岩 崎 建 築 研 究 室 ・ 日 誌

〜京都で数寄屋を学び、建築設計を考える〜

岩崎建築研究室

中釘の高さを決める

神奈川の茶室。再び現場に来て監理業務。大工さんが写真で報告をしてくれるので、進捗状況はよくわかっていますが、現場でなければ出来ない打合せがそこにはある。


ラスボードも貼られ、茶室は、ほぼほぼ出来上がっている。躙り口をくぐって中に入ってみる。


中央が床柱、左側が床の間、右側は仏間と押入。


躙り口と連子窓、そして下地窓。


玄関側には四枚引違の襖が入ります。


茶道口は引違の襖。


床の間の墨蹟窓。


あて丸太の節には亜麻仁油を塗布。時間の経過とともに艶が出てくると思います。亜麻仁油はリネンの材料となる亜麻の種子を原料とする、代表的な塗料用乾性油。


廻縁の際にスリットを設けて、全館空調の吹き出し口とする。廻縁は側柾、竿縁は下端柾。


羽重ね天井。天井板は赤杉柾板のうづくり仕上げ。


天井裏の様子。


角材を渡し、釜蛭釘をしっかりと吊っている。


照明器具はダウンライト。


LEDの光は鋭く、直接目に入るときついので、和紙をあてて柔らかくする予定。


壁下地はラスボード。ラスボードの継ぎ目は一分ほど透かせて。


あて丸の節の部分はラスボードもひかりつけ。


床の間の中の壁は塗り廻し。


現場に積まれていたラスボードとシナベニアで高さを調整して、上にゴザを敷いて、即席の畳を設える。そして、、、


建築主さんに来ていただき、中釘の位置を相談する。建築主さんがお茶の先生からお借りしたという花器を使わせていただいて。お花は現場近くを散歩して見つけてきた底紅のムクゲを生けてみる。


中釘の高さは、又隠が三尺三寸、待庵が三尺三寸五分、官休庵が三尺七寸二分、庭玉軒が三尺八寸。ということで、ボードに、三尺三寸、三尺七寸、三尺八寸の位置に印をつけておく。


今回の茶室は又隠と同じ四畳半ですが、天井高さは又隠の五尺八寸五分に比べ、六尺五寸と六寸五分も高くしています(茶室としてだけでなく仏間としても使用するため)。中釘の高さを単純に又隠と同じにしてしまうとバランス的に低くなってしまう。それではどれだけ高くすればよいか、というのは、あてがって確認をするしか方法がありません。
花器だけあてがってもよくわからないので、花も生けて。実際にあてがってみると、やはり三尺三寸では低すぎ、三尺八寸ではちょっと高い。文字通り一寸(ちょっと)下げて、三尺七寸にすると落ち着いて見える。床前以外にも、躙り口を入ったところや席中の他の場所から見て良さそうなので、三尺七寸で決定。
まだ仕上がっていない床の間ですが、花が入るだけで雰囲気がガラリと変わる。土壁が塗られ、墨蹟窓の障子紙を透過した光で照らされる花はきっと綺麗なはず。出来上がりが楽しみです。


大事な花器はすぐに仕舞って、でも花はせっかく摘んできたので、ペットボトルに生けて床の間に飾ってみる。その前で追われている仕事を進める。







足つけ神事

朝の散歩。下鴨神社の御手洗祭、足つけ神事へ。


ズボンを膝までまくり、御手洗池に足をつける。冷たい。今年の御手洗際は7/23(土)から7/31(日)まで。


ロウソクに火をつける。時間は5:30〜22:00。夜に来たほうが、水面に映るロウソクの灯火が幻想的ですが、人もたくさん。朝は人もまばらです。


土用の丑の日に、境内の御手洗池に足をひたしロウソクを供え、無病息災を祈る。長男と一緒に。


ろうそくの串を納める竹は、花入にも使えそう。


人のいない御手洗池。


祭壇にあった八寸。下に敷いたり、前に立てかけてあるのは菰の編んだもの。茶室では落天井によく使います。

中釘と花釘

茶室の床の間に花を飾る時に使う中釘と花釘。その高さには決まりがあるようでなく、それぞれの茶室に相応しい高さを決めなければならず、難しい。茶室の広さ、天井の高さ、床の間の間口、奥行き、天井の高さ、落掛の高さ、墨蹟窓との関係、花入の形や大きさなどなど、総合的に感覚的に判断しなければならない。

中釘
床の間の奥の壁の中央に取り付ける釘。茶事の後座で躙り口を開けた時に眼に飛び込んでくる床の間の花。これをかける中釘は、無双釘といって掛ける部分が出入りするようになっていて、初座で軸をかける時には邪魔にならないように引っ込めておいて、後座で花を掛けるときには引っぱりだして竹一重切りなどの花入を直接かける。自在などで調整ができないので、高さを決めるのが難しい。また土壁を塗る前に下地をしっかりと固定しなければならないので、早い段階、工事中に決定をしなければならない。各名席の中釘の高さは次の通り。

中釘の高さ(単位は尺.寸)
又隠  3.3
不審庵 3.11
官休庵 3.72
待庵  3.35
如庵  3.5
淀看席 3.3
閑隠席 なし
燕庵  3.26
庭玉軒 3.8


土壁を塗る前の無双釘。


仕上がった壁と無双釘。




花釘
花釘は、花生釘とも呼ばれ、床柱に打つ折れ釘。こちらはいつでも打つことができるので、工事の最終に、ご亭主や先生に見ていただきながら、打つようにしている。各名席の高さは次の通り。

床柱花生釘(中釘からの高さ)
又隠  3.7 (+0.4)
不審庵 3.74(+0.63)
官休庵 3.9 (+0.18)
待庵  3.9 (+0.55)
如庵  3.55(+0.05)
淀看席 3.73(0.43)
閑隠席 3.77(-)
燕庵  なし(-)
庭玉軒 なし(-)


北山磨き丸太の床柱に取り付けられた花釘。座付きの折れ釘。


花釘を打ち付ける棟梁。

花寄之式と濃茶付貴人清次花月之式

お茶のお稽古。お稽古場に入ると、先生と先輩が、前回の朝茶事のお料理のお話。先生から調理方法や食材についての色々なお話を聞く。主婦にとってお茶のお稽古場は料理教室でもあるよう。主婦のように料理はできませんが、少しずつ料理も日常の中で出来るようにしたい。

お稽古、今日は花月。一回目は花寄之式。床の間の正面壁、無双釘にかけられた蝉籠を使って、一人ずつ花を生けては、上げて、を繰り返す。私は正客だったので、最初に生けた。ガンピとトラノオとムクゲ。無双釘の高さについて、先生にお聞きすると、やはり花入をあてがって、ご亭主や先生に確認されるのが一番でしょう、とのこと。二回目は濃茶付貴人清次花月之式。最初に貴人が準備を進め、交代して貴人の濃茶を練り、その後貴人がお供の濃茶を練り、その後薄茶三服。なかなかに複雑。


お昼頃の祇園。前祭の山鉾巡行は済みましたが、明日は後祭の巡行。京都はまだまだ祇園祭。

現場からの写真

神奈川の茶室、四日目。現場では工事が進んでいて、大工さんが写真を送ってくれました。


お昼頃に送ってきてくれた写真。床の間の落掛けを納めるところ。


午前中だけで、躙り口廻りまでいったようです。

夜にも、今日の作業の進捗状況を知らせてくれました。


天井上から。


床の間の様子。


すべての柱が立ったようです。


相手柱のあて丸太と墨蹟窓の下地窓。








昨日現場を離れる時に、若い大工さんに「現場から写真を送ってくれる?」と聞くと、「ラインでいいっすか?」、、ラインかぁ。まだ使ってないんだよなあ。そろそろ使わなきゃいけないかな。ちょっとジェネレーションギャップを感じます。

茶室の柱立て

神奈川の茶室。着工から三日目。一日目は解体、二日目は床組、三日目の今日には柱が立ち始める予定。


昼頃現場に到着すると、京都から親方ともう一人の大工さんが既に到着して、作業を進めています。床が張られ、これから柱を立てるところ。


既存部分と取り合いのある部分の調整中。


敷居もあてがって寸法通りに納まるか確認。


加工された柱。これが、


ぴたりと納まります。


トラックには茶室の部材が積まれて運ばれてきました。


段取りよく整理して。お茶のお稽古でも、茶事の水屋でも、段取りが大事。


柱に鴨居と敷居と取り付けて、いよいよ組み上げていきます。


二人がかりで、柱に敷居を取り付ける。


上から叩いて、下で確認して。


敷居鴨居が着いたら、床柱を取付ます。


皮付きの丸太に鴨居を差し込む繊細な仕事。真剣な表情。


叩いてしっかりくっつけながら、ビスで留める。


敷居も三人がかりでしっかりと固定。


ロの字に組み上がったら、よっこいしょと持ち上げて。


所定の場所にあてはめてみる。各部材はまっすぐのようで、反ったりねじったりしているもの。それを文字通り寸分の違いもなく納めていくのは素晴らしい技術。


何度か、あてがって調整をして、あてがって調整をして、無事納まりました。早速掃除をする大工さん。お疲れ様でした。


床柱の右は押入とお仏壇で、引違の襖が入ります。床柱の左側が床の間になります。


落掛や廻縁が納まる欠き込み。


こちらには床框が納まります。

 明日にはすべての柱が立ち、明後日には天井が張られる予定。ずっと見ておきたいですが、残念ながら私はこれで一旦京都に戻ります。次回は7/26(火)に現場に来る予定。7/27(水)には造園屋さんが来て露地工事も始まります。

着工からわずか三週間後の8/9(火)には、四畳半の茶室と露地がすべて完成する予定です!



家に絵を飾る

静岡の家の建築主さんから連絡をいただき、久しぶりに伺う。


設計の時に想定していた絵画をかけるお手伝いをする。廊下の先は、引きがとれるので、作品を飾るのに適した場所。飾ることを想定して、照明の位置も決定している。


階段の上部の壁には、真ん中に柱を入れず、大きな壁を用意しておいた。


版画家浦田周社氏の作品「海日」。浦田氏は建築主さんの幼なじみ、私の父の同級生。身近な人の作品を家に飾るというのは豊かな文化だと思う。


階段は視線が移動するので、作品を鑑賞するのによい空間だと思う。毎日上り下りする階段。こうした場所に絵があるかないかで、日常の生活の豊かさが変わる。「家には絵があるべきなんですね」という建築主さんの言葉が印象深い。


すぐ横にあるアルミサッシには和紙を張った。茶室の床の間には墨蹟窓という窓を設けることがあるが、側面から自然光で、和紙を通した拡散光で作品を照らすと、作品が美しく見える。繊細な日本人が編み出した独特な作品の鑑賞方法だと思う。


寝室には、こちらも建築主さんの知り合いと書家の作品。ストーリーや縁のある作品を家に飾るという贅沢。

三島楽寿館

三島楽寿園にある楽寿館へ。


楽寿園は三島駅すぐ南の都市公園。もともと小松宮彰仁親王が造営された別邸。一万四千年前に富士山が噴火した時に流れ出た溶岩流の末端にあたると考えられ、溶岩が園内各所で見られ、富士の湧き水が小浜池を始め七つの池から涌き出し、独特の景観を形作っている。現在は郷土資料館や動物園も併設された市民の憩いの場。


木立の中を進む。


見えてきたのが楽寿館。明治二十三年(1891)に小松宮彰仁親王の別邸として建てられた。


楽寿館、玄関。


鬼瓦とモミジ。


玄関土間と束石の上に建つ柱。


玄関脇の濡鷺型灯籠。火袋には鷺が彫られ、全体の形は霧雨の中に立つ鷺のイメージ。


玄関棟の様子。


玄関庇。建物は京風数寄屋。


あいにく内部は撮影禁止。見学も自由にはできず、決まった時間にガイドさんに案内してもらう。


玄関外部のブラケット照明。


ガイドツアー開始まで玄関前で待つ。

ガイドツアーは、栢葉の間、不老の間、楽寿の間、ホールと廻る。

栢葉の間は銀箔張りの襖が印象的。八帖に一間床、床脇は向切りの点前座。床柱は九州の山つづじ。廻縁が二重になっていて、下は側が皮付きになっている。

不老の間は八帖の茶室。床柱は赤松皮付のようみ見えたが、パンフレットによれば梛(なぎ)の木。床框は黒漆の掻き合わせ塗り。掻き合わせは茶道具ではよく見るが床框に使ってあるのは初めてみた。床向かって右の壁には下端が一分直線になった円窓。十六夜窓と名付けられ、小浜池が眺められる。ちなみに十六夜(いざよい)は、「ためらう」「躊躇する」を意味する動詞「いざよう」の名詞化したもの。十六日の月の出、十五日の満月よりもやや遅く、月が出るのを躊躇しているように感じられることより。
茶道口は引違襖。欄間部分は割った竹をいれた櫛形欄間。京都嵐山の筏の水竿を割って作られたとか。床の間と向きあうように、少しイレギュラーな位置に設けられた出書院、欄間は蝙蝠の透かし彫り。彫りが繊細で、庭の木々がそよぐと、飛行しているように見えるとか。天井は竿縁天井、竿も廻縁も栗のナグリ。

不老の間から廊下を伝うと、楽寿の間の縁側に出る。小浜池を見渡す縁側、縁桁は北山丸太天然絞で13.5mある良材。欄干は修学院離宮に倣った網干の欄干。釘隠しは、縁側は千鳥、内畳縁が花筏。どちらも丸太の長押に。縁側が二重になっているのは皇室建築の特色か。
楽寿の間。主座敷は間口三間奥行二間半の十五帖、次の間もおなじく十五帖。襖絵、主座敷は滝和亭による「千羽千鳥図」、次の間は野口幽谷による「池中鯉魚図」。小松宮より「小浜池の印象を描け」との命を受けて。
天井はどちらも格天井。8×10の80マス(三間÷10=0.3、二間半÷8=0.3125)二室合計160面に野口幽谷が「花卉図」を描いている。明治二十七年(1894)に描かれ、120年ほど経過しているが状態が良い。

床の間が中央に一間半の床、左右に床脇があり、左に天袋と違い棚、右に天袋二組と地袋一組があり、それぞれ王朝時代の風景が描かれている。右側は右上天袋に「池亭賞月図(遠藤貫周)」、左天袋に「清女倦簾図(山名貫義)」、地袋に「菅三品草文図(川辺御盾)」と、雪月花になっている。左側の天袋は「王朝風俗図」パンフレットによっても詳細は不明とのこと。

廊下には杉板戸が嵌められそれぞれに板絵が描かれる。
双鶴図(鶴沢守保)
蘆雁図(幸野楳嶺)
梅樹鴛鴦図(熊谷直彦)
雪汀鴨図(杉谷雪樵)
柳鷺図(望月玉泉)
鵞鳥図(村田香谷)
松五位鷺図(狩野探月)

関わった日本画家は皆帝室技芸員。様式は狩野、円山四条、住吉、南画、雲谷と多彩で、東京画壇と京都画壇が技量を競い合った。描かれたのは明治二十年代、それ以降になると、保守的な画家達は「旧派」と呼ばれ衰退するので、楽寿館の絵画は、連綿と続いた伝統的日本絵画の最後を飾る華と言えるのかもしれない。

ホールと呼ばれる棟は、小松宮の次の所有者となった李王世子垠殿下による増築。李氏朝鮮の最後の皇太子。日鮮融和のシンボルとして、梨本宮方子姫と結婚。床と違い棚がありますが、板張りで、ホームバーを備え、ビリヤード台がおかれていた。戦後は駐留軍に接収されペンキが塗られてしまった。


ホールの外部足下。


ホールの窓。


楽寿の間の屋根。


鞍馬石の灯籠。


楽寿館。入母屋、木連格子。


翁島から楽寿館を見る。


小浜池。最近は湧き水が少なく、満水になることも少ないとか。水が多くなるのは秋。また水が張った様子も見てみたい。


珍しい大理石の灯籠。


灯籠と楽寿館。


小浜池と楽寿館。


入母屋の屋根と庇のバランス。


縁側は懸け造り。内側にしっかりした石の基礎が見える。


楽寿館の立面。





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岩崎 泰

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