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無手勝流〜風の吹くままに〜適当写真家 惟新斎ブログ〜

#適当写真家 惟新齋のブログへようこそ!! 解のないものを追い求め続けます。 主にスナップ系の写真、被写体は、人が生きている空間全て。 〜惟新斎ブログ〜 #適当写真家 

生きていく

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何だか生き辛くなっていく世の中です。

軽佻浮薄なことをよしとし、目立てば勝ちだけの刹那的な世の中。

それを反映している事象の多いこと。生き物でも、同種のものの殺しあいこをしているのは人間だけだともいう。
かといって、為政者が好き勝手に物事を決め、国民生活に塗炭の苦しみを与えるのは、おかしくもある。

他の生き物や花を見ると癒やされる―。

それがせめての救いとすれば、少しばかり寂しくも感じる。
#日出町 #大神ファーム #Hijitown #tokyocameraclub #スナップ写真 #適当写真家


高知市旭町を歩く

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デジカメで季節の花や風景等を・・・vol.6 に参加中!
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かつての賑わいまではいかなくても細々と生きている高知の花柳界「玉水町」往時の賑わいは確実になくなっているのは、寂しくも終わる。

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電車沿いの旭町、高知市内でも変わらない場所の一つ。
         
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旭町周辺は、区画整理が進んでいる、もうこの跡はないかもしれない。
こういった路地裏を旅するのも面白いのです。

将来

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僕は、写真を撮るうえで、芸術性というものを極力排除して、ドキュメンタリーチックなものをやりたい。かといって、報道写真ではなく、自分でこれは!と思うものをずっと追いかけていきたい。

これは、土佐和紙の制作現場の一つ。
楮を蒸して、咲く様子。

冬場に行なう。こういったものが残って作業している姿を見ることができることって少ないのではないだろうか?


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私はこの様子を残し、後世に伝えたい。

ただ、お邪魔する回数を増やすだけである。

Instagram @kajihouse611








新緑候

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ようやく落ち着きそうな日常生活。
年初から大変な時期だった。併用して、寒暖の差が激しく、気圧差もあって自律神経をかなり消耗した気がした。

体調も収まり、ようやく他のことも落ち着けそうになった。

ようやく休めて、写真も撮れるようになるのかな。

日々平穏になって、今日という一日を噛みしめたらなと思う。

来週はいよいよ遠出、恩師の墓参りなどで高知行き、もう随分前に行ったような浦島太郎気分ですが、まだ半年も経っていないのだ・・。



恩師の死

私は大学に入る際も、二浪しかけてバイトをしていたら、4月入試というものがあって、それに応募した帰りの瀬戸大橋を見るのもこれが最初で最後だろうと思った。何たって、競争率が30倍あったから。

そして入った先も、「東大を目指して4浪したり」、「京大を中退した」というメンツがいたり、相当数の私よりも年上の方がいてビビった。

2年の時にゼミに入る前に面談があったのですが、正直学問は何でもいいと思い、人柄がよくお話が面白かった大脇先生のゼミに入ることにした。

大脇先生は現場主義で、とにかく現場に行って調査をしてこいということを仰っていた。
呑み事も好きで、ゼミ生を連れて行って飲みにつれていってくれた。

私たちの世代は男性4人と女性2人のものでしたが、仲が良く30年経った今でも交流があるのですが、これもひとえに先生のお陰だと思う。

大学の勉強は楽しかった。なぜなら、詰込みの学習ではなく、自分で考えたことを反映させていくものが多かったから。


先生の講義の内容も面白かった。

大脇先生と、もうひと方高知銀行のお偉いさんが講義にきてたのですが、お二方とも「高知に残らないか」とアドバイスされたが、高知の良さに気が付いたのは就職を大分で戻らないといけなくなったと思った大学4年の時、もう一年早く高知の良さに気が付けば、今頃ははちきんと結婚して、高知を駆け回っていただろう。

これだけ高知が好きになったきっかけも大脇先生のお陰といっていいだろう。




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大脇先生の最後の講義、この時私は職場からパワハラを受け、体調を崩し、しかも台風も接近してきて
先生のお姿を拝見し、早々に立ち去った。

パワハラをされたと訴えても、取り合ってくれず、半分死にかけていた少し失敗してたら、亡くなっていたと病院から言われた。しかもパワハラ対応のところが何も対応はせずに経営者がノウノウとしえたので、個人的に制裁をさせてもらった。(犯罪を犯したわけではなく、事実を世に知らしめただけですが)


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2年目2022年の11月は暖かかった。大脇先生ご夫妻にお会いした。食事に連れて行ってもらい、ご自宅にもお邪魔させていただいた。また先生よりウナギを奢ってもらい、歴史民俗資料館にお邪魔した。
そこで、先生は私に講義をしてくれた先生は根っから生徒に教えるのが好きなんだなと感じて、うれしかった。最後に「先生100歳まで生きてください。俺、高知に移住するき」といった。

先生はこの時89歳だった。「私は1月に90歳になる」と仰い、日にちをお伺いし祝いに「姫だるま」を送った。大抵お礼の電話があるのだが、その時なく、友人に聞いたら体調を崩されているとのこと、そして今年も年賀が来ずに、「寝たきり」になったのかと思っていた。

4/17にお亡くなりになられたようだ。91歳であった。大脇保彦先生安らかにお眠り下さい。


先生がご在命まで高知に移住したかったのですが、叶わず、先生のことは心に刻まれているので、必ず移住したい。


先生ありがとう。安らかにお眠り下さい。


父の死後2か月でまた大事な方の死。少し精神的に疲れてます。

ぐっすりと眠れない日々が続く・・・・。


果てしなく長く感じた一瞬の日々

久しぶりにブログを更新させて頂きます。

実は2/15 AM10:04父が急逝しました。

急逝と言っても、1ヶ月半の入院しておりました。86才となると一つの事で色んな症状が複合し、死に至る、そういう結果に相成りました。

本人が一番無念だっただろうと思う。人はいつか死ぬそしてそのことを悟っていたかもしれないが、何一つ助けにならなかった私も無念で一杯です。


そして、半月後の三月一日に母が倒れ、心臓が悪いとのことで、もう頭がパニックになったけども、何故か冷静だった自分もいた。

職場から病院が近かったのも幸いした。

母は無事退院したが、父よりも母のほうが体調が芳しくないのは誰が見ても分る。

人の運は、誰かの配剤で変わることもあるが、それ以上に天の配剤だと思うしか術がない日々だった。

何だか今でも信じられないのである。




人が死んだ後は、色々大変だと言うが、父が生前、自分が死んだらこうするようにとアドバイスを送ってくれたお陰で、この日に市役所に行って、この日はこういうことを行なってと―。死んだ後の行政上の処理等はすんなりと行えたことが多かった。

しかし、色々とあって、まだ道半ばなのである。


そして、元々状態が悪い母をどう直すかが今の課題―。時間は残念ながら戻らないし、進んでいくだけだ。

「杖」を一つ買うのにも不平を漏らし、そのくせATM処理や行政上の処理等全く出来ないので、大苦戦してます。

父は、20年くらい前救急車に呼んで、心臓を壊したときに一声で「母を頼むぞ」という言葉が焼き付いていたからだ。

そして、今回も「頼んだぞ」
「分った」

その頼んだぞの中に母のことも含んでいたに違いない。


普段は睡眠時間は6,7時間でも昼寝をぐっすり取る私ですが、ここのところ、中途覚醒が激しい。

しかも休めた日も今年はない気がする。

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高知のひろめ市場とオーテピアの間にある謎の更地。


ここの問題は、長い間高知市の懸案事項になっていたが、市長が変わって少し解決の運びになりそうだ。


五月のGW開けの週に長曾我部フェスがある。私が、高知でブレークしたきっかけの一つがこれなので、参加してみたいと思う。

故に私は今懸命に家のことを解決しようとしている。
しかし、色んなことが抜けていて、やり直したりしている。父がしっかりしてくれたお陰とはいえ、かなり大変で走り続けているのです。

だって本気で、65才高知移住を考えているから、今の自分にそれ以外に花を咲かせる術を見いだせない。このまま死ぬのは溜まらなく嫌だ。死に花も花ならば、咲かせて死のうと思っているのです。
去年馬鹿みたいに高知に行けたのも天の配剤だったのだろうか・・・。

   




90年代はバブル崩壊後、日本がとんでもなく衰退していった時期ですが、音楽などはとてもいいものが出てて、うまくやっていけば、JーPOPが世界中を席巻していたかもしれないですね。

今年は世相も年初から大変でしたが、明けない夜はない。

兎に角、何が来ても頑張らないと。

父が残したものを見て、日々そう感じるのである。

過ぎ去る時間を後悔する暇があったら、次に活かすようにしないとと思うのです。


以上近況報告でした。長文ありがとうございました。







少し休みます

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年初早々色々ございまして、少しブログ休みます。

いつもご覧くださりありがとうございます。


写真:奥の面白い形をした山は横倉山、安徳天皇の落ち延びたところ、牧野富太郎が植物採集していたところです。
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