2007年11月21日

055 ミシュランの「視る眼」


055 卑


















「卑」



日記を確かめたので間違いは無い。

1998年11月26日水曜日のことだ。

友人の個展を銀座プランタンで見た昼下り、
ひとりで、地下にある寿司屋を覗いた。

ランチタイムを過ぎており他に客は居なかったが
「いいですよ」との若い職人? の指示で
カウンターではなくテーブル席についた。

こちらから声をかけねば、おしぼりを出すでもないし注文を聞きに来るでもない。
一旦は帰ろうかとも思ったが、まあ世間で名の通った店である。
一度は話の種に、と踏みとどまった。

ビールと「にぎり一人前」を注文し、しばらく待つ。
付け台の中からではなく、調理場からビールとともに寿司が運ばれてきたのには参っ
たが、しかたがない、食い始めた。

と、あの下卑た顔の(もちろん私個人の感想であるが)
自称食通・山本某が、馴れ馴れしく店に入ってくると
高齢の主人らしき人が奥から出てきて、なにやら親しく話し始めた。
「今度出た本がどうのこうの」という内容であった。
狭い店内、すぐ横で、べちゃべちゃと喋られて気分の良いはずがない。

食い終わるなり勘定をしてもらったが、驚いた。
ビール一本とすし一人前(味はごく普通)で、5000円であった。


その寿司屋が明日発売の「ミシュラン東京版」で三つ星を獲得、だそうな。

数日前の発表の席上、件の山本某が「すきやばし次郎」主人の横に立っていた。
あれは、いったい何なのだろう。



ミシュランもたいしたことは無い。

2007年11月16日

054 年賀欠礼


054 礼


















「禮」=「礼」


年賀欠礼の葉書が届く季節である。

年を追ってその枚数が増すのは、まだ私が若い証左かもしれない。
あと十年経てば、賀状の数も減っているだろう、
私自身が存在を止めていることも考えられる。

人間生きていれば歳をとる。
そしていつかは、あちらへと旅立つ。
例外はない。

だから順番に旅立つのは、まあ良いことだ。
身内が胸をなでおろす場合もあるだろう。
ああ、親不孝をせずに良かったと。


父が死んで、その年の暮、私は欠礼の葉書を出さなかった。

30年以上離れて暮らす高齢の父であった。
私の父を知らぬ人に、その死を通知しても詮無いことだ。
身内の儀式に他人を付き合わせて、それが供養になるとも思えない。

冷たい息子なのだろうか。


喪中の事実だけを知らせ、
あとは自分の住所氏名のみの欠礼葉書がときどき見受けられる。
これは困る。

いったい家族のどなたが亡くなったものか。
父上なのか義母なのか、もしかして妻君やもしれぬ。
いや幼子という可能性だってある。

辛いことかも知れぬが、亡くなった方との関係と享年は記してもらいたい。

2007年11月14日

053 冬の東京、ピンク壁


053 彩


















「彩」



午前6時20分、晴天。
西の方角に並びたつ、それまで暗い無彩色だったビル群の壁たちが
一気にピンク色に染まった。

冬の東京で、私のいちばん好きな絵であり時間である。

そのピンクが徐々にオレンジに変わっていく。
そして、濃いオレンジが薄くなり、やがて黄ばんでくる。

その黄色もどんどん薄くなり白く反射する壁になる頃
もう今朝の東京景色、興味は失せる。

私の冬は今年、意外に早く訪れた。

2007年11月12日

052 半額券が使えない。


052 効


















「効」



新宿にある、行きつけの書道用品店の「半額券」が私の財布の中に在る。

9月に店頭でもらったのだが、これが使えない。困ったものだ。

昨日、表装を頼みに店を訪れた際、利用しようとしたら
「すみません。それ、表装加工の支払いには使えないんですよ」
と店員が申し訳無さそうに言う。
確かに、「墨磨り機、書籍、加工品は対象外」と書いてある。

それではということで、ちょっと高めの「筆」を半額にしてもらおうとしたのだが
「お客さま、この筆はすでに半額以下に値引きされているので、却って高くついてし
まいますよ」ときた。
確かに「定価の」半額券と書いてある。

和紙などにしても同様だ。この店、なんでも定価よりかなり安いのだ。

じゃあ、何に使えばいいの?と聞くと、その店員、
「そうですねえ、額縁などの高価なものがお得になりますけど」と言う。

しかし私の場合、非常にケチンボなので
額縁や屏風などは、必ず「半値以下の」バーゲンで買っているのだ。
しかも、店内にある額縁を見渡しても気に入ったものが無いのである。

結局、昨日は折角の半額券を使えなかった。

今月いっぱい券は有効なので、まだいいか、もう一回くればと思ったのだが、
よく考えてみると、買える物が無いのだから
いつまで経とうがこの半額券、「有効活用」されそうもない。
どうやら、使わず仕舞いの「幻の半額券」になりそうだ。

それでも捨てられない私の半額券、財布の中で期限切れを迎えるのだろう。

情けない。

2007年11月08日

051 民主党の敵は誰?


051 握


















「握」



「民主党に政権担当能力は無い」は、けっして口下手から出た言葉ではなかろう。

なにが「不器用、口下手」で「東北気質」だ。冗談にもほどがある。
自分の言い分が通らないからと無責任にも辞意表明しておきながら
党執行部や同僚議員が「憶測・誤解による混乱」を収拾してくれたから……だと。
小沢一郎が、いけしゃあしゃあと辞意撤回・出直し・代表続行だそうだ。

次の総選挙に政治生命を賭けるとのこと。いったい何個目の政治生命なのだろうか。
また、生命を賭けていた筈の「議会制民主主義」を否定し
「大連立」に走ろうとした小沢を、許すのみならず、
逆に懇願して代表に留まらせるというのは、民主党どういう了見なのか。
懐が深いのか(冗談)、人材不足なのか。小沢に握られている弱味があるのか。

自分たちの民主党が馬鹿にされているのだよ。
鳩山幹事長、菅副代表などは、もうあてにはできないが、
なぜ、岡田、前原、枝野、平岡さんあたりからも、マスコミ注視の民主党懇談会で
小沢復帰反対の意見が、はっきりと出ないのか。
「小沢一郎がいるかぎり、真の民主党たり得ない」と何故言えないのか。
本当はそう思っているのでしょ。

「仕返し」「制裁」の文字が脳裡をよぎるのだろうか。

そんななかで(小沢に対する)中途半端な発言をした仙谷、笹木?議員、
よほど怖かったのだろうな。声がうわずっていた。

これからいよいよ、小沢独裁民主恐怖党の幕開けか。


私は、べつに民主党シンパでは無いが、こんなことじゃあ いかんだろ。

2007年11月05日

050 小沢構想、成就か。


050 壊


















「壊」


これが、日本の政治の現状なのだ。

「大連立」策謀失敗の責任を取り?
小沢一郎、昨日突然の民主党代表辞任発表。

よっ、「壊し屋」。
結局この人、自分のことしか頭に無いのだろう。
我が儘が通らなければ、辞めるんだ。
こうなったら、子分を連れて自民党復党ですか。

そうすると今度は自民党が壊れ、相対的に民主党が大躍進……。

こんなシナリオ、民主党「代表」としての作戦だとすると
とんでもない「策士」ということになる。


いやはや。




参考=009(小沢)

2007年11月01日

049 再び、邦夫ちゃん


049 怯














「法」



やっぱり、やってくれたか。

鳩山邦夫さんのことである。

一昨日、中国から帰って最初に目にしたのがこのニュースであった。

「私の友人の友人がアルカイダのメンバーだ」では終わらず、
「バリ島で爆破テロがあるから行かないほうがいいと、警告を受けた」だと?

やはり、ご自分の立場をわかってない。お馬鹿さんである。
法務大臣という役職の人間が、たとえ冗談にせよ
外国特派員クラブの記者会見で喋ってはいけないことも判断できないのかなあ。
単に目立ちたかったのかなあ。


安倍さん内閣の末期に、彼が最後っ屁のつもりで仰ったことは
問題提起の意味でも、評価したかったのだが。

「法務大臣の判子がなくても、自動的に死刑執行!」案は一見乱暴に見えるが
みんなが避けている「死刑制度見直し」の観点からも意義のある発言であったはずだ。
なのに仲間の議員たちに文句を言われるや、即時撤回。
まあ何とも情けない御仁である。

ちなみに私は
現在の死刑制度に従い、確定死刑囚は、よほどのことがない限り
順次速やかに刑の執行を受けるべきだと考える。


関係無いが、中国では死刑が確定すれば即日の執行である。


2007年10月25日

048 気の早いネズミ

048 鼠


















「鼠」



久し振りに、大きなネズミに出遭った。

大手町・丸の内線プラットホームでのことだ。

地下鉄線路の脇をちょろちょろしているのは見かけたことがあるが
いくら始発前の早朝とはいえ、ホームのまん中にうずくまっているとは。

黒い毛皮の帽子が落ちているのかと思ったら、私に気付いてもぞもぞと動きだし
急に壁に突進して、自分の半分ほどの大きさの下水の穴の中へと消えてしまった。

それにしても、あんなに丸まると太って、
大手町付近の飲食店、景気がいいのかな。

来年はネズミ年か。


明日から上海。しばらく休み。


2007年10月19日

047 危険な遊具


047 遊













「遊」



新聞によれば
「公園の遊具による事故が急激な勢いで増加している」
ということだ。

以下、非難は覚悟の上。

子供の事故は昔からあったのである。
親や教師が監視していようがいまいが、事故はあったのである。
ただ事故の質は違っただろう。

昔は人工的な遊具などなかった。
だから池に嵌った、とか、崖から落ちた。

これでは危険だからと、工夫して遊園地を作った。
でも事故は無くならない。
あたりまえだ。子供は少々の危険が好きなのだ。
少々の危険を冒す「冒険」をして、危険から身を守ることを覚えたのだ。

新聞には、公園から回転遊具を撤去する写真が掲載されている。
遊具を撤去して、そのあとをどうしようというのだろう。
子供たちはどこで遊べ、というのだ。

東京神楽坂に金網で封鎖された児童公園がある。
中の遊具はそのままである。ペンキの色は褪せ、鉄は錆びている。

さみしい光景だ。

遊具がなくなっても、かならず事故はおきる。

2007年10月17日

046 朝日の見識


046 馬


















「馬」



一昨日・朝日新聞夕刊の「ななめ読み」というコラムに、つい引っ掛かってしまった。

例の「何様・エリカ様事件」に関するものである。
こんな私でさえ一応あらましを知っているのだからと思い、読んでみた。

池上彰という人(名前さえ知らないが、顔写真入りだ)が
朝日新聞に対して意見を吐いている。
「この事件を朝日新聞が、社会現象として取り上げないのはおかしい」
というものだ。
「これだから『朝日新聞はお高くとまっている』といわれる」
「読者の新聞離れは加速しますよ」
とまで書いている。

うーん、と唸ってしまった。
何なのだろうか、この人は。そしてこのコラムを載せた朝日新聞は。

まず、朝日新聞が取り上げようが上げまいが、それは朝日の勝手だ。
こんなのはスポーツ新聞かTVの芸能ニュースに任せておけば良い。
実際、朝日新聞の現場はそう判断したのではなかろうか。

しかし奇っ怪なのは
自社に対するこんな批判記事を載せたまま、何ら見解も述べない朝日新聞である。
その了見が解せない。
「他人に土足で上がられながらも歓待したのに、さらに汚物を撒かれて喜んでいる」
ようなものではないか。
皆様の朝日新聞はこんなに寛大なのですよ。とでも言いたいのだろうか。

また、広報部に電話してみようか。

いや、馬鹿らしい。
おじさんには関係ないことだ。

勝手におやんなさい。

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