2017年09月11日

トラウマ!

島原の乱が長引き、細川忠利(忠興の息子)が討伐の援軍に行く直前に、真田信之にアドバイスを受けにいった時のお話。

真田信之:
「私が昔、小田原征伐のため、忍城を攻めた時のことです。軍勢は勇まず、下知を聞こうとしません。帰陣後、私は父の安房守(昌幸)に『あのような腰抜けばかりでは、今度の合戦ではまともな働きはできません。』と言うと、父・安房守はおおいに怒り、『若輩者!何を不智な事を言うか!それはお前が、去年、合戦で後れを取ったためだ。一度後れたら三年は失せぬものである!』と言われました。一度負け戦を経験すると恐怖心は三年は消えません。今度の島原でも、板倉内膳正(重昌)が戦死し、多くの者を失っており、みな恐怖心を持っています。そういう兵を使っても、勇むことはないでしょう。今回は手間取ると判断して、無理をさせず、ゆるゆると攻めた方がいいですよ。」

(注:昌幸の言う「前年の遅れ」とは、信之配下の鈴木主水・名胡桃城が北条軍の急襲にあい、落城したことを指すと思われます。)

とアドバイスしたということです。

戦国時代に、『トラウマ』『PTSD』などといった知識を誰も知らないわけですが、真田昌幸にはそういう概念はあったようです。
やはり、真田昌幸という人物は只者ではありません。

さなだまさゆき











信之のアドバイスを守った細川隊は、焦らずにじわじわ城を攻め、最後の総攻撃で一揆の首魁・天草四郎を討ち取る殊勲を上げました。


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