徐々に折伏の動きを進め出しました。
また可能な範囲で御伝えするであろう、、と思います。。

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以下、45の続きです。。






平成十年、正本堂の崩壊後、戒壇の大御本尊様は奉安殿に御遷座されました。

正本堂が崩壊するまでの浅井会長の主張は先の記事と繰り返しになりますが

「誑惑の正本堂に
戒壇の大御本尊様を居え奉っているのがいけない。
すみやかに奉安殿に御遷座すべき。
それまでは不敬だから中止せよ」


だったのです。



だから正本堂が崩壊した後の平成10年4月以降、浅井会長は

「誑惑は根底から精算され、不敬は完全に解消された (顕正新聞平成10年4月15日号)

「顕正会は、今の宗門には、もう求める何ものもない
(顕正新聞平成10年5月5日号)

「戒壇の大御本尊様さえ還御あそばされれば、
顕正会はもう宗門に求める何ものもないのです。
解散処分を取り消すかどうかは、向こうのやることです
(顕正新聞平成10年7月5日号)

と言っているのです。



ですがその後、浅井会長はまた新たな邪義を立ち上げます。


「阿部管長はいま、正本堂の跡地に、奉安堂なる巨大な建物を建てんと企てている。
(中略)
戒壇の大御本尊様を利用して本山の収入を図るためであります。
『いいかげんにしないか』と私はいいたい
」(顕正新聞  H12.4.5号)




ついに
「御開扉料稼ぎ」の邪義の登場です。



この浅井会長という人は自分を正当化する為に他人の悪口ばかりを重ねる。
こんな事ばかりを繰り返しています。
そして取巻きの幹部が堂々とこの嘘を庇い、時には大袈裟にすら誇張し、

「浅井会長は昔から一貫不変」
「先生の仰せのままに世界情勢はなっている」
「先生の仰せは外れた事がない」
「正に浅井先生の仰せに諸天が感応している」


などとヌケヌケとほざく。
今、考えれば本当に馬鹿馬鹿しい限りです

あれだけ近くに仕えてる連中が
「浅井会長の主張は外れた事がない」
なんて思っている訳がないんです。

いくつも会長の言った事が外れているのは絶対に知っています。
だから火消しの為に班長会や集会、
日曜勤行などで会長を讃嘆し、フォローしているのではないでしょうか。
もし、「会長が言っている事は絶対当たる」
と連中が思っていたら本当の阿呆です。何も見えていない。


しかし、盲信だった時分においての私は、彼らの嘘を間に受けてしまっており、
その邪義と虚偽を組織に語り、組織内に浸透させてしまったと思います・・・
ちょっと調べればわかる事なのに・・・


ですが「調べる」という事が必要ないと思う程、
盲信時代は浅井会長・幹部を信じていました。
(それに、顕正会アンチの記事を絶対に信じませんでした・・・)

そして、そういう「疑わない」姿勢こそが
「浅井先生の弟子」であり「信心強盛」の姿と思っていました・・
今、思えば本当に浅井会長にとっては最高に都合の良い話ですよね・・・・


顕正会員の悲劇は組織内では情報が隠ぺいされ、また会長や幹部を強く信じさせられ、
その上、自発で調べない事なんです。
本当に限られた情報の上に答えが一つしかない環境です。

しかもその中で常に答えを押し付けられる。
「顕正会は正しい」と。。
そして頭から宗門を「謗法」と決めつけ、理解しようとしない。

私の幹部時代は正にそういう状態でした。
だから「顕正会しか」なかったのです。

唯、降格後の晩年は隊長クラス以上の
幹部には疑念を通り越し、 怒りを持っていました。
それでも会長を信じ、「宗門は謗法」と思っていたので
「男子部はおかしいが、顕正会自体は正しい」
という複雑なスタンスでしばらく過ごしておりました。

余りにおかしい理屈なんですが、
そんな状態でも尚、 「顕正会」に執着していたのです。



だから顕正会を長く続けた方や、信じてしまっている方々が
疑いを持ってもなかなか辞めれないという御気持ちが一分なりともわかるのです。
しかし、一度顕正会に疑いを持ってしまったら、何処かで尾を引き、
本当に純粋な思いには二度とはなかなか立てなくなったり、
ふとした時に疑いが噴き出てくるものと思います。

私は組織の糞幹部の対応や指導に長く我慢をしましたが、
やはりダメなものはダメでした。
ましてや今の顕正会自体の指導内容なんてスカスカ過ぎて、
本気で頑張っていた人の気持ちが再燃する事はかなり難しいのではないでしょうか。

経験上、
疑念を断ち切るには一度 反対の意見、
つまり宗門側の話を直接聞いてみる事をお勧めします。
表と裏を知って整合性がとれるかどうかを考える事はとても有意義な事です。


私達の場合は「宗門には今は移らない」という事を前以て伝え、
それでも話に応じてくれますか、という体で
幻の総支隊長こと下元さんや樋田さん等の法華講員の方々との話合いに臨みました。


唯、純粋に顕正会が正しいのか間違いなのかを知りたかったんです。


結果、顕正会は想像以上の邪義にまみれており、またニセ本尊の確信は不動となり、
納得して後日の機会に籍を移させて頂きました。

顕正会と違い、正宗は疑心の強い内は逆に御受戒は断られます。
だからもし、私の記事を読みながら顕正会組織に不安がある様でしたら、
御近くの寺院を尋ねるも善しですし、
我々みたいな元・顕正会員の者を尋ねるでもして頂ければ・・と思います。
直接お話する事で理解できる事や感じるものが大いにあると思うのです。

その上でどちらを選ぶかを決められては─  と思っております。
盲信の幹部達のワンパターンの指導は
浅井会長の一方通行の話だけを鵜呑みにした「正しさ」を主張するだけではないでしょうか。
その姿は裸の王様の如きであり、正しさを貫く姿ではないと思います。


私の場合、H.27の初頭から一年以上、組織に不信を感じながらも悶々と未活動生活をしておりました。
唯、法華講員の方々と本年四月から論を交えた事で
邪義の理解が進み、遂に腰があがったのです。
だからこそ、顕正会員の心のまま、正宗と正邪を論じて欲しく思うのです。
衝撃を受けると思いますが、そのショックで正法へ方向転換に至る事も多く有り得ると思います。



さて、、
「御開扉が金儲け」の邪義ですが、会長の発言を以下見てみます。
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阿部管長はいま、正本堂の跡地に、奉安堂なる巨大な建物を建てんと企てている。
(中略)戒壇の大御本尊様を利用して本山の収入を図るためであります。
『いいかげんにしないか』と私はいいたい」(顕正新聞  H12.4.5号)



「貴殿(日顕上人猊下のこと)が」いま為しているのは、『内拝』ではない。
恐れ多くも戒壇の大御本尊を利用し奉っての『御開扉料稼ぎ』である
だから貴殿は常に法華講員に『登山せよ、登山せよ』と鞭を打つ。
(中略)直ちに濫りの御開扉を中止し、
近き広布のその日まで、日興上人の御心のまま、もっぱら秘蔵厳護し奉るべきである」
(重ねての対決申し入れ書)

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かつての
「不浄の正本堂からすみやかに奉安殿へ御遷座せよ。
それまでは御開扉を中止せよ」


という邪義と上記は明らかに変節しています。
”不浄の正本堂”
がなくなってより、新たに批判を重ねる為に出てきた邪義がこの「御開扉料稼ぎ」です。


此処で考えなければいけないのが
「御開扉料稼ぎ」
という以上、どう稼いでいるのか、という事です。

御開扉の御供養は現在2000円ですが
これは御開扉料云々を言い出す遥か以前の時代と額はほとんど変わっていないのです。

また、登山の頻度を増やしたのかと言えば昭和四十七年発行の「日蓮正宗大石寺」には
「昭和36~47年の間は毎日御開扉が行われており」
今の週四日よりも余程頻度は多いのです。

この件はいつもながら
セロリさんが素晴らしい記事を書かれているので是非、
紹介いたします
。(文証の写真つきです)
http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/12754491.html




御開扉の回数も少なくなっている上に、
御開扉の御供養は額面・性質を思えば
「金儲け」と言える類のものではないと思います。


しかし顕正会の中にいればそういう事を考えず、
浅井会長の言うことが真実となってしまいます・・・

それ故に顕正会員の中だと戒壇の大御本尊様を
「生身の御仏」と拝し奉る信心の方は余りに少ないのではと思うのです。



「生身の御仏」たる戒壇の大御本尊様の
御元に仕える御法主上人、そして御僧侶がもし御遺命を破壊した謗法集団であるならば
生身の御仏・日蓮大聖人様が
数十年の長きに亘って謗法者を呵責もせぬまま御傍に仕えさせ、許し続けるものなのでしょうか。
また御開扉が本当に不敬なものであればそれを大聖人様が許し続けるものなのでしょうか。


私は絶対に有り得ないと思うのです。

それとも顕正会員の方々は
「そうだ、大聖人様は謗法の宗門を責められていない」
「大聖人様は騙されておられるのだ」
とでも言い出すつもりなのでしょうか。
どういう見解が出て来るのか、是非 聞いてみたいと思っています。




少し見方を変えてみて下さい。
浅井会長の側の主張から日蓮正宗を見たならば、
正宗は ”謗法”という邪義で固められている以上、現今の顕正会員の如く、
正宗は謗法なのだと思わさせられるかもしれません。

しかし浅井会長の主張から見るのではなく、
「戒壇の大御本尊様は生きてまします大聖人様」
という所から見れば、答えは変わりませんでしょうか?

つまり、「生きておわする大聖人様」がまします以上、
そこに御仕い申し上げているのは間違いなく御法主上人・御僧侶であり、
大石寺を守り、化儀化法も守られている事もそうです。

その御法主上人を否定し、御僧侶方を腐敗堕落と罵る浅井会長。

戒壇の大御本尊から会員を遠ざけ、血脈も否定し、
大聖人様も大事にせられた塔婆供養を否定し、ニセ本尊まで作製している浅井会長・・・
どちらが謗法か 明白ではないでしょうか。




また、「御開扉料」というのは御供養です。
大聖人様の御元に馳せ参じる以上、手ぶらの参詣ではなく、
御供養を申し上げるのは当然の事ではないでしょうか。
「御開扉料」という言葉をわざわざ使っている事にしても
大いなる悪意を感じます。



そして浅井会長は日蓮正宗が
「登山の強要」の如きの内容を言っていますが、
その証拠となるものは一体何なのでしょうか・・・

私の知る範囲で強要されて登山したという方はおりませんが、
浅井会長や顕正会員諸氏は
誰に正宗が「登山の強要をしている」という話を聞いたのでしょう?
その出所が一体何なのか是非、知りたい所です。


反詰すれば私は顕正会の「大感激」と銘打たれていた大会や集会・班長会、
これらの集まりが
「本当にくだらない」「感激しない」
と言っていた現役の方々を多く知っています。
ですが これを顕正会から言えば
「そんな事は嘘だ」
「信心がない者だ」
などと言うのかもしれません。
勿論、誰がどれだけ感激したか、しなかったのか等、調べようもない話ですから水掛け論です。

『御登山を「強要された」などと言っている人がいる』
という話もその類の話で、
どれだけの人がそう思っているのか、
本当にそうだったのか等、調べようがないものだと思います。


しかし浅井会長は指導者の立場で顕正会員に対し正宗の御僧侶方が
「登山せよ、と鞭を打っている」
「御開扉料稼ぎだ」

などと言ってしまうのですから、会員にそう思わせる様に煽動しています。
調べようがない、確証の掴み様がない事であっても
自分の都合の為には平気で噂話の段階であっても組織に垂れ流す。
ともすればたった数名の法華講からの脱会者の我見であるだけなのかもしれない話なのに─

そういう姿勢だから過去、妙観講に対し
「J子の日記」などという学会発のまったくのデタラメ記事
を平成十七年五月十五日号の顕正新聞に於いて顕正会組織に垂れ流し、
その後 妙観講に訴えられ、平成二十年十月三十日に
名誉毀損による損害賠償金の支払いを命ずる判決を受ける、
という痴態を晒しているのです。
http://www.myokan-ko.net/about/legal6.html

こういう都合の悪い事は一切公表しないのが顕正会です。


浅井会長は「御開扉料稼ぎ」などとほざいていますが、
法華講員は戒壇の大御本尊様に御値いする事を本当に有難い思いで登山に臨まれています。
生身の御仏様に御値する、という純真な思いをされている多くの法華講員の事実は、
顕正会側からはわからないでしょうし 信じないかもしれませんが・・


また「付け願い」の事。
平成二十一年五月五日号の顕正新聞には

さらに許し難いことは、登山の強要ですよ。
「毎月登山しろ、登山しろ」と末寺住職が強要する。
   「今月は都合悪くて行けない」と断ったら、
「おカネさえ払えば登山したことになる」と言って「付け願い」なるものを勧めたという。
カネと員数だけが目的なのです。
口にするのも恐れ多いことですが、
まさに戒壇の大御本尊様を、カネ儲けの道具にしているのです。
こういう輩を「禿人(とくにん)」というのです


と浅井会長は説明しています。
上記の事を正教寺の御住職に話した事がありますが、
かなり憤って仰いました。

「私たちが"供養しろ、供養しろ"と言ってる? そんな事は一度たりとも言った事がないし、
御供養というのはそういう性質のものではないんです!
(浅井会長は) 何を言ってるんですか!!」

と。
また、御住職は登山にしろ、付け願いの強要にしろ聞いた事がないと呆れておりました。

「付け願い」について、そもそもが浅井会長の説明は悪意にみなぎっております。

実際は体が不自由な方や、支部登山などの日程にどうしても参加ができない場合や
遠方の方々など、参加したくてもできないという状況がある方々に対し、
御開扉を受けられずとも、
その志を猊下様に信徒名簿に加えて頂き 御祈念を御願いする、
というのが「付け願い」であり、強要するというバカげた事ではなく、
御信徒から御願いを受けるものなのです、と言われました。

浅井会長の言っている事とは全く逆の尊い事なんです。





「不敬の御開扉」、「御開扉料稼ぎ」
本当にくだらない難癖の邪義だと思います。
自分が除名となり御登山が叶わぬからと言って、
邪義を振り撒き否定に走るに至るとは、正に日淳上人が仰せの所の、

而して極理を師伝せざれば我見に堕するを免れず
此二途を完うして智見初めて具はるを得る。

然るに古来聖祖門下に於て御書を手にすることを知つて、
極理の師伝を知らずこれを忽がせ(いるがせ)にするもののみを見る、
此れが為に我見に堕して救ふべからざるに到る。

誠に嘆ずべきである。


「師に付き従う信心が無き故に我見に堕し、
正当な極理を師伝している者は少なく、また軽んじている者ばかりであり、
此れが為に我見に陥り、救いようがないまでに至る。
誠に嘆かわしい事である」

のままだと思います。

それに私は思います。。


・・・毎年毎年、広布御供養や顕正新聞は
「前年比110%」
とか言っている糞団体がどの口を以て
日蓮正宗を「金儲け」とほざいてるのか。

ましてやニセ本尊の広布に供養?
どこまでふざけているのか、としか思えない。


私が広布供養の参加を辞したのは、
このお金が糞幹部どもの給料や全く無意味な集会の交通費などにも使われると思っただけで
広宣流布の役には立たない、と思い 辞めました。

供養は邪教を生き長らえさせますから絶対的に大罪を作ります。
最近の97隊では前年よりも金額が少なかった場合、
幹部から「昨年よりも額が少ない」と連絡があり、金額の増額指導までが横行しています。
本当に愕然としました・・・


こんな団体に「カネ儲け」などと言われる筋合いはありません。
顕正会こそ嘘で固めた広宣流布を餌にした「広布御供養」、
人件費を浮かせた出仕などでまかなう芙蓉茶寮等、
多く利益を貪る「金儲け」に走っていませんでしょうか。






※本ブログは騙されている顕正会員の方々の一助足り得る事を願い立ち上げるに至った次第です。
以下相談等の窓口ですので何か思い至れば御連絡下さい。
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