遅ればせながら顕正会は教学試験の月ですね。。
この週末の22日も試験ですね。。


登用試験、五級・四級・三級が私の現役の時代にはありました。。

私は平成二十七年の三級試験の直前に組織を去りましたから四級止まりです。


平成二十六年の十一月末までは微かではありますが戦う気があり、
またこの時の三級試験には組織内でトップになってやろうと思っていたので
よく覚えています。


ですがその試験の前に、
「本部通達」というバカらしい内容の通知が当時の隊長から来て、
その内容のバカバカしさに気持ちが全て切れました。
「教学試験」と聞くとその時の事を思い出してしまいます。
僅かに糞幹部に対し歯止めがかかった状態だったのに、
あのバカらしい内容を聞いて
本当にくだらない連中だと心の底から思った瞬間でしたので・・

→バカらしい本部通達
http://blog.livedoor.jp/ishinikoganewokae/archives/5606047.html



また、この教学試験における登用試験。

初歩的な内容になるので多くは入信新しい方の参加がほとんどですが、
”日蓮大聖人の仏法”
としての基礎的な内容はあるものの、
「浅井会長の仏法」
を刷り込むべく試験内容に取り入れています。

試験にする事で会長の望む事を真剣に学び、
そしてそれが解答になる為、
教える側・学ぶ側の皆が
顕正会の都合の良い事を刷り込まれ、正しいと思い込みます。


出題の中には必ず
三大秘法抄・一期弘法付嘱書があり、
当り前ですが浅井会長の著書の内容が解答なので、
自ずと御遺命の答えは
「広宣流布・国立戒壇建立」となり、
またその定義の内容においても会長の考えが解答となっています。


浅井会長が全ての発生源である顕正会の中にいた頃は、
「浅井会長の仰せが答え」
である事に 不思議なくらい違和感を感じませんでした。

ハッキリ言えば

大聖人様の仏法=浅井先生の仰せ

という感覚でした。


その上、会合の登壇を聞けば

「功徳に溢れ、歓喜の戦いが展開され、
結果、成仏も叶った

という内容が溢れています。

成仏も叶う以上、
「浅井先生は間違いない!!!」
と思ってしまいます。


その上、宗門や学会に対し、
「腐敗堕落の宗門」
「御遺命破壊」
という文言がひたすら並び、
誰が正義で誰が悪かが余りにハッキリし、
それらの内容が胸にすんなりと収まってしまっていました。

だから迷う事なく、

「学会・正宗は間違っている」
「僧侶は腐敗堕落したクソ坊主」


という認識で約十七年間を過ごしました・・・
本当に恐ろしい事です。。。


自らが絶対正しいとする浅井会長が率いる顕正会で、
反発や不信感や疑問があれば

「魔が入っている」
「信心が薄い」


と徹底的に指導され、
また「顕正会信心」がマスターされてくると、
疑問や弱気や怠け心が内から沸々と出てきても

「やべ、魔が入ってる」
「やらないといけない」


と自らの中から自浄装置が働き、心を入れ替え、
顕正会の活動に更に連なろうと頑張る様になったりもします。
また、幹部にも絶対服従の様な姿勢にもなってしまいます。。



「顕正会は正しい。浅井先生は絶対に正しい」

これが根底にある以上、
私の場合、心がブレるのは自分のせいにし続けました。


頑張らないといけない─

先生に御応えしないと申し訳ない─

進まざるは退転─

日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず━

各々思い切りたまへ、
此の身を法華経にかうるは石に金をかへ糞に米をかうるなり━

わづかの小島の主らが威さんを怖じては
閻魔王の責めをばいかんがすべき、
仏の御使と名乗りながら臆せんは無下の人人なり━



上記の様な事を本当に現役時はよく思っていました。
自分を奮い立たせる言葉をいつも探していたし、
言い聞かせる様にしていました。

浅井会長を絶対とし、
「浅井会長についていく事こそが唯一正しく救われる道」

そういう姿勢になる登竜門がこの登用試験かと思っています。



また、私世代の入信の顕正会員は
御書よりも圧倒的に会長の指導や幹部の指導に触れる機会が多いので
「顕正会で言われている話」
が信心の根幹として形成される傾向にあったと思います。


私が入信した平成11年以降しばらくは
克衛さんが男子部長で、また徳のある幹部の方々が多く存在し、
熱気の中に楽しさが充満していました。

また、「結集」がほとんど重視されず、
ひたすら折伏、折伏の時代だった事も楽しかった要因だったと思います。
顕正新聞を読む暇さえない、、それくらい行動に明け暮れていました。


後年、一緒になった組織の中に元・最強部隊・神奈川の第三隊の方がいて

「当時、顕正新聞読んでたら怒られましたよ。
 "新聞読むヒマがあったら戦え!”って」


って指導されてたみたいです(笑)

毎年4月の総幹では
"機関紙購読推進について"
なる登壇がありますが、
そこには「機関紙は信心の大動脈」と言っています。
なので、、ある同志と現役時代に
「昔の戦いは大動脈が切れてたんですね」
と、冗談で笑いあった記憶もあります。

でも、平成十年代はまだ そういう時代だったなぁ・・・・と思いますし、
不思議なくらい悪い思い出としてではなく、
楽しかった思い出と記憶しています。


話は戻り、
純粋培養で育った私の様な幹部が、浅井会長の話や著書のみを
「正しい」
と思い込んで突っ走り、後輩に熱弁を振るって必死に学ばせる弊害は
本当に今に至ります。。


会長の著書の内容を信じれば
日達上人が弱弱しく情けない人物像となり、
また日顕上人は本当に無道心で、仏法破壊のクソ坊主という人物像に
間違いなくなってしまうと思います。。
正義を貫いたのは浅井会長、唯一人と。。


ですが顕正会員に読んでみてもらいたいのは
昭和41年入信で平成17年まで在籍していた櫻川 忠さんの
「迷走する顕正会を斬る」
という本です。
この本は本当に顕正会員の方には読んでみてもらいたいと思います。

単純に顕正会を否定しているという類とは一線を画し、
浅井会長への敬意と感謝を持たれながら、
その功績と変節、邪義に至るまでの経過など・・奥深さを感じます。


また、「試練と忍従」の裏バージョンというか、
「元妙信講問題について」も読んでおく価値があると思います。
一部ネットにもコピーがありますので検索してみて下さい。
こちらは樋田さんのHPからのものです
http://toyoda.tv/myoshinkomondai.htm


実際に浅井会長達と接していた正宗側からの話です。
此処には浅井会長が語らぬ内容もあり、また、
日達上人の妙縁寺の下向の際の浅井会長とのやりとりが
試練と忍従の内容とは異なっていたりと、
色々と相違点が見えてきます。

(唯、著者の浜中氏は浅井会長親子の天敵の様な存在だったので
所々に悪意の感情が入っている事と、
一部、当時の間違いをそのままに書いている所があると思います)


もう一つ。。
教学の勉強会での思い出の一つ。

「日目上人の再誕は
もうこの世に出生されている」


という話でした。

私はこの話を頭から信じておりました・・・・・

聞けば結構、個人差があって信じてない方々もいるみたいなんですね・・・


唯、私の周囲は間違いなく、日目上人の御再誕は

「浅井先生以外 いらっしゃらない」

と思っていましたし、口に出して言っている方もいました。。

正宗の御僧侶が聞いたら
本当に目が点になるんじゃないかと思います・・・
が、間違いなく顕正会の中では口に出して語っている人もいると思います。


H.19年以前の私が支隊長時代の事です。
その当時は既に大学を卒業し、山梨を離れ尾道を中心に戦っていました。

支隊長時代は私は広島県にいながら山梨の組織でしたから、
定期的に開かれる山梨の集会にも後輩と共によく行っていました。

平成15~16年だったか、
ワゴンRで後ろの椅子を倒して布団を敷き、
足を曲げて後ろに2人で寝るなどして、広島から山梨に向け
深夜の大移動をしたりしての参加でした。

その内にステップワゴンとなり、また複数の車に乗り合わせ
多くの同志と参加する様になりましたが、
若さもあってか本当に楽しい思い出の一つです。

その山梨のある集会で、当時の役職は副部長だったかと思いますが
ある方が来て、集会形式ではなく「質問会」が一回だけありました。

最初の質問が私の組織の者で、何を言うかと思いきゃ
「宇宙人は本当にいるんですか」
だったと記憶しています・・・
まぁ、それはどうでもいいのですが、、、

その質問会の後半に副部長が浅井会長の話に触れました。
その内容は
甚兵衛講頭が子どもの頃の浅井会長に対し

「この子は頭も良いし、スポーツもできるし、友達も多い。
 孝行息子であるし菩薩様の子ではないのか・・」

と思われていたとの話から入りました。

そして、その話の中で日目上人の御再誕の話が出てきて、
はっきり言明はしなかったものの、
「もう浅井会長しかいないだろう」
という言葉だけを言わなかった旨の指導を、
多くの方があの時の甲府会館で耳にしたと思います。

その時の質問会の後の甲府会館の感動・熱気は凄まじいものがありました。


私は当時の隊長からも
「ハッキリ」との言明された事はないかと思いますが、

「もうそれしかないでしょう」 、、なるギリギリの話は数度聞きましたし、
支隊レベルの話し合いでは当たり前に
「浅井先生しかいらっしゃらない」
と聞いた事があります。

ですが一方で
「日目上人の御再誕は宗門から出て来る」
「浅井先生御自身が過去に"私は日目上人の再誕"ではないと言われていた」
という話も聞きました。


上記を見れば整合性がとれる話ではありませんが、
それでも私みたいな盲信だった様な方の中には

「浅井先生はかつては日蓮正宗だったんだから、
日目上人の御再誕はやはり・・・」

「時が来たら発迹顕本の如く、
先生は全てを明かされるのでは・・」

という話もありました。。


今は組織内部でどういう事が語られているのかわかりませんが、
浅井会長を日目上人と思われている会員は
やはりまだいるのかもしれません。。


ですが・・・・・


本尊の作製疑惑が付きまとい、塔婆や戒名を否定し、
日興上人の仰せの
「当門流に於ては御抄を心肝に染め 極理を師伝して・・」
に反し、
御書を隠して師を持たない日目上人が何処にいるのでしょう。。


既に顕正会の入信十年以上の多くの方々が離れ出して来ている感があります。
この勢いはおそらく此処からどんどんと増すと思っています。


四条金吾殿御返事には
「夫れ運きはまりぬれば兵法もいらず。
果報つきぬれば所従もしたがはず」
とあります。

顕正会の果報は既に尽きています。
所従がしたがわぬ日は月々に近づき、
所従の大きすぎる悲憤を
一気に受けるその日は必ず到来するものと
私は確信しております。




※本ブログは騙されている顕正会員の方々の
一助足り得る事を願い立ち上げるに至った次第です。
以下相談等の窓口ですので何か思い至れば御連絡下さい。
冷やかし等、悪意の内容には返信しない場合がございます。
他、私事で返事が遅くなる場合があるかもしれませんが
その場合は申し訳ございません。
→jitsujounoichizennikiseyo@gmail.com