「近いうちに」であれば、もうあと数ヶ月の命と思われる民主党政権。
 この期に及んで何故、内閣改造をするのかがわからない。野田首相は「政府与党の連携を一層深め、内閣の機能を強化する。」と力説していたが、言葉遊びに聞こえてしまうのは私だけであろうか。「この顔ぶれで危機を打開できるのか」は10/2日経新聞の社説見出しである。
 少子化担当相は3年で10回、拉致被害担当相は3年で9回の交代である。
 松原拉致被害担当相は、そのエネルギッシュな活動で被害者家族から信頼を受けていたが、思いもよらない人事に憮然として退任の弁を語っていた。後任が結果を出すとも思えない。
 安住財務大臣は、就任当初サプライズであったが、かなり勉強してソツのない答弁をしていた。為替介入の数と量は過去最高であり、このまま、強気の姿勢を見たかった。
 何故、何故、今、内閣改造なのか?

 国民の政治への信頼、安定した政治は国民の望むところである。こんなことにすら配慮できない野田首相、最後に来て失望した。

 一方で、自民党は確かに次回の総選挙で勝ちもしようが、安倍総裁、石破幹事長のタカ派コンビも気にかかるところである。中国からのちょっかいに敏感に反応する気がする。その結果、日中のナショナリズムを煽り、暴動、中国からの投資の引き上げ、投資の抑制など日中経済をさらに負のスパイラルへと落とし込む危険性を持ち合わせている。

 石原慎太郎都知事が、暴動後の定例記者会見で「中国との権益などどうでもいいじゃないか。」的な発言をしていた。開いた口がふさがらない。明日の仕事を思い煩うこともない、奢れる者の言葉である。
 結果の想像力を持たない、そして国民目線を忘れた指導者にこの国を託せられない。

 最後に託せられるのはあの人だけか。
「勇ましいだけがリーダーではない。」と言ったあの人である。
 大阪市長選時、街角の取材で、大阪市民が、「もし、彼を失えば、10数年間、あのような人物は出てこないだろう」と言っていた言葉が印象的であった。