2007年02月22日

「ドロンコに負けないぞ!海の中道3時間耐久MTBレポート」

海中耐久1
マウンテン初心者も参加OKということだったので、いざチャレンジ!!ドキドキの初参加でした。

当日はイワイに6時30分集合。参加者は、YANAGIさん、Eddyさん、Rudyさん、Bちゃん先輩、岡本っちゃん、ゆみどんの 6人。自分以外はみんな強い人ばかり。小心者なので早くも緊張していると、ペアのBちゃん先輩から「ケガしないようにゆっくりいきましょうね」と励ましてもらいました。

まだ暗い中、店長に見送られて出発。途中、小雨がパラついてくると、また不安が胸をよぎります。でも、Oh!Sun'sのみなさんの軽快なトークに気分もほぐされ、海の中道に到着。準備も整え、さっそく試走です。

海中耐久2マウンテンは今日が初めてで、走り方を教わりながらヨタヨタとコースをまわります。はじめはこわごわ、でも少しずつ慣れてくると思ってたよりおもしろいかも〜。ほっぺが自然とゆるんで、笑顔になってしまいます。途中、木の切り株を避けきれず、クラッシュしてこっぱみじんにしちゃいました。じぶんと自転車は無傷でしたが・・。障害物を壊してゴメンナサイ。

えっちらおっちら走っていくと、雨でズルズルの激坂が見えてきました。中にはそのまま登っていく人もいましたが、ほとんどの人が自転車をおして登ります。「ひー、はー」言いながら登りあがると、今度はズルズルの下りが待っています。「ひゃあ〜、すべる〜、すべる〜 」ぬかるんだ道を、奇声をあげてなんとか転ばないようにかけおりていき、試走は終了。

いよいよ本番。

ソロのYANAGIさん、岡本っちゃん、チーム先発のEddyさん、Bちゃん先輩がスタート。後発のRudyさんと、みんながまわってくるたびに声援を送ります。みんなカッコイイのです。!

自分の番がまわってくると、試走のときと違って必死なので、一周するだけでけっこうキツキツ。ソロのお二人はほんと大変です!でも、大人も子供も、ドロンコまみれになって走るのが、おかしくて、楽しくてたまりません。

ただ、応援の方たちが来てくれるという話でしたが、この雨です。「今日は来れんやろうね」「危ないからね」とみんなで話してました。

ところがどっこい、Rudyさんの「来た〜!」の声に振り返ると、パラボラ応援部隊の方たちの姿があるではありませんか。雨の中、こうして来てもらえるなんて感激でした。yumiさん、masakoさん、まちゃみさん、江崎さん、ありがとうございました。

海中耐久3大会終了後は、こってり汚れた自転車とジャージを抱え、OhSun'sおすすめのチャンポンを食べて、再びイワイへ。

YANAGIさん、Bちゃん先輩、Eddyさん、Rudyさん、岡本っちゃん、ご一緒できて楽しかったです。参加してほんとによかった!ありがとうございました。

*written by 中嶋 由美  

Posted by iwaisport at 18:40

2007年01月30日

【必勝堂T.T.プレ大会】 Report

古賀 雅己  
必勝堂T.T.プレ大会

☆平成18年12月24(土)この日、私にとても素敵なプレゼントが舞い込みました。
【必勝堂TTプレ大会】概要
・開催場所:通称【北野サーキット】(県道 吹上・北野線を利用)
・距  離:往復2.4kmを10周回 24.0km
・出走者数:6名 ボランティア&応援5名 (別に近くでタイヤ引き練習中の競輪選手1名)

09:30【中千出公園】
10:00【北野サーキット】往復2.4km
10:30【出走】各自10秒おきのスタート
11:30【解散】
今日は、少し薄曇った天候。風もそれほど吹いていなく、北東の風。おそらく風速1〜2mぐらい。【必勝堂TTプレ大会】は開催日が2度も雨で順延になり、今日のクリスマス・イブ開催になりました。

私は、前日の大掃除で身体のあちこちが筋肉痛。少しでもイイTimeが出せるように今日は自走を諦め、車にBikeを積込み集合場所の【中千出公園】までドライブ。道中、『今日は、クリスマス・イブやけん来る人は少なかやろ〜』とか『TTはどげんか走りばするとヨカやか〜?』など思いをはせながら【中千出公園】を目指しました。

集合時間の30分前に到着し、念入りにストレッチング&Bikeの準備。しばらくすると見慣れたメンバーが自走で集まってきました。1人2人と集まり、そのたびに楽しくお喋り。しかし、予感的中!?やっぱり参加人数が少ないようだ。私を入れて公園に集まったのは8名。その中《oh!sun‘s》の2名はボランティアとの事。今のところ出走者数6名みたいだ。もしかしたら直接【北野サーキット】に来る人もいるかも!?と話していたらta-boさん登場。

必勝堂TTプレ大会が開催される【北野サーキット】の場所がよく解らないので、ta-boさんに教わり、いざ出発。8名で【北野サーキット】まで足慣らしをしました。道中、少し心拍を上げるためにちょっとだけ頑張って走る。【北野サーキット】に到着したが、開催場所に新たに増えたのは2名。しかしながら2名はボランティアをしていただくとの事。結局、出走者数は6名と少ないプレ大会になりました。クリスマス・イブやけんしょうがなかですネ(笑)

【北野サーキット】とはどんな所かな〜と思っていましたが、北野総合支所の北側に広がる、ほ場整備をされた農地に現在整備中の【県道 吹上・北野線】を利用した往復2.4kmのコースでした。

道路勾配の分(おそらく3〜4%ぐらい)を上っては下る平坦で路面もイイ所です。コースコンディションは、上りが向かい風で下りが追い風。『今日の勝負ところは、上りの向かい風攻略かな〜』と思いながら【北野サーキット】を皆で試走しました。 試走中にNさんのBikeと交換し、今日初下ろしの【Zipp808】を体感させていただいた。物凄く軽いのに剛性感抜群!そして、なにより巡航性が凄い!!おまけにお買い得!!!と三拍子揃った恐ろしいホイール。今日の横風がないコースコンディションにはピッタリの装備でした。『これはヤバそう・・・』と少しプレシャーを感じながら出走受付。私は受付が遅かったので、最後の出走になりました。

前を見ると5名。それぞれ私の同志でもあり、よきライバル達。今日は私だけがTTBikeなので負ける訳にはいきませぇん!!出走はRudyさんにBikeを支えていただきながらの本格的なスタート。ライバル達の出走の時『5・4・3・2・1』とta-boさんのカウントが響くと心が躍ります。皆『スコーン♪』と素晴しいスタートを切って行くので、スタートが下手で、Bikeを支えてもらうのは初めての私はさらに高揚。私の出番になり、ヨロヨロしながらもRudyさんに支えていただきカウントを待つ。『5・4・3・2・1』!!!いいスタートが出来ました。(Rudyさんありがとうございます。)

必勝堂T.T.プレ大会スタート後、私の何かに火が付きました。振り返る者がなく、ひたすら前を向いて走るだけ。また、コースが単純な往復走なので、ライバル達の状況が一目で判る。まずは、5番目スタートのライバルを追うのみ。TTポジションを手に取り、獲物に喰らいつく感じで、一生懸命クランクを回す。1周回では、まだまだ差が縮ないが2周・3周と周回を重ねて行くと、先頭との差が見る見るうちに縮まってゆくのが判る。折り返すたびにボランティア皆様の声援を頂き、ますます闘志を燃やすと・・・ その時がきました!!

ケンタの若い背中が!!! トライアスロン・ヒルクラ・ロードレースと全てに負けている私にとって嬉しいやら恥かしいやらの瞬間でした。ケンタを追い抜く時は失礼がないように全身全霊、後に付かれないように抜き去りました。

それが原因なのか、6周回から力が入らなくなってきました。周回のたびに先頭との差が縮まって来たのが、ピタリと縮まなくなり、8周回の時にEddyさんから『Timeが落ちっているゾ!!』と声をかけていただきました。やはり・・・(汗)しかし、渇をいただいたからの9周・10周回は本当に頑張りました。今まで経験していないぐらいに(笑)全身には大量の汗をかき、目からは涙、鼻からは鼻水、口からはヨダレと体液出しまくりで、一生懸命残っていない足を回すのではなく・・・踏み込んだ!!特に最後10周回の帰りは終始ダンシングで!!! そしてゴール。

本当に悔いが残らないように頑張りました。結局、先頭を走ってTopゴールのNさんには追いつかなったが、お互いの健闘を称えBikeの上で、ガッチリ握手をしました。

ゴール後、すぐに私が一番とYANAGIさんに聴いた時は本当に嬉しかったです。1周回クールDownをして、皆の帰りを待ち、いよいよ成績発表の時。

私のTimeは・・・“40:11”でした。まずまずの結果です。その後は、【必勝堂】さんより提供いただきました、【チーズケーキ】を切り分けていただき皆で食べました。優勝者の私には1/4もいただき、そのチーズケーキの味はとっても美味しく、勝利の美酒になりました。

大会終了後まったく力が入らず、1週間は運動が出来ない状態になりましたが、隊長の教えのとおり『後悔しない走り』が出来、非常に満足しました。また、私の目標であった『なんでもイイから一番になる』が思わぬ所で叶い、生涯忘れられない日になりました。出走した有志の皆様・ボランティアの皆様ありがとうございました。また何かの大会で一番に成れますように日々精進いたします。   
Posted by iwaisport at 17:06

2006年10月24日

福岡センチュリーラン

written by かめ
今日は九州のブロガー総出演のような、福岡センチュリーランでした。

福岡センチュリーラン1皆さんお疲れでした。きっと、皆さん疲れててアップが遅れるでしょう から地元民としては、しっかりアップしないとね。(^^)

到着と同時にいろんなブロガーさんとお話しました。初めて会う方や、 おなじみになった皆さん(^^;いやー、お会いできてうれしかった。

今日ご挨拶できなかったのは、やっぱりmyauさん。(TOT)  強い人だから、きっとかっ飛んで行っちゃったんだろうなあ・・・・   続きを読む
Posted by iwaisport at 14:47Comments(0)TrackBack(0)

2006年10月22日

「イワイのイの字をハに変えて」その7

▼最後の回し蹴り
ゴールで前が詰まっていた。O氏はそこで自転車を降りる。挙げた右足がk氏の頬をかすめた。大会最後の回し蹴りとなった。AVAのテントに案内され、バナナとスナック(ポテトチップ)とスイカとアイスを頂きテントの中でホッと一息を着いた。アイスは果物の入ったシャーベットでとても美味しかったが、後で食べたスイカは全く味がしなかった。食べる順番を間違えたようだ。完走証を取りに行く、ゼッケンに貼られた折返し地点のシールを確認して100マイルのシールを貼ってくれた。紙は再生紙のようだった。(完走証のラミネート加工のサービスが合ったが10$と高かったのでやめた)

一息ついてk氏と一緒にゴールに陣取り、K氏のゴールを待つ。T氏はテントの中で爆睡していた。777ゴール、撮りそこねた。

高校生(修学旅行)のゴールを小太りの先生が迎えていた。先生は元気で生徒は疲れていた。TAEM IN TRAINING(http://www.active.com/donate/tntors)のジャージを着た2人が手をつないでゴールしてきた。 お互いのハンドルが接触してブレーキを掛けられず。私の目の前まで来てやっと止まった。よく見ると私たちはゴール地点のカラーコーンで仕切ってある内側にいた。このチーム、今大会一番の大きな団体のように感じた(AVAは別として)。みなさんしっかり自転車をやっているという体型ではなかった。後で調べたところ何やらガン患者の支援を行っている団体らしかった。


▼笑顔
テレビカメラがゴールを撮している。と、こんな男がゴールしてきた、水道橋博士のジャージを着て、足にはしっかりテーピング、自転車はデローサに乗っていた。相方もこの後ゴールしたらしいが気が付かなかった。


15時2分、福岡からご夫婦で参加の2人がゴール。楽しそうな笑顔だ。ほぼ1分遅れてK氏ゴーール。笑顔はなかった。


▼ヘルメット
ゴール後にK氏のヘルメットを見せてもらう。これで助かったと割れたヘルメットに感謝していたが、道連れにした、鎖骨を折った方をしきりに心配していた。T氏は未だ爆睡していた。

O氏は我々より早く既にゴールしていることを確認、15時半、目の覚めたT氏と共にホテルに帰ることにした。7時からAVAのパーティーが始まる。早速部屋に戻り、自転車をパッキング。k氏はまた1728にお仕事に出かけた。


▼交流パーティー
先にシャワーを浴びすっきり。昨日撮れなかった夕日を撮ろうと日没まで待ったが今日も太陽は雲の向こうにあった。6時20分にホテルの前に集合、会場のシェラトン、ワイキキへ、歩いて5分ほど、飲み物のクーポン券と何やらくじ引き用の小さな紙切れをもらって会場へ。

人はそんない多くはなかったが4人分の空席を捜して奥に行く、女性が一人でいる席があり良いですかと聞くとどうぞとのこと、4人で席を取り、料理を取りにいった。帰ってくると女性は男性との2人連れ(Iご夫妻)、またO氏が知人のT氏を連れて同席となり、このテーブルは8名となった。

食べながら話していると迎えの女性から、福岡の方ですか、と声が掛かる。よほど九州なまりでしゃべっていたのかと思うと何と自分たちも福岡出身だとのこと、いまは大阪に住まわれて居るが中間市と??出身のご夫婦とのこと。HAWAIIで囲んだテーブルが全て福岡出身と何とも奇遇なメンバーとなり、楽しい時間を過ごすことが出来た(これが一番楽しかった)。

▼御利益
7時から白土太郎ちゃんの進行でパーティーが盛り上がっていく。5人に1取りは当たると言うくじ引きが始まった、私のくじ運は良い方だと思っているが、私の一つ前の番号と一つ後の番号(k氏)が当たり、運は私をよけていった。(出発前に頂いたrudy氏からのお守りの御利益か)

▼泳げない
最後の景品は、来年の5月、ホノルルトライアスロンの参加ツアー2名分の権利、各テーブルからのじゃんけん勝者による争奪戦となった。我々のテーブルはIご夫妻のご主人を決戦場であるステージに送り込んだ。ご主人が居ない間に聞くと、泳げないとのこと。心配そうにステージを見ている。80人は居ただろうか最初のじゃんけんで勝ち残り30人ほどになる。次のじゃんけん・・・負けてしまった・・・。ホッとした奥さんの顔がそこにあった。最後に大いに盛り上がり交流パーティーはお開きとなった。(料理は美味しかったよ)

▼バーボン
帰りはお土産の購入等で別々に帰ることとなった。私はお土産を買いに町をウロウロ。家族へのお土産と、寝る前のビール(一番絞り)を買って10時すぎにホテルに着いた。k氏は既に帰ってきており、ビールとk氏のワインで最後の乾杯をするつもりであった・・・がしかし、あっという間に空になり、それでは物足りないと、また近くのディスカウントストアへ、ジャックダニエルのミニボトルと日本に持ち帰れないビーフジャーキーを仕入れてホテルに帰った。

ロックでバーボン・・けっこうキク〜、ジャーキーも旨い。いろいろあったが楽しい時間であったことを反芻するかのごとく話しに花が咲く。やがてバーボンも空になり、0時半過ぎベッドに滑り込んだ。


■ 帰国の日

▼アサリの味噌汁
8時にモーニングコールが鳴るが、私たちは既に起きていた。パンで朝食を済ませたが、最初の日に買ったブルーベリーを練り込んだパンは一つ半ほど残ってしまった。もったいないが置いていくことにした。8時半、自転車を取りに来た。最後にO氏が日本持ってきたアサリのインスタント味噌汁をいただく事にした。コーヒーメーカーでお湯を沸かし、具は殻付きのアサリを入れ、味噌を入れる。お湯を注ぐとイイ香り。弁当に付いていたスプーンやフォークは捨てていたので歯ブラシで食べることとなったが・・うまかった・・・これが一番旨かったかもしれない。最後の準備をしているとドアをノックする人が居る。開けるとo氏がお世話になったと挨拶に来ていた。律儀な人だ、彼はもう1日後の帰国であった。ちょうど良いところに来たと、余った味噌汁渡してお別れとなった。

集合場所は昨日のシェラトン・ワイキキ、10時集合だが少し早めにホテルを出た。

▼裸足
バスはもう一つのホテル(以前泊まった事のあるホテル)に寄り数人を乗せ、ホノルル空港に向かった。自転車は来ていたがチェックは既に済んでいるようだった。手荷物検査を受ける、中を開けて液体物を別に調べるようなことは無かったが靴を脱がされ、裸足で金属探知器をくぐらされた。

▼出国
コーラ・ジュース・ポテトチップでおやつを取り。待合いに入った。HAWAII滞在のアンケートを取られた。名古屋から一緒になった若い2人も待合いに入ってきた。T氏が2人の写真を取りに行く(パラボラHPに有る高級バイク・・の写真) まもなく、機上の人となった。

▼きしめん
西回りは楽だ、時差ボケもほとんどなく、少し長めの1日の様な感覚、機内の映画を見る余裕も有った。名古屋に着き、18時40分福岡に乗り継いだ。オットその前に手荷物検査後出発までもう少し時間が有るようなことをO氏が言った為か,T氏はきしめんを頼んでしまった。猫舌のT氏はツユの温度が下がるのを待ち、やっと一口、二口と食べたところで、福岡行きの最終案内を耳にした。エッもう・と久しぶりに口にした美味しい日本の味を堪能することなく、あわててゲートに向かう事となった。『ごめんなさい』

▼最後のチ〜ン
福岡に向かう飛行機の中、福岡に近づくにつれ、500円のつまみ付きビールを二本も飲んで元気になっていくKの姿があった。福岡では自転車はべつのドアから出てきた。我々のほかには数台の自転車があったようだがそれほど多くはなかった。K氏は高速バスで帰るためここで分かれた。駐車場に電話をして迎えに来てもらう。我々以外に客は居なかったので駐車場まで自転車4台と、3人を運んでもらう事が出来た。O氏の車に自転車を乗せ駐車場から出るとき歩道を走っている自転車のおじさんとぶつかりそうになる。後少しと気を引き締めてハンドルを握る。金の隈から都市高速に入ろうと料金所に入るがなんとそこはまたETCレーンだった。 

午後9時半過ぎ、色々なことがあったが今年正月に始まった「イワイのイの字をハに変えて」の巨大プロジェクトは無事完了した。

  
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2006年10月21日

「イワイのイの字をハに変えて」その6

▼大きなチ〜ン
海沿いから住宅を挟んで40〜50mのところ走っていた。かなり前に救急車が走っていたがその救急車が先に止まっていた。一瞬の通りがかりではあるが日本人らしい70歳くらいの男性が少し高めの椅子に座っていのがわかった。ここまできて、と思い、通り過ぎたがまさかここにK氏が居たとは誰も気が付かなかった。

しばらく走ると50マイルのエードが現れる。ここまでくるとかなり人は少なくなり、トイレ順番待ちもほとんど無い状態、トイレを済ませて出ようかとしたところ、先を走っているはずのK氏がエードに入ってきた。まさか2時半でもう折り返し?聞くと少し前で転倒し、それで後ろから来た人を巻き込み、その人は鎖骨を骨折したとか・・・先ほど私たちが見た負傷者がその人だったようだ。30分ほど現場に居て今エードにたどり着いたとのことであった。

右腕右足に包帯と足は軽い擦過傷で何とか走れる様子、少し時間をとり、一緒に走り出した。しかし、K氏はなかなかスピードに乗らす、少し足が痛い様子で少し遅れ気味。


▼折返し
しばらく走ると、パラボラジャージ見て後ろから声が掛かる。白戸太郎氏がグレーのジャージを着て追い越していった。

直ぐに75マイルのエードに到着、ほぼ時速20kmの8時間ペース。6分ほどの休憩でK氏も一緒にエードを出た。


しかし転倒で打撲した足が痛いらしく、パラボラジャージ3人組は先に行くことにした。ノンストップ、40分程で100マイル折返し地点に到着。3時間45分、77.73kmを記録していた。

10分遅れでK氏到着、15分ほど休んだ我々3人は先に折返し地点を後にした。途中で追い越した777の自転車を見つけ写真に撮った、77.7kmで777の自転車・・


▼役立たず
走っているときは折返から少しスピードがあがったように感じたが向かい風だろうか、75マイルのエード迄の記録では0.5km/hrほど落ちていた。エードに着いた当たりから少し雨が振ってきた。それほどは強くなく、カメラもジャージのなかに入れている程度で大丈夫の様だ、走り始めるといつの間にか雨は止んで、今までとはうって変わって太陽が現れてきた。50マイルのエード近くでパラボラジャージをみて声を掛けられる「結婚されて大阪に行かれた柔らちゃんはどうされていますか」 『柔らちゃん?』 大阪・結婚・女性・・・・ 日高さん やっと名前が出てきた。一昨年の新年会の時お腹が大きく、今年は赤ちゃんを連れてのiwaiの新年会に参加されたことを伝える。(もう一年昔の話しだったかな?)堤?(忘れた)ともうします。よろしく伝えて下さいとのことであった(役立たず)。

▼ムズムズ
50マイルまでは途中の左折の信号待ちもあり21km/hrと行きより4km/hrほどダウンしていた。スピードは行きよりあがっているように感じたが記録を見ると逆に落ちていた。行きの眼鏡を修理した峠の逆坂にさしかかる。歩いて登っている者もいる。

道幅は1車線しかなく路肩も狭いこの大会最大の難所といえる場所、k氏はムズムズしていたのか一気に掛け登って行った。私もT氏をおいてきぼりにして、カメラを構えながら追いかけるが追いつかない、遠くから右側の岩陰に隠れようとするk氏をやっと撮ることが出来た。


峠を過ぎると一気に下りが始まる。全くペダルを踏まないでスピードは66kmを記録していた。K氏を追い越し、坂を下り終えると右に曲がり、ハートブレイクヒルの逆坂に入る、今度は私がスパートをかける。52×13のギアで(私にもこれくらいで登れるような坂です)心拍は167(今までの最高かもしれない)にも達していた。

頂上付近で止まり、カメラを構える。k氏がゴールスタイルで駆け抜けていった。40秒ほど遅れてT氏が登ってくる。追いかけると今度はk氏が携帯カメラを構えていた。私もあわてて両手を挙げてポーズを取ったが、その姿は写っていなかった。

私の身体はフレームの枠から外れ、後輪だけが写っていた。ここからの坂もペダル無しで一気に下る、MAX63kmを記録していた。

この辺だったと思うが、道路脇の屋根付きの休憩所みたいな所に居たサイクリストはパンクをしているらしく、チューブを持ってしきりに声を掛けてきた。Iwai Workmen の性か、k氏は自転車を止めると交換のチューブが無いとしきりに訴えている彼に自分のチューブを取り出し渡した。彼はうまいビールでも飲んでくれと、言葉で感謝の意を表したが、ゴール後に合うことはなかった。私は決定的な写真を撮る事も、彼のゼッケンを見ることも忘れていた。


来たときの道から外れ、右に曲がると最後のエードがあった。7時間ジャストで到着、3分ほど休んで出発、ほんの少し前にインスタントタンデム車と、後に子供を籠に載せ4人で走っている(一人は乗っているだけ)家族が居た。がんばっての声を掛け先を急いだ。私が先頭を走るが信号の変わり目を一人突っ走ったようで、誰も付いて来なかった。高速道路の右端2mくらいをコーンで区切ってあるが、そのコーンが所々倒れている。こちら側に倒れているところは1mほどしか路幅がなかった。

この辺になると前後もかなり空いていて自転車はまばら、72号ハイウエイがH1に変わるところでハイウエイを降りる。朝走った道に合流、しばらくしてダイヤモンドヘッドロードの坂を登る、朝日を浴びたところだ。ふとk氏が声を掛ける。そこには白土太郎ちゃんがランニングをしているではないか、トライアスリートの性か、しっかりとランニングで汗を流していた。

下りに入る、ゴールのカピオラニ公園は直ぐそこ、T氏がまだなのでしばらく公園で待つ、2分ほどでT氏登場、3人はT氏、O氏、k氏の順で並んでゴールに向かった。ゴールの瞬間を納めようとカメラを構える。

14時8分59秒感動のゴーーール、しかしギャラリーは少なかった。  
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2006年10月20日

「イワイのイの字をハに変えて」その5

▼大会当日
4時50分頃か、浅い眠りの中、隣のk氏がトイレに立つ、私ももうそろそろとベッドから起きあがり電気をつけた。クリームチーズ、パンとジュース、私は何やら怪しいドラッグを飲んだ、k氏は昨晩飲んだとか、私はバームゼリーで仕上げをして5時50分にホテルを出た。5分ほどで会場に着く、既にいっぱいの人、並ぶ場所を探しているとパラボラジャージを見て「なんでここにいるの?」と声を掛けてきた人が・・・、何と古代真琴がHAWAIIに居た!

お互いがんばりましょうと握手をして、彼は後方の列へ、私たちは100マイルの人が先に出発のために途中の柵が開けられていてそこから中に入れてくれた。先頭からは100mほど、スタートゲートの横のお立ち台にお偉いさんが代わる代わりに挨拶に立つ。(聞いてはいないが) どこかの大学の学生がアメリカ国歌を斉唱し、気分を盛り上げた所でいよいよ出発、号砲が鳴るわけでもなく、「今スタートしました」のアナウンス6時15分くらいだったか、私たちがえっちらおっちらスタートしたのは20分を過ぎていた。

スタートゲートの左には昨年と同じジャージを着た今中大介の姿が見えた。すごい集団走、100マイル走るというのに、ごつごつダイヤのマウンテンで走っている人がけっこう居る.「大変ですね」と声を掛けると「レンタルバイク」とのこと、「がんばって」と先を急ぐ。私は今回の100マイルをどう走るか決めかねていた.K氏は6時間台で走ると私たちを置いて先を急いだ。

▼ヒョイ
3人はかなりゆっくりのペース、15分ほど走ると朝日が射してきた。海岸通りの小高い(と言っても標高は20mもあっただろうか)所にある駐車場には自転車を止めて景色に見入っている人たちが居た。

10km付近だったか、小さな子供(日本人)が走っていた。年を聞くと11才、「100マイルがんばって」と声を掛ける。パラボラジャージの3名は付かず離れず程度でO氏が先頭、次にT氏と続き k氏はトラブルがあったときにと、数十m離れての順で大きな集団の中を比較的ゆっくり25kmほどの速度で流れに合わせ走っていた。中央側を走る、前がよけると目の前にコーンが表れる。合図も何もせずに「ヒョイ」とよける、これは危ないと少し右よりを走ることにした。

10kmを過ぎ高速に入るところでT氏が前に、私は2番手に着いた。ゆっくり走るがなかなかk氏が追いついてこない、先頭のT氏とは100m以上離れただろうか。


▼ハートブレイクヒル
k氏と一緒になりスタートして50分程でハートブレークヒルにさしかかる。自転車がだんだん詰まって来るのが分かる。100マイルを走ると言うのに既に押して登っている人も居る。中腹を過ぎた当たりでT氏に並んだ。

ン・・T氏のめがねが・・耳に藁か何かが・・よく見るとめがねのツルがレンズから外れプランプランしているではないか、聞くとさっきの私のコーン事件と同じく前がよけたコーンにぶつかって転倒したとのことだった。大丈夫とのこと次の休憩地まで走ることにした。


▼回し蹴り
頂上付近では、疲れた人が後も見ずに止まり、足を上げて自転車から降りようとする.危うく回し蹴りを食らうところだったとk氏、とにかく集団走行を知らない巨大な怖い自転車集団である。

この坂を終え、また海辺の高さまで下る。T字路を左に(右にはエードがある)、さらに少し上りがありその頂上が景色のよいところ、タンデム車で足をシンクロさせながら登っている夫婦らしいアメリカ人(多分)が居た。

写真を撮るによいところ。記念撮影とこの間に先ほどのめがねを修理することに、O氏が持っていた輪ゴムで何とか応急修理が出来た。(めがね修理はk氏、本修理は旅行保険でOKだったそうで、よかったよかった。

でこの輪ゴム、O氏が自転車をパッキングするときハンドルを納めようとして、スピードメーターのリード線を引っ張りすぎて切ってしまった。予備に持っていたメーターのブラケットを取り付けたが、長さに余裕が無いと又パッキングするときにラインを切るかもしれないと余裕の有った分を止めていた輪ゴムであった)

ここから北側の海辺走行、日差しは強くなく(まだ横からの日差し)、気温も暑くも寒くも無くといった天気で絶好のサイクリング日和、ただ頭の上は雲があり昼は曇りが予想された。


この付近から自転車も少なくなり一列走行が可能となり、パラボラは3重連の列車を組む、k氏が先頭、T氏、O氏と続いた。50マイルの折り返し地点は学校らしく、少し内陸に入った所だった。空は曇り気味で50マイルのエードでバナナ、クッキー、水を補給、通過のシールを貼ってもらい次の大きなチ〜ンの待つ75マイルのエード目指した。

途中パラボラジャージを見て話しかけてくる人が居た。777の背番号の女性も居て写真を撮ったが、私の腕が悪かったようだ、あまり鮮明ではなくかろうじて777が見える。

少し海から離れ内陸を走る、左側の山は襞のある壁のような急勾配で登るような道も見当たらない。道にはところどころ大きなくぼみ(dip)がある。くぼみにはガラスなどのパンク素材があり注意するように言われていた。

確かにこの大会パンクは多かった、路肩にはキラキラしたものが多く、この後に待っている大きなチ〜ンもこれが原因であった。休みを入れた平均時速はほぼ20km エードの休みで0.3kmほど平均速度が落ち、次のエードまでで20kmを取り戻すということを何度か繰り返していた。走行中はほぼ26kmほどであろうか、メーターをつけていないk氏はぴったりとこの速度を保っていた。   
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2006年10月19日

「イワイのイの字をハに変えて」その4

▼コース下見
13時からコースの下見、大型バスに30名ほど乗りアメリカ人のガイドで出発した。

バスには日本人しか乗っていなかったと思ったがこのガイド、英語で話した後日本語で同じ事を話す、そこそこの日本語であった。コースと同じ道をバスで走る、少し寝不足の私たち3人(K氏はパス)には程良いゆりかご状態でうつらうつらしていた。ハートブレイクヒルにさしかかるがk氏は寝ている。頂上付近で目が覚めるが後を見るにもこのバス、後にはトイレがあり見ることができなかった。

ハートブレイクとは言うが1kmほどで50m弱の高低差でほぼ真っ直ぐ600mほどの直線があり初めての人にはきつそうに見えるかもしれない。頂上に近づくに連れ斜度が増している様たった。果たして明日は・・(ハプニングが待っていた)

次の下りはゴルフ場の横を通り大きく右に曲がりT字路に突き当たる。明日は右に曲がった所にエードが出来るらしい。交差点ほぼ海面と同じ高さ、左折しこれから又坂が始まり、上り詰めたところが景色の良いところ。正面に島、左にきれいな海水浴場が見えた。

ここから北海岸に入る、バスは海岸沿いを走り、途中から左へ、内陸を少し走り、半島付け根の、軍の基地があるところに出る。あとは海岸沿いに、左は鬱蒼と茂った山々(ジュラシックパークのロケ地)を見ながら途中マカダミアンナッツのファームに寄り、バスは100マイルの折返し地点に着いた。バスから降りることはなく、少し先のやっとバスをターン出来る場所まで行き狭い道をやっとの事でターンをさせ帰路に着いた。

ターンした場所には何やら石が詰んであり(サーファーのビッグウエーブ呼ぶおまじない?らしい)、女性を相手にぽーずを取らせ写真を撮っている人が居たが、レフ板もなくモデルとカメラマンも女性でタダの友達同士だったのかも知れない。

帰りは途中H3に乗りオアフ島を縦断、ハイウエイとは言うが自転車は走れそうで途中道路の脇は直接民家の庭が面していた。このまま何の境もなくH201、H1へと乗り継いでいった。H1も自転車で走れるか聞いたがそれはダメ(当たり前か)みたいだった。何処にどの様な境目があるのだろう。もし次に行く機会があったら確認してみたいと思う。

折返しから1時間、17時半前にホテルに着いた。昨日k氏が6時20分頃にWaikikiの海に沈む夕日を見たと言う事でそれを写真に撮ろうと日没をホテルで待つことにしたが夕日は雲に隠れ、私たちの前には現れなかった。

▼夕食
6時半に夕食に出かけるが、なかなか食べる物が定まらず、O氏とk氏は一緒、F氏、T氏は別々の夕食となった。

さてO氏とk氏はまずはお土産と、それらしい店に入り k氏はTシャツを購入、O氏は決めかねていた。食事は先日寄ったセブンの暖かそうな弁当に魅せられて、部屋で食べることにし、O氏はブタの角煮、ビーフン弁当、k氏は何とか(イタ飯)、一緒にサラダを買った。先日買った1ダースのCoorsは飲み干していたため近くのディスカウントショップに行くとバドが12本で10$を切っていて思わずにっこり、楽しいホテルでの晩餐となった。

あすは5時起き、早めにと12時前にベッドに入ったが隣の部屋から時々「ドスン」と言う音がして、テレビの音が漏れてくる。「何」の音ではないようだ.酔ってこけているような音が時々30分くらい続いただろうか.私たちもいつの間にか寝てしまっていた。   
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2006年10月18日

「イワイのイの字をハに変えて」その3




▼パンク
7時集合の試走会に間に合うべく6時に起き、朝食を食べ、7時ホテルの前に集合、K氏は3度目の事もありパス、3名はホテルを後にした。

10mも走っただろうか、O氏が「パンクしてる!」時間もあまりなく2人には先に行ってもらい一人でパンク修理となった。いつも慣れたパンク修理、さっと新品のチューブと入れ替えて空気を入れようとするが空気が入らない、ポンプがおかしいか?外したたチューブに空気を入れてみるとちゃんと入るではないか、何度か試すが替えたタイヤには全く空気は入らず、もう一つの予備のチューブと交換することとなった。

後で分かったがチューブを入れてタイヤレバーでタイヤを入れた際にレバーがチューブを挟み、切れていた様だ。最初のパンクはバルブの付け根が切れていた。二本目は慎重に行い、何とか空気を入れ会場へ、試走は始まっていた、ぎりぎりk氏のグループに間に合いそのグループに入れてもらうこととなった。

▼試走会
20〜30名の小グループに分かれてゆっくり大会のコースを走り始めた、我々のリーダーは女性、日本人だった。大会コースの高速に入る手前までの10km程度をコース案内、途中の公園で簡単なレクチャーを受け、引き返した。この程度なら自転車を組み立てた当日、ゆっくり回れる程の内容である。試走会途中、O氏のヘッドにガタが有るのを発見、試走会後メンテサービスを受けに行った。

「済みません、ヘッドを絞めて欲しいんですが」メンテマン(日本人)は2人居たが一人が、「大きなプライヤーじゃないと咬まないよ」とアドバイスを出す。アドバイスを受けたメンテマンはプライヤーを持ってヘッドのロックナットと一緒にヘッドナットをゴリゴリと絞め始めた。

二回ほどしめた付けただろうか、ロックナットを調整する様子が無い、又一緒に絞めようとした。O氏はあわてて、済みません。「そんなに絞めるもんじゃないです。私がします。」と言った。彼は絞めたヘッドナットを少し緩めてO氏にプライヤを渡した。O氏はヘッドのガタを調べハンドルの動きを確認するがガタもなく、動きはスムースであった。彼は本当のプロだったのかもしれない。

チューブ購入のためお店の場所を聞いて8時半に解散、ホテルに戻るが昼からのバスでのコース下見迄には4時間ほどあり、事前に計画していた、Hの樹を見に行くことにした。ホテルからは10km程、ほぼ1本道のはず。

▼日立の樹
クヒオ通りからカラカウア通り、ベレタニア通り、キング通り、と道なりに進む、途中プラカードを持った多くの人と出あう。後で聞くと明日が選挙とのことだった。目的地近く、道は1方通行になりH1高速の上を通り向い側へ渡った。

Middle通りとの交差点、この先にあるはずだが真っ直ぐ行くと高速道路に入りそうな感じがしてMiddle通りに右折した。若干の上り、数百m程進むが左に曲がるそれらしい道は無い。こちらではないとUターン、先ほどの交差点を右折、結局最初の道を道なりに直進する形となった。右側に自転車レーンがあり、高速に入るレーンのようでもあるが直進できた。

はたして自転車レーンがなくなるところに右側に公園の入口はあった。見に覚えのある風景、モアナルアガーデンパーク、に無事着くことが出来た。

きれいに刈り込まれた芝、ふかふかな絨毯の上を歩くような感触、奥に進むとコマーシャルで見慣れたあの「この樹」が目の前に現れる。直ぐ横にはハイウエイが通っている。先ほど私たちが通ってきた道を6・7台の自転車が直進していった。

樹の中に入ってみる、大きな樹に包まれる感じが気持ちいい、時間があれば1時間くらいは寝そべって居たい。

先ほどの自転車の人達も公園に入って来て来た。この樹を見るならやはり東側から(私たちが入ってきた方)見るのが最高なのだが、ほとんどの人が駐車場のある西側から入ってきて、行くのは木の下までで東側からのこの樹の雄姿を見る人は少なかった。


▼帰路
20分ほど居ただろうか、帰ろうと駐車場に向かうと白石軍団と遭遇、車でノースショアに行く途中に寄ったとのこと、挨拶をして帰途についた。帰り道の道捜しも少し手間取ったが結果的には来た道を逆走したのとほぼ同じ道を通り、キング通りに出た。あとは真っ直ぐこの道を走り途中からカラカウア通りに入いれば良かった。

しかしキング通りとカラカウア通りとの交差点にあったSHISEIDOUの店の看板を目当てに走ったが、気が付かず通り過ぎてしまいH1の下のキング通りの始点まで来てしまった。

そこから右折でWaikikiの案内があり、それに従うことにした。このまま行けばカピオラニ公園の所に着きそうな感じ、通りの名前を見るとカパフル通りと書いてある。試走会の時、チューブを調達するためにBike店の場所を聞いたのがこのカパフル通りにあると聞いていた。

結果オーライで自転車連中がたむろするTI&BIKEの店に着いた。

中はサイクリストでごった返し、補給食の試食品を持った店員が愛想良く振る舞っていた。O氏はチューブ、T氏はボンベを購入し店を出た。

途中昼食をABCストアで購入してホテルに帰った。買ったチューブはとても分厚く、日本に帰って重さを量ると120gを越えていた。   
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2006年10月17日

「イワイのイの字をハに変えて」その2

▼入国
入国審査では左右の人指し指の指紋を採られ、又帽子、めがねを外した顔写真まで撮られる。ここはすんなり通過、預けた荷物を取りに行く。そこにはほとんどの自転車、手荷物が運び出されていた。自転車4台、K氏のスーツケースは直ぐに見つかるが、搭乗口で預けた日焼け止めクリームが何処にあるか分からない。またT氏のリュックもなかなか見つからなかった。

結局リュックは大きなビニール袋に入れられていてやっと見つけることが出来た。預けたクリームは、柱の台の上に無造作に置いてあり、なかなか気が付かなかった。20分ほど掛かっただろうか。自分の自転車の引換券は自分で持っているのになぜかチェックもせず先に検査場を出ていた。T氏と後を追いかけるように外に出るが、K氏の手荷物を検査する様子もなく、「早く早く」と追い立てられ、空港の外に出た。

団体AVAのメンバーシールを貼ってもらい、帰りの空港券を係員に預け、バスに乗りアロハステーションへ、そこは私たちのホテルの隣にある免税店の4階、今回のミーティングが始まった。

白土太郎氏が今回のコーディネーター(かな?)明日の試走会、コース下見の案内があった。我々は最初の事でもあり、両方に参加することにした。

携帯は無料貸し出し、使用料のみ請求と言うことでO、T、kの3名が申し込んだ。

▼ここ何処
12時過ぎに終わり隣のホテルに行こうと外に出るが、方向が分からない。O氏は通りの(頭の中の)東西南北が入れ替わっており変な方向へ行こうとする。

通りの名前を見てk氏が間違いを指摘、KUHIO通りを見つけて、無事に、オハナ ワイキキ マリア 到着(間違わなければ隣なのにチ〜ン)部屋の準備が出来ていれば入れるのだが、私たちの部屋はまだのようで、しばらく廻りを散策することにした。

O氏が行きたいところあると、ワイキキの浜辺へ、そこはDuke Kahanamokuの像があるところ。その正面にライブカメラがあり、世界中に動画が発信されている。

http://www.co.honolulu.hi.us/cameras/waikiki_beach/waikiki.htm


▼最初の食事
日本時間8時半を過ぎお腹がすいてきた。あそこは、ここはなどと言いながらなかなか決まらず。今度お店があったら入るよ。と言ってインターナショナルマーケットプレースへ、大きな食堂があり好きな物選べる様で、みんな各々好きなところへ。で4人が選んだ物は、カレー、醤油ラーメン、肉が主体のプレートランチ2名 であった。各々の感想は カレーは、辛い、醤油ラーメンは 味がない、プレートランチは ウインナーにがっかり、肉が硬い、であった。

それでもお腹はそこそこにたまり、ホテルへ、一部屋(K氏とT氏の部屋)だけが出来ていてみんなでその部屋1728におじゃますることに。しかし荷物、自転車はまだ来ていなかった。3時近くになり下に降りると荷物は来ていたが部屋は後少し時間が掛かるとのことABCストアにビールを買いに行くことにした。12本で11ドルのCoorsを買った。ホテルに戻ると部屋もOKとのこと、自転車も自分たちで部屋に運んだ。(k氏の自転車はまだの様、これがこの後の偶然を必然にかえるきっかけとなる事は誰も知らなかった)O氏はビールを飲みながら自分で組み立てを始め、k氏はT氏K氏の部屋へお仕事に出かけた。

▼組み立て
組み立てるのはパッキングより簡単で、20分ほどで完了。

しばらくしてk氏二台を組み立てて帰室、自分の自転車をロビーに取りに行った。

しかしなかなか帰って来ない、まだ来ぬ自転車を待っているのだろうと思っていたが、帰ってきたkは途中でo氏(同じホテルに泊まっていた)がパンクした自転車を持って困っているところに遭遇、予備に持ってきたチューブ(2本これには後でO氏も助けられることになる)で修理をしてきたとか。

早速k氏は自分の自転車を組み始めた。アッという間の組み立て作業だった。当たり前か。


▼試走
組み立てた自転車で町に試走に出かけることにした。右側通行を頭に入れ、出発、T字路の赤信号をいつもの様に信号無視するO氏にk氏 「赤ですよ!」ここはいつもの日本ではないと肝に銘じ以降は止まることにした(写真8)。

KUHIO通りを直進し、公園前のT字路を右折するとき道路の左側を走ろうとするT氏にドキッ、「そっち反対ですよ、こっちこっち」とあわてて誘導、事なきを得た。

明日の試走会(本番も)の集合場所であるカピオラニ公園を確認して、公園の廻りをグルーッと回ると、たくさんの人が走っている。ダンデム車(日本人親子)も居た(撮りそこねた)。

アラワイ運河の一方通行の道を西に走り、ホテルに向い左折しようとするがなかなか左折できない。後で分かったが一方通行の場合は左車線を走り、左折する事が出来る。知らないとなかなか左折できなかった。

▼転倒
簡単に自転車の調子を見て30分程で試走は何事も無く終了するはずだった。先ほどのアラワイ通りからKUHIO通りに戻り、ホテルの前での出来事だった。K氏が歩道に乗り上げようとして倒れた瞬間が見えた。10cmほどの段差に引き上げが足りずに車輪が引っかかった模様、特に怪我が無かったのが幸いだった。明日の朝食を買って部屋に戻った。


▼夕食
各々部屋でくつろいでいると8時過ぎ、花火の音が聞こえる。浜辺の方らしく私たちの部屋からは通りの前のホテルの窓に映った花火を見ることが出来たが、写真には写っていなかった。8時20分ロビーで待合わせて食事に行くことにした。KUHIO通りを東へ行くと、K氏が近くのセブンに行きたいという。そこには何やら怪しいドラッグあるとのこと。それを飲んで大会に出るのだという。

行くとビタミン、ミネラルの錠剤5〜6錠をone packにした1$〜2$くらいのサプリメントが売ってあった)。お目当ての物は(どくろのマークが入っているという)なかったらしく、それらしい物を購入した模様、他の三名は横目で見ながら店を出たが帰るときにO氏k氏は足攣りに良いかも!とこっそり購入した。

結局夕食はDennyユs へ、みんなプレートランチを頼んだがぱさぱさしたサンドイッチのパンと山盛りのフライドポテトにうんざりしてレストランを出た。一人エビピラフを頼んだK氏は少し満足げだった様だ。

▼酒宴
T氏は全く飲めず、同室のK氏がその晩どのような生活を送ったかは分からない。O氏とk氏は部屋でCooersで乾杯、(Dennyユsには酒なし)寝たのは12時を過ぎていた。   
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2006年10月16日

「イワイのイの字をハに変えて」その1

実名は伏せて、T氏 K氏 O氏、小文字のk氏(ちなみに年齢順)の4名のHawaii チ〜ン道中の巻き

■ 出発の日

9月の22日、15時30分過ぎ、冷房の効かない、O氏の車に4台の段ボールに詰めた車を後に載せ、iwai店長、隊長、Rudy氏の見送りを受けて、T氏 O氏、k氏はiwaiを後にした。(K氏は空港で合流予定)

▼最初のチ〜ン
久留米インター料金所にさしかかる。ETCなんか付けているはずもないO氏の車は何のためらいもなくETCレーンへ k氏 「エッ!これETCですか???」きっとO氏は冷静を保っているようには装っていたが明らかに平常心では無かったようだ。後から来たETC車にチョットバックしてもらって無事通行券を受け取り福岡空港へ向かった。何事も無かった様に第二ターミナル到着、バイク4台を下ろして、駐車場へ、最寄りの800円/日の所を見つけて駐車場へ入る。「何泊ですか?」「5泊です」 それなら「一つ通り向うの第二駐車場へどうぞ。」、ほんのひとつ通りを越して駐車場へ入る。料金は900円/日・・ン?・・ 違う駐車場へ入ってしまった様であった。出るわけにもいかずそこに預けて車で空港まで送ってもらった。

▼知らないおじさん
自転車を下ろしたところはANAの所で、JALは50mほど先であった。JALの受付まで4台の自転車を運ぶとそこに変なおじさん登場、気安く声を掛けて来るではないか・・ン・・ 実はこの方こそ空港で落ち合うはずのHonolulu3度目のK氏であった。(残念ながら私は面識がなかった)、そこに自転車を持ったもう一人の青年スモールo氏登場、福岡市内から、一人で参加とのこと、一緒に登場手続きを行う。

▼危険物
自転車を検査台に載せる。O氏、重いが難なくパス、k氏これも問題なし、T氏これも・・・「ちょっと、ボンベかなんかはいっていませんか?」k氏、「エッ ○○ちゃんが梱包したから・・・・」せっかくしっかり梱包した段ボールを開けられ、空気入れを開けると中からボンベが・・・・ 「これダメなんですけど・・・」要らぬ仕事をさせたと誤り、処分してもらうこととなった。ここで預けた自転車はもうホノルルで受け取るだけ、これは楽チンのチ〜ンであった。

かなり早めではあったがそのまま手荷物検査場へ(おっとその前に白石軍団と合った。6〜7名は居たかな)。さて手荷物検査場、ここはすんなり・・・とはいかなかった、k氏がなぜかしらペダルレンチを手荷物で持ってきていたのだった。さっきT氏の段ボールに入れておけば・・・あとの後悔? イヤイヤ 検査官はおもむろにメジャーを取り出し長さを計測、「大丈夫です」 お墨付きをもらって無事みんなも通過となった。

▼高山ラーメン
名古屋まではB737 140人乗りの小さなジェット、1時間10分程で到着した。JALの受付でホノルルまでの機内食のボリュームを尋ねる。普通の量の物が出るという、出発は21時、少し軽い物を食べておけば十分と、しっかり下調べをしていたO氏の、高山ラーメン、豆天狗にいくことにした。4階に上がる際に久留米からの○○夫妻に遭遇、今回は名古屋から直接の参加、早めに手荷物検査場へ向うとのこと。

▼豆天狗
和風醤油味のラーメン、ネットで調べれば出てくるほどの有名な店である。昨年、高山を自転車で走ったO氏が、店に行ったところ、「空港店に行っていますのでお休みします」との張り紙があり、食べ損ねたお店であり、その時書いてあった空港店がまさにこのセントレアの豆天狗であった。お客はほとんど居ない。空港全体も昨年の万博の時程のにぎわいもなく、小さな店内ではあったが客は私たちの他は数名くらいであった。700円の食券を買い(一人セットを頼んだ人が居る、御飯と、餃子が付いて1000円だったか?)味は醤油味、量は少な目、具はシナチクと、チャーシュウのみ、味はすっきり、癖もない、一度食されることをおすすめする。しか〜し、この店が久留米に来てもおそらく一月と持たないだろう。値段にくらべ麺、具の量、が少なすぎる。味はまあまあ〜としてもだ。空港店と言うことで高めであろうが、高山で食べた別の店(甚五郎)も、ほぼ同じくらいで600円ほどした。ただし、私たちには、機内食の事を考えるとセットを頼んだ人にはともかくとして、適量であり、食後はすっきり、久留米の豚骨ではチョットきつかったかもしれない。場所はセントレア4階右手前奥にある。

▼テロリスト
国際線にチェックイン、ペダルレンチも無事に通過、免税店には目もくれず(金も無し)100ドルほどを両替して20時40分程に搭乗ゲートに向かう・・と・動く歩道が切れたところにまた手荷物検査員が立っているではないか。大きな声・・・何事?と思って見るとK氏が激怒している。よく見るとチューブ状の日焼け止めクリームを取り上げられている。イギリスのテロ事件で液状の物の持ち込みがダメになったとか、私も全く知らなかった。混ぜて爆弾を作る奴が居たそうだ。

http://www.jal.co.jp/cms/other/ja/info7.html

結局預かり荷物となって到着口でもらうこととなった。私も一回分しか入っていない(いなかった)日焼け止めクリームを預ける事となった。ここだけの話し、実は私の手荷物にはヴァームゼリーが4個入っていたが、検査官は見落としていた。私も あれ?入れていたけどな?と思ったが自己申告をする事もなく、ホテルに着いて確認したところ確かにゼリーが4個入っていた。(^_^;)

ともあれ無事機上の人となった私たちは19時間時差のあるHonoluluに向けて飛びだった。機内の乗客は少なく、3人掛けに2人くらいでゆったりした状況、二つ後の席3人分には誰もいなかった。ン〜快適!のはずであったが子供の泣き声が機内に響いており、乗客は静にしていたが『コンニャロー』と腹では思っていたことだろう。便はJAL WAYS、CAのほとんどはタイ人の様、片言の日本語、制服はJALの制服ではあるがアジアのどこかの国に向けて飛んでいるような気持ちになった。飲み物はワイン、シャンパン、ウイスキー、ビールと何でもありの飲み放題・・? k氏はワイン、私はオールドパーをロックで楽しんだ。

▼機内食
さて何だったっケ(web検索結果)鰆の照焼き/野菜の五色揚げ/舞茸の白和え/玉子焼き/筍土佐煮/信州そば/杏寒天/チキンビビンバ丼 でした。少しカリカリ目のビビンバ丼が旨かった。出発前のラーメンも気にならないちょうどの量だった。

しばらくすると子供の泣き声も止まりみんな就寝モード、静に、出来るだけ静にヘッドホンにBGMの音量を下げ休むことにした。

実際に寝たのは2時間ほどだろうか、開けていたと思った窓の遮光扉が全て閉じられていた。窓をこっそり開けるとまさにジェットストリームのオープニングを思わせる、白み掛けた空に翼が浮かぶ世界が見えた。窓を閉め、また静に音楽聞いていた。1時間ほどウトウトしただろうか、廻りもざわざわとして来た。窓を開けるとさっきとはぐんと明るくなった空があった。しばらくすると朝食が来る、ラズベリーデニッシュと野菜果物ジュース(カゴメ) 日本時間ではまだ4時頃の話しだ。

▼着陸
しばらくすると島が見えると機内アナウンス、右下に カウアイ島がきれいに見えた。

ワイメア渓谷もきれいに見える。ほぼ30年前に来たことのある島だ。

日本時間4時半、現地時間9時半、Honolulu空港に到着した。常夏の島とは言え、日本の気候とほとんど変わらないほどの気温 今年の9月始めの頃のような感じだった。  
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2006年06月09日

自分の成長を確かめろ!!(ツール・ド・国東レポート)

5月3日

子供の遠足と同じだー!!AM 3:30に目覚ましをセットしていたのに3:00に目が覚めてしまった。そう、今日は「ツール・ド・国東」なのだ!!前日迄に用意を済ませて準備OKだったのが、真っ暗だった事もあり集合場所のブリヂストンスポーツクラブの駐車場が分からず久留米医大、市役所近辺をうろうろしていると既に4:30分。どうしよう?弟に電話して場所を確認し4:40分に到着。スタートからこんなで大丈夫なのだろうか?

今日は自分がどの程度走れる様になったのかの確認をする為の大会なのだ!!参加するのはAコースの160(国東半島一周)だ。現在までの最長距離は、イワイスポーツサイクルから水分峠往復の180い覆里世国東はアップダウンが多いとの事でちょっと心配だ!

君なら大丈夫と背中を押されながらのスタート時間を迎えましたが、Aコースの参加者は男女合わせて733人という大人数。果たして無事スタートする事が出来るのか?心配をよそに何事も無くスタートする事が出来ました。スタートして1ぐ米發粘にパンクする人、ボトルを落す人が続出していてそれらを避けながらひたすら前を目指しました。ペース配分など何も考えず坂道も頑張って走りました。途中、パラボラの水玉ジャージを見て安心感を覚えながらもそれを追い越して走り続けました。一人になっても遥か前方に見える集団に追いつき尻に付いて前を目指しました。100い任涼訖の時は駐輪場にはまだ30台位しか自転車が有りませんでした。このペースで走れれば6時間位でゴール出来るのでは?と

思いながら昼食を摂り再スタートしたのだが・・・・。スタート前から痛かった右膝の筋が猛烈に痛み出したのです。ヤバイ、どうしよう?と思いながら踏み続けていると、時速30い覗ったら痛みが薄れる事が判明、ひたすら踏み続けました。下りで脚を止めると又痛み出したので下りもアウターで踏みました。結果、実走タイム5:26分というタイムでゴール出来ました。

自分では成長していない様な感じがしていたのですが、結果を見ると成長が目に見えて次は何の大会に出場しようかな?と楽しみが増え自信を持てた大会でした。

山村 龍史  
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2006年01月10日

菜の花マラソン

菜の花1総勢42名のツアー軍団無事帰り着きました、スーパーマンクラブメンバーはじめ参加の皆さん本当にお疲れ様でした。

バスツアー32人、マイカー組5人、自走(鹿児島空港⇒指宿)組4人、九州新幹線組1人、色々の形で現地集合になりましたが私はみんなの元気な姿に感激?してレースに臨み、楽しく終わることができました。

付け焼刃の直前の走りこみ?が良かったのか、レース中の谷川さんとの○○話が良かったのかレース終わったら久しぶりのサブ4(3時間57分)でした。

高取君、レポートありがとう、さっそく写真入でアップしてもらうようにお願いしました。スーパーマンクラブのメンバーは目の前の各種マラソン大会をこなしてシーズンインに備えましょう、宮古組時間はないぞ!しかし焦らずにマイペースで頑張ろう!!

いぶすき菜の花マラソンオフィシャルページ
[http://www13.ocn.ne.jp/~ibu-nano/]   続きを読む
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