2017年09月25日

空手道の試合!

昨日、9月24日(日曜日)は、日本武道館に空手道の試合を見に行ってきました。

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パンフレット

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試合風景

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帰りは、恒例の、もつ焼きで一杯。

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2017年09月24日

9月24日(日曜日)は休診します!

今日は日本武道館で空手道の大会があるので休診します。

昨日の晩酌のワンプレート! 鰯のハンバーグ、野菜うま煮、漬物、炙りかわはぎ。

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「炙りかわはぎ」がメチャ美味いです!

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中央競馬「神戸新聞杯」は、横山典騎手騎乗のマイスタイルの逃げ切りに期待!

今日もいい一日になりそうです!

日々是敬天愛人!


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2017年09月23日

無洗米!

昔は、精米技術が発展していなかったので、お米の表面についている「糠」が、なかなか取り除くことができませんでした。
「糠」には油分が多く含まれているので、水で洗っただけでは落ちません。
「糠」をとるためには、お米同士をこすり合わせていたわけです。
それを「お米を研ぐ」と言っていました。
その後、精米技術が進んで「洗う」程度で済むようになり、さらに進んだのが「無洗米」。

むせんまい










江戸時代に研ぎ過ぎて、糠がついていない米ばかり食べていた人は、ビタミンB1不足で脚気になりました。
いわゆる、「江戸わずらい」です。
同じことが、大日本帝国陸軍にも蔓延したようで、軍医総監の森林太郎(森鴎外)はそれをなかなか認めようとしなかったとか・・・。


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2017年09月22日

日本人は世界一、愛国心の強い国民!

「平和ボケ」という言葉がありますが、日本人は「平和ボケ」ではありません。
優秀な日本人がボケるわけがありません。
平和な時に好戦的・攻撃的である必要がないので穏やかに過ごしているだけです。
ただし、日本国が危機にみまわれた時には、ガラリ一変して戦います。
幕末も、第二次世界大戦時もそうでした。
幕末の黒船来航の時には、武士だけでなく、江戸の町人までも「黒船に小舟で乗りつけて、火薬庫に火をつける。逃げそびれて死んでも仕方がない。」などと言っていました。
平和時には穏やかですが、いざ、国家の危機になると命さえも投げ捨てて国を守ります。
すごい民族です。

・・・・・・。

20〜21世紀に日本は2つの国家存亡の危機にみまわれました。
一つは第二次世界大戦の敗戦、もう一つは民主党政権誕生です。
これを絶対に忘れてはいけません。
どちらも、マスメディアの捏造・歪曲・偏向・印象操作・世論誘導が大きく関わっていました。
反日マスメディアのプロパガンダに騙されてはいけません。

私は、安倍総理を全面的に支持し、応援します。

ひのまる









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itagakishika at 07:22|Permalink

2017年09月21日

私は安倍総理を全面的に支持し、応援します!

衆議院の解散、総選挙が近いようです。
ちょっと前に、内閣不信任案を出した野党が、今度は「解散・総選挙に大義は無い」と騒いでいます。
野党は、大馬鹿ですね。
更に、マスメディアやテレビのコメンテーターも馬鹿の一つ覚えで「大義は無い」と言っています。
どうしようもない馬鹿どもです。

解散総選挙に「大義」はあります。
民進党などの野党が、森友、加計問題をでっち上げて国会を空転させていました。
このような、邪魔しかしない野党連中が国会議員でいいのかどうかを国民に問うという「大義」です。
「対案を出せず、反対するだけのマヌケな野党議員」が、国会に必要かどうかを問う「大義」です。
簡単な話ですね。

私は安倍総理を全面的に支持し、応援します!

あべそうりだいじん









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itagakishika at 06:57|Permalink

2017年09月20日

遺伝とはスゴイものです!

先日、地下鉄の車内で、向かい側に座った「おばあちゃん」「お母さん」「子供(娘)」の顔が3人ともソックリでビックリしました。
輪郭、鼻、目、口、眉毛の形まで同じでした。
経時的変化はありましたが、金太郎飴状態でした。

遺伝とは凄いものです。

競馬などは血統が、レースに見事に反映されます。
筋力、心肺機能、性格(脳)まで、遺伝します。
人間も馬も同じ生物ですから当然です。

戦国武将もまた同じです。
真田幸隆の子が昌幸、孫が信之(信幸)、信繁(幸村)、
高橋紹運の子が立花宗成、
毛利勝信の子が毛利勝永、
知略、謀略、胆力など、そっくりです。
これらは全て脳の働きですから、脳という器官は遺伝力が強いように感じます。
戦国武将が、武門の誉れ高い家の女子を嫁にしたがるのもそのためです。
当時も、「遺伝」という概念は明らかにあったようです。

げんじかけいず


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itagakishika at 06:18|Permalink

2017年09月19日

9月18日(月曜日・敬老の日)の午後!

昨日は、13時まで歯科診療をし、診療終了後、後楽園ウインズに行ってきました。
縁起を担いで、まずは、『神座』で、「おいしいラーメン」と「生ビール」で気合を入れて、いざ勝負!勝負!
結果は・・・。
馬券は当たらず、神は我を見捨てたもうた、アーメン! ラーメン!

「おいしいラーメン」は、名前通り、美味しかったです。

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帰りにデパ地下に寄って、「超激辛・鮭アラ」を購入。
夜は、これを焼いて、アテにして晩酌。
白く見えるのは、浮き出た塩。www
しょっぱい!食べると、頭がクラクラします。
塩分とり過ぎ!
でも美味い!
「このまま死ぬかもわからん!」と思って、そのまま寝ましたが、今朝は5時に『シャキッ!』と目が覚めました!(笑)

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今日も一日、敬天愛人の精神でがんばります!


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itagakishika at 05:53|Permalink

2017年09月18日

9月17日(日)の午後!

昨日は13時まで歯科診療をし、その後、中山競馬場に行こうと思いましたが、雨が激しく断念。
真っ直ぐ帰宅し、自宅の冷蔵庫に残っている食材で、肴を作って、昼飲み。
蒲鉾、ちくわ、もやしをごま油で炒めて、味付けは「牛角・塩キャベツのたれ」に「醤油を少々」「おろしにんにく」を加えたものです。
仕上げに、刻みきゅうりを乗せ、一味唐辛子を振って完成。
安い!早い!美味い!(笑)

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「牛角・塩キャベツのたれ」は、お勧めです。
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その後、昼寝、20時頃起きて晩酌。

するめイカと高菜漬けの煮つけ
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じゃがいもの塩茹で
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キュウリとミョウガの漬物
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家にあるもので何とかなりました。(笑)



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2017年09月17日

戦は強いが、女性に弱い判官様!

源義経は、次のように言っています。

☆迅速こそ、勝利である。
☆道なくば岩をよじ、山をつらぬいてゆくまでよ。
☆必勝の戦法は敵を包囲するにあり、そのためにはいかに兵力僅少でも、二手に分けなければならぬ。
☆勝つということは味方に勝つ事である。味方に勝つというのは我に勝つ事だ。我に勝つというのは、気をもって体に勝つ事である。
☆人よりも百倍臆病であるとすれば、百倍勇気をふるい立たせればいいではないか。

この五項目は合戦に勝つための鉄則のようです。
で、よくよく考えると、現代社会のビジネスやスポーツなどにも十分通用する話だと思います。

ところで・・・。

源義経という人物は『冷酷な武将』というイメージがありますが、残された書物を読むと『情け深い性格』と書き残されているものが多いです。

『平家物語・文乃沙汰』に面白い記述があります。

壇ノ浦の戦いに快勝した義経が押収した文書の中に、鎌倉の頼朝が見ると、平時忠以下、多くの人が殺されるであろう内容の手紙が一通ありました。
時忠がそれを心配して、息子・時実に相談すると、

平時実:
「判官(義経)は、勇猛な武将ではあるが一体に情ある性質で、とりわけ女房などに懇願されると拒絶することが無い、と聞いています。父上には姫君が多いですから、その中から誰か一人を判官の妻にされてはいかがでしょう・・・。」

というわけで、
時忠は、23歳になる娘を義経に嫁がせます。
そして、娘がその手紙について義経にたずねると、義経はなんと、封さえ開かずに、その手紙を時忠に送ってきたそうです。
時忠はすぐに、その手紙を焼き捨てました。

義経様は、強くて勇気があって、女性の頼みごとに弱い・・・というお話!
義経様は、細けえことは気にしないんだってばよ!

ちなみに、頼朝の許可無く、義経は平時忠の娘と結婚したために、頼朝の不興を買うことになります。

よしつねみちなくば
















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itagakishika at 06:09|Permalink

2017年09月16日

立花宗茂 柳川復帰!

元和6年(1620年)、柳川藩主・田中忠政が病死し田中家が無嗣断絶すると、立花宗茂は10万9千石で柳川城に返り咲きます
宗茂は、柳川時代の旧臣や、取り潰された加藤忠広の旧臣を登用しましたが、田中家の旧臣は絶対に登用しませんでした。
その理由は・・・。

話は遡りますが、関ヶ原合戦後、西軍についた宗茂は封土を失い、加藤清正に食客していました。
柳川は既に田中吉政の領地となっていましたが、旧主・立花宗茂を慕う庄屋が、危険を犯して、米や金品を、宗茂や訐藺紊忙伝りしていました。
やがて、この行為が新領主・田中吉政にバレ、「糧米を国外へ持出した罪」で庄屋達は処刑されます。

慶長7年(西暦1602年)7月11日の処刑:

●本郷村 壇七郎兵衛 面の坂で磔刑
●父 壇大炊介(旧本郷城主・大庄屋)矢部川一本松の川原で斬首
●松延村 樺島島彦左衛門 面の坂で磔刑
●父 樺島式部(旧松延城主・大庄屋)面の坂で斬首

これを聞いた立花宗茂は激怒し、「田中吉政だけは絶対に許さん!」と思ったそうです。

いろいろな説がありますが、資料に残っている宗茂の性格から考えると、この説が1番有力かと、私は思います。

たちばな
















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