日本一のよさこい祭りの煽り屋

全国各地で開催している「よさこい」をベースにした祭りをプロデュースし、さらに祭り進行や自分の司会煽りで会場や地域を盛り上げる。「日本全国祭りで元気を!」仕掛け人です。また自分自身の体験から創造し、地域・街・人・文化全てを活性化したい。

2006年04月

川棚舞龍祭!

昨日は堅田先輩の突然の訃報に驚きショックでした・・・!高知の仲間に連絡をいろいろと入れてみたのですが、何処も連絡が取れず、新聞社に情報を聞き、電報でお悔やみを送りました。
話は川棚温泉の第1回祭り開催に戻します。
山口県に私がよさこいの講演に出かけたのは今から8年前山口市商工会議所青年部主催の会合でした、山口市には湯田温泉があり道路を使った温泉祭りを開催していて、そこによさこいは?と計画、また夏には提灯祭りが市内中央で行われ、ここによさこい?と検討していたのです。また翌年には『山口キララ博』が開催予定で観光イベント・祭りの活性化を盛んに企画検討していたのです。その一番手でよさこいを始めたのが「川棚温泉」だったのです。私とスガ・ジャズダンススタジオ(国友須賀)に祭り要請があり出かけて行ったのです、私は初めて川棚温泉に入り何処で踊るのか?道は狭く温泉街には公園はあるものの公園中央には相撲の土俵が作られここではなさそう?すると「会場はここです!」と案内されたのは建設途中の空地にステージを組み観客のスペースがほとんど無い会場でした。よさこいを披露するチームも地元を含め数チームと少なく盛り上がるか?心配しました。そして祭りが始まり狭い観客席は満員!私の役目はやはり司会進行!ここでサプライズ!ステージでの司会ではなくステージより4メートル上に組まれたわずかなスペースが司会者の定位置!一度祭りが始まると祭り終了までそこから下りる事が出来ず、更に辛いのがこの祭りは4月最初の日曜日天候も曇りで風強し、まさに拷問状態での司会でした(強風と寒さ・ゆれるやぐら!トイレに行けなかったのが地獄でしたね)ただこの祭り人の温かさが全てを包んでくれて私は「気持ち良かったです」代表服部氏の人徳ですね!スガよさこいメンバーも大変でした、少人数で参加していたのにもかかわらず、1ステージでよさこいを5曲踊るスケジュール(かなりキツイ)少人数を2チームに分け、踊っては着替え休んでは踊る私はステージ裏で苦しそうな踊り子を上空から見ながら「大変だなー、でも私に比べれば!」と独り言を言っていました。祭りは大成功で終わり、その後服部氏は「豊浦舞龍人」よさこいチーム(川棚温泉オフィシャルチーム)で各地の祭りに積極的に参加し人間ネットワークを作り川棚温泉舞龍祭は年を追うごとに参加チームが増え続けわずか数チームで始まった祭りは今年全国各地から80チームほどの参加する大きな祭りに成長したのです。

突然の訃報!

このブログで高知のよさこい前日祭を立ち上げるに際し堅田氏を紹介したのですが!今高知から来た愛宕商店街の石元君に会って知ったのです。「堅田氏が亡くなった」事を・・・!全国に広がった現代よさこい・鳴子踊りを作った人!高知龍馬記念館を立ち上げ、中心商店街のカード事業を推進した主役!ダンディでお洒落でトークが上手く、カッコイイおやっさんが死ぬなんて?まだ信じられない!信じたくない!私にとっては特別の人が・・・居なくなった。残念で悔しいです。 ご冥福をお祈りします。
お通夜は本日 告別式は明日 場所・時間は不明?

城之崎よさこい本番

心配した雨が朝から降り出し、本番が始まる時間は確か夕方4時?(と記憶してます)女将は私たちを昼食に案内し祭り会場にトンボ帰り!結構バタバタしているのに、女将の表情はおだやかでしかも笑顔なのです。(接客商売の基本を学びました)女将も内心は焦っていたと思います、初めて開催する事業でしかも祭り責任者、同業の女将や城之崎温泉女性部の人達がスタッフとして参加しているのです。ここで代表が弱気になっては回りの人達が動揺してしまい、なんでもないミスが祭り全体に影響してくる事を女将は感じていたと思います。(旅館業は女将の采配で決まりますね!)そして本番が始まる頃には不思議と雨は小降りになり祭り開催中はほとんど雨を気にする事が無かったのです。祭りは各チームの熱の入った踊りと城之崎温泉の町並みそして温泉客とが混ざり合い始めてこの祭りをした?と感じないほど第1回の城之崎温泉よさこい祭りは土地になじんで行ったのです。私は毎回メインステージの司会をさせて頂いていますが、ここほど楽しく、笑ながら司会が出来る祭り会場は無いですね!この温かい思いと地域愛で創り!開催した城之崎温泉よさこい祭り!祭り代表城之崎温泉「深山楽亭」川崎女将と土産屋の古地女氏の二人が新しい城之崎の歴史を作ったのです。(今年で6回の開催になり参加チームが多すぎ嬉しい悲鳴をあげている)城之崎温泉よさこい祭りは兵庫県を中心に関西・山陰・山陽・四国とチームが参加、特にリピーターのチームが多くいかに参加したチームが楽しかったかが判る祭りですね!突然話は山口県川棚温泉に飛んで生きます。よさこいを地域の活性化に導入する場所(地域)は温泉街が多いですね、川棚温泉(今年で8回開催4月・舞龍祭)も始まりも同じで街の活性化の為に始まったのです。小さな温泉街で湯治場と言った場所でした。小さい温泉旅館が並ぶ中心に向かう入口に大型の旅館「おたふく・川棚グランドホテル」があり、旅館内部は本館・離れ・飲食店舗が敷地内に点在し驚くくらい豪華でサーブビスの行き届いた旅館ホテルが有ったのです(チョットビックリ)このホテルの社長が観光協会の会長でした。川棚温泉によさこいを仕掛けたのはやはり一人の人間からでした。その人は服部氏(私が数多く人と付き合っていますが、服部君ほど人間として『いい人』は居ません!断言できます!)川棚でよさこいが始まった時、私の役目はメインステージでの司会進行だったのですが、いまだに忘れる事の出来ない司会でした。それは・・・・?

ニュース速報

突然ですが!よさこいにっぽんの関係者がこのブログを見ているかも?今日ニューレオマワールドお宝村2階に「イザナイ・シアター」がオープンしました。約30分のショータイムでよさこいとは違いヒップホップやジャズダンス弾き語りなどアラカルトショーです。レオマに来たら必見!大人500円中人400円小人300円です。  一度レオマに来ませんか!5/3.4は姫路から「ええもんひろめ隊参上」楽しみ!

山陰エリアによさこい誕生

北陸の能登よさこい祭り、東海のよさこい東海道が誕生して4年目の平成13年には兵庫県城之崎温泉、島根県は斐川町など次々とよさこい祭りが誕生!気がつけば九州は福岡・熊本、瀬戸内エリアは山口・広島・兵庫と西日本全体に広がっていたのです。(日本人らしいね)ここで城之崎温泉のよさこい祭りの立ち上げを紹介します。実は私の所に祭り立ち上げの相談は全員男性でした、ところが城之崎温泉は女将が相談?では無く協力要請!の話しから計画が始まったのです。(女将たちはヤル!と決めていました)私も女将たちがある程度よさこいを研究し計画案などを持っていると思って話し合いを始めたところ、全く白紙で城之崎温泉ゆかた祭り(6月)によさこい祭りを開催したい!事を考え計画していただけでした。さすが女将は大物だ!目的達成に向かいいかなる問題も女性独特の交渉(ずうずうしく)を各関係者に説明了解、許可と進めていったのです。この事から私は考えると、男は基本的に用心深く臆病!女は体力的には男に負ける事があっても持続力・精神力・決断力そして行動力は、男の上!間違いない!ただ計画事態心配な事は沢山ありました。会場は道路を使用で固定のステージ踊り(3箇所)音響・各会場の進行司会等の準備は出来ていたのですが?祭り前日に私が夜城之崎に入り最終打ち合わせをした時に開会式の関係者(重職者)に案内してなく、真夜中になんと電話で要請!(驚きました)又天候も全く気にしてなく、雨対策の計画もなし(心配)、城之崎の地元チームとして女将たちで作った「湯上り美人」が参加!女将たちは祭り進行・踊り子・各チームのアテンドと一人3役の奮闘!会場準備が出来たところで司会進行の打ち合わせに入ったのですが!なんとチームリストだけで台本は無し、踊りの進行はチームリストで出来るのですが、審査があり表彰もあると、誰が何をと全く進行が出来ない。慌てて台本をその夜書き上げ終わったのは深夜2時を回っていました。(さすが女将!こんなこともあります!ハハハ)で私たちもハハハで納得!翌朝は心配していた雨模様!私たちが雨対策を考えていると「お昼の食事に行きましょう」と女将は全く平静に流れに任せていたのです。「確かにお天と様を相手に人は無力」でも、祭り開始が近づく頃は大雨になっていたのです。また明日!

各地の気質・人柄が祭りに!

北陸日本海の石川県和倉温泉「能登よさこい祭り」(かいかい祭りを現在改名)と東海地区太平洋の静岡県沼津市「よさこい東海道」(沼津よさこいを改名)は同時期にスタートして、しかも田尻氏と原田氏は同じ年の56歳(現在)祭りを始めた年は40歳半ばで元気ハツラツでした(今も)。二人は共通点が多く田尻氏は和倉温泉の活性化を企画をする観光協会の委員で、原田氏は沼津仲見世商店街の理事で事業委員、共に地元の繁栄を計画する役割をしていたのです。そしてYOSAKOIソーランでよさこい祭りを知り、即!調べ体当たりで勉強し考えられないほどのスピードで祭りをスタートさせたのです。幾らいい計画を作り上げても机の上での話で終る事が多いのですが、実際に行動しない限り新しい事は生まれません!行動出来ない一番の課題は「失敗するリスク」を多くの人は考え、一歩前に出る勇気が無いのです。ただこの二人は祭り作りの3つの要素を持っていたのです、「馬鹿者・若者・よそ者」馬鹿者はこの二人で、若者は田尻氏も原田氏も地元で生まれ育った事で多くの先輩・後輩の仲間が多く、そしてよそ者は私!外部から地域や街を見る事が出来、地域の常識や歴史などを無視した意見が言える!なりよりも行動力がある事、結果は後からついてくる!と考えると地域に新しい時代が始まるのです。二つの祭りは今年で10回(10年)を迎えますが、この10年間に土地の匂いを祭りに付け、個性ある祭りに育って来ています。能登よさこい祭りは元々能登には歴史・伝統祭り(男中心)が多くあり、この地域によさこい祭りを祭りとして認知していただくには時間が掛かったと思います、祭り運営もやはり地元流の祭り運営方法が加わり地元でチームを集め地元の人と温泉客とで楽しむ祭り運営。よさこい東海道は元々ワールドダンスフェスティバルをベースで始まった事で判ると思いますが、外部に対して「踊りに来ませんか沼津に!」の考えが運営側にありますね、能登よさこいは参加は40チーム程、よさこい東海道は80チーム位で参加チームが毎年増え続け断る事態になっています。このことからも判る様にゆっくりと祭りを作る能登!多くを受け入れより沼津を知らし、覚えてもらい祭り以外の時にもと、リピーターをと考えていると思います。どちらが良くて、正解は?無いのです、それぞれの祭りは10歳の年を迎え開催地にとって一番の運営方法を探し出し組上げているのです。祭りの未来は継続の中に変化・改革を!地元の文化を加えつつ育てていく事が私は大切だと思います。高知のよさこい祭りがそうだった様に!

怪しいコメントが私のブログに!

よさこい物語はまだまだ続くのですが、このブログを見てくれているファンから連絡が有り、怪しいサイトが付いているとの事!大変!何とかどけたいのですが、書き込む事しか知らない私は途方に暮れています!そこでパソコンお助けマンが5/3に来て処理してくれる事になりました。それまでの時間は「ごめんなさい」です。・・・気をつけて!

和倉温泉と静岡県沼津が兄弟分!

石川県七尾市和倉温泉かいかい祭りが始まった同じ年に静岡県沼津市にもよさこい祭りが11月にスタートしたのです。これも不思議な出会いから始まったのです。この年高知のよさこい祭りが開催されている時に、一人の男性が突然私の店に訪ねて来たのです、その男性は沼津市仲見世商店街の原田氏でした、片手によさこい読本(高知よさこいオフィシャルブック)を持って「この人は居ますか?」と私の写真に指さして訪ねて来たのです。(本に私が掲載されていたのです)挨拶もそこそこに「よさこい祭りについて教えて・・?」と話が始まり、店から近くの喫茶店に場所を移動して話し合っていると、さらに不思議な出会い!和倉温泉かいかい祭りに協力していた東京のコンサル会社スタッフ2名がその喫茶に入ってきたのです。原田氏もYOSAKOIソーランを知り「よさこい」を調べ自分達の街にもこの祭りが出来ないか?と自費で調べに来たのです。そこで和倉温泉の始まる間での話、祭りを開催した後の評判話と「やる気にになれば祭りは出来る」と私も含め周りの人達が煽ってしまったのです。原田氏は目が輝きやる気満々で沼津に帰っていったのです。その後連絡があり、沼津で11月に開催している「ワールドダンスフェスタ」とジョイントして開催するとな内容でした、僅か2ヵ月ほどの時間、高知からゲストチームを呼びよさこい祭り楽しさ・迫力・美しさを見せたいとの要請が高知市にあり、高知市祭り支援資金(派遣事業)でこの年の高知よさこい大賞「旭食品」チームが沼津の街に高知のよさこい鳴子踊りを紹介したのです。祭り前日は仲見世商店街(アーケード)でよさこい名物の流し踊りで商店街の各店舗に挨拶代わりの演舞をお披露目!「凄い」「カッコイイ」と街が盛り上がった事を今でも目に浮かびます。この時に私は思いました、石川県和倉温泉・静岡県沼津と同じ時期によさこいを既存の祭りと融合させ始めた祭りですが、それぞれが異なっていて、高知でも札幌でもなく和倉は和倉らしさ、沼津は沼津らしさが不思議と生まれていて、地域の人達に受け入れられる要素を出していたのです、やはりこの2つの祭りを誕生させたのはそれぞれに祭り馬鹿がいて、その街が大好きで、地域の仲間が全力で応援した事が始めたばかりの祭りがイベントでなく、地元の人達の思いと汗と資金で自分達地域の祭りになったと思います。確かに2箇所の祭りには行政からの助成資金は出ていますがその何倍もの資金と人的協力が地元に熱い祭りを誕生させたと私は思いました。

パソコン回復!七商よさこい祭りだ!

平成9年3月2日遥々石川県七尾市から4名の先生(男性2・女性2)と田尻氏が高知に上陸!直ぐに私に連絡があり高知のよさこい鳴子踊りの研修が始まったのです。私が研修会場に選んだ所は高知よさこい祭りで大賞・入賞とチーム作りには定評がある、「工藤リエ・ソウル・ニューヨーク」ジャズダンススタジオに案内し本場のよさこいを見てもらい、そして実際に先生にも体感してもらい踊って頂きました。(男の先生は嫌がっていましたが!)その後高知市・会議所(よさこい振興会)に表敬訪問をすまして、僅かな滞在時間でしたが、さすが先生真面目に研修しました。(この体感をどの様に生徒に伝えるか?大変だったと思います)しばらくして七尾商業から私に連絡が入り「生徒によさこい鳴子踊りを実際に見せたい」との内容、予算も少ないため私とインストラクターの2名での依頼があり、7月に七商に伺ったのです。学校に着くと体育館に案内されたのです、そこには全校生徒が集まっていて全員の拍手に迎えられ壇上に上ったのです。(感激と興奮!)その後私のよさこいミニ講演会を行い、インストラクターによるよさこい模範踊りを生徒に見てもらったのです。(踊り終わると大歓声が上り嬉しかった)そして高知研修の先生達が生徒達に作らせた踊りを拝見して楽しい時間を過したのです。(結構イケテいました)その後七商の生徒達に出逢ったのは「第2回和倉温泉かいかい祭り」の本祭8月4日に七商翔舞連としてエントリーしていたのです。その踊りは一ヶ月前の踊りとは比べ物にならないほどの「しっかり(よさこい)でした」仕上がりで迫力もあり、若さいっぱいで踊っていたのです。その年のかいかい祭りでは新人賞にあたる「高知市長賞」を受賞したのです。(僅かな期間に、若い事は凄い!) さあ、10月3日!全国でも珍しい地元商店街を使った文化祭「地域に発信する学校」を目標に七商よさこい祭りが始まったのです。当然私も会場に居て進行のお手伝いと、司会のサポート(全て学生達が運営)七商よさこい祭りの内容を説明すると、商店街にある空き店舗に各クラスごと店を作り(焼きそば・うどん・フリマーなど)店舗経営の勉強(とにかく生徒の売り込みが凄い)午後になると各クラス対抗よさこい踊りが始まり1年生から3年生の9クラスが別々の踊りと手作り衣裳で小さな商店街を順番に踊りだしたのです。街は人人でいっぱいになり商店主は「ここ数年こんなに沢山の人を街で見た事が無い」と驚いていたのです。しかも学生たちの営業方法は商店街の人達が忘れている「活気」ある販売方法だったのです。

パソコントラブル!

昨日突然にパソコンがネットと接続できなくなり、書き込みが出来なくなっています。(知り合いのノートから今書いています)七尾商業よさこい祭りをかなり書き上げた時、不慣れなノートの為なんと朝から書き溜めた文章が消えてしまい・・・・!とても悲しく、書き上げた文章を思い出すことが出来ないので今日はこのお詫び文章で終わります。猛烈に悔しい!
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