芸術

2021年02月11日

先日ですが、私の父が100歳の誕生日を迎えました。
私の故郷、大分市に住んでいます。
関サバで有名な佐賀関から車でもほんの10分くらいの所です。

昨年の4月に九州出張のときに訪問し、ほとんど意識もなく、介護の方が、「息子さんが来たよ」と揺り動かすようにして、少し目を開けて、わたしのことが分かったのか、少しにっこりしました。

そのときはまだ99歳でしたが、100歳おめでとうございます、との当時の安倍総理からのお祝いの賞状や、記念品なども届いており、これで100歳まで頑張れ…、との励ましなのかなと、感慨深いものがありました。

そして今回は本当に100歳、大分市からのお祝いの賞状もあり、老人ホームでもお祝いをしていただいたようです。

今は、ほとんど寝たきりの状態なのですが、住友化学大分工場の守衛をしていた関係で、剣道2段ととてもたくましく、強い父でした。

それ以上に私にとっては、文学の指導者でもありました。
父は、北原白秋の門下で、白秋死後は宮柊二氏に師事しコスモス短歌界の創設に参加し、コスモス賞など幾つかの賞もいただきました。

会社退職後には、大分合同新聞の選者や朝日カルチャーセンターの短歌の講師などをしながら、短歌の世界で頑張ってきました。

私も宮柊二氏には一度だけお会いしました。
東京の大学に行った私を訪ねて父が来京した時に。井之頭公園の近くの宮先生のご自宅にお伺いし、もう多分80歳を超えていらしゃったと思うのですが、白いひげを伸ばして、「あなたの息子さんですか」とか何とかよく覚えていないのですが、そのときのことはいまだに鮮明に記憶しています。

宮氏柊二の短歌については、そのリアリズムの凄さをしっかり感じていて、ぜひ一度書こうと思っています。

今回は父のことで、周防灘に建てられた父の歌碑につい書きます。

「海にさす年始の光戦ひに水漬きし者魂に及ぶか」。
昭和54年元旦に、父が詠んだ歌です。

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大分県豊後高田市(真玉町浜) 平成6年建立

大分合同新聞の平成6年4月11日の記事には次のようにあります。

「昭和17年7月、大分第47連隊の第3大隊第11中隊に所属していた平松さんら初年兵を乗せた輸送船「青葉丸」が、カムラン湾(ベトナム南東部)で魚雷攻撃を受けた。

船は沈没を免れたが百数十人の若者が命を失つた。
九死に一生を得た平松さんらが全国の同人らの協力で、初年兵の慰霊と鎖魂のために歌碑を建立した。」

この話は、酒に酔うとと父から何度も聞かされました。
またその話???

それでそのうち話さなくなりましたが、この体験は父の人生における原点だったと、今は思います。

心と心がつながるとはどういうことか…。
もう30年以上も前のことがずっと心の底に残り、それが人生をいろいろと左右していくことはよくある話です。

そのとき亡くなった人は100人以上。
その方たちの何人かは、いまだに父の心の中に生きている。

この歌は30年以上の時間を超えて、初日の出が亡くなった方たちの魂に届いているということ。
大分県の国東半島から周防灘は、もちろんベトナムのカムラン湾につながっています。

言葉は人と人をつなぎます。
短歌もその意味で、父と亡くなった戦友の方たちをつないでいます。

100歳になった父ですが、また会いに行こうと思っています。
もうほとんど意識のない父ですが。

新聞の記事の残りの所です。

「コスモス短歌会選者や大分合同新聞の読者お文芸/短歌選者などをしている歌人の平松茂男さんの作品を刻んだ歌碑が、周防灘を一望する真玉町浜に建てられ、十曰に現地で除幕式があった。
 県内外からコスモス同人や関係老ら約二百人が出席して神事。

平松さんの孫の美穂さん(大分市・大分鶴崎高一年)ら三人が除幕すると、平松さんが昭和54年の元日に詠んだ「海にさす年始の光戦ひに水漬きし者の魂に及ぶか」を刻んだ碑が姿を現した。」


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2021年01月03日

先ほどトランプ夫妻、ジョージア州上院議員選の応援演説でジョージア州の空港に降り立つ映像が放映されていました。

メラニア夫人、黒のサングラスでトランプ大統領と手をつないで、飛行場に降立ちました。
黒のコートに、黒のサングラス。
切れ長の目がとても個性的なメラニー夫人ですが、今回はサングラスで見えませんでした。

しかし、全体のデザインとして、とても素敵です。
本当にきれいの一言です。

トランプさんがわがまま放題と報道された、1か月前のメラニア夫人から、様代わりです。
そのときメラニア夫人は、トランプさんにけんもほろろの対応とも、一部報道されていました。

トランプさんの気持ちも少しずつ落ち着いていると思ったのですが、とんでもなくそうではなさそうです。

法案に拒否権を発動、2/3以上で上院で再可決されてしまいました。
共和党が支配している上院でです。

票の再集計の疑惑…。
もう止まらない…。

しかしです。
メラニア夫人はなぜサングラスをかけたのでしょうか。
しかも黒のサングラスです。

黒はあるとき「死」を意味します。
「喪」に服するときの「喪服」はもちろん「黒」です。

メラニアさんは東欧のスロベニア出身で、アメリカ出身でないことご存知でしょうか。
外国出身のファーストレディは、6代大統領のファーストレディ、英国出身のルイーザ・アダムズ夫人に次いで二人目、190年ぶりだそうです。

そのあたりも影響しているのかもしれませんが、わかりません。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません…」との謝罪の意思表示というとチョットうがちすぎでしょうか。

しかし、ファーストレディーは重要です。

その点今度のファーストレディは、また違った意味でとても素敵ですね。
というより、かわいらしい。
しかし、いざというときにはしっかり外敵から夫を守る方のようです。

しかし、花柄のワンピースが良く似合います。
マスクも確か花柄マスクでした。(^_-)-☆


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2018年04月26日

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久々に私のふるさと大分に帰りました。
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その大分駅にいつもの「くろ」君がお迎え。

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かわいいですね。
前からずっとこの「くろ」君、気になっていました。

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今回は駅員さんにこの「くろ」君、誰の作か聞きました。

そうしたら「水戸岡鋭治」さんとのことでした。
知っています???

私はよく知らなかったのですが、あの「ななつ星イン九州」のデザイナーです。
超豪華列車・・・、話題になりました。

しかし、本当にかわいい。(^-^;
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私なんか、もうメロメロです。(-_-;)
家のワンコも可愛いですが、この「くろ」君も本当にキュートです。

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「くろ」君また来ます。
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2018年03月09日

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ライブチッヒの中心街のパサージュです。
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「Madler Passage」。

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ゲーテが学生の頃、この町に住み、ライブチッヒ大学に学びました。
そのころゲーテがよくいった酒場が、今に残っていました。

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この酒場です。
https://www.auerbachs-keller-leipzig.de/

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ファウスト博士と悪魔メフィストフェレス像

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「ゲーテは学生でにぎわう酒場「アウアーバッハス・ケラー」によく通い、そこで「悪魔の力を借りてワイン樽に乗って飛んだ」という古い言い伝えに興味を示し、後の作品『ファウスト』の場面(第1部)になったと伝えられている。」(ドイツ観光局)
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ファウストの一場面に出てくる、悪魔に魔法をかけられた学生の像。

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この酒場はファウストがメフィストと契約してすぐ後に行った酒場です。

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一番奥の部屋に通されて、食事をしました。
そこにあった、ゲーテ像です。

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森鴎外がドイツに留学し、まず最初に通ったのがライプツィヒ大学(1884-85)でした。

森鴎外は1885年12月、友人の哲学者であった井上哲次郎とこのアウアーバッハス・ケラーを訪れた際に『ファウスト』を翻訳することを決心し、1913年に日本最初の翻訳本が出版された。」(ドイツ観光局)


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「16歳だった文豪ゲーテはライプツィヒの大学に遊学し、当時“小パリ”と呼ばれていたライプツィヒで3年間を過ごした。」(ドイツ観光局)
森鴎外がこの町のライブチッヒ大学に留学する100年前のことです。


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今のライブチッヒ大学です。
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もう一度、ゲーテ像。
今度は裏側。

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1765年から1768年までいました。
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ゲーテとそればかりか森鴎外にも会えた、ライブチッヒでした。(^O^)/


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2018年02月28日

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ドイツライブチッヒの聖トーマス教会です。
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バッハが1723年から1750年まで音楽監督を務めた教会です。
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バッハのお墓もあります。
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バッハは1750年にライブチッヒで亡くなり、市門の前のヨハニス教会のシュピタール墓地に埋葬されました。
19世紀末に墓から掘り出され、そしてヨハニス協会のクリプタ(地下聖堂)に石棺におさめられ、祀られました。
その後、ヨハニス教会が943年12月の空襲で破壊され、戦後に取り壊されることになり、バッハの遺骨は、聖トーマス教会に移され、この墓碑の下に眠っています。

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バッハゆかりの当時の楽器がこの教会の中に展示されています。
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このチェロのような楽器には「Violone」とあります。
これが当時のバイオリンなのでしょうか????
そんなことはないと思いますが…。
無伴奏のバイオリンソナタがバッハにはありますが、この大きさの音には合いません。
どなたか知っている方、教えていただければと思います。

読者のNさんからメールで次の情報いただきました。
「ヴァイオリン」でなく、「ヴィオローネ」なのですね。

ヴィオローネ Amit Tiefenbrunn製

ヴィオローネ(伊・独:Violone)は、ヴィオール属の擦弦楽器で、16〜18世紀頃ヨー

ロッパで用いられた古楽器。

 

ヴィオラ・ダ・ガンバと同属の最低音域楽器であり、コントラバスの先祖に当たる。

バロック音楽の頃には通奏低音として盛んに用いられ、小規模なアンサンブルでは現

在のチェロのような役割として低音部の旋律を、やや大規模なアンサンブルやオーケ

ストラでは、チェロとともにその8度下(オクターブ・ユニゾンという)を演奏す

る、現在のコントラバスの役割を担った。
現在も古楽系の楽団において、復元楽器が

使用されている。

 ウィキペディアより

ビオラ・ダ・ガンバに近い楽器でした。
Nさん、ありがとうございました。


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これは有名な「ビオラ・ダ・ガンバ」、これは低音楽器です。
バッハにビオラ・ダ・ガンバソナタがありますが、静かな、落ち着いた名曲です。

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バッハは、新しい楽器が登場すると、すぐにそれを研究して、作曲したそうです。
画家でいうと、レオナルドダビンチに近いものを感じます。
芸術家であるとともに探究者、ある意味で科学者といっていいかも知れません。

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教会前に出されていた、案内板です。

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この教会で合唱のコンサートがある旨の、表に出してある看板です。
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パイプオルガンの前に合唱団が並んで歌いました。
とても清楚な合唱でした。
ただドイツ語のお説教があったのですが、ドイツ語がほとんどわからなかったので、やたら長かった。(^-^;

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1615年にこの教会のために造られた洗礼盤です。
バロック様式ですばらしいデザインです。

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なかなか見事なステンでグラスです。

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聖トーマス教会の前のホテル。
ここに泊まりました。
隣がバッハ博物館です。

バッハに本当に会えた、ライブチッヒでした。
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ライブチッヒ駅。
また来ます。バッハに会いに…。



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2018年02月13日

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2017年05月05日

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私の住んでいる千葉県松戸市、常盤平の桜通りです。
5月になったら、すっかり緑一色です。
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これが、4月は、
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桜色で染まっていました。

しかし、花びらは散ります。
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桜は散ります。
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散りぎわが良いのが桜の魅力(-_-;)
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花びらは散ってしまいます。

可憐に咲いている桜の花びら君たち。

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そして、これからの命を感じる、葉っぱ君。

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満開のときの桜通り。
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そして今の緑色の桜通り。
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これが同じ桜通り・・・。

でもかわいい光景がいっぱいでした。
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桜君たち、素敵でした。(^O^)


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2017年05月03日

先日の若尾裕之さんの未来デザインメルマガ良かったので、私のブログに転載しました。


テーマは
『今の力を出せる状態にしておく』

ビジネスパーソンであれば仕事で大切なプレゼンテーションがあったり、学生であれば入学試験や就職試験のときに、いつもの自分と違う自分を演じようとしたり、自分を良く見せようと背伸びして緊張してしまい、失敗することがあります。

今のありのままの自分で良いのです。
自分の能力や経験を活かし、今の力を出せば良いのです。


そのためには、ベストの状態を保つことが大切です。

ベストの状態を保つためには、準備をしっかりやることです。

プレゼンテーションなら内容を常にブラッシュアップしたり話し方の練習をしっかりすることです。

そして、なるべく多くプレゼンテーションの場を経験して慣れることです。


準備さえ、しっかりできていたら、いつでも自分の力を出すことができます。


良寛さんの辞世の句、「裏を見せ表を見せて散る紅葉」が思い出されます。

臨終までの一週間、心を尽くして良寛さんの世話をした、40歳年下の貞心尼に詠んだ歌です。 

隠すものがない、隠さなくてよい、ありのままでいいじゃないか・・・。

心に沁みる句です。

今のありのままの自分で良いのです。
自分の能力や経験を活かし、今の力を出せば良いのです。


その通りです。
しかし、自信がぐらつけば、ありのままといっても成功は難しい。
だから、研鑽を積む、練習する、努力する。


目標を見える化し、それのためにどの様に取り組むか、それをどのようなスケジュールで実行に移すか。

プロセス管理の重要さも大切になってきます。

日々の日常生活への創り込みです。
日々確実に実行すること、継続は力なりでもあります。(^O^)/
 



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2017年04月14日

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東京、麹町の交差点。

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夏の想い出。
吉野毅さんの作。

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今日は、「交通安全」してました。

HPに次のようにあります。
http://blog.goo.ne.jp/forever-green/e/24aa4746d9907adca29103713ca367a9

皇居の半蔵門から西に向かって、新宿通り(国道20号)が始まります。
この道は、徳川家康が江戸入府の際、江戸城内に入場した道として知られています。

四ツ谷駅から、地下鉄を1駅利用して通勤していたのですが、最近、健康のためこの道を歩くことにしております。

途中、歩道には、地元の方々によって少年少女のブロンズ像が6体ほど設置されています。

不思議と時々、目が合うのですが、有楽町線麹町(こうじまち)駅の近くには、服を着ているちょっと変わったブロンズ像があります。

作品名は「夏の想い出」 。
作者は 吉野毅。

6体のうち、この彫像だけ服を着ています。

他の5体は、作者に服を着せてもらっていますが、この子は裸だったので、設置後に、地域の方から毎月、服を着せてもらっているようです。

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今日は「交通安全」している「夏の想い出君」でした。

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じゃっ、また・・・・。(^O^)/


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2017年03月11日

今日の若尾裕之さんの未来デザインメルマガ良かったので、転載します。

「テーマは『「楽しい」と考える』です。

「楽しい」とか「幸せ」とか自分にとって良いことがあると思えるから、人は積極的に行動できるものです。

「無理」とか「嫌だ」と思ったら、いざ行動しようとしても身体が動かなくなります。

言葉を発するときには、自分の頭の中で一度とどまり、考えてから口から外に出ます。
また外に出た時には自分の耳に最初に入ります。


そのため、誰よりも自分自身に伝わります。
しかも習慣化すると、
どんどん自分の頭に浸透し蓄積していきます。

言葉によって暗示をかけられているようなものです。


●その通りと思います。

発言するとき、まず考えをまとめます。
それが頭の中の整理整頓になる。


芸術も同じです。

自分の中の無意識の中に深く沈んでいる、どろどろしたものを心の作用によって、形あるものとして絵にしたり、音楽にしたりします。


表現ということ。


けっこう苦しいものでもありますが、興に乗るとそれが楽しい、そして勢いのある創作活動になる。


僕はあまり好きではありませんが、ゴッホの絵。

沸りたつ情念が、一つの形になって、絵になっている。ひまわりの絵も糸杉の絵も。


大好きなピカソの絵。

また違った意味で、完成の豊かさが実感できます。


スペイン動乱のときの「ゲルニカ」。

あの絵がなぜ心を打つのかうまく説明できません。
しかし、しっかり心にピカソが届きます。

このあたりが心の通い合いの原点かもしれません。(^O^)



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2017年02月05日

「数年前から自分の『普通さ』に居心地の悪さを感じ始めていた野澤さんには、世間が強いる『普通』に振り回される主人公が興味深かった。

 

野澤さんの読書感想文『私であるために』は第62回青少年読書感想文全国コンクールの高等学校の部で毎日新聞社賞を受けた。」

 

毎日新聞2017年2月4日の「余録」です。

 

「『コンビニ人間』で昨夏の芥川賞を受けた作家、村田沙耶香さんが大切にする言葉がある。

 

『小説家は楽譜を書いていて、読者はその楽譜を演奏してくれる演奏家だ』。

 

芥川賞作家の先輩、宮原昭夫氏から小説の作法を教わった時の言葉という。

 

それは学生時代の村田さんに小説を書き続けさせてくれた言葉だった

 

それから十数年、芥川賞受賞作は世間の常識から孤立しながらコンビニという職場の『正常な部品』となるのを生きがいとする30代女性の小説である。」(同記事)

 

●野澤さんが村田さやかさんの芥川賞受賞作「コンビニ人間」を手に取り「私であるために」を書いたきっかけは次のようでした。

 

「山梨県立韮崎高校2年の野澤夏枝さんが書店で『コンビニ人間』を手に取ったのは、初めて芥川賞受賞作を読んでみたかったのと、コンビニというよく知る世界の題名にひかれてだった。

 

すると本の帯に『普通とは何か?』とある。

ちょっとドキンとして読み始めた。

 

物語の細部も印象に残った。

 

『狭い環境にいるとみんなが似てくるとか、規則なんか無視する男が実は世間に順応したがっているとか、こういうのあるあるって感じでした』。

 

風変わりな虚構の物語だからこそ描き出せるこの世の人間の真実があるのがよく分かった。

小説という譜面から物語を演奏し終えた野澤さんはあるがままの自分に少し自信をもてた気がした。

 

将来の夢は建築家、受験勉強もせねばならないが、読書による物語の演奏はこれからも続ける。」(同記事)

 

●非常に興味深いエッセーです。

「狭い環境にいるとみんなが似てくるとか、規則なんか無視する男が実は世間に順応したがっているとか、こういうのあるあるって感じでした。

 

風変わりな虚構の物語だからこそ描き出せるこの世の人間の真実があるのがよく分かった。」

 

「この世の人間の真実」って何なのか。
「風変わりな虚構の世界」だからこそ描き出せる。

 

「コンビニ人間」、まだ読んでいなかったので、急いでアマゾンに注文しました。

来たらさっそく読んでみます。

 

「書いた人が作曲家で読む人が演奏者」。

これやってみます。( `―´)ノ



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2016年12月30日

私の父ですが、大分の老人ホームに、今入っています。

大正10年の生まれの酉年で、96歳になります。

私にとって愛すべき父であり、心のよりどころでもあります。

 
このブログにも何回か書きましたが、現代歌人として著名なコスモス短歌界の今は亡き宮柊二先生のお弟子さんの一人です。

 
記憶も定かではないのですが、父がコスモス短歌界の東京集会があり、そのために上京したとき、吉祥寺の近く京王井之頭線の三鷹台駅の近くの宮先生をお尋ねしました。

 
もう老衰がひどい宮先生でしたが、わたしにも親しくお声をかけていただきました。

当時、大学生でマスコミ希望の就職活動をしていた私に対して、読売新聞にいらしたコスモス短歌界で著名な歌人島田修二さんに私を紹介をしてくれました。

そのときの島田さんに対する卑屈とも思う様子を少し見て、申し訳なさを感じたことを、今思い出します。

 
その父です。
手元にある「選者の箴言」を改めて読んでいて、心打たれるものがやはりあります。

 
選者の箴言は、父が大分合同新聞の短歌の選者を長年担当していたときの選者としての箴言を父がガラ版刷りに本にしたものです。

「選者の箴言 其の4」に次のようにあります。


「五十二年前、先師・宮柊二と共に新しい歌誌『コスモス』を創刊したとき、私たちは『自らの生の証明を』という小文を冒頭に掲げました。

 

作品によって自らの生を証明すべきだと考えたからです。

 

歌にしておかなければ数分後には忘れてしまう、そんな些細なことにも生の証しを発見したいと思っております。」

 

コスモス短歌会は北原白秋の多摩短歌会が白秋の死とともに解散したときに宮柊二が白秋の流れをひいて創刊したものです。」

 

父は北原白秋の門下でもあります。

それが父の誇りの一つです。

 
そして続きます。

「些細な中に生を発見


○庭草を除る手にはつかさわりたる酢漿草(かたばみ)は実を弾く音する

去る1月11日夕刊の文芸欄に載った児玉玲子さんの歌です。


事柄の内容は取るに足らぬようにみえますが、作者は酢漿草の小さな命が土に向かって弾き飛ぶ音をききとめております。


○ひとひらの枯葉の音にさ庭辺に腹這う犬が耳を動かす

同じ夕刊の田原佐知代さんの歌。

枯れ葉の音にも敏感な犬の反応に新鮮な生を作者は感じているようです。


どちらの歌も些細な出来事の中に見逃すことなく命をとらえたのがよかったと思います。」(選者の箴言、其の四)


正岡子規の写生に通じる。

ありのままをすっと見るとでもいうのでしょうか。

あえて見るのではなく、静かにありのままに見る。

「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」。
静かに、ありのままに、子規の心が鐘の音と交差している。

脊髄のカリエス(結核)で、最後まで七転八倒した子規とは違いますが、父の老いたる姿も私の気持ちの中に深く沈んでいきます。

この8月にISOの審査で福岡に行ったときに大分を訪ね、父のいる老人ホームに行き、面会しました。

瘦せてはいましたが、けっこう元気な父の手をとって、頑張ってねお父さんと何度も繰り返しました。

 

父は酉年です。

今年は年男。

新しいスタートです。
これからも一年また、元気でね。


人生は懐が深いこと、つくづく感じます。

お父さんありがとう。(^O^)



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2016年12月22日

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先日、東京の千代田区麹町に行きました。
地下鉄有楽町線の麹町駅を降りたら、駅のすぐ近くに、この可愛いモニュメントがありました。

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「夏の想い出」。
「吉野毅」作とあります。

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「作者の吉野毅さんは昭和18年(1943年)生まれ。

ご自身の記憶の中には、昭和30年前後の裸で遊ぶことが普通だった少年時代の光景が思い浮かぶのだと思います。

吉野さんは、卓越した芸術作品を作成したとして、2012年に日本芸術院賞を受賞された方。」と「blog.goo」にあります。
http://blog.goo.ne.jp/forever-green/e/24aa4746d9907adca29103713ca367a9

このブロンズ像何をしているのでしょうか。
よくわかりませんでした。

しかし、・・・・。

「ブロンズ像を設置した麹町地区環境整備協議会(会員は地区区内の法人と町会長)のメンバーの法人等が、毎月、この着せ替えを担当しており、消防署の順番の際には、近くの大学の学生が協力して消防服を着せたりしているようです。」とこのブログにはありました。

このブログによると、近くの大学生というのは大妻女子大学の課外活動団体「服部」(ふくぶ)。
何か服に関連がある課外活動なのですね。

2013年5月は半纏を着ていました。
http://chiyoda-tokyo.sakura.ne.jp/seisiga/kobetsu/natuomoi.html


千代田遺産という、HPです。

まちづくりの参考になります。
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街中の、チョッとかわいいブロンズ像でした。(^O^)/



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2016年08月29日

「代表曲の『世界に一つだけの花』にちなんでファンは『花摘み』と呼ぶ。

 

国民的人気グループのSMAPが年末に解散するという発表から半月。

ファンの間で、CDを購入して売り上げを伸ばそうという動きが広がっている。

最後まで彼らを応援するという思いを伝えるためだ。

 

CD店では品切れが相次いでいるらしい。」

 

毎日新聞2016829日東京朝刊「余録」の記事です。

 

「この曲にこんな歌詞がある。

 

『一人一人違う種を持つ その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい』。

メンバーは『それぞれの花』を咲かせる道を選んだのか。

不仲説が流れるが、真相はいまだやぶの中だ。

 

読者から本紙に投書があった。

 

SMAPは自分たちの番組で東日本大震災の被災地への義援金を募っている。

その取り組みはどうなるのか、と心配する声だ。

彼らはアイドルというだけでなく、大きな社会的役割を担うようになった。

アジアにファンが多く、日中韓の友好の象徴でもある。

 

東京パラリンピックのサポーター活動が終わることを残念がる人も多い。

 

メンバーはラジオ番組でファンに謝罪している。

 

個々の気持ちは伝わるが、すっきりしないのは所属事務所が経緯を説明しないからではないだろうか。

影響はもはや音楽、テレビ業界にとどまらない。

 

ヒット曲『夜空ノムコウ』の歌詞にはこうある。

『あのころの未来にぼくらは立っているのかなぁ』。

時が流れて『未来』が『今』になった時、過去を振り返る曲だ。

 

SMAP世代にとって『あのころ』は彼らの曲の中にあるのだろう。

 

平成の時代とともに歩んだSMAPは来月9日にデビュー25年を迎える。

活動は残り4カ月。

 

花は散り際も人の心に残る。」(同記事)

 

●「夜空ノムコウ」良い歌ですね。

 

未来に願いを置く歌です。

そして、心を通わせる相手に、心を置く歌でもあります。

「未来」という、人間にとってとても大切な時間がそこにそっとあります。

 

あまり哲学的に言葉にすると、ふっと大切なものが逃げていく。

だからこそ、その哀感に心がもてあそばれてしまう。

 

そこがとても素敵です。

 

「永遠の今」という言葉があります。

 

「今」ここに「未来」がある。

ここにしか未来はありません。

 

だから今ここが「永遠の今」です。

 

しかし、スマップは本当に良いグループです。

親善大使的な役割をしっかり果たしている。

 

この「夜空ノムコウ」という歌。

 

女性の歌で聞くと、全く違います。

Uru」という歌手、とても良いですね。

よく知らないのですが、ユーチューブで聞くと、この曲がとても悲しい曲になる。

 

静かに心を打ち、静かに悲しもが広がります。

切ない…。

 

でもとてもよい曲です。(^^)



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2016年07月11日

一昨日、BSフジの「艶歌四人姫」を見ました。

僕は坂本冬美さんの大ファンなので、この番組たまに見ます。

そこで感じたのですが、演歌の名曲本当にあるなということ。

 

今日は八代亜紀さんが出ていたので、「舟唄」でした。


やはりこれは名曲ですね。男歌の一つ。

男の寂しさが静かに伝わってきます。

 

「お酒はぬるめの燗がいい

肴はあぶったイカでいい

女は無口な人がいい

灯りはぼんやりともりゃいい」

 

決してなげやりでなく、ひかえめなものそれがいい。

 

ひかえめだからいいのではなく、ひかえめなものが自分には合っている。

そこを淡々と歌います。

そこに僕は人生哲学を感じます。

 

「しみじみ飲めばしみじみと

想い出だけが、行き過ぎる

涙がポロリとこぼれたら

歌いだすのさ舟唄を」

 

そして、神奈川県の三崎のダンチョネ節を唄い出す。

 

「沖の鴎に深酒させてヨ

いとしあの娘とヨ朝寝する

ダンチョネ」

 

本歌取りの手法です。

実に見事な構成です。

 

しかし、演歌の本骨頂はやはり「未練」。

 

「ほろほろ飲めばほろほろと

心がすすり泣いている

あの頃あの娘を思ったら

歌い出すのさ舟唄を」

 

あの娘を思ったら・・・唄い出す。

 

日本人は桜が好きな国民で「あっさり」と散っていくその見事さに共感します。

赤穂浪士の主人のために命を尽くして仇討ちをし、そして「あっさり」と切腹していく。

 

「あっさり」が好きなのですが、それだけに忘れきれない「未練」にも共感する。

 

演歌のワンパターンの一つがこの「未練」をしみじみ歌うところにあります。

しかし表面的に歌っているだけの演歌が本当に多い。

演歌はどれを聴いても同じとの批判、しっかり当たっています。

 

しかし演歌の名曲には哲学があることも今日しっかり感じました。



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2016年07月08日

「ムーティ氏は「芸術の中でも音楽には人々を結びつけ宗教、文化、伝統、人種、言葉の壁を乗り越える大きな可能性がある。


音楽は普遍的であり、分断を超えるものだからだ」と語った。 」


毎日新聞201678日 東京朝刊の記事です。

  

「イタリアを代表する指揮者、リッカルド・ムーティ氏(74)が毎日新聞のインタビューに応じ「テロは文化を持たない無知から来る」と指摘し「日伊両国は文化の古い伝統を持つ。

文化、特に音楽が(テロとの戦いの)最も重要な武器だ」と訴えた。


ムーティ氏は3日にイタリア北部ラベンナで日伊国交樹立150周年の記念コンサートを開催。


会場ではバングラデシュで起きた人質テロ事件の犠牲者を追悼して黙とうがささげられた。


ムーティ氏はインタビューで「あらゆる種類の暴力、テロは、深い文化を持っていないという意味での無知に由来する。


真の文化は調和、美、精神の気高き表現であり、高尚さと平安を損なうものとは相いれないのだ」と強調した。


ムーティ氏は1997年、内戦からの復興途上にあるボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボでコンサートを開催。


以来、世界各地の紛争地や被災地を訪ね「音楽を通じた友愛の懸け橋作り」を目指す「友情の道」事業に取り組む。
今回の日伊両国の若手奏者による公演もその一環だ。


日伊の絆を確認する今回のコンサートの2日前、ダッカで両国民が巻き込まれる人質テロ事件が起きた。


「文化によって問題をただちに解決することはできない。だが、文化は長期的には力強い武器になる。社会をより気高い水準に引き上げることができるからだ」


ムーティ氏が若手の育成に心血を注ぐのは「若者こそ未来」という思いがあるためだ。


「(文化という)根を切れば、木は死んでしまう。若者は歴史的なアイデンティティーを自覚する必要がある。
それによって、未来に前進することができるのだ」と言う。


最後に「夢は何か」と訪ねると、こんな答えが返ってきた。


「私は戦中の41年の生まれだが、戦後は戦争のない時代を生きてきた。
けれども今、世界で平穏な場所を探すのが難しくなっており、孫たちの将来が心配だ。

夢は平和な世界を作ることだ」 (同記事)


リッカルド・ムーティさんは

「1941年、イタリア・ナポリ生まれ。ミラノ音楽院卒業。

80年から92年まで米フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督を務めた。

86年から2005年までイタリア・ミラノのスカラ座の音楽監督を務め、10年に米シカゴ交響楽団の音楽監督に就任。」


今でも世界有数の指揮者の一人です。
写真を見るとかなり老けたなとの感じです。

しかし、話の内容はとても心を打ちます。

「あらゆる種類の暴力、テロは、深い文化を持っていないという意味での無知に由来する。

真の文化は調和、美、精神の気高き表現であり、高尚さと平安を損なうものとは相いれないのだ」。 

文化は「精神のけだかき表現」であり、そこには「調和」があり、「美」となる。

「高尚さと平安を損なうものとは相いれない」。


平和のツールとしての「文化」ということです。


しかし、時の権力によって文化が破壊された例は枚挙にいとまがありません。


政治的に都合が悪い文化を破壊する。

カンボジアのクメールルージュによる文化財、寺院の破壊、近くではつい何年か前イスラム過激派による仏教美術遺産の破壊か衝撃的な映像で報道されました。

明治初めの日本の廃仏毀釈だって同じ流れです。
万世一系の国体には仏教は邪魔もの…。

異文化を理解し受け入れ、共有することの大切さ、改めて感じます。

ムーティさんは若手の育成に心血を注ぎます。

「(文化という)根を切れば、木は死んでしまう。
若者は歴史的なアイデンティティーを自覚する必要がある。
それによって、未来に前進することができるのだ」。 

「歴史的アイデンティティ」なのですね。
そして「世界的アイデンティティ」だとも思います。
人の根っこはつながっています。


ユングの普遍的無意識であり、プラトンのイデア論です。

地球平和に、特に音楽がより力を発揮するとムーティさんは言います。

「芸術の中でも音楽には人々を結びつけ宗教、文化、伝統、人種、言葉の壁を乗り越える大きな可能性がある。
音楽は普遍的であり、分断を超えるものだからだ」

深く考えさせられるムーティさんでした。(-_-)



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2016年06月14日

蝶々夫人はテバルディ、トスカはマリア・カラスです。

やはり。


蝶々夫人の可憐さはカラスではアクが強すぎる。

テバルディの少しはにかんだ蝶々夫人。
それが最後は子供に目隠しをして自害するときの、あまりにも大きな落差に、引き込まれてしまいます。


これはプッチーニも意識していなかったのではと、勝手に思います。


音楽は、作曲家と演奏する人の協働作業であり、そこから創造的なものが生まれてくる典型的な芸術です。

一方、トスカはやっぱりマリア・カラスです。

ティドゴッビの憎たらしいまでのスカルピアとのジョルジュ・プレートル指揮のEMI版。

オケはどこだったかな。


1960年代くらいの録音だったと思います。


赤い透明なLPレコードでした。


マリア・カラスのトスカが、スカルピアを刺し殺すときの「モーリー、モーリー、モーリー」というイタリア語での音声。
耳にこびり付いて離れません。

「凄み」としか言いようがない。

日本語で「死ね。」では何ともやくざっぽい。


言葉は翻訳してしまうと、きめ細かな感情が消えてしまう、典型的な例です。

といいなが、やはり「餅は餅屋」です。
(-_-)



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2016年06月10日

コルトーのショパン、いいですね。

SP
時代の録音ですから、決して音質はよくはありません。

しかし、なぜか惹きつけられます。


僕はショパンは苦手なのですが、コルトーのショパンは好きです。

というより、とても惹かれる。

リバッティもいいな。
リバッティの場合は、若くして亡くなりましたので、その印象も強い。

こんなのは心理学ではハロー効果といいます。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
うんチョッと違いますね。ヽ(^^)



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2016年05月30日

僕の大好きな指揮者に巨匠ブルーのワルターがいます。

それも、アメリカに移住し戦後に録音した多くはコロンビア交響楽団を指揮した録音が好きです。


その前のニューヨークフィルを指揮したものも聞きますが、硬くて、抱擁力がなくどこか敬遠してしまいます。


ワルター、コロンビア響の演奏は何とも言えない豊かさ、やさしく包んでくれるハーモニーとメロディが寂しい時など、なんとも慰めになります。


そのワルター、リハーサルも数多く残されています。


モーツァルトのリンツシンフォニーなんか、そのワルターのやや低めの声での英語を聴き、それに反応するオーケストラを聴いていると、その音の表情などもう芸術そのものと感じてしまいます。


もちろんモーツアルトの音楽そのものが、神の世界の音楽であり、芸術です。

なので、そのリハーサルはひょっとしたら曲そのもののデフォルメといっても良いかもしれません。


そんなことを考えながら、今フレンチェ・フリッチャイの指揮したモーツァルトの39番シンフォニーを聴いていますが、やはりワルターのコロンビア交響楽団のものに比べ、音の表情、艶、そしてふくよかさがどう聞いても乏しい。

もちろんフィレンチェ・フリッチャイも大指揮者であり、巨匠なのですが。


ただ、少しこだわっている平松君でありました。(^-^;



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2016年01月23日

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とても鮮やかでした。
沖縄の魚です。

親戚の画家の船橋の東武デパートへの出展。

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船橋東武。
http://www.tobu-dept.jp/funabashi/index.html

渡辺新吉さんの絵画は、「筒描」の手法での染色絵画です。


渡辺新吉さんは、私の家内のいとこにあたります。


「静岡県富士市出身 1987年東京造形大学卒 1994年麻生工房(小平市)にて染色を学ぶ。」

 
【筒描き〜染料挿し】
古くから着物や帯などを染める技法のひとつ。

円錐形の筒(つつ)という器具に、餅粉・糠などを原料とした防染糊を入れ、糊を絞り出すように絵柄のアウトラインを描きます。

染料で色挿しした後、流水で防染糊を洗い流しますと、糊が溶けてアウトラインが白く浮かび上がるのが特長です。

代表的なのは京友禅。




出展歴・入賞歴。

東京ガス・リビングアートコンペ(1995)
ART BOX大賞展(2002/03/04)
インターナショナル・イラストレーションコンペ(2002/03/04)
奄美を描く美術展(2003/2004/2005)
二科展(2005/06/07) 他

光陽展(2011年新人奨励賞)

そして、今回の出展。


お母さんも応援に来ていました。
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家内のおばさんです。


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6Fでの開催。
「にほん全国、職人の技」です。
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今月ですが、1月11日に行きました。
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「紀ノ国屋フェア」と「職人の技」が隣り合わせで開催されていました。

あちこちに「技」というフラッグがかけられています。

「宝飾品」。
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鮮やかな朱の傘でした。
少し風情もあります。
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「技」の数々です。
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ただ、これは福引。

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バッグなどの小物類。
落ち着いた色調で、心も落ち着きます。


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こちらも「装飾品」。

次は、「茶道具」や「花卉」・・・。
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「籐工芸」。
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「版画」。
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大好きな竹下夢二、中島潔・・・。
イヤー来て良かった。(^-^)

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こちらは、樹をデザインに沿って切り、木製パズルのようにはめ込んだものです。
デザインのオーダーを取り作成するのだそうです。

樹の木目の感覚が柔らかくて、ちょっと素敵でした。


次は「紀ノ国屋フェア」です。
毎日の食卓を飾る食品のフェアです。
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プリンやドーナッツ、パイなどのスイーツやいろいろなお惣菜、「ご飯のお供」などもありました。
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今はなら名でいませんでしたが、私が来た直後はけっこう列ができていました。
ケーキやグルメパイだったかな。

次は会計コーナーです。
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東武デパートからJRへの通路に、かわいいモニュメントがあり、目を引きました。
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「さざんかさっちゃん」。
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「さざんか募金運動推進協議会」
漫画家 牧野圭一
彫刻家 川村栄
石工 佐藤侑一郎
とありました。
そして建立は昭和55年7月5日。
もう36年にもなるのですね。
船橋東武の寄贈と書かれています。

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最後にデパートへの送迎バスです。
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もちろん乗りませんが、かわいいバスですね。(^O^)/



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2015年03月06日

「戦後70年の首相談話や憲法改正、日中韓関係など、日本絡みの議論が米政府・議会などで行われている。


いずれも今後の日本を運命づける事象だが、百年単位でみると、米国における日本の存在感は、政治経済だけでなく芸術と日本人の『おもてなし度』にも基づいていたことがわかる。」


「おもてなしと日本外交」と題しての、清華大学米中センター高級研究員の酒井吉廣さんの記事です。(毎日新聞 20150304日 東京朝刊)


「1939年、斎藤博駐米大使が現地で病死した時、ルーズベルト大統領は遺骨を米軍艦で帰国させる異例の措置をとった。

外務省屈指の英語力と文学への深い造詣で日米関係の調整に尽力した斎藤大使への信頼の厚さの表れだ。


日米は彼の死後、開戦に向かったとの見方もある。


 国宝級の日本美術が数多く米国の美術館に存在するのは、明治初期、フェノロサや岡倉天心らが破壊の危機にひんした品々を米国に運んだおかげだ。


京都や奈良が空襲されなかったのは、日本美術愛好家が両都市への爆撃に反対したからとされる。」(同記事)


日本文化の価値の大きさ改めて感じます。


「昨年9月、安倍晋三首相のコロンビア大訪問を正門で待ち受けた学生の中に中国人が多数いた。


笑顔で手を振る首相を彼らは歓迎した。

首相の同大訪問はこの時点で成功である。


庶民を含めたお互いの尊重と自然な笑顔での関係強化というソフトパワーこそ、平和外交の礎だからだ。


 円安で外資の対日進出が増えている。


これが加速するかは、欧米流にみればコスト増でしかない繊細な感性へのこだわり(美術)と顧客第一主義の徹底(おもてなし)が世界でどう評価されるかによる。


美術やおもてなしは事実上、日本の将来価値を決める要素なのだ。」(同記事)


「美術やおもてなしは事実上、日本の将来価値を決める要素」。

この言葉重いですね。


「政府は2014年度補正予算で、米コロンビア大に5億円の予算を付けた。

この資金が全米最高峰と言われる同大の日本研究を政治経済だけでなく、芸術・文化の面まで支援することを期待したい。」(同記事)


文化力の大きさ、感じます。(^o^)



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2015年03月05日

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東京駅、八重洲口地下街の入り口にある「仔豚くん」です。
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イタリアのフィレンチェから贈られた、「幸運の仔豚像」レプリカです。
鼻をなでると幸運が訪れるといわれ、人気があります。

それにしては鼻がテカっていない????
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いつも思うのですが、仔豚というより猪の子供では???

背景の壁に、フィレンチェのいくつかが掲示されています。
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サンタマリアデルフィオーレ大聖堂。

フィレンチェの象徴です。
町のどこからでも見えます。
これが町を行き交うときの目印になり、方向音痴の人にもとても優しい。(^o^)/

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アルノ川とヴェッキオ橋。

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サンタクローチェ教会。

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ウフッツィ美術館。
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こちらもウフッツィ美術館です。

フィレンチェの市場。
ここにこの仔豚くんのレプリカの一つが設置されています。
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次がその市場での仔豚くんの写真。
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今ウフッツィにある本物は、ローマ法王からときのメディチ家に贈られました。
だから12世紀くらいの話でしょうか。

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それでは失礼します。m(__)m

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2015年02月24日

「『見る』ということを大切にしたいと思います。」
(
選者の箴言 平松茂男 大分合同新聞社)

今年94歳になる、私の父の文章です。
父は今私の故郷である大分で兄夫婦と暮らしています。
短歌をずっと作り続けています。

父は、北原白秋に師事をし、戦後は宮柊二門下で「コスモス」短歌会のメンバーとして、今も作歌をしています。

その父がずっと地元の大分合同新聞で投稿短歌の選者でした。
そして、選者として「選者の箴言」を連載しました。

この文章を読みいろいろと心に迫るものがありました。
実の父ではありますが、少しご紹介いたします。

その中で、上記の文章は「選者の箴言」の「其の一」の一節です。

「『見る』は『観る』つまり対象を『観察』すること。
丁寧に見ることによって対象に迫りたいのです。

『観照』といぅ言葉があります。
広辞苑によれば『対象を主観を交えずに冷静に見つめること。
知恵をもつて事物の実相をとらえること』とあります。」
(
同著)

主観を交えずに静かに冷静に見つめる。
事物の声に静かに耳を傾けると言いかえてもよいと思います。

父は何か良いことを見たり聞いたり読んだりした時に、ノートにそのことをつけていたようです。
それを「古いノート」という言い方をしています。

「古いノートに次の一節がありました。

『丁寧にものを見るという習慣は、精神を豊かにして思考を深めるに違いない。佐藤春夫』

丁寧にものを見る、つまり観照によって、より深く対象を理解し、そのものの美や、真実に近づくことができればおのずと感動もわきます。

その感動が余情となって作品にこもるはずです。」
(
同著)

丁寧に見ることは、体全体で物やものごとをあるがままに受け止めるということです。
そしてなぜそうなのかを考えることで知恵も使います。
知恵を持って事物の実相をとらえる。

そして事物に深く入り込むことができれば、それが感動となって自らの体の中で豊かな広がりを持ちます。

丁寧に事物を見ることが人生の豊かさをもたらしてくれるようです。(-.-)

また、5月に福岡でのISOの審査で大分にもいきます。
もう90歳も半ばなので、父に会えるひと時を大切にしたいと思っています。(^o^)



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プロフィール

平松 徹
株式会社ソフィア
代表取締役

<主なサービス>
社会保険労務士として
・就業規則作成
・助成金申請支援

行政書士として
・建設業の許可申請
・建設業の経営事項審査
・相続に関する手続き業務

経営コンサルタントとして
・ISO認証取得支援
・Pマーク認証取得支援
・Gマーク認証取得支援

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