ウェブロギスティック雑記

日本語と漢字

漢字好きの大学生です。「蕃茘枝」の名でTwitterやっております(@annona_ceae)。
140字に収まりきらないと思ったことを、ここに書いてます。
漢字ネタが多いです。
たまに国語ネタとか、散歩ネタとかあります。
クイズネタはもうないと思います。
コメントもらうと喜びます。

このブログで紹介した漢字リスト(康煕部首順)
ほんの少し触れただけの字も載せてしまっています。ただし全く解説がないものは省きました。
『小野篁歌字尽』の字も省きました。

,𠄏,,,,𫝌,𪞵,,,,,𠷥,𠻝,,,𫝝,,,,,𡈽,,,,𡝤,,,𡱖,,𡱥,𡲚,𡲰,𡳞,,𫝷,,,𢓸,𢔎,𫝹,𢙢,,,,,𫞂,,,,𫞏,,,𣜌,,,,,,,𫞤,,,𪟧,,,,,𥓓,,𫞹,,,,𥶡,粿,,𫃎,,,𦂳,,𦃂,,𫟈,,,,𦜛,,,,𦨞,,,,,,,,,𫈴,,,,,,𧗷,,,,,,,,,,,𫟯,,,,,,𩵚,,,,

の字は「見つけた漢字たち(7・8・9月編)」参照
水色の字は「稀少地名漢字探索+α[かんたん編]」参照
ピンクの字は「性器を表す漢字」参照
オレンジの字は「漢検一級の出題漢字、形式が一部変更!」参照

その他は直接リンク貼ってあります。

前回の続きです。

白魦池(しらはいけ)
白魦下(しらはした)

所在地
 愛知県大府市長草町
 白魦下は現役の小字

 この小字の北にあるため池が白魦池。
 知多半島道路の大府PAのすぐ隣にある。
 大府市はため池が豊富にあり、市のホームページには「ため池ハザードマップ」が公開されている。
 https://www.city.obu.aichi.jp/contents_detail.php?co=kak&frmId=29258

地名の由来と漢字について
 楔さんのブログ(下記リンク参照)において、既に表記の変遷が辿られており、自分ごときが付言できることは何もない。
 大府市の2地名|雑記

 上の記事によれば、江戸時代の絵図では「はへ」であり、『愛知県郡町村字名調』では「シロハエシタ」と読まれているらしい。
 例によって『増補改訂JIS漢字字典』で「魦」を調べると、白魦池の他に、魦口(ハエノクチ)という愛知県の地名が用例として挙げられていた。これは稲沢市稲沢町の小字であり、もう現役ではないのか、地図では確認できないが、加除出版の『日本行政区画便覧』の一三九二ノ三で確認ができた。楔さんも先ほどのブログ記事で、稲沢市に「魦の橋」があることを発見している。この橋の近くにあった小字なのであろうか。
 ハエとは何か。そして「魦」の字との結びつきの在り方はどのようであるのか。地名からは離れてしまうが、このあたりについてもう少し詳しく調べて見ることにした。

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2年半ぶりに18きっぷで一人旅をしてきた。
稀少地名も見てきたので、写真を載せたい。


柿𥔎町(かきさきちょう)

所在地
 愛知県安城市
 名鉄宇頭駅の北側で、岡崎市と接する。

 江戸時代は「柿崎村」であったが、市制町村制の制定に伴う明治の大合併(明治22年)により、宇頭村、小針村、宇頭茶屋村、尾崎村と共に合体して碧海郡志貴村が成立し、「柿崎」は大字となる。明治39年、志貴村は、中郷村、本郷村、渡村、長瀬村、志賀須香村と共に合体し、矢作町が成立する。戦後、昭和の大合併により矢作町は岡崎市に編入される(昭和30年)が、昭和35年に柿崎、宇頭茶屋、尾崎の3地区が安城市に編入され、今に至る。


地名の由来
 延喜式神名帳の碧海郡六座の一つに数えられる「和志取神社」を、この地に比定する説[1]があり、社前の集落「神前」(かみさき)が「柿崎」(かきさき)に転じたとされる。(『日本歴史地名大系』より)
 「転じた」とは便利な表現であるが、音韻変化としては無理があるような気がする(裏付けのない素人の感覚に過ぎないが)。


漢字について
 𥔎は、「碕」の異体字に過ぎない。
 そもそも、「奇」は説文小篆を楷書化させた形で、また康熙字典の親字として採用された字形であるにすぎず、手書きでは「竒」と書かれることが多かったと思われる。
 以下のリンク先のサイトで、楷書の「奇」を検索すると、王羲之や欧陽詢のみならず、顔真卿も「竒」と書いていることが分かる。
http://www.shufazidian.com/
 さらには字典の親字であっても、『集韻』では「奇」と「奇」に従う字は、全て「竒」字形に作る。

 JIS X 0208の選定にあたって、「奇/竒」には別々のコードが与えられたが、「崎/﨑」は揺れの許容範囲とみなされ包摂された。自分の名字が「立ち崎」であることにこだわりを持っていたある友だちが、ガラケーで「﨑」の字が打てないことにもどかしさを感じていたことを覚えている。

 「碕/𥔎」も、JIS X 0208では包摂されていたが、JIS X 0213において「𥔎」が独立した。『増補改訂JIS漢字字典』では、山𥔎、尾𥔎といった姓氏とともに、ここ柿𥔎町が、用例として挙げられていた。やはり柿𥔎町の存在が、独立させる一つの要因となったのは間違いないだろう[2]

 笹原宏之「地名の異体字」『現代日本の異体字』(p.189)には、次のような記述が見られる。
小地名は各地の役所・役場レベルでしか公定されておらず、そこでは明治前後から編まれた土地台帳などの書類に手書きされていた地名が、ほぼ原形の字体を忠実にワープロなどの電子機器上で作字され
 国立国語研究所の「地名外字資料」(下リンク、大容量のpdfファイル)を見れば、上述の実態が容易に想像できよう。
 https://www.ninjal.ac.jp/archives/hanyo/chimeigaiji.pdf
 たとえば、123ページにある茨城県常陸大宮市(旧御前山村)の大字「檜山」の「檜」字は、次のような字形で登録されているようである。これは、康熙字典体である「會」に対して、よく書かれてきた字形である。
 hinoki
 そこで、Googleストリートビューを開いてみると、「桧山公民館」という文字列が確認できた。地名を知らせる標示も、「ここは常陸大宮市桧山」であった。つまり、実際には画像の字形でも「檜」でも無く、同字種の略体「桧」が多用されており、この地名に関して字形レベルでの差は意識されていないように思われる。

 しかしどうやら、ここ、柿𥔎町では、字形レベルでの差が意識されているようなのだ。すなわち、旁は「奇」ではなく「竒」であるというこだわりがあるようなのだ。

 まず、ATOKで「かきさきちょう」を変換すると「柿さき町」と出る。ATOKの町名住所変換辞書は日本郵便公開のデータベースに基づいているそう(→ATOKに用意されている辞書の種類)なので、郵便番号検索にアクセスしてみると、確かに「柿さき町」表記である(リンク参照)。
 柿さき町の郵便番号

 まだJIS X 0213が制定されていない時に発行された、清光社(1989)『全国地名読みがな辞典 第三版』を見てみると、尾崎町は普通の「崎」なのに、柿さき町は「𥔎」で印刷されている。わざわざ作字されていることがうかがえる。
 kakisaki

 そこで、過去の国土地理院発行二万五千分の一地形図が見られる「今昔マップ」(http://ktgis.net/kjmapw/index.html)を確かめてみると、次に示すような字体差が見られた。
 1888-98   碕
 1917-24   崎
 1959-60   崎
 1968-73   碕/崎(貼り合わせた二地図間で字形が異なる)
 1976-80   碕
 1984-89   𥔎
 1992-96   𥔎

 「碕」と「崎」の交替も興味深いがひとまず置いておき、「奇」の字形だけに着目すると、1984-1989年の地図から「竒」となっている。下に画像を引用するが、明らかに作字されている。
 kakisaki2

 この「こだわり」は、安城市のコミュニティバス「あんくるバス」路線図でも確認できる。東海地方のバスや電車の路線図・利用方法をまとめた「路線図ドットコム」では、バス停「柿碕」に関して、次のような注記が見られる。
 kakisaki3
 (出典:http://www.rosenzu.com/brai/bra631.pdf)
 恐らく、JIS第1、第2水準外の字に対応していないフォントだったんだろう。

 「葛」とか「芦」とか字体に揺れがある場合、自治体が「正解」を定めている例が多くある。まあ自治体名の場合なら決めといた方がいろいろ都合がいいのかもしれないけど(それでも「さいたま市」の「さ」を定めるのはやり過ぎだと思うけど)、町名に至っては、正直そんなこと決めてどうするのか、と思ってしまうが・・・


写真
 では、上述したような正字意識は、現地ではどの程度共有されているのだろうか。実際に現地を歩いてみた。本当の調査ならば、住民に「ここの地名を漢字で書いていただいてもよろしいですか?」などと聞いてみる必要があるだろうが、そんな勇気も根気も無い。不審がられない程度に、写真をパシャパシャ撮って帰ってきた。以下の写真は、クリックで拡大します。

 まずは件のバス停。
 DSC_0436
 しっかり、柿「𥔎」である。

 路線図
 DSC_0439

 交差点の看板。「柿𥔎町北」はちゃんと旁が「竒」
 DSC_0420

 しかし、「柿碕町」では、旁は「奇」。この統一性の無さは一体。
 DSC_0418_1

 いくつも見かけたのが、こちらの町内会掲示板。正しい字を使っている。
 DSC_0417

 公民館で、楷書風の「𥔎」を発見(字南屋敷68)。
 DSC_0433

 手書きの「𥔎」(字南屋敷59-1)
 DSC_0428

 公民館の近くにある、町内地図。これは「碕」表記。
 DSC_0429

 町内に三箇所ある遊園。内二箇所には、小字名が冠せられる。
 DSC_0423
 動物遊具が多い。

 児童遊園の近くにあった防災倉庫も「𥔎」表記
 DSC_0421

 しかし、隣の碑の裏面には、普通の「碕」が彫られていた。
 DSC_0422

 小地名探しは電柱番号札と自販機に注目するのが鉄則。
 一つ目はテプラによる住所表示。「𥔎」が出せないのか「柿さき町」表記
 DSC_0416

 二つ目は手書きによる住所表示。あれ、普通の「碕」だ。
 DSC_0425

 民家のポスト等に書かれている住所を撮影するのは気が引けたので写真は無いが、しっかり「𥔎」で書かれているのを2箇所見つけた。普通の「碕」の数には注目していなかったが、1箇所はあったのを覚えている。町内会とか自治体が設置しているっぽい看板類では、ちゃんと「𥔎」を使っているが、まあ現地の人は特に意識せず好きな方を書いている気がする。

 また、「柿崎」表記も一定数見受けられた。まず、電柱番号札の支線名がそうである。
 DSC_0414

 「建具の鈴木」さんは堂々と「柿崎町」表記。
 DSC_0440

 公民館の近くに祠のようなものがあり、格子扉の中に石塔があった。字ばっかに気を取られ、なんだったかよく覚えていない。こういうところが自分はダメである。
 DSC_0435
 判読しがたいが、「大字柿崎」と見える。旁が「奇」か「竒」かは分からないが、山偏なのは確かだ。もともと「柿崎」であったことの証左であろう。
 DSC_0435_1
 こんな感じかな?雑だね。

 取りあえず町内を40分ほど歩き回って得られたのは以上であった。
 氏社である和志取神社も訪ねてみたが、とくに収穫は無かった。


町歩きの感想
 宇頭駅から和志取神社にかけては住宅地が広がり、東北西を田んぼに囲まれた場所だった。近くには東海道も通っているし、そんなに不便ということはなさそうである。
 愛知県といえば何と言っても小字の多さ。由来を考えながら歩くのが楽しい。字下リ坂は本当に下り坂だったし、字向ヒは岡崎市(旧岡崎藩領の小針村)に面しているといったように、そのまんまのものも多い。ここもいずれ住居表示化されてしまうのだろうか。そうなるとちょっとつまらないなあ。今尾恵介氏も主張していたが、どこどこがn丁目っていうのは管理しやすいんだろうけど、住民にとっては覚えづらくないか。


脚注

[1] 和志取神社は、宇頭駅南側の岡崎市西本郷町にも鎮座しており、両者の間で本家争いがあったらしい。実際には岡崎市にある方が有力か。

[2] 似た例として、兵庫県加東市(旧東条町)の掎鹿谷(はしかだに)がある。「掎」の字は、正しく(?)は旁が「竒」の「𢰤」らしく、この字が独立してJIS X 0213に追加された。ただ「今昔まっぷ」で古い地形図を見ると、「掎」の他に「椅」字も確認できる。

 昨年の夏休み、自分は某大手出版社の辞書編集部で、某漢和辞書の編集補助のアルバイトをしていた。「編集補助」というと聞こえはよいが、これは実に単純作業で、総画索引や音訓索引と、その対応するページとを照合して、異同がないかどうかをチェックするということを、延延と続けていくというものであった。地獄のような作業と思う人も多いかもしれない。けれど自分にとっては、出版前のゲラ刷りを見て楽しむことができるし、他人と接する必要もないので、楽しんで働くことができた。

 担当者に辞書が発売されたら名前を出してよいと言われた気がするし、名前を出さないとこの先話が進まないので、ここであげてしまおう。その道の人にとってはお馴染みの『全訳漢辞海 第四版』である。

 そのバイトの最中、音訓索引の「シ」の漢字一覧(画数順に並べられている)を見てあることに気が付いた。


「此」
の総画数はとある。
「紫」の総画数は12とある。

「柴」の総画数はとある。


 ・・・これ、おかしくないか?

 此が6画で、木が4画なら、「柴」の画数は普通に考えて10画だろう。

 ・・・なぜ9画なんだ?


 手持ちの電子辞書を取り出して、内蔵の『新漢語林』を調べて見ると、「柴」の総画数は10であった。
 「柴」は木部だが、その部首外画数を、『漢辞海』は5画とし、『新漢語林』は6画としているのである。

 そこで、『漢辞海』で、「此」を構成要素に持つ他の字も見てみると、以下の結果となった。
 呰・・・8画(口+5画)
 眥・・・10画(目+5画)
 訾・・・12画(言+5画)
 雌・・・14画(隹+6画)
 髭・・・15画(髟+5画)

 ここから分かることは何か。

・「此」を構成要素に持つ常用漢字は、「雌」と「紫」だけである。
・『漢辞海』は、「雌」と「紫」のみ、部首外画数(=此の画数)を6画として数えている。

 つまり、『漢辞海』は、常用漢字に含まれる字の場合のみ、「此」を6画として数えているということだ。


 しかし、そこにもまだ疑問は残る。
 「此」常用漢字ではないにもかかわらず、6画とされているのだ。




 この疑問を解決すべく、とりあえずインターネット検索をしてみると、大修館書店の運営する「漢字文化資料館」というウェブサイトのQ&Aに、同様の質問が投稿されていた。

 ある辞典では、「紫」は「糸」の6画、「柴」は「木」の5画となっていました。同じ「此」の数え方が違うのは、どうしてなのですか?
 (上の文字列をクリックすると該当ページが新規タブで開きます)

 「ある辞典」は、十中八九『漢辞海』を指していると思われる。
 その回答は以下の通りである。
「此」の画数は、ふつう、6画として数えます。ところがご指摘のように、辞典によっては、「紫」を「糸」の5画にしたり、「柴」を「木」の5画に数えていたりすることがあります。どうしてこのような現象が生じるのでしょうか。
 後で検証するように、部首外画数としての「此」を5画とする辞書もかなり多く、決して少数派とはいえない。

原因は、『康熙字典(こうきじてん)』にあります。18世紀の初めに中国で作られたこの漢字辞書は、現在に至るまで、漢和辞典の規範とされています。しかし、そこが神ならぬ人の子の悲しいところ、この偉大な辞書にも、間違いというものがあるのです。
『康熙字典』では、「紫」を「木」の5画、「柴」を「木」の5画と数えています。しかし、「此」は「止」の2画で数えていて、「止」は4画で数えていますから、「此」は6画でなければならず、明らかに矛盾です。そしてこの矛盾は、そのまま現代日本の漢和辞典にまで引き継がれていることがあるのです。
 大修館書店は、「此」が止2画(以下、甲部の部首外画数が乙画の漢字を甲乙画と記す)とするからには、「止」の総画数が4画である以上、「此」の総画数は6画でなければならない。にもかかわらず「紫」や「柴」の部首外画数を5画としているのは、矛盾であり間違いであると断じている。思い切りがよい。
 最初に読んだときはその通りだと納得したのだが、いろいろ調べてみると、少しツッコミを入れたい箇所がでてきた。それについては後述することにして、ひとまず先に進める。

それでも、両者とも『康熙字典』の画数に従っているとすれば、それはそれでスジが通らないでもありません。しかし、ご質問のように、「紫」では「此」を6画、「柴」では5画に数えている辞典があるとすれば、それはそれは、さらに困った問題だといえるでしょう。
 これに関しては、自分も同意見である。『漢辞海』の両字の「此」の活字字形はほぼ同一であり、一体どこに画数差があるのか、学習者は混乱しかねないと思う。

私自身は、そのような辞典を見たことはありませんが、そんな事態を引き起こした理由は、おそらく、「紫」は常用漢字なのに「柴」は常用漢字ではないことにあるのではないでしょうか。
現代日本の漢和辞典の世界では、常用漢字については『康熙字典』の権威よりも「常用漢字表」の権威の方が優先します。そこで、「紫」は『康熙字典』の呪縛から解放される可能性もあるわけですが、常用漢字でない「柴」の方は、その可能性は低いのです。実際問題としては、「常用漢字表」は画数を明示してはいないのですが、「紫」の場合は常用漢字だから画数をきちんと数え直し、「柴」の場合は『康熙字典』に盲目的に従った、ということはありえないわけではありません。
 たしかに、現代の漢和辞典はたいてい常用漢字をなどで色分けしており、親字の下に常用音訓を示している。常用訓には、例えば埼玉県という固有名詞に限って用いることで新たに追加された常用漢字「埼」の訓読みを「さい」としているなど、辞書編纂者側からしたら「これはちょっと・・・」と言いたくなるようなものも、律儀に載せているものが多い。
 「常用漢字表」の権威というものは、あるにはあるのだろう(言うまでもなく、常用漢字自体はあくまで「目安」なのだが)。

 以上の説明から、大修館書店は、「此」を5画で数えるというのは考えられない・有り得ないという立場を取っていることが分かる。まず『康熙字典』が間違いを犯し、それに盲目的に従っている他社の辞書がある。そして「常用漢字」と『康熙字典』のダブルスタンダートが、「紫」と「柴」の部首外画数の違いを生んでしまったのだと、こういうわけだ。

 もし、このQ&Aが角川書店の運営だとしたら、きっと答えは違っていただろう。




 では、まず、件の『康熙字典』を確認してみよう。
 同文書局版が見られる「康熙字典網上版」から画像を拝借した。

http://www.kangxizidian.com/kangxi/0574.gif

 確かに、「此」は止部の部首外画数2画として掲げられている(の次の字)。

 次に、問題の「柴」と「紫」を見てみる。



http://www.kangxizidian.com/kangxi/0919.gif

 確かに、どちらも部首外画数は5画であり、「此」を5画で数えているということになる。




 先ほど、大修館書店の回答に対して「少しツッコミを入れたい箇所」があると記した。それは、「紫」や「柴」の部首外画数を5画とすることの原因を、『康熙字典』とした箇所である。
 
 『康熙字典』こそが現在の漢和辞典の基準、規範となったということはよく言われる。確かにその側面は大きいだろう。この「基準」の例には、「一」ではじまり「龠」で終わる214の部首(いわゆる康煕部首)が、現在の漢和辞典で広く用いられていることなどが挙げられる。
 ただ、漢字の部首を筆画の少ないものから多いものへと並べ、さらにそれぞれの部内の漢字すべてを筆画数に従って配列するという、今日では当たり前の配列法は、明末の字書『字彙』に端を発するのである(※同じ部首内において画数順に配列したのは金代の『四声篇海』が最初であったが、徹底はされていなかった。このあたりの話は岩波新書から出ている大島正二『漢字と中国人』が詳しい)。
 
 『康熙字典』の性格については、よく歴代字書の総括集と言われるが、『漢字百科大事典』によれば、「『字彙』の欠を補い、『正字通』の繁を刪するために編集された」という側面が大きいようだ。『康熙字典』に見られる「検字」(=部首が同定しにくく見つけにくい漢字をリスト化したもの)や、「辨似」(=形が似ているが異なる漢字群をリスト化したもの)といった附録は、まさに『字彙』にあったものを踏襲したということだろう。




 というわけで、続いて確認するのが『字彙』である。

 使用させていただくのは、「国立国会図書館デジタルコレクション」で公開されている鹿角山房藏版(和刻本)である。「江戸刊」とあり、正確な年代は分からないようだ。画像を載っけるのはめんどくさいので、対応するページのリンクを貼ることにする。


 まず、「此」に関しては、部首外画数が「二・三画」とされているのが分かる。
 参照:http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2560026/74

 そして、「柴」も「紫」も、やはり部首外画数は「五画」である。
 参照:
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2560026/33 

 『康熙字典』と完全に一致している。

 つまりこの部分において、『康熙字典』は『字彙』をそのまま踏襲したのであり、『康熙字典』が間違いを犯したとするのは不適切と言えるであろう。




 字書はひとまず置いといて、ここで他の漢和辞典を見てみよう。

 『角川大字源』の止部の部首解説(p.949)には、以下のように書かれている。
これを部首にして、足の動作に関する意を表す文字ができる。偏になると「tome」の形になり、通常三画に数える。

 『角川大字源』は、そもそも「此」を部首外画数2画の5画で数えている。その理由は、上にあるように「とめへん」を3画とするからだ。歭や
㱕といった「とめへん」の漢字も3画で数えるばかりか、次の画像のようにその点を強調した活字となっている。

 tomehen


 この解釈に基づけば、先ほどの質問には、「旧来の字書では「止」の偏の形を3画で数えた。よって「此」という字の総画数も5画とされていた。その漢和辞典は常用漢字に関しては「此」を6画で数えなおしているのではないか」と簡明に答えることができる。字形の変化を考慮せずに、「
『此』は『止』の2画で数えていて、『止』は4画で数えていますから、『此』は6画でなければならず」という単純な足し算で矛盾を指摘している大修館書店の方こそ、「間違い」を犯しているといえるだろう。

 早速この説を検証してみよう。

 『字彙』や『康熙字典』には、その字の総画数は載っていない(※この時点で「検字」を指摘したくなる方もいらっしゃると思うが、後ほど触れるのでご辛抱頂きたい)。判るのはあくまで「部首外画数だけである。そのため、「とめへん」が3画で数えられているかどうかは、止部の親字からでは判断できない
 ということは、部首が「止」以外で、かつ、「とめへん」が含まれる漢字があれば、検証が可能である。まあ、それがまさしく「柴」や「紫」なわけであり、これらの部首外画数が5画であることと矛盾しないのだが、「此」を構成要素とする漢字以外でも成り立っていることを示せば、より客観性を持って立証できるだろう。

 しかし、実際「此」ほどの好例は見つからなかった。とりあえず「とめへん」っぽい部分を含むを、構成要素に含む漢字を見てることにする。

 『康熙字典』文7画/『字彙』文7・8画(おそらく7画)
 『康熙字典』石8画/『字彙』石8画
 『康熙字典』貝8画/『字彙』貝8画
 
『康熙字典』貝12画/『字彙』貝12画
 『康熙字典』虍9画/『字彙』虍9画
 『康熙字典』鳥7画/『字彙』鳥7画

 「武」を構成要素に含む字全てを調べたわけではないが、これらを概観すると、「武」をとする字の場合は8画、とする字の場合は7画として数えられているようである。「斌」が文7画なのは、「贇」が貝12画であることを考えると、誤謬なのではないか。
 ・・・という推論をしたところで
を調べて見たところ、『康熙字典』・『字彙』ともに玉7画であった。こうなってしまうと、もうわからない。当時「武」は7画にも8画にも書かれていたため、どっちの画数でも数えられて、結果として統一感が無くなってしまったのではないか。そもそも「武」の中が「とめへん」なのかも怪しいけれど。
 とりあえず、画数に関して『康熙字典』はほとんど『字彙』を丸パクリしたっぽいことがうかがえよう。


 他の字も調べて見よう。

 
『康熙字典』夊16画/『字彙』夊10~画 →「止」は4画
 『康熙字典』山18画/『字彙』山18画 →「止」は3画
 『康熙字典』山17画/『字彙』山17画 →「止」は3画
 『康熙字典』艸12画/『字彙』艸12画 →「止」はすべて4画
 
『康熙字典』水12画/『字彙』水12画 →「止」はすべて4画
 『康熙字典』水12画/『字彙』水12画 →「止」がどちらも3画?

 ・・・ゴチャゴチャである。旁になると同じ漢字の画数が減ったりするのである。結局のところ「とめへん」は3画でも4画でも書かれたのだろう。いや、『五体字類』や拓本文字データベースを見れば、「とめへん」に限らず、「止」という漢字自体が3画でも4画でも書かれていた事が分かる(「心」の左の点を無くしたような形も多い)。

 ついでながら手書きの字体の話をしてしまうと、そもそも「此」という字はほとんどの場合、次のような4画目と5画目が一本でつながったような形で書かれた。この字体は、江戸時代に作られた庚申塔やら道祖神やらに掘られた文字を見れば、現在でもすぐに見つけることができるだろう。
 
 書法_此
 (書法字典より)

 唐代の代表的な字様書である『干禄字書』では、この形の「此」や、先述した[心-ノ]のような字形の「止」は正体ではなく通体とされている。なお、ここでいう「正体」は、主に字源や篆書の字形(『説文解字』に示された小篆等)を根拠として楷書化した規範的な字体で、科挙の答案や石碑などに用いるべき字体であるのに対し、「通体」は長い間習慣的に書かれてきた字体で、上奏文や報告書、手紙、判決文に用いてもよい字体とされている。

 通体は、篆書→隷書→楷書という流れの中でより書きやすい形へと変化したものが多く、当然日本でも手書きの楷書として多く書かれてきた。一方、字書では規範的な正体を親字とするものが多いので、「辞書に載っている文字」と「みんなが書いている文字」との間にはある種の位相差があることに注意しなければならないだろう。


 話がそれてしまった。今は「とめへん」が3画に数えられたかどうかの話である。確かに「此」という字の「とめへん」は『字彙』『康熙字典』ともに3画で数えているようだが、ほかの「とめへん」を含む字では、3画だったり4画だったりまちまちである。
 よって、この二つの字書を見る限りでは、「偏になると、通常三画に数える」と断言はできないだろう。もっとも、『角川大字源』がこのように記すのには、他に根拠があるのかもしれないが、ともかく実際に書く場面では、3画目と4画目を離して書いてもつなげて書いてもどっちでもよかったというのが実情であろう。上の「此」の通体の画像でも、「止」部分を3画で書いた字、4画で書いた字がどちらも見受けられる。




 大修館書店の回答では、「止」は画数が4画である(これは部首も画数順に並べられているので明らかである)のだから、部首外画数が2画の止部の字である「此」は6画でなければおかしいという指摘をしていた。「紫」「柴」といった字で、部首外画数が5画に数えられているのは、間違いであると述べる。

 一方、『角川大字源』は、「とめへん」は通常3画で数えるため、「此」の総画数を5画としている。この辞典の凡例には次のような記述がある。
『康熙字典』における不合理な部首(または画数)分類による漢字は、検索の便宜を損なわない程度に、その所属部首(または画数)を改め、変更した。
 実際、「珷」も「賦」も部首外画数を全て8画で数えているし、「澁」は水11画、「澀」は水13画に改めるなど、それぞれ画数を数え直して統一していることが分かる。


 さて、長々と記してきたが、ようやく最初に提起した疑問に迫る。『漢辞海』は、常用漢字に含まれる「紫」は糸6画で数えるが、常用漢字外の「柴」、「呰」、「眥」といった字はその部首外画数を5画で数えている。しかし、常用漢字でないはずの「此」の総画数を6画とするのである。これは不合理である。「偏になると1画減る」なら分かるが、「声符になると1画減る」というのは無理があろう。

 先ほど『字彙』や『康熙字典』には総画数が載っていないということを記した。しかし、例外的に総画数の記された漢字群もある。それは、冒頭部分にある「検字」である。
 「検字」とは、訓読すれば「字を検(しら)べる」となることから推測できるように、目当ての漢字がどのページに載っているかを教えてくれるものである。現在の漢和辞典でいう総画索引である。
 ただ、例えば読み方の分からない木偏の漢字を調べる際に、わざわざ総画索引を見るだろうか。普通は直接、木部のページを開いてから画数を数えて探していくだろう。しかし、一体どこが部首なのか分からない、迷ってしまう漢字もたくさんある。そのような漢字に関して、総画数の順で並べ、ここの部首のページに載っていますよと示したのが「検字」である。

 そもそも、『字彙』という字書の画期的な点は、「部首」の役割・存在意義を、『説文解字』以来の「字の元を示すもの」から、「検索の際の便利ツール」に変容させたところである。例えば、「賊」という字は「戈」という意符に「則」という声符を組み合わせた形声文字であるため、『説文解字』では戈部に入れられるが、見た目は貝偏なので『字彙』では貝部に入れている。もちろん「字の元を示す」という役割も完全に捨てたわけではない。「問」「聞」「悶」といった漢字は、『字彙』でも『康熙字典』でもそれぞれ口部、耳部、心部に入れてあり、現在の日本の漢和辞典も大きくはこれを引き継いでいる。だから漢検とかの部首を問う問題ってあんま意味ないと思うんだけどなあ・・・

 「此」という字も、止部か匕部か紛らわしいので「検字」に掲出されている。参考までに『説文解字』は「此」という字を「从止从匕」すなわち「止」と「匕」からなる会意文字と解し、此部の部首としている。

 さて『字彙』の「検字」を見ると、「此」は総画数のところにある。
 
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2560021/48
 左ページ一行目に、「正此 止部」とある。

 一方、『康熙字典』を見ると・・・
 http://www.kangxizidian.com/kangxi/0052.gif

 左から五行目に「此」が見える。総画数が六画となっているのだ。『字彙』より1画多いのだ。


 『康熙字典』本文では、部首外画数や順番が『字彙』とほとんど一致していたのに対し、「検字」では相当加筆修正が施されている。「柴」「眥」といった字の総画数を5画としながら、「此」の総画数を6画とする漢和辞典は、結局のところ、『康熙字典』の「検字」の総画数をそのまま引き継いだのではないだろうか
 もしそうだとすると、大修館書店の回答にあった「『康熙字典』に盲目的に従った」という記述は、指し示している内容は違えど、当たっているのかもしれない・・・。

 そして、『康熙字典』と『字彙』で総画数が違うという事実こそ、当時「止」は3画でも4画でも自由に書かれていたということを如実に物語っているのではないだろうか。




 というか。
 別に「当時」に限らず、現在の日本であっても、「此」という字の「止」を3画で書こうが4画で書こうが問題ないはずだ。常用漢字である「紫」や「雌」という字だって、そうである。

 そもそも常用漢字表は、字種と常用音訓を定めただけであり、それぞれの字形や画数まで細かく指定していない。にもかかわらず、「とめはね」といった字形の細部を厳しくチェックし、独自の判断で正誤を決めつける人々が多くいたことで、さまざまな問題が発生してしまったので、昨年文化庁から「
常用漢字表の字体・字形に関する指針」が報告されたのである。
 その指針に附されたQ&Aでは、「漢字の正誤をどう判断するか」という問いに対し、次のように回答している。
骨組みが過不足なく読み取れ,その文字であると判別できれば,誤りとはしません

 たしかに「止」を[心-ノ]のように書いたり、「此」を先の書法字典に見られる画像のように書いたりするのは、「止」や「此」とは骨組みが異なってしまい、現行の通用字体とは異なる「書写体」(異体字)になってしまうから、学校のテストでバツを付けられても文句は言えないだろう。
 しかし、「紫」や「雌」の「此」を、3画とめへんで書いたところで、骨組みに違いはない。誤りにはできない、というのが、文化庁の考え方であるように思う。

 実際、自分が小学生の時に使っていた小学館の『例解学習漢字辞典 第五版ワイド版』では、「紫」は糸5画、「雌」は隹5画と記されている。まあ、「雌」の「なりたち欄」に書かれている手書きの「此」はどうみても6画というツッコミもあるのだが・・・。
 mesu



 最後に、日本の主な漢和辞典における「此」の画数の扱いを、表にしてまとめてみた。辞典によってかなりばらつきがあることがうかがえよう。

辞典名
『漢辞海』 止2画(6) 糸6画(12) 木5画(9) 口5画(8) 言5画(12)
『角川大字源』 止2画(5) 糸6画(12) 木5画(9) 口5画(8) 言5画(12)
『新選漢和辞典』 止2画(6) 糸6画(12) 木6画(10) 口5画(8) 言5画(12)
『新漢語林』 止2画(6) 糸6画(12) 木6画(10) 口6画(9) 言6画(13)
『角川新字源』 止2画(5) 糸5画(11) 木5画(9) 口5画(8) 言5画(12)

 その他、『新潮日本語漢字辞典』や『学研新漢和大字典』、『改訂漢字源』は新漢語林タイプ、『大漢和辞典』や『平凡社字通』は角川新字源タイプで、「此」の画数を6画か5画に揃えた辞典が多かった。
 少し面白かったのが、『角川漢和中辞典』で、「此」の親字を見ると止2画(5)で総画数は5画であるのにもかかわらず、総画索引では「此」が6画になっていたのだ。ある意味、『康熙字典』にもっとも忠実といえるかもしれない。

このブログで紹介した珍字リスト(康煕部首順)
ほんの少し触れただけの字も載せてしまっています。ただし全く解説がないものは省きました。
『小野篁歌字尽』の字も省きました。

,𠄏,,,,𫝌,𪞵,,,,,𠷥,𠻝,,,𫝝,,,,,𡈽,,,,𡝤,,,𡱖,,𡱥,𡲚,𡲰,𡳞,,𫝷,,,𢓸,𢔎,𫝹,𢙢,,,,,𫞂,,,,𫞏,,,𣜌,,,,,,,𫞤,,,𪟧,,,,,𥓓,,𫞹,,,,𥶡,粿,,𫃎,,,𦂳,,𦃂,,𫟈,,,,𦜛,,,,𦨞,,,,,,,,,𫈴,,,,,,𧗷,,,,,,,,,,,𫟯,,,,,,𩵚,,,,

の字は「見つけた漢字たち(7・8・9月編)」参照
水色の字は「稀少地名漢字探索+α[かんたん編]」参照
ピンクの字は「性器を表す漢字」参照
オレンジの字は「漢検一級の出題漢字、形式が一部変更!」参照

その他は直接リンク貼ってあります。

コンビニ業界の寡占化が激しい。


周知のとおり、今年の9月1日に、ファミリーマートとユニーグループ・ホールディングスが経営統合した。これにより、
2018年までに全国にあるサークルK・サンクスが全てファミリーマートになってしまうという

この陰に隠れているが、ファミマは昨年12月に東海地方に多くの店を構えるココストアも吸収合併しており、
九州に多いココストア系のコンビニ、エブリワンも含め、今年の8月末までに多くのココストアがファミリーマートに変わってしまっているらしい

kanasii
かなしい。

そういえば自分が中学1年のときに、江古田駅の前のampmもファミマになってしまったなあ。


一方のローソンは、横浜を地盤とするスリーエフと、昨年8月から提携交渉をはじめ、今年の4月に合意達成。
9月には和光市、川口市、白井市、船橋市にローソン・スリーエフ」がオープンした。
基本的なスタイルはローソンと同じだが、スリーエフで人気のチルド弁当や焼き鳥、デザートなど約30品目を並べているらしい。

また、広島を地盤とするポプラとも、一昨年12月に資本業務提携を開始。
昨年、鳥取市と米子市にローソン・ポプラ」がオープンしている。
こちらも基本的なスタイルはローソンと同じだが、ポプ弁(店員が炊いたご飯をその場でよそうポプラの弁当)を置いているらしい。

しかし、このやり方では、ユニーとの統合で2位に躍り出たファミマを追い抜き返すことはできない。そんななかローソンは三菱商事の子会社になることが決まり、海外経営を進めていく方針を示したようだ。




コンビニ界はセブン、ファミマ、ローソンの三社鼎立の時代に突入するのか。












日本経済新聞9月24日朝刊ミニストップ79%減益、今期最終、競争激化で下方修正。














コンビニ界はセブン、ファミマ、ローソンの三社鼎立の時代に突入するのか。












廃線になりそうな鉄道を乗り潰しに行く人たちがいる。
同じように、そのうち無くなってしまいそうなコンビニには、今行っておくべきなのかもしれない。

そんなわけで、

自宅から20kmぐらいの場所のマイナーコンビニを調べ上げ、自転車で買い物に行ってきました



サークルK
小平花小金井二丁目店
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青梅街道沿いにあるサークルK
東京だと、サンクスよりは見かける機会が少ないと思う。
ベトナムのハノイではしょっちゅう見かけたけど。

ポイント 楽天ポイント
ATM banktime
PB商品 Style One
スイーツはCherie Dolce

Style Oneは正確には、ユニー、フジ、イズミヤのプライベートブランドなので、統合後もピアゴなどで買うことができる。
Cherie Dolce(シェリエドルチェ)はサークルKサンクスの自社ブランドなので、近いうちに食べられなくなるかも。

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ふわふわダブルクリームサンド(ホイップ&カスタード)

甘い。ひたすら甘い。美味しいけど、美味しいんだけど、甘い。溜まる。一日に二個は食べられない。



スリーエフ
武蔵野八幡町店
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現在東京には146店舗、全国で539店舗しかないスリーエフ
武蔵野大学の近くで息をしていた。

ポイント Tポイント
ATM e-net
PB商品 F STYLE

写真では、「スリーエフのチルド弁当」というバナーが目立つ。
チルド弁当とは、5~10℃の低温で製造から販売を行う弁当で、消費期限を延ばすことができるというメリットが大きい。
2009年にセブンイレブンが公正取引委員会から排除措置命令を受けた後に見られるようになったこともあって、「チルド弁当といえばセブン」みたいなイメージが自分の中にあったが、
実際、チルド弁当の開発に古くから取り組んでいたのはスリーエフなのだ

日経流通新聞によれば、スリーエフは1995年4月からチルド弁当の実験販売を行い、2002年から全店舗で売り出し始めたという。
そのほかにも、2009年以前に、ミニストップ、サンクス、am/pmといった「中堅」コンビニが発売しているが、大手コンビニはこの導入になぜか慎重であったようだ。


そんなわけで、買ったのは、チルド弁当

ではなく、プライベートブランドF STYLEの新商品
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伝わり辛いが美味しい高菜明太ぱん

接尾語としての「つらい」を「辛い」と表記するのは一般的じゃないと思う。
勝手な想像だけど、多分ここを巡って話し合いとかあったね。
「高菜明太は辛(から)いものだから、敢えてここを漢字にした方がちょっとシャレみたいになるし、買い物客の目にとまりやすいのではないか」
みたいな。

味は、なんか想像通りのおいしさだった。結構具はどっさりで食べ応えがあった。
ピリッと辛味の効いた高菜炒めを明太マヨで和えて包んだって感じだった。



コミュニティストア
田無いせよし店
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ちょっとスリーエフに似ている見た目
サークルK、スリーエフとは違い、人が全然いない。自動ドアも開きっぱなし。
第1・第3火曜日が定休日で、営業時間は7時~22時30分。コンビニだからといって24時間いつでもやってるわけではない。

商品は、他店と比べて少し安い印象。洗剤とか生活用品が豊富?
コピー機やATMは無かった。

ここでは普通にお茶を買った。



ポプラ
朝霞ミリオン店
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…!!!
閉店してる!!

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ポプ弁食べたかったのに…。

これが、中堅コンビニの現実。
たしか9月6日頃にはネット上で生存確認をしたけど、
その3週間後(訪れた日)には、潰れているのだ。



デイリーヤマザキ
ひばりヶ丘北口店
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自分の中の「ザ・中堅コンビニ」
自分が知ってるのは、ここの他には神泉駅の中にある店と、大月駅出てすぐにある店だけだ。

デイリーヤマザキの売りといえばDailyHot
店内では「カレーパン焼き上がりました~」という声が響いていた。
棚に売られているコンビニパンは、全部山崎パンだった。

もう一つ特徴的だったのが、葉巻が売っていた
葉巻を売っているコンビニというのは、ツイート検索すれば結構ヒットするが、まとまった情報はネットでもあまり見つからない。

ポイント なし
ATM e-net
PB商品 お菓子は「良味100選」
(山崎製パンのブランド)


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喉が渇いたので、「なごみ果実 りんご」を買った。
スッキリとした後味。もっと濁ってた方が美味しいのに。



スリーエイト
鶴瀬店
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ついに、本物の「マイナーコンビニ」が登場
隣がセブンイレブンという過酷な状況
平日の昼という理由もあろうが、店には自分以外誰一人いない。店員もおばさん一人。
一方、おとなりのコンビニには車が4~5台

見た目はコンビニだけど、中はお酒が多い。
それもそのはず、コンビニ図鑑というウェブページには、以下のような記述がある。
関東地方南部を中心に展開。元々は、1980年代前半に首都圏の元セブン-イレブンFC店のオーナーたちの主導で設立された地場コンビニチェーン。設立当初の加盟店は、セブン-イレブンの極めて強力な本部指導の方式による加盟店側の自由度・裁量が全く無いシステムや、ロイヤリティーの過酷さに不満を持って脱退した、酒小売店転換型の元セブン-イレブンFC店が中心であった。この為、当初からセブン-イレブンをある意味では反面教師とした形で本部運営・FC店舗経営の為のシステムが作られており、2003年に店舗運営の考え方やシステムが比較的似ているポプラに半ば合流する形で買収された。この様な背景から、スリーエイトについては、形通りのコンビニエンスストアというよりは、「コンビニ向け商品も取り扱う酒小売店」という雰囲気を持つ店舗が多い。

あと特筆すべき事としては、コピーが5円だった。
ローソンストア100にも5円コピー機が置いてあるけど、あれ作動が遅いんだよね。

ポイント 楽天カード
ATM なし
PB商品 なしか


というわけで、購入したのは、ポプラのおにぎり

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普通においしい。
「普通においしい」という表現をひどく嫌う人がいるけど、自分はこの味を「普通に」としか表現できない。。。
具がピリ辛高菜の、コンビニのおにぎりを想像してください。
その味です。



セイコーマート
やまだ店
DSC_0602

2016年の顧客満足度ランキングで、コンビニ部門一位になったことでも知られる、道民の誇り、セイコーマート
実は北海道以外に、埼玉県、茨城県でも展開していることは、知られてたり知られてなかったりする。

「やまだ店」という名前だが、この店の住所は埼玉県入間郡三芳町竹間沢
埼玉のセイコーマートは他にも「まちだ店」(上尾市畔吉)、「おおの店」(熊谷市石原)、「はしもと店」(吉川市中野)といった地名とは異なる店名が多い。
オーナーの名字を冠しているのだろうか。


店内に入ると、…さすがはセイコーマート
そのへんのコンビニやスーパーとはラインナップが全然ちがう。
見たこともきいたことも無いような商品が多くある。

例えば、「しおA字フライ
「坂ビスケット」と呼ばれるビスケット類の一種で、道民のソールフードらしい。
このブログに取り上げられている。

他にも
・イトーパン
・梶谷食品のコンガリサクサク
など
…これらは北海道のものではないらしいが


ポイント クラブカード
ATM e-net
PB商品 secoma


セイコーマートといえば、やっぱりアイスでしょ!
DSC_0603

北海道メロンソフト

・・・いや、これはうまいわ。本当に美味しい。
自転車で10kmぐらい漕いできた後だからってのもあるかもしれないけど、
そのへんで買えるソフトクリームとは違う。すごく濃厚。
家から片道1時間掛かるけど、また買いにいくのもアリ。それぐらい美味しかった。

他にも珍しいsecomaブランドの商品がたくさんあるもんだからつい衝動買い。
DSC_0618


地元密着型って感じで、とてもいいコンビニだった。



セーブオン
川越脇田本町店
DSC_0610

群馬を拠点に、新潟、栃木、埼玉、千葉にも店を構える、安さが自慢のセーブオン
こちらは川越駅前の三井生命のビルの一階に入っており、店舗内には「からあげ 縁」と「世界で二番目においしいメロンパンアイス」もある。イートインコーナーもあり賑わっていた。

セーブオンはかつて富山、長野、山形、福島、茨城にも進出していたが、近年これらの県から撤退し、一部はローソンに切り替わっている。
今年八月、免許合宿の宿泊先であった山形県南陽市赤湯の地図にSAVE ONが書かれていたため、意気揚々と向かったらLAWS ONに替わっていたことが記憶に久しい。


まず入って思ったのが、一般の商品はそんなに安くない。ガリガリ君は75円もするし、お茶も151円で普通のコンビニの値段。
しかし、商品をくまなく見てみると見慣れない値段のものをいくつか見つけた。たとえば、
そばやうどんが1玉41円だったり。
48円均一のアイスコーナーがあって、一回り小さいサイズのクッキーサンドアイスやバニラモナカが売られていたり。
この価格帯のアイスはとてもいいと思う。
普通のコンビニで一番安いアイスって大抵ガリガリ君だけど、身体がガリガリ君を求めていない時って結構あるし。
近所にセーブオンできないかな。新座あたりにできてくれれば買いに行くけど…。


そしてもう一つ思ったのが、

ぐんまちゃん関連の商品が多い!

ぐんまちゃんヌードル、ぐんまちゃん焼きそばとか…いろんな商品を見かけた。何があったか忘れちゃったけど。
実はとてもお腹が空いてたから、からあげ丼を食べてお茶を買ったら手持ちが無くなっちゃって、そのままろくに調査せずに帰ってしまって。
とにかく、ぐんまちゃん関連の商品を4、5種類は見たはずだ。

ポイント なし
ATM e-net
PB商品 SAVEMATE
お菓子はSnackOn
スイーツはSweetsOn

で、こちらがその買ったお茶
DSC_0612

ちょっと変わった味だった。
緑茶は緑茶なんだけど、風味としては紅茶に近い感じ。
薄味っていうわけでもないけど…スッキリしてる。





まとめることもないけどまとめ
セーブオンとセイコーマートはしっかりとした「差別化」ポイントがあったけど、他のコンビニからはそんなに感じなかったので、確かにこのままだと大手三社に飲み込まれるのは時間の問題かもしれない。
⑤のデイリーヤマザキは、バスロータリーの隣という好立地により平日の昼前からたくさんの客でにぎわっていたけど、他のコンビニは客の絶対数で大手三社に負けているような印象があった。
まあ、大手コンビニのFC経営は本部の介入が大きいのに対して、コミュニティストアとかはその辺が緩いらしいし、存続するかどうかにはいろんな要素が関わってくるだろうけど。

調べて見たら、まだまだ自転車で行ける範囲にマイナーコンビニがあったので、
また更新するかもしれない。

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