岩 崎 建 築 研 究 室 ・ 日 誌

〜京都で数寄屋を学び、建築設計を考える〜

岩崎建築研究室

水無月

お茶のお稽古、造園班。今日は一人が体調不良でお休み、もう一人は仕事中の怪我で左手が使えず見学。造園の仕事は体力勝負。怪我や病気には十分に気をつけて頑張ってほしいものです。
お稽古は盆略点前。前回は、二箇所同時点前で行いましたが、今日は一箇所で集中して。私が通うお稽古場と同じように、客振りのお稽古も同時に。これまで割稽古は懇切丁寧にしてきたつもりですが、ある程度流れができてきたら、厳しくいこう、ということで、ちょっと緊張感のある雰囲気に。手順を間違えたら、違う!とだけ言って、考えさせたり。少し手が震えている人もいましたが、緊張をする、ということも、お稽古としてはよいことなのかも。私の習った先代の先生は、本当に厳しく怖い先生でしたが、その先生からは本当に多くの大切な事を学びました。そんな先生と同じようなことは到底出来ませんが、何をどのように教えるのか、伝えるのか、をよく考えて、お稽古を続けて行きたいと思います。先生一年生の試行錯誤は続きます。


今日のお菓子は水無月。豆餅で有名な出町ふたば製。いつもすごい行列ですが、今日は少なめだったので(それでも5〜6人)、ちょっと並んで購入しました。美味しい。ちなみにお皿は、陶芸家、谷口左和子さんの作品。谷口さんは息子の幼稚園のママ友で、ご近所さん。取り皿として、普段使いにしているお皿ですが、水無月にぴったりだったので、お稽古場に持参しました。

うづくり

神奈川の茶室。大工さんの作業場へいくと、天井板にうづくりの加工をしていました。


四畳半分の天井板。杉の柾板を鉋で仕上げてから、うづくり加工をする。「結構な重労働です」。


道具の名前も「浮造り(うづくり)」。刈萱(かるかや)の草の根を麻紐で束ねたもの。多分、昔の人たちがいろんな材料を試した上で、刈萱が一番ということになったのでは。そうした歴史、記憶こそが文化なのだと思う。


木材の表面を何度もこすることにより、傷がつきにくく、木目を美しく際立たせる効果があります。短くなったら麻紐をほどいて短くしてゆく。


こちらは馬の毛?いくつかの道具を使い分けて、丁寧に仕上げてゆく。


仕上がった天井板。


かけた手間が味となる。また、本物の材料は時間を経て一層味が出てきます。

原寸図

神奈川の茶室。下地窓の原寸図を描くと同時に、詳細展開図と、躙口廻りなどの原寸図も作成。


原寸図は、CADで作図して、寸法線やハッチングや書き込みは手書きでする。すべてをCADにすると堅い印象になってしまう。これから手作業で材木を加工していく大工さんの気持ちに少しでも寄り添えるよう、というちょっとしたこだわり。


これまでにも茶室の設計をする度に原寸図を描いていますが、その都度色々な条件がかわるので、前と同じで、というわけにはいかない。また茶室については調べれば調べるほど、色々な事がわかり、終わりがないので、大工さんと今回はこうしようか、ああしようかと、検討するのが、設計の仕事の醍醐味。


茶室に慣れた大工さんなら、放っておいても、それなりの茶室はできるかもしれません。でもそれでは、亭主の茶室にならない。


亭主が直心の交わりを行う場として相応しい茶室にするべく、亭主のかわりに、亭主の気持ちになって、隅々にまで心を配り、全体がそれに相応しい雰囲気になるよう務めるのが設計者の仕事。


音楽に例えるなら、設計者は指揮者ではなく、あくまで作曲者。楽譜(図面)を書くことこそが仕事。出来上がったときに美しいハーモニー(調和)が奏でられるか、が問題。

下地窓について

神奈川の茶室の下地窓の原寸を描く。下地窓はいつも銘竹屋さんに発注して作ってもらいます。おそらく「縦何尺何寸、横何尺何寸」とだけ言っておいても、適当に作ってもらえますが、それでは、隅々まで気持ちのゆきとどいた茶室にならない。ということで、建築主さんの好みや雰囲気、現場での下地窓の位置、光の入り方、壁面のバランス、茶室全体の様子などなど、総合的に考慮して、葭の本数や配列、藤蔓を巻く位置などを決めて、原寸を描きます。


その前に改めて勉強。各資料には下地窓について色々なことが様々に書かれています(写真は待庵の下地窓)

中村昌生先生の「古典に学ぶ茶室の設計」には「下地窓の構成と納まり」として、その詳細が記されている。「草庵茶室では皮付きのヨシを用いるのが習いとなっております。普通壁は竹の小舞を掻いて壁を付けるわけですから、その竹の小舞がそのまま下地窓にあらわれてくる道理ですが、それではあまりに隙間が少なくて、採光にも支障を生じます。そこで細かい皮付きのヨシが選ばれたのでしょう」とのこと。実際待庵には葭が小間返しで入っている。
「ヨシの数は、待庵の場合は一本から三本ですが、通常は一本から四本までと考えていただいてよいと思います。」とのこと。ちなみに庭玉軒の下地窓(花明窓)には五本のところもあります。
「配列には定めはありません。ただ組む間隔は古い例では比較的細かいように思います。ヨシも太いものが用いられます。その間隔はおよそ一寸くらいを基準とするのが、今でもよいのではないかと思っております。」個人的には、小さな下地窓は小さめに、大きな下地窓は少し大きめにするのがよいのでは、と考えています。
「その格子間を正方形にするか、少し横長にするか、縦長にするか、;やはり好みがあります。どうあらねばならぬというものではなく、壁面におけるその窓のありよう、他との釣り合い、その窓の働きなどによって組み方を工夫すればよいと思います」とのこと。個人的には、縦長の窓なら格子間も縦長、横長の窓なら格子間も横長、が自然のように感じます。


北尾春道氏の「茶室の材料と構法」では、意外と下地窓についての記述は少ない。庭玉軒の花明窓の詳細が図示されていて、それによると、藤蔓が巻く箇所は皮付きヨシではなく、寒竹と煤平竹になっている。

千宗室、村田治郎、北村伝兵衛監修の「茶室」では、下地窓の本来の姿は、あくまでも壁の下地であることに重点を置いて語られている。壁の下地には大別すると二種あるとし、「割り竹をわら縄でかきつけたもの」と「女竹をエツリ竹とし葭を下地(小舞)としてわら縄でかきつけたもの」とし、掛蔓竹であるエツリ竹があるべき配置にすることで自然で美しい姿になるとしている。「わざとらしいことをたくらむ必要はなく、壁下地をつくる気持ちで藤蔓をかければ、自然におもしろ味も変化も現れてくるものである」とのこと。また色紙窓の場合などには、それぞれを別に考えるのではなく、エツリ竹を通すことで、自然で合理的で美しい姿になる、というのには納得。

葭を何本か寄せる「寄せがき」については「細い切れ端を何本か束ねて用いたことから発生したのだから、それを考えながら配置すれば、自然に見えて雅趣が生ずる。」元、末の自然な使い方があれば、美しく見える、とも。葭だけの下地窓については「あまり柔らか過ぎて壁下地らしくないので、よい趣味とは言いにくい」としているが、時代も変化しているし、大きさによって、それぞれでよいのではないかと思う。



原寸図を書く前に、詳細展開図を描き、下地窓の大きさと位置を決める。今回は床の間の墨蹟窓と、客座にあける大きめの下地窓。今回の茶室は仏間としても使うので、部屋が暗過ぎたり、天井が低過ぎても、よくない。ただあんまり明るくなったり、天井が高くなると、茶室らしい雰囲気がなくなってしまうので、そのあたりのバランスが難しいところ。


部屋内は掛障子が掛かりますが、外部は後座で簾を外せば下地窓がよく見える。バランスを見て葭の配置を考える。


詳細が決まれば、原寸図を作成。A3の用紙を貼り継いで、原寸の大きさにします。


墨蹟窓の方は、中村先生方式ですべて皮付葭の下地窓に。村田治郎著「茶室」では柔らかすぎるとされた総葭ですが、小さな墨蹟窓はこのぐらいがちょうどよいのでは。


大きい下地窓にはエツリ竹として寒竹を入れる。実際、これくらいの大きさになるとベコベコしたりするので、しっかりした竹をいれ、藤蔓でしっかり固定する、ということが重要だと思う。

なかなかこれが正解、というところに到達しませんが、機会あるごとに勉強し、数多くの実例を見て、よりよいものを作れるよう努めていきたい。

鴫立庵

大磯の鴫立庵(しぎたつあん)へ。新古今和歌集の三夕の歌として有名な西行の「心なき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮れ」。実際西行がここで歌を詠んだという記録はないらしいが、西行の熱烈な信奉者であった小田原の宗雪という外郎売りが、「鴫立沢」を探して歩きまわり、ついに大磯の海岸近くにある「鴫立沢」を見つけて、そこに標石を建て草庵をつくってしまったのが寛文四年(1664)、ということらしい。


敷地は東海道からすぐですが、少し段差があり、沢を渡ったところに門がある。水の音とその匂いで、街道とは別世界。


鴫立庵の門。


門の詳細。


門の扁額。


野地板は杉皮。垂木は杉小丸太。斜めに跳ね上がったナグリの腕木が珍しい。


門扉は竹の詰め打ち。枠はナグリ。


奥行きと高低差のある敷地。


土間は天井がなく、小屋現し。


木々に囲まれた茅葺きの屋根。


草の映えたエコロジカルな屋根。


高さの違う棟の続く茅葺き。一部は瓦葺き。


宗雪が建てたとも言われる五智如来(釈迦、阿弥陀、大日、薬師、宝勝)。この他、敷地内には石造物がたくさん。


茶屋。中は見られず。


円位堂。鴫立庵第一世庵主、大淀三千風が元禄時代に建てたもの。ちなみに現在の庵主は二十二世、鍵和田秞子氏。


円位堂の扁額。


中には西行像が納められている。中を覗くとリアルな木造が暗闇に浮かびあがり、ちょっとぎょっとする。


「心なき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」のオブジェ。ちなみに新古今和歌集、三夕の歌、あと二つは
寂しさはその色としもなかりけりまきたつ山の秋の夕暮れ(寂蓮)
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ(藤原定家)


青葉と円位堂。


手前が俳諧道場、奥が鴫立庵。京都の落柿舎(らくししゃ)、滋賀の無名庵(むみょうあん)とともに日本三大俳諧道場。明和二年(1765)第三世庵主鳥酔が増築したものといわれている。


茅葺きの棟の瓦。


俳諧道場の内部。


別アングルから。現在でも毎月句会が開かれ、短歌会など文化事業に利用されている。


鶴の釘隠し。


縁側の天井。


亀の釘隠し。


ヒヨドリが毛繕いをしていた。


軒裏に根を延ばすシノブ。


法虎堂。


内部は有髪僧体の虎御前の姿を写した木造が安置されている。元禄の遺物。


室内越しに紫陽花を見る。


茅葺きの連なり。



大磯迎賓館

大磯駅すぐの大磯迎賓館を見学。


大正元年(1912)竣工。木造三階建て。ツーバイフォーで建てられた最初期の実例。建築主は貿易商の木下建平、設計は小笹三郎。小笹三郎(1876-1916)は長崎生まれ、十八歳でアメリカに渡り、オレゴン州立大学を卒業、オレゴン鉄道会社に入社、シアトルに工業事務所を設け、1911年帰国、小笹工務所を開設。1916年40歳で他界。


一階洋室B。


二階洋室E。


二階洋室D。


壁紙の詳細。


ドア上には硝子欄間。


二階洋室F


同天井。


ステンドグラス。


海側のサンルーム。


窓から海が見える。


幾何学模様のステンドグラス。


上下できる照明。


ステンド越しに緑を見る。




契約と採寸

神奈川の茶室。見積もり調整に少し時間がかかりましたが、内容を変更して、めでたく工事請負契約をする運びとなりました。大工さんは車で前日入り、私は夜行バスで朝一で現場へ。計画の内容を確認したら、建築主さんと大工さんとで建築請負契約。


無事契約後は施工に向けて詳細な採寸。畳を上げて、、


床下の確認。既存の畳下を活かして改修することもできますが、レベルを詳細に確認すると、やはり不陸がありましたし、炉壇廻りの仕事が作業場でできないことなどなど、総合的に判断して、既存の床下は撤去することに。


持参したベニアを敷詰めて、現況の詳細を採寸。


建具枠の位置や大きさ、スイッチコンセントなど、詳細な情報を書き落としていきます。


こんな感じ。五寸返りの線を墨壺でつけて、詳細に写しとってゆく。


大工さんが作業をしている間は、建築主さんとお話をしたり、図面を修正したり。今回躙り口は、外部から直接入るのではなく、縁側から入るかたちになるので、一般的な寸法では少し躙り入りにくいかも、ということで、少し大きめの寸法に。こういうときに、参考になるのは待庵の寸法。待庵は躙口の最初期の作例とされますが、その後のスタンダードな躙口に比べると高さが二尺六寸と少し大きい。お客さんから「少し大きいですね」と言われたら、「待庵と同じです」と答えられる、という算段。
 その他連子窓の高さや、墨蹟窓の大きさや位置を最終決定。現場の空気を感じながら、ご亭主とお話をしながら、寸法の微調整をしてゆく。持参したパソコンで正確な寸法で作図をしてバランスを確認できる、というのはとても便利。ドラフターで図面を描いていたら、こうは出来ない。こうして最終の寸法を決定したら、すぐに下地窓の原寸を書いて製作にかかってもらう。


今回工事を担当する若い大工さん(私のお茶のお弟子さん)から質疑を受け、詳細を確認したり、軽微な変更をしたり。終了したら、これを京都に持ち帰って、作業場で仮組を始めます。作業場で二週間、現場で三週間。盆前には工事が終了する予定。



茅ヶ崎の海

現場打合せまでの時間、茅ヶ崎の海を朝の散歩。


松林。日本海沿いの松とは随分雰囲気が違う。密生していて、南国のイメージ。ちなみに松は赤道直下のインドネシアから、北極圏のロシアやカナダまで広く分布しますが、南半球には基本的にはないそうです。温度の適性が広く、針葉樹でもっとも広い地域に分布する。


松林を抜けて海へ。


遠くに江ノ島を見る。


烏帽子岩。


波が寄せて返す砂浜。


打ち寄せる波。内陸で育って内陸に住んでいるので、海の景色は新鮮。


砂浜と釣り人。


草の露。


浜辺の昼顔。


竹垣。


竹垣とサーフボード。


サーフボードを乗せられる自転車ってあるんだ。


露草。


ノウゼンカズラ。


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岩崎建築研究室
岩崎 泰

住宅,茶室,店舗の設計等について
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