久しぶりにブログを更新させて頂きます。

実は2/15 AM10:04父が急逝しました。

急逝と言っても、1ヶ月半の入院しておりました。86才となると一つの事で色んな症状が複合し、死に至る、そういう結果に相成りました。

本人が一番無念だっただろうと思う。人はいつか死ぬそしてそのことを悟っていたかもしれないが、何一つ助けにならなかった私も無念で一杯です。


そして、半月後の三月一日に母が倒れ、心臓が悪いとのことで、もう頭がパニックになったけども、何故か冷静だった自分もいた。

職場から病院が近かったのも幸いした。

母は無事退院したが、父よりも母のほうが体調が芳しくないのは誰が見ても分る。

人の運は、誰かの配剤で変わることもあるが、それ以上に天の配剤だと思うしか術がない日々だった。

何だか今でも信じられないのである。




人が死んだ後は、色々大変だと言うが、父が生前、自分が死んだらこうするようにとアドバイスを送ってくれたお陰で、この日に市役所に行って、この日はこういうことを行なってと―。死んだ後の行政上の処理等はすんなりと行えたことが多かった。

しかし、色々とあって、まだ道半ばなのである。


そして、元々状態が悪い母をどう直すかが今の課題―。時間は残念ながら戻らないし、進んでいくだけだ。

「杖」を一つ買うのにも不平を漏らし、そのくせATM処理や行政上の処理等全く出来ないので、大苦戦してます。

父は、20年くらい前救急車に呼んで、心臓を壊したときに一声で「母を頼むぞ」という言葉が焼き付いていたからだ。

そして、今回も「頼んだぞ」
「分った」

その頼んだぞの中に母のことも含んでいたに違いない。


普段は睡眠時間は6,7時間でも昼寝をぐっすり取る私ですが、ここのところ、中途覚醒が激しい。

しかも休めた日も今年はない気がする。

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高知のひろめ市場とオーテピアの間にある謎の更地。


ここの問題は、長い間高知市の懸案事項になっていたが、市長が変わって少し解決の運びになりそうだ。


五月のGW開けの週に長曾我部フェスがある。私が、高知でブレークしたきっかけの一つがこれなので、参加してみたいと思う。

故に私は今懸命に家のことを解決しようとしている。
しかし、色んなことが抜けていて、やり直したりしている。父がしっかりしてくれたお陰とはいえ、かなり大変で走り続けているのです。

だって本気で、65才高知移住を考えているから、今の自分にそれ以外に花を咲かせる術を見いだせない。このまま死ぬのは溜まらなく嫌だ。死に花も花ならば、咲かせて死のうと思っているのです。
去年馬鹿みたいに高知に行けたのも天の配剤だったのだろうか・・・。

   




90年代はバブル崩壊後、日本がとんでもなく衰退していった時期ですが、音楽などはとてもいいものが出てて、うまくやっていけば、JーPOPが世界中を席巻していたかもしれないですね。

今年は世相も年初から大変でしたが、明けない夜はない。

兎に角、何が来ても頑張らないと。

父が残したものを見て、日々そう感じるのである。

過ぎ去る時間を後悔する暇があったら、次に活かすようにしないとと思うのです。


以上近況報告でした。長文ありがとうございました。