July 2013

July 31, 2013

ゴン太通信No.49・・・子供たちと雪と

ゴン太通信・50号まで、毎月定期発行(現在、132号)している、ミニコミ紙「朽木小川より」に不定期で連載したものです。

ゴン太通信No.49・・・子供たちと雪と 
雪遊びも終わりかな笑姉が3人のちびっ子ギャングを連れて久しぶりにやってきた。きゃんきゃん言いながらお家に入ってきて、ギャングたちはすぐに出て行って、どうやら家の前で雪を触ったり、ひょっとしたら食べたりしているようだ。冷たい雪はホント美味しいんだ。僕も雪、大好きだから、一緒に雪まみれになりたかったヨ。
しばらくして父は母も連れて帰ってきた。夜はギャングたちもワイワイとご飯を食べて、その後はロフトに上がったり降りてきたり・・・チビ3が「こわ〜〜い!」と言っていたけど、笑姉が「後ろ向きにこうやって下りるんやで。」と教えてから、梯子を登ったり降りたりできるようになって、梯子の下で寝ている僕にはうるさい・うるさい。おまけにチビたち、前には僕のこと、「怖い〜」って言ってたけど、今は「ゴン太、カワイイ」と言いながら、時々そ〜っと触りに来る。ゆっくり眠れもしない。ようやくチビたちがロフトで寝静まってから、父・母・笑姉の3人で大阪のお家にいたときのように、ユックリとお酒を飲んでいた。僕もおやすみなさい。          2012年3月

7月31日 itiのデジカメ日記より

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July 30, 2013

ゴン太通信 No.48・・・恐怖の1週間・・・朽木・針畑郷より

入院・治療そしてナニワ・関目生活・・・奥山・朽木小川生活に戻り、少しずつ朽木小川時間に・・・ゴン太通信の続き、48号から掲載します。

ゴン太通信・50号まで、毎月定期発行(現在、132号)している、ミニコミ紙「朽木小川より」に不定期で連載したものです。

ゴン太通信 No.48・・・恐怖の1週間
 とにかく、父が「恐怖の1週間。」というものに突入してしまったんだ。何がって、いつもは「忙しい・忙しい」と言っている母がズ〜ッと一緒だったんだよ。
 最初の日は、お客さんから始まった。お花の話をしていたよ。ザゼンソウの小さいのがあるんだって。その花はまだ咲かないんだけど、咲く所に行ってみようって、みんなで出て行った。勿論、僕はお留守番だよ。この日はそれでお終い。
 d0005250_1914883[1]次の日、母は早くからソワソワ。母の携帯が鳴って、父が出て行った。母はお昼ご飯をいっぱい作っているけど・・・父が帰って来た。ワイワイ言いながら、笑姉とチビ1・2・3も一緒だったよ。チビたち、「ゴンチャン、かわいい。」と言いながらナデナデしてくれる。僕は動けないから我慢・我慢。
 父と一緒に一輪車を持って雪を取りに行ったり、庭の石窯に火を入れて、子供たちがコネコネしたピザを焼いたり。ピクピク・・僕の大好きなチーズの匂い。みんな「ここで食べる!」とお外でピザを食べている。僕のこと、忘れている。スネッ。でも晩ご飯の時に、上に乗っていた。父はちゃんと僕の分も忘れずに焼いてくれたんだ。
 次の日、早くからみんなで出て行った。やれやれ、ユックリお留守番しよう。お昼過ぎてから大きな袋を持って帰って来た。ズ〜〜ット前、父たちとお山に行った時、父たちがうれしそうに採って来たキノコと同じような匂い・・シイタケを採ってきたんだって。一休みしてから、みんなを父が送って行った。やれやれ。これで3つ、終わった。
 そしていよいよ、長いお休みにはいつも行く堀畑だ。「ゴン太が疲れないように、休みながら行こう。」と言ってくれた。僕は本当はお外が見たいんだけど、立てないから・・。やっと養父に着いた時には、すっかり草臥れたけど、でも堀畑の土手やおばあちゃんの畑・・いつも行くから、匂いでわかる。夜はグッスリだった。きっと、父たちもだよ。
 氷ノ山に行くと、雪がまだいっぱいあったから、僕も雪の上のお散歩だ。ヒンヤリして気持ちいい。ズット前、一緒に登った時にもお山のてっぺんには雪がたくさんあって、父は僕を引っ張りながら滑り下りていたよ。今年は雪が多すぎて、僕もいるから、登らないんだって。よかった。いつも母が無理やり引っ張っていこうとするから、どうしよう・・と思っていたんだ。
 帰りは、いつものようにお魚を買いに行った。これはお魚大好き父の楽しみなんだ。でも帰り道、僕はグッスリ寝ていたからよくわからないけど、ノロノロ運転で、「小浜の手前で海岸線に入ろう!」ということになったらしい。2人には初めての道で、でも景色が良くって満足!だったみたい。よかったね。
 最後の日は、家でユックリ・・なんてしていられない母。やっぱり朝からお庭でゴソゴソ・・「行くぞ!」と出て行って、お昼過ぎてもなかなか帰ってこない。やれやれ、お付き合いする父が「恐怖」と言うのも少しわかるかな。            2011年5月

7月29日 itiのデジカメ日記より

iti0915 at 07:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

July 26, 2013

ゴン太君が救ってくれた・・・・


「奥山・朽木小川へカエル・・・夏の庭、田んぼ、一票も。


ナニワから朽木小川へ移住して13年。こんなに長い間、小川を留守にするのも初めてです。そして、人生で初めての入院・治療と・・・・・。

「あの、甲高い声を聞くと・・・・」と、言った時に梗塞を発症したようです。9日、「たかしま市民活動フェスタ第4回実行委員会」の寄り合いが終わり、たかしま市民協働交流センター・事務局長のSさんに話した瞬間でした。座敷での会議、終わって座布団やテーブルを片付け、帰ろうとした時の、一言でした。いきなり、左足が「ヘナヘナ」の感じに。その時は「痺れたんや・・」との思いが。足に力は入りませんが、歩けないほどではないので、よけいに痺れたんだと。外に出て、駐車場でF女子と立ち話を・・・「ヘナヘナ」感はありましたが、立ったままで・・・それから、ゴン太号を運転してお山へ帰りました。帰っても、左足の「ヘナヘナ」は治っていませんでしたが、帰り着いたのは23時。寝たら治るだろうと・・・朝起きて、昨夜ほどの「ヘナヘナ」感ではないのですが・・・まだ痺れがあり歩くと少し跛行状態。チョイ不安になり・・ご人に電話を入れると、「病院受診してみたら・・・来れる?」と。急いで、用意をしてお山を下りて出町柳へ。駅前のPにゴンタ号を止めて、お京阪で関西医科大学付属枚方病院へ。それからの顛末は、ブロクの通りです。
「あの、甲高い声を聞くと・・・・」、一気に血圧を高くしたようです。
住みだした頃は朽木村だったので、ここに住んで、何か朽木や針畑のお役にたてないものか・・そんな思いでいろいろな活動を・・・そして、認めて欲しいとの思い。また、村入り(区入り)もできることなら・・・そんな思いも。合併して、朽木・針畑と高島市も入りました。小さなことですが、朽木・針畑の情報を発信との思いで、ミニコミ紙「朽木小川より」やHP(掲載していたプロパイダーが無くなったので、今は無し)・ブログを始めました。
村入り(区入り)は、住みだして10年目に、区の皆さんに迎え入れてもらいました。そして、「認めて欲しい」の思いも・・・そんな折、役を。朽木小川に移住して、やっと地域などのお役にたてる・・・そんな時、起こったのが「セクハラ・パワハラ事件・・」。高島的解決をとりたくなかったので、努力したのですが・・権力や第三者の関与で、結局は高島的解決になってしまいましたか。その件で、心が折れてしまい、退きました。ただ、未練もあったんでしょう、キッパリト、ができず・・・。そのことは、僕の中で・・いろんな寄り合いなどに参加すればするほど、その時の思いが。
数ヶ月前、思いつめたことを経過も含めて、知り合いの親しい議員さんに聞いてもらい、チョットはスッキリしていたのですが・・・やっぱし。そして、ゴンタ君の5月5日があり、一人になって、余計に頭の中でグルグルと思うことが多くなり、そんな中でした。暑さとその思いが寄り合いしていて・・・それがまたこみ上げてきて、最後の一言に。それで、飛んだのでしょう。これを書く事によって、自分の中のモヤモヤをスッキリさせたい・・と。
今回、ゴン太君が救ってくれたような気がします。早急に発見でき、治療に取り掛かることができました。きっと、「早く良くなって朽木小川に帰ってきて・・僕のおうちの回りを綺麗にして。」ということなのかも。僕の人生、大体10年スパンで色々な転機が来ます。今回、こんな形で、とは、すごく自身でもビックリ。そして、これからの不安・・ですが、ユッタリした気持ちで、再度朽木小川生活などを見直して行こうかな、とボチボチ思っています。

7月21日 itiのデジカメ日記より

iti0915 at 16:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 柴犬 | 日記

July 04, 2013

針畑・朽木小川より・・・ゴン太通信 No.46・・お誕生日と大阪

ゴン太通信・50号まで、毎月定期発行(現在、132号)している、ミニコミ紙「朽木小川より」に不定期で連載したものです。

ゴン太通信 No.46・・お誕生日と大阪
 窓際で寝ているゴン太僕、16歳になったんだ。生クリームケーキ、お誕生日にちゃんと買ってきてくれたよ。いつもは忘れてくる母だけど・・お休みの日じゃないのに、夜帰ってきて、「おめでとう。」って言って、一緒にケーキ食べて、朝になったら大急ぎで帰っていった。笑姉のとこのチビ3の子守なんだって。
 この頃は、いつもお留守番なんだけど、父が大阪につれて帰ってくれたよ。でも、父は長崎に行ってしばらく帰ってこなかったんだ。ゴン太傾罎呂泙辛賊‘りだって・・。僕、大阪でもちゃんとお留守番していたよ。母が朝起きてくるとすぐにお散歩だ。お散歩コース、もうそんなに行きたくないけど、チョットいい匂いがするからついつい長いお散歩をしてしまう。おかげで母が出て行ってからはグッスリだ。おまけに夜も母がゆっくりお散歩に付き合ってくれるから、お腹も空いて、ご飯が美味しい。
父がようやく帰ってきたときには、嬉しかったよ。だって、朽木のお家に帰れるんだもん。母もお休みの日だからって、一緒に帰ったんだ。久しぶりだよ・・3人でドライブ・・僕、ず〜〜っと寝ていたけど。  2010年10月

ゴン太、乞うご期待✽ ボク、 ゴン太 --朽木・針畑郷 父と奥山暮らしのフォトエッセイ--のタイトルで、サンライズ出版より秋に出版。書店にて「絶賛発売中!」は、まだ先ですが・・・それに向けて、制作開始!・・出版時には、お近くの書店・Amazonでの取り寄せ購入もできると思います。



7月4日 itiのデジカメ日記より

iti0915 at 21:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 柴犬 

July 02, 2013

ゴン太君のリード・・・・ミニミニ・・ゴン太通信  氷ノ山でも寝ていたよ

ゴン太君のリード・・・・
ゴン太君が・・・残っていた餌は、いつも食べていた食器に入れてお水と一緒にお墓に毎朝おいてやりました。そのフードも、先月末にはなくなりました。入れたご飯、次の朝見ると綺麗になくなっています・・・お食事タイムを楽しんでいた小動物がいたようですが。
先日、ゴン太専用箱に入った物を片付けました。全て処分をと思い、ゴミ袋に一度は入れたのですが・・・何時も使っていたリードと立つことがままならなくなった時に使った歩行補助用ハーネスは・・・・・。リード、ゴンタ号でお出かけするときには、ゴン太号の後ろのシートベルトに結付けて、首輪に繋いでいました。普段の散歩では、ロングリードを使っていたのですが、お出かけ先ではこのリードを付けてのオシッコ散歩を。寝たきりになり、使うこともなくなっていました。手に取って見ると汚れていたので、洗ってゴン太箱に。向こうの世界では、自由で元気に走り回っているのでいらないでしょう。歩行補助用ハーネス、「使う、ワンちゃんが・・・」と思い、こちらもゴン太箱へ。
朝、お山を下りる準備をしていたら、庭先で「コンニチハ」と。ご近所の別荘の方です。先日来ましたが、留守だったので・・「コレ、ごん太ちゃんへのお供えに・・」と、アリガトウゴザイマス

僕行く・・ゴン太号ゴン太通信・50号まで、毎月定期発行(現在、132号)している、ミニコミ紙「朽木小川より」に不定期で連載したものです。
ミニミニ・・ゴン太通信  氷ノ山でも寝ていたよ・・2010年5月、
父がソワソワ出たり入ったり・・したあと、僕を連れ出した。ホント、久しぶりの傾罎澄2人で出発・・途中、母が乗り込んできた。一緒にお出かけ久しぶり。でも僕は後ろでお休みだ。5月の連休はきっと行くと思っていたんだ・・氷ノ山。雪を水のみに入れてくれたけど・・寒いからそんなに喉も渇かない。
おばあちゃんのお家では、しっかりお散歩。父と母も畑にも行って楽しんでいた。小さい時から来ているから、堀畑はチョッと好きかな。また来たいよ。

7月1日・2日 itiのデジカメ日記より

iti0915 at 19:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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