「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」70点「8年越しの花嫁 奇跡の実話」78点

2017年12月20日

「花筐/HANAGATAMI」85点

花筐
 上映時間     169分
 製作国      日本
 公開情報     劇場公開(新日本映画社)
 初公開年月    2017/12/16
 ジャンル     青春/戦争
 映  倫     PG12

 少年は魂に火をつけ、少女は血に溺れる。
 「映画化するのは終生の夢であった」
 ―大林宜彦


解説と感想
 大林宣彦監督が檀一雄の同名小説を原作に、デビュー作「HOUSE ハウス」
以前に書き上げていた幻の脚本を、40余年の時を経て映画化。「この空の花」「野のなななのか」に続く“戦争三部作”の最終作として、一時は余命宣告を受ける闘病を乗り越え、執念で完成させた青春群像劇。“唐津くんち”が有名な佐賀県唐津市を舞台に、太平洋戦争勃発前夜の若者たちの青春とそれを呑み込んでいく戦争の暗い影を奔放なタッチで描き出す。主演は窪塚俊介、共演に満島真之介、長塚圭史、柄本時生、矢作穂香、常盤貴子。
 1941年、春。17歳の青年・榊山俊彦は、アムステルダムに住む両親のもとを離れ、唐津に暮らす叔母の家に身を寄せていた。新学期になり、新たに得た学友たちと楽しい日々を送る俊彦。肺病を患う従妹の美那にほのかな恋心を抱きながらも、女友達や学友たちとの青春を謳歌していく俊彦だったが....。

 檀一雄の原作は未読です。
 CMディレクター、自主制作映画作家として活躍していた大林宣彦監督が、長編商業映画第一作としてサイケデリックなホラーファンタジー映画「HOUSE / ハウス」を撮ったのが1977年。本作の初稿は、その前に書かれており、本来なら本作がデヴュー作となるはずがそうならなかったのは、大林監督自身は「時代」だとインタヴューに答えています。
 戦後30年が経過した70年代には、日本人は戦争の時代を積極的に振り返らなくなっていた、忘れたがっていた。だからその時代の、刹那的青春を描く幻のデヴュー作は実現しなかった。それから40年の歳月が流れ、戦争の記憶は更に遠くなり、忘却の彼方に消え去りそうな今、本作を含む戦争三部作が作られたのは、やはり時代の求めと作家の強烈な創作欲求が合致したと言うことなのでしょう。 

 明らかに、窪塚俊介演じる俊彦は、原作者の檀一雄であり、監督の大林宣彦ということでしょう。
 試写会のあいさつで大林監督は「一見、放蕩無頼にみえる本作ですが、青春が戦争の消耗品だったあの時代、我が命くらいは自由にさせて欲しいと切実に願った檀さんたち先行世代の若者の青春の遺書として、その断念と覚悟を示す痛みを未来の若者たちのために伝えたい」と語っています。

 私小説的スタンスと、40年前に書かれた脚本を基にしたことで、本作は80歳にしてアバンギャルドなストーリ展開と映像・演出、野心に溢れた若き頃の大林宣彦のハイブリッドの様な面白さがあります。

 上映時間2時間49分もあり、正直、中盤は中だるみする部分もあります。しかし、特に終盤の俳優たちのアップで繋いでいく切迫感と迫力、そして辻褄や映画の文法に囚われず、とにかく監督の生理やイマジネーションで展開していく、圧倒的な密度とスピードで炸裂する映像の洪水に身を任せるしかないです。 
 さらに、ユネスコの無形文化遺産にも登録された佐賀県唐津神社の秋の例大祭“唐津くんち”が映画に全面協力。色とりどりの数多くの曳山の登場もあって、映像はさらに神々しいものになっています。

 随所に大林監督の過去作の要素が散りばめられており、障子に人の影が映っているところにタイトルが表示されるオープニングは「時をかける少女」を思い出させますが、それよりも特に、自主映画時代の「EMOTION 伝説の午後 いつか見たドラキュラ」の吸血鬼的要素が濃厚に官能的にリンクしています。 

 門脇麦が山崎紘菜と、どういうなりゆきか抱擁接吻し、「眠りたい....」と囁くシークエンスは、「HOUSE / ハウス」の池上季実子と大場久美子と全く同じパターンだし、ずっと着物姿だった常盤貴子が白いワンピースで矢作穂香とお揃いになる時、「いつか見たドラキュラ」の主人公たちともイメージがピッタリ。
 冒頭で激しく喀血した矢作穂香の血を常盤貴子が吸い尽くすシーンや吸血の儀式、血の契りを連想させるシーンばかり。「吸血鬼映画」なのかとさえ錯覚しそうです。
 また「HOUSE / ハウス」の本当の主役たる人食いの家は、南田洋子演じるおばちゃまが、戦争に行ったまま戻らなかった愛する人を何十年も待ち続けた結果、妖怪化したものでした。本作での常盤貴子演じる叔母が、戦争未亡人という設定の符合もあります。原色を強調したカラー効果、クローズアップの多用なども初期の作品に近いです。

 壮大すぎるこの寓話は何でもありで、28歳の満島真之介なんかまだいい方で、窪塚俊介は36歳、42歳の長塚圭史が学生役を演じています。美那の若く美しい叔母役の常盤貴子と長塚圭史は実生活で夫婦なんですけどね(苦笑)。それに対し、大林宣彦は「ハリウッドでは役者が年齢を聞かれたときに、私は20歳~80歳ですと答える。これはその役者が演じられる年齢層だ。何故日本では年齢を訊くのがタブーなのか?別に30代が10代を演じてもよかろう。」と嬉々として語っているんですけどね(笑)。

 本作のテーマを象徴する「青春が戦争の消耗品だなって、まっぴらだ!」という印象的なセリフは、撮影台本では「戦争が青春だなんて、まっぴらだ!」であったものが、現場で監督自身によって書き換えられたものだそうです。映像で語るスタイルの監督が、あえてセリフをより分かりやすくしてまで言いたいことを強調したのは、若かりし頃の父や当時の若者たちの気持ちを明確にしたかったからでしょう。
 本作は、親世代の真実を知らず、軍国少年として図らずも彼らの死を後押ししてしまった監督の自責の念が複雑に入り混じった魂の遺言。「これだけは言わずに死ねない」という、映画作家・大林宣彦の命をかけた執念の一人語りなのだ。

 ラスト、窪塚俊介がカメラ目線で窪塚俊介が問いかける。「僕ははたして飛んだのか、飛ばなかったのか。飛ぶとはどういうことか。今の時代を生きる僕たちにとっても。さあ、君は飛べるか? この僕は....。」とカメラ目線で問いかけます。そして、その後ろには大林監督が撮影現場で座っているディレクターズチェアが....。
 主人公の視点で語られ、その時代、彼の抱いた葛藤は、最終的には映画を見ている私たち自身への問いかけとなるのです。

 本作では、とにかく全てのカット、全てのカットに加工が入り、凄まじい映像美の嵐に包まれます。近年の大林映画は、情報量が凄いのと若い時以上にアバンギャルドというか自由で、面白いのだけど表層を捉えるのがやっと。疾風怒濤の画面展開、ストーリーテリングに圧倒され、一度観ただけでは本作を真に観賞したことにはならないかもしれません。
 「この空の花」「野のなななのか」が実際そうでしたが、2度、3度目の方がより楽しめるような気がします。本作を深く味わうには、もう一度観てみる必要があるかもしれません。とはいえ、これほど純粋で、切なく美しい青春映画はちょっと無いですし、『戦争はいやだ』ということはしっかり伝わりました。

 癌に冒され余命宣告を受けた大林監督が、死と向き合いながら完成させた本作は、2017年に生まれるべくして生まれた、まさに執念の映画。映画作家・大林宣彦の古きと新しきが同居する、集大成の映画ともなっています。
 大林監督の癌は幸いにも進行が止まった状態とのことで、本作を『遺作』とせず、是非とももう一本は撮っていただきたい。
 映画公開の舞台挨拶によれば、「あと30年生きて、もっと映画を作りたい」とのこと。次回作の構想にも入っているようです。素晴らしい!!

シネマスコーレにて上映中。
         


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