2005年07月23日

養老孟司氏講演(e-Japanサミット2005)「情報技術社会の進歩と人間・文化」要旨



日本で人気のあるお経に「般若心経」というお経があります。私は以前「唯脳論」という本を書いたことがありますが、その後自分の書いたことが、原始仏教の経典にきれいに書いてあることに気付きました。たとえば「受想行識」の「想」は脳への感覚入力のことで、「行」は出力のことです。人間は筋肉を使って骨格系の運動によるのでなければ、話すにしても、書くにしても、表情を作るにしても、ジェスチャーをつくるにしても、出力することができません。筋肉が動かなければコミュニケーションができないのです。「識」とは意識のこと。だからあれは脳科学の教科書のようなものです。「般若心経」には「空」や「無」が何度も使われていて、「無」は19個もあります。「空」はあるが「受想行識」はない、と書いてある。この「空」や「無」は数字の「0」のことと考えることができます。漢数字にしてもローマ数字にしても0がなかったので、現在の位取りという便利な表記法ができませんでしたが、この「0」のお陰でできるようになりました。「般若心経」は「0の思想」です。一見無縁なようですが、これは「般若心経」が鳩摩羅什(クマラジュウ)の翻訳によるもので、もともとインドのものであることを考えれば、「般若心経」が「0」の思想であっても不思議ではないのです。-2,-1,0,1,2と並べてみると0は数字としてあり、「空」を表していますが、「0」だけだと「無」の意味になります。また空を1、無を0と考えればコンピュータの世界を表していると考えることができ、だからインドでコンピュータ産業が盛んになるのもある意味当然なのです。勝手なこと言いやがってと思われるかも知れませんが(笑)。現代人の特徴は大脳新皮質-我々は専門用語で「終脳」と呼ぶことがありますが-だけが大きくなっていることです。そして大脳新皮質の発達と社会の発達はパラレルです。もちろん誰もお経を意識してコンピュータを作ったわけではないけれど(笑)、結果的にそのようになっているということです。

eJapan3さて、私は今、水を飲みました。多くの方は「水を飲もう」と思ったときに水を飲んでいるとお考えですけれども、調べてみるとその1秒前に脳が活動を始めています。心より1秒先に脳が動いています。意識とは何かということについて若いときにこういうテーマで研究をしようとすると「脳科学の進歩を待て」とよく怒られたものですが、そのままじっと待っていると私の方がもたないという年齢になってしまいましたので(笑)、勝手にはじめさせていただいております。

みなさんご存知の通り寝ている間に意識はありません。1日のうちの3分の1は寝ていますから、例えば科学者の自叙伝を見ると思うのですが、3分の1は空白であるべきだと思うのです(笑)。寝ている間は意識からすれば自分は存在しないのですから。人生は点線なのですが、みなさんは直線だとお考えではないでしょうか。寝ている間に存在しているのは何かというと身体です。寝ている私は他人から見ると確実に存在しています。だから連続しているのは存在としての身体ですが、意識では全てを把握できないのです。他にはたとえば体が悪くなったら医者(他人)に診てもらはなければならない。意識は万能ではないのです。

筋肉が活動するときはATP(アデノシン三リン酸)を分解して収縮に必要なエネルギーを得ています。収縮活動をしていないときに必要なエネルギーもあってそれを基礎代謝と呼ぶ。では脳についてはどうでしょうか。意識がある間エネルギーが必要なのはよくわかります。ところが意外なことに寝ている間に脳が消費するエネルギーを測定すると、起きている間と同じエネルギーを消費していることがわかったのです。私はこの結果に当初納得がいきませんでした。数年間疑問に思っていた。なぜなのでしょうか。

意識は本質的に秩序的な活動です。意識があるうちはランダムなことはできません。真っ赤なウソと言えども秩序がなければ人を騙すことはできない。ランダムなことをしているわけではないのです。また我々は乱数表を作ることができません。ランダムにできない。やはり意識は根本的に秩序的です。ところが、秩序をたてると別のところでエントロピー(乱雑さ)が増大しています。例えば部屋が汚れているとします。掃除をする。すると部屋はきれいになりますが、掃除機の中は汚れてしまう。掃除機の中まで含めると、部屋全体の汚さにかわりはないのです。しかし意識は、掃除で世界がよりきれいになった、と錯覚いたします。掃除機の中のゴミは焼却場に行き、最終的には酸化物に分解されて熱を生じますが、熱は空気の無秩序な運動の度合いのことですから、部屋の汚さが空気の無秩序な運動に翻訳されただけ。全体としてみると世界全体の散らかり具合にかわりはないのです。私はよく脳の活動を図書館にたとえます。朝9時に図書館が開館する。するとランダムにいろいろな人々がやってきて、頭の中の乱雑さを吐き出し(笑)、自分の頭の中を整理し、かわりに本の場所がずれたりして図書館の乱雑さが増す。閉館すると司書がそれを整理して翌日また開く、と。してみると我々は積極的に寝ているのでありまして、寝ている間は司書が活動をしているのですから、なるほど寝ていようが起きていようが同様のエネルギーが必要だとわかったわけです。昔のインドの人はおそらくこういうことに気付いていたのだろうと思います。脳は論理的・意識的に活動するが、秩序をたてているというのはウソで、汚いものを見ないだけなのです。だからあまりにも秩序をきちんと立てすぎると、今度は別の問題を生むことになります。ヒートアイランド現象・公害・環境その他もろもろの問題は、全てこういう大脳新皮質の癖に起因するものです。世界の秩序が自分の脳内の秩序と等しいのは快適ですからね。しかし適当とかほどほどにしてバランスをよくとらなければいけません。現代社会は意識の側に振れすぎています。例えば私は東南アジアによく行くのですが、シンガポールが一番嫌いなんですね。あそこまで秩序立てると、どこかウソくさい街という気がする。我々は秩序だけを立てるわけにはいかないのです。自由という概念は面白いですね。悪い意味では「勝手」という言い方をしますね。規律と一体になっています。

kuma昨年は人里にクマが沢山出ました。マスコミでは広葉樹林が減ってエサがなくなったから人里に・・・などとその理由が報道されていましたが、ウソだろうと思います。日本の犬は山犬と言ってキャンキャンうるさいものですが、今その犬を皆ヒモでつないでおりますな。あれが原因ですよ。人里の犬がつながれれば一番喜んだのはまずサルでしょうから、あれはサルのCIAの仕業かもしれません(笑)。テレビで一度実験をしておりました。見ていたら日光のサルよけに一番効果的なのはどれかというので、1.木彫りの犬、2.TVの犬、3.ヒモにつながれた本物の犬、です。効果があったのは最初の2つで、3.などサルがはしゃいでバカにしにきたのです(笑)。果樹園で女房だと思って声をかけたらクマだったという話もありますね(笑)。その方がそのときに犬を連れていたらそういうことにはならなかったはずです。

また今東京都がやって私は内心ザマみろと思っているんですが、都がカラスの駆除ということをやって、案の定ハトのフン公害が生じた。カラスはハトの天敵みたいなものですからね。じゃあお前の言うとおり犬を放し飼いにしてもし子供が噛まれたら、お前責任をとるのか、とすぐ言われます。私は犬に噛まれてどうにかなるヤツはどうにかなってしまえ、と思ってます(笑)。実際私は昔、犬によく噛まれました。母親が血統書つきのコッカー・スパニエルという犬を近所の経団連の方の家(どなたもご存知の有名な方です)からもらってきましたが、母は犬の世話など一切しない人でしたから、それで私が面倒をみた。そのときつくづく思ったのは血統書つきの犬はバカだと。ある日様子がおかしいので見に行くと子供を産んでいたのですが、2匹冷たくなっていた。犬は羊膜ごと生むので親が羊膜を食べてやらないと呼吸ができないのですが、それができなかったのです。血統書つきの犬は子供も産めないくらいに本能を失っていたのです。山で放してみてやっとどういう犬かわかった。鳥を何羽も捕ってきたからです。ははコッカー・スパニエルというのはこういうことをするために作られたのだと。

畑に野生動物が出るのは犬がいないからです。そこでは自分の人生が点線であることが忘れられています。また自然をこのようにうまく扱えない都会人に子供をうまく扱えるわけがありません。ヒモをつないで飼えればいいと思っている。少子化の根本の理由はそこにあるだろうと思います。自然と辛抱強く向き合うということができない。「手入れ」をすることが出来ない。子供を「手入れ」するのが教育ですからね。子育てもボタンひとつでできればいいと思っている節がある。実際出ましたね。「たまごっち」というやつ。あれも一応ある程度の世話は死んでしまいますが、リセットすればいいだけ。

私はこの間ブータンに虫取りに行ったのですが、「何捕りにいく?」とすぐに聞かれます。何がいるかわからないから面白いんですがね。子育ても先がわからないから楽しいのです。先がわからないというとすぐ「無責任」といいますが、そういう資格のあるのは、自分の告別式がいつあるか知っている人だけです(笑)。そんな人どこにもいないでしょう。また子供は何ももっておりません。もっているのは何も決まっていない「未来」だけです。そしてそれが子供の唯一の財産です。行き先不明というのが「未来」なのです。手帳に書いてあるのは(先のことであっても)「未来」ではなく既に「現在」です。明日のことはわからないのですが、必要以上にわかろうとするのが現代人の病気です。私は学期頭に提出する「シラバス(講義の概略)」というヤツが大嫌いでした。「途中で気が変わったらどうするんですか」と聞いたのですが(笑)、そういうことが予定されておりません。外国ではイラクに秩序を立てようとしていますが、その裏でかつてない数のテロがおきております。さもありなんです。

時間になりました。この辺でご容赦ください。

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平成17年7月31日

脱字1箇所と意味がわかりにくかった箇所1箇所の修正をしました。



itobun at 00:11│Comments(3)TrackBack(1)この記事をクリップ!日本を知る 文化・社会 

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1. 松井証券社長の講演会に行ってみた  [ お金を生み出す@風俗的!総合研究所 ]   2005年07月24日 12:39
先日、僕が最も注目している経営者の一人である松井証券社長・松井道夫氏の講演に出席した。演題は「情報革命がもたらす「個」の時代」。 印象的な発言を以下に紹介する。 ■今は情報化時代である。情報革命の真髄は、個が中心になるということに尽きる。個はばらばら

この記事へのコメント

1. Posted by BlogPetの「こうさぎbun」   2005年07月23日 15:10
itobunたちが、適当などを収縮したかった。


2. Posted by fuulabo   2005年07月24日 12:38
はじめまして。
僕は当日養老先生の講演を聴講できなかったので、こちらのブログで拝読できて良かったです。
ありがとうございました!
3. Posted by bun   2005年08月03日 22:38
はじめまして。
お役に立てて何よりです。

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