20181105093211-0001

 いそご文化資源発掘隊は、意外と知られていない地域の文化や歴史を発掘する散策を開催してきました。第1回は「旧杉田劇場と東漸寺」と題して、東漸寺散策〜旧杉田劇場資料展〜跡地見学を挙行!
 その後、「笹下城と松ノ内公園」(写真撮影の秘訣、松ノ内公園〜笹下城の探検)、「杉田・中原の梅」(妙法寺〜小玉邸、大河原邸、井野邸、早川邸)、「根岸飛行場跡、動物検疫所・花見」(根岸飛行場跡〜動物検疫所)など回を重ね、今回が41回目となりました。

 発掘隊員を案内するにあたって、スタッフが少しだけ下見をしてきました。以下はそのとき撮影した写真の一部です。

20181015汐見台下見 (12)
 京急屏風ヶ浦駅からバスに乗らず、線路沿いの古い道を登ります。

20181015汐見台下見 (14)
 間もなく尾根道に出ます。

20181015汐見台下見 (15)
 展望の良い尾根道。この日は生憎の天気でしたが、晴れれば海まではっきりと見えるそうです。
 遠くにそびえているのは、新杉田駅前のタワーマンション。磯子のランドマークタワーです。

20181015汐見台下見 (17)
 旧道と尾根道が交わる角地に、古い石碑が建っています。

20181015汐見台下見 (18)
 横に彫られた文字。嘉永六年三月という文字が確認できます。その3か月後に、ペリー艦隊が江戸湾奥まで入ってきていますので、近隣に住む人たちは、ここから黒船を眺めていたに違いありません。

 セハ人というのは世話人ですね。その下に2人の名前が。森公田邑の濱田さんと雑色邑の川嶋さんです。
 雑色邑というのは、松本村、関村とともに旧笹下村を構成していた村です。現在、この辺りには大岡川の取水庭がありますが、それを造るために立ち退いて土地を提供したのが川嶋さんでしたので、なにか関係があるのかもしれませんね。

20181015汐見台下見 (20)
 下部の台座には寄進した村々の名前が彫られています。

20181015汐見台下見 (26)
 さて、この石碑から少し歩いていくと、いよいよ汐見台の中心エリアに入っていきます。分岐路にある2軒のお店。ここら辺では唯一の商店のようです。

20181015汐見台下見 (35)
 汐見台の社宅群が建設されたときの建物でしょうか。IHI、石川島播磨重工の社宅です。3905という数字は、汐見台の住所を示す表示で、3丁目9番5号棟を意味しています。

 この町ではすべてのケーブル類が地下に埋設されているため、エリア内には電柱がありません。ということは、街中でよく見かける「町名と番地を書き込んだプレート」もないということになります。
 そのため、こういった建物壁面につけられた番号が、今いる所在地を知るための重要な情報となるのですが……

20181015汐見台下見 (36)
 最近は、建て替えが行われて新しいマンションが登場しています。

20181015汐見台下見 (38)
 そいうところには例の番号が張り付いていません。

20181015汐見台下見 (76)
 今後、建て替えが進んで行くと、住所の表示はどうなっていくのか気になります。

20181015汐見台下見 (56)
 森が丘方面からその先を眺める絶好のビューポイント。晴れれば富士山がくっきり見えるそうです。

20181015汐見台下見 (49)
 下見の際に先輩から教えていただいた標高94.6メートルの三角点。ここが汐見台の最高地点なのかな。
 ペリー艦隊が来たとき、それを見ていたのは横濱村の人たちが多かったようですが、実際にはこういう高台からも眺めていたのかもしれませんね。

三角点
 今昔マップによる新旧比較。左側は1894〜1915年の地図です。

20181015汐見台下見 (66)
 久良岐公演入口。ここまでくれば、森浅間神社まではあと少しです。

 第41回いそご文化資源発掘隊 参加者募集!
 希望される方は 申込書をダウンロード
 申込書に記載して、FAX または メールに添付してお送りください。おまちしております♪

 FAX 045−770−5656
 メール sugigeki@yaf.or.jp