<更新情報>
◆5/28 21:41 天生原さんの問いに対し豊島地区さんの返信あり
◆5/29 20 : 45    豊島地区さんの返答に対し天生原さん
◆5/29 21:41 天生原さんに対し豊島地区さん
◆5/30 06 : 16    豊島地区さんの返答に対し天生原さん
◆5/30 21:27 天生原さんに対し豊島地区さん
◆5/31 01:50 SOPH...

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2018.5.28


いつも御読み頂き有難うございます。。



コメント欄が最近賑わっている中にも

現役顕正会員の『天生原さん』からの意見があり、

コメント欄では見えづらいので記事にしてみました。




本記事はあがってきたコメント内容を適宜抜粋し、

記事を更新しながら意見のすり合わせをしていこうかと思います。




初めての試みなのでうまく行くかどうかわかりませんが・・・

意見を見ながら聞きながら私の判断でとりあえず進めていこう───

かと思います(^^)



※記事内で引用したコメントに際して

・顕正会側の意見者の頭には
黒字

・法華講側の意見者の頭には
青字、

にして表記しています。
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2018.5.28  

『<後記> 4月8日 本部職員と第22男子部長達との法論実現せず』

のコメント147~151  天生原さん (顕正会所属)より

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<◎ 以下 天生原さん>

豊島地区さんへの回答

結論から言えば、貴方が挙げた歴代先師上人の御指南は、
全て日寛上人が御指南下された【義理・事の戒壇】即ち【義の戒壇】の意です。



貴方は『地獄』欄170コメントにて以下の如く…
※幻さんブログ記事『地獄』
http://blog.livedoor.jp/maboroshi7729/archives/31357390.html

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豊島地区さん(壮年部員さん)のコメント170番
以下引用


103にて天生原さんの誤認

【細井管長が 学会総会で発言した事の戒壇の定義は、
宗門古来の定義では無く、
たまたま処住の法体に約し、事の戒壇としただけ】

↑↑
正本堂を事の戒壇と仰せの
日達上人の定義は古来より相伝されて来たものである。
何も日達上人がたまたま処住の法体に約して言い出したことではない。
以下の文証に明らかである。

第三十二世・日教上人
「此の本門の戒壇に事の戒壇と道理の戒壇と云うことあり。
【事の戒壇とは、直ちに本門の御本尊の住処の事之事なり】」


第四十三世・日相上人
「在々処々本尊安置の処は理の戒壇也。
【富士山戒壇の御本尊御在所は事の戒也】」


第五十二世・日霑上人
「未だ広宣流布の時至らず事相の戒壇御建立なしといへども、
【此の道場即此れ事の戒壇】、真の霊山、事の寂光にして、
一度も此の砌に望まん輩は無始の罪障忽ちに消滅して
三業の悪転じて三徳を成ぜんこと毛頭疑いあるべからず」


第五十六世・日応上人
「然るに
【此の御本尊所住の処は何国何方にても真の霊山、事の寂光土】にして
此砌りに望まん輩は無始の罪障立所に消滅し三業の悪転じて三徳を成ずるなり」


第六十世・日開上人
「其の戒壇堂に安置し奉る大御本尊、
【今眼前に当山に在す事なれば、此の処即ち是れ本門事の戒壇】、
真の霊山、事の寂光にして、
若し此の霊場に一度も詣でん輩は、無始の罪障速やかに消滅し、
三業の悪転じて三徳を成ぜん事、毛頭疑いあるべからず」

法体に約せば、戒壇の大御本尊様のおわしますところ、
いつでも、どこでも事の戒壇ですね。
今後の展開が楽しみです。(^^)


引用ここまで
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<ここからまた天生原さん>

【正本堂を事の戒壇と仰せの日達上人の定義は古来より相伝されて来たものである。
何も日達上人がたまたま処住の法体に約して言い出したことではない】
と言い切りましたね。



さらに…

【法体に約せば、戒壇の大御本尊様のおわしますところ、
いつでも、どこでも事の戒壇ですね】と。
これも言い切りました。


豊島地区さんは、
先生の『三大秘法抄講義録』を学び直した方が良さそうです。


貴方の上記【】内の所論は、
【古来より相伝されて来たもの】なんかではありません。
【所住の法体が事の一念三千の御本尊様だから、事の御本尊様在す所が事の戒壇】
というのは【細井管長の己義】です。


セロリさんへの回答でも述べた如く細井管長は、
臨時時局懇談会にて、依義判文抄の漢文を文語体に書き下す際に、

本来…
【〜戒壇は文の如し、全く神力品結要付属の文に同じ〜】
と書き下さなければならないのに…

【〜戒壇は文の如く全く神力品結要付属の文に同じ〜】と…
【如し】を【如く】に変えると言う【トリック】を使って、
居並ぶ懇談会参加者を誑かし【宗門合意】を為そうとしたのです。

※(ちなみに秘伝に付き、詳細は省きますが
 【如く】にしてしまうと、この部分の甚妙なる義が顕れ無くなります)


しかし浅井先生には、この【トリック】を見抜かれてしまい、
反論されてしまいましたが、それを有耶無耶にして【宗門合意不成立】にも拘わらず、
卑怯にも学会は懇談会の翌日に【偽りの答弁書】を提出してしまったのです。


つまり
【所住の法体が事の一念三千の御本尊様だから、つまり事の御本尊様在す所が事の戒壇】
との定義は
【国立戒壇は憲法違反に当たるのでは?】
との、谷口質問に対する政府への答弁を迫られた池田が、
選挙に不利になる事を畏れて、細井管長に圧力をかけ…


【国立戒壇を否定し、正本堂を事の戒壇と意義付けたい】
池田の要請のままに、細井管長が池田から言わされた…
【宗史に未だかつて無い新説】であり、
狡猾なるトリックを使い【依義判文抄の曲会】をした定義が元になっているのです。


日寛上人の六秘に於ける、本門の本尊とは…
【人】即【法】、
【法】即【人】。
【人法体一】の御当体です。



《天台の法相に於ける【文上の寿量品】の【三妙合論の事の一念三千】と
【迹門の諸法の実相に約した、本無今有の理の一念三千】を共に
【理の一念三千】に退けた、
大聖人様独顕の【内証の寿量品】に説き顕わされた…
【法】即ち【文底独一本門・事の一念三千】。

【人】即ち【久遠元初の自受用報身・報中論三の無作の三身】。
その体は一です。(人法体一)》




《即ち【事の一念三千の御本尊】の【事】とは【文上の(理)の一念三千】の
【理】に対する【文底独一本門・(事)の一念三千】の【事】なのです。
つまり、本門の戒壇に於ける【事】とは、全く次元が異なる意なのです。》


②《》内が豊島地区さんへの破折になります。
豊島地区さんに出した宿題は、上記①《》内と同じ理屈です。



《即ち天台の【広】【略】即ち【事】【理】は、
大聖人様の【略広開顕】即ち【文底独一本門・事の一念三千】が顕われれば…
天台の【事】【理】は共に【理】に退けられるからです。》

上記③《》を以て、宿題の伏線回収とします。



では本門の戒壇に於ける【事】【義】とは、如何なる意かと言えば…

『三大秘法抄』の【戒壇とは〜】の御文に続き、叡山の戒壇を破し給う御文に…
【此の戒法立ちて後、延暦寺の戒壇は迹門の理戒なれば益あるまじき処に〜】と。


叡山の【迹門の理戒】は去年の暦(こよみ)の如く、
時過ぎて利益無しと破されると共に【此の戒法立ちて後】と。
【戒壇の大御本尊様】が建立された事を以て、
直ちに【此の戒法立ちて】と仰せになっています。



この御文の前に来る【戒壇とは〜】の御文に、
【上は天皇〜下は万民に至るまで、全国民が三大秘法を持ち、
勅宣・御教書が申し下されるまで、時を待ってから建立する戒壇】
を【事の戒法】と示された以上、

【戒壇の大御本尊建立】を以て直ちに【戒法】と仰せになる意は
【義に於いて事の戒法】即ち【義の戒壇】の意になります。




つまり【本門の戒壇】とは、
【戒壇の大御本尊様】所住の処であり、
御形木を含めた歴代上人書写の御本尊様も即(イコール)
【戒壇の大御本尊様】ですから、会館や拠点も【本門の戒壇】です。

さらに、遥拝勤行を行う各自の場所も、勤行中は【本門の戒壇】です。


しかし【戒壇とは〜】の御文に示された条件が整い、
本門寺の戒壇が建立されれば【事相の戒壇】即ち【事の戒壇】です。


故に日寛上人は、大草が引用している如く
【理は謂く、義理なり。これ則ち事中の事・理にして迹門の理戒に同じからず。
その名に迷うこと勿れ。故にまた義の戒壇と名づけんのみ】と念を押されているのです。
(事中の事・理とは…事中の事=事相の戒壇。事中の理=義理・事の戒壇=義の戒壇。)


そして【事の戒壇】とは、上記に述べた如く
【事の御本尊様在すから事の戒壇】は、
細井管長の己義であり、本来の義は【事相の戒壇】なのです。



ところがこの【事相の戒壇】の意を、大草が悪書『顕正会の悪義を破す』にて、
【実際に建てられた戒壇】と言うような意に捉えている様ですが、これは大間違いです!

【事相】とは、日本乃至中国・印度・全世界が仏国土と化し
【防非止悪の戒徳】を具えた相(すがた)、大聖人様の究極の御願業が実現した相の事です。



【事相の戒壇】が建立された時に、
日本国の【正報】たる【衆生】【五陰】のニ千世間と、
【依報】たる【国土】世間の三千世間に
【防非止悪の戒徳】が具わる故に【事の戒法】と言うのです。


全世界・地球そのものを仏国土と化すには、
仏法有縁の本国土・日本が事の広宣流布の暁に、
国家意思の表明を以て戒壇(本門寺の戒壇)を建立する事が不可欠なのです。 


この【事相の戒壇】の力用により、
日本乃至中国・印度・全世界全てが、妙法化された仏国土となるのです。


故に
【三国並びに一閻浮提の人、懺悔滅罪の戒法のみならず、
大梵天王・帝釈等も来下してフみ給うべき戒壇なり】と仰せられるのです。



しかし先般セロリさんが、

『〜池田会長に〜』の
『五、事の戒壇の定義について』に於いて、

浅井先生も【所住の法体の(事)に約し給うたもの】と肯定するかの様に、
細井管長の【事の戒壇の定義】を述べているのは自語相違では?
と投げかけられました。


しかしここには、先生の【重要なメッセージ】が残されています。


それは【細井管長の定義】を述べる前に

※【諸々の法相は所対によって異なると】
(『冨士・正本堂に就き池田会長に〜』のP25後ろから4行目)
と前置きされてます。



この※【】の一節には、先生が『文底秘沈抄』の…

《【諸(もろもろ)の法相は所対に随って同じからず】乃至故に当流の意は、
而も文底独一の本門・真の事の一念三千に望むに、
迹・本ニ門の事・理の一念三千を以て通じて迹門理の一念三千と名づくるなり》

の意を込められています。



ですから池田に対して『この意を踏まえた上で論ずるぞ!』と前置きされてから、
先生は【細井管長の定義】を述べられたに過ぎないのです。




以上、セロリさんに対する【自語相違では無い】との証明も、
合わせて述べさせて頂きました。

以上になります。


★大草が為した、
日相上人の『三大秘法之事』曲会の解説は、明後日までお待ち下さい。

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< ☆以下 豊島地区 さん コメント5&7>

予想していた通りの広布の事相に約した戒壇義ですね。


三大秘法抄の
「此の戒法立ちて後、延暦寺の戒壇は…云々」


此の戒法とは本門戒壇の大御本尊様の事ですが、
ここがどうして義の戒壇となるのか?


寛尊の依義判文抄に、
「戒壇は文の如し、全く神力品結要付属の文に同じ云々」

三大秘法抄の御文に仰せの戒壇を示されています。

所謂、広布の暁に建立される戒壇を
事相の戒壇と仰せであるからです。


…では、広布以前に於いては事相の戒壇は無いのであろうか?


現時に於ける根源の大御本尊様の住処が
そのまま本門の戒壇である以上、法体に約した事の戒壇であります。


故に、大聖人様は此の戒法立ちて後は…と仰せなのです。


(つづけて)

戒壇義からの~どさくさに紛れて
顕正会の本尊も正しいと言っておりますが…

謗法の場所には大聖人はお住まいになられない。

日興上人は地頭の謗法以後、
身延を去り富士に移られましたが、
正宗を破門となった顕正会のニセ本尊に、
大聖人様はお住まいになられない。

まずは唯授一人の血脈を弁えなければなりませんね。(^-^)

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<◎ 以下 天生原さん コメント17>


今、他の元顕さんブログを検索していた所、
【元杉並の隊幹事】さんのブログに行き当たりました。


 読んで見たところ…


『【広布の事相に約した】と【法体に約した】の二義がある』


として、出典が阿部隠居の『三大秘法義』なる論文を示していました。
(幻さんブログで、確か…誰かさんも同じ論文を示してましたね!)


どうやら争点は、🈁の様です。
(本当に宗門古来から、このニ義が有るのか、無いのか?!)


どうも話が噛み合わないと思ったら、こんな邪説を論拠としていたんですね!


 豊島地区さん…



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< ☆以下 豊島地区 さん コメント18>

天生原さんへ返信の続きです。

 法体に約せば何処に於いても事の戒壇には変わりありません。


 天を地と言い…東を西と言う…
先師の御文を素直に拝読できないその我慢の心が問題なのでしょう。


 日教上人は、
【事の戒壇とは、直ちに本門の御本尊の住処の事之事なり】
と、断言されてますが、
何処に義の戒壇と思える仰せがありますか?


 日相上人も、
【富士山戒壇の御本尊御在所は事の戒也】と、
ここにも御本尊の御在所は…と明らかです。


 日霑上人の仰せには、
【此の道場即此れ事の戒壇、真の霊山、事の寂光にして、】

 御本尊様の御在所が…【真の霊山】・【事の寂光】とありますが、
これは根源の法体であるが故に、事の戒壇と仰っているのです。


さらに、日応上人は
【此の御本尊所住の処は何国何方にても真の霊山、事の寂光土にして、】


 戒壇の大御本尊が【いつ如何なる場所】に於いても、
真の霊山、事の寂光と仰せですね。


 顕正会の教科書にも載っている日開上人も
【今眼前に当山に在す事なれば、此の処即ち是れ本門事の戒壇】
 明確に事の戒壇と仰せになっています。

古来より相伝されてきた本門戒壇の義が、
ここに天日の如く明らかに示されておりますが、如何でしょうか?


もし是等が信じ受け入れられないと言うのであれば、
歴代先師の説法に背く謗法の輩と言う以外にはないでしょう。



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<◎以下 天生原さん コメント27>

 豊島地区さん

【御遺命守護の戦いを是とする顕正会教学部員は、
此処の部分が理解できなければ顕正会から離れられませんね】
等と悦に浸っている場合ではありませんよ!


 私の17コメントを【スルー】しないで下さい!


貴方は、
《【広布の事相に約した】と【法体に約した】のニ義がある》
等と言う邪説、即ち阿部隠居が書いた『三大秘法義』なる珍説を、
本気で【宗門古来の定義】だと思っているんですか!!


さらに言うなれば、SOPHさんが見やすくして下さった、
私の貴方への回答は
【法体に約した】を破折したものである事にも気づいて無いとは、
貴方も【読解力】が無いんですか!


 前に忠告した如く
【私の回答に真剣に取り組まない】から【ニ義が有る】等と言う
【細井管長のトリック曲会】から生まれた【己義】に、
阿部管長が更に輪をかけて【邪義化】し宗門内に定着させ
【宗門古来から有る定義】だと惑わせる
【邪説】である事に、気づけ無かったんです!!


最初から【ニ義】等は、
冨士門流の宗史には微塵もありません!!!


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< ☆以下 豊島地区 さん コメント44>

天生原さんへ


くり返しになりますが…

御遺命の戒壇も、現時に於ける戒壇も、
戒壇の大御本尊の住み給う処であれば、
事の戒壇と言えるのです。


どちらかが正しくて、
片方は間違っているというものでは無く、
両意ともに正しい戒壇義なのです。



三大秘法も合すれば一大秘法ではありませんか!
本門の本尊は独一であり、他には存在しません。


身延山と云えども大聖人御在所9ヶ年は【真の霊山】ですよね、
人・法ともに尊いが故に処は尊いのです。


広布の事相に約した戒壇義で、
法体に約した戒壇義を破すことは不可能です。


逆もしかりで、二重の法門であるが故に、
これを破せば自身の頭が七分に破れます!
いたずらに事と義の戒壇に拘っていてはいけませんね。


現実に問題なのは、
相伝の無い浅井会長の教義で
成仏得道が叶うかどうかが問題なのです。


其処に偽本尊の疑義があって、
また正しく血脈の通う団体であるのかどうかを論じて、
結論を見出ださなければなりませんね。


風間さんからの指摘も有りましたし、
これ以上突っ込んだ議論は立場上、
大変恐れ多いことですから、
私からは戒壇義はこれにて終わりにしたいと思います。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

<SOPH...>


天生原さんはよく勉強されているなと感心致します(^^)


また、豊島地区さん。。


───おそらく当初より戒壇義については
御法主上人の別付嘱の領域という事を弁えながらも、
"敢えて" 意見をして下さった事、大変に有難うございました。




戒壇義に際しては、私も風間 柊次さんの仰る、
「別付嘱の領域」───
現在 その様に考えておりますので、
様々な考察や見解・意見はあったとしても過剰に論ずる事は
控えるべき事と思っております。


顕正会の方々、また法華講の方々にも
「 顕正会の研究第二部」 風間 柊次さん (著)
https://www.amazon.co.jp/小説-顕正会の研究-第二部-風間-柊次

この著のP.76~80に
この事は書かれていますので是非読んで頂ければと思います。



唯、個人的な見解を簡素ながら少しだけ顕すのなら───



戒壇の大御本尊様は三秘総在である以上、
題目・戒壇も大御本尊様を離れて存在するものではありません。


それは戒壇の大御本尊様がまします処は
事檀の義を含む事を意味します。



上記から見れば
「戒壇の大御本尊様がまします処は事の戒壇」
という義は成り立ち、日達上人の己義などではありません。



「 顕正会の研究第二部」P.39には浅井会長の内容として


『よって浅井本部長は
「曾ての御宝蔵も、また現在の奉安殿も”事の戒壇”であり、
将来正本堂にお遷り遊ばせば同じく"事の戒壇"である」
と書いたのである』


という内容があり、
かつて浅井会長も日達上人の意を述べていた事を
紹介しておりました




また
戒壇義は明治辺りから法論などを機に論じられ、
そして学会の大いなる折伏進展の中に、
より具体的に論じられてきたかと思います。


それまでの時代は戒壇義は盛んではありません。
重須談所の二代学頭の三位日順師は戒相には控えめな表現に留め、
また下手な決め事は後の混乱を招く事も慮られておりました。


また日寛上人は釈尊の祇園精舎や鑑真の戒壇院建立、
伝教の迹門の戒壇建立の例をあげられただけで、
日寛上人御自らは戒相には触れられていないなど、
戒壇義は慎重を期してきた歴史があります。


学会の出現によって広宣流布が事相になりそうな勢いと熱の中、
盛んなる論議が昭和期に展開されたものの、
日顕上人が後年「大いに反省している」として
当時の戒壇についての言い過ぎ、
はみ出しの内容があった事を御認めになっています。


しかし今、反省を終え、事の戒壇は将来に属する事とし、
本門事の戒壇建立の前提となる広宣流布を進める宗門が
富士門流を逸脱しているとは思えません。


戒壇義に執し、肝心の三宝が揃わぬ
姿で
唯一正しいなどと正当を叫ぶ顕正会こそ私は邪説にしか思えません。





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※本ブログは騙されている顕正会員の方々の一助足り得る事を願い
立ち上げるに至った次第です。
以下相談等の窓口ですので何か思い至れば御連絡下さい。

冷やかし等、悪意の内容には返信しない場合がございます。
他、私事で返事が遅くなる場合があるかもしれませんが
その場合は申し訳ございません。


連絡先 SOPH... (ソフ...)
→jitsujounoichizennikiseyo@gmail.com