2009年07月28日

いした小話  ハタハタの巻

hatahata




















いした会長 石田まちの思い出話。   


 ハタハタの巻


今朝方、薬の営業の人が店にいらっしゃいました。若い営業の人がお帰りになった後で我が社の会長「石田まち」がポツリと一言。

「営業ができれば一人前だ」とやけにしみじみ語ります。

ん?なになに?どうしたのかな?と周りがたずねると、、急に笑いながら昔の思い出話を始めました。

時は遡り、うら若き娘時代の石田まちさん。当時の女学校を卒業後、父親の急死により家業の梅干し屋を母親と共に受け継ぐ事となりました。慣れない仕事で苦労も耐えませんでしたが、そんなある日の事です。その年はハタハタという魚が豊漁で、日本海沿岸に住む親せきの人が「ハタハタをあげるから、売って商売の足しにしなさい」と言ってハタハタを沢山持って来てくれました。

そこでさっそく母親とともに、ダットサンというトラックの荷台にハタハタを積んで出発しました。(我が社の会長は地元で女性ドライバー第一号でした。)

あまり近所だと売れないだろうと考えて普段行かないような所を回ったそうです。回るとは言っても、ただトラックを走らせているだけでは魚は売れませんので、「ハタハタぁ〜!! ハタハタぁ〜!!」と叫びながら回る事にしました。

けれども、女学校出のうら若き娘のまちさんはどうしてもその「ハタハタぁ!!」が恥ずかしくて言えませんでした。声を出さなければ誰も気づいてくれず、せっかくのハタハタは無駄になってしまいます。しばらく最初は小声で言っていましたが、ついに思い切って「ハタハタぁ!!」と叫びました!!
が、しかし、どうしても「なーんちゃって」という一言がついてしまいます。

「ハタハタぁ!」「なーんちゃって」「えへっ」

お客さんにとっては、買って欲しいのか冗談なのかよくわからない売り言葉ではありますが、、。我が社の会長の初々しい時代を垣間見る楽しい体験談でありまして、事務所の中は笑いの渦となりました。

この話には続きがありまして、ハタハタ売りに出かけた親子はこのような調子で結構頑張って回ったのですが、「ハタハタぁ!!」もとぎれとぎれとなり、、ついには「もうかえろぅ」と言って引き揚げてきたそうです。結局「ハタハタ」の行先は近所や親戚の家々となりました。

今になってこそ笑える、当時の苦労話です。









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カネシメ いした  
 
創業100有余年、津軽の梅漬屋。
酸っぱいものから甘〜いものまで、梅、あんず、地元伝統のしそ巻製品多数。
荒塩、醸造酢など、こだわりの天然調味料使用。
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ishita_com at 06:15│Comments(0)TrackBack(0) いした の歴史 

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