登壇推薦─

これは毎月苦しめられた苦行でした。

私の組織においては支隊長以上は本当に苦しんだものと思われます。


「えっ、推薦って苦労するの?」

って思われている方、、本当に幸せです。。


少なくとも私はメチャクチャしんどかったです。
(まぁ、それに伴って しんどいのが登壇原稿なのですが。。)

”登壇推薦” に関わっていない方達は集会の登壇に対しては唯、受身でいいのですが
実はその裏には本当に多大な苦労があります。


総幹部会の登壇推薦─

私の組織では どんな状況でも必ず1名は
「体験・活動・正義に目覚めて・〇〇を拝聴してetc...」
のいづれかを推薦しなくてはいけませんでした。

私達は基本的に隊集会が総幹部会の翌週か その翌週にあった為、
状況的に 集会後に次の総幹部会の登壇推薦の提出要求が来ていました。
ですので基本的には集会で出した登壇推薦の中から最低1名を推薦するという様な状況でした。

故に、この「集会の登壇推薦」 というのが登竜門でした。

登壇推薦は内容がある時というのはまったく苦にはなりません。
寧ろ勇んで作成できます。
ですが数年間も戦っていれば本当に特筆すべき事柄が少ない様な状況などは幾度もあります。

私たちの隊は単独での隊集会だった時期もあったので本当に苦労が多かったです。
途上、37隊長を降格となり97隊長となってからは二個隊の集会体制になりましたが、
一つが二つに分かれた様な体制だったので結局、分母は変わっていませんし、
いづれにしても推薦を出さねばいけない状況だったので大変さは変わりませんでした。
その上、結集人数は多少あっても活動している人が多くはありませんでしたので、
それはそれは苦しい戦いでした。

「体験、ありませんか?」
功徳に溢れる顕正会です。多くの方が声をあげる筈です。ですが─

返事がない─ 

こんなのザラでした。
ではでは、

「活動、ありませんか!?」
広宣流布を目指してバリバリ戦い、
「宗門は折伏をしていない」 と見下している顕正会です。多くの方が声を─


あげません・・・
 


メールを回しても返信がないので結局 支隊長等にこちらから連絡をしまくり、絞り出す・・・
こういう事が推薦に関しては本当に日常茶飯事です。

私      「なんか (ネタ)ない!?」
相手  「そうですねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   すいません・・」


私もですが御互い、本当にしんどかったと思います。
でも・・・

それでも「必ず提出」なのが登壇推薦なんです。

これが毎月毎月ある訳です。
普通に考えて戦いが進まない状況だって勿論、多くあります。
苦戦だって調子が悪い時だって常にあります。

でも数字ばかりを口にする長の下、戦いが進んでいない、推薦内容もない。
何やってんだ、という事になる。
そういう状況では本当に上とも後輩ともしんどい会話が連日続きます。

「どうだ!?」
「何とかならんか!?」
「背水でやるしかない」


などなど

何か弱気を思えばそれは「言い訳」と言われるから我慢。。
上は一緒に考えてくれる、という体制じゃないですから。
とにかくこちらから推薦は出さなきゃいけない。

「何かある筈だ」
「くまなく一人一人に連絡とった?」
「あいつ、どーだ!?」


こんな会話を上にも何回され、何回自分も後輩にした事か・・・・


そしてネタがない時などは期日の深夜になる事は頻繁で、
本当に内容の薄い推薦でも出てくれば推薦文の言い回しや、過去の事もつけ足し、
時にはその組織の状況も書き加えて、「それなりのもの」として提出し、やっと就寝できます。

しかし、翌日その内容には部長・総務からチェックが入る。
どんなに睡眠時間を削ろうが、精も魂も振り絞って作ろうが彼らの承認がなければ通りません。


実際問題、本当に内容が乏しい時や体験の推薦内容が余りに皆無の時だってあります。
それでも振り絞って提出したものが午前中か昼などに、
「もう一回提出して 」
と突き返
されたりする事が幾度もありました。

これは、こちらが勤務時間だろうがなんだろうが関係なく言われました。

中にはどうしても仕事の都合で午前中の提出が難しい場合があり、
午後出来次第ではダメでしょうか、 と申し出た事がありましたがその時 部長から

総務が昼から連絡がとれなくなるから必ず午前中に出してよ」

と言われ、途中会社を休み作成した事もありました。(これは第15部の時)

当時は言われるがままでしたが、今、思えば本当に他人の社会生活を考えていない連中です。
組織によっては違うのかもしれませんが、私の所はそうでした。

幹部の都合が優遇される─
「期日は昨日までなんだから当然でしょ」
くらいの感覚なのか、寝る時間を削って作った推薦が当たり前に却下されるし、
しかも相手は時間を切って再提出を求めてくる。

その上、精魂込め再提出にも応じ作成した推薦が通らず、結果登壇できないという事もままある。
本当に疲れるんです、登壇推薦は。

降格になる半年前くらいまでは辛いな、と思いつつも
「申し訳ない」
「次こそは良い内容を作ろう」

という思いを持っていましたが、

隊長の任にあった晩年のH.26前後には集会に皆、慣れ切ってしまっており、
私としては既に皆の中にも集会は唯の 「疲れる行事」 程度になっていたのでは、と思います。
こう言ってはなんですが顕正会員であっても班長会や集会は学ぶものが少なすぎる。
だから推薦にも集会にも晩年には

「いつまで続くんだろ、こういうの」
「なんでこんなに内容がないのに集会を続けるんだろ」
「状況、わかってんのかな」
という感情が芽生えていました。

登壇でよく、
「〇〇集会が開催され、大感激で一杯であります」
って言いますが、本当に虚しかったです・・

今も毎月、こちらの地方では集会が開催されているみたいですが、
宗門に移るまでの期間に十名をゆうに超える人達から
「集会は少なくていい」
という声を聴きました。
他にも班長会はなくていい、終わった後の集まりも極力少ない時間でいい、
もしくはなくてもいい、等々。

こういう声を幹部は
「愚痴だ」
「魔が入ってる」
と、切り捨てるのかもしれませんね。

でも、私は反対派の者達の意見が正しく思えます。
総幹部会の会長の追従ばかりの班長会の無意味、虚しさ、無駄は本当に馬鹿らしかったし、
毎月変わり映えのしない集会も貴重な一日が潰れる無駄の極みだと思いましたし、
終わった後の組織に分裂して幾度も繰り返される集まりも愚痴だらけだと思います。

顕正会員が本音を皆で言い出したらおそらく顕正会は保ちません。
浅井会長や、中枢の煽動する大幹部の徳が顕正会を支えているのではなく、
純真な中堅幹部の我慢と真心が顕正会を支えている、と私は思っています。
ニセ本尊や勤行や教義の改変・歪曲という事情を抱える顕正会。
いつ爆発しても不思議じゃないと思っています。


今回、登壇推薦に関して思い出した事をさっと書きました。(まだまだありますが)

本当に現役時は苦労だらけの登壇推薦でしたが、
だからこそ顕正会の体質の異質さが身に沁みました。


唯、もう一つの目線として

集会等はどこの現場の幹部の方も苦労を重ね、真剣に向き合い
「集会を作っている」と思うのです。
私は晩年は息切れしましたが、それでもやる以上は本当に真剣でした。

登壇推薦もですが原稿に関しても 当時は顕正会が正しいと思っていたからこそ、
一人でも多く感激して欲しい、
何か伝わって欲しいとの思いで作成・添削に携わりました。

喜々として参加している方や、仕方なく参加している方々、
イヤイヤ参加している方々、色々いらっしゃるとは思います─

集会はつまらないと思っている人も多くいるのは知ってます。
ですが、その集会を作っている現場の幹部の方々の中に、
人間関係はどうあれ、参加者の信心を考え、
本当に真心を尽くされている人がある事は尊く思うのです。

参加者の方々も「今日の集会は良かった、悪かった」という評論家になるだけでなく、
そういう地域の幹部側の苦労を少し知ってあげて欲しくは思うのです。
本当に苦しい思いでやられている人もいるかと思うので、
同じ道を歩んだ自分としては その志を無下にする事ができません。。



唯、矛盾してしまってすいませんが、、

顕正会は謗法なので
私は集会参加は絶対に勧めません。

※顕正会員の ”人を思う真心” だけは大事に受け取ってあげて欲しい、そう思うのです。。








※本ブログは騙されている顕正会員の方々の一助足り得る事を願い立ち上げるに至った次第です。
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