2018.10.11


<更新型> 目次
http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/26632796.html



いつも御読み頂き有難うございます。。。



9月度総幹部会が掲載された
10月5日号の顕正新聞、、、

・・・・・一応、主だった所は読んでみました。。



内容は勿論 酷いのですが
相変わらずつまらない、、、ですね────



一回の新聞で一体何回、
「(浅井)先生は──」
「(浅井)先生の──」
って書かれているんでしょうね(-_-;)



しかし、今回のこの浅井会長の指導・・・・
アブない発言を最後に持ってきていますね・・・・


この部分、
本当に顕正会員の方はなにも思わないんでしょうか。。。

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いいですか。
遥拝勤行とは、末法の三毒強盛の凡夫を
直接、戒壇の大御本尊様に繋ぎまいらせる秘術なのです
        by 浅井会長 (顕正新聞H.30.10/ 5 号)

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良くないですってば・・・

なんで顕正会の遥拝勤行で
戒壇の大御本尊様に
「直接繋がる」んですかね・・・・(-_-;)



戒壇の大御本尊様(法体)を
別付嘱された猊下から離れた者達が
浅井会長の様な理屈で繋がる事ができるのであれば──

創価学会でも身延でも
なんでも繋がるって言える事になるんですよね。


おそらく
この別付嘱(法体相承)総付嘱(法門相承)
という辺りは顕正会員の方々は教えられていないので
理解がなかなかされない所なのかと思います。


戒壇の大御本尊様と繋がる事は
この別付嘱(法体相承)を受けられた
時の猊下に随順する事が大前提なんです。



つまり”時の猊下に随順する事”で
戒壇の大御本尊様と初めて繋がる、
という事なんです。



顕正会が考える様に唯、単純に
「広宣流布を見つめているから」
「大聖人様を信じているから」
という事では戒壇の大御本尊様とは繋がらないんです。


だから浅井会長が
「遥拝勤行で繋がる秘術」
なんて事は大間違いもいいところであり、
完全な大ウソです。


以下のURLは上記の事がわかり易いかと思いますので
見て頂ければ、、と思います。

↓別付嘱・総付嘱の事。以下のページの⑥⑦⑧
http://www.geocities.jp/kokoronoshikumi/ketsumyaku.html#6





しかし、、
現役の会員さんの殆どの方々って・・・


おそらく顕正新聞なんて
隅々まで読んでいないでしょう (;^_^A



つまらない活動報告に
鬱陶しい代表決意はスルー・・・・


そして体験発表だけはチョコチョコと読んでいる・・・
そういう感じの方が割に多いのではないでしょうか。。



ですが───


今回は法華講非難、
そして日達上人の事につき
常軌を逸した悩乱ぶりを見せているので
それに食いついている会員の方々も
いるのではないかと思います。



そして今回の顕正新聞の情報を基に、

「やはり宗門は間違っている」

「宗門に行ったら地獄に堕ちる」


そういう気持ちを起こした
現役の方々もいらっしゃるかもしれません。




実際に今回の総幹部会の内容を受けて
顕正会から移ってきた法華講員に連絡を入れてきた現役会員や、
また組織の内部で
日達上人への邪難をしているメールもあるみたいです。


私も何件か現役の幹部さんのメールを
こっそりと現役の方から転送を頂きました(笑)

頂いたメールには
皆、日達上人の事を書いていましたね。。(-_-;)


然しながら今回の顕正新聞の命名は
「学会員を救う特集号 7」なんですよね。
どうも違和感があるのですが・・・・(苦笑)



私的には この顕正新聞は
命名にしても 内容にしてもムリヤリに
「学会員を救う特集号」
にした感じがしています。。。


正直に思った所は・・・・


「74区長の除名などもあり
日蓮正宗を非難せずにはいられなかったものの、
末端会員が日蓮正宗に直接新聞を配布されたら困るので
やむなく
”学会員を救うと銘打った特集号7”」

という感じなのかな、、と思いましたね。。



今回は
日蓮正宗に対しての批難の内容が結構酷いです。
しかし、、批難はあっても
教義的な内容ではありません。



顕正会は化儀を知らない、宗門を知らない───

そして今回はそれにつけ加え・・・

良識を知らない───

恥を知らない───


だから何とでも言えるという所もある・・・・
という風にも思えます。。



とりあえず 今回は
「日達上人の御遷化」を語ってくれた
以下のこの記事から見てみましょうか───


※所々青字で私がツッコんでいます

※今回、記事のデータを打ち込み・提供して下さったのは
「ナゾの仲介者」さんです。。。
本当に本当に有難うございました m(_ _)m

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(顕正新聞H.30.10月5日号)


『宗門の実態を目の当りにして』

 ──細井日達の悪臨終を母(細井日達の縁戚)から聞く
 「ドス黒く、阿鼻獄を恐れ叫んでいるような相」

男子部第80隊組長 Nさん



私は平成二四年、
当時同じアパートに住んでいた婦人部の方に折伏され、
S市の自宅拠点において、入信させて頂きました。
 

昭和二五年に富士宮市で生まれ、
母が細井日達の縁戚に当ることから、
私の両親は大石寺の宿坊で働き、母は法華講に、
姉妹は創価学会に所属
して、
それぞれ広宣流布を見つめ折伏にも励んでおりました。


私はなぜかどちらにも入信することなく
小学生まで大石寺周辺に住み、
大石寺境内が遊び場になっていました。

そのころ定期的に、
大石寺の大講堂で戸田第二代会長や
池田大作が講演している声が聞こえていました。


広宣流布を見つめ戦っていたときの家族は一家和楽でしたが、
偽戒壇・正本堂が建設されたころより、
家庭が殺伐とし始めたのです。

(正本堂建立はS.47年なのでNさん22歳くらいですね)


学会員の妹
「池田先生に正本堂を建ててもらったのに、
 猊下はなぜお礼の一つも言わず罵倒するのか」

と母を責めると、法華講員の母は、

「じゃあなぜ、御供養などさせたのか。
 大体、池田が猊下を罵倒することがおかしい」

と反論し、学会・宗門の抗争が家庭にまで及んでいました。
 

その後、ほどなくして
細井日達が富士宮市のフジヤマ病院に入院した際には、
母は三回ほど見舞いに行っておりました。


すぐに退院するものと思っていたところ、
細井日達は昭和五四年七月に、
急遽、激甚の発作に襲われ臨終を迎えたのです。
(この時、Nさんは29歳くらいですね)


母は突然のことに大へん動揺し、
なかでも細井日達が大事な
「御相承」を行おうとしていた前日に臨終を迎えたことと、
医師が二時間に及ぶ心臓マッサージを施したにもかかわらず
蘇生しなかったことに、
臨終が思うようにならなかった恐ろしさを肌身に感じていました。
 

母は細井日達の葬儀にも参列し、
その臨終の相を眼前にしたそうです。


なんとその相は───


今まで見たこともないほどドス黒く、
阿鼻獄を恐れ
叫んでいるかのような相だったとのことです。



母はひと目見た瞬間、
あまりの恐ろしさに
親戚の背中に隠れてしまったそうです。


私自身も身震いし、今にして思えば
御遺命を守るべき立場の貫首が
御遺命破壊に加担した罪の大きさを思わずにはいられず
「一切は現証には如かず」
の御金言、御本仏の厳然たる
常住此説法を強く噛みしめるものであります。
 



それ以降の母は、学会も宗門もおかしいと感じ始め、
徐々に信心から離れた生活を送るようになり、
両親ともに宿坊の務めも引退し、
私も富士宮市内の大工として働くようになりました。
 

平成一〇年のある日、驚くべきことが起きました。
そのとき休みで家にいたところ、
急に飛行機が墜落したような
轟音と衝撃で慌てて外に飛び出してみると、
なんと正本堂の撤去工事が始まったのです。

「末法事の戒壇」と謳われた正本堂に
いったい何が起きたのかと驚きました。


(”どちらにも所属していない” ヒトが 正本堂に関し
「末法事の戒壇」という認識があるものなんですかね・・
 この時、Nさん50歳くらい。)



さらに正本堂崩壊後、
飲み屋で知り合った元後藤組の者から
正本堂建設で集められた三五〇億円のうち、
約五〇億円が後藤組に
渡っていたことを耳にしては、驚愕しました。


私の家族も、正本堂を「御遺命の戒壇」と信じて、
ひっ迫する家計を切り詰めて供養したことや、
近隣の家などは質屋に物を入れてまで
供養を捻出していたことなどを聞くにつけ、
信者を騙して莫大な供養を私物化する
池田大作に強い憤りを感じたものであります。
 

その後、私が仕事の関係で
静岡市に移り住んだある日、
同じアパートに住む婦人部の方から折伏を受けました。


「原発全廃特集号」を渡され、
ビデオ放映にも未入信で参加するなかに、
メディアでは一切触れられない真実を教えて下さる
浅井先生の卓抜のご見識に感動し、
入信させて頂きました


(正本堂の崩壊時に
 「末法事の戒壇と謳われた正本堂」
という認識をしていたヒトが
教義を差し置き「原発特集号」で顕正会に入信なんですね・・
)


そして婦人部大会に参加後、
男子部で御奉公する肚が決まり、
大会翌年の四月に男子部第八十隊へと移籍しました。
それよりは、特集号の配布などにも進んで参加し、
平日から毎日広告文の配布を行っております・・・・(以下略)

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という内容なんですね。。。。



この方の入信動機は教義云々という感じではなく
”「原発特集号」で会長の卓抜の御見識云々”
なんですよね。


そして、この方は信仰的には家族と異なり
正宗、学会どちらにもに属していなかった、と。。


また、29歳の時点で
母親が日達上人の親戚だったというものの
この方は日達上人の葬儀には参列しておらず、
そして妹は創価学会員────


しかも学会員の妹は
正本堂落成後に法華講である母親に
「猊下は池田先生に御礼を言わない!」
と口論していた場面もあったというので

それなりに妹さんは学会に
携わっていたものなのか、と考えれます。


そして母親が
「日達上人は悪臨終だった」
と、この方に伝えた、、という事ですよね。



───思う事を少々述べます。


まず信仰の組織についていなかった この方(Nさん)が
「正本堂」について平成10年の取り壊し時に
「末法事の戒壇」という認識を持っていた───

というのが、疑問になりました。。


登壇の文中にはハッキリと
「末法事の戒壇」と謳われた正本堂に
いったい何が起きたのかと驚きました


と本人の当時の意思としての述懐があるんですね。


信仰についていなかった この方が
『正本堂について「末法事の戒壇と謳われた」』
という事を当時に思っていたのは不思議に思います。


この正本堂についての認識があるとすれば、
それなりに当時の状況を理解しているので
個人的には「原発特集号」なるものでの入信ではなく、、
御遺命関連の内容で浅井会長に同意して
入信するというのが自然な気が致しますが────


勿論、妹が創価学会員、
そして母親が法華講員だったという事なので
双方の話を聞く機会があって自然的に
「正本堂」について知識があった、という事かもしれません。

もしかしたら御自分で調べたのかも・・・
という可能性もあるでしょう───


しかし、、どうなのでしょうか。


文中に於いては「末法事の戒壇」という言葉が
正本堂の取り壊しの時にそう思ったという記述がある以上、
「正本堂に関してのある程度の認識」
を持たれているのですから
家族内でその辺りの話をされていたと予想されます。


そうであれば妹、母親と、
どちらからも詳しい話を聴いた機会が
あったのでは、と思うものです。


しかし、そうであったとしてもなかったとしても
どちらの信仰にも付かず、
不思議にも正本堂についての知識だけはあった──
というのが登壇の文章の上で思う所です。



そして大きな疑問は
「日達上人の御遷化」
を母親から聞いたという話、ですね───


日達上人の御遷化に際し

今まで見たこともないほどドス黒く、
阿鼻獄を恐れ叫んでいるかのような相だったとのことです。
母はひと目見た瞬間、
あまりの恐ろしさに親戚の背中に隠れてしまったそうです



と、この方は述べられていますが───


「悪臨終だった」
という証拠の裏付けは母の証言以外あるのでしょうか?



私は正教寺の御住職を通してですが
日達上人の御親族の方からの話として
日達上人が悪臨終という内容では聞いていなかったので
この方の登壇の内容とはどうも食い違いがあるのです。



まさか
「お母さんが言っていたんだ」
だけが証拠なのでしょうか??


まさか・・・
そのお母さんからの詳細の裏付けもないままに・・・



まさか・・・
そんな内容だけで情報を鵜呑みにし・・



まさか・・・
それだけで確信に立ったとか・・・



まさか・・・・・・・・・・・と思ってしまいます。



葬儀にも行っていない

臨終の相も見てもいない

そして証拠も
「母から聞いた」 という
嘘か本当かもわからぬ内容では
私なら総幹部会の登壇推薦にすらあげないかと思います。



しかし、顕正会は
この方の推薦の内容を吟味の上に採用し、
「事実」と捉えたからこそ
総幹部会の壇上にまで上げたのでしょう。


そして日達上人とはまったくの
赤の他人の浅井会長や顕正会員は
あろうことか「日達上人は悪臨終」として拡散している。


それも”学会”の名前を前面に出しながら
「特集号」として拡散させるという手段です───


そういう事ではないのでしょうか?



実は私は是非、
この畏れ多くも「悪臨終」と述べる
その詳細を聴いてみたい所なんです。


事実であるなら、
私は事実として受け止めます。


しかし事実として納得しかねる裏付けならば
私はまったくこの様な内容は信じる必要を感じませんし
限りなく不謹慎な事だと断じます。



詳細の話を得るには

顕正新聞社に電話をすればいいのでしょうか?


それともこの発表した方に聞けばいいのでしょうか??


このNさんの最寄りの会館に連絡すれば
会って御話が聞けるのでしょうか?



私は御遷化の件も疑問ですが
この方の語られる過去の内容も
どうも整合性がとれない感がしております───


そして現段階では
登壇の内容だけでは御遷化の事は証拠不十分もいい所で
それでいて、現在、組織をあげて拡散するという
不謹慎極まる最低の振舞の可能性も私は感じているんです。。



今回─────
証拠不十分の見切り発車の内容ならば
とんでもない不謹慎な話を振り回している事になり
早急に訂正と謝罪が必要な内容かと思っています。



繰り返しにはなりますが───

私は事実ならば事実で受け止めます。



私には今回、顕正会が主張している御遷化の内容は
初耳ですし、わからない事なので

今後、顕正会の方々には聞いていきたく思います。



拡散されている顕正会員の方は
説明する裏付けも持っているかと思っておりますので
是非とも私にも御教授して頂ければと思っておりますm(_ _)m



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<追記 ※コメントからセロリさんより。登壇内容の不思議点>


「フジヤマ病院に3回ほどお見舞い。
すぐに退院すると思っていたところ…」

も微妙に怪しいですね。

日達上人がフジヤマ病院に入院したのは
7月19日の夕方から夜。

御遷化は22日ながら未明のことですから
お見舞いはできませんので、

「すぐに退院すると思っていた」のに、
入院当日から3日連続でお見舞いに行ったことになります。


入院当日の夜のお見舞いが許されるのか?

毎日お見舞いに行ったのに

「3回ほど」という表現を使うのか?

このようなところで考えても。



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・<妙通寺さまのHP /  日達上人の御事 >
https://www.myotsuuji.info/


・「現証がある」から顕正会は正しいか??
http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/5243156.html


・顕正会こそ成仏できないのでは?①
http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/6250440.html


顕正会こそ成仏できないのでは?②
http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/6444550.html

・末寺を急に訪問する「ケンショー魔民部」さんのこと
http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/28869575.html


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