2011年07月11日

23.7.9福島県相馬市視察パート3 復興の力が確実にあること実感できました(^^)/

CIMG3876相馬市に着いて最初訪問したのは、相馬藩の旧重臣邸「佐久間家」でした。

今は呉服業を営んでいます。




CIMG3875今日は「相馬野馬追」の出陣式。

6人くらいの方が、陣羽織などの装束をここで着替えをして、出陣式に臨みます。

だからそのとき用の装束がたくさん用意してありました。

CIMG3922イヤー今日も暑かったです。

出陣式の相馬神社も本当に暑かった。(^^;)

相馬藩の殿様が今もいらっしゃる。その相馬の殿様か総大将です。

出陣式では、役割を書いたものでしょうか、皆の前で、一人ひとり読み上げられて、いただきます。

その前に相馬の市長さんの挨拶などありました。例年5月頃に出陣式があり、7月の終わりに本番の「相馬野馬追」があります。

CIMG3920この行事全国的に有名です。

昔の記念切手にあり、だから私も知っていました。

今年は「野馬追」自体を実施するかどうかかなり迷ったようです。
だから出陣式が7月になりました。

しかし今年は外に対してPRしません。
原子力発電の問題があり、安全の確保に責任を持てないからです、

祭や伝統的な行事は故郷の原点であり、人々の心をつなぐ絆そのものです。
そしてそれを通して、コミュニティーの絆が深まり、太くもなります。

世代を超えて絆も太くなるんです。だから、「心の復旧・復興」には祭や伝統的行事は欠かせません。

故郷は「時間」と「空間」を越えます。
だから心の中に「故郷の祭や行事」がある。

まちづくりにはキーマンが必ずいらっしゃる。

今回案内していただいた、私の仲間でもある佐藤健一さんは、福島県二本松市のタウンマネジャーでもあり、ここ相馬市の中心商店街のまちづくり指導もされている。
もちろんキーマンの一人。

今回お会いした、まちづくりNPOの代表、大石ゆい子さんもキーマンのお一人です。

放射能で苦しんでいる飯舘村は相馬市の隣りですが、そこで復旧・復興に取り組んでいらっしゃる。

大学の先生が何人かボランティアで放射能の問題で力を貸してくれているがその運営などに中心的に携わっていらっしゃいます。

復旧復興の足かせは、やはり原発。食べてくれなければ、来てくれなければ・・・・。復旧復興は難しい。

憂いの含んだ大石さんの言葉には、その難しさを何とか希望につなげたいとの意思をしっかり感じました。
こういう人たちがいれば何とかなります。(^^)/

もう一人、建設業の社長さんで商工会議所の役員でもある草野清貴さんもお昼をご一緒しました。

まちづくりボランティアの心優しき参謀長です。
この方たちがいてこそ、まちづくりは進みます。

今回の視察はもともと福岡の建築士でNSPの仲間である佐伯憲二さんが提案したものでした。

わざわざこのために前日は東京に泊まり、今回の視察に福岡の博多からいらっしゃいました。
何かできないかの一点からです。

いろいろな方達の心が一つになり、初めて復旧・復興が進みます。

CIMG3877お昼はうなぎ屋さんでした。そのときの5人の写真です。

左から、大石さん、佐伯さん、草野さん、佐藤さん、平松です。


このうなぎ屋さん満員でした。

まちの復旧・復興のために、多くの人が外から来ていらっしゃる。

その方たちで席は一杯でした。活力を感じました。(^_^)v

ところで、相馬市は震災の時、震度7だったそうです。
陣羽織などがあった佐久間家は、木造で明治25年頃に建てられた木造の家です。

しかし、屋根瓦が落ちたのと壁が少し剥がれ落ちたくらいの被害でした。ほとんど影響なかった。

木造は結構、地震には柔軟に対応でき、強いのですね。

イヤー、良かった、良かった。(^_^)


iso_hiramatsu at 00:25コメント(1)トラックバック(0) 
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コメント一覧

1. Posted by 中崎 亮   2011年07月12日 09:58
5 いつも有益な情報を有難うございます。都度ご返事はしていませんが、大変感謝しております。このたびの震災地訪問ご苦労様でした。先生のヴァイタリテイにはいつも感心しております。どうぞお体に気をつけられ、活躍されんことをお祈りします。

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プロフィール

平松 徹
株式会社ソフィア
代表取締役

<主なサービス>
社会保険労務士として
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行政書士として
・建設業の許可申請
・建設業の経営事項審査
・相続に関する手続き業務

経営コンサルタントとして
・ISO認証取得支援
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