2012年02月

2012年02月21日

「地蔵のこころ 日本人のちから」

図書館で、なにげなく新刊本のコーナーを通ったら、
みょうに気を引く本があったので、手に取ってみました。
玄侑宗久さんの「地蔵のこころ 日本人のちから」という本で、
手にとって読み始めたら、次々に面白くて止まらない。
これはもう読むしかない!と思って、借りてきて読みました。

青山俊薫老師の信州のお寺、でのセミナーとして、
3回連続で行われた講演の内容は、読めば読むほど面白い。
蝉時雨の時期とありますから、講演会は去年の夏でしょうか、
特に興味深いところには付箋を付けて、読み進んだら、
177ページの本に、付箋が12本にもなりました。
これでも遠慮して付けた付箋ですが、書いてある内容は、

第1話では あの世とこの世の境に立って ーお地蔵さまー
とあって、世界的にも珍しい、お地蔵さまだらけの日本文化を、
神道との関わりを匂わせながら、面白おかしく書いています。
僕が昨日の記事で、シマとタビのことを書いたのも、
この内容から刺激を受けて、妄想たくましく書きました。
さらに「マニュアルを嫌うお地蔵さま」「鬼の存在も必要」
「女性に宿るお地蔵さまの力」「すぐに、飛んでいきます」など、
どこを読んでも、玄侑さんの優れた洞察が心に響きます。

第2話では、両方を見据えて中道を歩く ー両行が支える国ー
とあって、「菊と刀」以来、日本人が世界的に独特な考えをする、
その独自性は、どこから来ているものかを検証しています。
現代の日本文化は、すっかりアメリカに迎合してしまっており、
何でも白黒をはっきりさせたり、善悪で分けてしまいますが、
日本古来からの文化では、神は善悪を併せ持っていた。
一件矛盾するようなことを、平気で併せ持ってしまうことを、
相補性として捉えて、両忘「不二」の心を日本人の心とします。

第3話は、善におけ[私]の成り立ち ー[私]について、よく知るー
においては、日本語では[私]にも4つの意味があるとして、
それぞれ、我、吾、自分、私、の違いについて考察しています。
さらに昔は、一人の人が生涯においていくつもの名前を持っており、
幼名、成人名、芸名、筆名などを持つことで、多様な有り様をした。
それなのに今は、欧米のパーソナリティを一つに見ることに習い、
一つの性格を通そうとするから、困難な病を発症すると言って、
本来人は、からっぽの「からだ」でしかないのが日本の知恵と言う。

なあるほど、どこを読んでも面白い話が次々に出てきて、
こんな講演であれば、できることなら直接聞いてみたかったし、
その内容をこうして本で読めるのは、まったくもってありがたい。
最後の方に、「風流とは人柄のこと」と書いた段落があり、
中国が唐の時代に、白雲守端禅師が使っていた言葉から、
「誰それの風流は殊勝なり」を持ち出し、風流の解説をします。

人間はからっぽの器であるから、そこに様々なものが出入りして、
私という現象を生み出すのだけど、何かに頑張りすぎると蒸し暑い。
気持ちの良い「涼しさ」とか「清らかさ」といったものは、
無意識にやってのけるときに、一番美しく輝くというのです。
何も反応できないのでは困るけど、熱心になりすぎるのも暑苦しく、
揺らぐ程度に反応して、手を差し伸べるのがいいと言います。

理想に走る虚空菩薩と、慈悲をもって駆けつける地蔵菩薩と、
その両行の中道を、強い意志を持って歩み続けることで、
からだに宿るいのちは活性化されて、充実した人生が過ごせる。
簡単に言ってしまえば、そんなお話しかと思いますが、
仏教の救いとは何か?まで、少し見通せた気がしました。




isop18 at 10:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ノンフィクション書評 | 哲学

「狡猾の人」

ノンフィクションライターとして、活躍されている森功さんが、
防衛省を喰い物にした小物高級官僚の大罪を描いた!とされる本、
「狡猾の人」を読みましたが、何とも言えずウンザリしました。
防衛利権や軍需産業のザル勘定加減は、多くの人が知るところですが、
この本を読んで見えてくるのは、単なる利権癒着ばかりではなく、
無能な官僚とパフォーマンス政治家の、国民を愚弄する身勝手です。

防衛省の官僚トップであった守屋武昌が、収賄で逮捕されて、
懲役二年六ヶ月の判決を受けたのは、まだ記憶に新しい話でしょう。
彼は長らく事務次官のポストにいたので、森さんのインタビューでは、
普段マスコミのニュースには出ない、米軍がらみの事件など、
簡単には見過ごせない話が、数多く紹介されています。

たとえば米軍の兵士が日本国内で、暴行や強姦など何をしようと、
あからさまになることなく、防衛庁が揉み消してきたことは、
映画「どうするアンポ」でも、実例で紹介されていたことでした。
守屋はインタビューで、そうした話も披瀝したことが書いてあります。
中でも印象的だった事件として、米兵が若い日本人女性に対して、
強姦ばかりか、ナイフで全身の毛をそり落とした上に皮膚まで削いで、
血で真っ赤になっていた証拠写真まで見た、と言うのです。

警察では対処しない米軍兵の犯罪に対して、防衛庁が受け皿になり、
犯人を捕まえるのではなく、プライバシー保護の名目で公表されない。
それどころか日米地位協定によって、日本政府が金銭解決をして、
被害者はそのおカネを頼りに、犯罪に目をつむるしかなかったのです。
この日米地位協定や、普天間基地問題など戦後の重要課題を、
政府も官僚も何一つ解決しないまま、防衛庁は防衛省に格上げされる。

このよくわからない防衛利権が、どのようなものであったのか、
本を読んでいると、内実がいくらかわかって更に馬鹿馬鹿しくなる。
実質の値段など関係なく、利権がらみで決まる武器の価格は、
なぜあんなに高額で、防衛費が膨らんでしまうのかの一端が見える。
だけど沖縄に居座り続ける米軍に対して、出ていってくれと言えない、
日本政府とはいったい何なのか?だけは、見えてこないし、
政治家も官僚も、本気で解決しようとはしていないように見える。

まともに運営されていても、軍需産業には批判があるところへ、
日本の防衛省や軍需産業は、今もアメリカの喰い物にされて、
日本から利益を吸い上げるパイプとして、利用されているのです。
こんな国防では、いくら予算を多くしても役に立つはずもなく、
利権の駆け引きでしかないと思うと、ウンザリもするのです。

読み終わって、あまり気持ちのいい本ではありませんでしたが、
この本は一人の官僚を知るよりも、日本の防衛省を巡る実情が見え、
残念ながら、よいノンフィクションだったと言うしかありません。
情報開示しない点では、原発も軍事も利権の温床なのでしょうから、
もっと情報を開示して、アメリカとも渡り合える独立国へ、
この国の方向性を示して欲しい!と、思わずにはいられません。




isop18 at 09:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ノンフィクション書評 | 情報

2012年02月09日

「海に降る」

今年初めて読んだ小説は、先月書き下ろしで単行本出版された、
「海に降る」という、朱野帰子さんの深海海洋小説でした。
今まで、こうした深海を扱った小説自体がなかったと思いますが、
普段聞き慣れない専門用語も、比較的自由に使っていながら、
決して難しい感じはしないし、あまりにスムーズに読めるので、
どこまでが事実で、どこからがフィクションかわからない程でした。

作品の舞台になっている海洋研究開発機構は、実在する組織で、
実際に活躍している有人潜水調査船「しんかい六五〇〇」が登場し、
その初めての女性パイロットの話ですから、実際にありそうです。
登場人物の相関図は、ややわざとらしさは感じましたが、
読んでいる内に、不自然さよりは身近にありそうな話として、
ぐいぐい内容に引き込まれたのは、やはり作者の力量でしょう。

僕はずっと海が好きで、珊瑚礁の海を渡り歩いていましたが、
その頃に見た、アウトリーフの深い群青色の底に何も見えないとき、
海がいかに果てしないかを、水平線の距離以上に感じたものです。
海の深さに対する恐れと、なぜか惹かれてしまう不思議な感覚は、
映画「グラン・ブルー」などで、感じた人も多いでしょう。
この小説では有人潜水調査船が、人を水深六〇〇〇mに連れて行く、
その恐怖や畏れ、人間を魅了する謎が描かれている気がします。

読み始めたときは、特別好きな感じはしなかったのに、
なぜ人は深海に潜るのかって話や、地震との関係などを読むと、
科学的好奇心と、小説としての夢が一緒になって混じり合い、
気がつくと、夢中になって先を読もうとしている自分がいました。
おかげで、前半は四日ほど掛けて読んだのに、後半は加速して、
二日も掛けずに読み終えて、読後の満足感も十分にあったのです。

なぜこんなに夢中になって読めたのかは、もしかしたら、
作者も主人公も女性だったので、好奇心の向けどころが面白く、
それが虚構に浮くことなく、緻密で冷静に描かれていたからかも。
登場人物も面白く、突然舞い込んでくる異母弟の存在も有効で、
主人公の女性がどんな人物か、客観的に見せるのに役立っていたし、
夢と現実を繋ぐものを、子どもの視線でも感じさせてくれました。

最後の描写は、あくまでもフィクションに違いないのですが、
それまで登場したものが全部リアルなので、同じレベルで読める。
僕にはどうしても、すべてが実話であってもおかしくない、
何か実話であってほしいような、共感を持って読み終えたのです。
海洋国日本としての政治的な話や、海底海洋資源の現実的な話さえも、
最後に登場する謎の生き物によって、一気に世界が広がってくれる、
その時空を超えた存在感に、深く共感してしまう自分がいたのです。




isop18 at 23:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィクション小説書評 | 教養