いつも御読み頂き有難うございます。。



先日、幻の総支隊長が先の12/3に広島県で開催された、
「中国・四国大会(中四国大会)」
において幻さんの顕正会時代の後輩である高知の第15部幹事が発表した、
「徳島県の敬台寺の御会式の件」
につき関心の高い情報を密かながら掴んでおります。


↓幻さんのblog
http://blog.livedoor.jp/maboroshi7729/




私も翌日にその登壇の音声を聞き、
本当に何とも言えない気持ちになりました。



なにせ・・・・・
当日、法話を担当されていた妙眼寺の御住職が、
「日達上人が悪臨終であった」

と語ったと発表したのですから・・・・・



その上、、
その御会式に妙観講の方が顕正会員の方を参加させた所、
法話中に慌てて その顕正会員を外に連れ出し、
その法話の内容を聞かせなかった、と。。。。




・・・・本当にそうなんでしょうか。。。


事実確認をとった上での登壇発表だったのでしょうか。




私が現役時代の大会の場合、
登壇原稿は大会前に上長に添削確認をしてもらう事に
なっていました。



中四国の第15男子部の部長は
本部職員・K沼総務



この内容が「間違いないもの」と、
きっちり確認してGOサイン
を出したのでしょうか。。
それとも何も確認せず、
15部幹事の原文をほぼ採用し、そのまま登壇させたのでしょうか。



少なくとも───



私の方で色々と聞いている情報は
顕正会で発表された内容と180°異なりますが・・・・・


まぁ・・・・・
事実はその内に伝わってくるかと思います。。。



そして今、
幻さんの所では入信歴二十年を越える方が贋作本尊に騙された事につき、
怒りに打ち震えており、この第15部男子部幹事に
「正宗との対論」
を迫ったそうです。


◆高知の第15男子部幹事、後輩に対論を迫られる(題名:幹事)
http://blog.livedoor.jp/maboroshi7729/archives/28279632.html





速報では第15男子部幹事は断って来たという話ですが、
今後の展開はどうなっていくのでしょうか。。。

◆第15男子部幹事、対論断る(題名:逃げる男子部幹部)
http://blog.livedoor.jp/maboroshi7729/archives/28310831.html





個人的にはこの幹事の上長である、
第15部長のK沼総務の出番ではないかと思います。



私も数年前は第15部に所属していました。

あの組織に於いては対論に応じる・応じないは
第15部長であるK沼総務の姿勢
で決まると思います。
部幹事の一存では決めれない案件だからこそ
返事が即答できなかったのだと思う所です。



断って来たという事は、また逃げるつもりなのでしょうか──
そしてまた組織に
都合の良いウソをばら撒くつもりなのでしょうか──



昨年の春から夏にかけての事ですが、
本部職員でもあるK沼総務は
「SOPH...に会いたい」
と私の後輩幹部の子に言っていました。


しかし、いざ私が対論を迫るとK沼総務は私に対し
「対論の資格がない」
と、「会いたい」などとは全く正反対の回答のメールをよこし、
再三に亘っての対論の要請に応じる事無く逃げ去ったままです。


◆逃げる大幹部の話
http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/8646801.html




私は中国・四国地方の第十五男子部の悲劇は
幹部の非力と不誠実にあるとつくづく思います。



数字の要求、登壇・人事推薦の要求は厳しいクセに、
いざ対論を迫られると
部長職(総務職)ですら簡単に開き直り断ってきます。
それに平気でウソをつける姿勢は本当にどうかと思います。



会員の方々が
熱狂にある内は顕正会を信じる事は致し方ありません。


しかし、いつか───
多くの方々が顕正会という熱狂から冷める時が来ると思います。



その時、私どもが言っている事や、
また幹部の対応の話など。


きっと色々な事が胸に収まる時が来るかと思います。



私どもがウソをついているのか、
それとも浅井会長や大幹部達がウソをついているのか・・・



きっと多くの方々が自然な形で
「事実」がどちらかを知ってくださるものかと思います。






さて。。。。


青森の脱会をした女子部班長の事です。。


この班長の
入信は平成十五年。
題名には「顕正会歴15年」となっていますが、
正確に言えば14年数か月でしたが、端数は繰り上げさせて頂きました。


入信のきっかけは
地元の同級生の縁だったそうです。


それも高校時代の入信。。。



友人のお姉さんから始まった戦いの輪は
同級生の間で結構な範囲で広がり、
地元の人達も色々と入信したそうです。



しかし当の本人は
当初は顕正会の活動には消極的で
比較的のんびり状態が続いていたそうです。



そんな班長の組織活動参加へのきっかけは、
今回、この班長の上長の所に直談判に行った、
現在法華講員の元・顕正会副長だったWさんでした。。


班長が最初に就職した際、
このWさんとは同じ職場だったそうです。


当時、Wさんがこの班長を勧誘しようと接していく中、
共通の知人から
「その子、入信してるよ」
という事を聞き、それをきっかけにWさんは
この班長を顕正会の活動に引っ張ったのでした。



今でこそWさんは法華講員ですが
当時は顕正会の活動に情熱がありました。。。


その情熱が この班長を引き寄せ、
戦列に引き入れてしまったが為に、
それより班長は長く戦列に連なる事になりました。。。




班長がまだ入信していない今から約20年前の青森。。



平成十年の十一月に八戸事務所が閉鎖され、
八戸会館が建ちました。


現在、八戸には平成十九年に別館が建ち、更には茶寮もあり、
女子部は相当な組織数を誇っていますが、
平成十年当時の女子部は第30区の一個区体制だったそうです。
(神奈川の第3区から出た組織だそうです)


そして、平成十六年十二月に33区が新たに結成され、
そこから複数の区に分裂し、
現在青森は8個区の体制となっているそうです。




私がまだ現役で活動していた頃。。


その間でも東北の強さはよく総幹部会で耳にしましたし、
有名幹部の方もいらっしゃった事を記憶しています。
(中には謹慎になられた方もいらっしゃいました)



殊に平成二十三年の3.11の巨大地震以降、
青森県の六ケ所村で多く入信を叶える婦人部の戦いの内容は
総幹部会や顕正新聞で多く取り上げられ、
「本当に健気な戦いをしている」
と思ったものでした。



しかし、、
その戦いに関し、
実際に戦っていたある方の話を聞くと・・・・・


「玄関先で少し話を交わしたらすぐに入信勤行。
 しかも入信勤行が玄関で行われ、
 五分くらいで終わったのではないか。
 それに"顕正会"・"宗教"というキーワードは
 敢えて伏せていた」


と、非常に残念な話を後年に聞きました。。



どうやら・・・・・・
思っていた様な「健気な戦い」ではなく、
新聞を手にし、数集め的な内容の入信ごっこを
繰り返していた組織もあったみたいです。


現在でいえば
外国人狙いの戦いと似ているのかと思います。



しかしながら、
玄関で入信勤行というのはちょっと考えられない・・・・・
勿論、時間の短さも。。。


全部が全部では勿論ないと思います。


ですが青森県でも外国人を狙っている組織はあるそうで、
全国的に数集めを主目的とする会員は何処にでもいる事を思うものです。


同様の外国人狙いの話は
神奈川女子部でも聞きましたし、
在京の男子部、
またその他の多くの地域でも聞いています。


カレー屋はもちろん、港や空港、
また都内の外国人フェスなどで
他の組織と外国人対象者の取り合いになる事も聞きました。



私が長く戦った尾道の地域でも
”しまなみ海道”の因島や生口島と云った離島に赴き、
そこにいる外国人就労者を狙った勧誘も聞きました。



中には真面目な組織はあると思います。


しかし、戦いの内容に目を向けず、
数字集めを繰り返す組織が多くある事は事実です。

そして、
その数字のあがる戦いを有難がっている幹部の方もいます。


外国人を狙っての大量入信で誓願達成。。
それで
「勝った、勝った」
と喜べる感覚が私にはわかりません。


"何に勝ったのか"
を少し考えれば見えて来るものがあるハズなのですが・・・



顕正会の中では有名な
「何があっても大丈夫」との指導。。


いつのまにか
「何をやっても大丈夫」的な戦いの内容に
堕ちてしまっている組織もある様に思います。



外国人の入信比率が5割を越える組織が多くあると聞いては
本当にどうなってしまっているんだろうと思います。


縁故があれば話は別です。

しかし、誓願の五割を越えるなど、
外国人を狙っていかないと出来ない比率だと思うのです。




この脱会した青森の班長もよく港に行き、
外国人に話し掛けたと言います。


昨年までは日本人中心の戦いだったそうですが
本年は外国人勧誘に舵を切り、
複数の外国人の入信を叶えたそうです。



元々はそんなに勧誘は得意な方ではなかったそうです。

しかし、やらなければ上長からの
追及に値うのでやるしかなかったそうです。



班長は言っていました。

「なんかですね、あの時はフッ切れてたんですよ」



悲痛な本音が聞こえた気がしました。。



”顕正会員”として生きていくには
やるしか選択肢がなかった、という印象を受けました。




班長は顕正会時代を回顧する中、
「それなりに楽しい時期もあったんですよ」
と語っていました。


気の合う同級生や
親切な先輩達もいたみたいなので、
話が弾む事も沢山あったのだろうと思います。



唯、所属組織の編成が度々あり、
総班長が入信してから5回以上変わったそうです。



総班長が最後に変わったのは約二年前。



同級生が総班長の体制となり、
班長にとっては結果的に最後の総班となりました。



青森女子部はH.25年7月にM宮総務が指導担当となりましたが
一年未満くらいの任期だったそうで、
その後に総合女子部長が来ていた時期が少しあり、
H.27年8月からI田総務が指導担当となりました。



それより勧誘の指導が加速していった感があったそうで
途上、「毎週総班で二名」という目標もあったとか。。
  (※小さな総班で外国人なしでやり続けれるのは不可能かと)



そしてH.28.1月───
長く青森の組織を見られていた方が任から外れ、
新たな体制となったそうです。



勧誘が厳しくなった事もあったからなのか、

私の知る青森の方々曰く、
その辺りから明らかに空気感が変わっていった事を思うそうです。



今回脱会した班長にしても「変化」を感じておりました。




班長曰く、総班が変わった頃より心の中に

「おそらく私はもたないだろうなぁ・・・・」

という事を思っていたそうです。



戦いは段々に夜が遅くなり、
また色々と心労が重なる事も増え、

連日戦いばかりの日々となっていったそうです───



つづく





<関連>

・H.29年2月、東北で女子部幹部三名の除名処分
http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/13172829.html



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