February 05, 2007

ボールPARK??

89ers今日は89ersの試合を見てきた。89ersとは昨年設立されたバスケットボールのプロリーグ、"bjリーグ"、に属する仙台に本拠地を置くチームである。今シーズンはこれで二度目となる観戦だったのだが、なんといっても楽しい。NBAに比べるとレベルは雲泥の差なのだが、雰囲気が楽しい。去年も観に行ったけど、更に楽しさに磨きをかけている気がする。いつもひとりで観に行ってるのだが、なんかひとりでも踊りたくなるぐらい楽しい。

何がそんなに楽しいのかというと、なんとも演出の良さである。
仙台市体育館で開催されるゲームだが、体育館の外では、ゲームが行われるの??と思われるくらい催しものが開かれていない。しかし、いったん体育館に入るとなんともノリのいい音楽が流れていたり、DJのお兄ちゃんが場を盛り上げてくれる。ファンもみんなチームカラーの黄色い手ぬぐいやユニフォームを着てノッている。試合の前や合間には”ジンギスカン”が流れて手ぬぐい片手にチアリーダーと一緒に観客が踊りだす。チアリーダーも20代の女性から、10歳前後の子供もいる。観客席まで駆け上ってきて、音頭をとりながら”ブースター”と一緒に踊る。なんとも爽快である。

今日は"Senior Day"と銘打って年配の方をたくさんアリーナに呼ぶプロモーションが開催されていた。内容はチケットが"Buy 1, Get 1 Free"で後は年配向けのイベントが特に開催されたわけではなかった。年配がバスケなんて観に来るわけない!、と思ったぼくがバカだった。アリーナにはなんと年配方の団体が・・・・。70代の方が多数。中には80代の方までも・・・・。びっくりしました。DJのお兄ちゃんもこれにはびっくり。その団体に近寄ってインタビュー。挙句の果てには手ぬぐいのプレゼント。あのおじいちゃん、おばあちゃんはリピーターになるだろうな・・・・。日本のスポーツイベント会場ではあまり見ることのできない、なんとも微笑ましい光景だった。

89ersの試合を観にいくといつも感じるのだが、なんか日本の野球のスタジアムにはないものを感じる。何が違うんだろうと思う。今日それがわかった。週末のイベントということもあるかもしれないが、アリーナにはスーツを着た人がいない。確かにヘッドコーチやアシスタントといったチームスタッフはスーツを着た人はいるんだけど、観客席レベルに行くと、スーツなんて誰も着ていない。そういえばアメリカの”ボールバーク”でも誰もスーツを着ていない。観客はもちろん、選手、監督、セキュリティ、売店の人、チームスタッフも誰も着ていない。強いていえば、アナウンサーぐらいかな。ピッツバーグパイレーツの本拠地PNCパークではカメラマンがパイレーツのユニフォーム着て、背番号の上に"CAMERA PERSON"なんて書いてあってな。

日本では最近、スタジアムのことをボールパークって呼ぶようになってきた。そのボールパークには仕事帰りのスーツを着たサラリーマンの姿がたくさん見られる。しかも球団職員はスーツを身に着け、イヤフォンを耳に、トランシーバーを片手にボールパークの中を忙しそうに駆け回っている。ぼくがプロチームで働いてたときも試合時はスーツを着用するよう命じられた。ネクタイはチームのもので統一されてたからまだよかったけど、スーツを着るのはどうなのかなと思った。

だって、Ball Parkだよ。"PARK"だよ?公園だよ?公園にスーツを着たおじちゃんおばちゃんがたくさんいたらどう思う?公園って子供が遊ぶとこでしょ?休日に家族の時間を楽しむとこでしょ?スーツはないでしょー。ってぼくは思う。
たとえば東京ディズニーランドにスーツを着た人がたくさんいたらどう思うかな?異空間を作り出そうとしてるのに、なんか現実を突きつけられてる感じがしないかな?
ボールパークって言っている以上、やっぱ同じだと思う。

実際問題、プレイボールの時間とか考えると無理だとは思うけど、”ノースーツデー”とか作ってスーツ来たファンは入場拒否するイベントとか作ってみたらおもしろいだろうなー。御堅い方々に拒否されるんだろうなー。  
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January 30, 2007

Fuckin' Bullshit!!!

Season of the Samurai2005年に1シーズンのみ、アメリカの独立リーグ”Golden Baseball League”に日本人選手のみ構成された”Japan Samurai Bears”というチームがあった。
そのチームを1シーズン追ったドキュメンタリー映画がリリースされる。

その名も”Season of the Samurai”

ホームページも作成されているので時間がある方は是非ご覧になってください。
http://www.seasonofthesamurai.com/

この中にある”TRAILER”というとこをクリックするとPVもみることができる。
かなりおもしろそうに出来上がっているので楽しみだ。


さて、話は変わるが、今年4月に初シーズンを迎える北信越独立リーグ。
昨日、プロ野球の関係者と一緒に飲む機会があったのだが、彼らはこのリーグをかなり見下しているように感じた。
プロ野球でさえ観客動員数が減ってきているのに、野球のレベルが低い独立リーグを誰が観に行くんだ、ということである。
確かにそうかもしれない。

日本はどうしても、プロ野球とアマチュア野球(少年野球、高校野球、大学野球、社会人野球)の2種類に分けられてしまう。
”セミプロ”という言葉があるが、ぼくは昔からこの意味がよくわからなかった。漠然と社会人野球のことを指しているのかな、ぐらいにしか考えたことがなかった。

アメリカの野球選手育成のシステムを理解してきたとき、はじめてセミプロの意味がわかった気がする。独立リーグ、マイナーリーグでプレイしている選手達はオンシーズン中は野球をやって安賃金を稼ぎ、オフシーズン中は自分でトレーニングしつつバイトをしてお金を稼いでる。こんな彼らはいつかメジャーに這い上がることを夢に見ながら必死にがんばっている。

日本にもその風潮が入りつつある。正確にいえば、それをマネしようとする人が増えてきた。でも、日本の文化にはまだ受け入れられていない、または理解されていない気がする。色んな面で難題に向かっている。

お金を稼ぐことが目的なのか、プロ野球選手・メジャー選手を輩出することが目的なのか、野球を通じて地元を活性することが目的なのか、まずは一番重点を置く目的を見つけなければいけないと思う。目的を持つことによって、それからその目的をどうやって達成するのかという計画が立てられるだろう。

自分の頭の中があまり整理されていないので、以上とする。
”Season of the Samurai”見てください!!
  
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December 17, 2006

最愛のじいちゃん

同居していたじいちゃん
鉄工所に勤めていたじいちゃん
小さい頃一緒に風呂に入ったじいちゃん
小さい頃一緒に寝たじいちゃん
ばあちゃんと一緒に野球を観に来てくれたじいちゃん
朝早くから愛犬を追いかけてたじいちゃん
ぼくの顔を見るたびに笑顔を見せてくれたじいちゃん
柿の木に登って実を摘むじいちゃん
ばあちゃんとラブラブだったじいちゃん
若い女性にバスでバレンタインチョコをもらったじいちゃん
毎晩夕飯前に小さい缶ビールを飲んでいたじいちゃん
ピーナッツが大好きだったじいちゃん
高校・大学進学を心から喜んでくれたじいちゃん
怒った顔や怒鳴り声を一度も見せなかった温厚なじいちゃん
散歩姿をよく見かけたじいちゃん
メジロが大好きだったじいちゃん
近くの川沿いに勝手に畑を作ってしまったじいちゃん
アメリカ留学を心から心配してくれたじいちゃん
留学前に支援金と一枚の手紙をくれたじいちゃん
ばあちゃんに先に逝かれてしまったじいちゃん
ばあちゃんの墓参りに一緒にいったじいちゃん
親父と肩を並べて野良作業をしているじいちゃん
入退院を繰り返していたじいちゃん
見舞いに行くたびに満面の笑顔を見せてくれたじいちゃん
会うたびに小さくなっていくじいちゃん
最期までぼくに会いたがってくれてたじいちゃん
安らかに眠っている姿が優しそうな顔をしているじいちゃん
遺影に写ったじいちゃん
花に囲まれたじいちゃん

最愛のおじいちゃんの魂が宿った体は火葬された。
でもその魂はまだぼくと繋がっているはず。
本当に温厚で怒った姿なんて見たことない。
最期の最期までぼくの事を心配していてくれてた。

ラブラブだったおばあちゃんが8年前に亡くなった。
やっとばあちゃんと会えるな。
おみやげのうなぎパイはしっかり渡してくれた?
また一緒に風呂に入ってるのかな?

93年間周りの人を幸せにしてくれてありがとう。
おじいちゃんがいなかったらぼくもいなかったよ。
じいちゃんの孫で本当によかった。
また絶対いつか会えるんだよね?
それまでしっかり見守っててな。
じいちゃんの期待に100%応えられるしっかりした
孫じゃないかもしれないけど、ぼくなりにがんばるよ。
安心してて。

大好きだよ、おじいちゃん。
  
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December 07, 2006

変な奴

KG今日はある人について紹介しようと思う。
去年の夏サムライベアーズでプレイしていたKG。縁あって、彼とは今年も同じチームに在籍している。そんな彼、今年でぼくと同じ28歳になったのである。

大阪の高校から、大阪の大学に入学し、大学卒業後は企業チームへの内定をもらっていた。そんな時、彼の人生を狂わす出来事が起こったのだ。内定が決まっていた企業の野球部が廃部となってしまったのだ。路頭に迷った挙句、野球ができないのであればということで彼はその企業への入社を断念したのである。卒業後は母校のコーチを勤めつつ、自らクラブチームで野球をやり続けた。結果は出したが、プロや企業チームから声がかかることはなかった。

そんなある日、ひとつの企業チームからやっと声がかかった。彼はその企業への入社を決意していたようだが、その企業から突如、中途採用は行っていたないため、やはりこの話をなしにしてほしいとのことを告げられたらしい。この事実にショックを受けたKGではあるが、彼は野球を続けた。アメリカに行ってトライアウトも受けた。とにかく野球ができる環境を追い求めた。

昨年はアメリカの独立リーグでプレイしたが、怪我に泣かされた。そして、今年大阪からだいぶ離れた岩手で彼は野球をしていた。今までの鬱憤を晴らすかのように今年はシーズン開始当初から大暴れした。昨年の彼のイメージとは明らかに違う。今年にかけていたのだろうか。

そんな彼、都市対抗予選での活躍が認められ、企業チームで補強選手として都市対抗に出場することとなった。初出場の都市対抗。毎試合スタメンで出場した。そして、なんと全国制覇をしてしまったのである。

都市対抗終了後、KGが企業チームへと移籍するのではないかという噂が流れた。しかし、彼は慎重であった。二度も企業チームにふられている。口約束では確かではない。色々な障害もある。そんな思いが彼の頭をよぎっていたのだろう。

そして、都市対抗終了から4ヶ月後の今月。遂に彼は企業チームの一員となった。28歳にしてクラブチームから企業チームへ移籍するということは異例中の異例。KGはやっと目標を達成したのかもしれない。

男だけの4人兄弟の末っ子。彼の兄さんが言っていたらしい。KGには”やりたいことをとことんやってもらいたい。”そんな言葉に感謝しながら、彼は28歳の今でも野球を続けてきたのだろう。自分が納得いくまで。

よく遊ぶけどよく練習もする。同級生ということもあって、今年は色んなことを話した。一言で言えば”変な奴”。色んな意味でね。バカみたいに夢追って、バカみたいにそれを実現する。これからもこのスタイル変えるなよ!おめでとう!

そんなKGに刺激を受けた若い連中。それぞれの野球に対する考えがあり、それぞれの目標をもっている。目先の野球ができる環境を求めて、やっとその重い腰を上げはじめた。あまりにも純粋すぎる彼ら。不安で見てられない面もあるけど、ここまで来ちゃったんだし、どうせなら”とことん”やってもらいたい。今度はおまえらの番だぞ!  
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November 30, 2006

なんとなく久々に書いてみたくなったかな

かーなり、久々にブログを更新してみることにした。
一年以上も更新してなかったけど、この間に本当に色々なことがあった。
何かを誰かに伝えたいんじゃなくて、なんか色々と書いてみたいって気がした。

さてさて、この一年、日本で社会人を経験してきた。
社会人って言っても、なんかよくわからないことしかしてなかったのかな。
はじめてのことづくしで戸惑うことがかなりあった。
日本のプロ野球とアマチュア野球で働く機会に恵まれた。
プロ野球では野球というよりもビジネス側。いわば興行側の仕事をした。
その中でも、チケット事業部と二軍興行部。

チケット事業部では本当にたくさんのことを経験した。
直にファンと電話で話したり、スタジアムで会話する機会がたくさんあったな。
うれしいこと、辛かったこと、たくさんあった。

プロ野球は選手の年俸や試合の運営に必要な経費を確保するのに必死である。
それは当然のこと。どんな会社でも金を儲けてなんぼだから。
でも、メディアでよく言われるようにファンの声を無視しては絶対ならないと思う。
ファンの声、ってすっごい自身の耳には入ってきた。直接電話で話す機会がたくさん
あったから。
苦情もあるし、感謝の声もある。
なんだろう。でもこういう声って全然上にあがってない。一顧客でしか考えてない。
融通が利かない。頭がかたい。相手にされない。
お客様は神様。口では簡単に言えるが、それを本当にわかっている人ってどれくらい
いるんだろう。
パソコンができる人が一番偉いの?上司のごますりをする人が一番偉いの?
飲み会で上司にビールを真っ先に注いで、上司が言うことにすべて共感してるフリをしてる人が一番偉いの?ビジネス用語や敬語の使い方がうまい人が一番偉いの?野球が嫌いでもお金を作れる人が一番偉いの?
難しいなぁ。

二軍興行部。これはおもしろい経験をさせてもらった。二軍選手とも接する機会も多々あった。入団したばっかりの若手選手。引退間際のベテラン選手。怪我で二軍に落ちてきたビッグネーム。日本野球に戸惑いをもってる外国人選手。ホントたくさんの選手がいた。
でも、プロ野球選手って自分が思ってたような選手じゃなかった。もちろんみんながみんなとは言わないけどね。
自分が思い描いてた悪いイメージが一掃された気がする。
ファンもすごい。野球が好きなファン。チームが好きなファン。特定の選手が好きなファン。球場の近くに住んでるだけのファン。
観戦スタイルは様々だけど、二軍の試合の雰囲気がこんなに楽しいなんて思いもしなかった。

次にアマチュア野球。ぼくがいるチームは平均年齢27才くらいの年寄りチーム。一番年下でも25才。元プロもいる。
なんでこんなに年をとっているのだろう?プロ野球に入れなかった、企業チームにも入れなかった、でも野球ができる環境を追い求めてる選手達。
本当に強い。クラブチームなのにこんなにすごいなんて思わなかった。
あの欽ちゃん球団に4投手継投でノーヒットノーランで勝ったんだから。

でも、あのサムライベアーズとはちょっと違う気がするな。
何が違うんだろ?実力?目標?目的?
目的が一番大きい気がする。
プロ野球選手ではないけど、一応お金もらいながら野球やってる。
試合中は本気で戦う。都市対抗に出たいって気持ちは強く持ってる。
こんな現状に満足??違うじゃん。
この年で野球やらしてもらってることをもっと幸せに思おうよ。
もっと今以上にがんばればうまくなれるよ。
誘惑に負けるなよ。
チーム全体のことをもっと考えようよ。
年齢とか関係ないよ。
野球に集中しようよ。

なんで??
好きな野球やらせてもらいながらお金稼いでるこんな環境に満足?
個性が強い?それは違うんじゃない?エゴが強いだけじゃない?
もっと必死になろうよ。

今度、北信越にも独立リーグができる。どんな選手が来るんだろう。
おれの本当にやりたいことって、本気で野球で上を目指したい連中に
野球を出来る環境、お金つくったりとか、お客さん呼ぶとか、そういう場を
提供できるような仕事がしたい。
甘えた連中のサポートはいいや。

日本の社会人野球って栄えてるよね。
いいこと?悪いこと?日本野球のレベル上げるのに貢献してる?
してると思うけど、ある面じゃしてないと思うな。
企業チームに入った奴らって今後も安泰じゃん?
怪我して野球できなくなってもその会社には残れるじゃん?
そういう環境で野球やってる選手って伸びるのかな?
そういう環境を与えてもらってることに感謝してる奴って伸びるよね。
でも、そういう環境に満足とか安心してる奴ってきっと伸びないよね。

競争の原理ってホント必要だよ。
独立リーグができても、使えない選手はどんどんシーズン途中で解雇してけば
いいじゃん。オフシーズンのキャリアサポートとかって必要なの?
それって、来年も契約しますよ、って言ってるようなもんじゃない?
野球ができる環境を与えてあげるけど、ダメだったら解雇だよとか、
来年契約するかどうかはわからないよって言わないと。
競争の中に進歩があるんだよ、きっと。

アメリカってそうじゃん?自分たちが世界一だって豪語してるアメリカ人。
でも、そういうシステムってがっちりと整理されてるじゃん。
確かにアメリカの野球が一番だよ。まだまだ日本はかなわない。
WBCで優勝したけどさ。確かに日本のレベルも上がってきてると思うけどさ。
でも、やっぱ総合的に見たらまだアメリカには劣ってるよ。
もっと大きな視野でやっていこ。
野球はお金儲けじゃない。でもお金がないとそういう環境を整えられない。
そのための資金を稼いでいくって思いながら、仕事をしたいな。
お金に執着心がないわけじゃないよ。でも、そこまで執着心があるわけでも
ないよ。
好きなことをやっていければやっぱそれが一番だな。

1年後、5年後、10年後、20年後、30年後の自分。
まだ考えは変わっていないかな?




  
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October 27, 2005

日本野球

更新がだいぶ滞ってしまった。日本に帰国してから1ヶ月近く経つが逆カルチャーショックというか今まで日本にいて感じなかったことを色々と感じる。日本かアメリカかどちらが自分にあっているのかはわからないが、絶対的に言えることはスポーツ好きのぼくにとって、日本のスポーツ、特に野球人気の衰退さにちょっと物足りなさを感じる。

帰国してから巨人の試合がテレビで生放送されていないのにちょっと違和感を感じた。と思ったらパ・リーグのプレイオフもテレビ放映されていなかった。なんだよー、と思いつつ昨日までの日本シリーズをテレビで見ることができなかった。
そんな感じで帰国してからはじめて今日日本の野球をテレビで観戦した。甲子園のファンの凄さ、ロケット風船の打ち上げを見て、“あー、日本に帰ってきたんだな”と再認識した。

そんな中ひとつとても不満を感じたことがあった。試合のリポーターと解説者である。TBS系で放映されていたのだが、その伝え方といったら何ともつまらない。解説者の言葉が全てホントに“解説”なのである。野球をやっている人にとってはとても勉強になると思うし、楽しいと思う。しかし、それ以外の人がそれを聞いたら意味がわからないと思うし、おもしろさに欠けていると思う。日本の野球はどうしても野球を“見る”ものになってしまい、野球を“楽しむ”ものではないと思う。それは球場に行ってもそうである。野球以外の面で楽しませてもらえないと感じる。もちろん、野球は野球で楽しいものだとは思うが、それでは新たなマーケットに辿り着くことができないのではないだろうか。(あ、今千葉ロッテマリーンズが4連勝で優勝を決めた)。

とにかくぼくが言いたいことは今のままでは日本の野球は衰退する一方だと感じる。野球から派生する色々な要素を駆使してもっと人々を楽しませなければいけないと思う。もちろん新庄選手のように選手自信がそれを理解し、ファンサービスをやってくれるのが一番であると思うが、フロントの人間がもっとこの現状を慎重に分析し、動いていくべきだと思う。

この前このブログで紹介したMIKE VEECK。ぼくは彼の活動を日本野球に取り入れればもっと面白くなると感じる。  
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September 25, 2005

母校の勝利

コロラドに来てから1週間程経ったが、ここ最近、アメリカ生活最後のスポーツ観戦を堪能している。コロラド州立大学のバレーボールにはじまり、デンバーブロンコスのフットボール、コロラドロッキーズのベースボール、そして今日は今からコロラド州立大学のフットボールを観に行ってくる。
日本と違ってアメリカのファンは本当に熱い。スポーツ自体もおもしろいが、他のスポーツファンと一緒に贔屓のチームを応援することもアメリカスポーツの楽しみ方であろう。

そうえいば日本野球のぼくの贔屓のチーム。というよりもぼくの母校。こんな記事があった。

沼津東vs.静岡沼津東51年ぶり静高破る

沼津東が、秋季県大会では54年準決勝(2−0)以来の静高撃破だ。2回裏2死満塁から吉永貴洋中堅手(1年)が右中間を破る走者一掃の三塁打で先制すると、相手に1度のリードも許さない快勝だった。

 矢部和彦監督(49)は「こんな展開になるとは…」と、想定外の内容に試合後は目を丸くした。犠打失敗から適時打、相手失策が貴重な追加点につながるなど運も大きく味方した。「力の差があるので、先取点を取れて伸び伸び自分たちのペースでできたのが良かった」と振り返った。

 同監督は謙遜(けんそん)したが、相手を上回る内容だった。エース稲葉が好投。東部地区大会終了直後にカーブの握りを変え、唐沢捕手は「投球が安定してきた」と話す。緩急をつけた投球で相手に反撃の糸口を与えなかった。打線も相手が繰り出す3投手から、計10安打を放った。

 勝利の瞬間、大きくガッツポーズをした稲葉だが「点を取ってもらった後に、ちょっと油断したところがあって」と反省。高橋主将も「今日は練習してきた成果が出た。それでも静高に勝って、次負けたら意味がない」。金星にも、すぐに今日18日の袋井商戦へ気持ちを切り替えていた。
【松本俊】

静岡高とは毎年定期戦を行っているのだが、ぼくがいた3年間は一度も勝利を挙げることができなかった。それどころか二年生の夏の大会の時にはボロボロにやっつけられた思い出がある。

本当のところを言うと、高校野球時代、ぼくはちょっとしたことから野球を嫌いになりかけたことがある。チームのメンバーとうまくいかず、野球以外のことでかなりチームメイトとけんかした。部活動を辞める、と監督に言いに行ったのだが、その時に当時の監督に野球を辞めることはするなと言われた。
その時の言葉がなかったら今のぼくはなかったのかなという気がしないでもない。

そんな苦い思い出を持った母校ではあるが、この記事を読んだ時は素直にうれしかった。

さて、ぼくは10月1日に1年2ヶ月ぶりに帰国する。今回は一時帰国ではない。完全帰国である。帰国後に久しぶりに母校に戻って後輩達の試合でも観てこようかと思う。  
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September 14, 2005

Accomplishment

Goodwin Field野球の本場アメリカでインターンを通してスポーツビジネスを勉強する
4年前にアメリカ留学を決意した時の自分の目標だった。
その目標を実現させてくれたこの球場”Goodwin Field
思い起こせば4ヶ月前、大きな期待とそれなりの不安を抱えて訪れたこの球場。
この4ヶ月間ここで色んなことが起こった、色んな人に出会った、色んな思いが込み上げた。
うまく表現できないけど、たった4ヶ月なのにこの球場には色んな思いがある。

Samurai's Game at Goodwin Fieldそんな球場をシーズン終了以来、久々に今日訪れた。
リトルリーグ時代、中学時代、高校時代、大学時代は自分が野球を”プレイ”していた球場には様々な思い出がある。
しかし、この球場は違う。自分が野球の”ビジネス”として初めて働いた球場。色んな思い出が込み上げてきた。
インターンは終わってしまったが、ここが自分の新たな出発点なんだろうなと感じた。

そんな思いを胸にぼくは明日カリフォルニアを発つ。
ここで出会ったみんなには日本で会うことができるだろう。
しかし、ぼくがここを訪れない以上、この球場とは再会することができない。
複雑な心境だった。

ひとつの目標を達成した今、次の目標が見つかりつつある。
その目標に向け、また前進し続けることにする。

野球はやっぱりいいね〜!!  
Posted by ittetsu106 at 17:00Comments(4)TrackBack(0)日記

September 06, 2005

We or They

今年から創設された新しい野球の独立リーグ、”ゴールデンベースボールリーグ”のチャンピオンシップが昨日行われた。結果は盗塁の世界記録保持者リッキー・ヘンダーソン率いるサンディエゴ・サーフドウグスが決勝戦でメサ・ファルコンズを破って初年度のチャンピオンとなった。
ぼくもこの試合を観に行ったのだが、そこにはぼくをインターンとして雇ってくれたリーグの創設者やその他リーグのトップの方々が球場を訪れ、試合を観戦していた。決勝戦終了後、その方々にインターン終了のあいさつまわりに行ってきたのだが、その時の心境としては”本当に波乱万丈であった夏が終わったんだな”という感じがした。

そのせいだろうか、今日は一日中脱力感というのだろうか、疲労感というのだろうか、そんな気持ちでいっぱいだった。一人で買い物に出かけても頭が働かない。暑さもあったがそれとは違う。よくわからないけど、2、3日はこんな感じになってしまうのかなと思う。
でも、そんな事も言ってられない。あと少しで日本に帰国し、その後は就職活動が待っている。自分の目標に向かって再出発する前に今はちょっとだけ体力を充電しようと思う。

Samurai Bears at Blair Fieldさて、今日のブログのタイトル、”We or They"。このタイトルについてちょっと話をしよう。
サムライの選手達が日本に発つ前日、選手達と一緒に飲む機会があった。その中でのエピソード。
今シーズン途中までBlairという日本語を流暢に話すアメリカ人がサムライベアーズのマネージャー兼通訳という形でチームに帯同していた。しかし、ちょっとした(ぼく的には矛盾した)リーグとのイザコザから彼は解雇されてしまったのである。その後を引き継いで通訳になったのが、アメリカ生まれでアメリカ育ちの日本人、三森信吾選手。彼は選手でありながら、選手とリーグ、あるいは選手と監督の間に入って通訳をしていたのである。

その彼の話。
”Blairは監督が言ったことを、”おまえらは・・・・”という風に訳す。
でも、おれは”おれらは・・・・”という風に訳すように注意していた。だっておれもチームの一員だから。”とのこと。

この話を聞いた時にぼくは、はっ、とした。
ぼくの立場はBlairと同じ、チーム(リーグ)のフロントの一員。しかし、このインターンを始めた理由がアメリカでがんばる日本人選手達をサポートしたいという気持ちから。でも、スポーツマネジメントを勉強してきた以上、スポーツ(今回は野球)あるいは選手というリソースを利用してお金を作らなければならない。
果たして、こういった活動をしている人間が選手達のことを”They(彼ら)”と呼ぶべきなのだろうか。または”We(ぼくら)”と呼ぶべきなのだろうか。

今回のインターンを始めた当初はぼくは間違いなく”They"を使っていただろう。選手の名前も顔もわからないまま日本人、日系人へとサムライベアーズのプロモーション活動を行っていたからである。
しかし、最終的にここまで選手達と仲が良くなり、最後は選手達と一体になって一試合一試合”勝ち”にこだわり応援してきた。そんな状況の今、ぼくは間違いなく”We”という単語を使うであろう。

しかし、ビジネスである以上、選手達に有利なことばかりでなく、リーグとうまくやって利益を求めていかなければいけない。つまり同じ日本人だからといって選手の贔屓ばかりできないということだ。

”They”の立場はリーグ(チーム)の利益を求めていくこと。
”We”の立場は優勝を目指すこと。

どうにかしてこの二つの立場を合致することができないだろうかと考えているのだが、頭が固い自分にとってはうまい手段が今のところ浮かばない。それが今後の自分にとっての課題であろう。
フロントの人間がどっちかの片方の立場に立つだけでは今の日本のプロ野球界のようにうまく働かない。
難しいことかもしれないが、これができれば何か大きなことができるのではないだろうかという感が自分の中にある。
それが正しいかどうかは別として、これを実現できるようにこれから行動していこうと思う。  
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August 29, 2005

サムライといた夏

更新がかなり遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
この2週間程、日本から父親が来ていたことがあり、またサムライベアーズのアメリカでの最後の試合があったということもあり、慌しい生活をしていた。今日はホストの家に着いた時、ホストマザーに”あら、お久しぶりねー”と・・・・ そう言われてみれば確かに。

それはさておき、この2週間で何人かに”ブログ、更新してないねー”と言われた。結構このブログを見てくれている人がいるんだなー、といううれしさと、しっかり更新しないとな、という切迫感に追われた。毎回ブログを書くたびに”がんばってできるだけたくさん更新します”と書いてしまうが、今回は公約せずにひそかにがんばります。


さてさて、サムライベアーズの選手達に前回のブログのタイトル”サムライがいた夏”に対してチクチクと色々なことを言われた。 ”まだいるよ!”って・・・

そんな彼らも今日でアメリカでの今シーズン最後の試合をロングビーチで終えた。このシリーズ、結局4連敗で終えてしまった。昨日までの3試合は試合後、もっとがんばれよ、って感じがしていたが、今日の試合の最後のサヨナラヒットを打たれた瞬間は、悔しさややるせなさという感よりも、本当にお疲れさまという気持ちが選手達へと湧いた。
自分が好きで好きでたまらない野球。その野球を異国でがんばっている選手達。そんな彼らをサポートし続けたぼくら日本人インターン。そのインターンと一緒になって大声で応援し続けた日本人のファン。そのファンと一緒になってサムライを応援してくださったアメリカ人。
もちろん負けは悔しい。でも、サムライのダッグアウト側のスタンドが日本人、アメリカ人の人種の壁を超えて一体になってサムライベアーズを応援していたあの光景を見た瞬間、そんな悔しさはうれしさに掻き消された気がする。選手達がこの夏の間応援し続けてくれたファンのみんなへ折れたバットや破れた皮手、ボールやT−シャツ、グローブまでも渡していた。こんなやさしい連中の姿を見ていたら、本当にサムライと出会えてよかったと再認識した。

試合後、ファンのみんなで話をしていると、”あー、これで本当に終わりなんだな”って感じがした。ファンのみんなもぼくらインターン同様、これからの”サムライのいなくなる”生活に対して少々脱力感を感じていたようである。

”サムライがいた夏”
”サムライといた夏”


うまく表現できないけど、どちらもぼくにとっては有意義な経験であった。

あさって(30日)、サムライはこの歴史に残るシーズン初年度の試合をメキシコにて終える。ビザが心配ではあるが、選手のみんながんばってこいよー!

  
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