顕正会はいよいよ広布御供養ですね。。

「顕正会が正しい」

そう思えばこそ参加の意義もあるかとは思いますが、それはもう絶対に有り得ません。
以下は先日書かせて頂いた記事になります。


<広布御供養は功徳にゃならんです。。>
→ 
http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/8122527.html



「御供養」というのは大聖人様へ申し上げるものであり、
本来、御僧侶に取り次いで頂くものです。。


顕正会の「広布御供養」は在家が在家に送るものであり、
そんなものは供養ではありません。
唯の募財なんですから。。


元々は顕正会(妙信講)は 広布御供養という名ではなく、
”財務”という名称を使っており、以前は年二回での募財でした。

金額は五千円~八万円。
昭和62年8月に
”財務”から「広布御供養」に名称が変わっています(S62.8.5号顕正新聞)


名称変更の理由に曰く、

”「広宣流布を推進するために大聖人様に御供養申し上げる」
との精神を顕わすのに、最もわかり易く、
ふさわしい名称として改称されたものである”

と。。


そう言いたい気持ちは 一分なりともわかります。
ですが「御供養」という名称はふさわしくない、、と思います。



既に除名処分を受けた後の団体、
使い道は自らの団体を
生き長らえさせる募財でしかないのですから。
間違っても「供養」ではありません。




広宣流布の推進と言いながらも
本当に低劣な組織に成り下がってしまいました。。
それは私よりも、今、現役の人の方が感じているかもしれません。


公称180万程度を叫んでいる顕正会の実態は、脱会者は後を断たず、
また亡くなった方々を差し引いているかもわからない、
また、外国人の異常な数の入信を平気で受入れ、
「空前の折伏」などとほざき、虚しい勝利を続ける。

地方の集会は、叫んだ人数が集まらないから
全国各地で結集を促す”全国大会”状態。
会館の御入仏式だってお粗末なものです。

余談ですが
尾道会館の男子部の参加者の決め方なんかバカ丸出しで、
「戦った者しか参加できない」
というものだったそうで、式の当日まで誰が参加なのかはっきりしない所があり、
結果、地元の者が
「そういうやり方をするなら参加せんでええわ、アホくさぁ」
という幹部の方もいたりで、
本当に地元の人が複数参加できなかった(しなかった)という事がありました。


K沼総務は
「ちゃんと現場の声を聴いていますか」
と、私が幹部時代に何度か言ってきた事がありますが、
彼こそ本当に現場の声を聞いているのでしょうか。
こういう事態だった事すらも知らないのかもしれません。


私に寄せられる、様々な方々の
「本物の本部職員達への現場の声」
を聞かせてやりたいくらいです。
少しは幹部連中も目が覚めるのではないかと思います。

多くの中堅の幹部が心の中で見限っている事を私は感じています。


顕正会衰退の原因は多くありますが、
主だったものの一つに組織の劣化があると思います。
中枢幹部の激烈な不徳、法門の未熟、指導力の幼稚化─

私の元に何人かの、とある区長の指導のメールの転送が

「見て下さいよ、コレ」

と、届いた事があるのですが、、
それはもう情けない内容だったりするものでした。。
仏法ではなく、相手を貶しているだけなんですから・・・・
本当にどうしてしまったんだろう、、と思ってしまいました。



すくなくとも私は現役の時は
「広宣流布を進めている」
そう思って真剣に人生を賭けてきたし、
広宣流布・大聖人様に繋がると思えばこそ広布御供養にも勇んで参加してきました。。

でも、、、
本当にこの十年で顕正会は変わりました。


私の入信当時の平成十一年から見ても顕正会の人材・組織の変質・劣化は
火を見るより明らかです。
これは入信古き方々の多くがほぼ全員が感じている所だと私は思っています。

「こんなんじゃなかった」



そういう葛藤を持ちながら連なっている方々は絶対に多いと思っています。
そしてその感じる所は間違いなく正常だと思います。


残念ながら顕正会の果報は既に尽きていると思います。
しかし、こんな顕正会を支えてしまうのが「広布御供養」の力です。
その考えに立った時、私は絶対に参加ができませんでした。
そして、そう思われる方は必ず多くいるかと思います。




ここからは勝手な想像ではありますが、私の入信の遥か以前、
除名を受けたS.49年の後の顕正会(妙信講)の方々の事を
少し考えておりました。。



除名を受けた後のしばらくの間、妙信講の方々は

「いつか除名も誤解も解かれ、総本山に還れる」

という、

「御遺命を死守した故の難を受けている状態」

という組織の認識の下、期待と苦渋の中での活動だったかと拝しています。



哀れな眼で見られる事もあったと思われますし、誹謗中傷もあったと思います。
しかし、「御遺命を守った故の難、必ず疑いは晴れる」 との固き思いを
多くの方が胸にして結束し、弛まぬ前進を決意されていたのだろう、と。


だからこそ 唯一であり、また希有の立場であり、
そして特別な大使命を全うしている─
そういう誇り高き意識が組織の空気を熱くたぎらせ、
また「必ずや」との確信が当時の講員の方々の多くに浸透し、
今とは全く比較にならない情熱・結束力・慈悲が漲っていたのだと思います。


いつ総本山に戻れるのか─
見当のつかない五里霧中の道中の中にあっても、
大聖人様の仏法 真(まこと)なれば、

「先生の戦いは間違いない」
「必ずいつか総本山から声がかかる」

そう信じて 「人事を尽くして天命を待つ」 が如きの精神で、
唯、黙々とその日を信じ、一層の情熱を懸け戦われていたのではないかと。


そういう姿勢・志の方々の熱き思いを私の先輩方が受け継いでくれた為、
血脈を否定し、独立路線に入った後の私の入信時にも
その余韻が強く残っていたのではないか、と思えるのです。。




「顕正会は邪教」
たしかに今、私はそれをはっきりと認識し、確信しています。

ですが当時の方々の思いや情熱に関しては
全く否定などできるものではありませんし、寧ろ尊い精神だと思っております。

そして部分的に確かに顕正会の主張に正義があったと思っているからこそ、
結果として曲がってしまった事が残念であり、また邪教と断じております。




私の入信時、
厚く、熱い諸先輩は多くありました。
また、有難くも健気な後輩や同志も立ち上がってくれました。


多すぎる誤解と批判を受けながらも、前に進む事を支えてくれた多くの指導、
また全国で戦う同志の健気な登壇に触発もされ、
出来ない事をやろうと心を引っ張ってもらった事もたくさんありました。


人との繋がりが深く、濃い場所で縁が出来た事、
そして熱き時代の余韻の中、
男子部長に克衛さんがいた時代に縁が出来た事、
それ故か、楽しく熱い思い出がたくさんあります。

「邪教なのに何、言ってんの?」
「おかしいんじゃねーの」

と思われる方々もあるかと思います。


しかし、嫌な思い出は男子部長が克衛さんから代わり、
私が隊長職になってから以降だけで、
それ以外はほぼまったくそんな事がないんです。。



例えとしてはおこがましいとは思いますが、
私の顕正会時代の楽しかった時期は
「戦争時代」
という感覚です。。(経験した事はありませんが・・)


密度の濃い同志との繋がりの中、
日々に先輩から指導や励ましを受け、
戦いにこれまた日々打って出る。。


際限なく、そして自分の知り得る知人・友人を手当たり次第に当たり続ける。
とても苦しくもありましたが、それ以上に使命感・達成感・同志の歓喜─
また「大聖人様に御応え出来る悦び」という思いがとにかく大きかった。。


また後輩が出来て、
その子たちが自分以上の事をやったり、失敗したり、
新しい子を引っ張って来てくれたり、
権力者に呼び出されたり、不良が家に押し掛けてきたり、
埼玉・山梨、そして九州の最南端に車で行ったり。。


そんな非常識ばかりが日常で、
時には疲れすぎて同志の家に泊まったり、
深夜に一緒に遠方から帰途につくまでの雑談を楽しんだり、
夜を徹して戦い、無睡で職場に向かったり。。
もう本当に戦いが全ての中心でした。


とても真剣で、とても懸命に突っ走った時期。

それらの行動のすべての原動力であった、

「顕正会は大聖人様の仏法を唯一正しく行じている団体」

という事が今、私の中で崩壊してしまっています。



でも、私は顕正会を恨んではいません。
顕正会で信じる事を選んだのは私自身の決断だったからです。


そして、あの空気の中でないと
大聖人様をあれだけ真剣に信じるに至れなかった、とも思うのです。
毎日毎日、勤行の確認や結集に来る熱烈な先輩が当時はイヤでイヤで・・・
余りにイヤで無断で引っ越したのですが
すぐに先輩の逆縁者のせいで見つかり観念しました・・


しかし、そのおかげもあって一分なりとも
大聖人様の御事を知り、信じるに至る事ができました。。


唯、それが邪教だった事はこの上ないショックでした。


しかし、経た過去と経験、そして得た知識はすべて活かさねばいけません。


多くの御法主上人が邪教の出身ですし、日興上人でさえ天台の出身です。
その日興上人は大聖人様の御弟子になられてよりは、
猛烈に天台の破折をされています。

元・顕正会員の方々の経験や声こそ、
一番強烈で有効な破邪の剣に変わります。

だから私もまだまだ
声を上げていこうと思っています。

(最近、私事で多忙だったので反省してます。。)




※本ブログは騙されている顕正会員の方々の
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