーンを抱いて創った、住民同士が触れ合うスペースが
ほとんど活用されていませんでした。

「地域コミュニティは存在しないのか?」

人と人とのつながりがなくとも、通勤至便だけが満たされれば
それでいい、という感覚に、私は愕然としました。

地域住民が交流しやすい空間を企画しても、思ったように
住民は使ってくれない。
ならば、地域住民の意識に働きかけるようなことをしなければ駄目だ
と思いました。

(つづく)

■人間観が変わった!

私は残りの一ヶ月間、現場に張りついて、毎日、近隣住民の三十数軒の
お宅に通い続けました。

何度も玄関で門前払いを受けましたが、とにかく無我夢中でした。

一軒一軒まわり続け、残された期日がもう数日というところ、
説得するための説明から、ここに新しい共同住宅ができたときのビジョン、
個性的なライフスタイルが最大限に尊重され、地域の人たちとも人間味溢れる
つながりが持てる地域コミュニティがここに生まれている未来を語る言葉が
私の内から湧き出てきました。

切羽詰った状況に追い込まれたからこそ、本心が絞り出されたのかもしれません。

気がつくと、期限ギリギリのところで全員の同意書が取れていました。
しかも、日照時間の減少が最も大きくご迷惑をかけてしまう方から
「おめでとう。願いがかなってよかったね!」との言葉!

もう、私は本当にびっくりしました。
まさか「マンションが建ったら引っ越します」と大反対されていた方から、
しかも日影の影響でご迷惑をかけてしまう方から、笑顔で祝福の言葉を
いただくなど、夢にも思わなかったからです。

私はこの日を境に大きく人間観が変わりました。
人間は理屈を超えたところでわかり合うことができる!
一見困難な状況にあっても、人間は立場や環境を超えてつながり合える!
そんな人間に対しての信頼感を、初めて実感した瞬間でした。

(つづく)
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