建築主のIさんにお誘いいただき陶芸家先生の茶会に参加させていただく。素晴らしいお茶室だから、とお聞きして期待に胸を膨らませて。

こぢんまりとした玄関は、天井が網代。パンダジが置かれ、柱は錆丸太、期待が膨らむ。寄付きは八帖の広間。棚には素敵な作品が飾られ、畳の上には更紗が敷かれ、中央にはソバン。廊下を挟んで北側が露地。

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廊下側L字に腰掛待合、コンパクトな良い大きさの露地。四つ目垣も枝折戸もないが、茶事をするなら、焼杭二本に竹を渡すなど簡単な結界があったほうが良いかも。写真では見えないが、腰掛待合の屋根と茶室の屋根に渡す形でよしずがかけられていた。日差しの調整や、ちょっとした雨よけにもなり、よしずがかけられるような屋根の配置を考えるというのも手かもしれない。蹲踞は伽藍に中心をずらした穴が開けられたもの、灯篭は竿を抜いて低く据えられている。植木は槇と梅。

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茶室、躙口ではなく、3枚引きの貴人口。今日は夏越の祓えの趣向で、軒先に真菰が下げられている。出雲大社には「真菰の神事」というのがあり、
「出雲の森より御手洗井までの道中には立砂が盛られ、神職によって青々とした真菰(まこも)が敷かれ、大御幣を奉持した國造が進まれます。
古来より、出雲地方にはこの踏み歩かれた真菰をいただくと、無病息災をはじめ五穀豊穣の御蔭を賜る信仰があります。」とのこと(出雲大社のHPより)
真菰には古来「病気を癒すもの」「邪気を払うもの」「浄化するもの」という意味があるようだ。茶室の落天井には、真菰か、蒲葉か、蒲芯を使うことが多いが、蒲も因幡の白兎では傷を癒すものとして出てくる。真行草の草というだけでなく、茶室における真菰や蒲の天井には、浄化、邪気払い、治癒という意味も込められているのかもしれない。

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間取りは三帖台目(平三帖)で表千家の不審庵と同じ。茶道口は廻り茶道口で、台目の場合は、道庫のように使えて便利。扁額は不審庵と同じ位置に、裏千家の扁額が掛かる。給仕口も不審庵と同じ位置に。床前、正客に座ると水屋の奥までよく見える。壁は竹小舞を編んだもの、貫跡がくっきりと出ている。貫は跡が出ることを意識して意匠的に配置されているよう。床の間の奥の壁には貫跡なし。こちらは最初からか、塗り直したかは不明。
掛け込み天井、間垂木は小舞より若干細いものが使われ、「小舞は五分、間垂木は三分五厘」のセオリー通り。茶道口の角柄も裏目分ほど延びており、近現代の数寄屋大工に伝わるルールが忠実に守られているように思う。

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中柱は材不明。引き竹はシミ竹。中柱側が元で節四つも教科書通り。柱は当てサビ丸太。

正客に座らせていただき、点前座を眺めると、ご亭主の姿のカッコイイこと。平三帖の距離感、空間のバランスは、やはり実際に茶室の中でお茶を体験しなければわからないように思う。蝉の声、通り雨が銅板屋根を叩く音、蛙の鳴き声、竹林を風が渡る音、茶筅を振る音、そして松風。茶室に座ると色々な音がいつもより敏感に感じられるのはなぜだろう。その時の一期一会の出会いと共に深く印象に刻み込まれる。

最後に点前座に座らせていただき、ご亭主に一服点てさせていただいた。きちんと作られたお茶室は、やっぱりいい。こうしたレベルの茶室を作っていければ、と改めて思う。この度はこのような機会をいただき、N先生、Iさん、ありがとうございました!