先日は珍しくスポーツの話をしてしまいましたが、
また折を見て書きたく思います。

最近はK峰さんや克衛さんの話題が少しあり、、
色々と昔を思い出す機会に恵まれました。

過去の事を思い出す中、
私が入信した平成十一年当初、先輩が熱く語ってくれていた
「広宣流布・国立戒壇建立」 の話を思い出しました。。



顕正会員は勧誘の際、もしくは入信直後より

「大聖人様の御遺命は広宣流布・国立戒壇建立」

と教えられます。

私も勿論、その内の一人です。


口頭でよく聞いたり語っていたのは


「広宣流布の時は順縁と逆縁の真っ二つに分かれる。
その時、国家的な賞罰の体験で(地震など)
逆縁者は皆、大罰で仏法に気付き、一気に帰依する。
そして国会で仏法が審議され、
仏法が国教と認められ天皇が受持する」


「だから広宣流布は一気になる」


そういうプロセスをよく聞いていました。


だからとにかく「順縁広布」をひたすら目指し、
勧誘を進めに進めていく事が一大使命と思ってやっていました。。


勧誘を進めていくと究極の所、順縁か逆縁の二者になります。
そこで、


「順縁・逆縁が真っ二つになる時、
正に ”一時に信ずる事あるべし”
の御金言の通り、ものすげぇ体験を俺たちはするんだよ」


「守られる者と罰を受ける者に分かれる」


「それまでに家族・友人、皆に
知らしめてあげなければいけない」


「自分たちの使命はデカい」

「自分たちの勇気次第で救える人がいる」



こういう語り合いを若い時分に多くの同志に語り、
また勧誘の席でも語りました。


少なくとも私の考えは上記の様に染まっており、
これ程の大事、絶対に仏法は間違いない、
浅井先生は間違いない─



だから何とか縁のある人々を救いたいと思い、
懸命に説得もしたし、苦手な人にも連絡をとっていました。


きっと今の顕正会の中にも同じ道を辿った方々や、
現在進行形で文字通り、
自分の人生を賭けて進んでいる人が多くいるのではと思います。


顕正会が正しければ─
浅井会長の言う通りになれば本当に人を救う事になります。


ですが・・・ 今、私はそれはないと思います。



現在、脱会した顕正会員、また現役の幹部の方々も含めて
多くの方が疑問を口にする、

「六千万の国民投票」─

一番最初にこの話が出てきたのはH.23.11.28の総幹部会だったと思います。

顕正新聞H.23.12.5の顕正新聞には


『そして、このうねるような信心の熱誠、
燃えるような戒壇建立の熱願が国中に満つるとき、
この国民の総意が、国会の議決となり、閣議決定となり、天皇の詔勅となる。
ここに国家意志の公式表明による、
御遺命の国立戒壇が富士山天生原に建立されるのであります。

では、国民の総意とは、具体的にはどのように表わされるのかと言えば
国民投票による多数決で決せられる。
すなわち、日本国民の過半数の六千万人が
戒壇建立を熱願するとき、大事は決せられるのです。

まさにこの国民投票こそ国立戒壇建立の関所であります。

大聖人様の御威徳により、このことは、時至れば必ず一時に成る。
広宣流布はいよいよ最後の直線コースを迎えているのです。
大聖人御馬前の戦いとは、まさにこのことであります』



という事を言いだしました。

当時は150万を達した時だったと思いますが、そこで打ち出された路線が

「六千万の地涌出現」
「国民投票」


という事でした。
この内容は正直、現役の時よりスカスカの内容と感じていました。
ですが会長が言う以上、口を合わさねばいけない・・・
そういう事情があり、ある意味ではとても難しい内容の話でした。。



平成二十年の十二月の新青年会館落成の時だったと思いますが
男子部の大幹部より会長の指導の後の打ち合わせで

「浅井先生の胸の内には既に広宣流布の青写真がある」

という話を受けた事を記憶しています。


確かあの席の指導で浅井会長は

”こんな目出度い日でも顕正会は盃を交わさない"

"天生原までの御共を終えた時、初めて全員で盃を手にしたい"

という旨の発言をしました。


その時、私も末席に参列していたのですが、
その式の中で会長の発言の後、会場の至る所で嗚咽が響き、
泣き伏す方々が多くいたのを覚えています。
(ビデオではそういう嗚咽は入っていなかったと思います。
 ですが会場では相当な人数が泣き伏していました)


そういう昂った空気の中での指導だったので記憶に残っています。


ですが・・・
その青写真が
「六千万」だ、「国民投票」だ、、という事はちょっと・・・と思います。


100万以降、弘通は失速を続け、
外国人入信に舵を切っても勧誘の進捗は加速はしていません。
ましてやネット環境が整い、顕正会の実情や疑惑の本尊問題等が容易に
情報として飛び交う昨今、人材の育成は相当に難しくなっていますし、
その中での六千万などの発言は無謀にしか思えません。

現状、目下は二百万が目標かと思います。。
しかし・・
2020年代に六千万が必ず成る、、
というのは会員でもすんなり入っていかないと思います。


おそらく普段、顕正会員はこの話は本気で取り組んでおらず、
会合の時に少しだけ熱っぽく語り、
また登壇の時だけ原稿に書き入れたりしてるだけの扱いなのではないでしょうか。



櫻川さんのブログには

『平成25年3月度総幹部会で、
浅井会長は安倍政権を批判して
「よく見ててごらんなさい」と述べ、最後に大言を発して講演を結んだ。

・二〇二〇年代こそ、広宣流布の決戦場
・ この決戦場に、六千万の地涌の菩薩が馳せ参じ
・ 六千万の地涌出現は必ず間に合う


浅井会長は、
「二〇二〇年代に顕正会の会員数が必ず六千万となる」
と期限を切って、途方も無い数字を言い切ってみせた。
顕正会員諸氏には、大事なことであるから冷静に、よく考えてみて欲しい。

広宣流布の決戦場たる二〇二〇年代の最後、会長の年齢は98歳となっている。
浅井昭衛氏が
「六千万の地涌出現は必ず間に合う」
と本気で思っているなら、妄想も甚だしい。
もはや正気を失っている、と言われてもしかたないだろう。

六千万など無謀な幻想と判った上で、
敢えて「必ず間に合う」と煽動しているなら、
会員を誑かす悪質な組織ぐるみの詐欺である。

いずれにしても異常者か詐欺師か、そのどちらかということになりはしないか?
浅井会長の言葉を借りて云おう。「よく見ててごらんなさい」

今の推移で行けば二〇二〇年代が過ぎても、
顕正会は300万会員にすら達していないだろう。
これまでも、
「あと二十五年(平成19年)で人類絶滅」、
「一千万はあと15年(平成25年)」
等の言明に、浅井会長は煽動の責任も取らず何の釈明もしていない。
まるでそうした言及など、過去に一切なかったかのようだ。
そうであれば未来の六千万も、また同様の顛末と見るのが当然だろう。


いわんや、二〇二〇年代の終わりに
浅井昭衛氏が存命している可能性は、ほとんどないのである』

櫻川さんの記事→http://blog.goo.ne.jp/kensho_kai/e/0aadcc9c991daeb9cb133acd3bd9f9f0

またセロリさんの記事
http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/9868825.html?__ysp=5rWF5LqVIOWFreWNg%2BS4hw%3D%3D

本当に鋭い御指摘です。。




尚、私の率直な気持ちを言えば、
六千万だとか、国民投票だとか言わなければ良かったのに。。
と思ってしまいます。

浅井会長は
顕正会広宣流布の具体的な姿を見せようとしたのでしょうか・・・



いづれにしても、ほとんどの方々がこの六千万説には冷めていると思います。
何とか熱を入れようと御生骨の話を持ってきたりしていましたが、
それも裏目に出たのではないでしょうか。

ましてや・・・
「どんなに遅くとも御生骨が光れば一気に皆が信じる」

という所から、
「その光った御生骨を映像で世界に配信する」
という事まで口にしたというのですから・・・・


大石寺の秘宝を映像で配信・・・・・・・
それは絶対に有り得ない・・・と思っていますし、
この説を聞いて爆笑していた現役の会員の方々を複数知っています。



かつて浅井会長の指導は


『私は、広宣流布の目標を、三つの段階に分けて考えております。

第一の目標は百万の達成であります。
第二の目標は一千万、
そして、第三が一億までの弘通であります。


まず第一の目標百万を、私は今後十年で成しとげようと決意しております。
そして百万から一千万までを次の七年で成しとげる。
さらに一千万から一億の弘通を、次の七年で成しとげる。
これが私の決意であります。
非力の凡夫の成し得るところではないが、
御本仏の守護を頂けば必ず成しとげられると、
わたしは確信しております』  (顕正新聞 S.61.4.25日・5.5日合併号)


とありました。
これは数字は全く達成はできておらず、
出来ていれば既に日本国は2010年辺りで広宣流布している計算になります。


また、広宣流布の定義については


『広宣流布には厳然と終着点がある。
すなわち「日本一同に南無妙法蓮華経と唱へ」て
「勅宣並びに御教書」が申し下されるその一時点こそ、
終着点であり、戒壇建立の時なのである
』 (正本堂の誑惑を破し懺悔清算を求む )


『かくて一国一同に大聖人にいのちかけて帰依し奉る時が広宣流布である
すでに凡慮の及ぶ所に非ず、故に
「ただをかせ給へ、梵天・帝釈の御計として
日本国一時に信ずる事あるべし」(上野抄)
との仰せを拝するのである』 (正本堂に就き宗務御当局に糺し訴う) 


という事も述べていました。
しかし、当然わかる様に上記の内容と今、出てきている説である、

「六千万」
「国民投票」
「光を放つ御生骨を映像で世界に配信」

などとの内容とは全く異なります。
しかも変節の仕方が非常に悪い、、と思ってしまいます。。


最後、2013年の櫻川さんのblogを紹介して終わりますが
本当に切れ味が鋭い、、と思います。。

櫻川さんの記事 (新説「事実上の国立戒壇」) ↓↓※是非読んで下さい
http://blog.goo.ne.jp/kensho_kai/e/08191e0a79c28fc45bb26ea0e229d716




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