日記

2015年09月16日

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熊本の「カトリック手取教会」です。
http://sf.kcn-tv.ne.jp/users/tetori/info.html

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熊本にセミナー講師で行き、宿泊した「熊本日航ホテル」の隣にありました。(^o^)/

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落ち着きます。

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創立は、明治22年(1889)3月、パリ外国宣教会のジャン・マリー・コール神父が熊本を訪れた時に宣教が始まり、明治27年(1894)7月11日現在地に教会が建ちました。

現在の聖堂は鉄川与助氏の手で建築され、昭和3年(1928) 5月「日本の聖母」にささげられた教会として献堂されました。 (手取り教会のHPより)

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「信徒会館」です。
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歴代の主任司祭。

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マリア様です。

そして…。
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マザーテレサです。
「神よ私の祈りを聞き、この口にのぼる願いに耳を傾けてください。」(詩編54)

1981年に来日しました。
https://www.youtube.com/watch?v=xkvrslHKUWg

マザーテレサの「心の闇」。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/sp_newsletter/spnl_backnumber/spnl-50/spnl-50-1.htm
神に対する疑念・・・。

ぼくはカトリック教徒ですが、だからマザーテレサが一層親しく感じられます。

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「カトリック手取教会」でした。

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2015年01月02日

今年は「羊年」です。

私はキリスト教徒ですが、イエスキリストは「神の子羊」として生贄になり、神に捧げられました。

だからといって、羊が暗いわけではありません。
イエスキリストが生贄になることで、我々が救われたと考えるからです。

暗さを突き抜けたところに、明るさが広がっています。


これは親鸞聖人の「善人救われる、いわんや悪人をや」という悪人正機の説に通じます。

今年は、きっと、もっと明るい年になりそうです。(^o^)

 



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2014年12月05日

「産業革命後、森林伐採などで種の絶滅はかつてない速度で進行している。

『食料、薬品、芸術・・・・自然の恩恵があって初めて人間の生活があることを忘れてはいけない。』」


毎日新聞、2014年12月04日朝刊の記事、「ひと:ダニエル・ジャンゼンさん=ブループラネット賞を受賞した」です。


「皇居近くのホテルに滞在中、花壇で蜜を吸うスズメガを見つけると、すかさず写真に収めた。

『どこで何を食べて育ち、どこから飛んできたのか。

大都会の真ん中でも、生き物の言葉に耳を澄ますことはできる』。


熱帯生物学の先駆者は、芋虫の飼育に夢中になった10歳のころと変わらぬ熱っぽさで説く。」(同記事)


ブループラネット賞
http://www.af-info.or.jp/blueplanet/introduction.html
を受賞した、ダニエル・ジャンゼンさんです。


ブループラネット賞は、旭硝子財団が1992(平成4)に創設した、

地球環境問題の解決に貢献した個人や組織を表彰するものです。


「活動の拠点は太平洋とカリブ海に挟まれた中米コスタリカ。

自身の発案で1989年、雨林、乾燥林、雲霧林を一つにつなぐ『グアナカステ保全地域』が誕生した。


政府資金や寄付を元に土地を買い広げた約17万ヘクタールに、地球上の生物種の2.6%に当たる約37万5000種が息づく。


全種のDNAのデータ化に取り組み、地球環境保護活動を顕彰する今年のブループラネット賞に選ばれた。


1年の半分は母国で教壇に立ち、残りを保護区内の小屋で過ごす。」(同記事)


1年の半分を自然のささやきに耳を澄ます毎日。

自然がいろいろと語ってくれる。

東京に来ても、大都会なりに自然のささやきがある。


「いつもの自然は、カリブ海の虫や草木を誰よりも間近で観察し続け、数々の発見を生んだ。


親木に群がる天敵の存在が、親木の真下に他の種が育つ余地を生み、森全体の樹種を多様化させるという仮説もその一つ。


『物事の進め方において、野生界は人間が考え出すよりはるかに大きな知恵を持っている』と、畏敬の念を抱く。」(同記事)


この「野生界は人間が考え出すよりはるかに大きな知恵を持っている。」という記述その通りと思います。


孫悟空がもうこのあたりでお釈迦様の腕を大きく超えたと思ったら、やはりお釈迦様腕の中だったという「西遊記」の中の話が思い出されます。


僕はキリスト教徒ですので、所詮「神様の腕の中」ですが・・・・。

人知は知れています。


ダニエル・ジャンセンさんについての解説がありました。


「米ウィスコンシン州出身。ペンシルベニア大教授。コスタリカ国立公園気候研究顧問。妻も生物学者」

とてもうらやましい、生活です。(^O^)



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2014年11月20日

イヤー失敗してしまいました。

上野駅で、新幹線に乗り遅れてしまいました。

山形行つばさ号に乗るはずですが、気が付いたら、目の前をすっーと行ってしまいました。


乗り過ごしは新幹線では過去経験がありません。

普通電車ではありますが・・・・。


山形行です新幹線といっても何本もありません。

イヤー、青くなりました。

とにかくその日のうちにつかないといけないので、焦りもしました。


そしたら、すぐ10分後に山形行が運よくあったので、それの自由席に乗り、無事それほどの遅れもなく着きました。


でも、実はNHKの黒田官兵衛見たかったんです。

残念ながら見ることができませんでした。(-_-;)


原因は明確です。

目の前の仕事、書類確認なのですが、それに少し集中していたから、気が付いたら、つばさ君、行ってしまった。

かなり仕事が立て込んで、チョッと寝不足もありました。


知っています???


これってうつ病の前触れなのです。

寝不足で、仕事がつまって必死に業務をこなしていると、頭の中のコンピュータの覚醒パルスがだんだんと希薄になっていきます。

そのうち頭が、もうろうとしてくる。


この状態がずっと続くと、本当にうつ病になっていきます。


責任感の強い人が鬱になりやすいのですが、責任感で仕事がいい加減にできない、だから寝ないでも必死にこなそうとする。


それがたまって固定化すると、「心」を踏み潰してしまいます。

やる気がなく、無気力の状態になります。


自殺念慮と言いますが、ひどい場合には、死にたくなってしまいます。


だからうつ病には、自殺が結構多い。


自分を守ろうとする自己本能です。

だってそのままその激務が続くと、脳も体もダメになってしまいます。

必要な睡眠が全くとられていないのですから・・・・。


だから、鬱になり、睡眠をとらざる得ない状態に追い込み、肉体を守ろうとします。

邪魔な「精神」「心」を無力にしてしまうのですね。


人間を例えると脳は指揮者で体は楽団員。

しかし、音が聞こえない。大脳が体をコントロールしています。臓器は自律神経で動いていますがその状況は、私たちの「心」にはわかりません。


これが音が聞こえないということです


ベルグソンというとても素敵なフランス人の哲学者がいます。

このベルグソンがそのように「物質と記憶」という本に書いています。


「心」と「脳」と「体」はそれぞれつながっているが、別々のものということです。

「心」と「脳」は直接関係していると考えがちですが、そうではないことをその本で証明しました。


私たちの「心」が「脳」に何らかの指示をすると、それに対して「脳」が相応に対応していきます。


だから、私たちは、「脳」をうまく使いこなさないといけないということです。

充実した人生を送ろうと思ったらですが・・。


そんなことを今回しっかりと思い知った、平松君でした。(^O^)



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2014年10月12日

今日、プロ野球クライマックスシリーズ見ました。


どこを応援することもなかったのですが、広島が日本一のコースから外れ、阪神が残りました。
パリーグは、まだわかりません。明日次第です。

しかし、T−岡田の3ランは見事でした。

というより、良くある筋書き通りでした。一人ひとりが輝くストーリーのティピカルな事実???

ホームランを打ったその後T-岡田はずっと笑みを浮かべていました。
だって確か、それまで3三振でしたから。
明日、第三戦です。

楽しみです。(^o^)
しかし、台風が近づいています。(-_-;)


 


 


 


 



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2014年08月18日

「中国は共産党による建国宣言の2年後(1951年)にバチカンと断交。

中国のカトリック教会は政府公認の『中国天主教愛国会』と、法王に忠誠を誓う非公認の地下教会に分かれ、バチカンと中国は聖職者の司教を任命する権限などを巡り対立した。


前任法王のベネディクト16世時代に問題解決を目指し中国と接触が持たれたが、協議は途絶えている。」


 2014818日、毎日新聞東京朝刊の記事です。


「韓国を訪問中のフランシスコ・ローマ法王は17日、西部・瑞山(ソサン)で開いた会合で、名指しを避けながらも、バチカン(ローマ法王庁)と国交が無い中国を念頭に対話を呼びかけた。

法王は昨年3月の就任以来、中国との関係改善を模索してきたが、自ら公の場で対話を提案したのは初めて。

双方は既に水面下で接触しているとの情報もある。」(同記事)

(^o^)/

「法王はアジア各国司教団との会合で『アジア大陸で法王庁と完全な関係を持っていない国々は対話をためらわないでほしい。

政治対話だけでなく、兄弟としての対話もある』と述べた。


特に中国や北朝鮮のバチカンへの警戒感を念頭に、『キリスト教徒たちは征服者としてやって来るのではない』と強調した。」(同記事)


そうですね。

安土桃山時代のイエズス会の来日行動には、世界戦略としての思惑があったことはたぶん事実と思います。


私はカトリック教徒ですが、それを否定する気は毛頭ありません。


しかし、今のフランシスコ法王には本当に期待で胸がいっぱいです。(^o^)

1人でも血を流さないで欲しい。

その願いはだれの旨にもある。
内戦が続く国の方たちほど、その思いは強いのではと思います。


バチカンのパロリン国務長官は訪韓前、中国と『建設的な対話』に応じる用意を表明。


法王は就任直後の昨年3月、中国の習近平共産党総書記が国家主席に選出された際に書簡を送り、返信を受けた。


法王は中国で暮らす信徒の安全と信教の自由を願う一方、バチカンの平和外交を展開する上で『潜在的超大国』である中国との関係強化を目指しているとみられる。」(同記事)

私の大好きな、アシジの聖フランシスコに、「平和を願う祈り」があります。

http://www.catholic-fushimi-kyoto.jp/oinori6.html

神よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。
憎しみのあるところに、愛を
さかいのあるところに、ゆるしを
分裂のあるところに、一致を
迷いのあるところに、信仰を
誤りのあるところに、真理を
絶望のあるところに、希望を
悲しみのあるところに、喜びを
闇のあるところに、光をもたらすことができますように。

神よ、わたしに、
慰められるよりも、慰めることを、
理解されることよりも、理解することを、
愛されるよりも、愛することを
望ませてください。

自分を捨てて初めて自分を見いだし、
ゆるしてこそゆるされ、
死ぬことによってのみ、永遠のいのちによみがえることを
深く悟らせてください。



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2014年07月13日

一昨日、大阪は天神橋筋商店街の近くのホテルに泊まりました。
そこで夜お酒を飲みに入った、飲み屋さんでの話。

「あなたにはもう出さないよ」と店主から言われてしまいました。
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このお店です。

飲んでいて少し酔った頃、メニューを見たら「税込み」とあったので、「消費税税込みなんだね。なかなかですね。」と言ったら、そこの店主のおじさんが「イヤーうちは税抜きだよ、裏を見てみな…。」。

確かにメニューをひっくり返すと「税抜き」と手書きで修正しています。
そこで私はうっかり「虚偽表示」といったようです。

それで少しおこった店主のおじさん、「あんたには税込でいいよ。」
私は、「イヤー払いますよ。」といったのですが、「そんなんなら、最初から言うんじゃない」とおじさんはチョッとおかんむりの様子。

最後の仕上げに、豚ペイ焼きを注文したら「あんたには出さないよ」でした。

「もの言えば唇さみし・・・」でした。(>_<)

とても繁盛している、天神橋筋商店街の一番街の店でのできことでした。
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2014年06月10日

昨日、机でしっかりコーヒーをこぼしてしました。


家内にもしっかりあきれられましたが、このような失敗、負け惜しみでなくたまに必要です。

まず、とにかく急いでこぼしたあたりをきれいにしないといけません。(>_<)


今回わきの書類ケースを動かしたら、前に捜していた大切な書類がありましたし、ケースの中を整理しないといけないので、いらないものしっかり捨てました。


これって、ISOでいう「レビュー」です。ふり返り、見直しのことです。


仕組みや文書などをISOではしきりにレビューすることを要求します。

レビューすることを人は好んではやりません。

だから、定期的に期日を決めて実行することが必要になる。また、アクシデントがあると、レビューしなくてはいけません。


これはリスクマネジメントにもつながります。

首都直下の地震、30年以内に70%起きる確率です。
そのときのために今の状況を見直すことも大切です。

これもレビューです。


失敗は成功の母といいます。

というか、失敗してもただでは起きないということでしょうね。

授業料分はせめて取り返さないと人生損です。(-_-;)



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2014年06月08日

「よかれと思って、してあげたことに対して、『ありがとう』のひと言もないどころか、かえって悪者にされた時が、何度あったことでしょう。

『飼犬に手をかまれた』思いも、一度ならず味わいました。」


ベストセラーになった『おかれた場所で咲きなさい』のノートルダム清心女学園理事長シスター渡辺和子の新しく出版された本、『面倒だからしよう』の中の一節です。(幻冬舎刊 p110


「思い切り仕返しをしたいと思ったこともあります。

それをしないですんだのは、 幼い時から相手のレベルに自分を下げてはいけないという、母の教えのおかげであり、『許しなさい』という、キリストの言葉でした。」(同著 p110


そして、・・・・。


「自分の心の痛みを癒すためには、まずは『思いを断ち切ること』が大切です。

いつまでも傷にこだわっていると、その間、私は相手の支配下にあります。

人間ですから、きれいに断ち切ることは不可能です。

しかし許すことで相手の束縛から自由になれるのです。」(同著 p110


その通りですね。

心の底をコントロールすることはなかなか難しい。
しかし、意識的に心の向きを変えることができる。


心の底にわだかまりがあり,それをしっかりひきずっている間は、相手に支配されいるし、事実として、けっこう損をしていることになります。


「許す」ということ、もっと積極的には、「感謝」ですね。(^O^)


「まだ若く、洗礼を受けて間もない頃、ある方が教えてくださいました。
『あなたの心が痛みを感じるのは、茨の冠をかぶったイエスさまが、身近においでになる証拠なのですよ。
血が心から流れているとしたら、それは、十字架上のイエスさまのみ傷の返り血だと思いなさい』


傷つけられる時にこそ、イエスさまは近くにいてくださる。

私の痛みと流す血は、イエスさまのおそばにいる証拠。


そう思う時、傷ついても痛んでもいいと思えるようになりました。」(同著 p111


この言葉、体に静かに浸み込みます。

決してきれいごとでなく、「傷ついた時こそ心を輝かせるチャンス」。

人間にとって、いやなことだから「感謝」できること。
これが人間にとっての「自由」の意味ということ、この頃少しわかりかけてきました。(^O^)



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2014年06月07日

「私は、九歳の時から親の仇を持った人間です。


三十数名の陸軍の青年将校と兵士が朝の六時前トラックで家に乗りつけてきました。父が機転を利かせて、私を座卓の陰に間一髪で隱してくれたのですけれども、将校たちは軽機関銃を据えつけて、私の目の前一メートルの所で父を惨殺して帰りました。


血の海の中で、父は死にました。その寝室には、父と私しかいませんでした。かくして私は父の最期を看取った、たつた一人の人間になりました。」


ベストセラーになった『おかれた場所で咲きなさい』のノートルダム清心女学園理事長シスター渡辺和子の新しく出版された本、『面倒だからしよう」の中の一節です。(幻冬舎刊 p113


「その父を殺した人たちを『憎んでいますか?』とよく聞かれました。

そのたびに私は、『いいえ、あの方たちにはあの方たちの大義名分がおありになったと思いますので、お限みしておりません』といっていました。


ところが、私が修道院に入って二十年も経った頃でしょうか、あるテレビ局から、二月二十六日のあたりで「どうしてもテレビに出てほしい」と頼まれました。
 

父が死んだのは六十一歳でしたが、一緒に殺された斎藤實内大臣とか高橋是清大蔵大臣はもう七十代の方たちで、お子さまは一緒にいらっしゃいませんでした。私は殺された側の唯一の生き証人だからということで、テレビ局へまいりました。

 

するとなんと、私には何の断りもなく父を殺した側の兵卒が一人、同じくテレビに出演するために呼ばれていたのです。

私は本当にびっくりしました。


殺した側と殺された側とで話もなく、テレビ局の方が気を利かせてコーヒーを運ばせてくださって、私は『これ幸い』と思ってコーヒー茶碗を口元まで持ってまいりました。


ところかどうしてもそのコーヒーを、1滴も飲めなかったのです。本当に不思議でした。」(同著 p113


シスター渡辺の心深くに、わだかまりがしっかりあったということですね。

深層心理の底に人間を支え、動かしているものがあることは事実です。
考えることとわだかまりの、心の底での
人間としての葛藤です。
人間の奥深さです。


「何でもないコーヒー、それも時間的にも朝の十時半ごろのモーニングコーヒーです。

その時私はつくづく『自分は、本当は心から許していないのかもしれない』ということと同時に、『やっばり私の中には父の血が流れている』ということを感じ、『敵を愛する』ということのむずかしさを味わいました。」。(同著 p114

とても人間的なことです。
愛することと憎むことの葛藤が心の底にある。それが人間の行動を支配する一つになっている事実です。

「汝の敵を愛せよ」とのイエス・キリストの言葉は、だからもはや倫理的な次元のものでなく、宗教そのものの高みにあることになります。



「頭では許しても、体がいうことを聞かないということがあります。


今、私がもし聖書の中の『汝の敵を愛せよ』ということを実行するとすれば、せめて相手の方の不幸を願わないことです。


今、相手の人は生きていらっしゃるかどうかはわかりませんが、『老後をお幸せにお過ごしになりますように』と祈ることが私にとって精一杯の、『汝の敵を愛せよ』とおっしゃったイエスさまのみことばを守ることだ思います。


人間は弱いものです。
口ではきれいなことをいってもなかなか体がついていかないことがあります。
それを体験できたということは、恵みだったと思います。」(同著 p113


最後にありました。

「頭で許しても体がついていかないことがある。

せめて、相手の不幸を願わないことを心に留めて生きたい。」(同著 p116


しっかり心したい言葉です。(-.-)



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2014年06月05日

「ちょっと批判されても胸にズキンとこたえるものだ。

すわ一大事ととらえ、戦争でもしているように自己防衛に走る。」


ベストセラーになった、リチャード・カールソンの「小さなことにくよくよするな!」の一節です。(小澤瑞穂訳 サンマーク出版 p129


「ほっといてくれよ!

批判にたいして自己弁護すると、よけいにズキンとくる。

攻撃されたと感じ、自分を守ろうとするか相手に反論しようとする。自分や批判する相手にたいする怒りと恨みが頭に渦巻く。


こういった反応はとてつもないエネルギーを必要とする。」(同著p129)


確かにそうです。

目には目を、歯には歯を!!

とすぐにいきり立ってしまうこともしばしば…。


しかしこれにはとても良い方法があると、カールソンは言います。


「自分に向けられた批判に同意する。

これは信じられないほど効果的な練習方法だ。


相手の批判に同意すれば場の緊張がやわらぐばかりか、なにかひと言いいたいという相手の欲求も満たされる。また人が自分を見る目のなかになんらかの真実があることを知り、なによりも冷静さを失わない絶好の訓練になる。」(同著p129)


そして奥さんとの過去の経験の話になります。


「私がはじめて批判に同意したのは、妻に『あなたって、しゃべりすぎることがあるわね』と言われたときだった。


そのときはまず、グサリときたのを覚えている。

『そうだね、たしかにしゃべりすぎることがある』と答えたとき、人生を変えるなにかに気づいた。


同意することで、彼女がまともな指摘をしていると気づいたのだ。たしかに私はしゃべりすぎる。あっさり同意したので彼女も気が楽になったらしく、すぐにこう言った。『でも、あなたって本当に話がしやすい人よね』と。


もし私が批判に腹をたてていたら、そんなことは言ってくれなかっただろう。」(同著p130)


「この戦略はためしてみる価値がある。

批判に同意してみると、グサリとくる以上にいいことが待っている。」(同著p130)


しっかり受け止めることの大切さですね。

ちょっと意識して、やってみることですね。(^o^)



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2014年06月03日

「悲しいことに私たちの多くは幸せになるのを延期しようとする。それも無限に。

『いつかきつと幸せになるはずだ』と自分に言いき かせて。」


ベストセラーになった、リチャード・カールソンの「小さなことにくよくよするな!」の一節です。(小澤瑞穂訳 サンマーク出版 p167)


「請求書をすべて払い終わったら、学校を卒業したら、就職したら、昇進したら、きっと幸せがやってくる。
結婚したら、子供が生まれたら、人生はもっとよくなるはずだ。


やがて、子供が早く大きくならないことで欲求不満になる。

さっさと大きくなったらいいのにと思う。やがて、子供が十代の難しい年ごろになるとまたカリカリする。その年ごろを超えてくれたらきっと幸せになれる。

妻や夫がきちんとやってくれたら、もっといい車を手に入れたら、引退してすばらしい休暇旅行に出かけられたら、きっと幸せになる・・・・・・。


そう、リス卜はえんえんと続く。」(同著p167) 


その通りですね。
今の煩いの向こうに幸せがあると、どうも私も錯覚していました。(>_<)


「一方で人生はどんどん進んでいく。

幸せになるのはいまこのときをおいてない、というのが真実だ。」。(同著p168)
とカールソンは言い切っています


リチャードソンは大好きなアルフレッド・ディソゥザの言葉を引用します。


「私は長いこと、本物の人生はこれから始まると思って過ごしてきた。

だが、いつもなにかに邪魔されてきた。

先に片づけなければならないこと、やりかけの仕事、借金の返済。
それが終わったら人生が始まるだろうと。


やがてついに私は悟った。

こういった邪魔ものこそ、私の人生だったのだ」(同著p168)


日々の中に幸せがある。
今日の日、そして今その瞬間が幸せの原点ということ。
とても意味深い真実です。それもつい忘れがちな真実です。


今日もこれから私の一日、始まります。
それでは、「さあ元気出していこう。」 (^o^)/



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2014年05月19日

「日本相撲協会理事長として八百長問題など相次ぐ不祥事に対処し、角界改革に尽力した先代放駒親方で元大関・魁傑の西森輝門さん(66)が18日、急死したことが分かった。


関係者によると、同日午後3時過ぎ、西東京市のゴルフ練習場でプレー中に突然倒れて東京都小平市の病院に搬送され、死亡が確認された。

死因は調査中。通夜は23日午後6時、葬儀は24日午前10時、東京都中野区中央2の33の3の宝仙寺。喪主は未定。」


毎日新聞の今日(20140519)の朝刊記事です。


「75年初場所後に大関に昇進したが、一度は大関から陥落。

不屈の闘志で76年秋場所に平幕の前頭4枚目で2回目の優勝を果たすと、翌77年初場所後に大関に復帰した。」(同新聞)


魁傑は僕にとっては、とても好きなお相撲取りでした。

なぜ好きになったのかわかりません。

まじめなところが好きだったのかもしれません。あと、愛嬌があったし…。(^O^)


「79年初場所で引退後、花籠部屋から独立し、放駒部屋を創設。

師匠として第62代横綱・大乃国(現・芝田山親方)を育てた。


 角界が逆風にさらされた2010年8月、理事長に推された。前代未聞の野球賭博事件で武蔵川理事長が辞任。理事長の引き受け手はいなかった。」(同新聞)


「1975年九州場所の大関時代の話だ。

負けが込んで「休場か」と記者が取り囲んだことがあった。

当時は横綱、大関は成績が悪くなると途中休場が当たり前だった。その時、魁傑は『休場は試合放棄と一緒』と一蹴した。

この場所も千秋楽まで相撲を取り続け、2場所連続で負け越して大関から陥落。引退まで一度も休場することはなかった。


 まじめを絵に描いたような力士だった。」(同新聞)


人柄がしっかり伝わるエピソードです。(^O^)


「新公益財団法人移行を控えていた協会には大事な時期。

世間の厳しい目に耐え、難題を解決するために理事長を引き受けた最後の人物が放駒親方だった。」(同新聞の記事から)


「2度大関に昇進した。

陥落の翌場所に10勝以上すれば復帰できる特例は、76年初場所も負け越して実らなかった。

だが、77年春場所には再び昇進した。

2度も使者を迎えたのは史上ただ一人。相撲に取り組む姿勢を物語る。

実力はありながら横綱になれなかった。


評論家だった玉ノ海梅吉さんが『魁傑は未解決』と嘆息した有名な逸話が残る。」(同新聞)


人間は神様ではありません。だから、解決することはありません。

魁傑さんはいろいろと悔しかったと思います。
しかし、結果としては、大変幸せな人生だったと思います。(^o^)


「理事長時代は、新法人移行に向け監督官庁の厳しい指摘に最大の懸案だった

『年寄名跡の協会買い取り』など改革案を打ち出している。


昨年2月に定年で退職。横綱の夢をかなえてくれた弟子の芝田山親方(元横綱・大乃国)に部屋を譲って協会を去った。

 

相次ぐ不祥事に協会は土俵近くや支度部屋に監察委員をおいていたが、今年、新法人移行が正式に決まるととたんに姿が見えなくなった。


 新法人移行については「協会を離れた身ですから」と一切答えなかったという。

復活の兆しも見える相撲人気。

どんな思いで見つめていただろうか。


半年後の11年2月2日午前、東京都内のある一室。

事件で押収された力士のメールの送信履歴から飛び出した、八百長のやり取りを印刷した紙を監督官庁の文部科学省側から渡された。


放駒前理事長は『考えられない』と言葉を失い、『やらなきゃ、ならんですね』と言う顔が悔しさでゆがんでいたという。


報道陣にも『天と地が引っくり返るという言葉があるが、まさにそう』と震えた。


 調査開始後は厳しい決断を迫られた。調査が難航する中、3月の春場所は、不祥事では初となる場所の中止を決定。『うみを完全に出し切るまでは、土俵上で相撲をお見せすることはできない』と話した。」(同新聞)


「会内に反発の声が大きくなろうが一歩も引かなかった。

4月、自ら20人あまりの力士に角界追放処分(後に現幕内・蒼国来は処分取り消し)を言い渡した。


 その後も角界正常化への手綱を緩めず、高額売買が問題視されていた年寄名跡(親方株)の協会一括管理に向けて連日、親方衆を集めて説得。


現役時代の番付が物を言う角界だが、元横綱相手でも主張は曲げなかった。」(同新聞)


ブレなかった。
とても強い方だったのですね。
魁傑関、安らかにお眠りください。

ご冥福お祈りいたします。(^O^)



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2014年05月11日

「カルカッタに『死を待つ人の家』と呼ばれるマザーテレサの施設があります。


 路上などで死にかけている貧しい人たちが安らかに死を迎えるための場所です。
 そこにいる人たちは、ほとんどが望まれずに生まれた人たちで、人々から邪魔にされ、ついには、自分は生きていても生きていなくても同じだ、むしろ生きていないほうが世のためではなかろうか、神や仏も助けてはくれなかった、そういう思いを抱いた人たちです。」


ベストセラーになった『おかれた場所で咲きなさい』のノートルダム清心女学園理事長シスター渡辺和子の今度出版された本、『面倒だからしよう」の中の一節です。(幻冬舎刊 p155


マザーの診療所は本当に貧しく、わずかな薬しかありません。

そして世界中から集まったボランティアの方々が懸命に働いていますが、それでも世話をしきれないほどたくさんの貧しい人、病気の人、死にかけた人たちがいます。」(同書 p154)


「『死を待つ人の家』では、生まれてから飲んだことのない薬を飲ませてもらい、受けたことのない温かい人手をかけてもらう。

また、名前や宗教を尋ねられ、一人の人間として認めてもらうのです。


看護の『看』という字は『手』と『目』と書きます。
 お薬などももちろん大切ですが、看護の原点は温かい手とまなざしであり、そのぬくもりにより人の心は癒され、満たされるのです。」(同書 p155)


確かに看護の看は上に「手」したが「目」です。温かい手と温かいまなざしが本当に大切ということですね。


「『投薬や温かい手とまなざしの看護を施すと、ほとんどの人がありがとうといって亡くなります。

親や世間を恨み、神や仏はいないと思いながら亡くなってもおかしくない人たちが、死の間際に感謝するのです。

そのために使われる薬や人手ほど尊いものはありません』とマザーはおっしゃいました。 (同書 p156)


「マザーは、『死にゆく人たちの最期のまなざしを、私はいつも心にとどめています。

そしてこの世で見捨てられた人々が、最期の大切な瞬間に、愛されたと感じながらこの世を去ることができるためになら、何でもしたいと思っています』ともおっしゃっています。すばらしい言葉であり、尊いお気持ちです。」(同書 p156)


 マザーテレサが来日した1984年、シスター渡辺はマザーに随行しました。
そのときの思い出が、もとになった文章でした。
 
 そしてマザーも「まなざし」で感じる。ふれあいの原点が「まなざし」の交錯なのですね。

とても意義深い文章です。


「マザは、『ほほえみさえ浮かべる人がいるんですよ。それは本当に美しいことですと、おっしゃていました。

お化粧などの表面的な『美』ではなく辛かった人生を水に流し、感謝の言葉とほほえみとともに死んでゆく、それを『美しい』とおっしゃったのです。


 マザーのお仕事は、憐れみをかけることではなく、一人ひとりが人間の尊厳のうちに、生き、かつ死ぬことができるようにという願いが発露でした。」(同書 p157)


 この頃、人の役に立つことの重要さ、社会に約立つことの重要さを良く考えます。
 

しかし、それ以前に、生きているだけでその人は大切であり、価値があるということです。


「すべての人が余計者ではない。」

そのことが少しわかってきました。そうしないと、役に立たない人間はいなくても良いことになってしまいます。


言われてみれば当たり前ですが、今回その考えが、しっかり確認できました。

シスター渡辺ありがとうございました。(^O^)



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2014年05月02日

「もし、夫が仕事から帰って『ああ疲れた』といったら、『疲れたの?』といってあげてください。

夏『暑かった』と帰宅したら、『暑かったの?』といってください。これが『のの字の哲学』です」とおっしやいました。



ベストセラーになった『おかれた場所で咲きなさい』のノートルダム清心女学園理事長シスター渡辺和子の新しく出版された本、『面倒だからしよう」の中の一節です。(幻冬舎刊 p138



「『相手が疲れた』といった時に『私だって疲れています』とか、『暑かった』という言葉に『夏だから当然よ』といえば喧嘩になります。



まず、相手の気持ちを受け止めてください。
自分の言い分もあるでしょう。
しかし、その気持ちを少し抑えて相手の気持ちになる。それがとても大事なのです」と、おっしゃいました。(同著 p138)



シスター渡辺が勤めているノートルダム清心女子大学では、卒業間近の学生が神父さんのお話を聞く時間があり、ある弁護士資格を持つ神父さんが『僕は神父で結婚していませんが、弁護士としてさまざまなご夫婦の相談を受けます。
そこで、あなた方に夫婦円満の秘訣を教えます」と話されたのだそうです。

これは夫婦だけの問題ではなく、すべての人間関係につながるものです。
相手への配慮、思いやり、それがあれば、相手がどのような状況下の認識がまず第一です。
相手目線が大切ということです。


「これは私たちにとっても大切なことです。
例えば、友だちの話の途中で、自分が話し始めていませんか?
これは「のの字の哲学」をしていないことになります。」
(同著 p138)



自分の言い分を少し抑えて、まず相手の気持ちを受け止めること。
「の?」というひと言で相手の気持ちに寄り添うことができる。



最後にありました。

「気持ちが寄り添えば、二人の間に『ぬくもり』が生まれる。」


とても素敵な言葉です。(^O^)



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2014年04月14日

「戦時下で首相、陸相を務めた東条英機は生粋の軍人で、軍事以外の知識(政治、経済、文化など)はほとんど持っていない。

 その東条が昭和18年、19年にしばしば、『戦争というのは負けたと思ったときが負け、決して負けたと思うな』、との精神論を呼びかけた。

高校野球の監督が選手に説くならわからないでもないが、戦時下の最高責任者がこんな無責任な論を吐いてもいいのだろうか、と私は思う。」



ノンフィクション作家保阪正康さんの毎日新聞2014.4.12朝刊の記事です。

連載の「昭和史のかたち」からの一節。



東条英機のこの論理は

「決して日本は負けない。どれほど痛めつけられても降伏しない、降伏したら負けたことになってしまう。

私たちの国土は解体され、国民は全滅状態になっても負けたとはいわない。

客観的には、日本はすべてを失っているのに、負けたと言わないのだから負けてはいない。」(同記事)



「私は史実を検証して、これは東条個人の性格のゆえにこういう暴論をロにしているのだろうと考えていた。しかし 戦争末期、戦争継続など無理なのに軍事指導者たちはこの種の暴論をあきれるほどロにしている。



軍令部次長の大西滝治郎は、特攻作戦の推進者であったが、ある新聞記者(戦後の作家。戸川幸夫)からいつまでこんな作戦をくり返すのか、と問われた時に、『国民の四分の一が特攻作戦で死に、血染めになったこの国の様子を見てアメリカはもうやめようと言いだすだろう、その時が講和のときだ』と答えたという。

大本営は、昭和2011月にアメリカ軍の本土上陸作戦を想定していて、そのために『一億総特攻』を呼号していた。



6月には義勇兵役法が公布されて15歳以上、60歳までの男性、 17歳以上で40歳までの女性は、国民義勇戦闘隊に編入されて義勇兵として戦闘に参加することになった。



これを拒否することは許されなかった。

アメリカ軍が上陸してくると予想された九十九里浜や相模湾では、各種の特攻兵器に乗った義勇兵が入港してくるアメリカの艦船に体当たりする、中学生などは道路に穴を掘って待機し、戦車が上陸してくると爆弾をリュックに背負い体当たりする戦術も考えられていた。



陸軍の正規部隊は内陸に構えていて、これらの特攻作戦により消耗しているであろうアメリカ軍と本格的な作戦に入るとされていた。」(同記事)

これって本当なんでしょうか。(>_<)

「こうした 常識では考えられない作戦は、前述の東条や大西の言と符合していることがわかる。

こうした精神主義、いわば日本精神なるものは本来の日本文化の退嬰的現象である。この退嬰的現象は軍事的には、『霊的突撃』と言われていた(飯塚浩二「日本の軍隊」195012月刊)。日本軍の部隊が玉砕することによって、連合軍の兵士たちが気味わるがってその戦場から退却するという話を、日本軍の司令官はしばしば訓示したという。



飯塚著のなかで、将校のひとりが『軍人の中には、いわゆる陛下を奉じて戦さをやって、たとえ全滅しても、日本は負けていないんだ。そういう、ちょっといま考えると、神秘的に見える観念にとりつかれていました。個々の戦場において全滅してなお『霊的突撃』をさらにそれが本土という規模においても行われようとしたのです』と語っている。



 国民のすべてが特攻作戦で死ぬのは『霊的突撃』であり、それにアメリカ軍は驚いて戦争終結の意思を持つだろう、というのは戦時指導者の精神のよりどころになっていたのだ。



特攻作戦と玉碎という戦術は日本軍の戦略上の汚点とされているが、しかしそれは霊的な突撃と考えることで辛うじて自分たちの心理上のバランスを保っていたとも考えられる。



これに歯止めをかけたのが昭和天皇ということになるが、昭和天皇は皇太子に宛て敗戦直後の昭和2099日に書簡を送っている。

そこには「戦争をつづければ()国民をも殺さなければならなくなったので涙をのんで国民の種をのこすべくつとめたのである」とあった。

この意味を「霊的突撃」と対比させるとよくわかってくる。」(同著)


昭和天皇陛下は冷静だったのですね。m(__)m


しかし、当時のことに、チョッと言葉がありません。

本当に怖い話です。
問題は何でそのような東条英機が独裁者的になってしまったのか。東条英機を独裁者的にしてしまった、日本文化のどこにそのような幼さがあるのか。



やはり日本文化の研究を、これからもしっかり続ける必要性感じます。



保阪さんのこのエッセイでのサブタイトルは次です。

「戦時下にみる為政者の精神構造〜本来の日本文化からの逸脱」


本来の日本文化?
その深堀研究、必要です。
そうしないと今のちょっと焦げ臭い国際関係、かなり怖いですね。(-_-;) 
 



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2014年04月13日

昨日、中小企業診断士のイベント「スプリング・フォーラム2014」がありました。
http://www.t-smeca.com/event_info/2014/03/-2014.html


東京都中小企業診断士協会の新入会員のための説明会ですが、東京市ヶ谷の「TKP市ヶ谷カンファレンスセンター」で開催されました。
1階から8階まで5つの階を使っての催しでしたが、人がいっぱいですごい盛況でした。


まっそれはよいのですが、そこでどなたでしたか、私が「今腹8分目でやっていますよ。」といったら、「いや60歳を過ぎたら腹6分目ですよ」とおっしゃいました。


そうなんだ、と変に納得して、これから「腹6分目」にしようと改めて思いました。


そして、そのとき改めて思い起こしたのが、「足るを知る」でした。


これは老子の「足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り、足るを知る者は富む」からきています。


ダイエットなど禁欲して、結局元に戻ってかえってリバウンドなんてけっこう多い。

禁欲するとストレスがたまりますので、その量に応じて仕返しされることになります。


だから、欲望は箇条に抑えるのではなく、相応に生かしていかなければなりません。


そこで「足るを知る」です。


年齢に応じて、性別に応じて、住んでいるところの気候・風土に応じて、紋切り型でない対応が大切です。


そして原則は「足るを知る」。


私は座右の銘を書いて机に貼っておくのですが、「腹置8分目」を書き換えて「足るを知る」に今朝しっかり張り替えました。


これからもこれをしっかりと、しかしあまり力まずに、粛々と取り組んでいきます。(^O^)



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2014年04月09日

「相田みつをさんが、『現代版禅問答』と題して、書いていらっしゃいます。


『ほとけさまの教えとは
なんですか?』


ゆうびん屋さんが

困らないようにね

手紙のあて名を

わかりやすく

正確に書くことだよ


『なんだ、そんなあたりまえのことですか』

そうだよそのあたりまえのことをこころをこめて実行してゆくことだよ。」


この、『あたりまえのこと』、時には『つまらないこと』を、心をこめて実行することの大切さ、最近忘れられています。


そして、この実行こそが、人を美しくするのです。」


ベストセラーになった「おかれた場所で咲きなさい」のノートルダム清心女学園理事長のシスター渡辺和子の新しく出版された本、「面倒だからしよう」の中の一節です。(幻冬舎刊 p33


「『あたりまえのこと』、時には『つまらないこと』を、心をこめて実行することが、人を美しくするのです。


とても素敵な文章です。

心にしっかり響きます。


「それは、化粧が作り出す『きれいさ』とも、生まれつきの器量のよさとも異なって、私たちが、面倒さを厭う自分、易きにつこうとする自分との闘いを恐れず、時には倒れてもいい、そこから立ち上がって努力し続けてゆく中で育ってゆく、『心の輝き』といってよいでしょう。


『速いことはよいことだ』という価値観が世の中を席巻し、『何でもアリ』といった服装、言葉づかい、マナーがまかり通っている世の中に生きていると、知らず知らずのうちに、私たちまで、心をこめて字を書き、人と接し、事に当たることを忘れてきています。」(同著 p34)


拙速に対する戒めです。

「心をこめて」が大切なこと改めて感じます。


「そんな中で、私は最近、一つの言葉に出合いました。

『人のいのちも、ものも、両手でいただきなさい』

卒業証書や賞状をいただく時、私たちは両手でいただきます。赤ちゃんを抱く時も、両手で抱き上げることでしょう。


そこには、ていねいさがあります。


スピード、合理性を重んじる世の中で私たちは自分や他人のいのちも、『ぞんざい』に扱うようになってきてはいないでしようか。


両手でいただく心が失われ、『片手』でいのちと接し、ものを受け渡しするのに馴れてしまったようです。」(同著 p34)


この頃感じ、座右の銘にしている言葉があります。


「『こなす』のではなく『楽しむ』ようにしよう」です。


物事はこなせばよいのではなく、楽しんで行う。

これは丁寧に生きることでもあります。

一つひとつ丁寧に行動すること、それには楽しむことが何より大切です。

物事を両手でいただき、それをしっかり楽しむことで、しっかりとした時間が続き、拡がります。(^o^)



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2014年04月04日

飽食の時代、ものが溢れる中で生きている私たちは、ものがあるのは当たり前と思っています。

『いつまでもあると思うな親と金』といいますが、失ってしまう前に、あたりまえの価値に気付いてほしいのです。」

ベストセラーになった「おかれた場所で咲きなさい」のノートルダム清心女学園理事長のシスター渡辺和子の新しく出版された本、「面倒だからしよう」の中の一節です。(幻冬舎刊 p89

シスター渡辺和子は、あの226事件で襲われ射殺された渡辺錠太郎教育総監の娘さんです。

9歳のシスターも現場にいましたが、お父さんが立てかけてあった座卓に彼女を隠してくれて救われました。

「ある卒業生が、三年ほど入院し、ようやく外出許可がもらえた時、『今の私はあたりまえがすべて輝いて見えます』という手紙を書いてくれました。

 それは苦しみを通して、あたりまえはあたりまえではなく、ありがたいものであることに気付き始めたのです。

今、有るものは有り難い、あることのむつかしいものだと気付いてほしいのです。
そうすると人間幸せになります。

幸せとはよいものに囲まれている時に存在するからです。
そして幸せは、客観的に何があるか、どういう状況にあるかだけでなくて、それをありがたいと見るかどうかにかかっています。

あたりまえでなくて、ありがたいものだと気付けば、幸せの度合いは高まります。」(同著 p90

生きていること自体が、奇跡といっても良い。

当たり前のように、話し、行動し、食べたり飲んだり、そして笑ったり泣いたりしています。

そのこと自体が、実はとても不思議なことです。

生きていること自体、奇跡といっても良い。


「往々にして苦しみは剌激となって、それまでの弛んでしまった自分に、あたりまえを輝いたものとして見せてくれる効果を持っています。

苦しみそのものを決していいとは思いません。

しかし人間は不完全です。不完全な者には必ず苦しみがあります。

強い(本当に芯の強い、雪がどれほど積もっても、たわみこそすれ、 祈れない竹のような)人間になるためには、逃げないで苦しみを受け止め、それを土台として、苦しみさえも愛せる愛への成長を遂げていくことが大切なのです。」(同著p90) 


苦しみは、実は恵みであること、人生を通じて実感できてきます。
それで年輪が豊かに刻まれていきます。


この章の最後にありました。

「苦しみから逃げるのではなく、それをパネにできれば毎日はもっと輝いて見える。


あたりまえのことがありがたいものだと気付けば、幸せの度合いは高まる。」


その通りですね。(-.-)
しっかり納得できます。(^_^.)



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2014年03月24日

「Jリーグ初の無観客試合。浦和と清水の選手たちは互いに相手だけではなく、「いつもとは違う」(浦和・西川)独特な重苦しい雰囲気と闘っていた。」


毎日新聞、20140324日東京朝刊の記事です。


「サッカー:J1 浦和11清水 浦和、無観客試合 笑顔なきゴール」

とありました。

 

私も昨日見ました。

「笑顔なきゴール」・・・・。


「開始から終了まで響いたのは『前、前』『逆サイド見て』『クリア』などの選手や監督の声ばかりだった。


『俺らが言っていることが相手に聞こえてうまくやれない』と先制点をあげた清水の長沢が言えば、『やりたくねーな、というのが正直な気持ち。90分間集中するのが難しい。練習試合の雰囲気』と清水の大前。戸惑いがプレーにも表れ、結局引き分け。『いつもと同じメンタルでやりたかったが、できなかった』と同点弾の浦和の原口は肩を落とした。


 そして、サポーターの存在の大きさに気づかされた。


原口は『サポーターの力によって突き動かされている部分があると感じた。サポーターは大切な仲間。また一緒に戦いたい気持ちが大きくなった』。

清水の大前も『サポーターにみてもらってやるのが気持ちいい。そのためにやっている』と同調する。」 (同記事)


 やはり、サッカーはサポーター12番目の選手なのですね。<`〜´>


「無観客試合を『もう1回はやりたくないっしょ』(大前)というのが全員の偽らざる気持ちだ。

そのために『こういうことが二度とないように、浦和レッズが生まれ変わらないといけない。プラスになる教訓にしないと』と浦和・鈴木が言えば、横断幕問題をツイッターでつづった浦和・槙野も『選手やチームが進むためにはダメなものはダメと発信するのが大事』と訴えた。」(同記事)

今年は浦和レッズ、期待できそうです。
だって、「雨降って、地固まる」ですもの。m(__)m

以上、浦和レッズファンの平松君でした。<(`^´)>



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2014年03月23日

今日、浦和レッズの試合がありました。
佐賀のサガン鳥栖との試合で、差別的な横断幕が掲出された事件。
それをすぐに球団の方で対応すればよかったのですが、試合後も放置してしまいました。

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浦和レッズ、ホームページのお詫びの文章です。
http://www.urawa-reds.co.jp/

ADA_9890













鈴木啓太選手です。

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フォワードの興梠慎三選手です。

しかし静かでした。0323_stadium














昔、もう10年以上前ですが、息子と駒場サッカー場に通いました。
その時の声援、すごかったです。
地鳴りのような応援で、しっかり鳥肌がたちました。(>_<)

アウェーの選手は本当に気の毒でした。(-.-)

それが今日は、本当に静か。
監督やコーチの怒鳴り声がしっかり聞こえました。

まるで練習試合でした。

清水エスパルスが今日の対戦相手でした。
清水エスパルスにはもともと弱い浦和レッズです。

近頃はそうでもないのですが…。

しかし、今日は前半すぐ先制されました。
コーナーキックからです。

しかし、今日は勝てると思いました。
良い形が作れていたからです。
しかし、さすが清水エスパルスのディフェンスは堅かったですね。

それでも原口元気選手が後半の後の方でしたが、しっかり押し込んでくれました。
引き分け。

今回の不祥事、再発しないことが大切です。

球団は意識改革を挙げています。
しかし、浦和のサポーターは怖いですよ。
昔、声援をしないで、球場全体が静まり返って、選手に無言の圧力クレームにしっかりなっている光景が思い出されます。

今後これほどの不始末は多分ないでしょうが、これからがチョッと注目されます。
しかし、サッカーは本当に面白いですね。(^o^)/

いち「レッズファン」の平松君でした。m(__)m

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2014年02月23日

「前夜の同じ銀盤。そこには、失意のどん底にいた浅田の姿があった。

『体が動かなかった。(理由は)分からない』。

それは、日が明けた朝の公式練習でも変わらなかった。


リンク際にいた佐藤信夫コーチ(72)は、思わず声を荒らげた。

『点数で言えば、SPは約70点、フリーは約140点。3分の2も残っているのだから、もうちょっと気合を入れてやりなさい』


魔法をかけられたかのように浅田の表情が引き締まった。
『自分は何もそういう病気ではない。できないということは絶対にない』。
そして本番では、観衆の記憶にいつまでも残るであろう演技を披露した。」


毎日新聞 20140221日の記事です。


「天を見上げるフィニッシュのポーズ。顔を下ろした浅田の目から涙があふれた。大歓声と拍手に包まれ、スケートを滑らせたが涙が止まらない。」


この場面、ちょっと感動的でした。(^O^)


「銀メダルだった前回バンクーバー五輪は満足のいく演技ができず、『悔しい』と漏らした。

再起を誓い、スケートを一から学び直した4年間。

前日のSPで、努力が報われず、16位に沈んだ。

いろいろなことが交錯して脳裏を駆け巡り、涙腺を刺激する。


だが、思い出した。
昨晩、たくさんの人から届いた『笑顔が見たい』という電子メールの言葉。お辞儀をすると涙交じりの笑顔になった。


『やった!という気持ちが強かった。うれし涙と笑顔は同じ意味』。
『集大成』と位置付けたこの日のフリーは自己ベストだった。」(同記事)


「練習が終わって選手村に帰る途中、佐藤コーチが話し出した。


1980年レークプラシッド五輪に出場した教え子の松村充さん(56)の話だった。
「彼はSPが終わった後、へんとう腺を腫らし、2日間寝込んだ。練習も食事も一切できないまま、フリーに臨まなければならなかったんだ。

その時、僕は彼に言った。
『ぶっ倒れたら、しかられても、必ずリンクの中まで助けに行く。だから倒れるまでやれ』って。
そうしたらフリーは彼のスケート人生で最高の出来だった」

(同記事)


良い師に出会うことの大切さ感じます。

また、叱ることの大切さもしっかり感じます。

感情的でなく、強い声で叱り飛ばすことの大切さも感じます。


今回のポイントは一つです。

褒めることを願って叱るです。

褒めることを祈って叱り飛ばすです。(-.-)


「『今回はメダルという形で結果を残せなかったが、自分の演技を残すことができた。
それが最高のものだったので、よかった。私なりの恩返しができたと思う』と浅田。


名伯楽の至言を胸に刻み込み、浅田は心の切り替えに成功した。」
(同記事)

人生の宝物をしっかり手にした、浅田真央さんでした。(^O^)


良かったね、真央ちゃん。(^_^)/~



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2014年02月15日

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自宅前の桜通りです。
今日、また先週の土曜日と同じように大雪です。

でも、ご覧の通り、道路は雨のせいか、冠水?の状態です。
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車が水しぶきを上げて走っていきます。

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いつものゴミ箱。
ここまで来るのも、今日は一苦労でした。

今日は燃えないゴミの日。
中にすでに燃えないゴミが、何点か入っていました。

すでに何人もの人が歩いた痕跡があります。

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電話ボックス君も、けなげに立っています。

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この時間ですと、この整形外科の前にはご高齢の方たちがいっぱいで、コミュニケーションを楽しんでいます。
しかし、今日は皆無。誰もいません。
こんな雪の日にいるわけがありませんが…。

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前を、また1台、車か走り抜けていきました。

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私も、歩いて帰りました。
転ばないように、そろりそろりとです。(-_-;)

常盤平の今日この頃でした。(^O^)

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昨日は、大変でした。

顧問先の藤沢に千葉の松戸から・・・。
滑らないことを必死に頭において、道も歩きました。
タクシーなんかつかまるわけがありません。


いつもの状況とは全く違う状況(-_-;) 

トホホでした。


何とか無事に帰宅した時は、ほっと一息。
そんな時の温かいコーヒー、本当にホットコーヒーでした。(^O^)


しかし、このようなある意味での異次元体験が、人間としての豊かさを獲得する事につながります。

年輪を豊かに重ねるのに、昨日の体験はとても有用でした。

大変な一日でしたが、また、恵みの一日でもありました。


これもケガもなく無事に過ぎたことだから言えることでもあります。

ケガなどされた方も多いと昨日のニュースで言っていました。


人生、山あり、谷ありですね。(>_<)



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2014年02月10日

先週ですが、氷に滑ってスッテンコロリン、しっかり転んでしまいました。

左目の上をメガネでひっかけて、血が出て、ちょっと大変でした。


その後、そのあたりの腫れは引いたのですが、その代わりに、左目の周りが青くなり、パンダ君のようになってしまいました。

ISOの環境審査でお邪魔した企業の軒先での一瞬の出来事でした。

そこにいたクロネコヤマトの方から「大丈夫ですか」と声をかけていただけました。
全然大丈夫ではなかったのですが、「イヤー何ともありません」と思わず言っていました。


審査先の企業の方には、ぬれたタオルをご用意いただいたり、いろいろと手数をかけてしまいました。

ISO審査も何かいつもと勝手が違い、違和感の中での審査でした。

土曜日に眼科に行きましたが、そのほかは日曜日も含めさすがに外には出ませんでした。


今、左目の周りの青くなったところを見て、引け目を感じることについて、また人間にとっての顔の持つ意味などいろいろと考えさせられました。

結論はこれすべてやはり「めぐみ」ということ、だから感謝であること、・・・・。

心の中に微妙な揺れがありますが、人がふくよかになっていく一つの過程ですね。


しかし、皆さん今大雪でいたるところにスッテンコロリンのリスクが転がっています。

下手すると、大変な事故になる可能性があります。

ご注意を(-_-;)



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「ルールとは社会との、マナーとは場との、モラルとは自分との、約束である。」

蠅△ない総合研究所の吉田雅紀さんのGENKI365日語録です。
今日配信されてきたものです。

この「GENKIな365日語録」、毎日配信されますが、かなりうまくできています。

今日きたものをそのまま載せますと…。

  
   ルールとは社会との、マナーとは場との、モラルとは自分との、約束である。

                                                                 By よしだまさき


  「なるほど!ザ・ヨシダ」と思った方は下記をクリックしてください。

  → http://www.vsn.jp/contents/daily/?ev1=2194


  「う〜ん...」と思った方は下記をクリックしてください。

  → http://www.vsn.jp/contents/daily/?ev2=2194



ビジネスはつながりを保持することがとても大切です。
しかも、行動をその中にビルトインしておくと、いざというときのつながりの深さに大きく影響します。

さすが、「あきない」総研ですか。m(__)m

この、「ルールとは社会との、マナーとは場との、モラルとは自分との、約束である。」も良いですね。

ルール、マナー、モラルについて、その必要性の観点からうまく言い当てています。
しっかり参考にできます。(-.-)



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2014年02月09日

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自宅前の桜通りです。

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家にもかなりの雪。
屋根がリーゼント<(`^´)>

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電話ボックスも頭にしっかり雪。

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ゴミ箱の周りも雪です。
それぞれの家の人が、前の歩道を人が通れるように、雪かきをしています。
ゴミ箱も入れられるように、除雪・・・。

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宅配便の佐川急便さんが走っていました。

しかし、今朝の新聞はまだ来ていません。
こんな雪ですから、それも無理はありません。(-.-)

だってこの雪の深さですよ。
20僂呂△蠅泙后
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よそはもっとすごいとか。(-_-;)

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常盤平の大雪でした。(-.-)

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2014年02月08日

「お世話になっていいのである。他人のお世話にならずに生きていられる人などいない。

しかしどれだけお世話になったかを見極められない人には、何の仕事もできない。」


曽野綾子さんの「人間にとって成熟とは何か」の中の一節です。
(曽野綾子著「人間にとって成熟とは何か」幻冬舎新書 p89)


「私たちは誰もが、多くの人のお世話になって生涯を送る。

別にお金を出してもらったり、労力において助けてもらったりしなくても、それでも私たちは、他者に頼らずに生きていくことはできない。

社会の仕組み自体が、多くの人の存在のおかげで動いているからだ。(同著 p89)


この節のタイトルは「『権利を使うのは当然』とは考えない」。
この本の第6話です。


「政治はもちろん、外交も経済も学問も芸術も、すべては強烈に他者の存在を意識し、その中の小さな小さな自分を認識してこそ、初めて自分の分をわきまえ、自分が働ける適切な場を見つける。」(同著 p89)


「それができるようになるのが多分中年から老年にかけての、黄金の日々なのである。


肉体は衰えて行っても、魂や眼力に少し磨きがかかる。

成熟とは、鏡を磨いてよく見えるようにすることだ。」(同著 p89)


そして周りの中で生きていくことができる自分を認識し、感謝の念を持つこと。
決して、権利ばかりを主張し、もらわなければ損などといった浅ましいことを考えない。
そんな精神は成熟からほど遠い。
そういうことを曽野さん言っている。


ここでも感謝ということがきわめて大切ということですね。m(__)m



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2014年01月19日

「政府は10日、支給を母子家庭などに限っていた遺族基礎年金(受給者約10万人)について、4月から父子家庭にも認めるための政令を閣議決定した。」


毎日新聞2014111日東京朝刊の記事です。


「厚生労働省は2014年度は2000人の父子への支給を予定し、将来的には約2万人が対象になると見込んでいる。


遺族基礎年金は従来、家計の支え手を夫と想定し、支給を夫と死別した子のいる妻らに限ってきた。


しかし共働き世帯の増加を踏まえ、一昨年の法改正で今年4月から、子を持つ夫(年収850万円未満)にも妻が亡くなれば支給することを決めていた。」(同記事)


もともと遺族基礎年金は、子のある妻がご主人が亡くなると子供を育てていくのに大変だから支給されるものでした。
母子家庭の方々のお話です。


それを今後は子のある男性にも支給することになりました。
父子家庭にも遺族基礎年金は支給されるということです。


子どもを抱えては、なかなか通常の勤務は男性といえどもできません。

良い制度変更です。(^o^)


「ただ、制度変更を巡り混乱が生じた。
厚労省が法改正で『妻も家計の支え手』とする一方、パート主婦ら配偶者の扶養を受ける第3号被保険者(3号、約978万人)は『支え手ではない』とする政令案を作ったことがきっかけだ。

3号の人が死亡しても遺族には年金が出ないこの新政令案には反発が起きた。
 

3号には約11万人の男性がおり、中には病気やリストラで一時的に妻の扶養を受けている人もいる。

3号の夫が死亡しても、妻は従来受け取れた遺族基礎年金を受給できなくなるからだ。


厚労省は政令案から『3号は支え手でない』とする規定を削除し、閣議決定にこぎつけた。」(同記事)


国民年金の第3号被保険者というのは、被扶養配偶者のことです。

パートさんなんかで年収130万円以下の人です。

もちろん、働いていない方で配偶者に扶養されている方もです。

男性の3号の方が11万人のもいるとのこと。


大切なことは、お父さんでもお母さんでも一方がお亡くなりになれば、子供がいる家庭としては大変ということです。


だから、子のあることが条件です。

子は、18歳までの子で年度末331日までが対象です。
子供が高校を卒業するまで、年金受給ができます。


子供1人の家族で年間約80万円、子供2人の家族で約100万円です。

金額としては多くないですが、あるとないとでは大違いです。

とても良い改正ですね。(^o^)



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2014年01月07日

いま仏教の「空」について考えています。
あの般若心経の「色即是空」の「空」です。
「形」あるものは「空っぽ」である。
しかし、その後「空即是色」。「空っぽ」だが、それもまた「形」になる。


この「空っぽ」ということ、キリスト教のマタイ福音書の53の「心の貧しいものは幸いです。
天の御国はその人のものだからです。」に通じるやに思います。

心の貧しい対極は「傲慢」「おごり」です。
「慢心」とも言います。


般若心経の「空」は「色」のみでなく、「受、想、行、識」もすべて「空」といっています。

人間存在のすべてが「空」である。


「空っぽ」でなければ何も入りません。
「慢心」では心は充実しません。


マタイ福音書の山上の垂訓の最初にあります。

「ほんとうの幸福について」。その後に「心の貧しいものは幸いです。」と続きます。

これは仏教でいうと「涅槃」、悟りの境地ですね。(-.-)



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2014年01月03日

近所の知合い宅に、昨夜泥棒が入ってそうです。


幸い被害は現金で23万円。

財布はそのままありました。

そして小銭もそのまま。


夜入る泥棒は現金があればそれで終わりにして逃げることが多いそうです。

だからそれで済んだ。


これが昼間ですと、時間がたっぷりあるので、家中を荒らしまわるそうです。

現金だけで済んだこと、良かったかもしれません。

ただ、しょせん他人ごとですからそういいますが、ご本人ではそうはいかないかもしれません。


被害を電話したら、警察の方が3人来て、現場検証とか、いろいろと聞かれたそうです。

2時間ほど。

通報してから、1時間ちょっとできたそうです。


そこでの記録は、基本的に警察署でずっと保管するとのこと。

家の中の見取り図なども作成しないといけない。

知人は、図面があったのでそれを貸したら、そちらにいらした警察の方からとても喜ばれたそうです。


と言って、「これは春から縁起が悪い。」(>_<)

一年間ちょっと注意が必要です。


私も気をつけよーっと。(-_-;)

他人ごとではありませんぞ。(>_<)



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2014年01月01日

今年もスタートしました。

私の今年の大切にする言葉は、「笑顔で、楽しみ、喜んで。」です。

今年一年、何かにつけて、言葉に出して言います。


「笑う」や「笑顔」は元気を保つ秘訣の一つです。

ガンにならないためには笑うことが大切なことはよく知られています。
笑うと、ガンをやっつけるNK細胞の働きが活発になります。


「楽しむ」ことも大切です。

楽しんで仕事をすると能率が上がるし、やる気も増して成果も出ます。
適度の緊張感を持ち、ゆっくりと、静かに仕事ができたら最高です。


「喜んで」は、飲み屋さんでよく耳にします。
「ビールもう1杯・・・」。すかさず「喜んで。」。

これは気持ちが良い。


そしてこの「笑顔で、楽しみ、喜んで。」を声に出して言うことが大切です。


織田信長が手を焼いた一つに、あの一向宗の門徒による一向一揆がありました。
称名念仏。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と声に出して何度も皆で称える。
そこにとてつもないパワーが生まれる。


人間の大脳は、声を出してしっかり何べんも称えるとその気になるようです。


つらいこと、悲しいことがあったとき、寂しいときにちょっと大きめの声で言ってみると、結構効果的です。

ただし、電車の中で「笑顔で、楽しみ、喜んで(^o^)/」と声を出して言ったりすとる、チョッと変な目で見られるかもしれませんので、ご用心。\(^o^)



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2013年12月30日

光陰矢のごとし。
本当にあっという間の60歳です。


今まで忙しく、そのときはそのときでいろいろとありました。

だから大切な瞬間、瞬間でした。


そして、12年で一巡りですから、これからの12年間、72歳までをどのように生きるか、今考えています。


やはり、まだまだですが、社会に役立つことを、あまり気負わないで確実に続けることですね。


「人さまの役に立つ人は周りから喜ばれます」そして、「社会の役立つ企業は長続きします」。
ちょっと考えたら、これは自明の理です。


皆それで楽しいし、充実もし、皆助かりもします。


来年も還暦まで生きてこれたことに感謝し、役立つ人を静かに味わいながら、笑顔とでゆっくりと過ごせればと思っています。


このブログで謹賀新年のメルマガを発信します。
これを読まれた方は、大変恐縮です。m(__)m


来年もよろしくお願いいたします。(^o^)



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2013年12月28日

「『靖国とは国をやすらかにすることであるが』とは側近が記す昭和天皇の嘆きである。

靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)への不満を示した言葉という。」


毎日新聞 20131227日の「余禄」の記事です。


安倍首相の靖国参拝について、今かなりの揺れが続いています。

わたしはこの件について自分なりの意見がありますが、控えます。


ただ、この昭和天皇の言葉は少し胸に響きます。


「昭和天皇が靖国参拝をやめたのはA級戦犯合祀への不快感からだったのは、近年元宮内庁長官のメモで明らかになった。


神社と折衝した先の側近は『国を安らかにしようと奮戦した人を祭る神社に国を危うきに至らしめたとされた人を合祀する』違和感も言い残した。」

(同「余禄」記事)


もう一つ、同じ毎日新聞の同日のコラム「なるほドリ」からです。


「1978年7月に宮司(ぐうじ)に就任した松平永芳(まつだいらながよし)氏は、直後の同年10月にA級戦犯の合祀(ごうし)に踏み切りました。

松平氏は合祀について後に『東京裁判の根源をたたく意図』だったと語った記録が残っています。


神社の社報もA級戦犯を『昭和殉難(じゅんなん)者』と呼んで犠牲者扱いするなど、東京裁判への否定的な認識が表れています。」

(同 「なるほどドリ」記事)


私は、宗教は純粋でありたいと考えています。
主観的な観点ですが、その私の気持ちからすると、当事の松平長吉宮司の政治的意図にかなりの違和感を覚えます。


どうもすっきりしません。(-_-;)


「一国の指導者の決断で重要なのはその心情の善悪ではない。

決断の結果を自分らの運命として受け入れねばならない国民に対する責任感にほかならない」

(同「余録」の記事)


安倍首相に対する言葉ですが、確かに…。(-_-;)



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2013年12月26日

「「観る」ということは物事の真の姿をみるということ。

そこに言葉が生まれるようです。」


私の尊敬する父、平松茂男の文章です。

「選者の箴言」という、大分合同新聞にずっと連載したものの中の一節です。


「作歌における特別な方法はもたないが、ただ、心得として、ものをよく観るということを大切として来た。

ものをよく観ることによってものの命に触れ得るだろうし、そこに言葉が生まれるように思う。」


歌を作る過程で、言葉が言葉として生成していきます。
そして、父はその過程を検証していく。


次は、メモと発表歌。

短歌新聞に発表したもの。


まずメモ。

「夏椿ありたるあたり草生ひぬ妻逝きて間もなく枯れし夏椿」


そして発表歌。

「妻逝きし頃より樹勢衰へて枯死せし裟羅を思ふことあり」


「植物にも愛情は通うという。

苗木から培い大事にしてきた妻が逝き、あとを追うように枯れた夏椿を思い妻を偲んだ。」

妻とはもちろん私の母のことです。

 

母は、もう20年以上前ですが、急病であっという間に亡くなってしまいました。

それまで病気一つしなかった、頑健な母でしたが、本当にあっという間でした。


父と母は仲が良かったですね。夫婦円満を絵に描いたようなカップルでした。

だから、父の作った歌、よくわかります。

メモに比べて発表歌にはリズムがあり、締った動きが感じられます。

夏椿を観て、母への思いが形となり、一つの歌に凝縮しました。
確かにそこに言葉が生まれています。



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2013年12月22日

KY」は「空気読めない」とちょっとバカにしたニュアンスがあります。

昨日のある会合でそんな話題が出ました。


しかし、今ちょっと待てよと思います。

KYは必ずしも悪くない。

空気がしっかり読めることで、全体に配慮し過ぎてしまうこともあります。


空気が読めないから、かえってぐいぐい全体を押して結果的に全体にとって良い結果になることだってあります。


大切なことは、自分の特徴をしっかりわかり、それをわきまえること。

他人を指導するのと同じ。

自分自身も良いところはしっかり伸ばし、悪いところは確実に是正していく。


KY」は「KY」でよい。

そんなことを考えている、今日この頃の平松君でした。(^o^) 

 

 

 

 



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2013年12月19日

私の自宅のある、千葉県松戸市の常盤平の冬です。
桜どおり…。
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桜並木は今葉っぱが全くない、裸の樹の連続する通りです。
しかしです。
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この蕾わかります????
命がこの蕾のなかなかに生き生きと息づいています。
これは水墨画の世界です。
白黒だから、いきいきと想像できます。
世界は心で見るとまた違う風景になります。

この蕾の中に、あの鮮やかな桜色が息づいている。

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これは近くの幼稚園に咲いている薔薇です。
こちらは想像でなく、物理的に赤い。
しかし、一輪、カレンです。(^O^)

赤がまぶしい。

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「しょうぶ公園」です。
こちには緑がたくさんあります。
常葉緑樹というのでしたか。
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なかなかでしょ。(^o^)/
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けっこう彩りもあります。

次は私の自宅の植えてある木です。
なんていう木でしたか???
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よく見るでしょう。
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ここでも赤がちょっとまぶしい。

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しかし、やっぱり、常盤平桜通りの冬でした。m(__)m

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2013年12月17日

今まで忙しかったこともありますが、このブログにコメントをいただいても、ほとんど読んでいませんでした。
書くだけで精いっぱい、というのが正直なところでした。

しかし、やっと仕事も一段落しました。
これからは仕事に少し余裕をもって取り組みができそうです。
いただいたコメントもしっかり読ませていただこうと考えています。

今後ともよろしくお願いいたします。m(__)m

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2013年10月27日

もう先週のTBSテレビですが、朝7時からの「健康カプセル!ゲンキの時間」

http://kr2.kowa.co.jp/info/detail?info_id=263

腰痛の話でした。


私も今、しっかり腰痛で悩んでいます。


私の場合、座っていると痛くなるので、なるべく立つようにしています。

そうすると腰はしっかり治っていきます。

また歩けば歩くほど腰の痛みがウソのようになくなります。


しかし、今日テレビを見たら、腰痛は皆違うのですね。

立っていると腰痛になる人とか、寝ているだけで痛くて痛くてたまらない人など、人それぞれでいろいろのようです。


しかも腰痛の原因がわかる人は15%なのだそうです。

これが専門の医者に診てもらったりねMRIなどの専門の検査機械で検査しての結果の数値なのだそうです。


『腰痛』は、<特異的腰痛>と<非特異的腰痛>に分けられます。

 <特異的腰痛>とは、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症など、医師の診察や画像検査をすれば、痛みの原因が特定できるもの。


しかし、それは腰痛患者のわずか15%にしかすぎず、それ以外の画像検査までしても原因が分からない<非特異的腰痛>は85%にものぼるとのこと。」
(今回のHP。第80回(10/27)腰痛 
http://hicbc.com/tv/genki/archive/131027/)


慢性的な腰痛の原因は、かなりの人が「大脳」の影響のようです。


「いつまでも治らない慢性的な『腰痛』は、『脳』がその痛みを増幅していると考えられます。

では、それは一体どういうことなのでしょうか?

 
原因不明の『腰痛』で悩んできた患者さんの脳のデータを見てみると、物事を発展的に考える“前頭前野”の機能が著しく低下し、関節や筋肉などの痛みを認識する体性感覚野や小脳にあたる部分が過剰に活動しています。


これは自分で対応できなくなった過剰なストレスが大きな原因の一つなんだとか。


 
仕事が忙しすぎたり、人間関係のストレスなどが自分で対応できない程になったりすると“前頭前野”の機能が低下し、逆に体性感覚野や小脳の働きが活発になってきます。


するとかって『腰痛』だった時の痛みを脳が自然と思い出すようになり、腰をさするなどの行動をしている内に、それが本当の痛みに変わると言われています。」
(第80回(10/27)腰痛http://hicbc.com/tv/genki/archive/131027/)


ではどうしたら良いのか。


「この脳による腰の痛みをとるには『心から楽しい』と思うことをするのが一番とのこと。


いつも腰が痛いと思っていたり、何とか腰痛を治そうと考えすぎるのは逆効果。

思い悩むあまり、じっと安静にして全く動かないでいることなどは、<非特異的腰痛>にはかえって悪いとも言われています。」
(第80回(10/27)腰痛http://hicbc.com/tv/genki/archive/131027/)


だそうです。


やっぱり笑って楽しく過ごすことが、一番の薬なのですね。(^o^)/

そういえば、片足を切断した後もけがをしたときの痛みは残るといいます。

実際の足はないのに、そこが痛むのは、

やはり大脳に痛みの原因があるということですね。

 
なぜなのか不思議ですが…。<(`^´)>

楽しく過ごせば、自然と腰痛は治ることがとても多い。

やっぱり笑って楽しく過ごすことが、一番の薬です。(^o^)



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2013年10月17日

自宅近くの「菖蒲公園」です。
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沼になってしまいました。

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台風26号がしっかり残してくれました。
これって、いつ頃もとに戻るのでしょうか(-_-;)

10月17日の朝。
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だいぶ、水が引きました。

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まだまだ危険。(-_-;)

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昭和37年8月開園の「しょうぶ公園」でした。
できてもう50年以上なのですね。
いつもワンコの散歩でお世話になっています。
感謝(^○^)


今日もワンコと散歩。
3日目(10月18日)の「しょうぶ公園」です。
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ほとんど水がなくなりました。(^O^)
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もちろんまだ立ち入り禁止です。
ただ、結構大きなみけネコがのっそりのっそりと歩いていました。
うちのワンコは入れませんでした。(-_-;)

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「しょうぶ公園」でした。
しかし、水が引いてよかった。(^○^)

昨日10月21日です。
冠水後5日目です。
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「しょうぶ公園」。

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すっかり水が引きました。

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「冠水、危険入らないでください。」
の立ち入り禁止の横札もなくなっていました。(^o^)/
良かった。(^O^)
「しょうぶ公園でした。」



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2013年10月15日

「来世も一緒になろうと犬に言い」。

ちょっと古い記事ですが、毎日新聞の2013.9.16朝刊の「余禄」からです。


おなじみの「シルバー川柳」。

公益社団法人全国有料者人ホーム協会が毎年募集し「敬巷の日」に向けて入選作を発表、それらを集めた「シルバー川柳3(ポプラ社刊)の表紙を飾った川柳です。

56歳の女性 の作。


「老いのさびしさは男女を問わない。

お年寄りの孤独を癒やし、言語•身体の障害改善にも役立っているのがセラピー犬だ。


国際セラピードッグ協会の大木トオル代表(62)は、訓練した犬たちを連れて高齢者らの施設を訪問している。


<は殺処分寸前で引き取った犬たちだ。

ブルースシンガーとして滞米経験が長い大木さんは米国で『動物介在療法』を学んだ。

日本に導入すると、自力歩行をあきらめた高齢者が犬と一緒の訓練で歩けるようになり、腕を動かせない人が犬をなでようと努めるうちに一人で食事ができるまでに回復した。

『人は犬に心を開く。
犬のすごさです。
なじみのセラピー犬を枕元に呼び、『ありがとう』と言って亡<なった人もいます(大木代表)
(同記事)


どんなコミュニティーにも心を開いた素直なコミュニケーションが大切です。

そこから人のつながりも生まれ、育っていきます。


キーワードは「素直さ」でしょうか。


そういえば、私の家もワンコがいます。
いつも跳ね回っています。

しっかり家族の中心です。

彼がいるから、家の中がけっこう明るい。

素直なコミュニケーションが、彼のおかげでできているからでしょうか。

ワンコの素直さが、人を素直にさせるのですね。

ワンコって凄い。(>_<)

うちのワンコの名前「翔ちゃん」です。

「翔ちゃん、いつもありがとう」(^o^)



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2013年09月23日

先々週の日曜日TBSテレビ、朝7時からの元気の時間で、とても良い健康法を放送していました。

http://hicbc.com/tv/genki/archive/130915/
「内臓脂肪」簡単撃退法と題して、内臓脂肪を減らす簡単な方法の紹介です。

「腹凹運動」(はらぺこうんどう)だそうです。
 腹筋を使い、お腹を出したり凹ませたりを繰り返すだけの、簡単な運動。

「出して出して」、「引っ込め引っ込め」の二拍子のリズムです。

 初めは、お腹に手を当てると意識しやすいとのこと。


この運動で “お腹を意識して使う”ことで、 腹筋など脂肪燃焼に欠かせない筋肉を鍛えることができる。

また内臓脂肪の方が代謝は活発なので、運動すると内臓脂肪から優先的に燃焼します。


さらにウォーキングと組み合わせれば、普段でもできる立派なトレーニングになります。

歩く時は、一歩目二歩目でお腹を出して、三歩目四歩目で凹ませます。

 「出して出して」、「引っ込め引っ込め」のリズムを、歩くときにも意識します。


この一週間ばかし、私もやってみました。
確かにやりやすい方法です。

意識はしていないのですが、気が付いたら自然にこの「腹凹運動」をやっています。
まだあまりお腹が引っ込んだ印象はないのですが、少し継続してみたいと思います。

これだと少なくともリバウンドはありません。
もし効果が出てきたら、またご報告します。m(__)m



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2013年09月21日

うちのワンコ、ショウスケといいます。
今日トリミングです。
マルチーズの男の子て゛す。
2〜3日前の写真です。
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チョッとぼさぼさです。

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チョッとハンサムボーイ。(^○^)

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俺たちひょうきん族。

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やはりぼさぼさ。

今日この後、お迎えに行きます。
すっかり変わって帰ってきます。

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どうです????

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なんかきれいでしょう!!

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結構ハンサム(^○^)

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それではまた・・・・。

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2013年09月14日

コンサルタントとして独立してもうすぐ15周年になります。
1998年10月1日が私の独立記念日です。

その前の日9月30日に勤めていた学校法人が破たんし、全員解雇になりました。
学校自体は、他の経営者に引き継がれました。
新しい経営者の元、再雇用の道もあり、面接を受けることもできましたが、コンサルタントとして頑張ることも夢としてありましたので、そのまま個人事業として、コンサルタント事務所を立ち上げました。

それからはや15年です。

いろいろとありました。
そして、この頃やっとわかったのが、コンサルタントは「相手目線」を大切にし、そのために「相手の話にしっかり耳を傾ける」こさが大切ということ。

「相手目線」に立ってそれを実現するには、大事なことは「顧客要求事項」をしっかり認識することです。

大切なことは文書になっていることも多い。
コンサルタントになると食べるために必死になりますから、目が回るほど忙しいことが多い。
それで「顧客要求事項」をしっかり把握しないで、進んでしまう。
そうすると顧客との間にボタンのかけ違いが生じてしまいます。

うまくいっているようで実はうまくいっていないこともあるということです。

顧客要求事項は、明確になっていない場合の方が多いですね。
「期待」にこたえることが大切ですが、日本人は特に「以心伝心」で、伝わっていると思い込む。
同一民族のゆえにその傾向がある。
で「甘え」などもしっかり出てしまうのですが、そのようなもたれあいの中で、「期待」が充たされないと、欲求不満がたまっていきます。

だから日本ではコンサルタントは顧客の「期待」を確実に把握することが本当に必要になります。
そのために「傾聴」が大切です。

コンサルタントの本当の要諦は「顧客目線」だけといっても過言ではありません。
そのために相手の話をよく聴くことが大切ということです。

「顧客目線」は「顧客本位」ではないことにも注意したいですね。
顧客、コンサルタントのどちらが本位でもありません。
両者の充実こそ大切です。

ギブアンドテイクで、バランスが大切です。
お互いに尊敬できなければいけません。

「コンサルさせていただき、コンサルしていただく」というウィンウィンの関係が重要です。
お互い大切にしあうことですね。
それでないと長続きしません。

結局キーワードを挙げると「顧客目線」「傾聴」「顧客要求事項の確実な把握」の3つになります。
しかし、このどれも本当に難しいですね。(-_-;)



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2013年09月12日

今日の販売士2級講座のプリント造りで今起きて仕事を始めたのですが、何を聞きながらやろうかなと思って好きなCDを手当たり次第手に取りました。
いつもよくやることです。

ベートーベンの「皇帝」という5番目のピアノコンチェルトがあります。
それって派手で今はそんな気分じゃないと思ったのですが、なぜかそのまま聞き始めました。

そうしたらいつもの優しいベートーベンです。
激しさはむしろ、内側にある。
静かな激しさ・・・・。

先入観とか、色メガネとかいろいろありますが、「皇帝」だからきらびやかで、派手で、立派・・・・・・。
ちょっとうるさい・・・・。

「皇帝」とつけられたのには、曲想がそのような特性を持つものだからそう名付けられたのでしょう。
しかし、曲は演奏する人が違えばしっかり違いますし、聞く人によっても違う。
また聞く人のその時の状況によっても全く違います。

だからどうということもないのですが、「見える化」してしまうことの一つのマイナス面????
「見える化」しててしまってよいことと、「見える化」して邪魔になるということもあるということです。

今、第5ピアノコンチェルトの第2楽章です。
ピアノの入り方がすごく大切なところ。
コンチェルトではいつもそうです。

僕はブルーノワルターの大ファンなのですが、手当たり次第にCDをとるときは、ワルターのCDを手当たりしだいにとってその中から選ぶことが多い。

だってワルターの演奏は優しいですから。
写真の笑顔そのものの演奏。(^O^)

でもこのピアノは誰だろう。
男性ですね。タッチが…。

ルドルフ・ゼルキンでした。
ドイツのピアニストだったかな。
それこそ派手さがない、しかし奥にしっかり芯がある演奏です。

いや、こんなことを書いている暇はありません。
もうすぐ、販売士2級の本試験。
もう1か月ありません。

帝京大学の1年生から3年生20人くらいの講義です。
良く出るところのキーワードレジュメを作成しています。

サッ、頑張ろう。(-_-;)

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2013年09月07日

「今回は記録達成の瞬間に観客が総立ちになり、仲間がベンチから飛び出してきた。『うれしすぎてやめてほしと思った。』」


2013.8.23毎日新聞の記事です。


イチロー選手が日米で4000本安打達成の時のものです。


「周囲の素直な感情がイチロー外野手の心を開いたのだろう。

安打の1つ一つへの思い入れを語り出した。


『いい結果を生んできた誇れる自分はいない。

4000安打を打つためには8000回以上も(凡打で)悔しい思いをした。

それと向き合ってきた。

誇れるとしたらそこではないか』」


静かに自らを見つめる目。ふり返る目です。


そのこと自体に誇れるといっています。

この言葉はすごいし、強い人ですね。m(__)m


「イチロー外野手は何ごとにも貪欲だと見えた。

『いえいえ』と笑って、こう否定する。


『僕はいっぱい満足している。ものすごく小さなことでも満足するし、達成感もある。それを重ねないとダメ。それを感じて次が生まれてくるうれしかったら喜べばいい』。」


たぶん繊細な感覚で、きめこまかいところで自らの行動の結果の振り返りができています。


計画をし達成したらそれを喜ぶ。

その積み重ねを大切にしている。


同じ毎日新聞ですが、他のところの記事にはこうもありました。


「『あきらめられないんですよ。
いろいろなことをあきらめない自分がいることにあきらめている。』。」


もちろんイチロー選手の言葉です。


精神とか体とかでなし、イチロー選手のすべてが、人生の取り組みになっている。
「全身全霊」という言葉がありますが、そのような動的なことではありません。
静かに、全体で、そして満足感を大切にしながら、たぶん楽しみながら人生を歩んでいる。
そんな人生であれば、そうあることに諦めていても、とても素敵です。

尊敬できます。m(__)m


これからも頑張ってください。(^^)



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2013年09月01日

「経験者ならば常識だが、柔道は相手を倒す投げ技ではなく、受け身の方法を体で覚えるところから始まる。


投げられた時に頭の打ち所が悪ければ死に至ることもあるからだが、相田は作品『受身』で次のように書いている。


『受身とは投げ飛ばされる練習、つまり、人の前で失敗をしたり、恥をさらす練習です』と。


そして『長い人生にはカッコよく勝つことよりもぶざまに負けたり、だらしなく恥をさらすことのほうがはるかに多いからです』と続く。」


毎日新聞2013.8.23の「余禄」からです。

筆者が、東京丸の内の「相田みつを美術館」を訪ねたときの文章。


「自分の格好悪い姿を多くの人の前でさらすのが受け身であるという指摘には、柔道の創始者、嘉納治五郎も我が意を得たりと言うのではなかろうか」


「つまずいたり、転んだりの人生を歩んだ末にたどり着いたのが『受け身』であり、相田の生き方の根底にあった考えだという。」


投げ飛ばされることが続くのが、人生ということ実感です。

それだけにそれをうまく受け止め、また立ち上がることの重要さ、だれもが切実です。


そのときに人生にどのように向かうことができるかが大切で、それこそ、人それぞれの人生を生きる力量かもしれません。


「人の前で失敗したり、恥をさらす練習」。

私ももうすぐ還暦からでしょうか、この頃だいぶそのあたり、なじんできました。


心に静かに広がっていく言葉です。(^O^)

今、長年の友人夫妻と私たち夫婦みつおの額がありました。
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「うつくしいものを美しいと思えるあなたの心がうつくしい」

心に静かに広がる詩です。(-.-)



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2013年08月16日

昨日、社会保険労務士として、世田谷と渋谷を駆け巡りました。(>_<)
世田谷の年金事務所、渋谷の労働基準監督署、ハローワーク、東京法務局世田谷出張所・・・・。

そこで出会った、光景2つご紹介します。
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下北沢駅から1分くらいのところのお店です。

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顧問先の奥さまから聞いたところでは、古着屋さんだそうです。

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靴の下のケースに気持ちがこもっていないのがチョッと残念ですね。

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ケースの中もからです。
しかし、開店しているときには、しっかり中に陳列されているものがあるそうです。

今度それを見たらまたご報告いたします。

次は東急世田谷線の「松陰神社駅」にある、松陰神社です。
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松陰先生のお墓。
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松陰先生のお墓がこの場所にある経緯が書かれていました。
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1863年に高杉晋作や伊藤博文などの方々が、亡骸を千住からこの地に改装されたのだそうです。
小林民部、頼三樹三郎も同じくこの地に改装されました。CIMG3542














松陰神社でした。

昨日も暑かった。
へとへとに疲れ切った一日でした。<`〜´>

しかし、平松君は偉い。(^O^)
この後、松戸で社会保険労務士の勉強会「三木会」に参加しました。

今日のテーマは、実践」勉強とマニュアル勉強。


実践勉強は「体験談 第一種衛生管理士」と題してN先生のお話。
マニュアル勉強は「ホントにあった職場のトラブル、服務規律にかかわるトラブル事例」。
A先生の担当でした。

お盆なのに10人以上の参加でした。

イヤー、充実した、とてもしんどい一日でした。(-_-;)



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2013年08月13日

「戦後ナチスを描いた劇映画は多い。

たくまずして時代の空気を活写したのは72年の米作品「キャパレー」と思う。」


毎日新聞2013.8.13朝刊の玉木研二さんのコラム記事「火論」の中の一節です。

玉木さんは毎日新聞の専門編集委員です。


「舞台は31年のべルリン。

ナチス政権誕生の前々年である。


主人公サリー•ボウルズ(ライザ•ミネリ)は退廃的なキャパレーで歌い踊りながら、大スターを夢見る女。

その恋と自由を求める生き方を軸に展開するが、点景のようにナチスの影が現れ、次第に濃<なる。


街頭の暴力、野外レストランでナチスの賛歌を独唱し大合唱を引き起こすヒトラーユーゲントの少年、ユダヤ人迫害……。


当初締め出されていた突撃隊員がキャバレーの客席に目立つようになる。

映画は何も説明しない。

主人公の夢も半生ものみ込んでしまう時代の到来を暗示し静かに終わる。」(同記事)


今、麻生さんの失言でナチスの成立過程が話題になっています。

いつの間にか知らないうちに・・・・。

そうするのも一方法・・・・。


この発想はとても怖い。(-_-;)


日本人のいろいろな決定する過程で支配するのはある種の「空気」といったのは、山本七平さんでした。
有名な「空気の研究」です。

戦艦大和も空気で沈んだ…。


しかし、ドイツにも「空気」があったのでしょうか。


昨今ナチス政権の成立過程が話題になった。

政治学上も社会心理学上も、あるいはメディア論等々においても無数の研究本を生んできた テーマである。


その中で1冊、1973年に出た『君はヒトラーを見たか』(ワルター•ケンポウスキ編、到津十三男訳、サイマル出版会)をご紹介したい。


この独裁者が政権を握る前後から戦争に傾<までの間、彼を見ることができた世代のドイツ人の感想を集めた。


本に収録されたのは二百数十人分。

世論調査のような分類はなく、簡潔な問いに答えのまま記した。

答えに好悪入り交じった矛盾もある。

そこに時代の空気のようなものが強く感じられるのだ。」


『私たちの手を彼が握ったというそれだけの理由で感動のあまり3日間ほとんど手を洗う気になれませんでした』(主婦、21年生まれ)


『われわれは興奮の大海の中でみなと泳ぎました』(書籍商、09年生まれ)


『おそろしく無表情な顔をしていました。

チャップリンの映画(ヒトラーをこきおろした風刺喜劇「独裁者」)がドイツでもっと早く上映されていたら、政権を獲得することは不可能であったと思います』(主婦、15年生まれ)


『権力が、彼にふしぎな空気をつ<り出しました。

それだけのことです』(教授、2 年生まれ)


『ヒトラーユーゲント(青少年団)の若者として、実はショーの手助けをしていたのでした』(技師、21年生まれ)(同著記事)


これはファナティックといわれる現象です。
時代の狂気なある種の空気、と言ったらよいでしょうか。
 


「『空気』の数値化や表現は難しい。


前掲書の証言のように気づかぬうちにブームの当事者になっていたり、映画のように無関心、無関係と思っていてものまれたりする。」(同記事)


一番注意しないといけないのは、ある種の空気で日本の大切な進路が決定されてしまうことです。

それが何より怖い。(>_<)


憲法改正するにしても、地に足をつけた議論が必要です。



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2013年08月11日

先ほど、昼食で近くのサイゼリアに行きました。
中に入っていつものように、ご案内の方が来るのを待っていました。

そうしたら、すっと何も言わず、若い店員が私の目の前を歩いていきました。

エッ??????

その店員が戻ってきて、まだ何も言わずにすっと通り過ぎようとしたので、おもわず「接客がなっていないぞ。いらっしゃいませくらい言いなさい。」と叱っていました。

「教育どうなっているんだ」とこちらでも、近くにいた先輩社員とおぼしき人に強い語調で言いました。

もちろん私のことですから、半分笑いながらでした。
「スミマセン」とその先輩らしき社員は平謝りでした。

しかし、信じられないですね。
サイゼリアでも、他の全国チェーンの飲食店でもですが、初めての経験です。
販売士の講座で長年教えていることもあり、接客がなっていないことがチョッと気になります。

このサイゼリア、結構流行っています。
日曜日などお昼の時間帯はほとんど満員のようです。

だからお昼の時間帯は外します。
今日は14:30頃に行きました。

ゆったりと席はありました。

実はこのサイゼリアの前はレンタルビデオの店が入っていました。
ここは、「セブンタウン」という新京成電車の常盤平駅の駅前の小さなショッピングセンターです。セブンイレブンの本社が経営しているので、「セブンタウン」というようです。
ここに入る店は、本当に入れ替わりが激しい。
家賃が高いのかひとつの原因。
そして飲食店などは全く繁盛していません。
閑散としている店が多かった。

だから今回のサイゼリア、流行ってほしいといつも思っています。

でも、しっかり続きそうです。
だから少しほっとしている今日この頃です。(^^♪

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プロフィール

平松 徹
株式会社ソフィア
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