2018年05月03日

長崎のコルベ師。身代わりの愛です。 18.5.3

長崎に行きました。
コルベ神父様に会いたくて、大浦天主堂に向かって坂を上がっていきました。

すぐに、「聖コルベ館」がありました。

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「聖コルベ館」の中には、アウシュビッツでの出来事が、写真としていろいろと展示されています。
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アウシュビッツのコルベ神父が最期を迎えた、地下の処刑室、餓死室です。
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「アウシュビッツ強制収容所の聖コルベ終えんの地下室。

人間の尊厳を全く踏みにじったこの場所で、神父は最高の愛を生み出した。
信仰によって、勝利を得た。」と書かれています。

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ポーランドの軍曹、ガヨニチェク氏。
コルベ師は、この軍曹の身代わりになりました。
戦後もずっと生き続けた同氏でしたが、左端の息子さんなのでしょうか、我が家に帰ったときはすでに亡くなっていたそうです。

とても悲しい話です。

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左の写真には「収容所におけるコルベ師」と書かれています。

右の写真には「私はカトリックの司祭です。
家族はいませんからこの人の身代わりになります。」とあります。

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「コルベ師は特別に憎まれ、重労働をされられた。
しかし、くじけず頑張る。」と左の写真、

「たったこれだけの食事をも、コルベ師は他人に分けてやった。」と右の写真。

地下の処刑室についてある本では、「地獄の縮図ともいうべき餓死監房」と表現されています。
「運命の扉の閉ざされた直後数日間、受刑者は、絶望のあまり狂気に陥るのであった。」。

しかし、コルベ師が入った直後から、この餓死監房が一変する。

「なんたる不思議であろう。
このたびの受刑者は、怒号せず、呪詛せず、歌っているのである。
さっきまで、叫びと怒号としか聞こえなかった隣の牢獄からも、かぼそい声がこれに和しているのである。

この処刑の場所は、たちまちにして、熱烈なる聖堂と代わり、祈りと歌が、監房から監房へと呼応し合っているのである。」

コルベ師は最期まで死ぬことなく、毒薬を注射されて亡くなりました。

「ほかの死体はきたなく、ひきつった、無残な顔をしているのに、『神父の死体は清潔で、輝いているようであった。』」とも書かれています。
(アウシュビッツの聖者コルベ神父マリアヴィノフスカ著 聖母の騎士社刊)


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身代わりの愛です。
私はクリスチャンですが、キリスト教には関心のない人にも、コルベ神父の話しは鮮烈です。

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坂をさらに上っていくと、大浦天主堂です。
とてもきれいな教会です。

9月にポーランドに行きます。
アウシュビッツにも行きます。
また、コルベ神父様に会えます。



iso_hiramatsu at 17:56コメント(0) 
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プロフィール

平松 徹
株式会社ソフィア
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