岩 崎 建 築 研 究 室 ・ 日 誌

〜京都で数寄屋を学び、建築設計を考える〜

岩崎建築研究室

根石探し

旧家の茶室。今日は造園屋さん、大工さんと打ち合わせ。

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造園屋さんの作業場にて、柱の根石探し。建築主さんの広い敷地を、建築主さんとご一緒に、茶室の根石に使えるものがないか探してみましたが、これというものは、なかなか見つかりませんでした。造園屋さんが、根石や差石、石畳用にストックされたものの中から、これはというものを選び出す。

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根石、差石を並べてみる。真ん中は躙口の戸当たりが載る石。造園屋さん、大工さんと三人で探すと、良いものがテンポ良く決まってゆく。

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二寸八分の面皮の切れ端を用意してもらって、柱の載る具合も確認。

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大工さんの作業場に戻って、詳細打ち合わせ。茶室の柱。面をどの程度つけるか打ち合わせ中。ほとんどまっすぐに見える杉丸太ですが、よく見ると当然足元は太く、上は細い。

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丸太の桁との納まりも考慮して。

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オススメしておいた茶室の大型本を大工さんも買っていた。今回の茶室に一帖台目、基本的には今日庵の写しですが、とにかく本歌とそっくりに写す、というのではなく、細部までよくよく観察した上、その意味を考え、今ここで作るならどうするべきかと考える、というスタンス。

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水屋の桁。

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茶室に使う竹類。

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風炉先窓の方立の竹。本歌の節位置も確認した上で、太さや節のバランス、表情を見て、この竹を使うなら何処を使うべきかを考える。

新潟

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新潟へ。小規模な仕事ですが、必要とされて遠方に呼んでいただけるのは設計者冥利に尽きるありがたいお話。地元の大工さんとうまく仕事ができるかが心配ではありますが、お客さまのご要望に応えられるよう頑張りたい。

四君子苑

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例年なら金木犀が香りだすと、そろそろ相棒の誕生日だな、と思うのだが、今年は遅く、十月も十日を過ぎてようやく本咲きになった。急に寒くなったので、咲くタイミングを逃してしまったのかと思いもしたが、我が家の金木犀も無事咲いてくれた。

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昼過ぎ、四君子苑へ。入口でばったりOさんに会う!Oさんとは同じ社中、茶歴では私が先輩ですが、同業の仕事でも、人生においても大先輩。数寄屋の仕事をするなら一度見ておいたほうが良いでしょう、と吉兆や招福楼に連れて行ってくださったり、困った時には相談に乗ってくださったりと、ご一緒した時間は短くとも、これまでに本当にお世話になってきた。しばらくお会いできず、つい最近も久しぶりにお会いしたいなあ、という話をしたところだったので、コロナ禍で珍しくほとんど人のいない(!)四君子苑で、ゆっくりと見学しながら、色々なお話ができたのは、まるで夢のような体験だった。四君子苑、北村美術館は、学生の時からずっと見学に来ている私の原点。北村捨次郎の数寄屋、吉田五十八の近代数寄屋、佐野越守の庭、そして北村勤次郎の茶の世界。この先も何度も見に来るであろう場所。

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「もう古稀ですから」とOさんはおっしゃられていたが、見た目は以前とお変わりなく若々しい。まだまだ色々と教えていただかなければならない。静寂の中、流れる水の音にふと目をあげると、水面からのゆらゆらとした光が当たる耳庵の扁額には、九十二とあった。古稀の先輩にとってもまだ二十年、四十六歳の私に至っては、ちょうど半分である。三十にして立つ。四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず。


吉備津神社

吉備津神社へ。

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実る稲穂と比翼入母屋の屋根。吉備津神社は、後光厳天皇の命を受けた足利義満が応永三十二年(1425)に約25年の歳月をかけて造営。それ以来解体修理もなくその雄大な姿を現代に伝えている。比翼入母屋という特異な形態を誰が決めたのかわからないが、なだらかな山の中腹に比翼の入母屋が納まるこの景色を意図して計画したのなら(おそらくそうだと思う)その人は素晴らしいアーキテクトだと思う。

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吉備津駅から少し歩くと松並木。

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松並木と神の宿りそうな山。

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松の幹と萩。

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曼珠沙華。

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参道の階段。駅からの松並木は鉄道敷設後のものか。吉備津彦神社からの道が本来の参道なのだと思う。吉備津神社の東に位置する吉備津彦神社は、夏至の日の太陽が鳥居から一直線に御鏡に入ることから「朝日の宮」と称される。

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苔むす石垣。

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拝殿への階段。

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拝殿の柱。

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拝殿見上げ。

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模型。比翼入母屋と拝殿。

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本殿の大きさは、出雲大社本殿、八坂神社本殿に匹敵するもの、とのこと。

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側面から見た拝殿。後から付けたように見えるが、本殿と同時に造営らしい。

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本殿亀腹と床を支える腕木。

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亀腹の出隅。

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雨落ち。途中飛び出ているところは、二つの入母屋の雨が集まり落ちてくるところ。

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大きな銀杏。幹周り4.4m、樹高18m、樹齢約600年。

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風月灯篭。

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本殿の斗栱。

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亀腹上の土台と柱、斗栱。

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本殿全景。

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反り上がる屋根。

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桧皮葺の屋根。

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屋根の反り上がり。

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瓦屋根と桧皮葺屋根。

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秋の空と桧皮葺。

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源頼政の奉献した風月灯篭。

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銀杏の乳。

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本殿と銀杏。

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回廊へ。

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回廊の瓦。

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梁、蟇股の彫刻。

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彫刻の詳細。

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彫刻の立体感。

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柱と梁。

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御竈殿へ。

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御竈殿脇の茶屋。

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御竈殿への渡り廊下。

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なだらかな曲線を描く渡り廊下。

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土壁に映る枝影。

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竹の格子。

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回廊。

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狛犬。

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樹々の中から顔をのぞかせる比翼の入母屋。

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稲穂と比翼入母屋。

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大きな一つの入母屋だとしたら随分と印象が違っただろう。ちなみに比翼とは、二羽の鳥が互いにその翼を並べること。「比翼の鳥」は古代中国の伝説上の生き物。一つの翼と一つの眼しか持たないため、雄と雌が隣りあい、互いに飛行を支援しなければ飛ぶことができない、とされる。以下、白居易の長恨歌より抜粋。

臨別殷勤重寄詞
詞中有誓両心知
七月七日長生殿
夜半無人私語時
在天願作比翼鳥
在地願為連理枝
天長地久有時尽
此恨綿綿無絶期

別れに臨んで殷勤に重ねて詞を寄す
詞中に誓ひ有り両心のみを知る
七月七日長生殿
夜半人は無く私語の時
天に在りては願わくは比翼の鳥と作(な)り
地に在りては願わくは連理の枝と為(な)らんと
天は長く地に久しきも時有りて尽くとも
此の恨み綿々として絶ゆるの期無からん

別れにあたっては丁寧に重ねて言葉を送る
言葉のなかに二人(玄宗皇帝と楊貴妃)だけにわかる言葉があった
七月七日長生殿
誰もいない夜中、親しく語った時
天にあっては、願わくは比翼の鳥となり
地にあっては、願わくは連理の枝となりたい
天地はいつまでも変わらないが、いつかは尽きる時がある
この悲しみは綿々といつまでも絶えることが無いだろう


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六百年前はどんな風に見えたのだろう。







皿掛け

引き渡しからしばらく経った近江の家。大工さんに本棚と皿掛けを作ってもらったので、その確認に行ってきました。

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玄関の庇。建築主様ご丹精の芝の緑が美しく、向こうの田畑へと繋がってゆく。

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玄関を入った所。家具が入り、いよいよ建築主さんの空間になっている。木連格子の建具も良い味を加えてくれている。

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ダイニングテーブルから庭を見る。

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日が射し込むソファ廻り。

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濡縁には椅子が置かれていた。

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庭側からの見返し。

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特注のタイルの薪ストーブ、のれん、軽井沢彫りの食器棚。

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薪ストーブの上には皿掛けが設置された。煤竹は建築主さんのご実家から出たもの。

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上田恒次の設計した保田与重郎邸、身余堂を参考に。皿を飾るヨーロッパの習慣を、柳宗悦や濱田庄司などによって民芸運動に持ち込まれたもの、なのではと思う。


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書斎には本棚が設置された。奥二つは元々建築主さんが持ってられたもの。それと同寸法のものを大工さんに作ってもらった。

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軽井沢彫りの食器棚に映る田園の風景。

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源氏香の欄間。民芸と数寄屋を繋ぐものとして。

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京間六帖の和室。

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床の間と床脇。

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帰り道。一面の蕎麦。

丸太選び

旧家の茶室。今日は大工さんと銘木屋さんへ行って丸太選び。

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いつもお世話になっている京北の銘木屋さんへ。

川端康成の「古都」より
実に真っ直ぐな幹の木末に、少し円く残した杉葉を、千重子は「冬の花」と思うと、ほんとうに冬の花である。たいていの家は、軒端に二階とに、皮をむき、洗いみがきあげた、杉丸太を、一列にならべて、ほしている。その白い丸太を、きちょうめんに、根もとをととのえて、ならべ立ててりる。それだけでも、美しい。どのような壁よりも、美しいかもしれない。

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寸法の少しの違いで印象が変わるので、茶室の丸太選びは難しい。

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元末でも寸法が違うので、入念に確認。

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コスモス。

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実った稲穂。秋の景色。

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小間の茶室の柱、桁、水屋の柱などをトラックに積んで。

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作業場に戻ったら、竹の垂木の使い方などを打ち合わせ。

竹選び

旧家の茶室、今日は銘竹屋さんにて竹選び。建築主さんにも来ていただいて、大工さんと一緒に、茶室に使用する竹を選びます。垂木、間垂木、小舞、方立、雨戸の押え、連子、水屋の簀、簾、下地窓など、銘竹屋さんで入手するものは多い。それだけ茶室にはたくさんの竹が使われているということでもある。

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一帖台目の垂木に使う芽付竹。たくさんあった在庫も最近、某御家元の修理工事で大量に使われたとのこと。ここにある材は、それらの材と兄弟の竹。かつての名人が撓(た)めて矯正したまっすぐな竹で、節を抜いて防虫処理をしたもの。

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風炉先窓などの方立の竹を選ぶ。こうしたところに安易に白竹を使ってしまうと今出来の茶室に見えてしまい、長い歴史のある旧家の茶室には相応しくないと思う。太さや節の間隔、色味や艶、景色などを見ながら材を選ぶ。

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今回、間垂木は、母屋に保管されていた煤の女竹を使う予定。小舞も全てを煤竹にするのは難しいので、小舞は新しい女竹で。色のコントラストがついてしまうが、茶室での話題になって、かえって良いのではと思う。

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掛雨戸はへぎ板を煤竹で押さえる予定。その押えの煤竹も、たくさんある中から選別する。




密庵

密庵についての覚書。世界文化社「国宝重文の茶室」より転載した写真と、中村昌生先生著「京都茶室細見」を参考に。

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 床柱は档(あすなろ)のナグリ。正面足元には面があり、筍面の様に二尺ほどするすると上に上がる。床内の側面にも面はあり、角材あるいは面皮に整えた柱を手斧で殴ったようにも見える。どの本をみても材種は档となっているが、ナグった部分を見るとクリなどの広葉樹の様でもある。床框は真塗り、面は四〜五分ほどかと思ったが、本には四分五厘とあった。床框の成は二寸八分、框天から落掛下端までが五尺七寸。落掛見付は一寸二分、少し皮が残り、草庵を感じさせる。床の奥の壁には山水が描かれ、遠山の裾野には三重塔も見える。写真では掛軸がかかっているが、花を生けると奥行きが生まれ世界観が広がる。
 吹寄の組子が印象的な腰付の障子は竪框、上桟、中桟、舞良桟、下桟は溜塗。現状は新規の建具に替えられていて、ツヤ有りの溜塗りの反射が目に入る。もしこれが遠州の指示で出来たのであれば、ツヤ有り、ツヤ無し、あるいは何分ツヤと指示しただろうか。腰の高さは二尺二寸(中柱の吹抜高さと同じ)、竪框見付九分五厘と太め。舞良桟は六分で丸面、腰は銀地に七宝繋ぎの雲母摺りの遠州好みの唐紙。天井高さは七尺四寸。障子の内法高さは五尺五寸二分、鴨居の見付は一寸七分。ちなみに松屋会記には、四枚引き違い障子の部分は、もともと床の隣に火灯口の給仕口、点前座には方立口の茶道口が開けられていたらしい。そうだとすると随分印象が違う。

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 西面の違い棚、両脇の柱は面皮で、少し太め(四寸一分五厘角か)で節多め。書院と草庵の混在、共存。違い棚の透かし、上は丸みのある松皮菱、下は木瓜型に七宝繋ぎ。地袋、天袋は松花堂昭乗の筆によるもの。西側と南側には長押あり。長押の見付は三寸二分で長押蓋あり。釘隠は七宝。鴨居より上は土壁、下は張り付け壁、ここも書院と草庵の混在、共存。

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 密庵床。中央の角柱は、松か栂か。四寸一分五厘角、四畳半の茶室にしては太め。天板はケヤキ。畳天から天板天は八寸。厚さ一寸二分五厘。奥行きは一尺二寸。入隅の左右の柱には、地板から三尺二寸七分のところに埋め木跡があり、もともとは書院窓があったとのこと。松屋会記には、ここへ硯や筆掛などを飾ったという記録があり、当初は付書院として使われていたようだ。
 山水画、点前座の後ろには帆掛船、密庵床の下には、荷物を担いで橋を渡るを人の姿。おそらく書院との間の襖にも山水図は続き、一つの世界が描かれ、広がっている。天井は竿縁天井。竿は成九分、幅一寸三分、三分面を取り、下端は九分。下端柾ではなく、杢。板は杉中杢。現状は最近やりかえたもののように見える。点前座の落天井も、同様の竿縁天井。あまり天井にはこだわらなかったようだ。
 中柱はちょうな目を一面に施した杉丸太、吹抜高さは二尺二寸。袖壁は土でなく中杢の板という素材選択。点前座落天井の壁留の丸太が同じ高さで入れられている、というバランス。書院と草庵の混在、共存、ギリギリの緊張感。

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点前座。山水が描かれた壁に、草庵の仕付棚が取り付く。武家流の雲雀棚。下の棚は一尺三分×九寸八分、雛束は五分角、上の棚は一尺五寸四分×一尺一分。棚板は五分厚の桐板で、端喰は六分で留にせず木口を見せる草の手法。




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岩崎建築研究室
岩崎 泰

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