2017年04月18日

4月18日!

今日4月18日は、太平洋戦争中に、日本にとって衝撃的な事が2つ起きました。
一つは『ドーリットル空襲)』、もう一つは『海軍甲事件』です。

『ドーリットル空襲』・・・1942年(昭和17年)4月18日、アメリカ軍が、航空母艦に搭載した陸軍の爆撃機によって行った日本本土に対する初めての空襲。
名称は空襲の指揮官であったジミー・ドーリットル中佐に由来しています。
この作戦は、航続距離の長い陸軍の双発中型爆撃機B-25を空母から発艦させ、日本爆撃後には同盟国である中華民国の領土に着陸させるというもの。
空母の狭くて短い飛行看板から双発中型爆撃機(しかも陸軍機)が飛び立つのは容易ではありません。
日本海軍は、4月18日午前6時30分頃、「第二十三日東丸」から「空母2隻を含む機動部隊発見」という通報を受けていましたが、米軍の攻撃は海軍艦載機(航続距離が短い)によるものと判断し、米軍機の発進・空襲は19日早朝と推測しました。
しかし、アメリカ艦隊は発艦予定海域よりもかなり遠い地点で日本哨戒艇に発見されたため、当初の夜間爆撃の予定をとりやめて、予定より7時間早い午前7時20分からB-25爆撃機を発艦させました。
そのため、日本軍は迎撃態勢に不備が出てしまいます。
この空襲で、死者87名、重軽傷者466名、家屋262戸の被害が出ました。

空母「ホーネット」から発艦するB-25
しがつじゅうはち1











『海軍甲事件』・・・1943年(昭和18年)4月18日、連合艦隊司令長官・山本五十六海軍大将が乗っていた一式陸攻がアメリカ軍戦闘機(P-38ライトニング)に撃墜された事件。日本軍の暗号電報がアメリカ海軍情報局に解読され、待ち伏せを受けたことから発生したとされています。山本長官の戦死は全軍の士気に大きな影響を与えることが予想されたため、関係者には箝口令が敷かれました。遺骨が東京に到着した5月21日に戦死の事実が公表され、6月5日に国葬。
長官達が乗った一式陸攻2機の護衛には204空の零戦6機がついていましたが、アメリカ軍機は一式陸攻への攻撃を最優先させていたので、長官機撃墜はあっという間の出来事だったようです。当時、その空域は日本軍が制圧しており、アメリカ軍機が飛来するとは誰も予想していませんでした。

山本五十六連合艦隊司令長官
やまもといそろく










・・・・・・。

平和な時代に生まれたことに感謝して、今日も一日、ガンバリマス!



人気ブログランキング←クリック、お願いします!



itagakishika at 07:15│
Profile