2018年05月04日

長崎には、静かな感動がありました。 18.5.5

CIMG1014

















長崎の大浦天主堂。
隣接して、「キリシタン博物館」があります。

CIMG1007

















「蟻の町」が紹介されていました。
CIMG1009

















「第二次世界大戦後、職もなく住む家もない人々が隅田川の言問橋の近くに集まって『蟻の会』という共同体をつくり廃品回収で生計を立てていました。

最初は現在の隅田公園の一角にあり、ゼノ修道士の協力や『蟻の町のマリア』として知られた北原玲子の働きによって有名になりました。

その後、現在の江東区潮見(当時は枝川)に移り、そこに玲子蟻の会の人々の願いであった協会が建てられました。」


蟻の町は東京ですが、ゼノ修道士が日本に上陸したのが、この長崎で、その後も長崎を拠点に活動しました。
この大浦天主堂の博物館でその状況が紹介されていました。

CIMG1011

















ゼノ修道士の活動


「ゼノ修道士の日本での生活は貧しい人たちとともにありました。

ゼノ修道士は東京を大阪、神戸、北九州などを旅し、家族のいない孤児たちを長崎行きの列車に乗せ、聖母の騎士園(児童福祉施設)に受け入れました。

県庁職員は『困りましたね。
長崎の子供なら受け入れてもいいのですが、県外の子供には予算が出ません。』と苦慮しました。


するとゼノ修道士は答えます。

『ニッポンの子供、これ皆同じ。可哀そう、助けます。』

この一言で行政を押し切った話は有名です。」

  

そして・・・。


CIMG1010



















蟻の町のマリア、北原玲子さんです。

「社会奉仕家で蟻の町のマリアと呼ばれていました。

大学教授の娘で恵まれた家庭に育った北原玲子という女性は、ゼノ修道士から蟻の町の話しを聞き、そこに出かけるようになり献身的に蟻の町の子供たちの世話をしました。

玲子は自ら汗を流して労働をし、助け合うことが重要であると考えるようになり、自ら『バタ屋』となってて廃品回収を行うようになりました。

玲子はいつしか結核を患い、1958年1月23日に28歳の若さで息を引き取りました。」
SG_Satoko_kitahara




















CIMG1012



















ミゼリコルディア(慈悲)とは

「もっとも小さいものの1人にしたのはわたしにしてくれたこと」(マタイ25章40節)
キリストの教えを伝えることは『貧しい人とともに生きること』と深くつながっています。

それを実践する人々がミゼリコルディアというグループをつくり無料で貧しい人や病人の世話をしたり死者を葬ったりします。

この活動は多くの国に広まり、今も受け継がれています。
この活動は日本にも伝えられ、宣教師たちはあちこちに病院を建てて病気の人や貧しい人たちを助けました。」


ゼノ修道士、北原玲子さん、ミゼリコルディア(慈悲)そのものですね。
長崎には、大きなそして、静かな感動がありました。




iso_hiramatsu at 18:14コメント(0) 
生き方 | 哲学

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
プロフィール

平松 徹
株式会社ソフィア
代表取締役

<主なサービス>
社会保険労務士として
・就業規則作成
・助成金申請支援

行政書士として
・建設業の許可申請
・建設業の経営事項審査
・相続に関する手続き業務

経営コンサルタントとして
・ISO認証取得支援
・Pマーク認証取得支援
・Gマーク認証取得支援

最新コメント
記事検索