16より続き。
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降格願いを出した後、最初の反応は部長からの電話でした。

電話をとると開口一番、当時のT部長はいきなり
"私が卑怯だ" なる旨の発言をしてきたのです。
 
私はそれを聞き、思わずカッとなりました。

先の降格願いの内容の何が卑怯なのか。
本当に意味が分からない。
それとも当時の隊長がT部長に内容を上げる際、何か細工をしたのでしょうか。

余談ですが隊長をよく知る複数の者達からは
「それは十分あり得る」
という事らしいですが真実はわかりません。
とにかく "何が卑怯だったか" がわからないままのうっとうしい電話でした。

私もかなりイライラし、内容をほとんど覚えてないのですが口調厳しく返答しました。
唯、
「骨折っていっても走らなくても指揮はとれるだろう」
「無責任だ」
「他への影響は考えないのか」
等々、中身の薄い発言を受けて 嫌気がさしたのは覚えています。
幹部職はもうこりごりと思っていました。


私は97隊以前のH.24.8月、37隊長の任を降ろされた時より、
当時のI峯第三部長より怒られ続けたトラウマがまったく抜けていませんでした。

"尊敬し、励まし、労わり合う"
と顕正会内では言っていますが私から言わせれば
"尊敬し励まし合い? 何それ??"
という事の連続の日々でした。

今、考えても当時は励まされた記憶・・という事が見当たりません。
唯、I峯部長と接する最後の方は電話が来るだけで震えがくる様になっていました。
精神的に追い込まれ過ぎていたのだと思います。
(尚、山梨時代、そしてI峯部長以前に於いては厳しくもあり、優しい方々に恵まれておりました。
励ましも厚く・・その方々には本当に心の底から感謝をしています)


怒られない為もあり、私は数字の達成に対し厳しく当たる様になり、
同志の方々に強く当たり過ぎたり、連絡を多く取り過ぎたりと、
本当に苦しい思いをさせてしまいました。
その点については本当に本当に申し訳なく思っております。

自分の信心の歯車がおかしくなってしまっている事にかなり以前から気がつきながらも
毎週の進捗状況の追及に怯え、手を緩めるわけにもいかない─

そして何が答えなのかも聞けないまま、唯、数字をこなせば
「先生に御応えした事になるんだ」
「この戦いが広宣流布に通じるんだ」
と盲信してやるだけ─
心の奥に矛盾を感じならがらも、
勧誘が進む事だけを選び続けた、という感じでしょうか。


そういう過去がありましたので、
この97隊の結成をするに当たって抜擢された時から私は難色を示していました。

この時、T部長は「俺が責任をとる」と言ってくれていましたし、
それに顕正会ではこういう場合はなかなか断れないので、結果 抜擢となりました。

しかし蓋を開けてみると現実は責任をとるどころか、私に対しては追及ばかりでした。
折伏にしても組織の実情を掴んでいないのか、
当時の組織の力や打開策とかけ離れた事ばかりを言っていました。

「全国の先陣を切る」
と口によく部長は出し続けていましたが、本当に虚盲でした・・・

苦しさや困った事、たくさん、本当にたくさんありましたが相談しても
「どこも同じだからさ」
などと返されて何の解決になるのでしょうか・・
責任をとるって一体何を・・・?

私は顕正会で思う事があります。

「後輩の立たぬは先輩(長)の責任」
という指導があるかと思いますし、これは部長も口にした事があります。

ですが、そんなものは大嘘ではないでしょうか。
後輩の責任は「後輩の責任」なのが実態というのを多く見てきました。

I峯部長などは私を降格した直後に副男子部長に抜擢されていました。
あれだけ大苦戦を招いた誓願を我々に割り振り、
散々怒り散らした彼は我々の敗北の何の責任をとったのでしょうか。


また、男子部で戦いの遅れがあるのなら、それこそ隊長・部長は勿論、
総男子部長に大責任があるのが道理ではないでしょうか。
いつもいつも現場のせいにするやり口に本当に疲れ果てていました。
現実を直視すれば大幹部は責任をとらず、常に現場の責任になっていませんでしょうか。


あれだけ健気に頑張っている顕正会員が何故、
「申し訳ない」
をたくさん口にするのでしょう・・・

家庭も趣味も結婚も人生もなげうって頑張ってきた組長・班長・副長・支隊長・・・
たくさん見てきました。

今現在でも 本当にこれ以上、どう頑張れというのか・・・
という様な人だっていると思います。

それでも「戦いが進まなくて申し訳ない」と口にする方だっている事実・・・
本当に幹部はこういう事を直視しているのでしょうか。
数字が出来ていないとどんなに頑張っていても
「休み、ないよ」とT部長は言い放っていました。
私は本当に心の底から異常を感じていました。


H.26.12月頃だったと思いますが総男子部長より
「百千の言葉より一の証拠を」
の様な事を言っていたのを覚えていますが、正に彼らに実践して欲しいと思いました。
「百千の口先だけの指導はいいから、
そこまでこだわる証拠を出すのをお前自身が手伝ってみろ」、と。
出来もしないヤツが偉そうに口だけ動かしている事に本当にウンザリしていました。


・・・脱線してしまいました。
話はT部長との電話に戻ります。
この電話で唯 一か所、聞き捨てならない一言が突き刺さりました。

「俺は総男子部長の命で電話している。(私は) 弟子ではない。叱り飛ばせと言われた」

と総男子部長が言ったというのです。

これは衝撃的でした・・・。
このH.26年の6月の時点、私は総男子部長はわかってくれていると思い込んでいました。

それが私に対し「弟子ではない」と吐いたというのです。


この後の数か月、本当に思い悩みました・・。
あれだけ時間も人生も尽くした男子部の長に
「弟子ではない」
と言われたのは本気で苦しかった。

ですがこの当時、自分が一体何をしでかしたのか、そこまで言われる悪事を働いたのか。
何がどう悪いのか・・それがわかりませんでした。

Y岡隊長にも何度か聞いても返事はなかった。
元より隊長は私の事を戦列に含む構想を持っていなかったと思います。
何がどう悪かったのか教えてくれとのメールを隊長に打って既に一年以上が経ちます。
ですが未だに何の返事もありません。

ついでに言えば隊長は私に対しては放置し関わってこなかった。
H.27.1月辺りから私は完全に組織から離れましたが
それ以降は御返納の報告と結集連絡も数回を除き何もありませんでした。
(尾道会館の結集も連絡なし)

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※)
私の経緯の内容は既に幹部に送信しており、
今、出している記事はその内容を元とし、
公表を控える為の文は削除し、また状況説明等を追記しているものです。
内容の大意はまったく変えていませんし、事実関係も変えていません。

顕正会は組織によって違いはあるかと思いますが
組織防衛の為に、組織内部で
「ああは言ってるけどあれは嘘で、実はこうなんだよね」
と、組織内に都合の良いデマを流す場合多数ですので騙されないで下さい。

尚、私たちを折伏してくれた下元さん(元92隊・総支隊長補)と会った4月頃、
顕正会組織(97隊)からは
"下元さんは既に法華講で活動していない"
"宗門に行った人は皆、顕正会に帰りたがっている"
と聞いており、
実際下元さんと会った際には未活動どころか元気に活動しておりました。
その事を話すと
”誰がそんな事。まったく有り得ませんよ。完全にデマですよ”
と、笑い転げていました。

"顕正会は正々堂々"とよく幹部は口にしていたが、
実は"堂々と嘘をつく"という意味らしい。
それは大袈裟ではなく、
後日、逃げ回る本部職員の姿を見て心底そう思うに至った。




※本ブログは騙されている顕正会員の方々の一助足り得る事を願い立ち上げるに至った次第です。
以下相談等の窓口ですので何か思い至れば御連絡下さい。
冷やかし等、悪意の内容には返信しない場合がございます。
他、私事で返事が遅くなる場合があるかもしれませんがその場合は申し訳ございません。
→jitsujounoichizennikiseyo@gmail.com