名古屋岩の上教会

わたしはこの岩の上に私の教会を建てます。 -マタイによる福音書第16章18節-

名古屋岩の上教会ウェブサイト

教会の公式ホームページもご覧ください 
名古屋岩の上教会ウェブサイト">http://iwanoue.com/

12月4日


★   先週の臨時会員総会にて、墓地取得のための教会的手続きが祝福の内に整いました。次主日の墓地委員会の議案は、墓石デザイン(刻印されることばは、マタイ16章18節、「わたしはこの岩の上に私の教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。」に決定。ただし、文字の書体、大きさ、配置は未定。)の選定です。大きく2つの案に絞り込まれています。引き続きお祈り致しましょう。

☆    先週の読書会は、先月の全体研修会の復習の時と致しました。出席者の了解のもと予定を30分超過しました。袴田先生は質疑応答の中で「30周年宣言が出た頃なら、名古屋岩の上教会はそれほど目立たなかったでしょう・・・」と語られたことが忘れられません。ところが、今や周囲を見渡せば、政治的な意思表示を教会として行動で示す群れは、ほとんどないように思います。それだけに、ザンネンでクヤシイですが、私どもの一つの特別な使命であると認識して担う以外にないと思います。改めて、これを教会全体で担うことが聖書的であり、また今日の状況に鑑みて、必須であるかを確認しました。

★   先週の土曜日、政治的ディアコニア室主催の第一回憲法カフェとして、午前、午後の二回、「不思議のクニの憲法」の上映会が催されました。外部から50名、会員を加えれば68名もの方々が集われました。アンケート用紙の回収率は、なんと9割。「このような集会をしてもらえるのはありがたい」との書き込み。この声は、おそらく全員のものだろうと思わされます。確かに、そこでみ言葉を語ることはできません。私の挨拶も、伝道新聞の紹介程度。しかし、ほとんどの方が、初めて礼拝堂に入られたこと。教会が、どこに立っているのかを示せたこと。将来に不安を抱く地域の方々に、僅かながら「仕える」ことが許されたこと等は、明らかな恵みです。主が、この企画をキリストの証し、ご自身の栄光、御国の拡大のために用いて下さるようにと祈ります。この切なる祈りがあるところ、政治的ディアコニアは教会の本質的働きをなすこととなるはずです。そして、くどいですが、ディアコニアに関わるみ言葉と歴史、教理の全体からの学びが必須です。同時に、「ここに神の教会を〜形成させて下さい」との祈りを具現するには、「ここ」の理解も大切です。つまり日本と世界の課題とその原因を追究するための学識、研究成果の学びも求められるでしょう。この点においては、室員の皆様におゆだねしたいと思います。

☆    このようなディアコニア(行動・実践)を担う教会であるための条件は、み言葉の恵みに押し出されることにあります。ここに牧師の固有の責任と務めがあります。実は、小会に相談せず、秋からの祈祷会は、詩編を出席者と共に「味わう」集いとしています。霊的な祝福を豊かに受けて欲しいとの願いからです。実はそこで私自身、とても驚かされ続けている事があります。詩編が実に政治的だということです。(※そもそも、地上で信仰に生きる限り、政治から無縁でいられる人は、誰もいません。何より聖書そのものが「神の国」を主題にしているのですから、「世・クニ」と緊張関係にあることは明らかです!)

詩編第10編体験は、決定的でした。この詩を自分の「嘆き」とすることができるかどうか・・・。そこに、現代社会における自分の立ち位置が露わになると思います。世界の不公平、諸悪の状況を怒りと共に神の御前に嘆くこと。この嘆きを、自分のものにすることが問われていると教えられています。嘆くことは、苦しく、辛いことです。それを嫌がり「山」(1節)へ逃げ出そうとする自分の不義が示されます。日本人は、「寄らば大樹の陰」・「長いものには巻かれろ」が染みついています。被害者になって苦しめられていることを「忘れる」ために、加害者の立ち位置を自分のものとするという精神構造(病理)があるのだろうと思います。主を避けどころとしないで、「山」へ逃げるのです。日本の教会は今まさに、神へのまっすぐな信仰の従順を疎外する「国家体制=憲法」転覆の前夜を迎えています。もし、この圧迫を「痛がらない」のであれば、私どもは既に、このような悪しき支配者側に立とうとしている、すでに立っているのだと思います。先週の第11編3節は胸に刺さりました。「世の秩序が覆っているのに、主に従う人に何が出来ようか」との声が、外からそして自分自身の内からも聞こえてきます。しかし、「主を、わたしは避けどころとしている」(1節)との告白を深めたいのです。

一方、詩編には、実にイメージ豊かな神の愛と恵みが描き出されています。「そのまぶたは人の子を調べる」(4節)ひとりの仲間は、ここから、神がわたしのことをまるで「黙想」しておられるとのイメージを与えられました。つまり、「恵みの業を愛される」(7節)神さまが、私のことを神の子として見つめ、その救いを完成するための恵みの業をふさわしく与えようと考えておられる・・・のです!詩編を「会員と共に」味わうとき、信仰は深く慰められ、行動へと立ち上がらせられます。祈祷会の恵みが広がりますように。

「救いの全体と神髄」

「救いの全体と神髄」
2016年12月4日 待降節
聖書朗読 使徒言行録第20章13−21節  (p253)
【  さて、わたしたちは先に船に乗り込み、アソスに向けて船出した。パウロをそこから乗船させる予定であった。これは、パウロ自身が徒歩で旅行するつもりで、そう指示しておいたからである。アソスでパウロと落ち合ったので、わたしたちは彼を船に乗せてミティレネに着いた。翌日、そこを船出し、キオス島の沖を過ぎ、その次の日サモス島に寄港し、更にその翌日にはミレトスに到着した。パウロは、アジア州で時を費やさないように、エフェソには寄らないで航海することに決めていたからである。できれば五旬祭にはエルサレムに着いていたかったので、旅を急いだのである。
パウロはミレトスからエフェソに人をやって、教会の長老たちを呼び寄せた。長老たちが集まって来たとき、パウロはこう話した。「アジア州に来た最初の日以来、わたしがあなたがたと共にどのように過ごしてきたかは、よくご存じです。すなわち、自分を全く取るに足りない者と思い、涙を流しながら、また、ユダヤ人の数々の陰謀によってこの身にふりかかってきた試練に遭いながらも、主にお仕えしてきました。役に立つことは一つ残らず、公衆の面前でも方々の家でも、あなたがたに伝え、また教えてきました。 神に対する悔い改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、ユダヤ人にもギリシア人にも力強く証ししてきたのです。】


 待降節の第二主日を迎えました。伝道新聞でもすでにお知らせしていますが、来週から三回連続でクリスマスメッセージを取り次ぎます。これは、すべて新しい方への伝道を祈り願ってなされるものです。祈りを集めて参りましょう。
従いまして使徒言行録の講解説教で礼拝式を捧げるのは今年最後となります。今朝は遂に、エフェソの教会の長老たちに告げた別れの説教、告別説教に入ります。わたしはこれまで何回、この説教を読んで来たことでしょうか。数えきれません。

さて、今、パウロはトロアスから徒歩でミレトスの町に来ています。そして、そこから、はるばるエフェソに使いを送ってミレトスの町に呼び寄せます。最低65舛呂△襪噺世錣譴詁擦任后そこを徒歩で往復するのは大変な事だっただろうと思います。最低、片道、一泊二日の旅路だったと思います。何故、こんな大変なことを求めたのでしょうか。理由は、25節に記されてあります。パウロは「もう二度とわたしの顔を見ることはない」と予想しているからです。パウロは今、死を決意しています。それは、迫害による死、つまり殉教です。エフェソ教会は、この時既にアジア州を代表する教会としてその土台が据えられつつありました。そのような教会に、いよいよ世界伝道の拠点となってほしい、堅固な教会を形成してほしいと、強烈な願いを込めて、そして言わば遺言を残したかったのだと思います。

さて、いよいよ長老たちに語られた説教本文に入りましょう。私は、ある説教者がこの説教は、「教会の憲法である」と言ったことを忘れられません。なるほど、ここには、およそ教会に生きる者がその教会に正しく仕えるための筋道が示されているからです。要するに、ここに示された道まっすぐに歩んで行けば、確実にキリストの教会が建ちあがるという、そのような筋道が述べられているのです。その意味で、冒頭に申しましたように、この説教は、一回読んでおしまいにしてよいものではありません。例えて言うなら、キリスト者にとってカテキズムの学びは一生涯続けられるべきです。この説教は、事あるごとに読みなおし、皆で確認し合って教会の働きを考える基本としたら良いと思います。使徒パウロのエフェソ教会への告別説教は、21世紀を生きる私どもの教会にとっても、まさに教会憲法とすべきだろうと思います。

パウロは先ず、このように語り始めます。「わたしがあなたがたと共にどのように過ごしてきたかは、よくご存じです。」どれほどパウロと長老たちが親しい間からであったのかがよく分かります。そもそも集う長老全員、パウロたちによって信仰に導かれたのです。彼らがパウロを知るように、パウロもまた彼らがどのようにして、生ける真の唯一の神に立ち帰るようになったのか、おそらく、その一人ひとりのことをよく知っていただろうと思います。一緒に食事をしたこと等、数えきれないほどだったのではないか、そう思います。しかしここがポイントです。パウロと長老たちの関係とは、単なる人間的な親しい交流にあったのではなりません。

 つまり、長老たちは、パウロの好物がなんであるか、どんな性格だったのかということより、パウロの信仰と信仰生活についてよく理解していたのです。それを示して余りあるのが、このみ言葉です。「すなわち、自分を全く取るに足りない者と思い、涙を流しながら、また、ユダヤ人の数々の陰謀によってこの身にふりかかってきた試練に遭いながらも、主にお仕えしてきました。」ここには、「主にお仕えしてきた」という点、つまり、信仰生活の姿、信仰の姿勢が示されています。

パウロは、自分の奉仕の姿勢についてこう語ります。「自分を全く取るに足りない者と思い」皆さまは、この言葉をどう読まれるでしょうか。私にとっては、衝撃です。いったいかつて、使徒パウロほどの巨大な神の器がいたであろうかと思います。空前絶後の大伝道者、大牧師、大神学者、もう何と表現しても嫌味でも何でもありません。たとえば、アウグスティヌスでもトマス・アキナスでもカルヴァンですら、自分がパウロになぞらえられるなら顔を赤くするしかないだろうと思うのです。そのような人が、「自分を全く取るに足りない者」と本気で思っているのでしょうか。実にここに、キリスト者、神に仕える者が持つべき品性としての謙遜の模範が示されているように思います。

謙遜という言葉は注意深く用いなければならないと思います。日本では優れた人、人格者がもつべき徳、品性として、謙遜や謙虚さを挙げられるだろうと思います。それなら、日本人が考える謙虚あるいは謙遜というイメージとここで、言われているキリスト者の謙遜とは同じものなのでしょうか。「全く取るに足りない者」と、ほとんど劣等感の塊のような言い方のように誤解されかねません。しかしここには、信仰による自己理解が示されているのです。言葉を換えれば、神の御前での自己理解です。神に仕える者が神の前においてどのような自己理解を持つべきなのか、ということです。今、持つべきと申しました。しかし、本当は持つ以外にないのだと思います。おそらく、私どもが神の御顔の前で、神さまに奉仕させていただけばいただくほど、ああ、私はその任務にほんとうにふさわしくない者なのだということを分からせて頂けるのだろうとおもいます。自分が奉仕するのだからこんなに大きな実りがあった、このようにできたのだという傲慢な思いがあれば、それは、結局、神に仕えたのではなく、神のご威光、神の御名をみだりに用いたことでしかありません。みだりに神の御名を用いるとは、信仰の行いによって自分を高く見せたりすることです。

次に、「涙を流しながら」です。いったい、パウロは感情的な人だったのでしょうか。これは一般論ですが、理知的な人は感情的ではないという印象があります。彼は学者として最高の訓練を受けた人です。頭脳明晰です。さらに行動力も兼ね備えています。ですから、キリスト者たちを迫害する急先鋒に立ったのです。ところが遂に彼は、主イエス・キリストによって神を知りました。神を父として知りました。罪赦され、神の子とされたのです。救われて神の子とされるということは、そこで何が起こるのでしょうか。そのときこそ人は本当の意味で人になる、人間的になるのです。つまり、人間的な豊かな姿が取り戻されるのです。頭脳明晰、行動力もあるしかし同時に感情や感性の面でも、人間らしさが復活するのです。それなら、この涙の意味は何でしょうか。私は、愛の涙なのだと思います。神の愛を知って涙するのです。パウロは、主イエス・キリストによって神を知る前は、律法を語っても涙がでなかったのではないでしょうか。しかし、キリストによって律法、つまり旧約を語る時、涙が流れてしまうのです。キリスト者の暖かさとは、まさに、主イエス・キリストを通して神を知るところ来るのではないでしょうか。ただし、男パウロもまた本当に辛い時もあったでしょう。ちなみに世間では、「男は泣くものではない」と言われますが、教会では、聞いた事がありません。いうことは、

次にこれです。「ユダヤ人の数々の陰謀によってこの身にふりかかってきた試練に遭いながらも」ユダヤ人の陰謀については改めて申しません。彼の伝道の苦難は、異邦人からのものよりユダヤ人からの受けたのです。暴力的な迫害となりました。しかしそれだけではありません。むしろ、彼にとって福音の教えの内容について、混乱をもたらされるという攻撃、行いによって救われて行くという合理的な信仰が、恵みのみで救われるという福音にとっては深刻な脅威でした。

次に、これを丁寧に扱いましょう。「役に立つことは一つ残らず、公衆の面前でも方々の家でも、あなたがたに伝え、また教えてきました。」「役に立つこと」とは、具体的に何のことでしょうか。それは、救いに役立つことです。信仰の成長に役立つ教えです。それ以外のことはパウロは語らなかっただろうと思います。籍ほど、申しましたようにパウロは第一級の知識人です。教えようと思えば、東西の様々な学識を伝授で来たはずです。しかし、彼は時間を惜しみます。限られた時間の中で彼は徹底的に聖書を語る。み言葉を説き明かすのです。何故なら、み言葉、福音はパウロしか語れないからです。

ここで特に、「一つ残らず」に注目します。これは、何を意味するのでしょうか。ある牧師から、自分は赴任した教会で、聖書66巻を教えるのだということを伺ったことがあります。日本の教会の状況の中で、おそらく一つの教会でこれを実行しようとすれば40年や50年はかかってしまうように思います。教会員がこのような熱心な牧師の志に応えて、公的集会を通常の三倍くらいに増やす覚悟なら可能かもしれません。しかしそのためには、説教者じしんの能力も求められます。それなら、パウロは、3年余りのエフェソ伝道で、旧約聖書39巻を最初から最後まで丁寧に説き明したのでしょうか。会員はみんなそれを聴いたのでしょうか。それは、パウロでさえできなかったし、しなかっただろうと思うのです。ここでの「一つ残らず」とは、救いに役立つことを一つ残らずという意味なのです。分かりやすく言えば、「救いの教えの全体」全体像ということです。パウロがどうしてもしなければならないと思って集中したことは、そのことなのです。

そして後の教会は、まさに教会員が救いの全体像を学べるように、また、教えられるようにと信仰の教えを整頓しました。それが、信仰箇条、信仰告白となりました。特に、16世紀の教会の改革者たちは心を込めてそこに打ち込みました。それが、カテキズムとなりました。ハイデルベルク信仰問答や、私どもで言えばウェストミンスター小教理、大教理問答です。そしてこのような文書は、一度、学べばもう終わりとは決してなりません。一生涯、何十回、学び続けるべきものです。パウロはおそらくそのようなキリスト教教理、救いの教え、福音の神髄に余すところなく、語り抜いたのです。

 次に、これです。「公衆の面前でも方々の家でも」「公衆の面前」とは、公的な場での説教という意味です。今まさにここでしていることです。「方々の家」とは、個人的な場での説教という意味です。言うまでもなく、主日の礼拝説教こそ、最も大切です。ただし、それだけしていればよいのではないことがここで明らかにされます。つまり牧師は、個人的にもみ言葉を語る必要があるということです。ひとり一人の個別の状況にふさわしくみ言葉で養う責任があるのです。実は、小会では今、来年度、牧師や長老を招いて家庭礼拝を開催していただくためにどうすべきかということを話題にしています。これは、もう昔からしてまいりましたが、祈祷会の折、時々、牧師とマンツーマンでお祈りすることも同じ主旨です。本来、私自身が積極的にそのような場を設けることが基本のはずです。しかし、私はその賜物も能力もまさに小さな者です。ここはぜひ皆さまのご協力が必要です。私をこのような奉仕をさせるように仕向けて頂きたいのです。ご家庭でまた御一人おひとり考えて頂ければ嬉しいです。

次は、「あなたがたに伝え、また教えてきました。」です。先ず、福音は、伝えられなければなりません。ですから、パウロは長老たちをはじめエフェソの町の人々に伝道したのです。しかし、福音は、一回伝えられたらそれで十分というわけにはまいりません。伝えっぱなしではならないのです。そこで、「教えて来ました」という言葉が続きます。これは、後の教会の歴史の中で極めて重い意味を持つようになるディダケーという言葉が用いられています。キリスト教教育という意味です。私どもの言葉で言えば、カテキズム教育と言い換えてもまったくかまいません。繰り返しになりますが、パウロは、教会の教えつまり聖書の教えを教会員にまさに繰り返し、教育したのです。

 最後にこのみ言葉を深く学びましょう。「神に対する悔い改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、ユダヤ人にもギリシア人にも力強く証ししてきたのです。」実に、ここにこそ、救いの道を歩むキリスト者にとって究極の課題、決定的に重要な道が示されています。キリスト教信仰とその生活の神髄がこの一句に露わにされています。私どもは、これまで「救いの全体」を伝え、教えることがどれほど大切なのかを確認してまいりました。実は、新しくできた教会や教派の中には、とても危ういものが少なくありません。いったい、どこに、何に問題があるのでしょうか。それこそ、まさに、今確認した点にあります。つまり、しばしばキリスト教信仰の全体像が教えられないということです。聖書の一部分だけを取り出して、まるでその部分が全体の中心であるかのように主張し始めるのです。もし、そうなれば、どんどん新しい教派、教会が誕生するでしょう。ひとりの指導者が主観的に、この部分こそ中心だと語り始めれば、教会はそこに流れてしまう危険性を持っています。だからこそ、私どもは教会で公認されてきた信仰告白を大切にし、そして、カテキズム教育、教理教育を必須のこととして教会形成をしてまいりました。これからも、聖書の教えの全体像を学ぶんで行きたいと思います。

 さて、今朝はそのことを思いっきり強調した上で、このみ言葉を深く味わいたいと思います。私どもの信仰には、言わば、肝があります。神髄と言うような中心があります。そもそも信仰生活は、単純明快なものです。それを示すのが、この聖句です。「神に対する悔い改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰」信仰生活とは「神に対する悔い改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰」に生きることです。信仰生活を導く力、信仰の力の源泉は、ひとえに「神に対する悔い改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰」にあるからです。昔から、悔い改めと信仰の二つは、コインの裏表と表現されて来ました。

そもそも、悔い改めとは何でしょうか。世間でも使われる表現です。その意味は、悪い行いを反省してもうやめるという感じでしょうか。世間で言う反省や悔い改めは、おそらく自分の良心や世間の価値基準、しきたり、法律等を破ってしまったと認めることだと思います。おそらく、それを誰かから、指摘されてなすものだろうと思います。そして、その反省は、二度、三度まではまだ許されるかもしれませんが、何度も繰り返すなら、もはやまったく反省しているとは認められなくなるだろうと思います。それなら聖書が言う、悔い改めとはなんでしょうか。それは、神へと向きを変えることです。神に向き直ることです。そもそも、人間とは神に向くように造られた存在でした。神へ、神に向き合うようにと創造されているのが人間なのです。その本来のあり方に立ち帰ること、それを悔い改めると言います。その意味で、悔い改めのイメージは明るいものです。光に向かうのです。ですから、朗らかになって、元気になるものなのです。もとより、そこには自分自身が神に背を向ける性質、つまり罪と向き合うことも含みます。ですから、最初の部分には確かに厳しく、悲しく、苦しく、つらい出来事から逃げ出すことはできません。自分の内側にある暗闇、汚い部分に向き合わざるをえません。しかし、私どもはその罪を認め、そして神に向き合うことへと招かれているのです。ですから悔い改めとは、神の恵みそのものです。神から与えられている救いの恵みなのです。ですから、悔い改めることは既に光を浴びてなしているのですから、既に明るいものとなり始めています。

 最後に、イエス・キリストに対する信仰です。ここで、そもそも信仰とは何かということを問いましょう。ハイデル
ベルク信仰問答問い21は、信仰の定義として最高のものかもしれません。「信仰とは、神がみ言葉において、私たちに啓示されたことすべてを、わたしが真実であると確信する、その確かな認識のことだけでなく、福音を通して聖霊がわたしのうちに起こして下さる、心からの信頼のことでもあります。」ここに二つのことが言われています。第一に、聖書の約束は真実だと確信する、その確かな認識です。つまり、信じる対象を知ることです。ですから、私どもは聖書の、救いの全体像を学び続けるのです。ニカヤ信条を土台として、カテキズム教育を一生涯続けるのです。第二に心からの信頼です。知って理解するだけでは救われません。信仰とは、イエスさまを避けどころとするということです。主イエスさまにより頼む、この私は決して見捨てられることはないのだと信頼することです。高いところに昇った幼子が、親から、ここに飛び降りて来なさいと招かれて、本当に大丈夫?などと言わず、親のふところめがけて喜んで飛び込んでしまう、そのような信頼が信仰なのです。子どもは父親の腕力は自分を支えられるという知識、認識を持っています。しかし、それだけではだめです。実際に飛び込むことで、お父さんとのよい関係は深まります。どれほど聖書を学んでも、信頼、信仰がなければ神との人格関係が始まりません。

そして、最後に確認します。神への悔い改めと主イエスへの信仰は、決して、一回限りのことではありません。これは、毎日のことです。毎朝、毎晩、いつでも悔い改めて信じるのです。悔い改めと信仰、このコインの裏表、二つで一つの信仰の歩みを続けるとき、私どもは生けるキリストに確実に結ばれるのです。罪は完全に赦され、神の子とされるのです。悔い改めと信仰という救いの恵みをもって救いの全体像を繰り返して学び続ける人は、キリスト者としてその人生を通して必ず神の栄光を現し、神の救いのご計画に尊く用いられます。日ごとに悔い改めと信仰をもって、救いの全体像を学び続けてまいりましょう。

祈祷
天のお父さま、教会憲法と呼ばれる説教を通して、いよいよ、私どもが聖書の救いの教えの全体像を把握し、悔い改めと信仰によって生き生きとした救いの喜び、希望にあふれた生活へと導いて下さい。そして、私どももまた誰かにこの福音を伝え、教える者として用いて下さい。アーメン。

11月27日

★   先週の火曜日未明、福島県、宮城県で東日本大震災の余震と言われる大きな地震がありました。被災していない私でも、心が重く圧迫された一日となりました。被災者の皆さんは、いかばかりであったかと思います。何より、改めて震撼させられるのは、東電の福島第二原子力発電所の使用済み燃料プールの冷却装置が地震によって止まってしまったとの報道です。原子炉の冷却のための電源喪失は日本史上最大の環境事故となり、今なお、まったく収束していませんし、収束の見通しを立てることすら、誰もできないという、これまでのいかなる事故とも異質な巨大事故です。それにもかかわらず、政府と推進勢力は、まるでなかったことのように再稼働に舵を切りました。震度5弱で、今回のような「事故」が起こりました。東電は、「安全装置が働いた?から冷却しないようにしたまで」と、素人目にも詭弁であることがわかる「説明」で切り抜けられると思っているようです。ただし、この事故によって「寝た子が起きる」という恐怖を味わい始めているかもしれません。今回の地震と事故を、神の憐れみと受け止めたいと思います。何とか、声を挙げ続ける責任が、教会に、とりわけ日本の教会にあるはずです。

☆    私どもは、被災地支援のディアコニアの活動を通して、フクシマの被災者、避難者たちの「棄民」状態を「見て」います。そのような者としての特別の責任があるだろうと思います。3・11以降、国家は、責任を負わない、負えないというまさに国家の体をなさない状態(が「露見した」まま)です。フクシマのディアコニア、それは亘理、山元におけるディアコニアとは別の視点から、つまり政治的ディアコニアの視点からも担うべき教会の働きです。

★   今月の11日、日本カトリック司教団から、世界に向けて下記のようなメッセージが公にされました。「地球という共通の家に暮らすすべての人へ  原子力発電の撤廃を −福島原子力発電所事故から5年半後の日本カトリック教会からの提言−」です。詳しくはネットで。 5項目で纏められています。    
1. なぜ日本司教団は呼びかけるのか
2. 5年半をへて分かったことと学んだこと
 〜 核分裂によって生じた原子核は不安定であり、それを安定させる技術(放射性廃棄物処理技術)を人類はいまだ獲得してはいないこと。 ひとたび原子力発電所で過酷事故が起これば、市民生活が根底から破壊されること。また放射能による環境被害の影響は、国境も世代も超えて広がること。 また、原子力発電撤廃の前に立ちふさがる、大きな力の存在についても学びました。経済的発展こそが人間を幸福にするのだと声高に繰り返し、世界をそうした偏重した方向へと押しやろうとする、魔力のような見えないこの力こそ、原子力発電との決別の決意を打ち砕こうとしているのだと、深く知るに至りました。
3.原子力発電を推進する国家の姿勢
4.キリスト教信仰の視点から
   〜人間は本来、自分自身との関係、他者との関係、大地(自然環境)との関係、そして神との関係において調和があってこそ、平和で幸福に生きることができるのです。〜美しい宇宙を創造された三位一体の神との交わりを深め、内面から被造物と和解し、ともに神の創造のわざにあずかり、その完成に尽力するよう招かれているのです。
5.国際的な連帯の呼びかけ

★   上記ローマ教会の声明に全幅の賛意を表明致します。しかし、来年は「宗教改革500周年」です!改革教会を標榜する私どもであれば、来年、一年、その意味を繰り返し問いたい、問うべきではないかと思います。それは同時に、名古屋岩の上教会の原点を問うこととも重なるはずだと考えています。ただし現時点では、具体的なプランは何もありません・・・。感謝と悔い改め、深い希望に繋がれば最高です。

☆   伝道新聞が出来ました。特筆は、〇〇姉の「証し」です。力強い伝道推進力です。このような証しが次回も掲載されればどんなにすばらしいことかと思います。

★   第一回憲法カフェ、午前に「不思議なクニの憲法」の映画、とても良かったです。登場された方々は書物やフェイスブックなどでよく知っている方々ばかりでした。水野スウさんの「12条【する】」は、普遍的真理を示していると思います。「憲法は国民の【不断】の努力によって守られるべきだから【普段】からすべき」との訴え。声も聞けて嬉しく思いました。詳しい事は次主日に・・・。いずれにしろ、盛会でした。

「人を生かす慰めの家」

「人を生かす慰めの家」
2016年11月27日 待降節
聖書朗読 使徒言行録第20章1−12節◆  複陦横毅魁
【   この騒動が収まった後、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げてからマケドニア州へと出発した。そして、この地方を巡り歩き、言葉を尽くして人々を励ましながら、ギリシアに来て、そこで三か月を過ごした。パウロは、シリア州に向かって船出しようとしていたとき、彼に対するユダヤ人の陰謀があったので、マケドニア州を通って帰ることにした。同行した者は、ピロの子でベレア出身のソパトロ、テサロニケのアリスタルコとセクンド、デルベのガイオ、テモテ、それにアジア州出身のティキコとトロフィモであった。この人たちは、先に出発してトロアスでわたしたちを待っていたが、わたしたちは、除酵祭の後フィリピから船出し、五日でトロアスに来て彼らと落ち合い、七日間そこに滞在した。
週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた。エウティコという青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた。パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。「騒ぐな。まだ生きている。」そして、また上に行って、パンを裂いて食べ、夜明けまで長い間話し続けてから出発した。人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた。】


 「ここに神の教会を、ここにキリストだけを主と告白する、慰めの共同体を形成させて下さい。」この祈りは、名古屋岩の上教会が開拓伝道を始めた最初から今日まで、ずっと祈り続けている言わば、教会の柱となる祈りであります。私どもの歴史とは、まさにこの祈りを祈り続け、この祈りを展開し、この祈りを掘り下げることによって歩んで来たものだと言ってよいと思います。

そのような私どもが今朝学ぶテキストは、先週と同じ箇所です。ただし、学びの焦点は、先週と前後いたします。先ずは1節から見て参りましょう。「この騒動が収まった後、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げてからマケドニア州へと出発した。」この騒動が収まったとあります。エフェソでの騒動のことです。これは、ほとんど暴動の一歩手前にまで至った、町にとっても教会にとっても大事件でした。それは裏返して言えば、エフェソの町での伝道は、大変大きな実りを結ぶことができたからです。福音伝道の祝福は、これに強烈に反発する勢力が起こるということは決して例外的なことではありませんでした。結論を言えば、この大騒動は福音と教会の大逆転、大勝利に終わりました。こうして「この騒動が収まった後、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げてからマケドニア州へと出発した。」ここでパウロは心から神に感謝したはずです。そして、たった一人で感謝するのではなく弟子たちを呼び集めます。いっしょに感謝の礼拝を捧げたかったのだろうと思います。さて、ルカはここではっきりと、パウロが教会員を呼び集めた理由、目的を記します。「励ます」ためです。励まし、励ますという言葉は、さらに続けて記されます。「そして、この地方を巡り歩き、言葉を尽くして人々を励ましながら、ギリシアに来て、そこで三か月を過ごした。」パウロは、ここでは、人々、つまりキリスト者たちを、言葉を尽くして励ましたのです。英語の翻訳では、「多くの言葉で」とか「多くの説教で」と訳しています。言葉の限りに励ます、慰めるというニュアンスだろうと思います。
 
私どもは、これまで、使徒パウロの異邦人伝道また開拓伝道の活躍をみてまいりました。ルカは、教会の土台を据える伝道者として働くパウロを描いて来たと思います。それに比べてここでのパウロは、言わば牧師として働くパウロが描かれているように思います。教会とキリスト者を励ます人、牧会者としてのパウロです。
 さて、パウロは、ここでどのような励ましを語ったのでしょうか。ここであらためて確認しておきたい聖書の言葉、ギリシャ語があります。ここで使われている励ましという言葉は、「パラカレオー」というギリシャ語です。これは、実に多くの訳語があります。第一には、やはり慰めると訳されます。そして、励ましとも訳すことができます。さらに、説教するとも訳せます。ここで、激励したと言うも翻訳もあります。パラカレオーというギリシャ語は、聖書のなかで極めて重要な言葉だということ、そこを確認しておきたいと思います。さらに、今朝の箇所の12節です。エウティコの事件の結びの言葉にこうあります。「人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた。」大いに、ものすごく慰められたという慰めという言葉がまさにパラカレオーです。

 さて、暴動が収まった直後のエフェソの教会員に、どのような励ましの言葉が、言葉を尽くし、多くの言葉で、多くの説教によって語られたのでしょうか。今朝、先ず、そこを押さえておきたいと思います。暴動の後です。暴動は思わぬ方法で収束したのです。なんと皇帝を神、主と崇めさせる言わば宗教国家であるローマ帝国の権力でした。アジア州の宗教を司る高級官僚とパウロは親しい友人でした。そして、暴動寸前のエフェソ市民をなだめ、解散させたのは帝国から任官された町の書記官でした。この有能な書記官が、こんなことをしていたら、暴動を起こした罪に問われて、ローマ軍によってたちまち暴力的に鎮圧されるということをほのめかしたのです。市民にとって、水戸黄門の印籠ではありませんが、反帝国的活動をした者が、どんなひどい目に遭わされるのか知っています。熱狂していた人々は、シュンと我に返って、自分の家に帰って行ったのです。

 そこで、パウロが語ったことは、ローマ帝国と生まれたばかりのキリスト教会との関わり方についてではなかったか、少なくともそれが一つの説教の主題となったはずだと私は考えています。
そしてこの推測が正しければ、パウロが語ったのはローマの信徒への手紙第13章に記されている教えであることは間違いないと思います。「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。〜〜権威者はいたずらに剣を帯びているのではなく、神に仕える者として、悪を行う者に怒りをもって報いるのです。〜〜貢を納めるべき人には貢を納め、税を納めるべき人には税を納め、恐るべき人は恐れ、敬うべき人は敬いなさい。」そして、8節です。「互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。」
  ローマ帝国は、皇帝を神、主と崇めさせようとする擬似的宗教国家です。当然、キリストの主権や王権と抵触します。ぶつかるところが生じます。しかしそれでもなおパウロは、このローマ帝国を、神の立てられた制度、権力として受け入れるのです。何故、使徒パウロは最後には、自分を殺したであろうローマ帝国を、積極的に、肯定的に受けとめるのでしょうか。

 そのことを考えるとき、やはり、そもそもから考えなければなりません。人間は、神との正しい関係を壊して罪人になってしまった時から、神と敵になっただけではありません。人間お互いも敵となってしまいました。カインは弟アベルを殺してしまったことがその実例です。神との曲がった関係は、人ともまがった関係を持つようになりました。正しい関係つまり愛の関係を構築できなくなったのです。つまり、人間の最大の敵は、人間になってしまったのです。そしてそこに、国家の問題、国家の必要性が出るのです。もしも人間が法律によってさらに良心によって、行動を規制されなかったなら、どうなるでしょうか。まさに、弱肉強食の世界になります。いえ、肉食動物の狼やライオンは、お腹がすかなければ襲いません。しかし、人間は狼以下になりえるし、事実、今、なり下がっています。人間にとって人間こそがもっとも怖い狼になってしまうのです。だからこそ、神はすべての人間とその共同体を存続させるために王や国家という権力装置、剣の権能と言いますが、この権能を行使することを許されました。本来の権威は神の人間への憐れみの御心に基づいて与えられているのです。その限りにおいて、教会は率先して信仰とその良心の故に国家権力を重んじるのです。法律を重んじるのです。

おそらくパウロは、忍耐をもってこの権力に向き合うように励ましたと思います。税金を納めること、それを積極的に支持すらしました。あるいは、第12章を語ったかもしれません。「あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。〜だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。〜悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい。」

そして、十字架で死んで、三日目にご復活して罪を贖い、キリストの教会としてこの世から私どもを贖いだされた主イエス・キリストは、教会の頭でいらっしゃると同時に国家の主でもいらっしゃるのだと、そして、それを確信して忍耐するように励ましたのだと思います。「神は、教会を守られるのだ、教会を存続させることは神の御心であるのだ」と言葉を尽くして教え、励ましたのだろうと思います。

この時代の教会とキリスト者は、私どもの想像をはるかに越える厳しさの中にいたと思います。誰もイエスさまのことも、教会のことも知らない異邦人の世界のど真ん中で、新しい共同体を築き、新しい生き方を始めているキリスト者、神の国の生き方をこの世のただ中で始めているのです。ものすごい逆風、突風に吹き付けられること幾度であった事でしょうか。パウロがテモテに書き送った第二の手紙第3章12節にこうあります。「キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆、迫害を受けます。」さらにフィリピの信徒への手紙第1章29節にこうあります。「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。」 迫害と苦難はキリスト者の言わば、しるしだということです。しかし、まさにそこで神は、主イエス・キリストは、キリスト者と教会をお見捨てになることは決してなく、守られるのです。その厳しい道のりを彼らはそれを神からの試練、恵みの訓練として捉えさせて下さるのです。そのようにして、彼らを鍛えて下さるのです。こうして、ローマの信徒への手紙第5章4節以下にある通りのことが実現するわけです。「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。」

確かに苦難も迫害もキリスト者に伴います。しかし、神は時に、あのエフェソの騒動のように敵対する官憲、自分たちを苦しめる公的権力を用いても、御自身の教会、キリストの体である教会を守られるのです。「だから、大丈夫、信じて生きて行こう、忍耐しよう。何度失敗しても、何度挫折しても、立ちあがって行こう」そのようにパラカレオー、激励した、慰めたのです。

私はここで、パラカレオーという言葉とセットにして聖霊なる神さまのことを現すギリシャ語を、皆さまに覚えて頂きたいと思います。聖霊なる神のことをギリシャ語で、パラクレートスと言います。これは、二つの言葉を組み合わせた言葉です。「パラ」とは「傍ら」という意味です。「クレートス」とは「呼ぶ人」という意味です。一言で言えば、「傍らに立って呼ぶ人」という意味です。聖霊なる神とは、わたしを呼んで、わたしの隣にいてくださるお方なのです。わたしの隣で肩を抱くように寄り添う方です。ですから、イエスさまは、聖霊のことを、別の助け主と呼ばれました。それは、他ならないご自身こそが助け主でいらっしゃるのです。しかし、天に戻られた後、この地上にご自身に代わって直接的に助ける方を、送って下さるのです。そのお方こそ、聖霊なる神です。この聖霊が、具体的な困難な状況において、わたしを助けて下さるのです。主イエス・キリストこそ慰め主でいらっしゃり、聖霊なる神こそ、今ここで、主の慰め、励ましを与えて下さるお方なのです。

ここで改めて1節です。「パウロは弟子たちを呼び集めて励まし」とあります。私はパウロがトロアスのキリスト者たちを呼び集めるというところに、既にパラクレートスでいらっしゃる聖霊のお働きを認めます。そして何より牧師、牧会者の姿を見ます。パウロは、生まれたばかりのキリスト者と教会を慰めるために、弟子たちを呼び集めるのです。一緒に集まろうと招くのです。キリスト者を孤独にせず、共同体として集まることを促すのです。そして、彼が一所懸命にしたのは、神の御言葉の真理を明らかにすることでした。霊的な教えを教えること、つまり、神の言葉の説き明しである説教を行ったのです。

最後に、12節に注目しましょう。「人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた。」ここで改めて注目しましょう。あらためて想像してみてください。主の日の礼拝式で事故が起こる。しかも、死亡事故が起こる。これ以上に悲しいこと、辛いことがあるでしょうか。開拓間もないトロアスの群れです。彼らは、ほんのわずかしか滞在できない使徒パウロ先生の司式と説教によって捧げられる主日礼拝式に、どれほど大きな期待感を持っていたことでしょうか。もう、一言一句も聞き漏らすまいという姿勢でその礼拝や午後の学びや懇談のときを過ごしただろうと思います。使徒パウロ自身も、その熱意を肌で感じていたはずです。だからこそ、徹夜の礼拝式、学び会になったのです。ところがそこで若い兄弟が、午前中に働いたせいで、集会中に居眠りをして、転落死してしまったのです。もう、こんなに悲しいことはありません。それで教会が崩壊したということは考えられません。しかし、やはり余りに悲しすぎます。

ところが神は、この悲劇を、キリストの復活の命の力の証明、キリストの臨在の証明として逆手にとって用いられました。ご自身の栄光に変えられたのです。そしてそれは、トロアスの教会にとって、どれほど大きな、どれほど力強い慰めになったことでしょうか。

ここで、ルカは「人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた。」と記しました。現代のある教会であれば、この青年を言わば伝道の宣伝材料に利用するのではないか、そんなことを思ってしまいました。しかし、エウティコは教会の慰めになった、むしろ、そこに意味があったと、ルカは言いたいのだろうと思います。生き返った青年エウティコは、トロアスの教会員にとってまさに、イエスさまがいっしょにいて下さる証拠、聖霊が自分たちと共に、礼拝に臨在しておられるのだという証のように思ったと思います。そして、彼を見ると、ああ、私たちはキリストを頭とした教会員なんだな。羊飼いでいらっしゃるイエスさまはちゃんと羊を養いとお守りくださるのだなと、勇気を与えられた、励まされ、慰められたと思います。エウティコの存在がトロアス教会の慰めとなったのです。

説教の冒頭で、私は、名古屋岩の上教会において「慰めの共同体の形成」を祈り求めて来たことを申しました。実はその背後に、私自身が教会やクリスチャンに、言わば痛い目に遭ってしまったからでもあります。わたしは牧師がもしこの日本でちゃんと牧師でいられるためには、条件があるだろうと思っています。それは、教会員から慰めを受けられるかどうか、ここです。ある方は、「いや、牧師が慰めを受けるというのはどうなのだ。牧師は慰める側の人ではないか。」そう思われるかもしれません。確かに、牧師は説教者ですからまったくその通りです。しかし、牧師がキリストからの慰めそしてキリスト者からの慰めを経験していなければ、どうしてそもそも牧会ということが可能なのでしょうか。慰めを経験できない人が慰めることはできないと思います。だからこそ、第一に私にとって慰めの共同体が必要なのです。そしてそれは、当然、その源はパラクレートスでいらっしゃる聖霊から受けるものです。キリストご自身から受けるものです。しかし、それはまたキリストに結ばれた人間、つまり、キリスト者から受けることも不可欠です。私は、教会員に恵まれたと心底思っています。そうでなければ、ここまで牧師を担えなかったハズです。私が今朝もここで説教を、まがりなりにもきちんと牧師としての自覚をもって担えることが、岩の上教会が慰めの教会であるということの証拠なのです。皆さんが、キリストに結ばれ、キリストにあって生きておられること、その姿がわたしの慰めです。しかも、熱心に主に仕える姿を見せられたら、負けられないとすら思います。

転落事故で死んで、主の力で蘇生させていただいたエウティコは、トロアス教会にとってまさに慰めの人でした。皆が彼によって主の力強い慰めを受けたのです。しかしそれは、彼が何かすごい奉仕、バリバリと活躍していたかどうかと言う事とはまったく関係がありません。ただ彼を見ていると、彼が教会にいてくれると、そこから皆がイエスさまの復活の力が見えるようになってしまうからです。彼を通して、彼に働かれた主イエスの慰めの力が、トロアスの兄弟姉妹にも等しく注がれて行くからです。昨日、執事会の学び会に陪席しました。聖恵会の創立者の井原牧師の文章、障がい者の意義についての学びです。世間は、人間を生産性、生産能力で評価します。そのとき障がい者の尊厳は軽くさせられます。しかしそれが、聖書の教え、神の価値観と真逆であることを改めて確認しました。ハンディがある人が存在することがむしろ、言わば神の祝福の通路とすらなるのです。そこに、神の深い知恵があります。慰めの共同体、慰めの教会とは、人間をその人の能力で評価しない交わりをつくることとなるのです。お互いをそのように見るまなざしを、いよいよ深めることによって形成されるものです。そのような、信仰の事実を見抜く、見つめるまなざしを訓練させて頂きましょう。

パウロは慰めを語り続けました。要するに主イエス・キリストを説教しました。教会員は主とその言葉だけではなく、そのようなパウロ先生を見ても、勇気を与えられ、慰められたはずです。パウロもまた、説教に集中し、礼拝を言わば命がけで守りたいと励んだエウティコやトロアスのキリスト者たちに勇気を与えられ、慰められたはずです。そして、教会員はそのようなお互いの存在で、慰めを受け、また与えたのだと思います。そこにまさに、キリストだけを主と告白する慰めの教会の姿が現れ出ている、そう思います。

私どもは、これからもまた開拓以来の祈りを祈り続け、掘り下げて参りましょう。「ここに神の教会を、ここにキリストだけを主と告白する、慰めの共同体を形成させて下さい。」そのために、主の日を第一にし、主イエス・キリストを礼拝し、神の言葉そして聖餐の礼典を共に祝うことです。そして実に、この祈りを展開し、実践することが昨日の政治的ディアコニア室の第一回憲法カフェを生み出したのだとおもいます。何より、そのような教会の存在そのものが、この日本に神の教会を建てることによって、この国を建てなおす道、日本国憲法の大切な宝物をこの日本に根付かせる決定的な力とすらなるはずです。慰めの教会の形成こそ、今のこの国を支配している経済至上主義、能力至上主義の闇の力を打ち破ることにもなります。

祈祷
天のお父さま、私どもにこの教会を与えて下さり心から感謝致します。私の存在が、また兄弟の存在が慰めとなっていることを思います。何よりもそのような慰めを受ける交わりへとあなたがお招きくださったからです。慰め主でいらっしゃる主イエスよ、助け主でいらっしゃる聖霊よ、地上にはない、この慰め、生きる力、生きて行く勇気を、いよいよ私どもに注いでください。そして、この教会から外へと溢れ、流れだし、多くの希望を失い、生きることに困難を覚えている多くの方々と共に、この慰めにあずからせて下さい。アーメン。

目次
名古屋岩の上教会
〒458-0021
名古屋市緑区滝ノ水2-2012
TEL&FAX:052-895-6701 
メール:iwanoue■me.ccnw.ne.jp
※■を@に変えてください。
牧師紹介
□牧師 相馬伸郎□
下記の定例集会にどなたもお気軽にお越しください!心から歓迎いたします。
求めるあなたに、かならず、救いが与えられます。


□主日礼拝式□
毎週日曜日
10:30〜12:00

□子どもの教会□
毎週日曜日 
嬰児から高校生まで
9:00〜10:00

□祈祷会□
毎週水曜日 
朝 10:00〜11:30
夜 19:30〜21:00

個人的学び会 随時 牧師にお気軽にお問い合わせ下さい!

【子供と父母のハートステーション】が始まっています。 詳しくは、ニュースをごらんください!

初めての方はこちら
教会が初めての方、お探しの方はこちらをご覧下さい。
Q&A   
伝道説教  
洗礼入会者の証
月ごとの記事
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ