2020年08月30日
不協和音はあって当たり前
日々の暮らしの中で、色々とざわざわします。
まったくの快晴ばかりではもちろんありません。
ある時は雨が降り、風が吹き、自然災害なども今は何度も何度もあります。
だからそれぞれの人には、憂いも悲しみもそして喜びも色々とあります。
だから詩が生まれ、劇画が誕生し、人生も豊かになる。
人は悲しみが多いほど人に優しくなれる。
武田鉄矢さんの歌にそんな文句があったの思い出します。
グレースです。
今回のパンデミックも、人類が今までしてきたことのツケが回ってきているとのグレードル博士の考え、その通りなのですが、逆に今こうなっていることも、神の摂理、神の予定調和と私は考えます。
神の予定調和。
この調和の中には不調和が入っています。
協和音の中に不協和音がある。
だから曲の中に緊張感も生まれ心を打つ曲にもなっていきます。
なぜピカソのゲルニカが人の心を打つのか。
そこに人間の、そしてそれ以上に人類の悲しみが表現されているからです。
改めてライプニッツの「モナド」を思い出します。
「モナド」には窓がない。有名な文章です。
確かに「モナド」は「分子」などよりさらに小さい量子力学の世界の最小単位の「素粒子」です。
そこには窓がない。
意味合いは「モナド」と「モナド」の間には連絡する窓がない、お互いがコミュニケーションをする窓がないと言うことです。
しかし、人類はある方向に向かって大きく動いている。
そこに予定調和がある。
結局最後には祈りと感謝しかありません。
それが私平松の今のところの結論です。