2014年01月09日

ブログ以下に移動しました。

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2011年08月18日

ほぼ10ヶ月ぶりに復活!1000本ノック。

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IDとパスワード忘れ。そんなにバージョンがあるわけもなく、パターンは出来ているはずなのだがなぜかログイン出来ず。記事を更新できない。ここにきてヒントを思い出し再挑戦すること数回。できた!10ヶ月ぶり。イチローも今年は200本は無理かなと考えながら1000本ノックは1013本。 あっち(http://hikochu.blog.so-net.ne.jp/)はほぼ2年の174本。訪問者も日々100人越え。日々地元彦崎の話をしています。しかし、時々こちらに顔を出すと10ヶ月も放置したも関わらず日々10人平均で訪れる人がいたり、記事にコメントくれたりとありがたいものです。そうそう。そんな10ヶ月の間にこのブログの常連でもdemiさんのお店(http://www.watayachiffon.com/)が妹尾に昨年の12月オープンしました。なんだか順調でこのまえも新聞にTVにでたりしてよかったです。3月にはこちらでは大地震があったりして、かなり考えさせらりたり、それによる原発問題の影響で日々生活は不安定な感じもします。時は何か起きようと刻々と刻まれていきます。これを残りと考えるか成長と考えるか意見の分かれるところですが過去も未来も同等と考えさらにこのブログも成長していくと思います。なんのこちゃ。
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2010年10月07日

本日は直球勝負。「巨人の星」です。


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「お〜ひだりぎちょか!」
星飛雄馬は田所さんにそう呼ばれた。

当時「巨人の星」はTVのアニメとして1968年3月から1971年9月に毎週土曜日午後7時台に9チャンネルで放映された。そして終了後も再度、再放送として平日に毎日放送されること数回。繰り返し繰り返し夕食準備頃に放送されるわけだ。お陰で時代劇しか見ない祖母はテーマソングがかかるといっしょに口ずさんでしまうほどになったほどだ。初期の飛雄馬はかなりのお調子者で、オヤジ一徹のリアクションはかなり派手だ。というか無茶だ。しかしこの無茶ぶりがまさに「巨人の星道」そのもの。慣れとは恐ろしいもので、そんじゃそこいらの無茶ぶりでは驚かなくなったのか。現在見直すとかなり驚く。というか面白い。終盤、飛雄馬は「アイラビュ〜アイラビュホレラモ〜」のゴーゴーをバックに踊るのだけけれど、まさにあの少年時代の伴をバカにするポーズと伏線になっているし、「飛雄馬・一徹例えばライオンの親と子」回想シーンの崖からはい上がる子ライオンの顔は飛雄馬そのものだ。現在見ると計算された数々のシーンに驚愕しないではいられない。当時は野球の知らない者が作ったアニメと避難の的にされたらしいが、そんなことはどうでもいいぐらい独創的なのだ。今まさにこの21世紀に見る価値ありの一品ですね。


ita2424 at 17:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)70年代のテレビ/ラジオ 

2010年10月05日

5が月ぶりです。

久しぶりです。
イチローもすでに仕事を終え、
今年も214本稼ぎました。
MLB通算2244本。


イタローも現在彦崎ネタで
118本。
http://hikochu.blog.so-net.ne.jp/
↑に少しマニアックに描いています。

今年はtwittarなるものがはびこり、
モバイラー躍進。
ブログの閲覧もほとんどが携帯からのようです。
なので文章は簡潔に。
119

ita2424 at 17:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このプログのお話 

2010年05月27日

映像満載!怪獣王子



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http://www.youtube.com/watch?v=FK_yzPKhIzU


さすがに恐竜の頭に乗っているのは人形だよね。
と当時の子どもでさえナエナエにさせた
怪獣王子。

1967年から1968年に放送された。全26話。
実は56話放映予定が26話で制作会社が空中分解。
そうなのかどうか。ウルトラマンに比べるとかなり雑。
子供心にちょっぴり見下感がありましたね。
「子ども電話相談室」でおなじみの天地総子が歌ってるのだけれど、
テーマソングもなんだか「ひょっこりひょうたん島」に似ているし、
見所の怪獣着ぐるみ対決もなんせ恐竜なので、
パターンが限られる。でも以下の映像のように
怪獣同士が相撲のガップリ四つに組んだり、
これはまるで恐竜の着ぐるみを着た人間業まるだし、
この自衛隊みたな集団も日本刀を背中に背負っているのだけど、
巨大レザー銃をぶっぱなしたり、
旧式なのか最新なのかさっぱり混乱。

http://www.dailymotion.com/video/x94be5_shortcut-scenes_shortfilms


3-4年前にこのブログで怪獣王子を取り上げたときは
ほとんど資料がなかったのが、今回映像が満載。
十分楽しめます。

しかし、
「ぼやぼやしてないで怪獣をやっつけるんだ!」と
自衛隊もどきをアゴで使うなんざ=痺れるね〜。
怪獣王子。
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ita2424 at 18:47|PermalinkComments(7)TrackBack(0)70年代のテレビ/ラジオ 

2010年03月24日

アルプスの少女ハイジ。凄すぎ。


haiji_yuki


あ〜書きますとも。


スイスなのになぜか
小ヤギの名前がユキ。

2F丸窓はガラスも入ってないので
ベットに雪が積もることあり。

ハイジの衣装は
着ぐるみモドキ。


と不覚にも「アルプスの少女ハイジ」から
目が離せなくなった、
初放映は1974年。我々が14の頃。
当然、男たるものそんなもの見るわけはなく、
3月23日放送に初めて拝見。
これがかなりいい。

まず、ハイジは文句・弱音をはかない。
というか要望する規模がデカイし。
やることなすことが大胆奇抜。
いろいろと質問をするわかりには
人の話をあまり聞いてない。
そして、笑っていれば全てが丸く収まるのだ。
ある意味見習う部分は多々あるのだろう。

続きを読む

ita2424 at 14:30|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2010年03月02日

1970年大原美術館盗難事件

fed41f20.gif昨夜NHK衛星で偶然大原美術館を見た。2007年7月26日/no0564にはこのブログで大原美術館の思い出話を書いている。その時に大原美術館貯蔵ジョルジュ・ルオーの「呪われた王(1948-52)」の話をしたわけだが、現在「大原美術館」「ルオー」で検索すると「青い鼻の道化師(1926-9)」の画像がヒットし、我が「呪われた王」はまったくヒットしない。本当に「呪われた王」は存在するのか?私の過去に書いたモノは全くの出鱈目であるのか。とさえ思えるほどだ。しかし確かに「呪われた王」は存在し、「道化師」も存在する。どうやら大原美術館にはルオーが2点あると言うこと、私が初めて「呪われた王」を見たのが小学校低学年の頃。今はもう顔さえ思い出さない小父さんといっしょに観賞したのが最初だ。その小父さんは一番人気のエルグレコ「受胎告知」の事を熱っぽく語っていたのを記憶する。絵はがきも買った。1970年前後の頃だろう。というのも1970年に「ルオーを初め5点の絵画」が盗まれたのだ。続きを読む

ita2424 at 15:09|PermalinkComments(1)TrackBack(0)70年代をみる 

2010年02月18日

4年前に描いたブログ内容(2006年2月21日)

karing2010

4年も経つと何もかも忘れてものね。

4年前はイタリア・トリノ。
解説者は今と変わらない小林氏。
昔はもっと個性的だとおもったけど、
「カマーランド」は健在。といっても決め技の1つだから使われて当たり前だけど、解説小林さんが使うとなぜかニヤケてしまう。最近はマコール・カルキンばりに「yes!yes!」とちょっぴり西洋かぶれも小林さんなら許せます。早朝はカナダに1点差で負けたけど。明日からまた「カマーランド」連発で突っ走って欲しい物です。
「カマーランド」。我が家では「カマーランド・・・サマーランド・・・ドリームランド」の話で盛り上がりました。

ひょんなことから思い出したドリームランド。
このネタも後日。

=======以下4年目このブログに書いた内容=========
2006年02月21日
カーリング女子のながれ先生
ついに終わってしまった。マリリンの「カーリング女子日本代表」。マイケルのお家を彷彿とさせる「カマーランド」だとかマックを食べたくなる「ダブルテイクアウト」など、いろいろと明け方の4時頃に教えていただきました解説の小林宏さんありがとうございました。もし小学生だったら休み時間の校庭では「カーリング遊び」取り入れたことでしょう。ただ気になるのは、小林さんの解説のなかの「ながれ。(例えば試合の流れ」など)」の発音は「永礼先生」の「ながれ」ではありませんか。司会の大熊さんが言い直しても、頑固に「な↑が→れ↓」となるわけです。ホントに小林さんは頑固もんなんだから。0259

ita2424 at 19:36|PermalinkComments(2)TrackBack(0)このプログのお話 

2010年02月04日

猿の惑星ジーラ→コロンボにおばさんで出演→声がクララおばさま

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相変わらず強引なコロンボさん。

昨夜の刑事コロンボ「二枚のドガ」。パーティのシーンで一瞬「奥様は魔女」の二代目クラビスさんが出ててビックリというか、当時もビックリしたことでしょう私。そして数分後、犯人(美術評論家)のおばさん登場。その声がなんとこれまた「奥様は魔女」クララおばさんの声。クララ伯母さんが70歳ぐらいなら、おばさんは50歳ぐらい。幅が広い声優さんだ。関(観世)弘子さんその人だ。残念ながら2008年に78歳でお亡くなりになっているが、少しこもるような辿々しい声は特徴的です。本名が観世という名。そう能の観世流の血筋なのです。声には自信ありなのですね。そしてこのコロンボでのおばさん。キムハンターは猿の惑星での「ジーラ博士」役を演じている。特殊メイクを施さなくてもジーラが時々見え隠れしていましたね。
そしてもうひとつ。
テレビ局にいた美術鑑定士の犯人にコロンボが詰め寄るシーンでコロンボ吹き替えの声が一瞬変わる。声はかなり似ているのだが、節回しというか。声優といえども演技力の違いというのも露見するのですね。
こんなに話題豊富な刑事コロンボ第一クール(1971-1972)6作目「二枚のドガ」。得意のフィニッシュシーンはあっ!と驚く見事なオチ。感動しました。
この2月1-4はBS2で「刑事コロンボ」スペシャル中。代表作4作を。
また、毎週BS2とBShiで新旧入り乱れてノーカット放映中。
吹き替えがチェンジするシーンも見逃せませんね。お見逃し無く。
0050

ita2424 at 14:40|PermalinkComments(4)TrackBack(0)刑事コロンボ再放送 

2010年01月18日

なぜかいつも最後は階段オチのベイカー。【ガッツリセサミストリート】

78bc5194.jpgワン、トゥ、スリー、フォ〜ファイブシックシセブナイテン!


これですTankさん。キャラじゃないんです。

とにかくやたらとセサミストリートは1.2.3.4.5.とカウントするのだ。
とにかくこの映像を見て思い出して貰わないといけません。
http://www.youtube.com/watch?v=1wxHeWaXa_I

この映像がかなりサイケでイケている。今見ても画期的だ。このバーションでは必ず最後にリンゴスター似(声が似ている)のコックさんがその数のパイとかケーキを両脇に抱え、階段からズッコケる階段オチを披露。判ったとしてもこれがイケルのだ。そのセサミストリートのほとんどを占める一連のこのカウントコーナー実写版を俗称「Baker」という。ベイカー?パン屋?ということはこの最後に出てくるズッコケおじさんの事ですね。このカウントバージョンの完全アニメバーションがまた最高なのだ。次回につづく0044


ita2424 at 12:45|PermalinkComments(6)TrackBack(0)ガッツリ・セセミストリート 

2010年01月15日

おかしくもないのに笑うカウント男爵。【ガッツリセサミストリート】

d604f5d1.jpgゴロゴロゴロゴロ〜(雷の音)アッアッアッ〜。の
Tankさんいうところのカウント・フォン・カウント。高貴でちょっと巻き舌気味ゲルマンなまりのカウント男爵。花だろうが、クッキーだろうが、蠟燭だろうがそこいらにある物を手当たり次第なんでも1から2.3.4.5.6・・とカウントしてしまう。だからカウント男爵なのか?で。最後には必ずおきまりの「ゴロゴロゴロゴロ〜(雷の音)アッアッアッ〜。」と決めてしまう。当時は11歳か12だったのでビビら無かったけど、もう2-3歳若ければ怖くて見られたもんでもなかったでしょうね。この一連の行為を英語表記で「count counts」。countは語源2で男爵という意味があり、数を数える男爵という韻を踏む感じなのでしょうか。0042

カウントするカウント・フォン・カウント。
http://www.youtube.com/watch?v=v-7dSwANLkY&feature=related


ita2424 at 14:27|PermalinkComments(4)TrackBack(0)ガッツリ・セセミストリート 

2010年01月13日

食道のないクッキーモンスター

d0c06ef7.jpg1971年。夏休みに登場。受けたので冬休みにもやり、更に受けたので1972年4月よりレギャラーでNHK教育テレビで放映。テキストも発売されて大人気となった。当時人気だったマペットはオスカー。クッキーモンスター。そしてカエルみたいなのと。個人的にはドラキュラのカウント男爵というアラベスク的笑いのする人形が好きです。お兄さん的にはボブとゴードン。フーパーというお爺さんもいました。人気の秘密は「マペット」の切れ方。代表的なのはクッキーモンスターのクッキーの食べっぷりがかなり危ない。エルモとほとんど変わらない風体のクッキーモンスターがいったんクッキーを食べ始めるとスゴイ。狂ったように食べ初めクッキーを四方八方にまき散らす。ソレもそのはずクッキーモンスターには口はあれど食道がないので、クッキーの全てはまき散らすしかないのだ。それはそれはしかたいことなのだ。・・・・・・0041次回<カウント男爵の予定は未定>

ita2424 at 16:07|PermalinkComments(2)TrackBack(0)ガッツリ・セセミストリート 

2009年09月30日

so-netブログにお引っ越し。

d9f3be82.jpg以下のブログに引っ越しました。
ビジュアルがかなり大きく見ることが出来ます。
また、バックがシンプルで「ブログ史上最もシンプル」な
画面構成になっています。
「で〜れ〜」のところにもリンクいておきます。

↓移設したブログ

http://hikochu.blog.so-net.ne.jp/



ita2424 at 15:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このプログのお話 

2009年09月18日

グランドをかえて、再出発。

7a39fec5.jpg



「うぇ〜し」。


え〜と。イチロー越えます。
いえ、将来越えるはずです。


ということで、本当は現在の仕事を終えてからと思ったのですが、
または、山に籠もって修業してからと
レインボーマンみたいな考えでいたのですが、
知らないうちに「ひとり壁投げキャッチボール」やっているのですね。
とにかく「うるわしの1970★1000本ノック」は猛特訓の上、練習終了。

次は打席に立たしていただいたり、
練習試合でレギュラー座を争ってみたくなりました。
当然、グランドは「とんぼ」での整備に時間がかかるということで、
シートノックの所とは違う所で(以下アドレス)いたします。
日比か宇野中、いやいや、いやらしスライディングをする石井中にグランドを借りようと思いましたが、柄が悪いのでSo-net中にお世話になろうと思います。

これからもよろしくお願いします。

また、基本は「ひこちゅう(彦崎中心のおはなし)」ですが、
一般的な1970年全国版は以下「関心空間」に移行します。
そして将来、玉野中、興除中、福田中、ライブドア中を越えるグランドが貸していただけるのなら、そちらでお願いするかもしれません。
とにかく練習試合始まりますので。

取り急ぎ「うぇ〜し」。


以下移動先「ひこちゅう」

http://hikochu.blog.so-net.ne.jp/


以下1970全国共通「関心空間」

http://www.kanshin.com/user/45029



ita2424 at 15:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このプログのお話 

2009年09月03日

1000本ノックありがとうございました。

b9025d8d.jpg1000本のノックを終えて何か起きたか?そう。血圧も少しあがり、老眼になり。いやそれは年を重ねた証。先駆けの130人のページHP(灘崎中学校同級卒限定)を始めたのが10年まえになろうか、37歳の時だ。それからこのうるわし1000本ノックを始めたのが2005年2月。5年で1000本ノックを計画。日記を書いても、勉強するにしても、何をするにしても「三日坊主」。典型的な熱易早冷。しかし、一生一度なにかほどほど続ける事があってもいいじゃないか?続ける事をテーマに考えてみた。とにかく何がなんでも続けること、そうその先に何かが見える、いやなにかが起きてる。「自分で書きたいモノだけ書こう」。「したいことだけをしよう」。と考えたとき、それでは何をするのだ。「そうだ京都いこう」いやちがう。「思い出す限り昔の話をしよう。思い出す限り詳細にしよう。シワの数や、細かいニオイがわかるような。ちょっと曖昧でも、間違った記憶でもいいから、思い出すことを全て書こう。まっどうせこんな話。誰も読まないだろうし。」と考えた。最初の記事は「青いみかん」だ。最近見なくなった青いみかん。知らないうちに消えてしまった必要のないもの。でも思い出すと唾液が口に広がるぐらいすっぱいが、その後に来る甘いミカンの引き立て役だ。そんな気持ちを込めてみた。・・・・・続きを読む

ita2424 at 00:40|PermalinkComments(16)このプログのお話 

2009年09月02日

岡南興業と植松から運ばれてきた家

7a6d908f.jpg
「なぜ。屋根がオレンジ色なのか?」
「ラストで〜。うえ〜し」


最後のノック999本目はやっぱり自分ネタですね(充分他も自分ネタ)
実家の「岡南興業」のお話。この(写真)の工場(以下こうば)を建てたのは1962年あたり、というのも植松から彦崎へ引っ越してきたのが1963年ということだからだ。この木造二階建ての工場は瀬戸内のどこかの島の小学校の廃材を利用して建てられた。木造二階建て波打つトタンで全身が覆われている。特に特徴は一階の窓「防犯用の鉄格子」がまるで刑務所のようだ。これは当時1950-1960年の建物の特徴であるとも言える、縫製工場と言えばこの方式をよく目につく。そして、木の窓の鍵はネジ式。これもいまでは余りみかけない。・・・・・・・続きを読む

ita2424 at 00:22|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2009年09月01日

「都合により変更することがありますからご了承ください」

2ae112be.jpg献立表の一番目立つ文面。当時の小学校・保育園は9日、中学は10日始まり。冬休み明けのことだ。当時我々は中学二年生。目に引くメニューは10日「親子スパゲティー」肉はみたことないけど、タマゴのクズクズが印象的。個人的にかなり大好き「コーンスープ」。市販のコーンスープでは味わえない味だ。13.20日登場、10日も開けないで登場。うれしい限りです。14日には「くじら南蛮カツ」くじらは出来れば竜田揚げでオーロラソースがいいですね。そして15日「ソフトめんカレーソース」。やっぱりソフト麺ですね。正式名称ソフトスパゲティ式麺。1960年代の象徴のようなものですね。大阪周辺ではこのソフト麺は登場することがなく見たことも、たべたこともないらしいとこの前テレビで見ましたね。かわいそうに・・・・・続きを読む

ita2424 at 00:56|PermalinkComments(5)TrackBack(0)70年代の灘崎中学 | 70年代をたべる

2009年08月31日

岡山県道22号倉敷玉野線と彦崎道路事情。

95cf5ca4.jpg県南の視野で見ると県道22号線は倉敷・玉野間を結ぶ主要道路だ。現在の22号は彦崎交差点から七区入り口までの通称「農道」は中学入学時は存在していなく、喫茶「道」から喫茶「夢眠」すぐ突き当たりを自然と左にながれている旧22号線しかなかった時代。なので歩道もないような狭い旧22号線が灘崎中学の通学路となる。当然この道路が倉敷から玉野に抜ける主要道路なわけなので車は頻繁に行き交うわけだ、たしか路線バスも通り、玉野競輪のお兄ちゃんも走るわけだ。そんな道路の危険を危惧したのか灘崎中学は片岡のホームタウン開発とともに道路工事を宇野線南側に進め、いまの明石踏切から入る山のコース。いわゆる「福江木工所」の横を通り、山沿いを走り川張にはいり片岡駅前の住宅街を抜ける安全コースができたのだ(山は山で10年前は痴漢が出没していて危険コースにと姪・甥に聞く)。・・・続きを読む

ita2424 at 00:23|PermalinkComments(4)TrackBack(0)70年代の灘崎中学 | 70年代の彦崎観光

2009年08月30日

8素子マスプロFMアンテナと彦崎FM電波事情。

2c00cfe9.jpg「カリリ〜ン、トクトクトク」とサントリーロイヤルがコップに注がれる音がFMラジオから流れる。土曜日のひととき。

以前彦崎9チャンネル(西日本放送)写りわりぃ〜事情をお話しました。それはアンテナをどれだけ高く上げても東西南を200メートル級の山にコの山に囲まれいるため、かなり画面は砂の嵐が舞うのだ。その運命も線路を挟んで南北に運命が分かれる。当時はラジオ時代。AMラジオの昼時間はNHK第一、二と山陽放送、そしてなぜか大阪の毎日放送、朝日放送、ラジオ大阪が受信可能だ。ちなみに岡南興業工場(こうば)ではミシンのけたたましい音と共に「ありがとう浜村純です!」「ごめんやすばんばひろふみです!」「横山ホットブラザーズの爆笑昼寄席」が放送されていた・・・・・・続きを読む

ita2424 at 00:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)70年代をきく 

2009年08月29日

ココを見よ!岩本ナオ「町でうわさの天狗の子 1巻」P137。

1a27d796.jpg「俺らんとこ学校帰りに小林文具店しかなかったのにさ〜」

とイケメンのタケル君が電車(たぶん宇野線)の中で語ります。これは見逃せません。「小林文具店」。学校帰りでなくても、授業中でも、休み時間にも行きましたね。私じゃないけど。土曜日は半ドンで給食がないので、簡単な弁当を作ってもらい、「小林文具店」で買った「スプライトのホームサイズ」でお米を胃の中に流し込むのだ。中学生なのでもう駄菓子は卒業だが、同級生の中では休み時間に買ってきた「糸飴」を食べてましたね。長い糸が口からぶら下がっていました。灘崎中学校を挟んで迫川側に「小林文具店」。彦崎側に「原野文具店」。原野文具店に関しては灘崎小学校と灘崎中学区の丁度真ん中の地の利をイカシ、「一石二鳥」または「一粒で二度おししい」をもくらんでいたのかしれない。・・・・・続きを読む

ita2424 at 00:25|PermalinkComments(8)TrackBack(0)70年代の灘崎中学 | メディアに見る児島郡灘崎町