【集まれ!マルタカ社宅広場】

2009年08月18日

なんとくったくない店名「大空ストアー(旧駒屋)」1977。

3dfee249.jpg「私、ずっと青空ストアと思っていました」

余りにも「大空ストアー」という名前がインパクあったため、か小学生に覚えやすかっったのか(覚えてないし)。前身のお店の名前を忘れてしまった。調べてみると昔は「駒屋」だったこと。これで彦崎では「かどや」「寿屋」「駒屋」とあるわけだ。彦崎のこの通りの昔は宿場としても商売としても盛んな土地柄だったらしい。このことが屋号で伺えます。・・・・・続きを読む

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2009年08月14日

噂のマルタカ社宅広場実写版1965【集まれ!マルタカ社宅広場】

dd7dfb34.jpg下のモノクロ写真(0978)から右に約10°パーンすると、噂のマルタカ社宅広場だ。車を除けばほぼこの眺めは今も変わらない。この広場前の道路は左に緩やかに90度にまがり、駅前の方向に、右に行けば50メールも行かないうちにこれまた噂のコンパンが右手に見える。・・・・・・・・続きを読む

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2009年08月04日

さかなぶりのおじさん【集まれ!マルタカ社宅広場】

7664b097.jpg磯の方から魚屋さんが軽トラでやってくる。残念ながら現在はそのおじさんは亡くなってしまったが、いつも11時頃軽トラでやってくる。「かわいい。かわいいさかなやさんっ!〜♪」という大音量をバックに登場なんてしないのだ。だって、かわいくないからだ。グレーの帽子にグレーの作業着。細身のおとなしいおじさんだ。そのおじさんのことを「さかなぶりのおじさん」と呼ぶ。スパゲティをスパデキィと呼ぶ方式だ。午前中の11時頃にくるので、昼ご飯にはかなりギリギリで「まかない」をまかされていた祖母ヤスにはかなり不評だ。あまり間に合わない場合は夜用親父の酒のあての鰆の刺身かナマコにのみの購入となる。お昼に間に合えば「ゲタの煮」たのとか「イイダコの煮たのとか」食べられてたのに。そして晩ご飯は白いご飯に「ナマコ酢」だ。お陰で「ナマコ酢」と白いご飯が食べられるようになりました。とさ。0972

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2009年02月12日

パンパン菓子【集まれ!マルタカ社宅広場】

63b32005.jpg「巨大なザル状円筒(穀類膨張機)」付きリヤカー自転車の乗ったおじさんがマルタカ社宅広場に登場すると、子供がお米と砂糖をもって一列に並ぶ、そしてそのおじさんに渡すとその「巨大なザル状円筒」にいれてゴロゴロ回し始める、すると白い巨大な煙と巨大な「ボン!」という音と共にさらに10倍ほど巨大化したお米が出来上がる。それが「パンパン菓子」だ。これもマルタカ社宅広場に登場。0903

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2009年02月10日

移動パン屋「メルヘン」【集まれ!マルタカ社宅広場】

6f5affcb.jpgあれはいつごろからか?小学校2-3年頃に駅前にヤマザキパンができ、小学校高学年頃、自宅の向かいの「マルタカ社宅」広場からメロディーがながれる。それは移動販売のパン屋さん「メルヘン」だ。車に陳列されたパンは当時では珍しい出来たて。しかし正直当時は「めちゃくちゃ旨い!」ていうわけでもなく(メルヘンさん、ごめん!!)。デザート系(真ん中がホイップのやつ等)のパンしかなかったからかもしれない。それもそのはず「メルヘン」は遙か西大寺からやってくる。たぶん車で流しながら来る最終地点に近いのか、その品数は少なく、出来たては旨いのだろうけど車が来るのは確か午後のほぼ夕方に近い時間。これも無理のないことだろう。調べると今でも現役でホームページなんかもあったので記しときました。創業は1965年6月。あのメロディーはなんだったけ?0902

http://marchen-food.com/index.htm



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