2018年05月

2018年05月14日

今日の若尾裕之さんの未来デザインメルマガ、良かったので転載しました。

テーマは『長期的な視点で物事を見る』です。

 

目先のことだけを見て行動していたのでは、小さな出来事が気になってしまいます。

未来を見て考え行動することが大切です。

 

大きく変化している時代、企業も今は絶好調でも10年後にも好調が続くことはそんなに簡単なことではありません。

 

人もそうです。

今は羽振りが良かったとしても、突然のリストラや降格人事などが自分の身におこることもあります。

 

最後に頼れるのは自分だけです。

どんな人気企業にいたとしても、自分自身で力をつけ、どんな状況になっても生きて行ける

人間になることが大切です。

 

広い視野で、長期的に物事をとらえられるようになったら幸せが近づいてきます。

 

●タイムマネジメントのポイントの一つです

長期的も短期的も、はたまた中長期の視点もそれぞれ大切です。

しかし、多くの場合『長期的な視点で物事を見る』ことができていません。

だから、あえて若尾さんは長期視点を強調されています。

そして、長期の視点はずれること、それも大きく外れることが多いので、考えても無駄になると考えてしまう。


直近の未來に捉われないということです。
長期的な視点を誤ると、将来が大きくぶれます。

夢をしっかりと、そして明確にすること。
ビジョンとして見える化することです。

そうすると「夢のほうから」近づいてくれます。
まだ64年間しか私は生きていないですが、今のところの結論です。(^-^;

しかし、若尾さん苦労人ですね。m(__)m



iso_hiramatsu at 14:48コメント(0) 
生き方 | 歴史・文化・文明

2018年05月13日

今「働き方改革」が話題です。
そのときのポイントの一つが、時間管理、つまり「タイムマネジメント」です。

日常の仕事の段取りをうまく計画し、確実に実行することが大切です。

そのときのポイントが、あらかじめ計画するときにどのようにするかを整理整頓して計画することです。
事前のいろいろなところに対する配慮、留意点、注意などを検討し入れます。

あるいは過去の取り組みを振り返り、二度とそうならないように、うまく計画をする。
「良い未来計画」への創り込みです。

チームで仕事をしているのであれば、チームでの人の顔を思い浮かべる。
地域の人に及ぼす影響が懸念されるときは、地域の人々の顔を浮かべます。


そして実行後は、定期的にミーティングをして、業務の実行状況について振り返ります。
それをもとにまたあらたな段取りを計画します。

これが
PDCAを確実に回すことにつながります。( `ー´)ノ



iso_hiramatsu at 11:11コメント(1) 
労務管理 

2018年05月12日

今日の若尾裕之さんの未来デザインメルマガ、良かったので転載しました。

テーマは「いばらない」です。

 

歳を重ねたり、地位が高くなると、ごうまんになりがちです。

しかし、若い頃と変わらず謙虚な姿勢を貫くことが大切です。

 

すべての人が、違った経験をし、さまざまな知識を持っているものです。

そして、どんな人も自分にない良い面を持っているのです。

 

けして威張った姿勢ではなく、良いことは何でも素直に受け入れる柔軟さを持つこと

が大切です。

 

そうすれば、新しいことを知ることができるのです。

 

そして、まわりの人にいつも感謝の気持ちを持つことが大事なのです。

 

だんだん、まわりの人の見る目が変わります。

 

●これは反省です。私ももう64歳でもうすぐ65歳で高齢者になります。

若い人を見ると、すぐに何かいいたくなります。


「けして威張った姿勢ではなく、良いことは何でも素直に受け入れる柔軟さを持つこと

が大切です。

 そうすれば、新しいことを知ることができるのです。」


その通りですね。

「いばらない」こと、改めて確認しました。

しかし、それを出してしまうのと、出さないで反省するのでは、天地の違いがあります。

皆さんいかがでしょうか。 (-_-) 



iso_hiramatsu at 10:44コメント(1) 
生き方 

2018年05月11日

今日の若尾裕之さんの未来デザインメルマガ、良かったので転載しました。


テーマは
『笑われることを怖れない』です。
笑われて気持ちいい人はいません。


しかし、人に笑われることを怖れたり人から否定的なことを言われることを嫌がるあまり、自分らしく行動できなくなります。


人は人です。


それぞれの人が、その人なりの尺度で判断しているだけです。

人から笑われたり恥をかくことを気にせず自分らしく行動していけたら、行動ががらっと変わってきます。

そして、その先には幸せが待っています。


●これは私がずっと、考えてきたことであり、今そこからかなり自由になっています。

昔部下の結婚式で、急に挨拶を振られて、かなりみっともない姿を皆の前にさらけてしまったことがありました。


ずっと心の底に澱のように沈み、かなりきつかったですね。

トラウマの軽い状況が続きました。
誰しも人生には1回や2回はあることです。


2~3
年前から「不格好も結構素敵」と思えるようになりました。
というより、それで納得できるようになりました。

誠実にまじめに取り組むと緊張もするし、心ここにあらずにもなってしまいます。
それこそ不格好になりやすい。( `ー´)ノ


しかし、今は楽です。

「不格好も結構素敵」と思えているまので、そのくびきらから解放され、自由です。


「不格好も結構素敵」。
そう思いませんか。



iso_hiramatsu at 14:13コメント(0) 
生き方 | くらし

2018年05月10日

「巧詐は拙誠に如かず」
良い言葉です。


先日、
TBSの番組に出ていた政治家の先生が、座右の銘にしている言葉とのことでした。

 

「人間関係を保つために上手に技巧をつかうよりも、多少やり方はまずくても誠意をもって交際し、やがて本人の意向が相手に伝わる位の方がよいで。
ごまかして、上辺を繕ってもやがては、露見してしまいます。」
(大辞林
)

中国の「韓非子・説林・上」にあります。

 誠意の大切さを訴えた言葉。

誠意はちょっとしたところに見え隠れします。
取り繕うにも限界があります。


自分をよく見せようとか、尊敬されたいというのも、向上心の表れであり、大切にしたいことです。
しかし過度の背伸びは、それをこなすことにも疲れるし、第一長続きしません。

 

やはり、小さいことも大切にし、コツコツ取り組むことが大切です。

 

昔こんな人がいました。

研究会で一つの発表の担当になっていたのに、当日欠席。
もちろん事前に欠席かもしれないとの連絡はありました。


代わりに私が発表。
その次お願いしますとの連絡もしましたが、なしのつぶて。

誠実なことは大切です。

最低でも、他の人への迷惑度を意識するなど必要です。
ただそれは誠意以前の問題かもしれませんが・・・。

 

私は。誠意ほど大切なものないと思っています。

その感覚、今も深いですね。



iso_hiramatsu at 19:10コメント(0) 
生き方 | 哲学

2018年05月09日

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長崎の永井隆博士の暮らしていた「如己堂」です。

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「爆心地から北北東へ約620m、病に倒れた永井隆博士のために、1948年(昭和23)3月、浦上のカトリック信者と近所の人の好意で建てられた二畳一間の小さな木造の家。

長崎市名誉市民永井隆博士が二人の子供と共に住み、自らの病室兼書斎として生活していた。
そして、ここから世界中の人々に戦争の愚かしさと平和の尊さを発信続け、昭和26(1951)年5月1日43歳で永眠された。」(ウェブ「長崎原爆遺跡巡り」から)

今回の長崎旅行では、永井博士のお墓に行きました。
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奥さんの緑さんと並んでいました。

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そばにありました。
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「故永井隆博士の出身地、島根県雲南市三刀屋町より長崎市永井隆記念館の新築開館(平成12年4月)を記念し贈られた御衣黄桜です。
 
御衣黄桜は、ソメイヨシノの開花からおよそ2週間遅れで咲き始める、八重桜の一種で、薄い黄緑色の花が咲く、珍しい桜の木です。


蕾は少しピンク色をしていますが、蕾が開きだすと薄い黄緑色をした花を咲かせます。

開花が進むにつれ、花弁の中心にピンク色の縦線がはっきりと現れる。
散る頃は花はピンク色に変わるなど、色々と変化をする桜の樹です。

名前は高貴な方が着る衣に例えて付けられとも云われている。」(「長崎原爆遺跡巡り」から)

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緑夫人のロザリオです。

ロザリオは、カトリック教会において聖母マリアへの祈りを繰り返し唱える際に用います。
原爆で焼けただれています(赤い部分はサンゴ)

「緑さんは爆心地より北北東約620mの上野町の自宅で被爆死しました。

博士が3日後に自宅に帰りついた時には、自宅の焼跡には妻のロザリオと遺骨だけが残されていただけでした。」(「長崎原爆遺跡巡り」より)

「帰宅してみると我が家は全焼しており、最愛の緑夫人の亡骸を発見します。
真っ黒に焦げたロザリオにより、その遺体が夫人であることを知ったのです。」ともありました。
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どん底に大地あり。
永井博士の視野の広がりには、何があったのでしょうか。


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長崎3回目ですが、静かな感動がありました。


iso_hiramatsu at 16:40コメント(1) 
生き方 | 歴史・文化・文明

2018年05月08日

今日の若尾裕之さんの未来デザインメルマガ、良かったので転載しました。

テーマは『人の言葉を見極める』です。

あなたへの苦言は、あなたのことを大切に思っている人からの言葉であれば薬になります。

嫉妬や敵意をもった人からのものであれば毒になることもあります。


相手が誰なのか見極めましょう。

そして、毒になるような言葉は、自分の頭の中に入らないように聞き流すことです。

しかし、薬になる言葉は厳しいものであっても素直に受け取り、考え方や行動をあらためることが必要です。


「良薬は口に苦し」ということわざがありますが、そうすることが幸せにつながります。

 

●「薬になる言葉は厳しいものであっても素直に受け取り、考え方や行動をあらためることが必要です。」

その通りです。


しかし、中々すっきりと飲み込めません。
「それはそうだが、でもこんなことだってあるよ」とか、「そうなんだがチョッとそれは言い過ぎなんでは」といろいろと雑念がわいてきます。

心理学でいう認知的不協和です。

心の中に違和感、葛藤がある。
それがあって、心が素直に納得するまで行かない。


「『良薬は口に苦し』ということわざがありますが、そうすることが幸せにつながります。」

「良薬口に苦し」、これは孔子の「家語」の言葉です。

「孔子家語」には孔子の言葉で「良薬に苦けれども病に利あり。
忠言は耳に逆らえども行いに利あり
良薬
は苦いが飲めば病気を治してくれる。 忠言は聞きづらいが、行動のためになる)」。(ウェブ「故事ことわざ辞典)

気持を切り替えて、前向きに取り組むことです。


ここでも、やはり感謝できれば、ものごとは解決します。
「ありがとうございます」となんども繰り返し祈れば、前向きな心に変わります。


皆さんも一度、試してみてください。(^O^)



iso_hiramatsu at 11:49コメント(0) 
生き方 | 心理学

2018年05月04日

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長崎の大浦天主堂。
隣接して、「キリシタン博物館」があります。

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「蟻の町」が紹介されていました。
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「第二次世界大戦後、職もなく住む家もない人々が隅田川の言問橋の近くに集まって『蟻の会』という共同体をつくり廃品回収で生計を立てていました。

最初は現在の隅田公園の一角にあり、ゼノ修道士の協力や『蟻の町のマリア』として知られた北原玲子の働きによって有名になりました。

その後、現在の江東区潮見(当時は枝川)に移り、そこに玲子蟻の会の人々の願いであった協会が建てられました。」


蟻の町は東京ですが、ゼノ修道士が日本に上陸したのが、この長崎で、その後も長崎を拠点に活動しました。
この大浦天主堂の博物館でその状況が紹介されていました。

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ゼノ修道士の活動


「ゼノ修道士の日本での生活は貧しい人たちとともにありました。

ゼノ修道士は東京を大阪、神戸、北九州などを旅し、家族のいない孤児たちを長崎行きの列車に乗せ、聖母の騎士園(児童福祉施設)に受け入れました。

県庁職員は『困りましたね。
長崎の子供なら受け入れてもいいのですが、県外の子供には予算が出ません。』と苦慮しました。


するとゼノ修道士は答えます。

『ニッポンの子供、これ皆同じ。可哀そう、助けます。』

この一言で行政を押し切った話は有名です。」

  

そして・・・。


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蟻の町のマリア、北原玲子さんです。

「社会奉仕家で蟻の町のマリアと呼ばれていました。

大学教授の娘で恵まれた家庭に育った北原玲子という女性は、ゼノ修道士から蟻の町の話しを聞き、そこに出かけるようになり献身的に蟻の町の子供たちの世話をしました。

玲子は自ら汗を流して労働をし、助け合うことが重要であると考えるようになり、自ら『バタ屋』となってて廃品回収を行うようになりました。

玲子はいつしか結核を患い、1958年1月23日に28歳の若さで息を引き取りました。」
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ミゼリコルディア(慈悲)とは

「もっとも小さいものの1人にしたのはわたしにしてくれたこと」(マタイ25章40節)
キリストの教えを伝えることは『貧しい人とともに生きること』と深くつながっています。

それを実践する人々がミゼリコルディアというグループをつくり無料で貧しい人や病人の世話をしたり死者を葬ったりします。

この活動は多くの国に広まり、今も受け継がれています。
この活動は日本にも伝えられ、宣教師たちはあちこちに病院を建てて病気の人や貧しい人たちを助けました。」


ゼノ修道士、北原玲子さん、ミゼリコルディア(慈悲)そのものですね。
長崎には、大きなそして、静かな感動がありました。




iso_hiramatsu at 18:14コメント(0) 
生き方 | 哲学

2018年05月03日

長崎に行きました。
コルベ神父様に会いたくて、大浦天主堂に向かって坂を上がっていきました。

すぐに、「聖コルベ館」がありました。

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「聖コルベ館」の中には、アウシュビッツでの出来事が、写真としていろいろと展示されています。
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アウシュビッツのコルベ神父が最期を迎えた、地下の処刑室、餓死室です。
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「アウシュビッツ強制収容所の聖コルベ終えんの地下室。

人間の尊厳を全く踏みにじったこの場所で、神父は最高の愛を生み出した。
信仰によって、勝利を得た。」と書かれています。

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ポーランドの軍曹、ガヨニチェク氏。
コルベ師は、この軍曹の身代わりになりました。
戦後もずっと生き続けた同氏でしたが、左端の息子さんなのでしょうか、我が家に帰ったときはすでに亡くなっていたそうです。

とても悲しい話です。

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左の写真には「収容所におけるコルベ師」と書かれています。

右の写真には「私はカトリックの司祭です。
家族はいませんからこの人の身代わりになります。」とあります。

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「コルベ師は特別に憎まれ、重労働をされられた。
しかし、くじけず頑張る。」と左の写真、

「たったこれだけの食事をも、コルベ師は他人に分けてやった。」と右の写真。

地下の処刑室についてある本では、「地獄の縮図ともいうべき餓死監房」と表現されています。
「運命の扉の閉ざされた直後数日間、受刑者は、絶望のあまり狂気に陥るのであった。」。

しかし、コルベ師が入った直後から、この餓死監房が一変する。

「なんたる不思議であろう。
このたびの受刑者は、怒号せず、呪詛せず、歌っているのである。
さっきまで、叫びと怒号としか聞こえなかった隣の牢獄からも、かぼそい声がこれに和しているのである。

この処刑の場所は、たちまちにして、熱烈なる聖堂と代わり、祈りと歌が、監房から監房へと呼応し合っているのである。」

コルベ師は最期まで死ぬことなく、毒薬を注射されて亡くなりました。

「ほかの死体はきたなく、ひきつった、無残な顔をしているのに、『神父の死体は清潔で、輝いているようであった。』」とも書かれています。
(アウシュビッツの聖者コルベ神父マリアヴィノフスカ著 聖母の騎士社刊)


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身代わりの愛です。
私はクリスチャンですが、キリスト教には関心のない人にも、コルベ神父の話しは鮮烈です。

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坂をさらに上っていくと、大浦天主堂です。
とてもきれいな教会です。

9月にポーランドに行きます。
アウシュビッツにも行きます。
また、コルベ神父様に会えます。



iso_hiramatsu at 17:56コメント(0) 
歴史・文化・文明 | 生き方
プロフィール

平松 徹
株式会社ソフィア
代表取締役

<主なサービス>
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行政書士として
・建設業の許可申請
・建設業の経営事項審査
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経営コンサルタントとして
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