岩 崎 建 築 研 究 室 ・ 日 誌

〜京都で数寄屋を学び、建築設計を考える〜

岩崎建築研究室

今年最後の現場監理。

浜松の家、今年最後の現場監理。


現場では大工さんが書院障子を建て込むところ。


玄関土間の三和土に差し込む陽射し。


玄関の大戸。江戸時代の民家に使われていたものを再利用。真鍮の角レールでスムーズに動く。


玄関戸を開けたところ。下足入の建具は、ここにあった古民家に使われていた古建具の腰板部分を使って作り直したもの。


濡れ縁の突き当たり、長い藁の入った土壁に冬の陽が差し込む。


茶の間の梁。以前と同じ梁。


鉄砲梁も以前と同様に入った。


大黒柱は場所が変わったが、存在感はそのままに。


ロフトからみる梁組。早く養生を外したい。


書院の天板。欅の古材の杢目。


お昼はなんと味噌煮込みうどん!建築主様が用意してくださって、座敷初使い。建築主様ご夫妻と大工さんと四人で、名古屋人のソウルフード、おいしくいただきました!


ご飯をおいしくいただいたら、建築主ご夫妻の前で、縁側の柱の養生を外す除幕式。ついにファサードの完成の姿が整った。


土壁に映る影も絵画的。


玄関と濡れ縁と。


鬼瓦と青空。


土間の下に入る雨樋。接続部分のカバーはタニタのシリーズ製品かと思いきや、工事をしてくれた板金屋さんのお手製、オリジナル!


書院の障子が入った。紙を張る前の今だけの眺め。


西日が差し込み土壁に映る影も今だけの景色。


濡れ縁。スリムな柱は以前と同じ太さ。敷地にあった石を厳選した束石にきちんとひかりつけ。


焼杉の外壁と、鎧張りの腰壁。


西日が床の間まで差し込む。


東側の鬼瓦。


下屋の様子。












玄関庭完成

古寺の家の玄関庭が完成した。


建仁寺垣に、少し目隠しに常緑のモッコク。当初格子戸を入れた門も検討しましたが、最終的には金閣寺垣をアレンジした竹の簡易な門としている。


起くりの屋根と玄関庭。


もともとあった蹲踞の脇にはベニドウダン。


こちらにはサラサドウダン。今は葉が落ちてしまっていますが、新緑、紅葉と季節毎に楽しんでいただけるはず。


玄関側からの見返し。切石は、以前この敷地にあったものの再利用。


焼杉の壁にクロチクもよい感じ。


一般的な金閣寺垣より少し背が高いので、少し下が間延びするかも。建築主さんとも相談して、細い竹を一本いれてもらうことにした。


竹をいれたところ。棕櫚縄の結びもあったほうがよさそう。


ささっと結んでくれて完成。男結びと飾り結び。


太い竹の中に細い竹を納めて、


これを引くことで、


出入りができる、というもの。伊勢神宮茶室からの写しです。


全体の様子。


敷地にあったかなんぼ石も上手に使ってくれた。


玄関からの見返し。


内側から見た竹の門。


お茶室がある家の玄関庭らしくなったのでは、と思います。造園屋さん、寒いなかお疲れさまでした。

足場ばらし

浜松の家、現場監理。ついに足場がばらされた。


東側のファサード。焼杉板と白い掻き落としのツートンはモダンな印象ながら、この地方の民家特有のまっすぐな太い破風や、解体された醤油蔵の鬼瓦が再利用され、意匠のポイントとしている。


南側のファサードは、東側とはうってかわってクラシカル。正式なアプローチ、門からの眺め。下屋の瓦は以前の再現、位置も勾配も前のまま。大屋根は、茅葺きから瓦屋根と変えたが、この地域にあった瓦屋根の建物の写真などを参考に、ここにあるべき瓦屋根を考え、高さやディテールを決定している。

建築家の仕事は、とにかく今までにないもの、目新しいものを作ることのように思われているが、既にあるすべての建物をつぶさに観察し、そこにあるべき建物を考えることも、十二分に創造的な設計の仕事だと考える。シューベルトやマーラーなど多くの音楽家に影響を与えた19世紀ドイツの詩人、フリードリヒ•リュッケルトの言葉より。「すべての音楽は古臭くならない。しかし、新しい音楽はすぐに古臭くなる。」


座敷、中からの眺めは以前のままのはずですが、柱がまっすぐになり、新しい建具が入ることで、ピシっとした印象に。


座敷の床の間は完全再現。床柱、落掛、床框、床脇、お仏壇は、解体時にきれいにとりはずされ、一旦京都の作業場に行って修繕され、また元の同じ場所に戻ってきた。鴨居や長押、天井は、新材だが、以前と同じ寸法で再現されている。その過程で、若い大工さん達が多くのことを学び、継承してゆく。


西側の書院は、今回新しく付けられたものだが、違和感なく納まったのではと思う。書院障子は溜塗りの古建具、地袋には遠州綿紬に四君子の引手、となる予定。地袋は掘りごたつ式になっていて、脚を降ろして文机として使用できる。


以前は暗くジメジメしていた北側の部屋は、吹き抜けにし、天窓を開け、明るくモダンなLDKとしている。かつて茅葺きの屋根裏でひっそりとその重みをささえ続けていた立派な梁が、日の目を見て、新しい瓦屋根の荷重をしっかりと支えている。


出窓に設けたベンチ。歴史を感じる梁組の下、家族の集まる場所になってくれると思う。


玄関には以前と同じ大戸を使用。ガラガラと大きな音をたてて開け閉めしていたが、レールと底車を新調し、スムーズに開閉できる。


今日は京都から来た左官屋さんが三人で作業中。親方が土間を仕上げてくれている。


いつも茶室の壁を塗ってくれる腕利きの職人さんも浜松まできてくれた。


建築主様ご夫妻と、できあがりつつある家。



四君子の引手

浜松の家、現場監理。大工さんと一緒に新幹線で浜松へ。車内で色々と打合せをしていると、あっという間に到着する。


座敷の天井が仕上がった。大工さんが丸太で仕入れて、製材して天井板にしたもの。わびすけで古色を塗ったあと、亜麻仁油で仕上げている。仕上がった時の色艶は手鉋の仕上げが物を言う。

天井の高さ、竿縁や廻縁の寸法などは、江戸末期に移築された、もともとの建物を詳細に採寸して、できるだけ忠実に再現している。かつての仕事と同程度、あるいはそれ以上の仕事をできる大工さんは少ない。文化財の修復では、入札で業者が決まったりするし、その建物に思いを込める建築主もおらず、ぼんやりとした出来上がりの建物が多いように感じる。


吹き抜けからロフトを見る。


天窓には障子を嵌める。天井は和紙クロス仕上げで、天窓部分には紙張障子をいれ、掬月亭の天井と同様の納まりになる予定。


左官屋さんが用意してくれた土間の三和土のサンプル。本物の三和土から、洗い出しまで。好みと予算に応じて、最善を尽くしてくれる。


キッチン据え付け中。かつての民家とほぼ同じ位置に、シンプルで使いやすいキッチンを。


左官屋さんと、その仕事振りを見守る建築主さん。


ここの壁だけは少し荒々しく。そうした要望にきちんと応えてくれる左官屋さんも少ない。京都から来てもらうだけの価値は十二分にある。


杉板と掻き落としの外壁のコントラスト。


書院の地袋には四君子の引手を使う予定。蘭、竹、菊、梅。春は蘭、夏は竹、秋は菊、冬は梅。蘭は、ほのかな香りで品格を持つこと、竹は、寒中においても青々としまっすぐに伸びること、梅は、雪の中、春の訪れを告げて最初に花名を咲かせること、菊は、邪気を払う延命長寿の花。建築主さんとその並びを相談する。


小襖は襖紙ではなく、遠州綿紬を使用する予定。




床板、天井板

浜松の家、現場監理。


リビングダイニングの床が貼られた。古材の梁の下に清々しい床板。


左官屋さんがサンプルを作ってくれた。電話でこんな感じ、と伝えると、ほぼイメージに近いものを作ってくれる。


壁に埋め込まれたポスト。


外壁の下塗りが進む。


鬼瓦が載った。もともと醤油蔵に載っていたもの。上手く再生できたのでは、と思う。


縁側の様子。


門から建物を見る。以前は無かった土壁。ファサードのポイントになる。


西のファサード。


西の脚立より。晴天の下の大屋根。


大工さんより、足場に登ったら富士山が見えますよ、と聞き、登ってみる。


冠雪した富士山の頂部だけが少し見えた。


せっかく登った足場からの眺め。鬼瓦詳細。


ガラス瓦が入ったところが天窓。


室内から天窓を見る。


茶の間では天井張りの工事が進む。


用意された天井板。


大工さんが丸太から挽き割って用意したもの。貼られるのが楽しみ。


完成

シンガポールのアパート改修。現場監理六回目でついに完成の予定。最後の現場監理。


障子と畳が入った寝室の前室。障子からの柔らかい光が部屋いっぱいに広がる。


障子の裏には遮光のロールスクリーンがあり、日中にでも暗くすることができる。写真はロールスクリーンを降ろして照明を点灯したところ。


夜には照明デザイナーの方が明るさや角度などを細かく調整してゆく。


石庭の照明も調整がされて、見違えるようになった。造園屋さんの仕事もプロフェッショナルを感じさせるものですが、照明デザイナーの方の仕事も重なり、相乗効果で、さらに素晴らしいものになったと思う。


浴室の外の庭の照明も、ダウンライト一個ですが、角度が調整できるようになっていて、ほんのわずか動かすことで、印象が変わる。


主寝室のキャビネットにはファブリックを使って吸音を狙った。その狙い通り、その空間に入った瞬間、音環境が変わるのがわかる。これで、落ち着いて心地よい眠りについていただけるのでは。


主寝室から前室をみる。


細かな点ではいくつか手直しがあるが、全体的にはピシっと出来上がったと思う。撮影した写真を改めてモニターでみると、まるでCGのよう。計画中に準備したパースとほとんど同じものを作ることができたのではないか、と思う。


細かな手直しはまだありますが、とりあえず一段落ができて一安心。今回、このような機会をあたえてくださった建築主様に改めて感謝御礼を申し上げます。また前回の日本料理店に引き続き今回の工事も担当してくださった現地会社の皆様にも御礼申し上げます。今回は頻繁にシンガポールに来させていただき、こちらで住まいの設計をさせていただく、ということで、色々と感じ、考えることができ、貴重な経験をさせていただきました。ありがとうございました。

光悦会

憧れの茶会、光悦会についに行ってきました。


奈良の茶室の建築主、Kさんに臨時会員の券をご用意いただき、ご一緒させていただきました。Kさん、有り難うございました。


紅葉が始まった美しい庭の中、東京席、名古屋席、京都席と廻り、瓢亭の点心をいただいてから、大阪席、という順番で廻る。各地の道具屋さんが張り合うようにやるのかと思っていたが、結構入り乱れて、お道具屋さんたちが横の繋がりのなかで和気あいあいとやっている感じで、興味深かった。実際の商売でも、業者間のやりとりは頻繁なのだろうと思う。

寄り付きでお菓子とお茶をいただき、本席では道具をじっくり拝見する、というスタイル。基本的に道具は手に取れないが、限られた主茶碗などは、拝見に廻してもらえる。

境内に点在するたくさんの茶室については、基本的に大正期のもの。高橋箒庵ら当時茶人が設計したものや、どこからか移築したもの、後で手を加えたもの、などのようだ。本席と寄付が準備され、書院を多用して多くの道具が飾られるようになっていたのが印象的だった。岡田孝男著「京の茶室」によれば
「これらの茶室の多くは大正の初期に建てられたものなので古建築としての興味は薄いが、実際によく使われている現役茶室として別の意味の興味を覚える。(中略)これらの茶室は光悦会の茶会などのときにたくさんの客を相手にするという特殊な目的を持っているから、普通の家庭に建てる茶室とは多少趣きを異にする点も注意すべきではあるが、それにしても現役の茶室として模範とするに足るところも多いと信じる。」としている。

今回、個人的に特に印象的だったのは、名古屋席、太虚庵の本席。中柱のない三帖台目は少しイレギュラーな感じだが、床の間には、伝藤原公任筆石山切伊勢集。「(ふしみにて)なにたちて ふしみのさとと いふことは もみぢをとこに しけばなりけり」。床の間右手、墨跡窓からの柔らかい光で、料紙が美しく輝き、見る角度によって、その表情ががらりと変わり、それがまた字の美しさを引き立てる様子を体験できたのはとてもよかった。ちなみに書籍の写真を見ると以前、床脇は畳敷きで、墨跡窓がなかった様子だが、後の改修で墨跡窓を作ったようだ。この様子を見れば、するべき改修だったように思う。花入は大名物、三冊本所蔵、青磁、蕪無。秀吉が北野茶会で用いたもの、伝来は引拙、紹鴎、信長、秀吉、家康、永井信濃守。美術館のガラスケースの中で見るのではなく、実際に茶室の床の間に花が生けられた状態で見る、というのは、全然印象が違うもので、まさに眼福であった。お道具屋さんのストーリーのある解説も楽しく、特に印象的な席だった。

茶室、大虚庵は大正四年(1915)土橋嘉兵衛氏によって寄付、速水宗汲がその設計を引き受けたもの。現在、客入り口は躙り口になっているが、もともとは障子三枚立ての貴人口だったらしい。光悦会では大人数の客をさばかないといけないし、今回席中では、少し光りが足りないから、とお道具屋さんが障子を開けたりしていたが、貴人口のままであれば、障子紙越しの柔らかい光で明るく、より雰囲気もよかったのでは、と思う。ということで、こちらは躙り口に改変するより、元のまま、貴人口がよかったのでは、とも思う。

全体的に茶室は、光悦会で大勢の客に道具を見せ、客の流れをうまくさばくために、いろいろ工夫されたり、改変されたり、という印象で、小間の茶室の佇まいという意味では、少し散漫なものが多いような感じだった。

先日、大徳寺で松平不昧が再建した直入軒や山雲床で、不昧所縁の道具を拝見するという僥倖を得た。建物と道具の一体感、世界観の素晴らしさを体験したところだったので、それにくらべると、大正期の茶室はそれなりの時間がたってはいるものの、道具に比べると茶室の印象が弱いように感じた。床の間廻りに古材をいれる、というのは、時代を経たお道具を使う上で、結構重要なポイントであるのでは、という考えを新たにした。

お道具で気になったのは、炉縁。四席中三席が久以の沢栗で、またかという感じだった。炉縁は使用後洗って、うづくりになったところが鑑賞のポイントという解説だったが、古材としての味わいはそれほど特別なもののような感じがしなかった。というのも、先日あるお客様からのご依頼で、面白い炉縁を大工さんに作ってもらったところだったので、そちらのほうが、よっぽど面白いのではないか、と思ったり。伝来のある古いお道具は貴重なものだが、数は限られ入手は難しい。創意工夫で、新しいお道具を職人さんと一緒に作る、というのも楽しく、設計者としては、お客様と職人さんを繋げる、そんなお手伝いもできれば、と考えている。

炉開き

お茶のお稽古。今日はお稽古場で炉開き。茶事形式で、社中の皆さんと。私は前半の亭主役で、炭所望。お炭はNさんにしていただき、持ち寄りの点心をいただいたら、後半は続き薄茶。Tさんが濃茶、途中で入れ替わって、Sさんが薄茶のお点前。

寄り付きのお床は、森寛斎の狸。本席のお花は、ナツツバキの照り葉に、白い椿は八朔。西王母とともに、早く咲く椿。膳所の鶴首。鶴首は活けやすいから、持っていてよい花入。

会はつつがなく済み、後片付け。炉の炭を上げる。先輩の継がれた炭の残りを見て、どのようにするべきかを考える。先生より「枝炭はよけてとっておいてね」。枝炭だけ、慎重に火箸で取り出す。カラカラになった枝炭はまるでお骨(こつ)のよう。「お葬式の時の収骨みたい」と何とはなしにつぶやくと、先生は「そうなのよね。燃え尽きた枝炭の感触は、まさにお骨よね。燃え尽くして、成仏させる。そういった意味が込められているのかも知れないわね。」とのこと。「こうしたことは、まだ若い子に言ってもわからないのよね。ある程度、歳をとらないとわからないことというのもありますね。」炉中には、まだまだ知らない、色々な意味が込められているのかもしれない。

翌日の朝の散歩より。


賀茂川は快晴。


虫喰いの桜葉。


出雲路橋より。


比叡山を見る。


常緑の松と桜の紅葉。


紅葉した桜と川鵜と鷺。





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岩崎建築研究室
岩崎 泰

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