OLEAI BEACH BAR & GRILL

サイパンで唯一のビーチフロントレストラン【OLEAI BEACH BAR & GRILL】のぬるいBLOGです。 ぬるい情報をぬるい感じでぬるい頻度でお送りします。

カテゴリ: 思ひ出の話

2020_01_20_02








ちょっと前に、空港までお見送りに行ったんだけど。

その時に、なぜか急に「ああ、この人とはもう二度と会わないかも知れないんだな」って思っちゃって。


空港までお見送りするの初めてではないし、って言うか「けっこうしょっちゅう」って言ってもいいくらいに空港行ってるけど、まったく身に覚えのない(笑)、初めての感情&感傷。なぜか突然。物凄くリアルに。


30代の時とかだったら「はいはいセンチメンタルお疲れ様お疲れ様ーwww」って笑えるのかも知れないけど、なんか歳のせいなのかどうか、けっこう胸にぐっと来ちゃって、空港からの帰りの車の中で少し泣きそうになった。




…あれかな、最後の時に「さよなら」って言わなきゃよかったんかな。





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2018_11_29_03














人種を問わない話。


OLEAI BEACH BAR & GRILLに、毎日たくさんのお客さんがお見えになる。

ご家族でお見えになるお客さんもすごく多い。


ただ、「今の時代を象徴している」と言うかなんと言うか(苦笑)、4人家族でいらっしゃって、席についたら4人が4人とも別々のスマホとかタブレットを取り出して…みたいな光景がすごく多い。

確かに、「うるせえなあ、これでも見ておとなしくしてろ」って言って9歳児にスマホ渡すような気持ち、わからなくもない(笑)。



そう言うシーンをいくつもいくつも目撃していて、ある時ふと思ったんだ。

「この人たち、みんながみんな、自分の好きなことをやっているんだな」って。



ぼくが子どもの頃は、たとえばお正月なんかで親戚の家に集まったり、親戚の人が家に来てくれた時なんか、こちらとしてはお年玉さえもらっちゃえばもうこっちのもので、早く外に遊びに行きたいんだけど、とりあえずは同じテーブルを囲んで、親から「よし!」って言われるまではわけのわからない「大人たちの会話」に耐えた。

家でテレビを見る時とかでも、家には1台しかテレビなかったし、親に「この番組だけは見せてくれ。いつも見たいもの見てるんだからいいだろう?」とか言われたらそれはもう仕方なく、1時間とか2時間とか、子どもにとっては面白くもなんともない番組を一緒に見ながら耐えた。



…つまり、今の若い世代って、耐えなくていいんだな、ってさ。


正直、これを「いい時代だな」と思うべきなのか、ちょっと「?」に思うべきなのか、わからない。


ただ、ぼくの人生を振り返ってみて、「あまり快適ではない空間の中にいなければならないこと、そしてその空間に耐えること」は決して無意味ではなく、無意味でないどころか絶対に遭遇する場面だと思うので、なんだろう、なんかうまく書けないんだけど、「自分にとって快適な時間」だけの中で生きている世代のことを考えると、なんかものすごく不安になる。



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2019_12_16_01








出典:https://porto-book.jp/

「勉強は若いうちにしておけ。歳をとると勉強したくても出来なくなる」


何千回と言われた言葉である。



でもね、ぼくは内心「ケッ」と思っていた部分があって。

歳をとってからの勉強が「出来る」か「出来ないか」なんて、自分がやるかどうかだけの話でしょ、ってさ。


で、ぼくは自分が「出来る」と思っていて、先日の日本行きの時も日本でいくつか参考書買ってきたりしたんだけど。




…あの時親に言われた言葉が、今になってこの身に染みてくるようになった。






字が見えにくくて、テキスト読むだけで苦痛なのよ(泣)。




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2019_12_15_01















「こんな感じになるのかな」、と思って書いてみたけど、これじゃあ着かないね。63円じゃね。

…それにしても、皆さんはいったい「はがき=〇〇円」の時の記憶がある?

おそらくぼくの一番古い記憶は7円だね…………………………………(呆然)。

本文にもパソコンを導入

年賀状を出す枚数が150枚を超えるようになった頃、ついにぼくも音を上げて、それまで手書きで書いていた本文の方にもパソコンを導入せざるを得なくなった。
(参考記事:『消えゆくもの。《年賀状締め切りまであと1週間》(前編)』


昨日も書いたように、ウチの会社は優良企業だったので(鼻ほじ)、年賀状は役職に応じて会社から支給された。


その「150枚」になった頃、ぼくは「次長」だったと思うんだけど、次長の場合の支給数、10枚。一般の営業マンは5枚とかだったな。すごいでしょ? 「平成」だよ(笑)?


つまり残りは「自己負担」であって、ぼくの場合140枚、50円(当時。たぶん)✕140=7,000円の自己負担💦


会社の偉い人たちは、「自分のカネで出すもののほうが思いが入る」と言った。「うるせー」と思ったけど、これには概ね賛成。

また、会社の偉い人たちは、「まあでも今どき年賀状なんて誰も読まねえから出しても出さなくても一緒だろw」とも言った。これには大反対。

それはあなたの出す年賀状が「読まれる年賀状」ではないからでしょ。

こだわり

会社の偉い人たちは、みんな年賀状の印刷を印刷屋さんに頼んでいたけど、ぼくの中に、元よりその選択肢はなかった。ぼく自身、「ああ言う年賀状だったら読まないかもww」と思っていたからね。

ぼくの年賀状には、ぼくなりの「こだわり」があってさ。

●印刷はするけど、内容は全部自分のオリジナル。
●印刷はフルカラー印刷。
●必ず1~2行、手書きで何か書き加える。



結局、ちょうど8年間、ぼくは営業をやっていた(9年目に本社の広報みたいなところに移った)わけなんだけど、最終的にぼくは400枚以上の年賀状を書くようになっていた。

もちろんその頃には会社からもう少し多めに年賀状が支給されるようになっていて、30枚くらい(笑)はもらえるようにはなってはいたけど、それでも50円✕370枚=18,500円の自己負担。


それでもね。

これから書くこと、もしかしたら自慢のように聞こえるかも知れないけど、まさにぼくの自慢なんだけど、お客さんに
「元旦の朝、ポストでまず真っ先にBOSSちゃんの年賀状を探す」
「女房(ぼくは面識がない)がBOSSちゃんの年賀状、ずっとリビングに置いていて、誰かお客さんが来ると『今年はこんな面白い年賀状もらった』って言って(その来客に)見せてる」
「BOSSちゃん『本社に行く』って聞いたけど、年賀状はこれからももらえるんだよね?」

…などなどお言葉をいただいて、ぼくは営業マンとして、やってきたことは間違ってなかったと思っているし、そう言っていただいた毎年の年賀状を、とても誇りに思っているのだ。

消えゆくもの

その年賀状が、年々数が減少していると言う。

ちなみに↓これは2001年から今年(2019年)までの、年賀状発行部数の推移なんですってえー。
2019_12_15_02





















出典:http://www.garbagenews.net/archives/2114695.html

確かにだだ下がりじゃんねww

ピークの2003年から比べると、およそ半減だってんだからサア大変。


…まあ、理解は出来るよね。
何人かの人は紙の年賀状を送るのをやめ、Eメールを年賀状代わりにすることを選び、何人かの人は年賀状そのものを必要なしと考えた、ってことなんだろうけどさ。


そしてこの傾向が続くのであれば、まず間違いなくこれからも減っていくことはあっても増えていくことはなさそうで、「メールアドレスは知ってるけど住所までは知らない…」と言う今っぽい人間関係を狙って、最近では日本郵便、「住所を知らなくても年賀状を出せる」ものや、Eメールみたいに相手のパソコンやスマホに送れる「デジタルはがき」なるものも発売していて、「時代にあったもの」を提供しようとしているんだねえ。


いずれにせよ、方向性としては「年賀はがきをV字回復させる」方向ではなく、「年賀はがきに変わるものを提供していく」方向なので、「年賀はがき」そのものとしては、やがてそんなに遠くない将来、消えゆく運命なのかなあ。


さっきも書いたように、個人的には、「年賀状」というもの、「年賀状を書いて送る」と言う行為から、ものすごく大きな恩恵を蒙った時間を過ごしてきたという事実があるので、非常にもったいない気がするんだよね。

「年の初めの会話が必ず『年賀状』の話題でスムーズにスタートする」
「年末年始の長期休暇の間にクライアントの頭の中に最低1回ぼくの記憶を蘇らせることが出来る」
「『いや、営業マンなんだけどへんてこな年賀状を書く男がいてさ』と友だちに話したり、ぼくのいない場所でぼくのことを思い出してくれる」


「そんな事?ww」って笑われるかも知れないけど、実は営業マンにとってこれらの小さい要素はものすごく大きな実に結びつくことが少なくなく、実際にぼくは大きな実をいくつか収穫させてもらった経験があるので、少なくとも営業職の諸君は書くべきだと思うのだ。年賀状、思ったよりものすごく有効なビジネスツールであるぞよ。

年賀状を書くなら

と言うわけで、今年(2019年)の年賀状締め切り(12月25日)まであと約1週間。

もし思うところがあるのなら、ぜひ年賀状を書いてみたらいかがだろう。



ただし、書くのなら、「読まれる年賀状」を、ぜひ。



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2019_12_14_01













出典:https://patosul.o24shop.net/Category?ID=31&type=3

皆さん、年賀状ってもう書いた?

ぼくは営業マンだった

ぼくが「OLEAI BEACH BAR & GRILL」と言うお店と関わりを持つ前、ぼくが日本でサラリーマンをやっていたってこと、もう何度もこのブログでも書いてきているけど。

ぼくはゴルフ関係の仕事をしていて、「〇〇〇関係」なんてずいぶん怪しい書き方だな、ちゃんと具体的な事書きにくいのかななんて邪推する人もいらっしゃるかも知れないけどまさにその通りで、なんだろう、とにかくなんでも屋さんなのよ(笑)。

お客さんとゴルフ行くのも仕事、お客さんのキャディーやるのも仕事、お客さんのためにゴルフジョウ手配するのも仕事、ゴルフの会員権売るのも買うのも探すのも仕事、ゴルフクラブ売るのも買うのも探すのも仕事、お客さんとご飯食べるのも仕事、ぼくは飲まないんだけどお客さんが飲みに行くのに着いていくのも仕事、お客さんの飛行機のチケット取るのも仕事、ホテル予約するのも仕事。

「〇〇〇(ごく普通の商品)を探してるんだけど、ウチの近所に見当たらなくて…」って言われたらその商品を探してあげるのも仕事。一番「…ええぇ…」と思ったのは、「週刊少年ジャンプの先週号」ってのがあった(笑)。

さすがにこの時は、「社長のお宅のご近所、古本屋とかないんですか? そんな田舎でしたっけ?」と言う暴言まで口から出て(笑)、軽く抵抗を試みてはみたんだけど、その社長さん、だんだん口調が「それが買えないと死んじゃう」みたいな感じの口調になってきて、高田馬場の古本屋さんで30円で仕入れて(笑)持ってってあげた。

ちなみにぼくはこの頃からお客さんや同僚や部下に対して、「日本人が持っている『サービスは無料』というのは幻想」というのを何度も何度も言って布教活動のレベルになっていたので(笑)、この時もその社長さん、

「BOSSちゃん、いくらもらってるんだっけ? …で、週休2日? …で、1日普通に8時間勤務でしょう? …ってことは、時給で考えたらこれくらいだよね。で、今からBOSSちゃん古本屋行って、買って、持ってきてくれて、まあ2時間半として…」

って言い出して、当時確か250円くらいの週刊少年ジャンプ、しかも古本に、とんでもないお金を出してくれたんだけど、あまりにも申し訳ないので古本代金(30円)は受け取らなかった(キリッ&カメラ目線)。


まあ、たしかにこう言うケースっていうのはそんなに多くなくて(笑)、かっこつけた言い方しちゃうと、お互いの間に「信頼関係」が出来上がっていたお客さんだけしかこう言う事は言ってこないし、そう言うお客さんじゃなければぼくも受けなかった(ちなみにこの社長さんは、このブログでも書いたことあると思うけど、あの「BOSSちゃんだったら50万や100万騙されても仕方ない」って言ってくださった方)。

なので全部が全部ではない(違法なことはもちろんやらなかったし(笑))けれども、本当になんでも屋さんだった。



…ただ、「デートをするのが仕事」っていうのはなかったな…(海を見る)。

最初は「総手書き」で書いていた

そんな営業マンだった頃、ぼくは年賀状を書きまくった。

まだ駆け出しの頃はお客さんの数もそんなにいなくて、20枚くらいの年賀状を手書きで書いた。宛名も本文も手書きで書いた。
「BOSSちゃんの字ぃ見た時は、息子(中学校2年生)の友だちから来た年賀状だと思ったよww」とかって言われた。「うるせー(泣)」と思った。


年賀状を出す数が50枚を超えた頃からだと思うけど、さすがに「総手書き」に限界を感じて、パソコンの宛名書きソフトを導入。


ぼくの勤めていた会社っていうのは、良く言えば「古き伝統を守り続ける」、悪く言えば「メール→そんなのやめて電話をかけろ、みたいな、すべてがすべて『昔俺たちはこうやって営業してたんだからお前たちもおとなしく同じことやりゃあいいんだわかったかはっ倒すぞ』的」な会社。

なので、今から思うと当時営業事務所のデスクの上にはたった1台しかパソコンがなかった。そしてその1台は事務員さん用。

理由は、上司たちにとって「パソコン=遊ぶもの」であり、パソコンを使って仕事をする、なんてことが想像すらしてもらえなかったことや、上司たちにとっては、営業マンが営業所内でパソコンをぱこぱこやっているよりは、外出している方がずっと「仕事している」用に見えていたこと。実際のところ本当に営業に行っているのかどこかの喫茶店でお茶飲んでいるのかわからないにも関わらずね(苦笑)。

だから、お客さんからいただいた名刺を宛名書きソフトにせっせこせっせこ入力していくのは、自宅に帰ってから自宅のパソコンで。ノートパソコンを自宅から持っていって、会社のデスクでやっていたとしたら、「そんな事して遊んでないでさっさと営業に行ってこい」って言われるの、目に見えてたからね。

でもその割に、会社のデスクの上で手書きで一枚一枚宛名書きしてる営業マンとかを見ると、ウチの上司たちは相好を崩して、「がんばってるねえ」とか言ってた。



ぼくも言われた。

本文を手書きで書いていたら、たまたま後ろを通りがかった専務クラスの人に、「おぅ。年賀状か。頑張ってるなー。…それにしても君の字は…。…まあ、読めればいいか」と言われた。「うるせー(泣)」と思った。


  後編に続く。



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2019_12_08_01









出典:https://wesee.ist/meet-unesco-city-of-design-seoul/

OLEAIに来てくださるお客さん、韓国人のお客さんももちろん多い。

ぼくの個人的なイメージだけど

ぼくの中の勝手なイメージとして、


英語を流暢に話す順番
フィリピン人=韓国人>>>日本人>中国人


みたいなのがあるんだけど。



韓国の人、「流暢」だけではなくて、発音なんかも本当にきれいな人が多くて(その点フィリピン人は発音はアレww)、いつも感心するんだけど、時々「…あれ? 韓国人なのにww」って言う人も少なくなくて。

サイパンの人(日本人・チャモロ人・フィリピン人)に聞いてみても、みんなぼくほどは「韓国人の英語はすごい」って言うイメージないみたいでさ。



「なんでぼくはこんなに『韓国人は英語が上手』って言うイメージが強いんだろう」と思ってたら、もう25年も前の韓国旅行を思い出した。




当時ぼくは洋服屋さんをやっていて、時代も良かったんだろうけど一都三県に6店舗お店をやっていて、時代も良かったんだろうけどそこそこ業績もよくて、時代も良かったんだろうけど「じゃあみんなで社員旅行とか行っちゃう?」ってなことになって。

字面だけ見ると「男子1+女子6(22歳~40歳)」の、夢のような旅ではあるんだけど(笑)、費用を出す側からしてみたら「3人くらい『都合が悪くていけません』とか言えばいいのに」って言う世界。

各店の主力メンバーなのでそんな何日もお店空けられないし、そんなわけで「近く」で「安い」と言う条件で候補に上がったのが韓国とサイパン。


その頃ぼくはすでにサイパンには何度か通っていたので、ぼくはサイパン推しだったんだけど、「日差しは困りますぅ💦」と言う女子が3人ほどいて、韓国になった。ソウルへの2泊3日の旅。


「夢のような旅」とは言っても、現実としてはそうもいかなくて(笑)、「ぼくが社員だったらどんな旅行が楽しいか」ってことを考えると、やっぱり「みんなで1回くらいは食事するけど、あとは全部自由時間♪」って言うのがいいのでは、と。


で、「みんなが自由」という事は「引率者のぼくも自由」と言うわけで、初めての街で必ずやる「ただひたすら街を歩く」っていうのをその時もやったんだよね。

スーパーおじさん

そしたらソウル市街のある交差点で、赤信号で横断歩道待ってたら、男性が近付いてきて。

今でも忘れない、30代半ばくらいの、良く言えば「ラフな」、悪く言えば「こ汚い」かっこしてる人。



日本語で話しかけてきたの。

「日本人でしょう?」


なんかちょっと怖くてさ。黙っちゃってたの。「(早く信号青にならないかな)」って思いながら。視線も、その人のことちらっと見ただけで、また信号の方見て。

その仕草が「日本語を理解していない」と取られたのかどうか、今度は韓国語でなにか言ってきた。

当然わかるわけないからぼくは前を向いたまま黙ってるんだけど、明らかにぼくにむけて話してる。



信号早く青になれ。



そしたらその人、今度はなんと中国語で話しかけてきた。

当然これもわからない。


なかなか信号が青にならないのでちょっといらいらしてきたし、いいかげん「(しつけえなあ)」とも思い始めたぼくが取った作戦は、「英語で煙に巻く作戦」だった。


「ごめんなさい、あなたがどこの言語で話しているのかはわかりませんが、ぼくは英語しか理解できません(キリッ)」

これを英語で言ったの。審査員がいたら「10点10点10点10点10点!!」ってなるくらいの発音で。


…そしたら(ゴクリ)。

「そうなんだ! 日本人に見えたよ! じゃあアメリカ人? 旅行で来てるの?」

これまた「10点10点10点10点10点!!」の発音の英語で言ってきた。




何者なんだこのおっさん💦💦



すっかり怯えてしまったぼく、そして自分をよりによって「英語しか理解できない=英語ならなんでもOK」の設定にしてしまったぼくは、ほんと、人として最低のことだと今でも思い出す度に反省するんだけど、それ以上会話することもなく、逃げるようにその場を立ち去ってしまったの(遠い目)。



勘違いしないでほしいんだけど、「人として最低のこと」って書いたけど、それは「逃げるようにその場を立ち去った」ことではないの。

それは、ぼくが「人を見た目で判断したこと」

ぼくの思考は完全に

「外国の路上でこ汚いかっこのおっさんが何か話しかけてきた」→怪しい
「しかも日本語で。こ汚いかっこのくせに」→怪しい
「と思ったら中国語も英語もぺらぺら。こ汚いかっこのくせに」→なにこれ怖い💦


…になっちゃってて、「相手の趣意は何なのか」とか、推し量るとかそんな余裕すら全然なかった。

「逃げること」はとても大切

ただし。

その一方で「逃げるようにその場を去ること」、まあ単純に言えば「逃げること」って言うのは外国で、特に初めての国では大切だと思っていて。


何度かこのブログでも書いてきているけど、残念ながらこの世の中、すべてがすべて「みんないい人」というわけではないからね。


特に、「旅行者」って言うのは間違いなく何日かしたらいなくなっちゃうんだから。
ぼくが悪い人だったら、そんな絶好のターゲット、放っておくわけがない(ニヤニヤ)。


「悪い人の特徴」として、「一瞬で相手を信用させる抜群の笑顔とルックス、そして親切心と会話術を持っている」っていうのがある。じゃないと旅行者、自分の国に帰っちゃうからね。




じゃあ、そう言う「笑顔」とか「ルックス」とか持ち合わせていない「悪い人」はどうするか。


そういう人は、仕方ないから地道に時間をかけて「信用」を得ていくしかない。




…たとえば普段から人の良さそうなブログを書くとかね…(悪い目)。






「逃げること」は、とても大切。


…さあみんな逃げて。





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2019_11_24_01









出典:https://jobmanga.com/job-shindan/

今はネットで検索すれば何百、もしかしたら何千って言う数の「適職診断」みたいなページが見つかる。

インターネットがなかった時代、そんなに一般的ではなかった時代でも、「適職診断」みたいなやつはあった。一番多かったのは、やっぱり就職情報誌ね。後の方のページにだいたい載ってた。


ぼくもやったことがある。

雑誌のやつも、インターネットのやつも、何回もやったことがある。



ぼくがそう言うの、「ちょっと信用できる」と思ったのは、何回やっても、どの雑誌、どのサイトでやっても、答えが2通りしか出なかったから。




ひとつは、「弁護士」。



もうひとつは、「『芸術家』『作家』『音楽家』など」。







…今になって思えば、これって、「頭が良くて」「クリエイティブな才能がある」のではなくて、「口が達者」で「社会人としての資質に欠ける」ってことなんだね(遠い目)。



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2019_11_13_03










出典:https://www.andgirl.jp/0000013610/photos/25039

大学生の時、一度だけバースデーパーティーってのを開いてもらったことがある。

…って言っても、もちろん「ぼくのためだけ」にパーティーを開いてもらったっていうのではなくて、「なんかこの一週間の間に4~5人誕生日のやつがいるからまとめてやっちゃうべ」って感じで開かれたやつだったんだけどね。


その頃はまだまだ今のような「情報があふれる時代」とかではなくて、今みたいに「誰かが知っている言葉はみんなも知っている」と言う時代ではなかった。

いわゆる「流行語」と言われる言葉なんかも、世の中に浸透していくのにはものすごく時間がかかっていた時代だったんだと思う。



東京の御茶ノ水というところにあったファミレスと居酒屋の中間みたいなお店。名前ももう覚えてないし、今もあるのかどうかも知らない。

20人くらい集まったのかな。


「とりあえずパーティーやろうぜ」って言う「なんとなく」の気持ちだけで開かれた典型的なぐだぐだの会で、みんなが順々に席を移っていってただ飲む、みたいな感じの、言ってみればぼくはいちばん苦手な感じのやつ(苦笑)。




ぼくはそう言う時、席を移動することもなく、自分のテーブルに置かれたものをただ黙々と食べ続けるスタイルが常なんだけど、その時も自分の場所を頑なに動かなかった。


しばらくして、ぼくのテーブルに、ぼくの隣にある女子が移動してきた。確か彼女も今回のバースデーパーティーでは「お祝いしてもらう側」、つまりぼくと誕生日がご近所さんだったはず。

優しい気持ちで満たされた気持ちで言うと「ぽっちゃりとした女子」と言う感じの女子で、たぶん取っ組み合いのケンカしたらこの子には負けるんだろうな、こてんぱんにやられるんだろうな、って思わせてくれるのに充分な、なんて言うんだろう、「堂々とした感じ」の女子だった。


「BOSSくんも誕生日なんでしょ?」
「うん」
「おめでとう」
「あ、おめでとう」


彼女は酔ってた。

「あのさ」
「ん?」
「私って…。Sに見える? Mに見える?」


ほんと、申し訳ないんだけど、この時のぼくは「S」とか「M」とか、もちろん言葉は聞いたことあっただろうし、言葉自体の意味も知っていたとは思うんだけど、こう言う使い方を知らなかった。だから、こう言う会話の流れで、こう言う言葉がこういう意味で使われる、ってこと、全然わからなかったんだ。


「…え…L…」




ぼくはその夜、「女を泣かせた男」の肩書きを得た。




そしてパーティー関係にはもう二度と呼ばれなかった。




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2019_11_13_03










出典:https://www.andgirl.jp/0000013610/photos/25039

実はもうすぐ誕生日なんだよね。

しかも今年の誕生日は、8年ぶりに日本で過ごす誕生日になるのだ。



前にも書いたことあるけど、ぼくは「いやいやいや、もう誕生日を『おめでたい』なんて思える年ではないでやんす💦」みたいに、年相応に精神が成長した感じではないので、今でも「わーいわーい」な方なんだけど、ただ、この時期になると必ず毎年思い出す忌むべき思い出があってさ。


洋服屋さん時代、調子に乗って東京都の池袋、千葉県の船橋、津田沼、千葉、神奈川県の厚木、福島県の平と、けっこう広範囲に渡ってお店をやっていた時、もう新宿の家に帰るのがめんどくさくなっちゃった時のために、船橋っていうところにアパートを借りていたのよ。小さいアパート。


そのアパートに帰ってきて、「うおお、今日も疲れたーあ」とか言って思い出したのが、「…あれ? もしかして今日、誕生日だった?」ってこと。

完璧に忘れてしまっていて、何の約束も、誰との約束もなくて、気がついたらひとりぼっちで過ごす誕生日になってしまっていたんだよね。


「寝るためだけの部屋」だから、楽しいものが置いてあるわけではないし、ただテレビの画面をぼおーっと眺めて、ぼくの大切な誕生日が過ぎ去ろうとしていたその時。



…突然電気が消えたんだよね。



(…も、もしかしてサプライズ!?)


ぼくは待った。次に起こるであろう「何か」を待った。


クローゼットからあの娘が出てくるのか、玄関から誰かが入ってくるのか、それともトイレにみんな隠れているのか…。



…そして、永遠にも思われるような「待ち」の時間の後、ついに電気がついた!




…ただの停電だったんだね。




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