NHKスペシャルを見た。

中国広東省から英国人男性を介して
ベトナムにSARSが渡ったとき、
この病気の危険性をいち早く見抜いて
世界に警告を発しつづけ、的確な情報を提供し、
WHOが世界に早期に警告を出せるようにして
その拡大を食い止めたものの

残念ながら自身感染して他界した
イタリア人医師カルロ・ウルバニさん↓
のことを知った。

カルロ・ウルバニ







「予防」の成果というやつは、病気に限った話ではないが、
「起こらずに済んだこと」なので、
的確に測定されて褒められることが実に少ない。
俺はなんとかならないものかと常々思っている。

我々は、事前に見れば同程度以上に起こる確率があった事象を
それが単に起こらなかったというだけで
必要以上に貶めて考える愚を犯しがちなのだ。


しかしやはり「賢明なヒト」であるということは、
悪いことが「起こる前」に、
それを起こらないようにしておくことができる
ということだ。
いつの時代でも。

加えて。
彼の遺体がふるさとに帰ったときの映像を見て
何とも言えない気持ちになった。
近所の人々が大勢集まって遺体に向かって
拍手でその労をねぎらっていた
のだった。
なんて温かく、優しく、よく生きた個人に報いる、
誇り高い社会なのだろう。それでまた泣けた。号泣(笑)。
こういう人たちが彼を育てていたのだ。

この葬儀に参列した近所の子供達の中に、
こうして周囲の大人達が惜しみない賞賛を送っている様子を見て、
彼の遺志を受け継ごうと決意する子がきっと出ることだろう。
教育というのはカリキュラムがどうのということだけではなくて、
いやむしろそんなものは末節の類で、
こういう場で自然としかし強烈に行われることなのだ。

俺もその輪に加わりたかったが
ここで一人冥福をお祈りしておくことにする。

地球物理の研究をしていて、
今大学の教員をしている友人から聞いたことだが、
彼がアメリカで調査船に乗って研究に出かけ、帰ってくると、
大学の近所にお住まいのみなさんが、
特に大学とは関係のない生活をしている方まで港まで総出で
出迎えてくれるそうだ。
そんなことも思い出した。

一方で。

ベトナム保健省は自らの体面が汚れるのを恐れ、
普通のインフルエンザじゃないかと言い張って
彼の再三の忠告を受け入れずにいた

中国などは当初はクラミジアが原因と言っていた。
そして今、かえって体面が汚れているわけだ。他山の石
例外は当然にあるだろうがそれで総論が覆るものでもあるまい
総じてアジアの役所は最悪だ。
publicということを本当にはわかっていない人たちが
役所などというものをもつとこういう
かえってなくもがななことになるのだ。

・・・

最後に。
彼の生まれたイタリアのカトリックのキリスト教には
礼拝の折にキリストの血肉(ぶどう液・パン)を食べる儀式があるそうだ。
小学生だった頃-ちょうどクリスマスの前の今くらいの頃だった-
近所の教会でそれが行われていることを知った。

正直言って初めて知ったときはとても薄気味悪く感じたが、
そう思った俺さえも、例えばSARSの事件を介し、
図らずも象徴的にはカルロ・ウルバニ医師の肉を
食べて生きていくことになったと言えるのだ。
思えばあの儀式はこういうことの隠喩なのだろう。
あの儀式が伝えたいのは、何気なく生きていても、
仮に人様の世話にならぬようにしていても、
個人個人の生が、かつて世話をしてあげたこともない
見知らぬいろいろな人々、さらにいえば
生きとし生けるものによって支えられていることに
思いを致せ、ということなのだ。多分。
何を調べたわけでもないのだけれど、
俺は今は自分で勝手にそのように解釈している。

俺はキリスト教の信者ではないが
それはとても重要であると思っている。
他の誰一人気づいていなくても
そうした感謝をできる、思いを致していることのできる、
そんな浄土真宗大谷派の人間でいたい(笑)。
ありがとう。カルロ。



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