Surachipt と砂川
2014年11月20日
高倉健と「幸せの黄色いハンカチ」、「ドライブインいしかり」で変わったこと
道民にとって高倉健は特別な俳優です。

東映の任侠映画に出演してきた高倉健にとっては、東映から独立して初めてやった「イイ人役」の映画が「幸せの黄色いハンカチ」だと思います。
後半、欣也と朱美に自分の過去を語り終えた勇さんが
「やっぱりオレ夕張行くわ」
と決心を固めるシーンを取ったのが、あの「ドライブインいしかり」の駐車場でした。目の前は三井東圧化学(現、北海道三井化学)の正門前。目の前は国道12号線。多くの車が豊沼の交番前の坂を上り下りしています。
当時、豊沼の中学生だった私たちは昼休みに「おい、今タカクラケンがあそこの"ドライブイン石狩"でロケやってるぞ」程度にしか思っていなかったし、後でテレビ放映された時も「おぉ、映っているな」ぐらいしかかんがえませんでしたが、東圧正門前から坂を上って砂川市内へと流れるクルマを目の前に、一人の前科持ちのヤクザ暮らしの男が真正直に生きてみようと決心する瞬間のシーンだった訳です。
その後、高倉健は、暴力やバイオレンス、アクション映画にも出ましたが、基本的に「イイ人役」へと変わっていきます。
彼の変化の始まりは「幸せの黄色いハンカチ」であり、あの「オレ夕張へ行くわ」の台詞だったのかもしれません。そう考えると、あのわずか数十秒のシーンは、「映画俳優:高倉健」の一つの転換点だったのかな、と思います。
多くの感動を与えたあの映画と高倉健が水の様に流れて立ち寄り、そして去っていく。そんな物語が空知の小さな町で撮影されたのです。
今はあのロケ地「ドライブイン石狩」は産業、経済構造の変化によりコンビニエンスストアに代わりました。私たちも変わらなければならないのです。

東映の任侠映画に出演してきた高倉健にとっては、東映から独立して初めてやった「イイ人役」の映画が「幸せの黄色いハンカチ」だと思います。
後半、欣也と朱美に自分の過去を語り終えた勇さんが
「やっぱりオレ夕張行くわ」
と決心を固めるシーンを取ったのが、あの「ドライブインいしかり」の駐車場でした。目の前は三井東圧化学(現、北海道三井化学)の正門前。目の前は国道12号線。多くの車が豊沼の交番前の坂を上り下りしています。
当時、豊沼の中学生だった私たちは昼休みに「おい、今タカクラケンがあそこの"ドライブイン石狩"でロケやってるぞ」程度にしか思っていなかったし、後でテレビ放映された時も「おぉ、映っているな」ぐらいしかかんがえませんでしたが、東圧正門前から坂を上って砂川市内へと流れるクルマを目の前に、一人の前科持ちのヤクザ暮らしの男が真正直に生きてみようと決心する瞬間のシーンだった訳です。
その後、高倉健は、暴力やバイオレンス、アクション映画にも出ましたが、基本的に「イイ人役」へと変わっていきます。
彼の変化の始まりは「幸せの黄色いハンカチ」であり、あの「オレ夕張へ行くわ」の台詞だったのかもしれません。そう考えると、あのわずか数十秒のシーンは、「映画俳優:高倉健」の一つの転換点だったのかな、と思います。
多くの感動を与えたあの映画と高倉健が水の様に流れて立ち寄り、そして去っていく。そんな物語が空知の小さな町で撮影されたのです。
今はあのロケ地「ドライブイン石狩」は産業、経済構造の変化によりコンビニエンスストアに代わりました。私たちも変わらなければならないのです。
2014年02月06日
データセンター立地条件- 中部空知での火山の影響
[4]BCP対策で見逃しやすいポイント――盲点は「噴火」対策
江戸っ子にとって怖いものは「地震雷火事親父」ということになりますが、火山の噴火も大きな障害をデータセンターに与えます。
1) 火山灰による降灰によるダスト
火山灰はサラサラでどんな隙間にも侵入します。このような状態では自然空調を使ったデータセンターでは窓を閉めざるを得ません。おまけに火山灰は酸性ですから、水分と合わさるとDC内のコネクタ、コンピュータ基盤の半田の接続部分にダメージを与えます。
2) 降灰による「出勤不能」
これが実はDC運用の一番のトラブルとなる可能性があります。都会では当然電車は止まり、道路も渋滞するどころか3Cmの降灰があれば、ほとんど自動車でも走ることはできません。東京で雪を経験した方なら誰もがわかっています。しかも雪と違って癖の悪いことに「自然に溶ける」ことが火山灰にはないのです。雨が降って洗い流すまでは道路は混乱します。
DCの中で働くエンジニアも人ですから、当然帰宅もしたければ、夜ぐっすり眠りたい。人手がたりなければ、非番のサポートが出勤しなければなりませんし、機器の故障があれば、ハードウェアベンダーのカスタマエンジニアが訪問しなければならないのです。DCに機器を預けたと言って安心していても、実際に水や電気、人の供給が止まればビジネスは停止してしまいます。
--
ここでは中部空知地区に影響がありそうな活火山をピックアップしてみましょう。
中部空知地区 <--> 有珠岳 直線でおよそ120Km
中部空知地区 <--> 蝦夷駒ヶ岳 直線でおよそ170Km
中部空知地区 <--> 大雪山系 直線でおよそ70Km
ちなみに富士山の場合
都心 <---> 富士山 直線でおよそ100Km
となります。
--
一番活発で影響が考えられるのは洞爺湖の横にある有珠岳です。釣鐘状で、粘ったマグマが地表を押し上げることで活動しています。雲仙の事故の映像で記憶に多いでしょう。爆発より、地表に出た冷えたマグマが駆け降りることにより、麓に被害を及ぼすタイプです。割と活動のパターンが決まっていて、前兆も多く、被害も想定しやすい火山です。
1970年代の噴火では私も空知に居ましたが、庭の植物の葉に薄らとホコリがたまる程度の降灰がありました。有珠岳は大爆発型ではないため、あまり火山灰をまき散らす火山ではないのでしょう。
--
蝦夷駒ヶ岳(北海道駒ヶ岳)は函館からJRに乗ると大沼公園付近で右手に見えて、活発に蒸気を吹きだしています。ただし中部空知からは距離も200Km近く離れているため、風向きがどんぴしゃりでもなければほとんど影響はありません。
大雪山系の十勝岳などは、距離が短いのですが、何しろ中部空知からは風向きが全く逆の西側にあるため、影響はありません。道東では降灰があるかもしれません。
他にも支笏湖横の恵庭岳などがありますが、ほとんど活動はしていません。しかし、支笏湖のカルデラを作ったほどのパワーがあり、一説には太平洋に流れていた石狩川の流れを石狩湾に変えてしまったほどの降灰があり得ます。千歳川下流部が異常に低いのもそのためだと言われます。
--
さて富士山は「成層型」と呼ばれるもので、爆発による大量の降灰、岩石が作り出した火山です。したがっていったん爆発すると西風にのって関東地方には莫大な量の降灰があるものと予測できます。有名な関東ローム層は、富士山の降灰によるものです。この水はけのよい土地により、武蔵野台地ではあまり稲作は活発ではありません。
過去これだけ「富士山爆発」という歴史の事実があるにも関わらず、あまり予知が進んでいないのは、あるとすれば富士山の爆発は全く予測がつかないという意味があります。
石狩川流域は地層的にも堆積層で火山の影響を受けにくいと言えます。
islandcenter.jp/surachipt
江戸っ子にとって怖いものは「地震雷火事親父」ということになりますが、火山の噴火も大きな障害をデータセンターに与えます。
1) 火山灰による降灰によるダスト
火山灰はサラサラでどんな隙間にも侵入します。このような状態では自然空調を使ったデータセンターでは窓を閉めざるを得ません。おまけに火山灰は酸性ですから、水分と合わさるとDC内のコネクタ、コンピュータ基盤の半田の接続部分にダメージを与えます。
2) 降灰による「出勤不能」
これが実はDC運用の一番のトラブルとなる可能性があります。都会では当然電車は止まり、道路も渋滞するどころか3Cmの降灰があれば、ほとんど自動車でも走ることはできません。東京で雪を経験した方なら誰もがわかっています。しかも雪と違って癖の悪いことに「自然に溶ける」ことが火山灰にはないのです。雨が降って洗い流すまでは道路は混乱します。
DCの中で働くエンジニアも人ですから、当然帰宅もしたければ、夜ぐっすり眠りたい。人手がたりなければ、非番のサポートが出勤しなければなりませんし、機器の故障があれば、ハードウェアベンダーのカスタマエンジニアが訪問しなければならないのです。DCに機器を預けたと言って安心していても、実際に水や電気、人の供給が止まればビジネスは停止してしまいます。
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ここでは中部空知地区に影響がありそうな活火山をピックアップしてみましょう。
中部空知地区 <--> 有珠岳 直線でおよそ120Km
中部空知地区 <--> 蝦夷駒ヶ岳 直線でおよそ170Km
中部空知地区 <--> 大雪山系 直線でおよそ70Km
ちなみに富士山の場合
都心 <---> 富士山 直線でおよそ100Km
となります。
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一番活発で影響が考えられるのは洞爺湖の横にある有珠岳です。釣鐘状で、粘ったマグマが地表を押し上げることで活動しています。雲仙の事故の映像で記憶に多いでしょう。爆発より、地表に出た冷えたマグマが駆け降りることにより、麓に被害を及ぼすタイプです。割と活動のパターンが決まっていて、前兆も多く、被害も想定しやすい火山です。
1970年代の噴火では私も空知に居ましたが、庭の植物の葉に薄らとホコリがたまる程度の降灰がありました。有珠岳は大爆発型ではないため、あまり火山灰をまき散らす火山ではないのでしょう。
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蝦夷駒ヶ岳(北海道駒ヶ岳)は函館からJRに乗ると大沼公園付近で右手に見えて、活発に蒸気を吹きだしています。ただし中部空知からは距離も200Km近く離れているため、風向きがどんぴしゃりでもなければほとんど影響はありません。
大雪山系の十勝岳などは、距離が短いのですが、何しろ中部空知からは風向きが全く逆の西側にあるため、影響はありません。道東では降灰があるかもしれません。
他にも支笏湖横の恵庭岳などがありますが、ほとんど活動はしていません。しかし、支笏湖のカルデラを作ったほどのパワーがあり、一説には太平洋に流れていた石狩川の流れを石狩湾に変えてしまったほどの降灰があり得ます。千歳川下流部が異常に低いのもそのためだと言われます。
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さて富士山は「成層型」と呼ばれるもので、爆発による大量の降灰、岩石が作り出した火山です。したがっていったん爆発すると西風にのって関東地方には莫大な量の降灰があるものと予測できます。有名な関東ローム層は、富士山の降灰によるものです。この水はけのよい土地により、武蔵野台地ではあまり稲作は活発ではありません。
過去これだけ「富士山爆発」という歴史の事実があるにも関わらず、あまり予知が進んでいないのは、あるとすれば富士山の爆発は全く予測がつかないという意味があります。
石狩川流域は地層的にも堆積層で火山の影響を受けにくいと言えます。
islandcenter.jp/surachipt
2011年11月23日
クラウドのチャレンジは北海道から
サクラインターネットの開所、公開についての記事が Impress のクラウドウォッチにあります。
さくらインターネット石狩データセンターは独自の工夫が山盛り
2室だけ動いているサーバールームでは、冷却用の混合気の取り入れ方式をそれぞれ変えている。サーバールームAは壁吹き出し方式を、サーバールームBは天井吹き出し方式を採用しているのだ。これは、実運用の中でどちらが効率がよいか実験して、今後投入するサーバールームに応用するのだそうだ。
こういった実験的な運用でベストプラクティスを求めるやり方は中々既存の施設ではできないでしょう。
また、石狩データセンターの開所に合わせて、北海道との通信回線が強化されたことも特筆すべきことです。
いままで、北海道の自治体、企業は高額な東京や大阪のデータセンターを利用してきたわけで、自分たちの「情報発信」も東京経由で行ってきました。石狩データセンターの稼動は「北海道からの情報発信」の基地でもあります。
さまざまな技術のイノベーションはフロンティアから。北海道という土地を使ったさまざまな新提案を期待しています。
islandcenter.jp
さくらインターネット石狩データセンターは独自の工夫が山盛り
2室だけ動いているサーバールームでは、冷却用の混合気の取り入れ方式をそれぞれ変えている。サーバールームAは壁吹き出し方式を、サーバールームBは天井吹き出し方式を採用しているのだ。これは、実運用の中でどちらが効率がよいか実験して、今後投入するサーバールームに応用するのだそうだ。
こういった実験的な運用でベストプラクティスを求めるやり方は中々既存の施設ではできないでしょう。
また、石狩データセンターの開所に合わせて、北海道との通信回線が強化されたことも特筆すべきことです。
いままで、北海道の自治体、企業は高額な東京や大阪のデータセンターを利用してきたわけで、自分たちの「情報発信」も東京経由で行ってきました。石狩データセンターの稼動は「北海道からの情報発信」の基地でもあります。
さまざまな技術のイノベーションはフロンティアから。北海道という土地を使ったさまざまな新提案を期待しています。
islandcenter.jp
2011年11月17日
ITベンダーがこのあたりの土地を視察しに来ている - さくらインターネット石狩DC開所式で
「同業者から視察依頼を多く受けているし、地元のみなさんの話では、ITベンダーがこのあたりの土地を視察しに来ていると聞いている。われわれが無事に稼働させたことで、同業者も郊外型DCの建設に、動き始めているのだろう」
と、北海道、石狩データセンター開所式でさくらインターネット田中社長のお言葉。
さくらインターネット、石狩データセンター稼働で開所式、「全国を行脚して石狩を選んだ」と田中社長
石狩市だけじゃない、石狩川流域には他にもいっぱい良い場所はある。
勝手に石狩川をシリコンバレーにするプロジェクト
と、北海道、石狩データセンター開所式でさくらインターネット田中社長のお言葉。
さくらインターネット、石狩データセンター稼働で開所式、「全国を行脚して石狩を選んだ」と田中社長
石狩市だけじゃない、石狩川流域には他にもいっぱい良い場所はある。
勝手に石狩川をシリコンバレーにするプロジェクト
2011年11月14日
人的リソースが少ない北海道でも災害復旧サービスはできる
双日システムズ、システム“丸ごと”の災害復旧サービスを提供へ
この記事にある、Novell PlateSpin シリーズは、運用中のシステムの「そのままバックアップ」「そのまま移動」ができる大変優れたソフトウェアです。全ての作業がリモートで行えるため、無人化されたデータセンターに設置して、首都圏や東海地震が心配される中部地方のシステムを遠隔地にバックアップするには最適な製品です。
「北海道には IT エンジニアはいるの」という不安よりも、いざと言うときに遠隔地にバックアップとBCP(事業継続計画)を実現することが肝心なのです。
プライベートクラウドのBCP拠点、データセンターは「日本国内に」という希望をかなえるのは北海道です。
勝手に石狩平野を北アジアのシリコンバレーにするプロジェクト
この記事にある、Novell PlateSpin シリーズは、運用中のシステムの「そのままバックアップ」「そのまま移動」ができる大変優れたソフトウェアです。全ての作業がリモートで行えるため、無人化されたデータセンターに設置して、首都圏や東海地震が心配される中部地方のシステムを遠隔地にバックアップするには最適な製品です。
「北海道には IT エンジニアはいるの」という不安よりも、いざと言うときに遠隔地にバックアップとBCP(事業継続計画)を実現することが肝心なのです。
プライベートクラウドのBCP拠点、データセンターは「日本国内に」という希望をかなえるのは北海道です。
勝手に石狩平野を北アジアのシリコンバレーにするプロジェクト
2011年08月20日
北電はじめ、電力系IT企業が三井情報と広域連携
三井情報システムが、ほくでん情報テクノロジーなど地域電力系IT企業と広域BCP拠点の構築を開始しました。
三井情報や電力系IT企業など5社、データセンター広域連携で災害対策
砂川市も三井系の企業城下町、オマケに同じ構内には北電砂川発電所。もともと相性のよい企業同士の提携は歓迎します。
砂川は「化学」の町からITの町へ。次世代は石狩川流域を北アジア最大のITインフラの町へ
-Key Word-
データセンター クラウド BCP対策 北海道 石狩
勝手に北海道 Surachipt にデータセンターを作るプロジェクト
三井情報や電力系IT企業など5社、データセンター広域連携で災害対策
砂川市も三井系の企業城下町、オマケに同じ構内には北電砂川発電所。もともと相性のよい企業同士の提携は歓迎します。
砂川は「化学」の町からITの町へ。次世代は石狩川流域を北アジア最大のITインフラの町へ
-Key Word-
データセンター クラウド BCP対策 北海道 石狩
勝手に北海道 Surachipt にデータセンターを作るプロジェクト
2011年08月17日
空港から僅か1時間25分 - 石狩川流域のデータセンターは交通至便
下手な不動産広告のようですが、データセンターの立地条件として、アクセスのし易さを日本人は考えるのですね。
ekitan では
新千歳空港駅 -> 砂川駅 1時間25分という至便さです。しかも乗り換えなし。全席リクライニング付回転クロスシートで快適に移動できます。札幌で回転させなければなりませんが。
たとえば同じ条件で「猛暑」で有名な日本一空調費用がかかる言われる「富士通館林データセンター」を比較しましょうか。
羽田空港 -> 浜松町 -> JR山手線(京浜東北線)上野 -> JR東北線 久喜 -> 東武伊勢崎線 館林 というルートで2時間10分。
浜松町ではあの長いエスカレータでJRに乗り換え、山手線は当然立ちっぱなし、上野駅の巨大なコンコースを歩いて一番端の山手線ホームから、反対側の東北線に乗り換え。久喜では跨線橋を渡って陽ざらしのホームで乗り換え。
ほぼ全部、疲れるロングシート、運よく座れて固定のボックスシート。飲食不可、途中トイレに行きたくなったらもうアウト。
あるいは
羽田空港 -> 京浜急行(品川) -> 以下同じ、もしくは京浜急行(都営浅草線経由)押上 -> 伊勢崎線乗り換え -> 館林のルートでおよそ2時間20分。もちろん、途中飲食トイレ不可。途中は全部各駅停車の地下鉄移動です。
もし西日本方面から、あるいは海外からの顧客に移動手段を指示する場合でも、
"Chitose に着いたら Sunagawa までの Express チケットをグリーンカウンターで買え"
という指示だけで済みます。あとは、「ホームでコークとサンドウィッチを買って電車の中で昼飯済ませろ」という蛇足も付け加えておけば良いでしょう。
もし、東京に初めて来る顧客が館林に行こうとするなら、一体どうしたらいいのか、おそらく鉄道マップを買ってもチンプンカンプンなことは間違えなしでしょう。東京に住んでいる私でさえ、乗り換えマップが必要なのに、初めて東京に来た人であれば、たとえ日本人であっても、どう移動してよいか悩むでしょう。
データセンターの立地条件は、ゴルフ場の立地条件とは違います。遊びの移動とは違います。
-keyword-
データセンター 立地条件 交通の便
石狩川流域にデータセンターを誘致する勝手なプロジェクト
ekitan では
新千歳空港駅 -> 砂川駅 1時間25分という至便さです。しかも乗り換えなし。全席リクライニング付回転クロスシートで快適に移動できます。札幌で回転させなければなりませんが。
たとえば同じ条件で「猛暑」で有名な日本一空調費用がかかる言われる「富士通館林データセンター」を比較しましょうか。
羽田空港 -> 浜松町 -> JR山手線(京浜東北線)上野 -> JR東北線 久喜 -> 東武伊勢崎線 館林 というルートで2時間10分。
浜松町ではあの長いエスカレータでJRに乗り換え、山手線は当然立ちっぱなし、上野駅の巨大なコンコースを歩いて一番端の山手線ホームから、反対側の東北線に乗り換え。久喜では跨線橋を渡って陽ざらしのホームで乗り換え。
ほぼ全部、疲れるロングシート、運よく座れて固定のボックスシート。飲食不可、途中トイレに行きたくなったらもうアウト。
あるいは
羽田空港 -> 京浜急行(品川) -> 以下同じ、もしくは京浜急行(都営浅草線経由)押上 -> 伊勢崎線乗り換え -> 館林のルートでおよそ2時間20分。もちろん、途中飲食トイレ不可。途中は全部各駅停車の地下鉄移動です。
もし西日本方面から、あるいは海外からの顧客に移動手段を指示する場合でも、
"Chitose に着いたら Sunagawa までの Express チケットをグリーンカウンターで買え"
という指示だけで済みます。あとは、「ホームでコークとサンドウィッチを買って電車の中で昼飯済ませろ」という蛇足も付け加えておけば良いでしょう。
もし、東京に初めて来る顧客が館林に行こうとするなら、一体どうしたらいいのか、おそらく鉄道マップを買ってもチンプンカンプンなことは間違えなしでしょう。東京に住んでいる私でさえ、乗り換えマップが必要なのに、初めて東京に来た人であれば、たとえ日本人であっても、どう移動してよいか悩むでしょう。
データセンターの立地条件は、ゴルフ場の立地条件とは違います。遊びの移動とは違います。
-keyword-
データセンター 立地条件 交通の便
石狩川流域にデータセンターを誘致する勝手なプロジェクト
2011年08月13日
美唄市でパソナテックがICT事業を誘致
「雪冷熱エネルギー」を用いた、環境に優しいデータセンターを誘致 『美唄市(びばいし)企業誘致プロモーション事業』開始
パソナテックは人材派遣業の中でもITに特化した企業です。
この誘致には美唄市の自治体としての長い「雪冷熱」の研究の成果でしょう。
美唄市は中部石狩平野の中では長く炭鉱産業と農業で栄えた街です。農産物を「雪冷熱」で保存して、旬をずらして出荷しています。
千歳空港からわずか1時間10分。市街地は石狩川から割と遠く、地震や水害の心配も少ない土地です。砂川市からは車でも15分くらい。私の妹は「通勤するには遠い」と言っていますが、首都圏に住む私にとっては「近すぎる」距離です。
この美唄から、滝川まで、「日本一長い直線道路」国道12号線がはしります。
-Keyword-
北海道 データセンター クラウド BCP 石狩川 石狩平野
勝手に石狩平野を北アジアのシリコンバレーにするプロジェクト
パソナテックは人材派遣業の中でもITに特化した企業です。
この誘致には美唄市の自治体としての長い「雪冷熱」の研究の成果でしょう。
美唄市は中部石狩平野の中では長く炭鉱産業と農業で栄えた街です。農産物を「雪冷熱」で保存して、旬をずらして出荷しています。
千歳空港からわずか1時間10分。市街地は石狩川から割と遠く、地震や水害の心配も少ない土地です。砂川市からは車でも15分くらい。私の妹は「通勤するには遠い」と言っていますが、首都圏に住む私にとっては「近すぎる」距離です。
この美唄から、滝川まで、「日本一長い直線道路」国道12号線がはしります。
-Keyword-
北海道 データセンター クラウド BCP 石狩川 石狩平野
勝手に石狩平野を北アジアのシリコンバレーにするプロジェクト
2011年05月21日
石狩平野と Surachipt: データセンターの要件を満たす地形、災害
石狩平野中央部 Surachpt 地域は、海抜ゼロメートルの石狩川河口から約80Km、一番低い「砂川ヘリポート」がある西豊沼地区が標高21.5m ヘリポートの脇には計画最高水位25mに耐えられる石狩川堤防があり、その下に石狩川が流れています。
石狩平野全体は数万年の年月を重ねた洪積層で、明治の開拓民は泥炭に悩まされてきました。
砂礫が体積した地盤は良いとは言えませんが、直下型地震の原因となる、活断層は、対岸の樺戸断層が対岸の雨竜ー浦臼間にある程度です。もし、この地域にデータセンターの適地を探すとすれば、市内の国道12号線沿い高台、空知農業用水路(高台の稜線上にある)付近が良いでしょう。
小規模な地震は多いのですが、鋭い縦揺れより、遠くで発生した地震の影響が多いゆったりした横揺れが多いためデータセンターを設計するには耐震性より免震性を検討したほうが良いと思います。このあたりは建築の専門家と相談する必要がありそうです。
地震調査研究本部の資料によると、札幌南方の勇払原野、千歳、苫小牧方面により大きな断層があります。
内陸よりも、十勝沖のプレート断層の影響が大きく、今回の東日本震災を引き起こした三陸沖とほぼ同じ地域で昭和43年の十勝沖地震が発生しました。
日本海側では渡島半島沖から積丹半島、石狩浜をはさんで石狩厚田、石狩浜益、留萌、小平の沖合いに北海道が大陸に押し付けられて造られた「皺」である活断層が数多くあり、直接の大規模な震災にはなりませんが、小規模な津波が発生する可能性があります。奥尻島震災もこの周囲で発生した地震が原因です。ちなみに、秘境駅として有名な函館本線「張碓駅」は小樽、銭函海岸にあります。オロロン街道から手塩に向かう道は、崖から垂直に海岸に落ち込むリアス式の海岸です。かつて幻の国道と言われた国道231号線が今では整備されました。途中の雄冬港は「陸の孤島」と言われ、高倉健主演の映画「駅(Station)」の舞台として有名です。また太平洋沿岸の噴火湾から、苫小牧の浜をはさんで襟裳岬にかけての地形も険しく、黄金をばら撒くほど費用がかかった落石の多い通称「黄金国道」と呼ばれました。インラインスケートで北海道を一周した友人の話によると「徒歩通行禁止」で、仕方なくバスに乗らざるを得なかったと言っていました。この太平洋岸地域にも有名な「秘境駅」室蘭本線「小幌駅」があります。
Surachipt は最低でも標高20m、石狩川河口ゼロメートル地帯より80km上流にあり、海との間には緩やかに増毛山系があるため津波の影響はありません。Surachipt から、石狩川対岸を眺めると、山脈が地平線に消える様子が良く分かり、「地球の丸さ」を実感します。日本最長の直線国道12号線、日本二番目の直線線路函館本線が走ります。ちょっと高台に上ると北海道電力「奈井江」「砂川」の両発電所と今は休止中の「滝川」発電所の煙突が見られます。
石狩川は開拓期より暴れ川でした。今では日本で5番目の長さですが、明治初期は日本で3番目の長さがあったといいます。対岸の樺戸監獄(月形町)からよく囚人が冬の凍結した石狩川を越えて脱走したと言われますが、今は河川改修の影響で、流れが停滞することなく流れるため、今では氷結することはありません。小河川はよく氷結します。
最大の洪水は昭和37、38年の洪水で、この後、石狩川最後のチョークポイントだった砂川付近の歪曲部が開削されました。今でも対岸に袋地と呼ばれる飛び地があります。この開削以降、石狩川流域の洪水は下流部に移りました。
この後、石狩川の治水対策は進み、丁度札幌オリンピックの影響もあり、作りたての堤防は子供たちの格好のジャンプ練習場となりました。その後、昭和58年の下流の千歳川洪水の後、Surachipt の小河川は全て遊水地にマージされ、かつて壁のように聳え立っていた石狩川堤防は底が強化され、なだらかな法面を構成しています。おそらく、東武伊勢崎線から見るかぎり、利根川、渡良瀬川合流部、栗橋付近の堤防より作りは巨大です。残念ながら、スキージャンプの練習には不向きななだらかな造りになりました。
このあたりの情報は北海道開発局のページに詳しく公開されています。
※日本地球惑星科学連合2010年大会の配布資料に北海道石狩平野の上部更新統~完新統の地質学的検討という資料が公開されています。主に石狩川下流部の地層についての具体的な科学的な解説です。
勝手に北海道 Surachipt データセンターを誘致しようと言う独善的なプロジェクト
石狩平野全体は数万年の年月を重ねた洪積層で、明治の開拓民は泥炭に悩まされてきました。
砂礫が体積した地盤は良いとは言えませんが、直下型地震の原因となる、活断層は、対岸の樺戸断層が対岸の雨竜ー浦臼間にある程度です。もし、この地域にデータセンターの適地を探すとすれば、市内の国道12号線沿い高台、空知農業用水路(高台の稜線上にある)付近が良いでしょう。
小規模な地震は多いのですが、鋭い縦揺れより、遠くで発生した地震の影響が多いゆったりした横揺れが多いためデータセンターを設計するには耐震性より免震性を検討したほうが良いと思います。このあたりは建築の専門家と相談する必要がありそうです。
地震調査研究本部の資料によると、札幌南方の勇払原野、千歳、苫小牧方面により大きな断層があります。
内陸よりも、十勝沖のプレート断層の影響が大きく、今回の東日本震災を引き起こした三陸沖とほぼ同じ地域で昭和43年の十勝沖地震が発生しました。
日本海側では渡島半島沖から積丹半島、石狩浜をはさんで石狩厚田、石狩浜益、留萌、小平の沖合いに北海道が大陸に押し付けられて造られた「皺」である活断層が数多くあり、直接の大規模な震災にはなりませんが、小規模な津波が発生する可能性があります。奥尻島震災もこの周囲で発生した地震が原因です。ちなみに、秘境駅として有名な函館本線「張碓駅」は小樽、銭函海岸にあります。オロロン街道から手塩に向かう道は、崖から垂直に海岸に落ち込むリアス式の海岸です。かつて幻の国道と言われた国道231号線が今では整備されました。途中の雄冬港は「陸の孤島」と言われ、高倉健主演の映画「駅(Station)」の舞台として有名です。また太平洋沿岸の噴火湾から、苫小牧の浜をはさんで襟裳岬にかけての地形も険しく、黄金をばら撒くほど費用がかかった落石の多い通称「黄金国道」と呼ばれました。インラインスケートで北海道を一周した友人の話によると「徒歩通行禁止」で、仕方なくバスに乗らざるを得なかったと言っていました。この太平洋岸地域にも有名な「秘境駅」室蘭本線「小幌駅」があります。
Surachipt は最低でも標高20m、石狩川河口ゼロメートル地帯より80km上流にあり、海との間には緩やかに増毛山系があるため津波の影響はありません。Surachipt から、石狩川対岸を眺めると、山脈が地平線に消える様子が良く分かり、「地球の丸さ」を実感します。日本最長の直線国道12号線、日本二番目の直線線路函館本線が走ります。ちょっと高台に上ると北海道電力「奈井江」「砂川」の両発電所と今は休止中の「滝川」発電所の煙突が見られます。
石狩川は開拓期より暴れ川でした。今では日本で5番目の長さですが、明治初期は日本で3番目の長さがあったといいます。対岸の樺戸監獄(月形町)からよく囚人が冬の凍結した石狩川を越えて脱走したと言われますが、今は河川改修の影響で、流れが停滞することなく流れるため、今では氷結することはありません。小河川はよく氷結します。
最大の洪水は昭和37、38年の洪水で、この後、石狩川最後のチョークポイントだった砂川付近の歪曲部が開削されました。今でも対岸に袋地と呼ばれる飛び地があります。この開削以降、石狩川流域の洪水は下流部に移りました。
この後、石狩川の治水対策は進み、丁度札幌オリンピックの影響もあり、作りたての堤防は子供たちの格好のジャンプ練習場となりました。その後、昭和58年の下流の千歳川洪水の後、Surachipt の小河川は全て遊水地にマージされ、かつて壁のように聳え立っていた石狩川堤防は底が強化され、なだらかな法面を構成しています。おそらく、東武伊勢崎線から見るかぎり、利根川、渡良瀬川合流部、栗橋付近の堤防より作りは巨大です。残念ながら、スキージャンプの練習には不向きななだらかな造りになりました。
このあたりの情報は北海道開発局のページに詳しく公開されています。
※日本地球惑星科学連合2010年大会の配布資料に北海道石狩平野の上部更新統~完新統の地質学的検討という資料が公開されています。主に石狩川下流部の地層についての具体的な科学的な解説です。
勝手に北海道 Surachipt データセンターを誘致しようと言う独善的なプロジェクト
2011年05月16日
北海道のスプリチュアルなもの
古来、文明の中心民族は周囲の少数民族を蔑称してきました。ギリシャ語のバルバリアンは中央ヨーロッパのケルト人の蔑称で、英語の「野蛮人:バーバリアン」の語源です。傲慢さで知られる中華民族は北方の少数民族にケモノ偏の漢字を当て、「土地を荒らす奴らは人ではなく獣」とみなします。しかし、エスキモーがイヌイット(彼らの言葉で人間、我)に、インディアンがネイティブアメリカンと呼ばれるようになり、少数民族の地位が向上します。
私たち日本人が「我」を指す「ワ(レ)」は中華民族から「倭人」と記されました。幸いなことに少なくとも農耕民族同士、漢民族は日本人を人とみなしていたようです。
逆に私たち「和人」は北海道の地を「蝦夷」という蔑称で呼びました。蝦夷は蠣崎氏を祖とする松前氏により米も取れないのに十万石の大名格となり、間宮林蔵や高田屋嘉兵衛などにより、沿岸調査、千島航路が発見され、沿岸部はよく知られるようになります。松前藩は別として、林蔵や嘉兵衛は北方少数民族のスピリチュアルと生活と文化を理解しようと試みました。
しかし、北海道内部に初めて和人として踏み込んだのは、幕末の探検家、松浦武四郎です。彼は案内してくれた現地人が「我」のことを「カイ」と呼ぶことに気が付き、蝦夷地を「ホッカイドウ」と呼ぶことを幕府に建白します。実際に「我」が「カイ」という意味なのかどうかは言論学者に異論があるようですが、アイヌ語に沿岸アイヌ、中央アイヌ、オホーツクアイヌにかなりの訛りがあるようなので、松浦武四郎が聞いた「カイ」という言葉は石狩川を遡上した案内人がたまたま口にした言葉かもしれません。少なくとも彼がアイヌ民族を「蝦夷」ではなく「人」として扱いたいという強い気持ちには変わりはないでしょう。
さて、北海道で生まれ育った私が「内地」へ行っていくつか驚いたことがあります。まっすぐな木でできた林、後で竹林だと知りました。何故屋根に瓦と雨どいがあるのか、雪国に育った人間にとっては不思議なことです。
一番面白かったのは、街中を歩くとどこにでもあるお稲荷さんだとか古寺だとかです。このような「和人」のスプリチュアルは北海道人にはありません。水木しげるの「妖怪図鑑」にも北海道の妖怪として「コロポックル」が紹介されているだけなのです。道産子は「和人」を祖とする開拓民なのです。スプリチュアルなものは全てアイヌの原住民から受け継いできました。山のことを「シリ」と呼び、川のことを「ペツ」「ナイ」と呼びます。もちろん何の気もないただの日本語表記なのですが、北海道の大地には「和人」の知っている大地の神秘性はありません。
もちろん、北海道神宮は初詣で賑わいますが、そこには何千年もの「和人」が作り出した御神木などありません。魂のない唯の建物に過ぎないのです。よくカトリックの教会に「聖遺物」があり有難がるようなものがないのです。開拓民はむしろ突然襲ってくる巨大なヒグマや川を埋め尽くす鮭の群れ、海を白く濁らすニシンの産卵。山や川や海が生み出す豊穣と恐怖に畏敬を感じるようになります。
アメリカ人がヨーロッパやアジアの歴史に興味を持ち、彼らのようなスピリチュアルが自分達に欠けていることを自覚し、憧れるように、歴史の短い北海道の人々は全国から集まった「和人」とアイヌ民族のスピリチュアルを受け継いだ、いわば「混血文化」です。
私が Surachipt とアルファベットで表記する理由は文字を持たぬアイヌ民族の言葉を松浦武四郎が「ソーラチプット」(砂川市のいわた書店さんの記事より)と表記したからです。もちろん彼はアルファベットは使えませんでした。20世紀に生まれた私があえてカナ文字も使わないのは、鎖国の「和人」の時代にアイヌ人が北海道を根城にオホーツク海を経由して自由に北ユーラシアを動き回る国際人であったと認めたいからです。
あえて Surachipt と表記する目的は、21世紀の将来、北海道が日本の一部ではなく世界の一部として見て欲しいという希望をこめています。それでもあえて「漢字で書け」と言われれば「洲知風都」の文字を与えたいと思います。川と風と人が通り過ぎる都、人々はこの地で情報(知)を交換し、価値を作り出し、それぞれの目的地に旅を続けました。現代のデータセンターのような土地だったのです。
勝手に北海道 Surachipt にデータセンタを創る
私たち日本人が「我」を指す「ワ(レ)」は中華民族から「倭人」と記されました。幸いなことに少なくとも農耕民族同士、漢民族は日本人を人とみなしていたようです。
逆に私たち「和人」は北海道の地を「蝦夷」という蔑称で呼びました。蝦夷は蠣崎氏を祖とする松前氏により米も取れないのに十万石の大名格となり、間宮林蔵や高田屋嘉兵衛などにより、沿岸調査、千島航路が発見され、沿岸部はよく知られるようになります。松前藩は別として、林蔵や嘉兵衛は北方少数民族のスピリチュアルと生活と文化を理解しようと試みました。
しかし、北海道内部に初めて和人として踏み込んだのは、幕末の探検家、松浦武四郎です。彼は案内してくれた現地人が「我」のことを「カイ」と呼ぶことに気が付き、蝦夷地を「ホッカイドウ」と呼ぶことを幕府に建白します。実際に「我」が「カイ」という意味なのかどうかは言論学者に異論があるようですが、アイヌ語に沿岸アイヌ、中央アイヌ、オホーツクアイヌにかなりの訛りがあるようなので、松浦武四郎が聞いた「カイ」という言葉は石狩川を遡上した案内人がたまたま口にした言葉かもしれません。少なくとも彼がアイヌ民族を「蝦夷」ではなく「人」として扱いたいという強い気持ちには変わりはないでしょう。
さて、北海道で生まれ育った私が「内地」へ行っていくつか驚いたことがあります。まっすぐな木でできた林、後で竹林だと知りました。何故屋根に瓦と雨どいがあるのか、雪国に育った人間にとっては不思議なことです。
一番面白かったのは、街中を歩くとどこにでもあるお稲荷さんだとか古寺だとかです。このような「和人」のスプリチュアルは北海道人にはありません。水木しげるの「妖怪図鑑」にも北海道の妖怪として「コロポックル」が紹介されているだけなのです。道産子は「和人」を祖とする開拓民なのです。スプリチュアルなものは全てアイヌの原住民から受け継いできました。山のことを「シリ」と呼び、川のことを「ペツ」「ナイ」と呼びます。もちろん何の気もないただの日本語表記なのですが、北海道の大地には「和人」の知っている大地の神秘性はありません。
もちろん、北海道神宮は初詣で賑わいますが、そこには何千年もの「和人」が作り出した御神木などありません。魂のない唯の建物に過ぎないのです。よくカトリックの教会に「聖遺物」があり有難がるようなものがないのです。開拓民はむしろ突然襲ってくる巨大なヒグマや川を埋め尽くす鮭の群れ、海を白く濁らすニシンの産卵。山や川や海が生み出す豊穣と恐怖に畏敬を感じるようになります。
アメリカ人がヨーロッパやアジアの歴史に興味を持ち、彼らのようなスピリチュアルが自分達に欠けていることを自覚し、憧れるように、歴史の短い北海道の人々は全国から集まった「和人」とアイヌ民族のスピリチュアルを受け継いだ、いわば「混血文化」です。
私が Surachipt とアルファベットで表記する理由は文字を持たぬアイヌ民族の言葉を松浦武四郎が「ソーラチプット」(砂川市のいわた書店さんの記事より)と表記したからです。もちろん彼はアルファベットは使えませんでした。20世紀に生まれた私があえてカナ文字も使わないのは、鎖国の「和人」の時代にアイヌ人が北海道を根城にオホーツク海を経由して自由に北ユーラシアを動き回る国際人であったと認めたいからです。
あえて Surachipt と表記する目的は、21世紀の将来、北海道が日本の一部ではなく世界の一部として見て欲しいという希望をこめています。それでもあえて「漢字で書け」と言われれば「洲知風都」の文字を与えたいと思います。川と風と人が通り過ぎる都、人々はこの地で情報(知)を交換し、価値を作り出し、それぞれの目的地に旅を続けました。現代のデータセンターのような土地だったのです。
勝手に北海道 Surachipt にデータセンタを創る
2011年05月15日
北海道行政の「想定」はどれだけ信用できるのか
なんだか喧嘩を売っているようでいやな書き方になりそうですが
道政主導の北海道データセンター誘致という記事を書いてからなぜか絶妙なタイミングで「石狩データセンターの地震リスクについて」というさくらインターネットさんのブログに石狩データセンターの災害リスクに関する記事がアップされています。
液状化のリスク
地盤調査及び詳細解析を大成建設様に実施いただき
これは、大成建設がまじめに調査した結果だと思います。民間企業は当たり前のようにビジネスに対するリスクを検討します。自分達の作り出したサービス、ビジネスに対する責任を果たそうとします。石狩平野に住む古老たちに言わせると「石狩?風ばっかし強くって、地盤の弱い泥炭だらけ土地だべ」を大成建設さんはまじめに取り組んでくれるでしょう。一般企業がポカをやってしまえば、メディアに焼き肉屋のユッケ事件のように叩かれるだけなのです。
しかし
■ 地震発生のリスク
地震調査研究推進本部(地震ハザードステーション※J-SHIS)により、「今後30年間 震度6弱以上の揺れに見舞われる確率」の分布図
※は原文ではなんと半角カナ文字!
と
■ 津波のリスク
北海道総務部危機対策局より、「津波シミュレーション及び被害想定調査業務(北海道日本海沿岸)報告書」
を引き合いに「想定されるリスク」を分析しています。しかしこれらの団体は行政が作ったもので、言い方は悪いのですが、「役所の天下り団体とその御用学者」の作ったシュミレーションでしかありません。所詮行政は国民、住民の税金で成り立っているわけですから、リスクがないのです。
今回の東日本大震災はもとより1993年の北海道南西沖地震の場合でも最大の全振幅は70cm程度※でありました。※下線は私
過去に発生した道内各地域の主な地震被害 道庁発表
十分危険じゃないですか。三陸沖でもこの程度の津波はしょっちゅうです。だから「想定外」の被害を甘く見て、多くの犠牲を生みました。もっとも石狩平野は堆積層で、シリコンバレーのような「地割れの谷」ではありません。石狩に危険な活断層は少なく、地震が少ないことは私も実感しています。近くには有珠岳程度の小さな火山があるだけで富士山みたいな現役の巨大な活火山はありません。石狩平野は散々河川改修を繰り返してきたので、大きな水害も少ないと思います。実際に道庁のこの資料には戦時中の大地震としては資料の少ない積丹半島沖地震が記述されており、北海道日本海沿岸から丹波地方まで数メートルの津波と数十名の死傷者がでています。道庁はこの事実を隠したいのでしょうか。
しかし行政が作った「想定」がいかに杜撰なものかは、私たちはこの春いやと言うほど聞かされました。さくらインターネットさんは、行政の「想定」を信用して「想定外」の事態に対処するつもりなのでしょうか。結局迷惑をこうむるのはユーザであり、地元なのです。もっともデータセンターが原発のようにリスクの高い設備ではないのは当たり前なのですが、21世紀のこれからの若い人たちの重要な文化とアーカイブを預かる責任感を、行政の「想定」に押し付けてはいないか、という気がします。
新篠津の泥炭地に筵だけの掘っ立て小屋で冬を過ごし、石狩浜益の浜でオロロン街道の「下から降る雪」を一冬の間でも是非経験してもらいたいものです。北海道の開拓農民たちはそんな環境で20世紀の夢の大地を拓きました。21世紀を切り開くのは私たちの世代の責任です。是非とも、さくらインターネットさんが「ご自分自身」でリスクを検討した回答をすべきだと思います。
私自身、さくらインターネットの10年来のユーザです。信頼される非常にしっかりした仕事をされています。石狩を選んだ目の付け所もすばらしいと思っています。2000年ころから「Surachipt はITビジネスに向いているのではないか」と思い続けた私からすると正直申し上げると「やられた」気分です。
しかし、この「石狩データセンターの地震リスクについて」という文書を読む限り、「内地」の業者が全く行政任せの立地検討をしたことを感じて残念に思います。
北海道を元気に、そして日本の産業構造の転換の原動力になってください。
期待しています。
勝手に北海道 Surachipt に石狩流域にデータセンターを作ろう
道政主導の北海道データセンター誘致という記事を書いてからなぜか絶妙なタイミングで「石狩データセンターの地震リスクについて」というさくらインターネットさんのブログに石狩データセンターの災害リスクに関する記事がアップされています。
液状化のリスク
地盤調査及び詳細解析を大成建設様に実施いただき
これは、大成建設がまじめに調査した結果だと思います。民間企業は当たり前のようにビジネスに対するリスクを検討します。自分達の作り出したサービス、ビジネスに対する責任を果たそうとします。石狩平野に住む古老たちに言わせると「石狩?風ばっかし強くって、地盤の弱い泥炭だらけ土地だべ」を大成建設さんはまじめに取り組んでくれるでしょう。一般企業がポカをやってしまえば、メディアに焼き肉屋のユッケ事件のように叩かれるだけなのです。
しかし
■ 地震発生のリスク
地震調査研究推進本部(地震ハザードステーション※J-SHIS)により、「今後30年間 震度6弱以上の揺れに見舞われる確率」の分布図
※は原文ではなんと半角カナ文字!
と
■ 津波のリスク
北海道総務部危機対策局より、「津波シミュレーション及び被害想定調査業務(北海道日本海沿岸)報告書」
を引き合いに「想定されるリスク」を分析しています。しかしこれらの団体は行政が作ったもので、言い方は悪いのですが、「役所の天下り団体とその御用学者」の作ったシュミレーションでしかありません。所詮行政は国民、住民の税金で成り立っているわけですから、リスクがないのです。
今回の東日本大震災はもとより1993年の北海道南西沖地震の場合でも最大の全振幅は70cm程度※でありました。※下線は私
過去に発生した道内各地域の主な地震被害 道庁発表
十分危険じゃないですか。三陸沖でもこの程度の津波はしょっちゅうです。だから「想定外」の被害を甘く見て、多くの犠牲を生みました。もっとも石狩平野は堆積層で、シリコンバレーのような「地割れの谷」ではありません。石狩に危険な活断層は少なく、地震が少ないことは私も実感しています。近くには有珠岳程度の小さな火山があるだけで富士山みたいな現役の巨大な活火山はありません。石狩平野は散々河川改修を繰り返してきたので、大きな水害も少ないと思います。実際に道庁のこの資料には戦時中の大地震としては資料の少ない積丹半島沖地震が記述されており、北海道日本海沿岸から丹波地方まで数メートルの津波と数十名の死傷者がでています。道庁はこの事実を隠したいのでしょうか。
しかし行政が作った「想定」がいかに杜撰なものかは、私たちはこの春いやと言うほど聞かされました。さくらインターネットさんは、行政の「想定」を信用して「想定外」の事態に対処するつもりなのでしょうか。結局迷惑をこうむるのはユーザであり、地元なのです。もっともデータセンターが原発のようにリスクの高い設備ではないのは当たり前なのですが、21世紀のこれからの若い人たちの重要な文化とアーカイブを預かる責任感を、行政の「想定」に押し付けてはいないか、という気がします。
新篠津の泥炭地に筵だけの掘っ立て小屋で冬を過ごし、石狩浜益の浜でオロロン街道の「下から降る雪」を一冬の間でも是非経験してもらいたいものです。北海道の開拓農民たちはそんな環境で20世紀の夢の大地を拓きました。21世紀を切り開くのは私たちの世代の責任です。是非とも、さくらインターネットさんが「ご自分自身」でリスクを検討した回答をすべきだと思います。
私自身、さくらインターネットの10年来のユーザです。信頼される非常にしっかりした仕事をされています。石狩を選んだ目の付け所もすばらしいと思っています。2000年ころから「Surachipt はITビジネスに向いているのではないか」と思い続けた私からすると正直申し上げると「やられた」気分です。
しかし、この「石狩データセンターの地震リスクについて」という文書を読む限り、「内地」の業者が全く行政任せの立地検討をしたことを感じて残念に思います。
北海道を元気に、そして日本の産業構造の転換の原動力になってください。
期待しています。
勝手に北海道 Surachipt に石狩流域にデータセンターを作ろう
2011年04月17日
データセンターに適した北海道、石狩川流域の気候
昨年、数十年ぶりに札幌市で「熱帯夜」が観測されたそうです。
札幌お天気ネットによると、札幌市の平均気温や緯度などは、カナダのトロント、バンクーバー、キエフなどに近いそうです。ただし、これらの街と全く異なる点は、冬季の降雪量です。
札幌の累積降雪量は5~6m(20ft) 程度です。このような大都市で大量に雪が降る街はかなり稀有です。
石狩湾から吹き込んだ雪は手稲山を超え、石狩川を遡って、 Surachipt 近辺で最大の降雪を生み出します。もっとも、雪質は極端なパウダースノーなので、実際には「降った量」ほどの「積雪」にはなりません。道央自動車道で50Km制限が掛かっているのに並行する国道12号線では60Km制限でトラックが走る風景は奇妙なものです。さらにその横でJR特急が吹雪の中で120Km運転をしています。こうした吹雪は道や小川や家の裏などに大きな雪だまりをつくり、実際に積もった量は2月の終わりでも2m程度です。残りはほとんど良質な「雪塊」として地面で固まります。6月まで、増毛山系の山には雪が見られます。
よく高校時代に「度胸試し」で校舎からダイブしましたが、すっぽり腰まで漬かるほどの柔らく締まった雪質です。また、大雪の後の踏み固められていないスキー場での腰まで漬かっての深雪滑降はとても楽しいものでした。
よく7月の始め頃、那覇で28度、東京22度、北見で32度などというおかしな気温のときがありますが、道東方面はフェーン現象で大陸型の気候であるため、異常に夏場は暑くなる場合があります。しかしそれも瞬間的です。7月の始まりくらいなら、普通の家庭では朝夕にストーブが欠かせません。
したがって、北海道でデータセンターを設置する場合は、夏場の数週間と昼間の数時間を乗り切るだけの冷房設備があれば、自然冷房のPUE値の低い設備が出来ます。プールの監視員をしたことがありますが、 Surachipt での夏場の水温は20度程度です。20度を切っていれば、赤旗が立って遊水禁止になります。
逆に冬場の「冷えすぎ」が怖いくらいです。
石狩川流域にデータセンターを作る勝手なプロジェクト
札幌お天気ネットによると、札幌市の平均気温や緯度などは、カナダのトロント、バンクーバー、キエフなどに近いそうです。ただし、これらの街と全く異なる点は、冬季の降雪量です。
札幌の累積降雪量は5~6m(20ft) 程度です。このような大都市で大量に雪が降る街はかなり稀有です。
石狩湾から吹き込んだ雪は手稲山を超え、石狩川を遡って、 Surachipt 近辺で最大の降雪を生み出します。もっとも、雪質は極端なパウダースノーなので、実際には「降った量」ほどの「積雪」にはなりません。道央自動車道で50Km制限が掛かっているのに並行する国道12号線では60Km制限でトラックが走る風景は奇妙なものです。さらにその横でJR特急が吹雪の中で120Km運転をしています。こうした吹雪は道や小川や家の裏などに大きな雪だまりをつくり、実際に積もった量は2月の終わりでも2m程度です。残りはほとんど良質な「雪塊」として地面で固まります。6月まで、増毛山系の山には雪が見られます。
よく高校時代に「度胸試し」で校舎からダイブしましたが、すっぽり腰まで漬かるほどの柔らく締まった雪質です。また、大雪の後の踏み固められていないスキー場での腰まで漬かっての深雪滑降はとても楽しいものでした。
よく7月の始め頃、那覇で28度、東京22度、北見で32度などというおかしな気温のときがありますが、道東方面はフェーン現象で大陸型の気候であるため、異常に夏場は暑くなる場合があります。しかしそれも瞬間的です。7月の始まりくらいなら、普通の家庭では朝夕にストーブが欠かせません。
したがって、北海道でデータセンターを設置する場合は、夏場の数週間と昼間の数時間を乗り切るだけの冷房設備があれば、自然冷房のPUE値の低い設備が出来ます。プールの監視員をしたことがありますが、 Surachipt での夏場の水温は20度程度です。20度を切っていれば、赤旗が立って遊水禁止になります。
逆に冬場の「冷えすぎ」が怖いくらいです。
石狩川流域にデータセンターを作る勝手なプロジェクト
2011年03月19日
道政主導の北海道データセンター誘致
悪意を感じる不快な文章になるかもしれません。ご容赦ください。
東日本大震災で一番ショックだったのは、名取川の堤防を越えて畑を多い、ビニールハウスをなぎ倒す津波の映像でした。北海道出身の私にとっては、93年の北海道南西沖地震に襲われた奥尻島の悲惨な映像を思い出します。また83年の日本海中部地震では地震よりも津波によって秋田を中心に100名余りの命が失われました。日本海には巨大地震を引き起こすプレートは存在しませんが、日本列島がアジア大陸に押し付けられる「シワ」が数多くあります。この映像を見てショックを受けたのは私だけではないでしょう。石狩浜のデータセンターを建築する決定をしたさくらインターネットさんはもっとショックだったと想像します。私にとっても「日本のIT産業」が全て押し流されるようなショックでした。
道庁の北海道のデータセンター立地環境についてという資料には、確かに「過去に津波、高潮の災害」があったか、という記述はあります。彼らはこのレポートをまとめる上で奥尻島の悲惨な映像を覚えていたのでしょうか。
石狩湾口/苫東ありきの誘致計画
道が洞爺湖サミットで注目を浴びた環境問題にまじめに取り組んだひとつのアイディアとして「北海道にデータセンターを」という取り組みは非常に評価しています。行政が真面目に取り組んだひとつのよい結果です。しかし、システムエンジニアとしての経験として、「石狩湾口」が注目されはじめたのは、道の、あるいは日本政府の政治的な意図を感じざるを得ません。奥尻島津波の映像を記憶している身としては「何故あんなところにデータセンターを誘致するのか」という不吉なものを予感していました。
道都札幌の外港としては既に小樽港があり、特に石狩湾工に港を作る必要性はありませんでした。しかし港を作ってもフェリー航路さえない港である以上、工業団地を作って産業を誘致せざるを得ません。何しろ同様な苫小牧東部工業地区は1970年代に開発されたにも関わらず、企業誘致に大失敗しました。漁業と農業が主流のバラバラな町村を線で括った石狩市という平成の大合併によって生まれた「大都市」にふさわしい産業を誘致する必要があります。合併したばかりの小さな町村を先導してまとめるには、道の力が必要です。
またこの資料が全て「工業団地」を調査している点に通信IT業界からみるとすばらしいほどの素人さを感じます。通信IT産業は三次産業で、特に工業団地に作る必然性は全くありません。事実、金融機関などのデータを処理する「事務処理センター」などは普通の住宅地の真ん中にあります。別に港に近いから、原料の搬入、製品の搬出に便利だという必要性もありません。情報IT産業の「製品」は細い信号ケーブルで「搬入」され「送出」できます。
札幌の大都市化
経済の論理なので仕方がないのですが、北海道の産業リソースは札幌に集中してきました。冬季オリンピックではやっと100万都市になった札幌はこの40年でほぼ倍増しています。周辺都市も合わせた「札幌圏」を考えると300万誓い人口密度で、北海道の住民の半分が「札幌」に住んでいると言ういびつな構造です。その札幌市のすぐ隣に一次産業が中心の「町村」が札幌の隣にあるのが不快だったのでしょうか。
明治以降の開拓の歴史から、北海道の212の市町村はそれぞれ具体的な特徴がありました。明治政府主導で作られた入植者が作った町、財閥をはじめ民間資本が開発した町。自らの意思で新天地を求めた失業士族や貧しい農家の三男坊たちが切り開いた町などです。札幌は明治政府によって開発された以上、中央の意向を伺う目で「支店経済、政治都市」として成功しました。平成合併では屯田兵村と没落士族村は当然仲が悪く失敗し、民間人が開拓した村から発展した町村合併はおおむねうまく行ったようです。また、集落がまとまって移住した新十津川町のような結束が強く独立を選んだ町村もあります。
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さくらインターネットさんが北海道に新しい産業を持ち込んでくれたことは幸いなことです。今回の大震災を経験に、北海道では当たり前の「三尺以上の地上基礎がある建物」泥炭を掘り起こして深い基礎打つ、必ず3F以上にディスクストレージをおく事、石狩川の大改修で明治以降に埋め立てられた土地を調査し通路の液状化対策などを検討していただければ幸いです。また、さくらインターネットさんの誘致に成功した以上、道は石狩湾口の防潮対策をしっかりお願いします。北海道に新しいビジネスをもたらしたさくらインターネットさんの今後の動きに期待してます。
Surachipt Datastream
東日本大震災で一番ショックだったのは、名取川の堤防を越えて畑を多い、ビニールハウスをなぎ倒す津波の映像でした。北海道出身の私にとっては、93年の北海道南西沖地震に襲われた奥尻島の悲惨な映像を思い出します。また83年の日本海中部地震では地震よりも津波によって秋田を中心に100名余りの命が失われました。日本海には巨大地震を引き起こすプレートは存在しませんが、日本列島がアジア大陸に押し付けられる「シワ」が数多くあります。この映像を見てショックを受けたのは私だけではないでしょう。石狩浜のデータセンターを建築する決定をしたさくらインターネットさんはもっとショックだったと想像します。私にとっても「日本のIT産業」が全て押し流されるようなショックでした。
道庁の北海道のデータセンター立地環境についてという資料には、確かに「過去に津波、高潮の災害」があったか、という記述はあります。彼らはこのレポートをまとめる上で奥尻島の悲惨な映像を覚えていたのでしょうか。
石狩湾口/苫東ありきの誘致計画
道が洞爺湖サミットで注目を浴びた環境問題にまじめに取り組んだひとつのアイディアとして「北海道にデータセンターを」という取り組みは非常に評価しています。行政が真面目に取り組んだひとつのよい結果です。しかし、システムエンジニアとしての経験として、「石狩湾口」が注目されはじめたのは、道の、あるいは日本政府の政治的な意図を感じざるを得ません。奥尻島津波の映像を記憶している身としては「何故あんなところにデータセンターを誘致するのか」という不吉なものを予感していました。
道都札幌の外港としては既に小樽港があり、特に石狩湾工に港を作る必要性はありませんでした。しかし港を作ってもフェリー航路さえない港である以上、工業団地を作って産業を誘致せざるを得ません。何しろ同様な苫小牧東部工業地区は1970年代に開発されたにも関わらず、企業誘致に大失敗しました。漁業と農業が主流のバラバラな町村を線で括った石狩市という平成の大合併によって生まれた「大都市」にふさわしい産業を誘致する必要があります。合併したばかりの小さな町村を先導してまとめるには、道の力が必要です。
またこの資料が全て「工業団地」を調査している点に通信IT業界からみるとすばらしいほどの素人さを感じます。通信IT産業は三次産業で、特に工業団地に作る必然性は全くありません。事実、金融機関などのデータを処理する「事務処理センター」などは普通の住宅地の真ん中にあります。別に港に近いから、原料の搬入、製品の搬出に便利だという必要性もありません。情報IT産業の「製品」は細い信号ケーブルで「搬入」され「送出」できます。
札幌の大都市化
経済の論理なので仕方がないのですが、北海道の産業リソースは札幌に集中してきました。冬季オリンピックではやっと100万都市になった札幌はこの40年でほぼ倍増しています。周辺都市も合わせた「札幌圏」を考えると300万誓い人口密度で、北海道の住民の半分が「札幌」に住んでいると言ういびつな構造です。その札幌市のすぐ隣に一次産業が中心の「町村」が札幌の隣にあるのが不快だったのでしょうか。
明治以降の開拓の歴史から、北海道の212の市町村はそれぞれ具体的な特徴がありました。明治政府主導で作られた入植者が作った町、財閥をはじめ民間資本が開発した町。自らの意思で新天地を求めた失業士族や貧しい農家の三男坊たちが切り開いた町などです。札幌は明治政府によって開発された以上、中央の意向を伺う目で「支店経済、政治都市」として成功しました。平成合併では屯田兵村と没落士族村は当然仲が悪く失敗し、民間人が開拓した村から発展した町村合併はおおむねうまく行ったようです。また、集落がまとまって移住した新十津川町のような結束が強く独立を選んだ町村もあります。
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さくらインターネットさんが北海道に新しい産業を持ち込んでくれたことは幸いなことです。今回の大震災を経験に、北海道では当たり前の「三尺以上の地上基礎がある建物」泥炭を掘り起こして深い基礎打つ、必ず3F以上にディスクストレージをおく事、石狩川の大改修で明治以降に埋め立てられた土地を調査し通路の液状化対策などを検討していただければ幸いです。また、さくらインターネットさんの誘致に成功した以上、道は石狩湾口の防潮対策をしっかりお願いします。北海道に新しいビジネスをもたらしたさくらインターネットさんの今後の動きに期待してます。
Surachipt Datastream
2011年02月20日
北海道 石狩川流域 を世界の情報 HUB 拠点に
日経コンピュータ2/17号に
。過熱する「クラウドハブ」争い-シンガポール、香港の野望
という記事が掲載されています。(リンク先は概要)
シンガポール、香港がアジアパシフィック地区のデータセンター拠点として、データセンター建設ラッシュであるという記事です。これらの2地区は、グローバル戦略として、データセンターを誘致しています。地域としての「内需」は重要ではありません。それほど人口も広さもないのです。
一方、日本国内で始まった各SI事業者のデータセンター戦略はあくまでも日本国内の「内需」を目的としたものです。
-情報を輸出しよう-
日本経済の20世紀は「原料」を輸入し製品に加工し「輸出」することで発展しました。原料の入荷と製品の出荷には交通インフラが必要です。港、鉄道、高速道路が候補地として重要でした。
しかし、「情報」という製品には「原料」も「製品」も移動するためには交通インフラは必要としません。光ケーブルさえあれば拠点を選ばないのです。あえて言えば、「電力」という原料が重要です。
シンガポール、香港、共に温暖、もしくは亜熱帯にあり、コンピュータの冷却には向いていません。コンピュータの冷却に必要なコストは膨大です。また、シンガポールは原料である「電力」のほとんどを輸入しています。しかも、土地の面積が狭く、水力発電ではなく、ガス、もしくは石炭による火力発電をエネルギーとしています。京都議定書に署名していません。
一方、Surachipt 北海道 石狩川流域は湿潤で水の豊富な亜寒帯です。石狩川流域面積は日本第二の広さがあります。北海道の電力は、環境負荷の低い共和泊の原子力発電所と石狩川流域の水力発電が中心です。CO2を排出する火力発電は緊急時の補助的な役割でしかありません。
また、香港、シンガポール、東京と比べると、地震と落雷の被害が少ないことも特徴です。
「情報」を輸出することは、外貨獲得、内需拡大をもたらします。多くの日本の大企業では利益を優先して、「情報」のアウトソーシング需要を海外に頼っているのです。海外から「情報インフラ」を購入して、海外で製品を生産する。これでは日本に住む私たちの21世紀が明るいと言えるのでしょうか。
繰り返しますが、「情報HUB」となるには輸送手段を選びません。ケーブルと電力が「情報」という製品を生み出すのです。北海道は北アジア、北米、西欧に一番近いアジアパシフィックの拠点なのです。「情報」を輸入して、加工して輸出する。北海道の地理的な条件は有利なのです
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。過熱する「クラウドハブ」争い-シンガポール、香港の野望
という記事が掲載されています。(リンク先は概要)
シンガポール、香港がアジアパシフィック地区のデータセンター拠点として、データセンター建設ラッシュであるという記事です。これらの2地区は、グローバル戦略として、データセンターを誘致しています。地域としての「内需」は重要ではありません。それほど人口も広さもないのです。
一方、日本国内で始まった各SI事業者のデータセンター戦略はあくまでも日本国内の「内需」を目的としたものです。
-情報を輸出しよう-
日本経済の20世紀は「原料」を輸入し製品に加工し「輸出」することで発展しました。原料の入荷と製品の出荷には交通インフラが必要です。港、鉄道、高速道路が候補地として重要でした。
しかし、「情報」という製品には「原料」も「製品」も移動するためには交通インフラは必要としません。光ケーブルさえあれば拠点を選ばないのです。あえて言えば、「電力」という原料が重要です。
シンガポール、香港、共に温暖、もしくは亜熱帯にあり、コンピュータの冷却には向いていません。コンピュータの冷却に必要なコストは膨大です。また、シンガポールは原料である「電力」のほとんどを輸入しています。しかも、土地の面積が狭く、水力発電ではなく、ガス、もしくは石炭による火力発電をエネルギーとしています。京都議定書に署名していません。
一方、Surachipt 北海道 石狩川流域は湿潤で水の豊富な亜寒帯です。石狩川流域面積は日本第二の広さがあります。北海道の電力は、環境負荷の低い共和泊の原子力発電所と石狩川流域の水力発電が中心です。CO2を排出する火力発電は緊急時の補助的な役割でしかありません。
また、香港、シンガポール、東京と比べると、地震と落雷の被害が少ないことも特徴です。
「情報」を輸出することは、外貨獲得、内需拡大をもたらします。多くの日本の大企業では利益を優先して、「情報」のアウトソーシング需要を海外に頼っているのです。海外から「情報インフラ」を購入して、海外で製品を生産する。これでは日本に住む私たちの21世紀が明るいと言えるのでしょうか。
繰り返しますが、「情報HUB」となるには輸送手段を選びません。ケーブルと電力が「情報」という製品を生み出すのです。北海道は北アジア、北米、西欧に一番近いアジアパシフィックの拠点なのです。「情報」を輸入して、加工して輸出する。北海道の地理的な条件は有利なのです
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2010年10月01日
地方に分散化するデータセンタービジネス
IIJが外気冷却式データセンター構築に着手、島根県松江市に
大手 ISP の IIJ が島根県松江市に外気冷却式のデータセンターを建設するということです。立地条件を考えると、都市部の都市災害やヒートアイランド現象を避けるためにも、こうした情報システムの分散化は重要なことです。
世界を狙え! 立ち上がる 日本のパブリッククラウド
コンピュータビジネスはいまや日本をスルーしています。日本においてはIT技術は「開発して提供」するものから「単なる利用者」に成り下がっているのが現実です。
日本の産業が重厚超大からサービス提供へと変換しなければならない時期に来ているのです。
勝手に Surachipt Datastream を作ろう
大手 ISP の IIJ が島根県松江市に外気冷却式のデータセンターを建設するということです。立地条件を考えると、都市部の都市災害やヒートアイランド現象を避けるためにも、こうした情報システムの分散化は重要なことです。
世界を狙え! 立ち上がる 日本のパブリッククラウド
コンピュータビジネスはいまや日本をスルーしています。日本においてはIT技術は「開発して提供」するものから「単なる利用者」に成り下がっているのが現実です。
日本の産業が重厚超大からサービス提供へと変換しなければならない時期に来ているのです。
勝手に Surachipt Datastream を作ろう
2010年09月01日
熱帯夜のない石狩川流域:産業が作り出す冷涼な気候
東京では記録的な暑さがつづいていますが
札幌、25年ぶりの熱帯夜 未明の最低気温26・2度
札幌では25年ぶりの熱帯夜だそうです。
7月の梅雨の終わりごろには「那覇で28度、北海道の北見で32度」ということがあります。北海道で最高気温を記録するのは、多くの場合道東地方の内陸です。夏の昼間はフェーン現象でたまに暑い日があります。しかし、地域の事情で道東は畑作、酪農地帯だということです。
Surachipt をはじめとする石狩川流域は、日本最大の稲作地帯です。周りは田んぼ、つまり地面が常に水に覆われている地帯なのです。ですから、ほとんど都市のヒートアイランド現象とは無縁です。その割に低湿度なので、たまに30度を超えてもほとんど暑さを感じません。7月でも霜が降ることがあり、夏でも早朝は暖房が必要な場合があります。Surachipt 地域は8月の上旬でも深夜は20度以下になります。
ヒトと産業が作り出した自然の冷涼地帯、それが Surachipt です。
勝手に雪冷熱データセンター Surachipt Data Stream を創る
雪冷熱、データセンター、低コスト、自然空調、低環境負荷、PUE
札幌、25年ぶりの熱帯夜 未明の最低気温26・2度
札幌では25年ぶりの熱帯夜だそうです。
7月の梅雨の終わりごろには「那覇で28度、北海道の北見で32度」ということがあります。北海道で最高気温を記録するのは、多くの場合道東地方の内陸です。夏の昼間はフェーン現象でたまに暑い日があります。しかし、地域の事情で道東は畑作、酪農地帯だということです。
Surachipt をはじめとする石狩川流域は、日本最大の稲作地帯です。周りは田んぼ、つまり地面が常に水に覆われている地帯なのです。ですから、ほとんど都市のヒートアイランド現象とは無縁です。その割に低湿度なので、たまに30度を超えてもほとんど暑さを感じません。7月でも霜が降ることがあり、夏でも早朝は暖房が必要な場合があります。Surachipt 地域は8月の上旬でも深夜は20度以下になります。
ヒトと産業が作り出した自然の冷涼地帯、それが Surachipt です。
勝手に雪冷熱データセンター Surachipt Data Stream を創る
雪冷熱、データセンター、低コスト、自然空調、低環境負荷、PUE